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コントラクト・ガーディアン─Over the World─

作者:tea4
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第一部 皇都編
  第二十六章―黎明の皇子―#8


「ガレス───昨日、集落の外に出ていたコボルトの集団が、日が暮れた頃に戻って来たと報告を受けている。コボルトたちが、どの方向から戻って来たか把握しているか?」

 レド様に問われて、呆気にとられていたガレスさんが我に返って答える。

「ああ。ほとんどが、ダウブリムに続く街道側から戻って来たとのことだ」

 敬語を忘れたガレスさんを気にすることなく、レド様は私に顔を向けた。

「リゼ───あの街道側で、魔物が集落を造るのに適した場所はあるか?」
「そうですね…」

 ダウブリムの街と皇都を結ぶ街道は、冒険者となってから幾度も通っている。

「ダウブリムの街の手前に、幾つか魔物が生息できる森があるにはあります。ですが────そこを目指すとは、私には思えません」
「何故だ?」
「そちらの森に移り住む意味がないからです」

 思考を回らせながら、私は続ける。

「まず───街道沿いに小さな雑木林は点在していますが、何百頭もの魔物が隠れられるほどの大きさではないため、移動中はどうしても無防備になります」

 魔獣や魔物は、体格面や体力面から、人間よりずっと移動速度は速いが───それでも、何百頭もの集団だ。いずれかの森に辿り着くには、それなりに時間がかかるだろう。その間、危険に曝されることになる。

「移動中に襲撃される危険性が高い上、無事に森へと辿り着けたとしても、近くにはダウブリムが───皇都ほどではないにしても、大きな街があります。結局、短期間で堅固な集落を造らなければならない状況は同じです。
それならば───また一から集落を造るよりも、今の集落に籠って護りを固めることに徹した方がいい」
「確かにな…」

 同じ理由で───街道側ではない他の方向にある、皇都郊外に点在する別の森に移り住む意味もない。よって、これも考えられない。

「リゼラ様───もしや、魔獣たちの行く先について、何かお考えが?」

 ディンド卿が口を挟んだ。さすがはディンド卿、よく見ている。

 私は、たった今レド様と話しながら思いついたことを口にする。

「魔獣たちが今求めているのは、おそらく護りに適した場所です。食糧であるはずのゴブリンを切り捨てる決断をしたということは、途中で食事を摂るまでもなく短時間で辿り着くことができ───辿り着いたその先には、一時的でもゴブリンに代わる食糧が手に入る目途があるということです。それらの条件をすべて満たす場所があるんです」
「それは?」

「皇都郊外の農村です」

 この皇都郊外に点在する農村はどれも、他の地域の必要に駆られて拓かれたような農村と違って、エルダニア王国時代の遷都に伴って、計画的に造られたものだ。

 魔物の襲撃から農作物を護るために、皇都同様、堅固な石壁で囲まれている。

 農民の家屋だけでなく畑も擁する農村は、それなりの広さを持つ。何百頭もの魔物を収容することも可能だ。

 それに、当時の王族や王都民の食糧を賄うために造られたので皇都近郊にあり、ここから距離的にもそれほど離れていない。

 そして────そこには、畑を世話する人間がいる。皇都民を養うための大量の農作物も、腹の足しにはなるはずだ。

「農村を…?」

 誰かが────震える声で呟いた。

 冒険者たちに、動揺が広がる。冒険者の中には、皇都郊外の農村出身である者も少なくない。農家は子だくさんなことが多く、跡を継げない子供たちは大半が皇都に出てくる。

 それだけでなく、農村からの依頼も結構あるので、この皇都の冒険者にとっては農村は身近な存在だ。

「リゼ───魔獣たちがどの農村を狙っているか、見当はつくか?」

 レド様に訊かれて、私は答えることを躊躇う。

 これは────きっと、結果を左右する大事な決断へと繋がる。

 地下遺跡でのことが頭を過った。自分の判断に対する不信は───“祝福”に対する恐れは、まだ消えてはいない。

 だけど、それに囚われていては、これから先、自分では何も決断することができなくなる。

 即座に決断できなければ、戦場では命取りだ。

 それでは────レド様を護り抜くことなどできない。

 私は意を決して────レド様にお答えするべく、口を開いた。

「魔獣たちが狙っているのは────おそらく…、マセムの村ではないかと思います」

 マセムの村は───孤児院を【最適化(オプティマイズ)】する際に、子供たちがお世話になったあの農家がある村だ。

「根拠は?」
「まず、マセムの村の位置です。マセムの村は、ダウブリムに通じる街道から分岐する枝道の先にあります。その枝道への入り口は、集落のある遺跡よりも手前───皇都寄りにはなりますが、集落からそう離れてはいません。マセムの村までは、野菜を積み込んだ一頭立ての馬車で、皇都から3時間ほどの距離と聞いていますから───魔獣や魔物なら、大規模な集団であることを考慮して、長く見積もったとしても、精々、その倍くらいの時間しかかからないでしょう」

「だが、リゼ────ヴァムの森付近や街道沿いにあるならともかく、皇都に近い枝道の先にある農村のことなんか、魔獣たちが知っているとは思えないんだが…」

 ガレスさんが、眉を寄せて疑問を口にする。

「いえ、知っている確率は高いと思います。集落を造った魔獣あるいは魔物たちは、あの枝道に入ったことがあるはずですから。その先に農村を見つけていても、おかしくはない」

 私がそう答えると────ガレスさんだけに留まらず、他の参加者も驚いているのが見て取れた。

 ディンド卿が、すかさず私に訊ねる。

「魔獣たちがその枝道に入ったことがあるはずだと、どうして言い切れるのですか?」
「石壁です」
「石壁?」
「集落のあばら家には、大量の石が使われています。見た限り───どれも、大きくて角のない滑らかな石でした」

「あっ!そうか、川か───川原の石か…!」

 私とディンド卿のやり取りを聴いて、ガレスさんが合点がいったように叫ぶ。

 長い間流水に曝されていた川原の石は、角がとれてツルツルとしている。

「なるほど。確かに、あの枝道を少し行ったところに川があった。言われてみれば────あの川が、ヴァムの森に一番近い」

 バドさんが、思い出したように呟いた。

「リゼは、マセムの村に行ったことがあるんだな?」
「はい、何度か」

 レド様の問いに頷く。冒険者として依頼を受けて行ったこともあるし、最近では野菜の買い付けでも訪れている。

 そういえば、ジグかレナスを伴うことはあっても、レド様と一緒に行ったことはなかったな。レド様をつき合わせるのは申し訳ないので、単独行動のときにしか行かないし。

 それに、私が野菜の買い付けのために農村に行くことはレド様も知っているけれど、それがマセムの村だとは話していなかった気がする。

「それでは───リゼ。その枝道の様相を詳しく教えてくれ」


◇◇◇


 一足先に大会議室を辞して───レド様とディンド卿と共に、姿をくらませたジグとレナスを伴って、階下へと降りると、そこには今回の討伐に参加予定の冒険者たちが、ひしめき合うように待機していた。

 すでに階段を降りる前に服装を替え、レド様の瞳も銀色に装い済みだったが────それでも、私たちの姿が目についたらしく、冒険者たちの視線が一斉に向けられる。

 その中には、ラギとヴィドもいた。冒険者たちの合間から、こちらを見ている。

「アレド───子供たちに声をかけて来てもよろしいですか?」

 現在、このギルドにいる孤児院出身の冒険者はラギとヴィドだけだ。他は、高額報酬が見込めそうな地域に出向いていた。

 ラギとヴィドも、所属するパーティーの一員として討伐に参加することになっている。事前に話をする機会は、今しかない。

「ああ。行ってくるといい」

 レド様の許可を得られたので、真っ直ぐ、ラギとヴィドの許へと向かう。私が進むと、何故か、私に気圧されたように、周囲の冒険者たちが道を開ける。

 何だろう、この雰囲気…。冒険者たちには苦手意識を持たれているとは感じていたけど────何か酷くなったような…。

「ラギ、ヴィド」

 こんな状態で話しかけたら、ラギとヴィドも周囲から奇異な目で見られるようになってしまうかもしれない────と、一瞬そんな心配が過ったが、それでも確認しておきたいことがあった。

「新しい剣、手に入れられたみたいね」

 ラギとヴィド、それぞれの腰には、真新しいショートソードが提げられている。

 職人さんに意見を仰いで身の丈に合う剣を選ぶよう言い含め、紹介状を持たせて、サヴァル商会傘下の工房に行かせたのだけれど────

「ぁ、うん。鍛冶師のおっさんが色々アドバイスくれてさ。ちゃんとオレに合うやつを選べたと思う」
「ボクもだよ」
「そっか、良かった」

 工房には、後でお礼を言っておこう。

 新しい剣を購入するにあたって、もし手持ちのお金が足りないようなら、こちらで用立てるつもりだったが───ラギもヴィドも、しっかり貯金をしていたらしく、断られてしまった。

 無事にすべてが終われば、討伐の報酬だけでなく、集落を発見した褒賞金ももらえるはずだから、その分を補ってもマイナスにはならないだろう。


「あのさ…、今回の集落潰しには、リゼ姉も参加────するんだよな…?」

 ラギに躊躇いがちに訊かれ、私は眼を瞬かせる。

「勿論、参加するよ」
「そっか、そうだよな」

 ラギもヴィドも、ほっとしたように、少しだけ表情を緩めた。

 ああ、そうか────ラギもヴィドも、不安で仕方がないんだ。

 ラギとヴィドだけじゃない、他の冒険者たちもだ。見回せば、皆、不安を隠せていない。

 無理もない。Bランクパーティーは集落を監視するために従事しているはずだから、ここにいるのは大半がCランク以下のパーティーだろう。

 通常の集落潰しでも場合によっては荷が重いのに、今回、ヴァムの森に築かれた集落は───様相も、規模も、何もかもが前代未聞だ。

「ラギ、ヴィド」

 ラギとヴィドに視線を戻し、私は二人を見据える。

「今回の集落潰しは、確かにいつもと違う。だけど────やることはいつもと変わらない」

 不安や恐怖からくる緊張感は、戦場では必要なものだ────と、私は考えている。でも、それは程度による。度を超せば、足枷になりかねない。

 私は、ラギとヴィドだけでなく、他の冒険者たちにも聞こえるように───何でもないことのように、意識して話す。

「仲間と協力して、魔物を倒す───それだけだよ。オーガやオーク、コボルトの混成だろうと、相対する敵を見定めたら、仲間や敵の動向をきちんと見て、自分がやるべきことをやる。そして───指示が出たらそれに従う。いつもと同じようにやればいい」

 ラギとヴィドの不安気に揺れていた双眸が、焦点が定まったように、はっきりと色を取り戻した。

 周囲の重苦しかった空気も、心なしか軽くなった気がした。少しでも冒険者たちの不安を払拭できたのならいいのだけど。

「今回───私は、魔獣や魔物を討ち取ることに専念する。冒険者の指揮はガレスさんに任せてあるから、ガレスさんの指示をちゃんと聞いて従ってね」
「「わかった」」

「仲間や目の前の敵だけでなく、周りを気にすることも怠らないで。それから」
「「どんなときでも考えることを止めるな」」
「だろ?」「でしょ?」

 いつかのように、ラギとヴィドは先回りして答えて、にっ、と二人らしい笑いを浮かべた。その笑顔を見て、私の口元も緩む。

「そう───考えることを止めちゃ駄目だよ。状況をきちんと見て、考えることを止めなければ────たとえ窮地にしか思えなくても、切り抜けられる方法が見つかるかもしれない。それを────忘れないで」

 しっかりと頷くラギとヴィドには、先程の蝕まれそうな不安は見られない。

 この二人は大丈夫だ────そう感じられて、私は目元も緩めて、笑みを深めた。


※※※


 すべての打ち合わせを終えて、緊急会議に出席したバドや冒険者たちと一緒に、階下に戻ったガレスは、待機していた冒険者たちの雰囲気が変わっていることに気づいた。

 ガレスから離れて、パーティーリーダーである冒険者たちが、それぞれ自分の仲間たちの許へと向かう。

 リーダーを迎える冒険者たちの表情は、朗らかとまではいかなかったが前向きに感じられるもので───緊急会議に出向く前の不安に圧し潰されそうなものとは明らかに違った。

「セラ、何かあったのか?」

 ガレスの質問が何を指すのか察したセラは、微かな苦笑いを浮かべた。

「我らが“孤高の戦女神”の仕業ですよ」

「リゼの?」
「ええ。みんなが不安と緊張でピリピリしている中に、リゼさんがやってきて────ちょっとラギ君とヴィド君に話しかけただけで、あっという間にこれですよ」

 セラは、そのときのことを思い出したのか、改めて苦笑する。

「そう特別なことを言ったわけではないんですけどね」

 ガレスには、何があったのか解ったような気がした。おそらく、あの集落潰しのときと同様のことがあったのだろう。

 あのときもリゼラは、ただガレスと会話しただけで、あの場にいた冒険者たちの不安と緊張を解消させてしまった。


 どんな事態でも泰然としているリゼラは、リゼラがいてくれれば、どうにかなると思わせるような───必ず切り抜けられると信じさせてくれる何かがあった。

 そして、それは決して気のせいに留まらない。舌を巻きたくなるほどの洞察力と考察力、単独で魔獣を討伐できるほどの実力で以て、いつだってリゼラは確かに成し遂げる。

 女性でありながら史上最年少でSランカーとなったという情報だけで、リゼラの実力を疑う冒険者は、大抵がリゼラと一度接したら黙る────と、とあるギルドマスターが言っていたが、さもありなんとしか返しようがない。

 先程の緊急会議での貴族や騎士たちの反応が、まさにそうだった。

 リゼラの悪評を鵜呑みにしていた連中の───特にリゼラの実父であるイルノラド公爵の呆気にとられた様子を見て、ガレスは胸の()く思いだった。

 スタンピードに始まって、魔獣たちの狙い───それに、あの石壁の件を滔々(とうとう)と説くリゼラに、貴族や騎士たちは、ただただ圧倒され────魅入られているように見えた。

 これで、あの場にいた連中のリゼラに対する印象は、確実に変わったはずだ。



「もう────“孤高”ではないな」

 バドが呟いた。

「確かにそうだな。今のリゼには並び立つ存在がいるからな」

 不遇の第二皇子────ルガレド=セス・オ・レーウェンエルダ。

 彼ももう“不遇”ではないだろう。伴侶となるべき存在を手に入れて、ようやく檻の中から踏み出すことができた。

 ルガレドもまた、並外れた才覚の持ち主だ。

 リゼラ同様に単独で魔獣を討伐できる実力があるだけでなく、リゼラに引けを取らない洞察力と考察力がある。

 加えて、皇宮で見せた────あの気迫。

「さしずめ────“戦神ガルヴァ”とその妻である“戦女神ティシャ”といったところか」
「そりゃ、ぴったりだ」

 バドの言葉に、ガレスは笑みを零して頷く。

 これから臨む────かつて経験したことのない異様な戦い。けれど、ガレスに不安はなかった。
 
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