コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第十四章―再生と創造―#4
北棟への出入り口は、塔にしかない。よって、北棟に入るのも初めてだった。ここは、どうやら居住区だったようだ。あまり手を入れなくても良さそうだ。
棟に入ってすぐ、左側に2階への階段があり、階段の隣に厨房が設えてあった。右側には小さな扉が17個、並んでいる。
まずは────厨房だ。厨房は、例によって、【最適化】により【最新化】されていた。
「カデア、多分、今の私なら、お邸のオーブンを造り直すこともできます。どうしますか?」
孤児院の厨房を【解析】したし、技能として昇華したおかげで────外側はそのままに、中だけ造り直すこともできると思う。
もし、お邸の厨房を造り直すなら、ここは造り直すことなく私の専用にしたい。
「いえ、私はこの厨房を使わせていただきたいと思います。お邸の厨房の方は、リゼラ様が専用としてお使いください」
「え?でも、それでは、カデアが大変ではないですか?」
「そこは、ほら────古代魔術帝国の技術か、リゼラ様の工夫で何とかしてくださるでしょう?」
「それは、まあ、それなら何とかしますけど…」
「だから、お邸の厨房をリゼラ様がお使いください。坊ちゃまはリゼラ様の手料理も食べたいようですし、リゼラ様と一緒に料理を作ることを諦められないようですしね。坊ちゃまを、こんなせせこましい厨房に立たせられません」
確かに────この厨房は、お邸の厨房に比べると狭い。
「カデア…、ありがとう。だが、坊ちゃまはやめてくれと言っているだろう」
「うふふ。その代わり、この厨房には、旦那様もリゼラ様も立ち入り禁止ですからね」
「え、私もですか?」
「当たり前です。本来なら奥様に料理をしていただくなど、言語道断なのですよ。────大丈夫です、これからは、アーシャが手伝ってくれますから。ね、アーシャ」
「はい、お手伝いします!」
アーシャが嬉しそうに、元気よく応える。
「解りました。ありがとうございます、カデア。────カデアのお手伝いよろしくね、アーシャ」
「はい!」
カデアはコンロも魔道具───魔導機構仕様でない方がいいとのことなので、孤児院のものと同じコンロと一体型のオーブンに造り替える。
「先程は、リゼが妙に深刻な顔をしていたから、リゼが【技能】を獲得することを、何となく大事のように感じてしまったが────別段、どうということはないな。何かしら進化はしているのだろうが、『リゼはすごいな』としか思わない」
「そうですね。正直、【技能】でなくとも、あの時点で凄かったですからね」
「何を気にしていたのでしょうね。どうせリゼラ様は普通ではないのですから、今更なのに」
何か、背後で、レド様たちがそんな話をしている。ジグ────私が普通ではないってどういう意味?
残されていた食器とカトラリーは【最新化】されているだけでなく、どれも逸品ばかりなので、カデアが料理を作るときは、ここの食器を使うことにした。
併設されているパントリーが少し小さめなので、支援システムで拡張して、お邸のパントリーから2/3ほど食材を移しておく。いざという時のために常に満杯状態にしておきたいから、どちらも後で補充しておいてもらおう。
さて、厨房は今のところはこれでいいかな。
次は────非常口と【転移門】の設置だ。
厨房は階段の側から突き当りまでを占めている。厨房と扉の並ぶ向かい側の壁との狭間────つまり、塔からの出入口の向かい側の壁に、私は【創造】で扉を創り出した。
扉を引くと、建物の裏に出る。
この建物は敷地の裏面寄りに建てられていて、3mほど置いて裏側の鉄柵があった。孤児院の裏側は何故か雑木林が広がっている。
どうして皇都の城門内に雑木林があるのかは不思議だが、院長先生も知らないとのことだった。
聞くところによると、誰の土地でもないらしい。誰も手入れをしていないので、鬱蒼としている上、有用な樹木も植物もないし、触るとかぶれる草も生えているらしいので、さすがに子供たちも踏み入ることはしない。
私は鉄柵を裏面の部分だけ、煉瓦に替えた。続いて、冒険者として森に行くたびに集めておいた大量の石や岩を取り出すと、【創造】を行使して、北棟と壁を繋ぐ煉瓦のトンネルと、石の床を創り出す。
まあ、材料などなくても、魔力のみでも創り出せるけれど、材料がある方が使う魔力量が格段に減るから、材料を使用することにしている。
次に、また石と魔石を取り寄せ、煉瓦の壁に頑丈な鉄の扉を創った。何かあったとき、この扉から逃げ出せるし、私たちが北棟から出て来ても、この扉を使って外から来たと思ってもらうためだ。
仕上げに【最適化】を施す。扉が私たち以外の者に開けられなくなったことを確かめると、【転移門】を取り寄せて、石の床に同化させる。
後で、こっそり雑木林も通れるように手入れするつもりだ。
それから、棟の中に戻り、北棟と今造ったばかりの裏のポーチを繋ぐ扉の前に、お邸の玄関ポーチに施されているものと同じ【洗浄】の魔導機構を取り寄せて、【転移門】と同じように床に同化させた。
これも支援システムの支給品だ。ちなみに、この【洗浄】の魔導機構、ON-OFFが可能らしく、【最適化】によって南棟の正面玄関に施されたものは、OFFに切り替えてある。
次は───厨房の向かい側に並ぶ17の部屋を整える前に、2階を確かめることにする。2階にレド様に使っていただけるような部屋があるか、先に確認しなければいけないからだ。それ次第で、1階の部屋もやりようが変わってくる。
2階に上ってみると、そこには扉が2つあるだけだった。2つの扉の位置から考えて、このフロアの2/3の広さの一部屋と1/3の広さの一部屋が並んでいるようだ。
「まずは、こちらの大き目の部屋から見てみるか」
そう言って、レド様が観音開きの重厚な扉に手をかける。
「…開かない?」
「え?───本当ですか?」
【最適化】したのに?
「あ、それでは、【解析】してみます。レド様、下がっていてください」
「リゼは能力を使ってばかりだろう?────ここは、俺がする」
レド様の足元に、魔術式が展開する。
「………ここは、リゼが開ける方が良さそうだ」
「私が?」
「ここは【神子の座】で───『神子ならざる者入るべからず』だそうだ」
「【神子の座】…?」
レド様が扉の前から退いたのにつられ、私は反射的に扉の前に出る。
扉の向こうからは、不思議な気配がした。何だろう────この気配。
神域とは違う────だけど、清涼な…、凛とした気配。
私は、そっと扉に掌を当ててみる。すると、ぱっと魔術式が扉に広がるように走り、光が魔術式をなぞった後、かちり、と鍵が開く音が響いた。
私が掌に力を入れると、扉はあっけなく内側に開いていく。
観音扉が大きく開かれると、部屋の全貌が露になった。扉の向かい側にあるのは────あれは、祭壇?
一段高くなっている半円形の床があり、壁にはタペストリーが掛けられている。何故、私はこれを祭壇だと思ったのか────
私は、その祭壇に誘われるように────部屋の中へと踏み込み、半円形の床に乗り上げる。
背後で、何かがぶつかるような音がして、振り返ると、レド様たちは部屋の中に入れないらしく、立ち往生しているのが見えた。
「リゼ!」
レド様が、慌てた様子で私の名を叫んでいる。不思議と私に焦りはなかった。嫌なものや悪意を感じなかったからかもしれない。
私の足元に、魔術式が半円形の床一杯に広がり、光を放つ。ゴ、ゴゴ…、と重いものがずれていくような音が辺りに響き渡り、微かな振動がする。
おそらく────塔の方で何かが動いたのだと、私は確信した。
光が収束し、魔術式が、空気に溶けるように消えていく。私は、祭壇から下りて、レド様たちが待つ扉へと駆け寄る。
「リゼ、無事か!?一体、今のは何だ────何が起こった?」
「…判りません。とにかく塔へ行ってみましょう」
私は、何も考えずにそう口にする。
やはり…、あそこで何かが────私を待っている。
何故だか────どうしても行かなければならない気がした。
◇◇◇
誰からともなく歩き出し、塔へと急ぐ。
「これは…」
塔の中へ入ると、つい先程は斜めに降り注いでいた天蓋からの光が、真っ直ぐに落ちるように降り注いでいた。
天蓋のステンドグラスの模様が、円い床にぴったり重なるように、影によって描かれている。足元のそれを見て────私は息を呑んだ。
違う────これは、よくあるステンドグラスの幾何学模様なんかじゃない。
これは────
「まさか────魔術式…!?」
気づいたときには遅く、私の魔力を吸い取って、魔術式が作動し始める。大量の魔力が潮流のように、勢いよく魔術式へと傾れ込んでいく。
一気に大量の魔力が抜けることにより、身体の力も奪われていった。
眼を見張るレド様の姿が目に入り、私は、それまでの───熱に浮かされたような状態から、一気に覚める。
何故────私はあんな簡単に塔に行こうなどと言って────何の確認もせずに塔に踏み込んでしまったのか。
レド様を巻き込んでしまったことに今更ながら気づき、血の気が引いた。
レド様の許へ向かおうとして、身体に力が入らず膝をつく。
「く、レド様────お逃げください…!」
「リゼ…!」
レド様は逃げるどころか、私に寄り添う。
魔力が枯渇すると思った瞬間、魔術式が完成し────眩い光を放った。
辺りは白い光に呑み込まれ────レド様の姿だけでなく、私は自分の姿まで見失った。
「リゼ…!リゼ…!」
レド様の────私を呼ぶ声がする…。
何だか────とても痛々しく聞こえて────早く応えないと、と焦るが、自分の感覚が鈍くて────思うように動けない。
「レド様…」
何とか重い瞼を開けて、レド様の名を呼ぶ。私を覗き込むレド様の焦ったような表情が、泣き出しそうに崩れる。
「良かった、リゼ…!」
私は倒れている状態で、レド様に上半身を抱えられているようだ。
「皆は…?」
「大丈夫、皆無事だ」
レド様の後ろに、ジグ、レナス、ラムル、カデア、アーシャが、誰一人欠けることなく立っているのを見て、安堵の息を吐く。
「レド様は、何ともないですか…?」
「ああ、俺は何ともない。リゼこそ、大丈夫か?」
「大量の魔力を…、一気に失って身体がだるいだけです…」
あれ────レド様と触れ合っているところから、何か魔力が戻って来ているような────これ、気のせいじゃない────私、レド様の魔力を取り込んでいる…?
「レド様、私から離れた方がいいです…、私、レド様の魔力を奪い取っているみたいで────」
「…そうなのか?────ああ、確かに、魔力がリゼの方へ流れていっている」
レド様は、一層私を抱き込む。
レド様の魔力が流れ込んできて、私の感覚も徐々に甦ってくるのが解った。レド様の魔力を奪うのは、正直抵抗があったけど、このまま足手まといでいるわけにはいかない。
「申し訳ありません、レド様…」
「気にするな。俺にとっては大した魔力量ではない。それに────魔力よりもリゼの方が大事だ」
巻き込んでしまったのにそう言ってくれるレド様に、何だか泣きそうになって────感覚の戻ってきた腕で、私を抱くレド様にしがみついた。
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