コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第十七章―密やかに存在するもの―#1
下級兵士用調練場での鍛練と朝食を終え、全員で鍛練を行うという日課のため、私たちは地下調練場に集まっていた。
「わぁ、キレイ…。これ────本当にもらっていいの、リゼ姉さん」
アーシャが自分の腕を翳して、感嘆の声を上げる。アーシャの細い手首には、今さっき私が渡したばかりの、腕時計が嵌められている。
腕時計────というより、“ブレスウォッチ”と言うんだったかな。
爪より少し大きいくらいの円い時計に、水晶みたいな石とチェーンを連ねたブレスレットのようなバンド。時計もチェーン部分も、“ピンクゴールド”だ。
前世の従姉がつけていた腕時計がモデルなので、素材は人工的なものと思われる。ただ、前世のものと同じ素材なのかは私にも判らない。
「それは、アーシャのために創ったものだからね。それでね、アーシャ。この“摘まみ”を、しばらく強めに押し続けて」
私は、アーシャに時計のリューズを示して、長押しするよう促す。
「こう?」
アーシャがリューズを押し始めて数秒後、時計から光が迸り、アーシャの全身を包んだあと消えた。
「もう指を放していいよ。今度は、時計の下の───その石にしばらく触れてみて」
「これだね?」
前世では“ファッションクォーツ”と言ったか───水晶のような石に、アーシャが触れると、石が指からアーシャの魔力を吸い取って、眩い光を放った。先程同様───光がアーシャの全身を包み込む。
光が消え去ると───アーシャの侍女服が典型的な冒険者の装備へと替わっていた。
「わあ、すごい…!」
初めての体験に、アーシャは興奮気味に声を上げる。
「これは────【換装】か?」
レド様が、驚いたように訊く。
「ええ。魔導機構に【換装】の機能を落とし込んでみたんです。────アーシャ、装備はどう?サイズが合っていないとか、動きにくいとかない?」
「大丈夫、軽いし───動きやすいよ」
アーシャは験しに身体を動かしながら、答える。
生成りの七分袖のシャツチュニックに、カーキ色のキュロット。それに茶色い鞣革の脇で編み上げるタイプのビスチェアーマーと肩当。
それと太腿半ばまであるピンクベージュのリブ編みの靴下に、ビスチェアーマーと揃いの編み上げのロングブーツ。
それから、ビスチェアーマーと同じ茶色い鞣革のヘアバンドとベルト、グローブ。ベルトは双剣を提げるために、2本を交差するように巻いている。
双剣は、私の双剣より一回り小さい───大振りの短剣だ。
「装備は“魔玄”ではないんだな」
「ええ、そぐわないので」
魔玄で作ることも考えてみたが────まだ成人前のアーシャが、希少品である魔玄を身に着けているのは、やはり不自然に見えるのでやめた。
まあ、魔玄はほんの一部に出回っているだけなので、レド様のように魔玄を見て触れたことがある人にしか、一目で魔玄だと判ってしまうことはないけど、念のためだ。
でも、インナーや下着は魔玄製にしてある。
「装備にかけてあるのは…、エルフの固定魔法【静止】ではなく───【防衛】か?」
「はい。【静止】は劣化を防ぐだけで、強い衝撃には弱いみたいなので、武具や防具にかけるには向いていないようです」
レド様の質問に答えてから、私はアーシャに向き直る。
「それじゃ、アーシャ───さっきの摘まみを、軽く押してみて」
「うん、解った」
アーシャがリューズを押すと、腕時計から発せられた光がアーシャを包み込んだ。
「すごい、元の服に戻った…!」
アーシャの格好は、先程の侍女服に戻っていた。
よし────うまく機能しているみたいだ。
「さっき、摘まみを強く長く押したでしょ?あれで、その格好を時計に登録したの。この石とその石にも、同じように登録できるからね。登録はさっき摘まみにしたみたいに、石を強く押し続けるとできるから。
普段着とか、寝間着とか、好きな格好を登録しておいてね」
「うん、ありがとう、リゼ姉さん!」
「それからね、これ濡れても平気だし、ちょっとの衝撃では壊れたりしないようにしてあるから、付けっ放しにしておいて。
それと、時計に仕込んだ【認識妨害】が常に発動していて、私たち以外はこの時計を認識できないようになっているんだけど────アーシャ、ちょっと、時計のガラス部分を押してみて」
「うん」
アーシャが時計に指を置いて力を入れると、文字盤部分が覆っているガラスごと、へこんだ。
「これで、【認識妨害】の範囲が拡大して────時計だけでなくてアーシャ自体も、周囲から認識されなくなるの。この状態なら、服を替えるのに光っても認識されないから、誰かから追いかけられたりしたときは、これでやりすごして逃げるんだよ?」
「うん、解った。時計を押してから、着替えればいいんだね?」
「そう。もう一度押せば、元に戻るから」
アーシャが頷いたのを見て、どうやら理解してもらえたようだと安堵する。
これで────少しは安心だ。
私は、創っておいたタイプの違う腕時計を4本、新たにアイテムボックスから取り寄せると、見物している───ジグ、レナス、ラムル、カデアにそれぞれ渡す。
「これは、貴方たちの分です」
「我々の分もあるのですか?」
「ええ。皆、【換装】は使えるけど、装備を登録することはできないでしょう?これは、いざという時に有用ですし、それだけでなく────これがあれば、ちょっと空いた時間に用事を済ませたりすることもできますし。
それに───作業中とか忙しいときとか、時間を確認するのに便利かなと思いまして」
カデアには───前世の母が自分の祖母から譲り受けたという腕時計をモデルにした、スクエアタイプ───縦長の長方形の時計に、金属を細かく編み込んだような───確か“メッシュ”といったと思う───バンドの黄色がかったゴールドっぽい華奢な腕時計。
ラムルには───前世の父が欲しがっていたブランドものの腕時計をモデルにした、大きな円い“ステンレス”っぽいケースに黒い文字盤が施された時計に、同じく黒い革のベルトの腕時計。
ジグとレナスには───前世の兄が欲しがっていた“スポーツウォッチ”をモデルにした、ケースもベルトも黒い“シリコン”っぽい素材のごついフォルムの腕時計。
アーシャの場合とは違い、リューズを4つに増やしてある。
ジグとレナスは立場上、印象操作や変装をしなければならないが、それらは化粧で施しているらしく、今は支給品───古代魔術帝国製の化粧品を使用しているので、化粧をしている状態ごと替えることができるはずだ。
「装備の登録の仕方は、アーシャのものと同じです。登録したい格好に着替えて、摘まみを長く押し続けて、光が収まったら、登録終了です。
それと一応、【認識妨害】の機能も施してありますが、対象は『レド様、私、私たちと契約した者以外すべて』で固定されていて、変更はできません。
【認識妨害】は、範囲拡大状態で大体1日ほど行使できます。動力である魔力は、自動的に周囲の魔素を取り込んで補充するようになっていますが、緊急の場合は、自分の魔力で補充することも可能です」
皆、私の説明に『なるほど』などと頷いてはいるが、腕に着けた各々の時計をアーシャのように翳してみたりして、興奮状態だ。意外なことにカデアまで、興奮している。
まあ───喜んでくれているみたいだから、良かった。
◇◇◇
「アーシャ───もう一つ、渡しておきたいものがあるの」
未だにはしゃいでいるアーシャを呼び止め、私は、【遠隔管理】で、アーシャのために創った武具一式を取り寄せる。
双剣に始まり───短剣、ナイフなど暗器一式だ。
アーシャは、侍女になるにあたって、ラムルとカデアから対人戦の戦闘に関しても教授を受けている。
自分の腕時計に興奮していた他の皆も、私がまた違うことを始めたのに気づいて、こちらに意識を向けた。
「一つではないですね」
…ジグさん、そういう突っ込みはいらないです。
「これは…?」
取り寄せた武具は、すべて同じデザインで────柄から剣身まで月銀でできていて、一体となっている。
刃の部分だけ聖結晶で設えてあり、私の【聖騎士】の【聖剣】のように、魔術式が刻み込まれている。月銀製のため、全体的に白い。
月銀は、星銀より魔力が多分に含まれているせいなのか、色合いがほとんど白に近い。
私の【聖剣】の装飾が、月銀でなく星銀なのは、どうもその色合いを考えてのようだ。
魔力の含有量の関係で月銀の方が価値は高いが、銀に魔素が混じり星のように輝く星銀の方が、場合によっては美しく映る。
「これは、アーシャのための剣。まずは────双剣からいこうか。これを手に取ってみて」
「う、うん」
アーシャが双剣を手に取ると、剣がアーシャの魔力を吸い取って、細い光のラインが交錯するように走り、最後に剣全体が光を帯びた────そう、冒険者ライセンスのコインのように。
「うん、登録はうまくいったね。それでね、その双剣に名前をつけて欲しいの」
「名前?剣に?」
「そう」
「ええと…、それじゃ───ジャンナ!」
ジャンナ?────孤児院によく来るノラ猫の名前が、確かそんなような名前だったような…。しかも、茶トラ…。ま、まあ、いっか。
「その双剣に、そう呼びかけて」
「わかった。────ジャンナ」
双剣に、先程と同じように細い光のラインが走る。
「名前の登録も済んだから────ちょっと借りるね」
私はアーシャの手から双剣を取り上げると、自分のマジックバッグに双剣を入れた。
「アーシャ、双剣の名前を呼んでみて」
「うん。────ジャンナ!」
すると、アーシャの手に、ジャンナと名付けられた双剣が現れた。
よし────成功!
「すごい…!剣が呼んだら来た…!」
「それじゃ、他の武具も同じようにやってみて」
「うん!」
アーシャはハイテンションのまま、短剣を手に取る。
「すごいな。どういう仕組みなんだ?」
「使用者の登録については、冒険者ライセンスのコインを参考にしています」
解析したら、あれはやっぱり古代魔術帝国の技術だった。身分証明として使われていたらしい。
多分、コインを製造し────コインに情報を書き込む魔導機構でも発掘されたのだろう。
「“名前を呼べば来る”仕組みは?」
「実は、あれは───“剣の名前”というよりも、キーワードなんですよね。魔術の名称を口にすれば、魔術が発動するのと同じです。あの双剣は、登録者───アーシャが『ジャンナ』と唱えることにより、アーシャの手元に転移するように施されているだけなんです。
でも、アーシャには、剣に名前を付けて呼べば来ると言った方が、解りやすいかなと思いまして」
「なるほど…。だが、どうやって、離れた所にある剣に声が届くんだ?」
「魔剣の場合と同じで────剣に仕込んだ魔導機構を、アーシャの【主従の証】に繋げてあるんです。アーシャが剣の名を呼べば、【主従の証】がアーシャの声を拾い、剣に届きます」
「…リゼの発想には、本当に感心する」
レド様の私に対する贔屓目が、相変わらず酷い…。
いや、本当に“名前を呼べば剣が来る”のなら凄いかもしれないけど、実際は【遠隔管理】の劣化版みたいなものですからね?
「しかし───アーシャは、武具の名称を数字にしているようなのだが…」
うん、今、アーシャは、ナイフに『あなたの名前は“3”!』と言いましたね…。まあ、本人が判れば良いので…。
アーシャはすべての武具に名付け終えたようだ。
「それじゃ、今度は剣の使い方について説明するね。ええと───今度はこのナイフで…」
「それは“2”だよ」
「……“2”で説明するね。ほら、これ、刃の部分が丸っこくなってて、切れないでしょう?」
「本当だ」
「アーシャ、ナイ───“2”を構えてみて」
「うん」
アーシャがナイフを私から受け取って、逆手に構える。すると、アーシャの魔力がナイフへと流れ、刃部分のが変化した。
「…鋭くなった?」
「うん。構えると、刃が鋭くなるようになってるの」
これならば、鞘はいらない。
双剣は、腰に提げている状態ならともかく、取り寄せて両手に持っている状態で鞘を払うのは手数だ。
私ならば、【遠隔管理】で中身だけ取り寄せることができるけど、アーシャはそうはいかないので、こういう仕組みにしてみた。
「戦闘が終わったら、『解除』と言えば、元に戻るから。しまう前に戻すのを忘れないようにね」
「うん!」
アーシャはナイフの刃を解除して、剣を自分の【異次元収納袋】へと投げ入───しまう。
「ラムル、カデア───アーシャの剣の習練をお願いしてもいいですか?」
「はい、お任せください」
いつものように、ラムルが応え、カデアが頷く。
双剣の習練は私が行うつもりだけど─────暗器の扱いと、対人戦については、この二人に任せる方がいい。
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