コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第二十章―見極めるべきもの―#4
ノルンの実体化を成功させた翌日────私は、アーシャを伴って、冒険者ギルドへ来ていた。
アーシャの冒険者としての鍛練もあるが───全てのAランカーが皇都から旅立ってしまったとのことなので、一介のランカーでは手に負えない討伐を引き受けるためもある。
それと────昨日、ジグが【解析】してくれた魔石の件がどうにも気になるせいもあった。
ギルドに、何か情報が寄せられているかもしれない。
ギルドの扉を開くと、カウンター前に人が大勢、集まっているのが目に入った。一際大柄なガレスさんが、中心にいる。
「リゼ、いいところに来てくれた!」
私の存在に気づいたガレスさんがそう叫ぶと、ガレスさんを囲む集団が、一斉にこちらに目を向けた。
よく見ると、そこにいるのはBランクパーティー『暁の泉』と『リブルの集い』、それに───ソロか3人以下のチームで活動しているらしき冒険者が幾人かだ。
「魔物の集落ですか?それとも、魔獣?」
「魔物───オーガの集落だ。それも、かなりの規模らしい。今日はアレドは?」
「アレドは所用で来ていません。────すみませんが、状況を最初から説明してください」
もう状況説明は、終わっているか途中な感じだ。繰り返しになって申し訳ないけど、状況を把握したい。
「ああ。現場は“エギドの森”だ」
皇都周辺の森は、5ヵ所ある。
まず一つ目は───“ヴァムの森”。
皇都の東側にある城門を出たところにある。
皇都周辺の森の中では魔素が少ない方で、魔物もそれほど住み着いていない。魔獣もめったに出現することがないので───初心者や冒険者見習いが素材集めの目的で入ることが多い。
8年前───私がファルリエム辺境伯に助けられた森だ。
二つ目は───“サデュラの森”。
レド様が、冒険者として初めて討伐依頼を受けて訪れた、あの森である。
ここは、5つのの森の中で最も魔素の多い森で───魔物が住みつくことが多く、そのため魔獣も出現しやすい。低ランカーには危険な森だ。
後の三つ───“トファルの森”、“エギドの森”、“ヴィレの森”は、似たり寄ったりの魔素量で───ヴァムの森よりは多いけど、サデュラの森ほどではない。
エギドの森は───この5つの森の中では一番広く、冒険者の目を掻い潜って魔物の集落ができやすい。
「昨日、『黄金の鳥』が発見したんだが、もう日が暮れるという時間帯だったんで、集落潰しは今日に持ち越した。集落の方は『黄金の鳥』が見張っている。参加するのは、『黄金の鳥』、『暁の泉』、『リブルの集い』、ソロのBランカー3人と、Bランクチーム『氷姫』だ」
Bランクチーム『氷姫』────聞いたことがある。
女性1人と男性2人の混成チームで、女性は数少ない“魔術師”らしい。
前述の通り、現在では魔術を行使するには魔術陣を書き込んだ魔石が必要となるが、とても高価なので、魔力はあっても魔術陣が手に入らない者も多いため───冒険者において、魔術師の数は戦士に比べたら圧倒的に少ない。
冒険者に限らず───ほとんどの魔術師は、貴族か裕福な商家の出だ。
『氷姫』の魔術師も───どこぞの貴族家のご令嬢だという噂だった。
それらしい3人組を目の端に捉える。
ラナ姉さんと同じ年頃の水色の髪に瑠璃色の双眸をした女性────この人が件の魔術師だろう。
白皙の儚げな女性で────確かに貴族のご令嬢に見えた。
それから───額に太い刃傷がある、蓄えた髭と鬣のような短髪に白髪が混じる壮年期を過ぎた男性。
年齢の割にガタイが良く───両手剣を背負っている。
もう一人は───私より一つ二つ年下らしい、気の強そうな茶髪の少年。どこかラギを思わせる。
大振りの短剣とショートソードを腰に提げ、弓と矢筒を背負っている。
白髪混じりの男性と気の強そうな少年は、血縁なのか────どことなく雰囲気が似通っていた。
そこまで見て取ると────私は、再び意識と視線をガレスさんに戻す。
「集落の詳細は?」
「集落は円形で、約2mの高さの塀に囲まれてる。出入り口は3ヵ所。扉はない。中央に見張り台があって、アーチャーが3頭。総数は100以上。ロードの存在は確認されていない」
「解りました。ありがとうございます」
それだけの規模だと───視認はされていなくても、オーガロードがいる可能性は高い。
集落の規模が大きいほど、魔物たちの食糧は安定する。
魔物たちは別の魔物を食糧とすることが多く───それも血抜きをせずに血の滴る生肉を食らうので、含まれる魔素量もその分だけ多量になり、変異種も生まれやすい。
今回の規模ならば────変異種が複数いてもおかしくないくらいだ。
「リゼ、指揮を頼む」
「了解です」
こういった場合、通常は一番ランクの高い者が指揮をすることになる。
「案内は?」
「森の入り口に、『黄金の鳥』の誰かしら待機してくれているはずだ」
「解りました。荷馬車は後から?」
「ああ。少し間を置いて、出発させる」
あまり大規模な団体で森に入ると、オーガに気づかれて警戒される恐れがある。
私は、ガレスさんから───これから共闘することになる冒険者たちへと向き直る。
「今回の集落潰しの指揮を任された、Sランカーのリゼラです。よろしくお願いします」
そう言って、全員の表情を観察する。
初見のソロ冒険者2人と『氷姫』の3人には大なり小なり驚きが見られたが────誰にも不満は見受けられなかった。
私はまだ十代の───しかも女なので、私が上に立つことに不満を覚える者がいてもおかしくはない。
そういった者がいると、作戦に支障を来たしかねないので───いないことに安堵した。
「早速ですが───何処かケガをしている人、体調に不良を抱えている人はいますか?」
言いながら、こっそり【心眼】を発動させて、全員を見回した。
全員が首を横に振った通り───皆コンディションは悪くないみたいだ。
「何か、質問や確認しておきたいことはありますか?」
これも、全員が首を横に振った。
「それでは、一旦解散して、エギドの森の入り口で落ち合うことにします。準備が調い次第、出発してください」
私の言葉に従って、集まっていた冒険者たちが離れていくのを横目に見ながら────私は、ガレスさんに再び向き直った。
「ガレスさん、準備を調えたいので、会議室を借りてもいいですか?」
「おう、いいぞ。────セラ、悪いが開けて来てくれるか?」
「解りました」
セラさんはそう言うと、カウンターから出て行った。
「ところで、アーシャも連れて行くのか?」
ガレスさんは、アーシャが私の護衛となったことを知っている。
「ええ。アレドは、どうも私一人で狩りに行くのが心配なようで────これからは、アレドがいないときは、アーシャが同行することになると思います」
「Sランカーのお前さんに護衛とは────随分、大事にされてんな」
ガレスさんの呆れた様子に、私は苦笑いが浮かぶ。
「アーシャは、Cランクだったよな。連れて行って大丈夫か?」
「ご心配なく。今のアーシャなら、足を引っ張ることはありません」
アーシャは、戦闘に関してセンスがあるし───冒険者パーティーの一員としてではあるが、魔物だけでなく魔獣の討伐もすでに経験している。
それに───私が創った【記念のピアス】の劣化版での身体能力強化に加え、ラムルとカデアとの戦闘訓練によって察知能力も向上し───無駄な動きも減った。
鍛練で手合わせしている限りでは───この短期間で、アーシャの腕前はかなり上達している。
その上───刃毀れすることのない魔剣を持たせているので、魔物や魔獣の討伐でも有利に動ける。
今のアーシャなら────単独でも魔物に引けは取らないはずだ。
「そうか。お前さんがそう言うのなら、大丈夫だな。────あいつらのこと、頼んだぞ」
「解りました」
ガレスさんの言葉に頷いたとき───セラさんが階段を下りてくるのを、目の端に捉える。
「それでは────会議室をお借りしますね」
◇◇◇
エギドの森に向かうと───入り口に、弓を背負った細身の青年が佇んでいた。『黄金の鳥』のメンバーだ。
他の冒険者は、まだ誰も来ていないようだ。
「ご苦労様です、フェドさん」
私が声をかけると、フェドさんは眼を見開き────何故か慌てたような表情になった。
「え、ぁ、何で?」
「ギルドに寄ったら、集落潰しをするというので、参加することになったんです。今回は私が指揮を執ります。よろしくお願いします。こちらは、私の仲間のアーシャです」
「アーシャです、よろしくお願いします」
「は、はい」
フェドさんは物凄く緊張した感じで、返事はしたが───アーシャに自己紹介する気はないみたいだ。
フェドさんとは話したことがなかったけど────もしかして女性が苦手なんだろうか。
「アーシャ───こちらは、Bランクパーティー『黄金の鳥』のフェドさん」
仕方がないので、私が紹介する。
すでに名乗っているアーシャは、ただ頷いた。
「あ、リゼ姉さん、誰か来たみたいだよ」
『氷姫』の3人が、こちらへと向かって来る。
「来てるのは隊長さんだけかい?そっちの兄ちゃんが、案内役か?」
そう言ったのは、白髪混じりの剣士だ。
『隊長さん』って────多分、私のことだよね?
「『リゼ』でいいですよ。こちらは、Bランクパーティー『黄金の鳥』のフェドさんです。それから、こちらは私の仲間のアーシャです」
「アーシャです、よろしくお願いします」
アーシャが、『氷姫』の3人に向かって、ぺこりとお辞儀をする。
フェドさんは、やはり挨拶する様子がない。
「あの…、フェドさん?」
「っは!ぁ、えと、フェドだ」
この人───女性だけでなく、人間全般が苦手なのかな。それとも、人に挨拶する習慣がないとか?
「おう、よろしくな。ワシは、ヴァルト。こっちがセレナ、あの生意気そうなのがハルドだ」
魔術師の女性───セレナさんが軽く頭を下げる。
ハルドと呼ばれた少年は、ヴァルトさんの紹介が気に食わなかったらしく───不機嫌そうに顔を顰めた。
「ところで、隊長さん。あんたの得物、変わった形だな」
睨むハルド君のことはスルーして、ヴァルトさんが私の【対の小太刀】を凝視しながら、しげしげと呟く。
「ふむ、どんな戦い方になるのか見てみたい。ちょっと手合わせを───」
「しません」
ヴァルトさんの、好奇心を通り越した───享楽に爛々と煌く眼を見た私は、彼の言葉が言い終わらないうちに、にこやかな表情でぶった切る。
この人────絶対、“バトルジャンキー”だ。
「そんな時間はありませんので」
「ええ~、いいじゃないか。皆が集まるまででいいから!な?な?」
「駄目です」
「ははっ。ばっさり断られてやんの。いい気味だな、ジジィ」
さっきのことを根に持っているのか、後ろでハルド君が笑っている。
「あ───誰か、到着したようですね」
3人のソロ冒険者のうちの2人だ。
どうやら、連れ立って来たわけではなく───ただ一緒になってしまっただけのようだ。どこか気まずそうな雰囲気を漂わせている。
顔見知りのソロ冒険者───エイルさんが、私たちを見つけて、ほっとしたような表情を浮かべた。
エイルさんは、“ソロ”と言っても───単独で依頼を受けるわけではなく、助っ人として臨時でパーティーに参加する“サポーター”だ。
得物も、槍と弓、大振りの短剣───と、参加するパーティーの状況で使い分けているようだ。
下がり気味の目尻のせいで、あまり強そうな印象はないが───意外と体格がいい。
共闘する3つのパーティーとは、知らない仲ではないはずだが───“氷姫”とはどうなのだろう。
「ご苦労様です、エイルさん。皆さんとは面識は?」
「…あります」
ちょっと緊張気味に、エイルさんが答えてくれる。
エイルさんは、私と相対するときはいつもこんな風に緊張している気がする。ランクのせいか───それとも私が苦手なのか…。
私は、エイルさんと一緒に来たもう一人のソロ冒険者に目を向ける。
レナスより少し年上の厳つい顔立ちの男性で、寡黙な感じだ。
得物は大剣で────エイルさんより筋骨が目立つ。
「ご苦労様です。…お名前を訊いても?」
「……ディドルだ」
ディドル────その名前に聞き覚えがあった。
その隙のない佇まいと、灰色の髪と鷹のように鋭い緑眼、それに───背に負う大剣を見て確信する。
間違いない────“バルドア傭兵団”の“戦闘狂のディドル”だ。
何故、冒険者に転身したのかは判らないが────それには触れない方がいいだろう。
「よろしくお願いします、ディドルさん」
「ああ」
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