コントラクト・ガーディアン─Over the World─
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第一部 皇都編
第二章―ルガレドの邸―#5
気を取り直して、今度は2階へと進む。
階段を登り切ったところに、観音開きの豪華というよりは重厚な扉があった。ここは図書室とのこと。
そう言われて見ると───扉には“知の象徴”である『賢竜と輝く星々』が浮き彫りにされていた。
そして右側にある観音開きの繊細な装飾が施された扉がレド様の私室。
左側にあるレド様の私室と同じような扉が、セアラ側妃が生前使っていた部屋だそうだ。
「まずは図書室から案内するか」
レド様が扉を開けて、私を招き入れる。
「うわぁあ…っ」
また感嘆の声を上げてしまうくらい、図書室は素晴らしかった。
三角屋根の部分に当たるらしく、天井を設けていないため、2階でありながら吹き抜けになっている。
四面全て、屋根の枠組みギリギリまで本棚が造り付けられており、途中に手摺の付いた通路を設けて2階層に分けられていた。
その通路に行くための梯子が掛けられているのだが、ちゃんと手摺がついており、傾斜も緩やかなので、梯子というよりは前世で言うところのスケルトン階段みたいになっている。
本棚も通路と階段の手摺も彫刻によって装飾が施されており、装丁も大きさも様々な本がどの本棚にも隙間なく詰められていて、本当に圧巻で、私は言葉もなく圧倒されていた。
扉から向かって正面には本棚の合間に、大き目のライティングデスクが造り付けられている。本棚と同じ意匠の装飾が為されているので、本棚と一体化して見える。
それとは別に、中央にテーブル並みに大きいデスクと椅子が6脚ほど置かれ───そのデスクの真ん中には凝った装飾のランタンが二つ、置いてある。
そして、上の階層の所々に何か所か、本棚の合間にハイバックのソファが造り付けられていた。
ソファの肘置きは幅広く、本を置いたり飲み物を置いたりできそうだ。
ソファの上部はステンドグラスの窓型ライトになっていて、読書をするのに適した明るさだ。あのソファに座って本を読んでみたいな…。
傾斜する三角屋根は、全面、こちらもステンドグラスの窓型ライトになっていて、図書室全体の照明を担っている。
「……あの、レド様、」
「時間が空いた時にでも利用するといい」
「良いのですか?」
「勿論だ」
「…っありがとうございます!」
前世の時から、本を読むのは好きだ。でも、今世では本は希少なものだから、貴族や裕福な商人でもなければ、なかなか読む機会に恵まれない。
私は嬉しくて、顔が緩むのを抑えきれなかった。
後ろ髪を引かれつつ、図書室を出る。
「次はこちらの部屋だ」
次はセアラ側妃の部屋のようだ。扉は、図書室寄りに設えられている。
「あれ?」
部屋に沿って、通路が続いている。突き当りには、聖堂のものに似た円形のガゼボみたいなものが、壁に嵌め込まれるように設えられていた。
位置的には、エントランスホールのステンドグラス風窓型ライトの上部の側になる。
「あれは、テラスの代わりなんだ。母上はあそこでお茶をしていた」
確かに、カフェテーブルと椅子が置いてある。
「反対側…、俺の部屋の方にもあって、あちらにはベンチを設えてある。あの窓からの光が、近くで見ると本当に綺麗なんだ。良かったら、あの場所で寛ぐといい」
「ありがとうございます。…きっと夜仕様でも綺麗ですね」
「ああ、それも良さそうだな」
行こう───とレド様に促されて、セアラ側妃の部屋へと踏み入る。
「わぁ…、素敵なお部屋ですね」
扉を潜ると、目の前にはベッドがあった。ダブルサイズベッド2.5個分だろうか。貴族としては通常の大きさだが、前世の感覚からすると、物凄く大きく感じる。
ヘッドボードには繊細な彫刻が施されている。その背後の壁には、丸い天蓋が造り付けられていて───そこから下がる柔らかそうな白いカーテンがベッドの上部を包んでいた。
背後の壁は、くすんだ色合いのピンクで、女性らしいながらも落ち着いた空間になっている。その壁の両端には、天井まで届く窓型ライト。
左側の窓型ライトの前には、随所に装飾が施されている───ちょっとだけフェミニンなソファセットとカフェテーブルが置かれている。
右側の壁の真ん中には、反対側のソファセットと似たデザインのライティングデスクが造り付けられていた。
デスクの両隣と上部には同様の棚も造り付けられている。デスクの両隣にある棚にはガラス戸がついていて、中には本が詰められている。
デスク上部の棚には扉がなく、文房具が入れられているようだ。
左右の壁の、入り口寄りに片開きだけれど背の高い扉が、それぞれ一つずつ設えられている。
左側は水回り、右側はドレッシングルームの扉だそうだ。
まずは、左側の水回りを見る。
扉を入ってすぐは、トイレになっていた。1階のレストルームと同じ仕様で、手前に手洗い、タオルを置いておくカウンター、ベンチ型の便器は変わらない。
違うのは鏡で、レストルームでは全身鏡があった位置は壁もなくぽっかり開いていた。どうやら奥へと続く通路のようだ。
そこを潜ると、脱衣所があった。ハンガーラックとカウンターと籠が置いてある。こちらもトイレと同じ位置に、奥へと続く通路。
さらに奥へと進むと、そこはお風呂場だった。
手前に洗い場がある。半円形のテーブルに、豪奢な入れ物に入った洗髪料と石鹸などが置かれている。
蛇口が壁に埋め込まれており、洗い桶とスツールが一つずつ、側に置かれていた。────何か、玄関ポーチと同じ魔術でも施されていそうだ。
最奥である壁目一杯に浴槽が造り付けられている。結構深さがあり、階段も造り付けられていた。成人男性二人が足を伸ばして入れるくらいの広さだ。
浴槽を囲う三方の壁と天井は、全面が窓枠ライトになっている。
「朝風呂をしたら、気持ち良さそうですね」
「ああ。でも、きっとエントランスホールやサンルームと同じ仕様になっているだろうから、普通に夜も楽しめそうだ」
「ふふ、星空の下でお風呂に入っている気分を味わえそうですね」
「…っああ」
不意にレド様がぎこちなく顔を逸らしたので、私は首を傾げた。
「レド様?」
「…、次へ行こう」
「?はい」
◇◇◇
ベッドルームへと戻って、ドレッサールームへと向かう。
ドレッサールームは水回りの方と同じ広さだが、仕切られておらず、一室として使われているようだ。そのため、広く感じてしまう。
入って左側には、扉の横から壁まで、オープンタイプのハンガーラックが並び、そこにはドレスやワンピースが所狭しと掛けられていた。おそらく、セアラ側妃のものだろう。
入って右側の壁には、装飾の施された額縁のかなり大きな鏡が壁付けされている。
その向かい側の壁には、ハンガーラック寄りに大きめのキャビネットが置かれ、その横に二人掛けほどの猫足の華やかなソファが置かれている。
キャビネットには、アクセサリーなどの装身具、靴下や靴が修められているらしい。
扉の向かい側、つまり鏡の横と、鏡の前の天井部分には、かなりの大きさの窓型ライトが施されていて、鏡の前は明るく照らされていた。きっと、鏡で全身を確認するときに見やすいようにだろう。
鏡の横の窓型ライトの隣から壁まで、カウンターが造り付けられていた。
カウンターの天板部分には切り込みと蝶番が施されていて、大きなドレッサーだと気づく。
ドレッサーの蓋は三分割されており、それぞれ、上に開くことができるようだ。お揃いのスツールもあった。ドレッサーの上にも窓型ライトが設えられている。
「俺の部屋も、この部屋とまったく同じ造りだ。ベッドや壁の色や家具なんかはちょっと違っているが」
これでお邸ツアーは終わり────ということかな。
「リゼには、この部屋を使ってもらおうと思っている」
「え?」
このセアラ側妃が使っていたお部屋を?
「で、ですが、レド様にとって大事なお部屋なのでは────」
「大事な部屋だから────リゼに使ってもらいたい。俺には…、こんなことくらいしかしてあげられない」
「レド様……」
そんな風に考えることないのに…。
でも────レド様はそう思わずにはいられないのだろう。
「…解りました。レド様がよろしいのなら、このお部屋を使わせていただきます。大事に使いますね」
私がそう言うと、レド様は表情を和らげた。
「この部屋にあるものは、すべて使ってくれていい。ドレスや装身具もだ」
「え、それはさすがに…」
「俺のパートナーとして式典や夜会に出席してもらうことになるからな。
本当は────新しいものをあつらえてやれたらいいんだが……」
レド様はそこで言葉を切り、悔し気に目を伏せる。
「だけど、ここにあるドレスも装身具も、デザインはシンプルだが、ものはいいはずだ。それに、リゼにも似合うと思う。ただ───その…、手直しは必要だと思うが」
眼の下を仄かに赤く染めて、レド様が顔を逸らす。
…ああ、またか。あれだよね────胸だよね。肖像画を見る限り、セアラ側妃の胸の大きさは普通だった気がする。やっぱり、私の胸は大きいのか…。
「と、とにかく、大事に使わせていただきますねっ」
この国では、ラノベなどでよくあるような、一度着たドレスは二度と着ないという風習はない。
まあ、金満を自慢とするような輩がそういうことをしてたりはするけれど、大抵は髪型や装身具で印象を変えて、何度も着回す。
これだけドレスがあれば、あつらえる必要はないから、正直助かる。
「これは、部屋の出入り口とこのドレッサールームとそのキャビネットの鍵だ。玄関扉と同じ仕様になっているみたいだから必要ないかもしれないが、一応渡しておく」
レド様に、アンティークゴールド調の鍵束を渡される。
「事前に使われて困るようなものはないか確認してあるから───どの本も読んでくれていいし、筆記帳やレターセットも使っていいからな」
「解りました。ありがとうございます、レド様」
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