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コントラクト・ガーディアン─Over the World─

作者:tea4
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第二十七章―双剣―#2


 視界はまだ光に覆われていたが、今いる場所がもうお邸のエントランスホールではないことは感じ取れた。ネロとヴァイスが傍にいることも判る。

「ネロ!」
「まかせて!」

 名を呼ぶと、ネロから元気よく言葉が返って来る。

 (くう)に溶けるように消えていきつつある【往還】の光に混じって、私の【使い魔(アガシオン)】である証────ネロの額に輝く魔水晶(マナ・クォーツ)が蒼い光を発するのが見えた。

 魔水晶(マナ・クォーツ)に書き込まれたネロ専用に編み上げた魔術【索敵】が発動する。

「ノルン!」

───はい、(マスター)リゼラ!使い魔(アガシオン)ネロの【索敵】の結果を、(マスター)ルガレド、配下(アンダラー)ディンド、配下(アンダラー)セレナに共有します───

 ネロの隠されたものまで看破できる認識能力を利用した【索敵】は、レド様の【千里眼】を利用した【索敵】と同様の情報が得られる。

 さらに、レド様と私は、限定能力【把握(グラスプ)】を発動させた。これで───魔獣たちだけでなく、レド様や仲間たちの動きも常に意識しながら動くことができる。


 【往還】の光が完全に消え失せ、視界がクリアになった。

 未だ折り重なるようにして倒れているオークやコボルトの向こう側に皇都の城壁が横切っている。

 私たちの背後には、魔獣ですら飛び降りることが難しい高さの切り立った崖が走っており───崖から城壁までの距離はおよそ600m程で、足元には防草のために細かい砂利が敷かれていて、人為的に整えられたものだと覗える。

 皇都の城壁に沿った一本道に見えるけど、実は、緩く曲がっている枝道が、東門を出て左手に伸びている城壁に沿った街道と、この区間のみ並行しているだけなのだ。

 この枝道を、城壁沿いの街道ではなく、ダウブリム方面の街道から分岐させているのは、城壁沿いの街道の先にも農村があるので、入荷時の混雑を避けるためだろう。

 もう少し進めば、件の川と交差して、マセムの村に向かって曲がりくねって街道から逸れていき、道幅は狭くなる。といっても、馬車が並べるくらいの広さではあるが。

「作戦通りにいく!───リゼ!セレナ!」

 状況を把握したレド様が、簡潔に命じる。

「はい、レド様!」
「はい…!」

 私はレド様に応え────

「【氷刃】!」

 この戦いのために急遽、編み上げたオリジナル魔術───【氷刃】を発動させる。

 無数の魔術式が私たちの眼前に展開し、魔術式から氷刃が次々に飛び出していく。ようやく立ち上がった魔物たちに、容赦なく降り注ぐ。そう────まるで、セレナさんの“氷姫”のごとく。


 この魔術は、わざと“氷姫”の魔術と似せた。私たちが行使できる魔術の総数を、できるだけ最小限に錯覚させるのが狙いだ。

 そのため、今日の戦いでは───私は、なるべく攻性魔術はこの【氷刃】と【疾風刃(ゲイル・ブレイド)】のみ使用するつもりでいる。

 【疾風刃(ゲイル・ブレイド)】は、数ある使用可能魔術の中でも、発動時間が短くかつ攻撃力もあって、火系統などの魔術に比べて、使う場所を選ばず使い勝手がいい上に───風の刃で斬り裂くので、剣で斬られたようにも見える。

 もし、魔術を発動するところを目撃されたとしても、攻撃範囲が狭いから、そこまで脅威的な印象は持たれないだろう。


 私が放った氷刃は、コボルトや当たり所が悪かったオークの命を奪ったが───範囲内にいたオークのほとんどには、ケガをさせただけに留まった。

 痛みに呻くオークや運よく免れたコボルトが再度こちらに向かって走り出そうとしたところに、今度はセレナさんの放った氷刃が降り注いだ。

 私とセレナさんの魔術で魔物たちを足止めしている間に、私たちは陣形を整える。

 崖を背にして、【転移門(ゲート)】の左隣に、魔術で攻撃あるいは援護をするセレナさんと、【索敵】を発動し続けるネロが並ぶ。

 セレナさんとネロ、【転移門(ゲート)】に関しては、ヴァイスが護衛してくれることになっている。

 セレナさんたちから間を開けた正面に、半円形を描くように私たちが陣取る。

 中心にレド様が立ち、レド様の左側にジグ───右側にラムルが立つ。
 ジグの左側に私、その左側にアーシャ、さらにアーシャの左側にレナスが立つ。
 そして、ラムルの右側にディンド卿、その右側にハルドが、さらにハルドの右側にヴァルトさんが立つ。

 皆、それぞれ立ち回るに十分な距離を開けている。

 レド様が、大剣を取り寄せて構えた。私も(なら)って、【夜天七星】の薙刀を取り寄せて構える。レナスは、新たに創り直した【月虹】を取り寄せて、左手に携える。

 ジグ、ディンド卿、ヴァルトさん、アーシャ、ハルドも───各々、自分の得物を構えた。

 私たちが構える武具につられるように───氷刃で傷だらけになりながらも立ち上がったオークやコボルトが、突進してくる。

 左方向の離れた所に、図抜けた巨体のオーガのシルエットが目に入るが───向かって来るのはオークやその近くにいるコボルトばかりで、やはり、そのシルエットが近づいて来る様子はない。

「【疾風刃(ゲイル・ブレイド)】!」

 こちらに迫り来るオークが間合いに入る前に、まずは魔術で出迎える。私が繰り出した最大規模の風刃によって首元を斬り裂かれたオークが5頭ほど倒れた。

 ジグも同様に大規模な【疾風刃(ゲイル・ブレイド)】を発動したらしく、レド様の正面にいる数頭のオークの首が飛ぶ。

 同時に、レナスが【月虹】を抜き放ち、魔力から成る刃がレナスとアーシャの前方に迫っていた魔物たちを斬り裂いた。首や上半身を失った魔物たちが、その場に崩れ落ちる。

 一方、右側方面には、セレナさんの魔術が降り注いだ。

 先程とは違い、氷刃の大きさが二回りほど大きい。それに、さっきより近距離で標的も絞ったために、氷刃はオークの頭や顔面を貫き確実に命を奪う。

 倒れ伏したオークを乗り越えて近づこうとするオークやコボルトに、私たちは同じことを繰り返す。

 しばらく繰り返していると、コボルトは分が悪いことを察したのか、こちらに向かって来ることをやめたが───オークは凝りもせず、仲間の死体を乗り越えて近づいて来る。

 そうやって、地道にオークの数を減らしていたが───そのうち、コボルトが障害となっている積み重なった死体を、上手く死体の陰に隠れながら、崩したり寄せたりし始めた。

「セレナ、リゼ、ジグ、魔術を控えろ。しばらく物理攻撃中心でいく」

 レド様の命に、私たちは各々了承を返して、手にした得物を構え直す。レナスは手元の【月虹】を、【冥】へと替えた。

 それを好機と見たのか、オークたちが一気に駆け寄って来る。

 私は、一歩前に踏み出て、間合いに入ったオークの首を目掛けて薙刀を振るう。首を落とした勢いのまま薙刀を回転させて、首を失くしたオークの胴体に石突を叩きつける。オークの死体は、真後ろにいたオークを巻き込んで、吹き飛んでいった。

 私は再び薙刀を回転させて、間合いにいる別のオークの首を狙う。

 私の隙をつこうとした他のオークに向かって、アーシャがナイフを投げて牽制してくれる。ナイフはオークの眼を傷つけた直後、アーシャの手元へと戻った。

 オークは動きが鈍く討ち易いものの、体格がいい。そのまま倒れられては、こちらとしても戦いにくくなる。
 今は他人の目がないので、アイテムボックスに収納してしまってもいいが、後のことを考えると得策ではない。

 レド様を始めとした他の仲間たちも、剣や刀で斬っては、倒れ込む前に鞘や蹴りで離れた場所へと飛ばしていた。

 ラムル、ジグ、アーシャは投剣で、ハルドは射撃での援護を───セレナさんは、氷刃の数を減らし範囲を縮小した魔術で、4人の援護が間に合わない箇所のフォローを担っている。

 仲間たちを気にしつつ────私は薙刀を駆使して、とにかくオークの数を減らしていった。

 オークの数が250を切った頃、オークの足が徐々に鈍ってきた。オークが学習したのか、それとも魔獣の指示でもあったのか────少し経つと、近づいて来ることなく、完全に遠巻きにこちらを窺っているだけになった。

 しばらく様子を見ていたレド様が、口を開く。

「もう少しこの状態で粘りたかったが、仕方がない。こちらから打って出る。ヴァイス、セレナとネロを頼む」
「了解した」

「セレナ」
「はい…!」

 セレナさんが短杖に魔力を流し始める。

 私たちの前方にそれぞれ20cmほどの魔術陣が、ぽつぽつと現れる。セレナさんは魔力を流し続け、魔術陣が数を増していく。

 私の加護を得て【魂魄の位階】が上がったセレナさんは、技能として昇華した【魔力感知】と【魔力操作】により、自分の魔力を制御できるようになっている。

 周囲180度に満遍なく魔術陣が浮かび上がって、ようやくセレナさんは魔術を発動させた。すべての魔術陣から氷刃が飛び出す。

「行くぞ!」

 氷刃が魔物たちに降り注いでいる最中、レド様が叫び────私たちは、弾かれたように、城壁側へ向かって駆け出した。


◇◇◇


 氷刃の雨が降り止んだ直後に、魔物の許に辿り着いた私たちは、それぞれの得物で斬りかかる。

 レド様がその大剣を横凪ぎに振るい正面にいるオークの首を()ね───レド様の右側に並ぶディンド卿とヴァルトさんがオークの額あるいは脳天を目掛けて剣を叩きつける。その側で、ハルドがショートソードを振り被って、氷刃によって膝をついたオークの首を落とした。

 レド様の左側では、レナスが再び刀を【月虹】に替え、魔力を纏った刃で一刀の下、2頭のオークを斬り伏せた。
 【月虹】の魔力を纏った刃は、丈夫な魔物の肌を断つことができるだけでなく、刃渡りを超えた広範囲を斬ることができる。

 レナスの側にいるアーシャが、腰に提げていた双剣を抜き、まずはオークの腰を斬って───(かし)いだ上半身を迎え撃つようにその首を斬り裂いた。
 アーシャは、残った胴体を避けつつ、また別のオークへと斬りかかる。

 レド様に群がろうとするオークに向かって、ラムルが素早く両腕を三度振るった。ラムルによって投擲されたそれは、匕首(あいくち)のような鍔のない大振りの短剣で────6本すべて外れることなく、それぞれオークの眉間や眼球に吸い込まれるように深々と刺さる。
 短剣は柄ぎりぎりまで食い込み、オークを絶命させた。

 ラムルが両手に嵌めている漆黒のグローブの掌部分に魔術式が浮かび上がり、オークに刺さっていた短剣がすうっと消える。そのうち2本だけが、ラムルの両手へと現れた。


 この漆黒のグローブは、マジックバッグ───【異次元収納袋】を改造して、ラムルのために創った魔導機構だ。

 ラムルは、【魔力操作】をようやく出来るようになったものの、あまり得意ではなく───能力や魔術の起ち上がりに少し時間がかかるので、【遠隔(リモート・)管理(コントロール)】や【換装(エクスチェンジ)】では、ラムルの技術を十分に活かせない。

 取り寄せたいものを思い浮かべるだけで、左右のグローブそれぞれに内蔵された異次元空間に収めた武具を取り寄せたり、反対にしまうことができるのは、【遠隔(リモート・)管理(コントロール)】や【換装(エクスチェンジ)】と同じだが───収納する空間が魔導機構に接続されている上、武具自体に対の魔導機構を仕込んでいるので、発動速度はかなり短縮することができた。

 同じく魔術の起ち上がりが少し遅いレナス、【遠隔(リモート・)管理(コントロール)】や【換装(エクスチェンジ)】の使用を控えているアーシャとハルドにも同じものを創って───三人の武具にも同じ魔導機構を仕込んである。

 お邸で待機しているときに、ラムルに相談されて即席で創り上げたものだったけれど、見た限り、不具合などはなさそうだ。


 私は、グローブが旨く機能していることに少し安心しながら、左方向から私たちの背後に回ろうと走り込んできたオークの一団に薙刀を向ける。

 私が立て続けに3頭の首を斬り落とす傍ら、ジグがラムルと同じ大振りの短剣を投げるのと同時に、【疾風刃(ゲイル・ブレイド)】を放って───3頭のオークを屠った。

 右方向からも後ろに回り込もうとしたオークが数頭いたが、そちらはセレナさんの氷刃によって防がれた。

 何頭目かのオークの首を落としたとき、アーシャがオークに囲まれそうになっていることに気づき───私は、薙刀を振るった勢いを利用して、アーシャの方へ身体を向ける。

「ジグ、ここをお願い!」
「御意!」

 ジグの返答を背に、私は地を蹴った。

「【重力(グラビティ・)操作(オペレーション)】!」

 アーシャを囲おうとした5頭のオークが、重そうな音を立てて膝をつく。

 私は薙刀を太刀へと替え、一番近いオークの首を狙って抜き放つ。

 眼の端に、アーシャが重力に囚われている別のオークへと双剣を振り上げるのが映った。

 私は刀を下ろすことなく、流れに任せて続けて2頭の首を狩る。

 残り1頭はアーシャに任せて、今度は交戦中のジグの隙をつこうとしているオーク2頭に、左手に持つ鞘に納めた太刀を小刀に替え、右手にも小刀を取り寄せて、頭を狙って投げた。

 小刀ではオークの分厚い肉と頭蓋骨に阻まれ脳幹にまで至らなかったが、足止めには十分だ。

 私は再び薙刀を取り寄せ、立て続けに2頭のオークの首を刎ね───突き刺さっていた小刀をアイテムボックスに送る。

 休むことなく薙刀を振るいながら、他の仲間たちの様子を窺う。

 どうやら、レド様とレナスには、今のところ援護は必要なさそうだ。

 今回はラムルに、レド様の護衛に徹してもらっているから───レド様に群がるオークはラムルによって間引きされ、レド様が捌けないほどのオークに囲まれることはない。

 レド様の側で戦っているレナスも、上手に【月虹】と【冥】を使い分けて、順当にオークの数を減らしている。

 ディンド卿とヴァルトさんも、元々実力者であることもあり───【魔力循環】に使う自前の魔力が増えたことに加え、【身体強化(フィジカル・ブースト)】と【防衛(プロテクション)】を存分に使用できる今、通常のオーク程度なら複数でも敵ではないようだ。

 ハルドは─────

「!」

 複数のオークに囲まれつつあった。

 1頭は斬り伏せることができたものの、次に斬りかかった1頭には手に持つ剣で受け止められてしまった。ハルドの剣はオークの剣を砕き、そのまま切っ先が地面に食い込んだ。

 その隙を狙って、オークは折れた剣を再度ハルドに叩きつけるため振り上げ、別のオークがハルドを目掛けて斧を振り下ろす。

 側にいるヴァルトさんはその事態に気づいているようだが、自身も複数のオークを相手にしていて、援護できそうもなく───セレナさんが魔術を発動させたみたいだけど、間に合いそうもない。

「【転移(テレポーテーション)】!」

 咄嗟に、ハルドを2mほど後方に転移させる。

 ハルドの姿が掻き消え、折れた剣を振り下ろしたオークは体勢を崩し、もう1頭のオークによって振り下ろされた斧は地面を穿った。

 その直後、セレナさんが放った氷刃がハルドを囲っていたオークに降り注ぐ。

 いきなり移動させられ呆気に取られていたハルドが我に返り、氷刃で倒せなかったオークに向かって駆け出した。

 私は薙刀を太刀に替えて、ハルドに気を取られているうちに詰め寄られたオークのうち1頭の首を刎ね───左手に持った太刀の鞘で胴体を薙ぎ払う。首を失ったオークが吹き飛ぶ様を見送ることなく、右方向から襲い掛かって来たオークに刃を振るう。

 左方向にいたオークは、私に襲い掛かる前に、ジグが投げた短剣に頭を貫かれて崩れ落ちた。

 しばらく、そうしてお互いに援護し合いながら、オークを狩り続けていると───ふと、思ったよりもセレナさんと距離が開いていることに気づいた。

≪レド様、前に出過ぎています!≫

 レド様が大剣を振るう手を止めることなく、素早く背後を一瞥(いちべつ)する。

≪魔物を引き寄せつつ、少しずつ後退する!セレナ、援護を!≫
≪はい…!≫
≪リゼ、指示と援護を頼む!≫
≪解りました!≫

 レド様、レナス、ディンド卿の三人は、対峙するオークを一撃で屠らずに浅く斬りつけるなどして牽制しながら、一歩ずつ、さりげなく後ろに下がっていく。

 それに釣られるように、オークも一歩ずつ、こちらに踏み込んで来る。

 私、ジグ、アーシャ、ヴァルトさん、ハルドは───セレナさんが魔術で数を減らしてくれた、左右それぞれの側面から背後に入り込もうとするオークをこれまで通りに屠りながら、少しずつ後退する。

 私は手にした薙刀を振るいつつ、並行して、下がるにあたって邪魔になりそうな魔物の死体を薙刀や【転移(テレポーテーション)】を使って退()かしていった。

 全員がちょうどいい地点まで辿り着いたことを確認して、止まるよう指示を出そうとしたとき────不意に、魔物の雄叫びが響き渡った。

 それは辺りに幾重にも響いて───どうやら、幾つもの雄叫びが鳴り響いているようだった。

 異変を感じ取った仲間たちは、今対峙しているオークをそれぞれ斬り伏せる。

 隙あらば囲い込もうとしていた───あるいはこちらへと近寄ろうとしていたオークたちが、瞬く間に後退していく。

 確認してみれば、オークはいつの間にか134頭まで減っていた。

「変異種のお出ましのようだな」

 ヴァルトさんの言う通り、居並ぶオークを押しのけ、微かな地響きを上げて歩み寄って来るのは────オークの変異種、5頭だ。

 どれも巨体化しているが3m程度で、4m級はいない。

 5頭すべてが、身の丈に合った棍棒を手にしている。それは、丸太を削って作り上げたものらしく────稚拙な出来映えではあるが、渾身の力で繰り出されたら、普通の人間ならば一溜まりもないだろう。

 二足歩行の魔物が木や石を利用して原始的な武具を作ることは、斧や剣を手に入れた集団───もしくは石器に使えそうな岩石や鉱物が手に入る地帯に生息する集団では偶に見られる事例だ。

 私は、変異種の詳細を探るために、【心眼(インサイト・アイズ)】を発動させる。

「…?」

 内包する魔力量は通常の魔物よりは多いが、やはり魔獣に比べたら大したことはない。

 5頭とも似たり寄ったりで、強さもそれほどではなく、私たちなら手分けしても討伐できるだろう。

 だけど、何だか────どこか違和感があった。その違和感に思考が傾きかけたものの、レド様からの【念話(テレパス)】で引き戻される。

≪俺、リゼ、レナス、ディンド、ヴァルトで1頭ずつ相手をする。ラムルは俺、ジグはリゼとレナス、アーシャはディンド、ハルドはヴァルトの援護を。セレナは周囲の警戒と牽制をしてくれ≫

 私たちはレド様に了承した旨を伝えると、すぐに立ち位置を変えるべく移動を開始する。

 レド様を中心に、その左側に私、レナスの順で並び───右側に、ディンド卿、ヴァルトさんの順で並ぶ。
 援護を担うラムルたちは、それぞれ援護する者の傍らへと立つ。

 自分が対峙する変異種を見据えるべく目線を遣って、私はまた違和感を覚えた。

 並んで立つ5頭の変異種たちの視線が、それぞれの正面に立つ者ではなく、中心に向けられている。

 中心というか────レド様と私だ。

 ディンド卿が、地下遺跡の戦いで、魔獣たちがセレナさんを狙っていたと報告していたことを思い出す。

 ディンド卿と初めて共闘したあの集落潰しでは、魔獣はセレナさんだけでなく私も狙っているように見えたとも言っていた。

 もしかして────魔獣や変異種は、魔力が多い者を率先して襲っている?

 もし、それが正しいなら────レド様が一番狙われるということになる。そう気づいて、私は速攻で片を付けようと決めた。

 変異種たちが動き出す前に、薙刀を太刀へと替えて左手に携え───変異種に向かって奔り出す。変異種が私を潰すために棍棒を持った手を振り被った。

 振り下ろされた棍棒を、寸前で躱して跳び退(すさ)る。棍棒が地面にめり込み、砂利が飛び散った。

 私は着地点に【重力(グラビティ・)操作(オペレーション)】を発動して、変異種の振り下ろされた腕を目掛け、高く跳び上がった。

 変異種の左手の二の腕を蹴って、変異種の頭に向かって再び跳ぶ。そして、左手に携えた太刀を振り抜いた。

 前屈みになっていた変異種は首を斬られて、そのまま前のめりに倒れていった。変異種の肩を越えていた私は、背中へと降り立って───鞘に太刀を収める。


 オークの背中から退いて先程の立ち位置に戻りつつ、周囲に意識を向けると───ちょうどレド様とレナスがそれぞれ対峙していた変異種を倒したところだった。

 レド様は、いつかのように変異種の手と足を斬って、地に伏したところで首を斬り落とし───レナスは、【月虹】を駆使して、両腕を落としてから、無防備となった首を斬り飛ばしたようだ。

 ディンド卿とアーシャの方を見れば、振り下ろされた棍棒を迎え討つように、アーシャが双剣で切断して───勢いが止まらず短くなった棍棒を地面に叩きつけ、ほとんど倒れ伏した状態となった変異種の首に、ディンド卿が大剣を喰らわせた。

 ヴァルトさんとハルドの方は───同じく振り下ろされた棍棒を潜り抜けたヴァルトさんが、一閃で変異種の胴体を真っ二つにしたみたいで、地に着いた胴体の首をハルドが斬り落としていた。


 私は視線を正面に戻して、一歩踏み出すと同時に左手に握ったままだった太刀の鞘を払って、右上方向に振り抜く。

 剣を振り被った体勢のオーガが、首を失って────ゆっくりと仰向けに倒れた。

 私の右側でレド様が、左側ではレナスが、やはりオーガを一撃で仕留め───オーガがその場に崩れ落ちる。

 ジグが【疾風刃(ゲイル・ブレイド)】を発動させて、左側から背後に回り込もうとしていたオーガ数頭を一掃した。

「オーガが出て来たか…」

 大剣を構えたまま、レド様が呟く。私たちがオークの変異種と戦っている隙に、オークは退き、オーガが前線へと出て来たらしい。

「第二戦目の始まり────ですな」

 ヴァルトさんが、両手剣を握り直して、不敵に笑う。

「ああ…、そうだな」

 レド様は、そんなヴァルトさんに苦笑するように口元を緩めた後────また表情をまた引き締めた。

 私たちも、表情を引き締めて────各々の得物を改めて構える。

 そして─────

≪オーガの数を減らす。────行くぞ!≫

 レド様の【念話(テレパス)】を受けて、オーガを討つべく動き出した。
 
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