コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第十六章―真実の断片―#2
「ご馳走様でした、リゼラ様」
「今日のも美味しかったです」
「それなら、良かったです」
ホットサンドやチキンナゲット、フライドポテトを入れていたバスケット、それにスープマグをアイテムボックスへと送る。
入れ替わりに、お茶を取り寄せ、一息つく。
「それにしても、今日は、予想に反して何も起こりませんね」
「いえ、ここがエルフの隠れ里という衝撃の事実があったじゃないですか」
私が反論すると、レナスは首を横に振った。
「まあ、確かに少しは衝撃でしたが────あの鳥…じゃなかった、あの神の後だとインパクトが薄いというか…」
「ええ?そうですか?」
エルフですよ、エルフ。伝説の存在ですよ?
「リゼラ様のことだから、また変なものと出くわすのではないかと思っていたんですよね」
「…ジグ、変なものって何ですか?」
この二人、私のことを何だと思っているのだろう…。
「ラムルにも、リゼラ様は引き寄せる性質のようだから、しっかりお護りするようにと言われています」
…ラムルまで?
食休みも済んだので、そろそろ、ここを出ようということになった。家の外に出ると、ふと目につくものがあった。
「これ、何ですかね?」
私の目線を追って、同じものに目を留めたレナスが、誰にともなく訊く。
それは、私の身長くらいの高さの小さな建物で、三角屋根がついてはいるものの、扉はなくオープンラックのような感じで────私には、“祠”のように見えた。
でも、何処か清らかな感じはするけど、神域の身の内を浄められるようなあの感覚はない。
神域というより────どちらかというと、【神子の座】に似ている気がした。
【解析】をかけてみる。
【精霊の祠】
この隠れ里に住んでいた森エルフの一部族の先祖である【精霊】を祀った祠。先祖を偲ぶために造られたもので、ここには、その【精霊】は眠ってはいない。
やっぱり、祠なんだ。だけど、祀られているものは不在みたいだ。
へえ…、エルフって、“精霊”の子孫なの?
衝撃の事実のような気がするけど────あれ、何でかな?何だか感動が薄い…。
私は、何となく────魔法でその祠の埃を掃って綺麗な状態にしてから、【創造】でサンルームの花を参考に造花を創り出して、そこに添えた。
造花にしたのは、枯れた後が寂しい気がしたからだ。
気が済んだので、屈んでいたのを立ち上がって、振り返ると────ジグとレナスが、奇妙な表情でこちらを見ている。
「ええと…、どうしたんですか、二人とも」
「いえ、何も起こらないなって────」
「何もないなんて、おかしいですね…」
いや、そんな頻繁に何か起こるわけないじゃないですか。
「あ───そうだ。この里を出る前に、里に施されている【結界】を視てみてもいいですか?」
ついでに【解析】してみよう。【創造】で何か創る際の“知識”にできるかもしれないし。
ジグとレナスが頷いてくれたので、早速、【霊視】を発動させて、【結界】の根源を探る。
「わあ…」
【霊視】で周囲を見て────その光景に私は思わず、感嘆の声を上げてしまった。
この隠れ里は円形を成しているのだけど、その敷地目一杯に────ドーム状に、魔力の網が鳥籠のように張られている。
魔力の網は、そこかしこが星が瞬くように煌いて、まるで聖結晶でできたドームに入り込んでしまったように錯覚させた。
魔術式は見当たらない。
まあ、魔術ではなく、“固定魔法”だものね。どうやっているのか、魔力を固定化して、張り巡らせているらしい。どういう原理なんだろう?
そして────考えに没頭していた私は、うっかり【霊視】を発動させたまま、【解析】をかけてしまったのだ。
【霊視】と【解析】の合成を認識───【進化】が発動します…
「え?」
無機質なアナウンスの後に、魔術式が現れる。魔術式から迸る光に包まれて、思ったことは─────あれ、何か始まってしまった?
───完了
【霊視】が【心眼】に進化しました───
【心眼】を発動します────
【結界】の分析を開始します───完了
固定魔法【結界】───会得しました
「………………」
何か───エルフ独自の【固定魔法】とやらを、会得してしまったみたいなんだけど…。
「やっぱり、何も起きないわけがなかったな」
「さすが、リゼラ様だ」
後ろで、レナスとジグが何やら話している。ジグ、『さすが』ってどういう意味?
◇◇◇
ジグとレナスの対魔物・対魔獣の戦闘訓練を終えて、孤児院経由でお邸に戻ると、レド様たちは先に戻っているようだった。
夕飯までは、まだ時間がある。ジグとレナスと別れて───といっても、引き続き陰で護衛してくれているのだろうけど───【換装】でビスチェアーマーを、シャツとジャケットに替え、レド様を探す。
【把握】で確認すると、レド様はヌックスペースにいるみたいだ。
応接間を抜け、窓型ライトが施された扉を潜る。ヌックスペースのソファに、レド様が座っているのが見えたので呼びかけた。
「レド様?」
返事がないので、ヌックスペースを覗き込むと────レド様が、ソファに寄りかかって眠っていた。
「…っ」
うわぁ…、レド様の寝顔なんて初めて見た…っ。何て言うか…、あどけない感じが、物凄く可愛い…!
私が近寄っても、レド様は起きない。お疲れなのかもしれない。
このヌックスペースに施された魔導機構は、ベッド同様、心身の疲れを癒すもので────効果は疲れ具合によるらしいから、眠ってしまうくらいお疲れなのだろう。
“隠れ里”のこと、【心眼】のこと、新たに獲得した【固定魔法】のこととか、お話ししたかったけど────後にして、今は夕飯まで寝かせておいてあげよう。
ブランケットみたいなものを、かけて差し上げた方がいいかな?
レド様の隣に座ると、天井に施されている魔導機構が発動して、光が降り注ぐ。光を浴びると、私も眠たくなってきた。
あれ────私も疲れてるのかな…。
瞼を開けていられなくて、私は眼を閉じた────
「坊ちゃま、カデアは情けないですよ。眠っている女性に無体を働くなんて」
「いや、だから…、本当に寝惚けていただけなんだ。眼を開けたら、隣にリゼが寝ていて────夢の続きかと思ったんだ…」
「…つまり、ルガレド様は───リゼラ様に無体を働く夢を見ていた、と」
「仕方ないだろう…!俺だって、健全な男だぞ!リゼと接していて、そういう感情を持たない方が変だろうが…!それに───リゼの…、あんな───あんな姿見てしまったら───リゼには忘れろと言われたが…────っく、忘れられるわけがない…!」
「ああ…、あれは────艶めかしいとしか言いようがないですよね…」
「ええ、忘れようにも、忘れられないですよね…」
「いや───お前たちは忘れろ。今すぐに記憶から抹消しろ。露ほども残すな。覚えているのは俺だけでいい」
「────坊ちゃま?まったく反省していらっしゃらないようですね…?」
「い、いや、反省はしている…!」
「ジグ…、レナス…、貴方たちも、坊ちゃまと一緒に座りなさい…!」
────何だか、騒がしい…。
私は眠っていられなくて────ゆっくりと重たい瞼を開けた。
ぼんやりとした頭のまま、また閉じてしまいそうな瞼を擦りつつ、横たわっていたソファから起き上がる。
「…ん、なにかあったんですか…?」
何故か正座しているレド様とジグとレナスが────こちらを振り向いて、固まった。
「リゼラ様…、シャツをお戻しになった方がよろしいですよ?」
え────シャツ?
カデアに言われて、反射的に自分のシャツを見て、一気に眠気が吹き飛ぶ。シャツが胸元まで開けている。
レド様たちがフリーズしたわけが解って────恥ずかしさで頭が沸騰しそうだ。
「す、すみませんっ、こんな───見苦しい格好を…!」
きっと、寝苦しくて、無意識にボタンを外しちゃったに違いない。
急いでボタンをかけ直し───いつもは留めない第一ボタンまで、きっちり留める。
「あ、あの、それで、一体、何があったんですか?」
何この状況────正座させられているレド様、ジグとレナスが、仁王立ちしたカデアに怒られている?
この世界に“正座”はないはずなのだけど、怒られるポーズは何処の世界も同じようになってしまうのか────正座にしか見えないんだよね…。
それにしても───レド様もジグもレナスも、一体何をして、カデアに怒られているのだろう?
「リゼラ様、申し訳ございません…。私の育て方が悪かったばかりに、坊ちゃまが…、眠るリゼラ様に無体を────」
「ええっ?」
レド様が、眠る私に無体?────いや、無体って何?
大体、何かされたら、さすがに私だって目が覚めると思うけど。
あれ───でも、レド様にキスされる夢を見ていたような────もしかして、あれ、夢じゃなかった…?
思い当たって、私は安堵した。キス程度────とは思わないけど、された相手はレド様だし、初めてというわけでもないし。
別に、カデアが言うほど深刻なことではない気がする。
「カデア、謝る必要はないですよ。眠ってしまった私も悪いんですから。だから、レド様をそんなに責めないでください」
ね───と笑いかけると、カデアは般若のような表情を和らげることなく、レド様の方を見遣った。
「…坊ちゃま?坊ちゃまは、こんなにお優しいリゼラ様に、無体を働くところだったのですよ?」
「ああ、反省している……」
あれ───何故かレド様がもっと責められる破目になってしまった。
レド様も、悲壮感を漂わせて───項垂れている…。何で?
「とにかく────坊ちゃまは、しばらくリゼラ様に近寄ることは禁止です!」
「え、それは私が嫌です」
カデアの宣言に、思わず口をついて出た。
「カデア、先程も言った通り、眠ってしまった私も悪かったんですから。それに、私は婚約者である前に、レド様の親衛騎士ですよ?近寄らないわけにはいかないでしょう?」
「はぁ…、解りました。リゼラ様にそこまで言われては、折れないわけにはいきません。で、す、が!坊ちゃまは、大いに反省するんですよ?」
「ああ、反省する。リゼに近寄れないことの方が、耐えられないからな…」
良かった…。カデアの怒りは何とか治まったようだ。
「ところで────何で、ジグとレナスまで怒られているんですか?」
関係なくない?
◇◇◇
「それでは、夕食に致しましょう」
カデアは、夕食の用意が調ったので、レド様と私を呼びに来たようだ。
「リゼラ様」
ダイニングルームへ向かおうとしたとき、カデアに手招きされた。
────何だろう?
「坊ちゃまは先にダイニングルームに行っていてください」
「…ああ、解った」
レド様は残念そうな表情で頷き───ジグとレナスと共に、とぼとぼとダイニングルームに向かう。
「坊ちゃまったら────本当に、リゼラ様と少しでも離れていたくないんですねぇ…」
カデアが、仕方なさそうに溜息を吐く。
「ええと…、カデア?」
「ああ、すみません。リゼラ様、確認しておきたいのですが────リゼラ様は…、“夫婦の営み”については、ご存知で…?」
「はい!?な、な、何ですか、突然…!?」
「あ、その様子なら、ご存知のようですね。良かった。ちょっと心配になったものですから…」
いや、確かに前世含めて今まで恋人なんていなかったし、色々と疎いかもしれないけど────そこまで無知ではないですよ…。
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