コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第四章―ロウェルダ公爵邸にて―#1
「朝早くからごめんなさい、おば様。朝食までご馳走になってしまって…」
おじ様の執務室を辞して、すぐに皇城を出たレド様と私は、ロウェルダ公爵邸で朝食をご馳走になっていた。
去り際に、不味い下級使用人用食堂では食べたくないので、街で朝食を摂るつもりだと漏らしたら、ロウェルダ公爵邸で摂るようにおじ様が手配してくれたのだ。
非公式とはいえ、皇子であるレド様が突然来ることになって、ミレアおば様もシェリアもシルムも大変だったに違いない。
急に二人分増えたのだから、料理人のダグさんにも迷惑をかけてしまったはずだ。
「いいのよ、リゼちゃん。まさか、こんなに早くリゼちゃんに会えると思っていなかったから、わたくしもシェリアもシルムも嬉しいわ、ね、二人とも」
おば様は、艶やかな金髪と濃紫色の双眸をした、シェリアとは違うタイプの美女で、どこか穏やかな印象を与える。
「そうよ。次の夜会で様子を見ることしか出来ないと思っていたから、良かったわ」
「僕はまだ夜会には出席できないし、しばらく会えないと思っていたから、リゼが今日来てくれて本当に嬉しいよ」
うう、シルムってば、本当に良い子!
「殿下、我が家の朝食はお口に合いますかしら」
おば様がおっとりとした口調で、レド様に話しかける。
実は、ミレアおば様は現皇王陛下の異母妹で、レド様にとっては叔母に当たる。といっても、数えるほどしか会ったことはないらしく、ちゃんと言葉を交わしたのは今日が初めてとのことだった。
「ああ。美味しくいただいている。こんな美味しい食事は、本当に久しぶりだ。料理人にもお礼を伝えておいて欲しい。それと、急遽二人分増えて迷惑をかけてしまって、すまないとも」
「まあ、うふふ、伝えておきますわ。ですが、殿下がそのようなことをお気になさる必要はございませんのよ。料理人たちは、後でわたくしどもの方で労っておきますから」
レド様の気遣いに、おば様は嬉しそうに目を細めた。
◇◇◇
「さて、ラナちゃんも到着したことだし、始めましょうか」
朝食後、お茶を飲んで少しだけまったりしてから、例のデパートのワンフロア並みの衣裳部屋に場所を移して、本題に入った。
「リゼちゃんのドレスはどうとでもなるから、まずは殿下のお召し物をどうするかですわね」
「もう三日しかないから、お父様のを流用するしかないわね」
シェリアが答える。
「でも、殿下はお父様より背が高いから、無理だと思うなぁ」
シルムがおじ様によく似た口調でそう言った後、私は口を挟んだ。
「それについては、何とかなると思う。だから、そういうことを気にせず、ただレド様に似合いそうなものを選んで欲しいの」
「…解ったわ。────リゼ、ちゃんと後で教えてちょうだいね?」
鋭いシェリアは何か察したようだ。勿論、私は頷く。
「それなら、話は簡単ですわね。やっぱり、リゼちゃんと揃えた方が良いかしら?」
「お互いの色を纏うという手もありますわよ、お母様」
「そうね、それがいいわね。それならば、殿下は黒系統をメインにして、挿し色を青にしましょう」
「殿下、青系の装身具は持っていらして?」
「ああ、ある。…リゼの瞳の色に近い色合いのものはどれだったかな」
レド様はそんなことを呟きながら、【遠隔管理】を発動させた。
「「「「!?」」」」
おば様、シェリア、シルム、ラナ姉さんは驚愕した表情になったが、さすがに、家令のロドムさんと、侍女長のマイラさん、シェリア付の侍女であるカエラさんは、一瞬動揺したけれど、すぐにそれを押し隠した。
「今のは魔術ですの…?」
一番先に我に返ったシェリアが訊ねる。
「ここにいる皆には、後で詳しく話すつもりだ。今はこちらを優先してもらえるだろうか」
「…解りましたわ」
◇◇◇
「うん、この組み合わせが一番良さそうですわね。────それで、どうするんですの?」
「とりあえず、着てみる」
衣裳部屋の一角にあるソファに座って待っていると、奥で着替えたレド様が現れる。
「やっぱり、つんつるてん、ですわね」
ジャケットの着丈もそうだけど、スラックスの方はもっと『つんつるてん』だ。
「サイズはともかく、この組み合わせで決定でいいだろうか?」
「ええ。それは良いと思いますけれど…」
「そうか。では…、【最適化】」
レド様の足元に魔術式が広がり、光が迸る。
実は、昨夜、【現況確認】を色々試していて、【最適化】を自動から任意に切り替えることに成功したのだ。所かまわず発動されたら困るので、見つけたときは思わず声を上げてしまった。
この“特殊能力”も魔術も、声に出さずとも使おうと意識するだけで発動することも判明した。得意げ…ではなかったと思うけど、声高に魔術名を唱えていた私は、それを知って心にダメージを負いましたよ。
今回、レド様が声に出したのは、皆に能力を発動することを知らせるためだろう。
光が収束した時、ジャケットもスラックスもレド様にぴったりのサイズになっていた。
「え、え、どういうことですの?」
シェリアが珍しく、パニックになっている。
「サイズだけじゃない────生地も変わっている…」
「!?」
遠慮してか、今の今まで気配を消していたラナ姉さんが、いつの間にかレド様のジャケットを持ち上げて、凝視していた。レド様がぎょっとしているのが、新鮮だ。
「丈夫になってる…。───っ殿下!もしかして、これ、リゼも出来るんですか!?」
「あ、ああ…」
「何てこと…っ!今まで、丈夫さばかり優先して生地を選んでいたけど、これなら、これなら…!!」
叫び出したラナ姉さんに、レド様は困惑している。
「リゼにもっと色々なものを着せられる…っ!」
「っ!そうだわ、そうよねっ、ラナ!いつも黒ばかりになってしまっていたけれど、こんなことができるのなら、別の色でも良いのよね…っ」
「相談に乗っていただけますか、シェリア様…っ!」
「勿論よっ。二人で、リゼに似合う色を考えましょう!!」
え、何、二人とも、私が黒ばかり着ていることをそんなに気にしてたの?
……レド様、何で参加したそうな顔をしているんですか?
◇◇◇
レド様に宛がわれたのは、黒地に繊細な銀糸の刺繍が施されたジャケットに、ジャケットと揃いで作られた白地に銀糸の刺繍が施されたベスト、それにオーソドックスな黒いスラックスだ。
それから、シンプルなアスコットタイを締め、星銀の台座に蒼鋼玉が載せられたピンブローチを留めている。
「レド様は、何着てもカッコいいなぁ…」
右眼の目元を赤く染めて、レド様が顔を逸らした。あれ───今、私、声に出してた…?
周囲を見回すと、皆、何だか生温かい目をしている。私は恥ずかしくなって、顔を両手で覆った。
「ほら、今度はリゼの番ですわよ」
くっ、シェリアのその微笑まし気な笑顔が心に刺さる。
と、とにかく、時間がないのだから、気持ちを切り替えよう…というか、忘れてしまおう。
「私は、セアラ側妃様のドレスをお借りできたから───」
「リゼ、貸したんじゃない、譲渡したんだ。ドレスも装身具も───いや、それだけでなく、あの部屋にあるものは、すべてリゼのものだ」
レド様が私の言葉を遮り、訂正する。う、何だか、周囲の視線がまた生温かくなった気がする…。
「……レド様、ありがとうございます。───ええっと、それで…、セアラ側妃様のドレスをいただけたので、私はそれを着たいの」
「解ったわ。それでは、見せてちょうだい」
◇◇◇
「これ、いいわね」
男性陣には遠慮してもらって、今は女性だけで試着を繰り返していた。
シェリアが気に入ったのは青紫のドレスだ。型はオフショルダーでプリンセスラインのオーソドックスなタイプだが、粒状の星銀が散りばめられていた。
【最適化】をしたので、私の体形に沿っている。
「これなら、殿下のどちらのお色も入っているし、何よりリゼに似合っているわ。首元には、貴族章をつけるのよね?」
「うん。これなんだけど───」
私は、【遠隔管理】でレド様より下賜された貴族章を箱ごと、取り寄せた。
おじ様の執務室で見た時から思っていたんだけど、このメダルの意匠、どう見ても雪の結晶だよね。
この世界の雪を意識して見たことがなかったけど───やっぱり前世の世界と同じ構造なんだろうか。
しかし、この聖結晶で造られた雪の結晶は、前世の映像で見た“ダイヤモンドダスト”のように煌いて、本当に綺麗だ。
この雪の結晶というモチーフは、聖結晶という素材にすごく合っていると思う。
そして、そのメダルを囲うように、メダルを模して作られた星銀の装身具が並べられている。
メダルの方はお披露目や式典など特別な時につけ、それ以外────登城した時や夜会などに出席する際は、メダルを模したこの“模造章”を身に着けるのが習わしだ。
ファルリエム辺境伯家は、星銀で作ったようだが、どの素材で造るかは貴族家によって違う。当主ごとに造り替える貴族家もあるらしい。
ただ、模造する際、偽造を防ぐため、どこかに聖結晶の欠片を埋め込むことになっている。
ファルリエム辺境伯家の模造章は、中心には少し大きめの円い欠片が埋め込まれ、その周囲を円を描くように模様に沿って、粒状の欠片が3つずつ埋め込まれていた。
星銀も雪の結晶というモチーフには合っているし、聖結晶との組み合わせもとてもよく合っていて、これ単体でも宝飾品として完成されている。
まあ、でも今回はこのメダルを身に纏わなければならない。
私は、聖結晶で作られたメダルを、そっと手に取った。
その瞬間、あの聞きなれた抑揚のない声が頭に響いた─────
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