コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第二十二章―明かされる因縁―#2
侍女修行のために、ラナ姉さんとアーシャと一緒に、セレナさんをロウェルダ公爵家に預けると───私は、それぞれの持ち場に行こうとする仲間たちを、引き留めた。
今度のお邸の厨房は狭いし、参加人数も増えたので、ダイニングルームで話をすることになった。
「ヴァルトさん、ハルド君、訊きたいことがあるんです」
「何だい、隊長さん」
いや、もう───というか、最初から隊長ではないのだけど…。まあ、それは今はいい。
「ディルカリド伯爵は…、セレナさんのお兄様が亡くなって────その件で抗議するために皇城に向かって、戻って来なかったと聞いています。その…、遺体すら戻って来なかったのですか?」
「…ああ、何も。皇城に問い合わせたが、知らぬ存ぜぬだった。ただ…、ジェスレム皇子の配下数人によってたかって、乱暴されたところを見たという者がいてな…。おそらく────生きてはいないのではないかという話だった」
「そうですか…。では───セレナさんの他のご兄弟は、今どうされているのですか?」
「さあ、知らん。あいつら────散々、血筋や魔力量を鼻にかけ、お嬢をバカにしてたくせに────伯爵家が皇妃に反感を買ったと知るや…、何もかもお嬢に押し付けて────消えやがったんだ」
ヴァルトさんは当時のことを思い出しているのか、悔し気に歯を食いしばる。ヴァルトさんは────セレナさんが、本当に大事なようだ。
私は、セレナさんの傍にヴァルトさんがいてくれて良かったと────心から思う。
「そうですか…」
「リゼ、何か気になることでもあるのか?」
心配そうに訊くレド様に、私は肯いて───【遠隔管理】を発動させた。
取り寄せたものを、そこにいる面々に見せると、皆一様に首を傾げる。
「ただの魔石に見えるが────」
「これは、ディンド卿たちを襲った魔獣の魔石です。【解析】してみてください」
私の言葉に従い、ディンド卿、ヴァルトさん、ハルド君以外の仲間たちが───【解析】を発動させる。
「リゼラ様、これは────」
【解析】の結果に、レド様たちが眼を見開く中、ジグが思わずといった風に呟く。
そう───これは、ジグが初めて【解析】した魔石と同じ───魔物に大量の魔素が注がれることによってできるという…、【純魔石】だ。
「どういうことですか?この魔石が何か…?」
ディンド卿が、説明を求める。私は、これがどういうものなのか───ディンド卿、ヴァルトさん、ハルド君に説明して聞かせた。
「あのブラッディベアの変異種は───魔獣化して変貌までしている割には、内包する魔力がそんなに多くありませんでした。通常───許容量を超える大量の魔素に侵されることによって、魔物は魔獣化します」
あのときのアルデルファルムのように。
「ですから、あれは────あり得ない状態なんです」
「つまり───どういうことなんだ?」
「レド様、ノルンが魔獣化してしまいそうになったときの詳細を覚えていますか?」
「ああ」
「あのとき───ノルンが魔獣化しそうになったとき、レド様が注いだ魔力量はノルンの許容量を超えるほどではなかった。ただ───大量の魔力を一気に注がれたために、魔力を上手く取り込むことができず、魔力に蝕まれそうになった────」
「それは────つまり…、何者かが───魔物に対して、それと同じことをした、と…?」
レド様は言葉にしながら、その意味するところを咀嚼する。
「何者かが…、意図的に魔物を魔獣化させようとした────そういうことか…?」
レド様の言葉は戦慄をもたらしたようで、全員の───ラムルやディンド卿、ヴァルトさんでさえ、表情が強張った。
「だが────それと、ディルカリド伯爵や、セレナの弟たちと…、どういう関係が?」
レド様と同じ疑問を、他の皆も抱いていることが窺える。
「この【純魔石】…、魔力が均等に凝固しているんです────魔術陣を書き込むのに、ちょうど良く」
魔術陣は、魔力が均等に凝固している魔石にしか書き込めない。だからこそ、数に限りができてしまい、高値となっている。
「ヴァルトさん、ハルド君───ディルカリド伯爵家は、確か…、魔術陣を刻む魔石の調達を担っていましたよね?」
以前───魔術について検討していて詳しく調べた際に、“ディルカリド伯爵家”のことを知った。
そのときは、魔術によって魔物や魔獣を討伐して、調達しているのだろうと思っていたが────
「まさか────ディルカリド伯爵家は…、魔術陣を書き込む魔石を得るために、魔物を魔獣化させていた、と…?」
レド様の呟きに、私は補足した。
「ディルカリド伯爵家が供給する魔石は、業界で扱う魔石の8割を占めていました。ディルカリド伯爵家は古い家柄ですし、何か秘技があるか───もしくは、魔石を探るような魔道具でも使っているのかなと思っていました。
でも───それにしたって、ディルカリド伯爵家の魔石の供給率の高さは不自然な気がしました。魔素が均等に凝固した魔石ができるのは、稀なことなんです。ですが───そういった魔石を造り上げていたというのなら…、納得がいく」
レド様は────誰も何も言わない。私は話を続けた。
「セレナさんは、【魔力炉】を変えたら、魔力量がSクラス相当になりました。おそらく、伯爵やセレナさんのご兄弟も、それに近い魔力量を持っていたはずです。それなら、魔物を魔獣化させることも可能なのではないかと思います」
「…ノルン」
「はい、主ルガレド。主リゼラの仰る通り───個体にもよりますが、Sクラスの魔力量であれば可能です」
「魔術陣の価格は、3年前から上がり続けています。ディルカリド伯爵家の取り潰しによって、魔石の供給が大幅に減少し、新しく作られる魔術陣の数が極端に減ったからです」
私も、Sランカーへと昇進したとき、魔術陣を購入することを再び検討したけど───元々高値だったのが、さらに高騰していて、その高額さが割に合わなくて、結局止めたくらいだ。
それだけ、ディルカリド伯爵家の魔石の供給量が多かったのだ。
そこで、やっと───ヴァルトさんが、私の問いに対して答えた。
「確かに、ディルカリド伯爵家は、魔術師として国に伺候するだけに留まらず───魔石を調達する役目を担っていたが…、ワシは伯爵にも令息にも関わっていなかったから、詳しくは解らん」
ヴァルトさんはそこで言葉を切って、自嘲とも苦笑ともつかぬ笑みを浮かべた。
「ワシは───兄貴とは違って、ディルカリド伯爵家に対して盲目的に忠誠心を持つことができなかったからな。信用されてなかったんだろうよ。あんな…、血筋と魔力量が多いことを鼻にかけ、自分たちは選ばれた人間だとか宣う奴らに───他の子供たちより魔力量が少ないからって、自分の娘を平気で虐げるような奴に…、どうしても忠誠心を持てなかったんだ」
ヴァルトさんはそれ以上、語る気はないようで────口を噤んだ。ダイニングルームに、沈黙が降りる。
「リゼラ様は───ディルカリド伯爵…、もしくはその令息が、魔獣を造り上げているのではないかと考えているのですね?魔獣を造り上げて───何か、企んでいるのではないかと」
沈黙を破ったのは、ディンド卿だ。
「ええ、そうです。【純魔石】を見つけたのは、これで2度目ですし───皇都近郊で、というのも気になるのです」
「確かに───それは気になるな」
私の言葉に、レド様も相槌を打つ。
「ラムル───忙しいところ悪いが、至急、ディルカリド伯爵家について───取り潰された当時の状況、子息たちや使用人たちの行方と動向を調べてくれないか」
「かしこまりました」
ラムルは、いつものように優雅な一礼で応える。レド様は、それに小さく頷くと、ヴァルトさんとハルド君に振り向いた。
「ヴァルト、ハルド───以前、仕えていた主家だから思うところがあるかもしれないが、ラムルに協力して欲しい」
「解りました」
ヴァルトさんはすぐに応えたが────ハルド君は、躊躇うように眼差しを揺るがせる。
「…オレ、は────」
ハルド君は、苦し気に言葉をそれだけ漏らすと───イスを倒して立ち上がり、身を翻した。そして、ダイニングルームを出て行く。
ラムルが後を追おうとしたのを、私は止めた。
ハルド君は、レド様の侍従で───ラムルの部下だ。ラムルが追うのが筋かもしれない。
だけど────そのときは、私が行った方がいいような気がしたのだ。
「ラムル、私が行きます」
そう言うと、ラムルは眼を見開いたが────すぐに、頷いた。
「リゼラ様が、そう仰るのであれば────その方が良いのでしょう」
「ありがとう、ラムル。────レド様、行ってきてもよろしいですか?」
「ああ…、ハルドを頼んだ」
「はい」
私はレド様に断ると、立ち上がって、扉へ向かう。
「ジグ、ついて行け」
「は」
レド様とジグの遣り取りが聞こえて、私は苦笑する。レド様は────本当に心配性だ。
◇◇◇
【把握】で探ると、ハルド君は地下調練場にいた。
姿をくらませたジグを伴い、地下調練場に跳ぶと───ハルド君は、その広い空間に、ただ立ち竦んでいた。
「ハルド君」
追って来たのが私だと判ると────ハルド君は、大きく眼を見開いた。
「な、んで────貴女が…」
余程、意外だったようだ。
「オレのことなんて…、貴女は嫌いなはずなのに────」
ハルド君の呟きに、私は眼を瞬かせる。私が────ハルド君を嫌い?
「私は、別にハルド君を嫌ったりはしていないけど────どうして、そう思うの?」
「……っだって────」
ハルド君は、その先を続けられないようで───言葉を呑み込み、俯く。
「…ハルド君?」
私が名を呼ぶと、ハルド君は、俯いたまま、躊躇いがちに口を開いた。
「ジジィが────ヴァルトが言っていた“兄貴”というのは…、オレの祖父なんだ────」
やっぱり、ヴァルトさんとハルド君は、私の印象通り───血縁なんだ。
ハルド君の祖父がヴァルトさんの兄ということは、ヴァルトさんはハルド君にとって大叔父ということになる。
「オレの祖父も…、父も、兄も───ヴァルトは、忠誠心もなくて…、うちの一族の出来損ないだと言っていた。オレも───ずっと、そう思ってた。だから───ディルカリド伯爵家にいたときは、ヴァルトのことは無視していた。会っても、話もしないし───挨拶すらしなかった」
ハルド君は、一瞬、口を戦慄かせてから────続ける。
「セレナ様のことだって───皆の言う通り、落ち零れだと思ってた。落ち零れだから───主だなんて思っていなかったし───侍女やメイドが…、セレナ様に嫌がらせに近いことをしていても、当然だと思ってたんだ…」
「………」
「貴女は───あのとき…、ヴァルトの話を聴いて───顔を顰めていた。貴女は…、そういう奴が───オレみたいな奴は、嫌いだろ…?」
ハルド君は、そう問いかけながらも───肯定されるのを明らかに恐れていた。
ああ…、そうか。この子は────後悔しているんだ。自分が…、周囲に流されて、ヴァルトさんやセレナさんに対して────酷い態度で接してきたことを。
そして────そんな過去の自分を恥じている。
私は、ハルド君に歩み寄る。私が目の前に立っても───ハルド君は、俯いたまま、顔を上げない。
「埒が明かない────」
私がそう言葉にすると、ハルド君は反射的に顔を上げた。
「え?」
「ハルド君は…、『このまま冒険者をしていても、埒が明かない』って言ったよね────あのとき」
だから、レド様に仕えることは賛成だ────と。
「私には、ハルド君が───皇妃たちに復讐したいとか、ディルカリド伯爵家を再興したいとか思っているようには見えない。あれは…、どういう意味で言ったの?どうして───冒険者をしていては、埒が明かないの?」
「それは───ヴァルトはともかく、セレナ様は荒事には向かないし…、それに───あの二人…、せっかく、しがらみがなくなったのに、いつまで経ってもあのままだし────いい機会だと思ったんだ…」
ハルド君の答えを聴いて────私は思わず、笑みを零した。
ああ、やっぱり────ハルド君は、セレナさんとヴァルトさんのために、レド様に仕えることを決断したんだ。
「…っ」
私が笑うとは思ってもみなかったのだろう────ハルド君は、目を瞠って息を呑み込む。
私は話を続けるために、口を開いた。
「ハルド君───私は確かに…、ハルド君の言う通り、誰かに悪いレッテルを貼って───それを理由に相手を虐げるような輩は嫌ってる」
私の言葉に、ハルド君は───びくりと肩を震わせた。
「だけど────ハルド君は…、そういった輩とは違うでしょう?貴方は、周りにそういう人しかいなかったせいで、ただ───他の見方や考え方を知らなかっただけなんだから」
「そんなこと────どうして判るんだよ」
「だって…、今のハルド君は、ヴァルトさんのことも、セレナさんのことも───出来損ないとか、落ち零れとか思っていないでしょう?そうでなかったら、ヴァルトさんと手合わせなんかしないだろうし、セレナさんを護ろうとしないはずだよ」
ハルド君は、また顔を俯けて────小さな声で語り出した。
「ディルカリド伯爵家が取り潰されたとき───父さんも、兄さんも、いつもヴァルトのことを不忠者ってバカにしてたくせに、何もかも捨てていち早く逃げて行った。オレは置いて行かれて…、途方に暮れていたら───ヴァルトとセレナ様が、一緒に行こうって────言ってくれたんだ」
「それで、3人で冒険者に?」
ハルド君は頷く。
「オレ…、ここにいてもいいのかな…?」
ハルド君がぽつりと呟くように言う。
「どうして、そう思うの?」
「だって…、お館様が───何か悪いことをしようとしてるかもしれないんだろ…?それなら───きっと、オレのじいさんも手伝ってるはずだ」
「ハルド君のお祖父さんが?」
ということは────ヴァルトさんのお兄さん?
「あのとき───お館様の側近は父さんだったけど…、父さんはついて行くのを嫌がったから───怒ったじいさんがついて行ったんだ。じいさんも、それきり戻って来なくて───お館様が生きているとしたら…、じいさんも一緒だと思う」
「そうなんだ…。でも────そうだとしても…、どうして、ハルド君がここにいてはいけないの?」
「だって、オレのじいさんが手伝ってるとしたら────」
そうか、それで────そのことを気にして…、ハルド君はダイニングルームから逃げ出したのか────
「そんなことを言ったら────セレナさんとヴァルトさんも、ここから出て行かなければならなくなるよ?」
「ヴァルトとセレナ様は違う!お館様やじいさんが、勝手にやっているだけで、あの二人には関係ない…!」
必死に二人を庇うハルド君が微笑ましくて、私は口元を緩める。
何だか可愛いな───この子。
「それなら───ハルド君だって、関係ないよね?」
「あ…」
私は表情を引き締めて、改めてハルド君に目線を据える。
「ハルド君───貴方は…、あのとき、初めて会ったにも関わらず───レド様に忠誠を誓ってくれた」
【契約魔術】が発動したという事実もある。
だけど───それだけでなく…、私はこの子が、私たちを───レド様を裏切るとは思えない。
「私は、貴方を───あのとき誓ってくれた貴方の忠誠を信じてる。だから…、ここにいて────レド様を援けて欲しい」
ハルド君は一瞬だけ、驚いたように眼を見開いて───あのときと同じ…、決意を湛えた表情となった。
そして、片膝をついて────私の手を取る。私の手の甲に、自分の額を当てると────誓いの言葉を口にする。
「貴女がオレを信じてくれるなら───望んでくれるなら…、オレは───ルガレド殿下に忠義を以て仕えると誓う」
誓いの文言は違うけれど────昨日、ハルド君たちがお邸に着いて、すでに済ませた儀式だ。
それでも、ハルド君の決意が感じられて────胸が熱くなった。
「ありがとう…、ハルド君」
自然と零れ落ちた言葉と笑みを向けると───ハルド君は、私の手を放し立ち上がった。逸らした顔が、ほんのり赤く染まっている。
「…ハルドでいい。“君”はいらない」
ぶっきらぼうに言われ、私は笑みを深くした。
「ふふ、解った。ハルドって呼ばせてもらうね」
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