コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第十四章―再生と創造―#6
※※※
ルガレドたちは、その光景を────ただ、呆然と見ていた。
リゼラの腕に留まる白い鳥は、離れていても神々しさが感じられ、その姿かたちから見ても普通の獣ではなかった。
昏く闇に閉ざされているのは変わらなかったが、どこか禍々しかった空間が、清廉なもので満たされ────この空間の主が、あの白く荘厳な鳥であることは明らかだった。
古の神は“禍”から解き放たれ────あの真白の鳥に生まれ変わったのだ。
ルガレドを始めとする、この場に居合わせた者たちは────大変な瞬間に立ち会ったのだと、今更ながらに鳥肌が立った。
リゼラの身体が崩れ落ちたのが見え、ルガレドは我に返る。
「リゼ!」
駆け寄り、リゼラの身体を抱き起こす。
すぐにジグとレナスも続き、ラムルとカデア、アーシャも駆けつける。
白い鳥は地面に下り、傍でリゼラの顔を覗き込む。
───ガルファルリエムの子よ、心配はいらぬ───
───我が神子は、“神力”を使い過ぎただけだ───
「“神力”?」
ルガレドは反射的に問い返した。
───そうか。人間は“魔力”と呼ぶのだったか…───
───とにかく、心配はいらぬ───
───現界に戻り、我が神子を休ませねば───
“我が神子”─────その言い方が少し引っかかったが、それよりも先に、確認しておかなければならないことがある。
「貴方は、神なのか?」
───そうだ。まだ生まれたばかりだがな───
───我が神子のおかげで、こうして生まれ変わることができたのだ───
魂魄のみだったときとは違い、その声音は嬉しそうに────楽しそうに弾んでいる。
リゼラが無理をした理由が解った気がして、ルガレドは口元を緩める。
「神よ────貴方の名は?」
───名はまだない───
───名をつけてもらう前に、我が神子が気を失ってしまったのでな───
(…リゼにつけてもらうつもり────ということか?)
ルガレドは、そこはかとなく嫌な予感がしたが、それよりもリゼラを休ませてやりたかった。
リゼラを抱き上げて、立ち上がる。リゼラのその軽さに驚いて、同時に不安が湧き上がった。庇護欲が増して、もっと大事にしなければ────と改めて心に決める。
「アーシャ、リゼの剣を」
「は、はいっ!」
リゼラの側に転がっていた【ツイノミツルギ】を、アーシャが拾うのを見届け、ルガレドは神へと向き直る。
「それでは、神よ。俺たちを元の場所へ帰してくれ」
───承知した───
※※※
「そうですか────そんなことが…」
孤児院の院長ラドアは、第二皇子ルガレドの執事────ラムルと名乗った男から、一連の事情を聞かされて、溜息ともつかぬ息を吐いた。
ラドアは、つい先程、子供たちとこの孤児院に帰って来たばかりだった。
幼い子供たちにとっては、皇都近郊の農場へ皆で遠出するというだけでも興奮する出来事だったのに────建物が改修されて綺麗になっていることに、もう大はしゃぎだ。
最近は大人びて落ち着いた態度を見せていた、年長の子供たちでさえ、歓声を上げているのが、この執務室まで聞こえる。
「本当に…、あの子は────どういう星の下に生まれてきたのか……」
ラドアは、思わず呟く。
「それで、あの子は?」
「旦那様が、お邸へと連れ帰りました」
「身体の方は大丈夫なのですか?」
「魔力を使い過ぎたとのことで────お命に別状はございません」
「そうですか。それで、その神というのは?」
「それが、リゼラ様を追って────お邸へとついて行ってしまったようでして」
「まあ…」
別段、その神がいなくなったからといって、孤児院としては支障はないが────生まれたばかりとはいえ、神に懐かれているなどと知れたら、ルガレド皇子はまた目を付けられることになりはしないだろうか。
「大丈夫なのですか?」
「隠し通すしかないでしょうね。ですが…、旦那様にもリゼラ様にも────指一本触れさせるつもりはございませんので、どうかご安心を」
明確な敵でも頭に浮かべているのか────ラムルの柔和な雰囲気が、一瞬にして凍てつくものに替わる。
ラムルは、ルガレドだけでなく、リゼラにも忠誠を誓っているのだと見て取れて────ラドアは安堵した。
◇◇◇
リゼラに代わって、帰って来た子供たちに、色々と変わった孤児院内の案内をしていたアーシャを連れて、ラムルは帰って行った。
本当に────何という、星の下に生まれてしまったのか…、あの子は。
一人になったラドアは、もう一度溜息を吐いた。
まさか────“ティルメルリエム”を浄化し、あまつさえ姿を与えることができるとは────ガルファルリエムも、こんなことは予測できなかったに違いない。
ガルファルリエムが、あの子をここに連れて来た理由は、ただ私に面倒を見させるため────それしかなかったはずだ。
ルガレド皇子の親衛騎士にすることは考えていたかもしれないが────あの二人が、【契約】を成立させてしまうとは────“条件”を満たしてしまうとは、考えもしていなかっただろう。
まあ、だが、【契約】は成ってしまった。もう────流れに任せるしかない。
ラドアは跪き────服の下に隠してあるネックレスを引っ張り出した。
ネックレスに提げているコインを両手で握り、口元に持っていく。
「どうか…、あの子の行く道に、幸が多からんことを────」
今は失伝してしまった“聖女の祈り”を捧げ────ラドアは、リゼラの幸運を願った────
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