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第百四十七話 文化祭開催その十五

「何でも生き延びてね」
「鹿児島まで逃れたのよね」
「そうらしいし」
「子孫の人おられるのよ」
「この神戸にね」
「幸村さんの子孫の方も」
「十勇士それぞれのね」
「うちの学校にもおられるのよね」
「そうなのよ、多分ね」
 富美子はさらに話した。
「本当らしいわよ」
「子孫だっていうことは」
「そう、本当に鹿児島まで落ち延びたのよ」
 幸村と十勇士達はというのだ。
「秀頼さんをお護りしてね」
「秀頼さんも落ち延びたのね」
「この人については確かなことは言えないけれどね」
「そうなのね」
「けれど幸村さん達はどうも間違いなくて」
 鹿児島県その時は薩摩といったその国にというのだ。
「秀頼さんの息子さんはほぼ確実にね」
「落ち延びていたの」
「それで岸和田のねねさんの実家に匿われて」 
 秀吉の正室であった北政所である、彼女の兄の家が岸和田藩として江戸時代が終わるまで存続していたのだ。
「分家されてね」
「暮らしていたの」
「それもお大名としてね」
「それ本当のお話?」
「みたいよ、処刑されたと言われてるけれど」
 公にはだ、だが公が全て事実とは限らないのだ。
「実はね」
「生きておられたのね」
「幕府も本心は豊臣家滅ぼすつもりなかったみたいだし」
 大坂さえ手に入ればよかったらしい、豊臣家は大坂という要地を出れば無力化し幕府は大坂から西国を治めて全国統治が出来るからそれで充分と思っていた様だ。
「公には処刑したということになったから」
「それで終わらせたのね」
「それで後はね」
 秀頼の息子が大名になっていてもだ。
「見て見ぬ振りでね」
「通したのね」
「そうみたいよ」
「そうだったのね、亡くなったと思っていた人がね」
「生きていたら」
「それも残念な結末だったら」
 その亡くなった人がというのだ。
「尚更ね」
「嬉しいわね」
「実は生きているとわかったらね」
「そうよね、それで十勇士の人達の」
 その彼等のというのだ。
「忍者もね」
「あるのね」
「ええ、文化祭でもね」
「この学校はそうね」
「そうよ、だからね」
 富美子は笑顔で話した。
「文化祭楽しもう」
「うちのクラスのお化け屋敷もしながら」
「そのうえでね」
 富美子はケニアの娘に応えた、そうして文化祭の準備を進めていくのだった。忍者等のことを思いながら。


第百四十七話   完


                   2024・8・23 
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