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コントラクト・ガーディアン─Over the World─

作者:tea4
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第一部 皇都編
  第十八章―惑いの森―#3


 【立体図(ステレオグラム)】で見る限り、水路が壊れている箇所は、地盤沈下で天井が崩れ落ちているため、地下からでは辿り着けないようなので、地上から向かうことになった。

「レド様は、ここで待っていてください。私一人で行ってまいります」
「駄目だ。それは許可できない」

 まあ、心配性なレド様は、そう言うだろうと予想はしていた。

「レド様、デファルの森にいる魔獣は、強大で本当に危険なんです。レド様がお強いのは知っていますが、そんな場所に連れて行くことはできません」
「いや、それを言ったら、リゼがそんなところに向かうことを許可できるはずがないだろう。しかも、一人でなんて────」
「レド様、私はこれでもSランカーですよ?それに、ヴァイスに一緒に行ってもらうつもりです」

<<<それなら、リゼラ、私も共に行き、ルガレドを護りましょう>>>

 アルデルファルムの気持ちはありがたいけど────その巨体で一緒に行くとなると、移動するだけで森が破壊されてしまう…。

「ごめんなさい、アルデルファルム。できるだけ、森を壊したくないんです。ですから、レド様と一緒に、ここで待っていてくれませんか?」

 ああ、アルデルファルムが、しょんぼりと項垂(うなだ)れてしまった…。

 どうしよう、と焦ってレド様の方を見ると────レド様は、私に決意を湛える強い眼を向けて、口を開いた。

「リゼ、俺を護ろうとしてくれるその気持ちは嬉しいが────俺は魔獣の討伐なら何度も経験しているし、それに、この先───辺境に赴任するなら魔獣討伐は免れないし、冒険者を続けていく上でも、何度も魔獣と対峙することになる。こういうときに経験を積んでおきたい」

 レド様の言うことは、尤もだ。だけど────

「…なあ、リゼ、俺はそんなに頼りないか?」
「え?」

 レド様の言葉に驚いて、私はレド様を見上げる。

「リゼが────俺を、懸命に護ろうとしてくれているのは解っている。
だが、俺は────リゼに一方的に護られるのではなく、俺もリゼを護りたいし───並び立って…、肩を並べて、共に戦いたい」
「レド様…」

「それに───『危険は避けるのではなく、切り抜けろ』というのが、爺様の教えだ」

 え───本当に?
 思わず、ジグとレナスの方を見ると、二人は力強く頷く。
 本当なんだ…。

「俺はそこまで(やわ)ではないし───決して命を捨てるような真似はしないと誓う。だから、最初から除外しようとしないで、共に連れて行ってくれないか?」

 レド様は、戦力で言ったら、私なんかよりずっと上だ。それに───洞察力も判断力もあるし、機転も利く。

 それでも安全な所にいて欲しいと思うのは、私が親衛騎士だからだけでなく、ただレド様を少しでも危険な目に遭わせたくないという────私の我が儘だ。

 でも、それは────レド様の自由を奪うということだ。

 敵の軍勢が待ち受けているとか、罠が仕掛けられているとか───あからさまな危険以外は、止めるべきではないのかもしれない。

 レド様が大事なら、行動を制限するのではなく────どんな状況でも護るよう努めるべきなのかもしれない────

「…解りました。それでは、レド様、一緒に行っていただけますか?」

 私の言葉を聴いた瞬間、レド様は本当に嬉しそうに───顔を綻ばせた。


◇◇◇


 レド様、私、ジグ、レナス───そしてヴァイスと森の中を歩いていく。

 人も精霊獣も入らぬ森だ。当然、道らしい道はない。

 私は先頭に立って、愛用の汎用大型ナイフで、行く先を遮る木の枝を(はら)いながら進む。

 時折、地響きがして足元が小さく揺れる。魔獣は理性を失っているので、どこかで、魔獣が暴れるか、殺し合いをしているのかもしれない。 

 しばらく進むと、唐突に木々が途切れた。不自然に倒れた木々が朽ちているところを見ると、かなり前に魔獣が暴れた跡のようだ。

 足元の地面が緩やかな下り坂になって、その先の地面が陥没しているのが見えた。

 すぐにそちらに向かいたいところだが───運の悪いことに、その手前に、魔獣が2頭立ちはだかっている。

 2頭は、おそらく陥没した箇所から漏れ出た水路の水を飲みに来て、鉢合わせしたのだろう。

 ただ、幸いなことに、鉢合わせしたばかりのようで、まだ暴れてはいない。陥没が進んで、崩壊が酷くなっては困る。

 1頭は───変貌し過ぎていて判らないが、元々は二足歩行の魔物だと思われる。3m近い巨体で、両腕が異様に長く、両目が融合して一つ目のようになっていた。口がだらしなく開いていて、牙と舌が覗いている。

 もう1頭は───こちらも変貌し過ぎていて、よく判らない。関節が2つある細長い脚を6本持ち、甲殻ではなく剛毛に覆われているところを見ると、蜘蛛系だと思うけど、まるでサソリの尻尾のようなものがついている。それに、やはり巨大化していて全長が3m近い。

 【心眼(インサイト・アイズ)】で確かめてみたが、どちらも大したことはなさそうだ。油断しなければ、レド様と私なら勝てるはずだ。

「リゼ、どちらをやる?」
「では、蜘蛛擬きの方で」

 レド様があの二足歩行の魔獣、私が蜘蛛(もど)き───相性的にはその方が良いだろう。

「ジグ、レナス、何かあったら援護を頼む」
「「御意」」
「ヴァイス、ジグとレナスをお願い」
「了解した」

 私は、小太刀二刀を太刀に替えると、【心眼(インサイト・アイズ)】を発動させたまま、【把握(グラスプ)】も発動させる。

「リゼ?何故、【把握(グラスプ)】を?」

 レド様が目敏く気づき、訊ねる。

「近い距離で戦うことになりますから、レド様の動きを把握しながらの方がいいかなと思いまして。それに、ジグとレナスも心配ですしね」

 他の魔獣が来ないとも限らない。
 ヴァイスは、かなりの力を持つ精霊獣なので、心配は不要だ。

「なるほどな。それなら、俺も発動させておくか」

 レド様は、今日は両手剣ではなく、大剣で戦うようだ。

「それでは────行くか」
「はい、レド様」

 まずは、2頭の魔獣を引き離すことからだ。
 魔獣は、どちらも私たちに気づいている様子はない。

 レド様と私は、同時に駆け出す。

 レド様が一つ目の魔獣に───私が蜘蛛擬きの魔獣に肉薄し、魔獣の一歩手前で、それぞれの剣を横凪ぎに振るう。

 案の定、魔獣たちは剣先を避けて、大きく後退した。どちらも大きさの割に素早い。とにかく、引き離すことは成功したようだ。

 私もレド様も、そのまま、それぞれの魔獣に追いすがる。

 蜘蛛擬きが、2本の前脚を振り上げた。私に向かって振り下ろすつもりだろう。私は振り上げられた前脚の下に走り込み、刀を振り抜きざま、まず左側の脚の関節に放つ。刃は、何の抵抗もなく、蜘蛛擬きの前脚を斬り抜いた。

 その勢いのまま───右側の関節も斬り抜く。蜘蛛擬きの両の前脚が宙に舞う。

 蜘蛛擬きは悲鳴のような声を上げながらも、尻尾の先を、まるでサソリのように、折り曲げてこちらへと向ける。咄嗟に私は後ずさった。

 蜘蛛擬きの尻尾は、サソリとは違い、刺すものではないようで───その先端から、私の頭くらいの大きさの白い球体が、3発続けて飛び出て来た。

 それは、凄い勢いで私へと飛んでくる。【心眼(インサイト・アイズ)】によれば、球のように巻き付けた糸らしい。粘着質なため、斬らない方がいいみたいだ。避けて、地面に転がるのも邪魔だ。

 それなら────

 私は、自分の胸の前に【転移(テレポーテーション)】を発動させて、飛んできたその白い球体すべて、蜘蛛擬きの後方へ転移させる。

 そして、すかさず蜘蛛擬きの胴体に飛び乗り、次の射出が来るまでに尻尾を斬るべく、刀を振るった。

 尻尾を斬り上げた矢先、背後に気配を感じ、私は刀を鞘に納め、反転して蜘蛛擬きの胴体を奔る。蜘蛛擬きの顔を蹴って、宙に跳び上がった。

 跳び上がった先にいるのは────レド様に両腕を斬り落とされた一つ目の魔獣。

 鞘を握り込んだ左手の親指で鍔を弾きつつ、刀を走らせて振り抜き、魔獣の首へと食い込ませた。

 肉体が魔素でかなり強化されているようで、思ったよりも硬い。私は【身体強化(フィジカル・ブースト)】を発動させ、力任せに斬り抜いた。

 魔獣の頭が飛び────残された巨体が傾ぐ。

 あ───まずい。こんな巨体が倒れ込んだら、陥没が広がってしまうかもしれない。

 私は落下しながら、倒れつつある魔獣に【解体】を発動させ───解体されてバラバラになった魔獣を、【遠隔(リモート・)管理(コントロール)】でアイテムボックスへと送った。

 【身体強化(フィジカル・ブースト)】を発動させたままなので、難なく地面へと着地する。

 【把握(グラスプ)】のおかげで、レド様の動きが手に取るように判って巧く連携できた。これは共闘するのに最適かもしれない────そんなことを考えながら振り向くと───私と入れ違いざまに蜘蛛擬きの眉間を斬り裂いたレド様が、何故か悲し気な表情で私を見ていた。

「ええっと…、レド様?どうされたんですか?」
「俺が【解体】したかった…」

 あ───そうか。冒険者として討伐した場合、ギルドで解体してもらうから、こんな機会はないですもんね…。

 ……その蜘蛛だけでは駄目ですか?


◇◇◇


 地盤沈下によって出来た陥没は広い範囲に渡っていた。

 通路の精霊樹の根元に繋がる側が土砂で塞がれていたため、魔獣が“結界の間”へ侵入することはなかったのが幸いだ。

 通路は塞がっていたが、水路は塞がっておらず、魔素が大量に溶け込んだ水は止まることなく流れ出ている。

 水は、その先の水路が崩れているために、水路を外れて、外へと流れ落ちて───小川となり、森の中へと流れ込んでいる。

 水路自体がシングルベッドほどの幅があることもあって、流れ出る水は、かなりの量だ。

「これは────魔獣だらけになるわけだ…」

 レド様が、しみじみと呟いた。

 通路へと下り立ち、魔獣が入り込まないよう、【結界】を張る。

 塞がれていなかった通路の先を、魔獣が入り込んでいないか、レド様に【千里眼】で確認してもらう。

「魔獣は入り込んでいないようだ」
「そうですか。ありがとうございます、レド様。それでは、“結界の間”へと向かいましょうか」

 私が【転移(テレポーテーション)】を発動させようとすると、レド様に止められた。

「リゼ、俺にさせてくれないか」

 今まで、レド様は【転移(テレポーテーション)】を発動させられなかった。その原因は解明できていないが、私が差し上げた指環の効果により、発動できるようになったはずだった。

「解りました。それでは、レド様にお願いします。────ヴァイス、魔術で跳ぶから、傍を離れないでね」
「了解した」

 ヴァイスが、私の腕に頭を擦りつけるようにくっついてきたので、その可愛い行動に嬉しくなって、ヴァイスのすべすべの頭に腕を回して抱き込む。

「「「………」」」

 あれ?何か、また妙な沈黙が…。

「あの、レド様?転移しないんですか?」
「………する」
 
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