コントラクト・ガーディアン─Over the World─
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第一部 皇都編
第二十四章―妄執の崩壊―#4
ネロがノルンとヴァイスを伴って転移した先は────何処か“聖廟”を思わせる全面真っ白な広い空間だった。
中央に、10人掛けのダイニングテーブル並みの───おそらく月銀だろう白い台座があり、その上空に、今はノルンの本体である“原初エルフの結界”の核に匹敵する、巨大な聖結晶が浮かんでいた。
それ以外は何もなく、壁も床も天井も同じ素材でできているのか、すべて一様に白一色で、模様も凹凸もない。
聖結晶は、“正八面体”って言うんだったか───二つの三角錐の底面同士をくっつけたような形をしており、表面には時折、冒険者ライセンスのコインのように、細い光のラインのようなものが走ってはいたが────何だか、弱々しい気がした。
私は、ネロと視覚を共有したまま、【心眼】を発動させる。
≪ネロ、なるべくゆっくりと部屋の中を見回してみて。床と天井もね≫
≪うん、わかった≫
ネロは、私の言う通りに、床、壁、天井、白い台座、聖結晶と───順々に見回していく。
床も壁も天井も台座も、どうやら、すべて月銀が使われているようだ。
聖結晶の正面にいるネロたちの数歩下がった後ろ側の床に、【転移門】を見つけた。
この空間には出入口らしきものは一つもないので、おそらく、【転移門】でしか出入りはできないようになっているのだろう。
そして────聖結晶の下にある白い台座。これは、“制御盤”のようだ。
≪ノルン、その“制御盤”に近づいてみてくれる?ヴァイスとネロは、ノルンの援護をお願い≫
≪解りました、主リゼラ≫
≪了解した、我が姫≫
≪わかった~≫
ネロはノルンの肩に乗り、ヴァイスはノルンと並んだ状態で、聖結晶へと近づいていった。近づいても、ノルンが制御盤に触れても、予想とは違い、何かが起動するような様子はない。
制御盤に触れたノルンの身体が淡い光を纏う。
ノルンの指が触れている箇所から制御盤に幾つもの細い光が走り始め、やがて制御盤全体に光のラインが蜘蛛の巣のように広がると───聖結晶が明滅し始めた。
≪主リゼラ───現在、この地下施設の制御システムは、手動に切り替えられ、そのために【管理亜精霊】が不在の状態となっており、この区域に張られている【障壁】と一部区画だけが起動しているみたいです≫
古代魔術帝国のシステムを────誰かが、手動に切り替えた?
≪ノルン、手動に切り替えた人物は解る?≫
≪はい。このシステムの“暫定管理者”です≫
≪“暫定管理者”?────それは?≫
≪【下級魔導師】ディルカリダ=バイレウム────という人物です≫
◇◇◇
「ディルカリダ=バイレウム…」
この地に遷都を促したディルカリダ側妃と同じ名前────これが、偶然なはずがない。称号からして、古代魔術帝国の人間だろう。
だけど、一体どういうこと…?
ディルカリダ側妃が存在したのは、約900年前────古代魔術帝国が滅亡して600年近く経ってからだ。滅亡寸前に不老長寿となり、秘かに生存していたということ…?
それとも────
「リゼ?どうした、何かあったのか?」
レド様に声をかけられて、私は我に返る。
無意識にネロとの視覚の共有を解いて、瞼も開けていたらしく、レド様の心配そうな表情が視界に入った。
「いえ…、ちょっと気になることがありまして────後で、調べてからお話しします」
【青髪の魔女】の件と併せて、文献を当たってみよう。
「…それなら、俺も一緒に調べる」
「あの、無理はしませんよ?ちょっと検索したり、文献を読むだけですから」
レド様の頭には、魔石を分析したときのことが残っているようだけれど───おそらく、あれは“祝福”の影響だ。
あのときは、どうしてもやらなければいけない気がしたからで、今回は無理するつもりは、本当にない。
「………絶対だな?」
低い声音でそう訊ねるレド様に、私は、いつかのアーシャのようにカクカクと頷く。
とにかく今は、地下遺跡のことが優先だ。私は、再び、ネロと視覚を共有すると、ノルンに【念話】で語りかける。
≪ノルン───制御システムを掌握することはできる?≫
≪はい、できると思います。手動に切り替えた際に防御システムがすべて解除されていますので───権限を保有していなくても、管理者の書き換えは容易です≫
≪では、制御システムの掌握をお願い≫
≪解りました、主リゼラ≫
ノルンが発する光が強くなる。私はその様子を、ノルンの肩に乗るネロの眼を通して、じっと見ていた。
≪完了しました、主リゼラ≫
“原初エルフの結界”のときのことが頭を過り、また何か起こるのではないかと心配していたが───今回は何事もなく終えたようだ。
≪ご苦労様、ノルン。それじゃ───今度は後ろにある【転移門】を、私たちにも使用できるようにしてくれる?≫
≪解りました、主リゼラ≫
しばらく待っていると、ノルンから完了した旨の【念話】が入る。
地上と地下遺跡を分かつこの特殊な合板のせいで、地下施設の【転移門】を感じ取れないため、【往還】ではなく、お邸に設置してある【転移門】から跳ぶことにする。
◇◇◇
「ここが────リゼラ様が仰っていた古代魔術帝国の遺跡…」
地下遺跡へと跳ぶと、皆、かなり驚いてはいたが────中でも一番驚愕した様子を見せ、そう呟いたのはディンド卿だった。
かくいう私も、ネロの眼を通してすでに見ていたものの───この白い空間と宙に浮かぶ聖結晶を実際に目にして、原初エルフが遺した“結界の間”とはまた違った様相に、ディンド卿ほどではないが驚きを覚えた。
「ノルン、ネロ、ヴァイス────ご苦労様」
傍に寄って来たノルン、ネロ、ヴァイスを労うと、三者三様に喜ぶ表情が浮かぶ。
「それでは、ノルン───状況を報告してくれる?」
「はい、主リゼラ。この聖結晶は、この地下施設を制御するものであり───現在は、完全に私の管理下にありますので、必然的に───私の主である主ルガレドと主リゼラが、この地下施設の主管者となります」
「解った。それで────この地下施設の状況は把握してるの?」
「いいえ、主リゼラ。【記録庫】に全体図は存在していますが、この地下施設は7割が損壊しており、損壊した箇所の大部分が断絶しているため、現状すべてを把握することは不可能です」
「そう…」
となると────【地図製作】をするしかないか。幸い、【不可知の合板】は壁には使われていないようなので、できるはずだ。
「リゼ、俺がやる」
「え?」
「【地図製作】をするつもりなのだろう?それは、俺がやる」
「ええっと…、それではお願いします」
どの道、レド様に【千里眼】の使用をお願いしようと思っていたところだ。
私のことを物凄く心配してくださっているようだし、ここはレド様にお任せした方がいいよね…。
「ノルン、この地下施設の【立体図】を投影して」
「はい、主リゼラ」
正面に、地下施設を模した半透明の立体図が現れる。私の想定は正しかったようで、円形を成している。
レド様が【索敵】を発動し、周囲をゆっくり見回すと───徐々に立体図が様相を変えていった。大きさが大きさなだけに、瞬く間に、レド様の魔力がかなり減っていくのが感じ取れる。
「崩れた個所は埋め立てられているようですね…」
ラムルの言う通り、崩壊した箇所の大部分は埋め立てられているみたいだ。その上に皇都が築かれ、森が広がっているらしい。
そして────レド様の視線がある箇所に辿り着いたときだった。
「!?」
崩れて埋め立てられたのではなく───造り替えられたように、その空間の一部が形を変える。それに加え、駒のようなものが複数、忽然と現れた。
これは────何人かの人間と…、何頭もの魔獣だ。
「リゼの予想が当たったな。ここが────ディルカリドたちの拠点というわけだ」
レド様が表情を険しくして言う。
「ええ」
「どうする、リゼ」
「そうですね…、出入り───または魔獣を放すことができないように、【転移門】を封鎖してしまいたいところですが────」
中途半端に封鎖して、刺激するのはまずいな。やるなら、【転移門】すべてを一気に封鎖すべきだよね。
「ノルン、この地下施設を拠点登録して、【最適化】することはできる?」
「はい、可能です、主リゼラ」
問題は────魔力か。
【索敵】だけで、レド様でさえかなりの魔力量を消費している。【最適化】では、もっと魔力を使うのは必至だ。
ちらりとレド様を伺うと────あ、反対なんですね。解ります。
「…ノルン、“結界の間”を【最適化】したときみたいに、精霊樹の魔素を流用することはできない?」
「それはできますが───この地下遺跡は広大ですし、特殊な建材を使用していますから、修復には膨大な魔素が必要になります。そうしますと、“結界”が維持できません」
あの森にはアルデルファルムがいる。それに、“デファルの森域”には、固定魔法【結界】を施してあるから────少しの間なら、“結界”が解除されても支障はないはずだ。
「その場合───“結界”が解除される時間はどれくらい?」
「不測の事態がなければ、半日程度になります」
「それは、つまり───【最適化】が完了するのに、それだけ時間がかかってしまうということ?」
「その通りです、主リゼラ」
半日────結構、長いな…。
「レド様、精霊樹の魔素を借りて、【最適化】でこの地下遺跡を修復し───【転移門】を閉ざしてしまおうと考えているのですが、どう思われますか?」
「ああ───俺も、それが最善だと思う」
それまで黙って聴いていたディンド卿が、口を開いた。
「ですが、ディルカリド伯爵や魔獣はどうするのですか?」
「封鎖して閉じ込めた状態にしてから、魔獣討伐───それから、ディルカリド伯爵たちの捕縛をするつもりです」
「その際は、ラナとエデルを除いた全員で事に当たる」
「かしこまりました」
私の答えにレド様がそう付け加えると、ディンド卿は私たち二人に向かって頷き───続いて、ラムル、ジグ、レナスも頷いた。
「リゼ───今から、始めるか?」
レド様に訊かれ、私は首を横に振る。
今はまだ正午前だ。これから昼食を摂り、その後に始めても、順当に済めば夕方には終わるが────
「今日は、おじ様と面会の約束をしています。もし───不測の事態が起これば、その約束に間に合わなくなる可能性があります」
「そうだな───そちらを優先すべきだな」
冒険者ギルドと6ヵ所の【限定転移門】の側に精霊獣を1頭ずつ忍ばせているので、何かあれば知ることができる。封鎖は明日に回しても、おそらく大丈夫だろう。
レド様が表情を改め───私たちにその神秘的な淡い紫色の眼を向ける。
「それでは────この地下遺跡の件は、明日に決行することにする」
ページ上へ戻る