コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第七章―拠りどころ―#4
「ジグ、レナス───ずっと見てたなら知っているかもしれないけれど、この子は私の使い魔のネロです。
ネロ───この二人はレド様と私の護衛をしてくれる、ジグとレナス」
話が一段落ついたので、ネロを呼び出して二人に紹介する。
「ああ、そうなんだ。いつもリゼとルードを見てるから、どうしてなのかなと思ってたんだけど、まもってたんだ。よろしくね、ジグ、レナス」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「よろしくお願いします、ネロ様」
「ボクの名前はネロだよ。『様』はいらないよ?」
何故か畏まっているジグとレナスに、ネロは不思議そうに首を傾げた。
「ネロは、ジグとレナスの存在に気づいていたんだな」
「リゼとルードは知らなかったの?」
「ああ」
「そうなの?二人とも最初からいたから、ボク、リゼとルードも知っているんだと思ってた。そういえば、今日はちがうけど、いつもせいれいみたいなマント被って隠れてるもんね。ルードにもわからないよね」
「せいれいみたいなマント?」
レド様にも判らない───ということは、何か特殊なマントってこと?
それで、今までレド様にも気づかれずにいられたの?
ジグとレナスに目を向けると、私の考えたことが解ったようで頷かれた。
「精霊樹というのをご存じでしょうか?」
「ええ。精霊の化身とも、または精霊の亡骸から生まれたともいわれている、大樹のことですよね」
ネロと出会った精霊獣たちが住む森にも、一本だけあると聴いている。
「我々にもよく解らないのですが、その樹皮で身を包むと、ルガレド様の神眼には捉えられないようなのです。何でも、その樹皮は魂魄を隠す性質があるとか。魂魄さえ隠してしまえば、あとは視覚から逃れ、気配を捉えられないようにすればいいだけですので、今までルガレド様に気づかれずに済んだのです」
視覚から逃れるのはともかく、レド様ほどの実力者から気配を捉えられないようにするのは、かなりの技能が必要だと思うのだけれど…。
「レド様に気づかれないようにしていたのは、結果的というか───そういう状況に追い込まれてしまったからですよね。その割には、すごく大掛かりになっているように思うんですが…」
「そうですね。成人するまではオレたちのことも隠し通路のことも知らせないというのが、セアラ様とファルリエム辺境伯のご意向でしたから」
「特にルガレド様が幼いうちは、その視線や言動で、我々が潜んでいることや隠し通路が敵に知られてしまったりする危険性があったので、厳重に隠し通すことにしたのです」
「なるほど…。それでは、やはり、レド様の神眼の特性を踏まえて、隠し通路は造られたのですね?」
「はい。神眼の重なって見えるという性質を考え、どの角度から見ても間に通路や空間があると気づかれないように計算して設計されたと聞いております」
「無名の建築家だと聞いていますが、知れば知るほどすごい方ですね。このフェイクの窓も、もしかして計算ですか?」
「どうして、そう思われるのですか?」
「いえ。フェイクだと解っているはずなのに、どうしても窓があると外壁に面しているような錯覚を起こしてしまうんですよね。そのために、大抵の人は窓の向こうに通路があるとは考えもつかないと思うんです。だから、その錯覚すら計算に入れていたのかな───と」
「貴女はやはり賢い方だ。ええ、その通りです」
ジグが感心したように、頷く。
「本当に賢いな、リゼは」
いえ、賢くないです。その錯覚に騙されたうちの一人なので、お願いだからそんなに感心した表情で見ないでください、レド様…。
いたたまれないから、話題を変えよう…。
「その精霊樹のマントは誰が?」
「その建築家です。博識で、発想力もすごくて────この窓も彼が発明した魔道具なんです」
そこで、レナスがレド様に話を振る。
「ルガレド様、幼い頃、神眼に片眼鏡をつけていたのを覚えていらっしゃいませんか?」
「そういえば───つけていたような気がする」
「あれも、その建築家の発案のものだったんです」
「…それは、どのようなものだったのですか?」
「神眼は、瞼を閉じても見えてしまうものだと聞いております。眼帯をつけたとしても、壁と同じ扱いになり、ただ重なって見えるとか。四六時中、はるか遠くまで見通し続けることがルガレド様の負担になるのではないかと心配したセアラ様が相談したところ、提案されたのがその片眼鏡です。それは濃い色のついた硝子が嵌められていて、それを通すと夜の景色のように見えるそうです」
つまり、“サングラス”のようなものかな。
「なるほど。確かに色鮮やかな景色を認識し続けるより、脳に対する負担は軽そうですね」
「…リゼラ様は、聞いただけで解るのですか?」
レナスが驚いたように、目を見開いた。
「え?ああ、前世の世界で、そういう眼鏡があったんです。だから、どういったものなのかは解りますし、それをつけると景色がどういう風に見えるかも知っています」
「そういえば───リゼラ様は記憶持ちでしたね」
「記憶持ちというのは、すごいですね。その建築家も記憶持ちだと言っていました」
「…そうなのですか?」
それだけの才能の持ち主なら、きっと今頃は大成しているだろう。私も知っている人だろうか。
「その建築家の名前は判りますか?」
「ええ。確か…、────ザーラル=ラメルクと」
「ラメルク…。外国───ドルマかアルドネの者か?」
レド様は名前を聞いてもピンと来ないようで、首を傾げる。
「…アルドネ王国です」
私が答えると、レド様だけでなく、ジグとレナスも驚いてこちらを見る。
「知っているのか、リゼ」
「ええ。私が知るザーラル=ラメルクと同じ人物なら───アルドネ王国現宰相閣下になります」
「アルドネ王国の宰相?───本当か?」
「はい。おそらく間違いありません。この邸の設計もマントや眼鏡の発案も、あの方がしたというなら納得です」
「その言い方───ということは、リゼラ様はお知り合いなのですか?アルドネ王国の宰相閣下と…?」
「はい。冒険者の仕事上で関わったことがありまして。…ただ、記憶持ちというのは初耳ですけれど」
アルドネ王国とは、現在、このレーウェンエルダ皇国はほとんど交流がない。
国境も接しているわけではないので、4年前にアルドネ王国で政変があったことも、その立役者となった宰相のことも、こちらには詳しく伝わっていなかった。
三人が知らなかったのも無理はない。
「ザーラルさんなら信用出来るとは思いますが…、守秘義務に関する契約はされたのですか?」
「はい。魔術で契約を行ったと聞いております」
ザーラルさんの人格はともかく、彼はもう一国の宰相だ。国の利権が絡めば、どう転ぶか判らない。
レド様が神眼を持つことを利用しようとしたり、万が一敵対した場合に神眼の性質を知られていることが悪影響を及ぼすかもしれない。
「そのザーラルとやらは───どんな男なんだ…?」
外国の宰相だからだろうか。レド様は不信感でも持ったような表情だ。
「どんなって…、そうですね。ゼアルム皇子殿下に少し雰囲気が似ています。柔和で人好きのする印象なんですが、何処か油断できない人というか───いい人ではあるんですけどね」
ああ、そうか。だから、私、ゼアルム殿下が油断ならないような気がしたんだ。何処か、ザーラルさんに似てるから。
「そいつ…、若いのか?」
レド様の質問に、ジグが答える。
「いえ。このお邸を建築していただいた時点で、もう三十に近い年齢でしたから…。25年前でそのくらいということは───もう五十は過ぎてますね」
え?───どういうこと…?
「そうか…」
レド様の安堵したような声が、遠くで聞こえたような気がした。
「リゼ?」
「あ、すみません。ちょっとザーラルさんと会った時のことを思い出していたので…」
顔を上げると、ジグとレナスと目が合う。二人の表情からは、何も読み取れない。
「…レド様、もう夜も遅いです。そろそろお開きにしませんか?」
私はジグとレナスから視線を外し、レド様に顔を向ける。
「そうだな。今日のところはもう休むか」
◇◇◇
「今日は色々あったな」
「ふふ。今日は───というか、『今日も』ですね」
「確かにな。…疲れただろう?ゆっくり休んでくれ」
レド様が少し心配そうに、私の頬を撫でて言う。その気持ちが嬉しくて、私はレド様の手に自分の手を重ねて微笑む。
「ありがとうございます。レド様こそ、ちゃんと休んでくださいね」
「ああ、ありがとう」
「それでは───お休みなさい、レド様」
私が手を放すと、レド様はちょっと名残惜し気な表情をした後、私の額に口づけた。
「っ!?」
その感触に顔を熱くする私の様子を見て、レド様は嬉しそうに口元を緩め、頬から手を放した。
「お休み、リゼ」
そう告げてレド様が自室に入っていくのを、私は呆然と見送る。
昼間のサンルームでの出来事が頭を過り、ますます熱が上がりそうになる。だけど───そのことに浸っている暇はなかった。
私は、今現在の思考をしまうようにして、意識を切り替える───これは冒険者をしていて身につけた生きる術だ。感情に囚われていては、命に係わることもある。
私は踵を返して、自室へと向かい扉を開けた。
中に入ってすぐ、天井からジグとレナスの気配を感じた。
「ジグ、レナス?どうぞ、入って来てください」
私が天井に向かってそう言うと、ジグとレナスが目の前に現れた。
「このような時間に押しかけまして、まことに申し訳ございません」
「申し訳ございません…」
「何か話があるのでしょう?───あちらのソファで座って話しましょうか」
私は二人を促して、ソファセットへと向かった。
遠慮する二人をどうにか座らせ、私が二人の向かい側に座ると、ジグが口を開いた。
「まずはお礼を言わせてください。ルガレド様の親衛騎士を引き受けていただき、本当にありがとうございます」
「こうしてオレたちがルガレド様の前に姿を現せたのも、リゼラ様のおかげです。ありがとうございます」
「そんな、お礼を言われることでは───」
ジグとレナスに深々と頭を下げられ、少し困惑してしまう。この二人にとって、レド様の親衛騎士が私である必然性はないはずだ。
「いいえ。リゼラ様だからこそ、オレたちは姿を現せたのです。場合によっては、引き続き、潜んでいなければならなかったことでしょう」
「それに───我々は、リゼラ様の境遇も、親衛騎士となられた経緯も知っております。貴女は引き受ける義務などなかった。それでも、ルガレド様の親衛騎士となってくださった。本当に感謝しております」
「ルガレド様は、ずっと…、淡々と日々を過ごしておられました。遠征で下級兵士や冒険者などと接するときも、彼らを気遣いはしますが、感情は表さず、常に無表情でした」
感情を表さない?────レド様が?
些細なことで喜んでくれて、嬉しそうに笑ってくれる。そして、私に対する理不尽に自分のことのように怒ってくれる────私はそんなレド様しか知らない。
「リゼラ様には想像もつかないでしょう。貴女といるときのルガレド様は、いつだって楽しそうに笑っていらっしゃいますから」
「ルガレド様があんなに楽しそうに───幸せそうになさっているのは、すべてリゼラ様のおかげです。きっと他の者ではこうはならなかった。ですから、お礼を申し上げたかったのです」
ジグには────私といるときのレド様が幸せそうに見えているの…?
確かに、幸せそうな顔をしてくださるときもある。
他人から見ても、そう見えるなら───私の独りよがりなどではなく、本当にそうだとしたら───私といることで、レド様が幸せを感じてくれるならば───こんなに嬉しいことはない。
「ありがとうございます。そう言ってもらえて、本当に嬉しい……」
すごく嬉しくて────自然と顔が綻ぶ。私がお礼を言うと、ジグとレナスは目を見開いた。
「さて、本題に入りましょうか。それでは───ジグ、レナス、話してくれますか?」
何故か黙り込んでしまった二人に、私から水を向ける。
「…っは、申し訳ございません!」
「も、申し訳ございません…っ」
何が?────と思ったが、黙って話し始めるのを待つ。
「……リゼラ様は、先程、このお邸の建造時期について疑問に思われたのではありませんか?」
「ということは─────やはり、私の勘違いではないのですね?このお邸は25年前───レド様が生まれる前に建てられた」
「そうです。セアラ様のご懐妊が判明するとともに、建造を開始し、ルガレド様がお生まれになる直前に完成いたしました」
「それなのに、このお邸に神眼の性質を考慮した対策が取られているのは、何故ですか?───まるで、レド様が神眼を持って生まれることが判っていたみたいに───」
言いながら、私は、誰かが知っていたのだろうことを確信していた。それに、神眼の性質も知っていたのだ───と。
それは────おそらく、セアラ側妃だ。
「セアラ様が、神眼を持つお子をお産みになられることは───以前から…、それこそセアラ様が物心ついたときには、辺境伯家では判っておりました」
「……どういうことですか?」
「セアラ様は、リゼラ様と同じ───記憶持ちでありました。ですが、他の記憶持ちとは事情が異なっておりました。セアラ様には、前世で別の人間として生きた記憶ではなく…、セアラ様として───ファルリエム辺境伯家のご令嬢として生まれレーウェンエルダ皇国皇王の側妃として生きた記憶があったのです」
「セアラ様は、その記憶を“一度目の人生”と呼んでいました。その“一度目の人生”で死んで、また生まれ直したのだと仰っていました」
……前世でそういう小説があった気がする。確か────“死に戻り”と表現していた。
「セアラ様は今世では身体が弱く、病弱というほどではないものの、脆弱でありました。セアラ様曰く、生まれ直した代償なのだそうです。
“一度目の人生”では、健康どころか、ファルリエム辺境伯家に伝わる剣術を修め、騎士として国に伺候していたらしく、今世ではもう亡くなられたロレナ前皇妃の親衛騎士となられ、皇王に見初められて側妃となり、ルガレド様をお産みになられたとのことでした」
「セアラ様は…、ルガレド様をお護りするために────ルガレド様を“一度目の人生”のように死なせないために────生まれ直したのです」
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