コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第十五章―それぞれの思惑―#4
「あっ、リゼ姉ちゃん!」
「リゼお姉ちゃん…!」
ラギとヴィドはラムルに任せて、ミナと別れ、私たちは元待合室へと向かった。そこで勉強をしていた幼い子供たちが、すぐに跳びついてくる。
「机とイス、どう?机が高くて勉強しにくいとか、イスが座りにくいとか、窓が眩しいとかない?大丈夫?」
「イス、やわらかくて、すわりやすい!」
「机もだいじょうぶ!」
「窓、あかるくて見やすい!」
子供たちは口々に叫ぶ。
皆の顔を見回してみても、我慢しているような様子はなさそうなので、安堵した。袖を引っ張られて、そちらを向くと、嬉しそうに口を開く。
「あのね、あのね、農場、とても楽しかったの…!」
「いっぱい、野菜がなってて、すごかった!」
「畑、すっごく広いの!」
子供たちは、農場へ行ったときのことを思い出したのか────はしゃいでいる。
「帰ってきたら畑があって、うれしかった!」
せっかく農業体験をするのだから────と思い、南棟の両脇に畑を創ったのだ。
といっても、農場の方で、じゃがいもの種芋と人参の種、キャベツの苗を、子供たちに持たせてくれることになっていたので、土壌を創り出して畝を形作っただけだけど。
「もう植えたの?」
「うん!農場行った次の日にみんなでうえた!」
「そっか。お世話、頑張ってね」
「「「「「うん!」」」」」
皆が一斉に頷く。その様子が可愛くて、私の口元も緩む。
「お部屋の方はどう?寝にくいとかない?」
幼い子供たちは、この南棟の2階、ラドア院長先生の執務室の隣にある一室で、ラドア先生と一緒に、皆で寝ている。
今まで大人用のベッドを横にして、そこに並んで寝ていたのだけれど、小柄だとはいえラドア先生には窮屈だし、高さがあって幼い子供たちは乗り上げるのが大変そうだったので────ベッドは取り払い、シングルサイズの布団をぴったりくっつけて並べて敷くだけにした。
シングルサイズなのは、干すときに運びやすいようにだ。
「ねやすいよ」
「やわらかくて、すごくいい!」
こちらも大丈夫そうなので、安心だ。
幼い子供たちを元待合室に残し、私は玄関から外に出る。
玄関のすぐ目の前に門扉があり、門扉は観音開きで、敷地を囲っている黒い鉄柵と同素材で形作られていて───扉の中央に、私のSランカーの個章、ファルリエム子爵の貴族章を、左右それぞれ施した。
鉄柵は、門扉以外、古代魔術帝国の魔導機構である蔓草で覆ってある。
この蔓草は、鉄柵を上って侵入しようとする者を雁字搦めにして───捕らえるようにプログラムされている。
私は振り向いて────建物を見る。
向かって左側にある西棟は男の子専用にしたので、さらにその後ろにある洗い場も男の子専用にした。向かって右側の東棟と、その後ろの洗い場は女の子専用にして、解りやすいように───使いやすいように左右で分けた。
洗濯物も、それぞれの洗い場の前にある───西棟の1階部分に男の子のものを干し、東棟の1階部分に女の子のものを干す。
それぞれ塔側の壁に、洗濯物を絞るためのローラーを一つずつ置き、等間隔に並ぶ柱には、洗濯物を干せるよう、魔玄製のロープも張った。
東棟も西棟も、塔に併設されているものの、2階部分に上るための階段が塔とは逆側に設えられていて、独立した状態だ。
厨房やダイニングに行くには、今までは南棟の玄関まで回らなければならなかったが、厨房の両側に扉をつけて、そこから出入りできるようにした。
これで、かなり便利になったのではないかと思う。
洗い場は、女の子用、男の子用────どちらも北棟の壁にくっつけて設えた。これは、子供たちに北棟への興味を持たせないためだ。北棟の両脇が空いていて建物が見えると、どうしたって気になるだろうし、窓があれば覗きたくなるのが子供の性だ。
こうしておけば、外から北棟に侵入することも難しくなる。
それから────南棟の両脇に創った畑。その右側の畑の鉄柵側に、以前からあった井戸があるので、子供たちが使いやすいように、魔道具で重さを軽減した打込み式の手押しポンプを取り付けた。
畑に水やりをしやすいように、隣に物置を造ってジョウロやバケツ、柄杓などを収めてある。
物置の井戸とは反対隣には、ドライフルーツ用のオープンラックを設えてある。子供たちは、早速、果物を並べて乾燥させているようだ。
左側の畑の鉄柵側には、大きな薪棚を設えた。以前から干していた薪を、棚の中でもなるべく日当たりの良い方へ移し、空いている部分は───私が森で集め、魔法で乾燥させたもので埋めた。
あ、そういえば───カデアも厨房で薪を使うのだから、後で北棟のパントリーの一角にでも積んでおかなきゃ。
一通り、【霊視】でも視てみたが────侵入者を阻む魔導機構も、きちんと作動しているし、おかしなところは見当たらない。
うん───大丈夫そうだ。北棟へと戻って、改造の続きをしよう。
北棟の2階にある【神子の座】────ここは、相変わらず、私以外は入り込むことすら出来ないようだ。広くとってあるので、本当はレド様の部屋にしたかったけれど、無理らしいので諦めた。
隣の部屋は、神子専用の書斎とのことで、2階は、手を付けずにそのままにすることにした。書斎は、時間があるときにでも、どんな書物があるのか見てみるつもりだ。
そうすると、後は───1階の厨房の向かい側に並ぶ17の部屋のみだ。
確認してみると、そのうちの二つ、塔側と逆側それぞれ一番端の部屋は、トイレになっていた。それ以外は、すべて同じ規格の個室だった。
扉から向かって、セミダブルのベッドが左壁に沿って置かれ、正面の壁にカウンターデスクとチェアが置かれている。右の壁には、木製のフックが造り付けられていた。
何だか、前世の“ビジネスホテル”みたいだ。泊まったことはないけど、映像で見たことはある。
ここは、非常時に使うだけだから、【最適化】で【最新化】もされていることだし、別に改造することもないかな。
「ジグ、ここにも隠し部屋を造っておいた方がいいですか?」
「出来るのでしたら、お願いします」
「解りました。壁よりも天井の方がいいですか?」
「そうですね。天井でお願いします」
「2階はどうしますか?」
「念のため、お願いします」
【神子の座】の結界?って、天井まで及んでいるのだろうか。及んでいたら、隠し部屋を造っても意味ない気がする。
まあ、でも、造るだけ造っておこう。といっても、【現況確認】を開いて、設置場所を指定して、拡張してもらうだけなんだけど。
───我が神子よ、終わったのか?───
───終わったのなら、我に構ってくれ───
北棟に戻ってから、また私の後頭部に張り付いていた白炎様が、甘えるように私の頭を広げた羽根で抱え込む。
幼子のような白炎様に、私は口元を緩める。
「…深淵には戻られないのですか?」
見かねたのか、ジグが冷たい声で、白炎様に訊く。
───何だ、小童───
───我がいつ深淵に戻ろうが自由だろう───
───我と我が神子の貴重な逢瀬を邪魔をするな───
何かまた始まってしまった…。
「それでは、私は昼食の支度をしてまいりますね」
カデアが、にっこり笑って言う。私が頷く前に、カデアはそそくさと厨房へと入ってしまった。ずるい…。
「このようなところで、何をなさっているのですか?」
聞き慣れた声に顔を上げると、ラムルが立っていた。白炎様とジグの会話も止まり、ほっとする。
「ジグ────リゼラ様を困らせるな」
「は。申し訳ありません」
ラムルの厳しい声音に、私はちょっと意外に思う。
レド様に対して、ジグとレナスが軽口を叩いたりしても、今まで咎めたりしなかったのに。まあ、あれはレド様が楽しそうだからかな。
「カデアは昼食の準備をしているようですね。リゼラ様を、このまま立たせておくわけにはまいりません。何処かへ移動しましょう」
「それなら、2階の書庫へ行きましょうか」
先程、覗いた限りでは、大き目なデスクとイスがあったはずだ。
「では、書庫へまいりましょう」
デスクの大きさの割に、イスは1脚しかなく、結局、私一人が座る破目になってしまった。ラムルとジグは正面に立ったままなので、何だか落ち着かない。
私の頭には白炎様が張り付いているので、傍から見たら、かなりシュールなことになっていると思うけど。
「ラギとヴィドはどうでしたか?」
「そうですね。二人とも、アーシャほどの才能はありませんし、まだまだ修行も経験も足りてはいませんが、見どころはあると思います。何より───リゼラ様を本当に慕っております。修行次第では、良い騎士となるでしょう」
「そうですか…。────レド様には許可をいただいているのですよね?」
「はい。古代魔術帝国の技術のおかげでお邸の管理は不要ですし、旦那様の日程や経費についてはリゼラ様が管理されております。私もカデアも、現状、暇を持て余している状態です。旦那様に、リゼラ様の孤児院を手伝わせて欲しいとお願いしましたところ、快諾してくださいました」
考えてみれば、私は通常の令嬢とは違うし───侍女の仕事もそうそうあるわけではない。執事の仕事も───ないわけではないが、8年前に比べたら少ないはずだ。
「事後承諾となってしまいましたこと、まことに申し訳ございません、リゼラ様」
「いえ、構いません。ラムルとカデアに指導してもらえることは、子供たちにとっても力となるはずですし────将来の選択肢が増えるのは喜ばしいことです。それに…、レド様には、信頼できる味方が一人でも多く必要です。今回の件は、私にとっても願ってもないことでした。
ですが────これだけは約束して欲しいのです。強要と強引な誘導だけはしない───と。ラムルなら、そんなことしないとは思っていますが…」
「約束いたします。────大丈夫ですよ、リゼラ様。そんなことをせずとも、アーシャのように、他の子供たちもリゼラ様に仕えたいと願っているとのことですから」
「え?」
「それから───私どもは“出向”という立場になります。報酬に関しましては、不要でございますので」
「ですが、それでは────」
「旦那様の厳命でございます」
レド様…、お気持ちは嬉しいけど────私にお金を出させないことに、そこまで拘るのは何故なのでしょう…。
◇◇◇
「それでは────白炎様。また、逢いにまいりますから」
この北棟にはダイニングがないので、お邸で昼食を摂ることになり───私は、白炎様に別れを告げる。
白炎様は、私の腕に留まった状態で、私の首に器用に羽根を巻き付け、幼子のように縋りついている。
───本当だな?───
───待っておるからな───
───絶対だぞ?───
「ええ、お約束いたします。ですから、そんなに寂しがらないでください」
白炎様のその様子に、私は笑いを零す。こんなに神々しい容姿なのに、本当に幼子のようだ。思わず手を伸ばして、頭を撫でてしまった。白炎様はそれが気持ち良いようで、眼を細める。
───本当はついて行って、其方の傍にいたいが───
───あの邸は、ガルファルリエムの小僧の神気が充満しているからな───
───我には居心地が悪すぎる───
───なあ、我が神子よ───
───戻らずに、ここに住まぬか?───
───ガルファルリエムの小僧には、たまに会いに行けば良いのではないか?───
背後から伸びた大きな手が、白炎様の頭を掴み────私から白炎様を引きはがした。
デジャヴュを感じながら振り向くと、そこには、案の定、怒りを湛えるどころか身に纏っているレド様が立っていた。
「…リゼの優しさにつけ込むなと言ったはずだ────この鳥頭が」
白炎様は羽根や足を振り回してもがいて、レド様の手から逃れて────再び私の腕に留まろうとしたが、それより早く、レド様が私を後ろから抱き寄せた。
悔し気にする白炎様に、レド様は満足そうに笑みを浮かべる。
白炎様は仕方なく、ジグの頭の上に留まった。ああ───ジグがまた微妙な表情になってる…。
───ふん。今日のところは仕方がない───
───諦めてやろう───
───それでは、我が神子よ───
───我は深淵へと戻るとする───
───また逢おうぞ───
白炎様は悔し気な雰囲気のままそう告げて、まるで存在が解けるように────姿を消した。どうやら、深淵に帰られてしまったようだ。
「念のため、迎えに来て良かった。あの鳥野郎め…」
私を抱き締めたまま、レド様は呟く。うぅ、レド様の温もりが───皆の生温かい視線が、私を苛む…。
「レ、レド様、早くお邸へ帰って、お昼ご飯にしましょう?」
「……………」
「レド様?」
「…昼食より、リゼとこうしている方がいい」
「な───何言っているんですか…っ」
あ、待って────皆、私たちを置いて、帰ろうとしないで…!
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