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ロミトラ対象、降谷さんの協力者になる。

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8.転生者の逆夢。

 降谷さんに呼び出されて彼の登庁について行くと、小さな会議室に通されました。もしかしたら私が最初に来たところなのかもしれない。
 少しして戻ってきた降谷さんは箱を抱えていた。私の向かいに座って、机に置いたその箱を私の方へついと押す。
 
「君の偽名ができたよ。『木暮愛莉』そしてスマホと各種証明書」
 
 私は目を丸くする。そんな融通まで利かせていただいたんだ。

 中を覗くと本当に色々なものが入っていた。スマホ、私本人が所持している各資格の免許証、保険証、いくつかの企業の社員証……あの、警察手帳までありますが……その他、必要な所はバッジ等々とかも……。
 
「……至れり尽くせりすぎて……これ、大変どころではなかったのではないでしょうか……?」
「データだけの登録は各地の協力者によってなされている。必要があれば状況を見て遠慮なく使うこと」
「……公安すごすぎませんか……」
「そういうものだ。国家を守る機関なんだからな」
 
 私はハハハと乾いた笑いを浮かべるしかできない。
 
「けれどこれではまるで潜入捜査官ですね……私は警察官でもないのに」
 
 なんだか不遜な気がする。
 
「……君は警察学校入学試験及び警察学校卒業試験に合格済だ。その様子じゃ知らされてないな」
「……はい?」
 
 降谷さんの口から爆弾発言が飛び出して私は固まった。
 
「協力者になる時に数日かけて色々とやらされただろう」
「……は、はい……え、でも、あれは……協力者になるのに必要だったのではなく……?」
「その他にも色々と受けさせられてるぞ。それを全部君はきちんと実力で突破している」
 
 降谷さんが冗談を仰ってるとは思えません。私はぽかんとするくらいしかできない。
 
「資格も能力もあれど、公安に協力するために敢えて民間人のままである者、として籍も実際にある。その手帳の通りのな」
 
 警視庁捜査一課強硬犯6係。警部補。
 
 頭が真っ白とはこのことです。
 
「ええと、いえ、でも……捜査権とかそのあたりが……」
 
 私のせいで犯人が無罪になったりとか嫌ですよ。
 
「公権力でなくともそれらを持ち合わせてる職があるだろう。そこに入ってる『第一種探偵業届出証明書』は公安委員会が出した本物だ」
 
 確かに、ありますけれども。
 櫛森名義のも同封されてる物がちらほらあるのはそのせいか……そういうのはあの時ほんとに取得したものたちですか……そうですか……。

 この世界の探偵って第一種と第二種があって、第一種は資格が必要とはいえ捜査権とか逮捕権とか持ってるんですよね。ご都合主義万歳。
 
 ただ、現場に居合わせたとして、公権力である警察が何事においても優先される。探偵は第一種であっても警察がいない場合だけ主体的に動くことができる。まあ普通は警察到着までの現場保全で終わるんだけど、あの名探偵君たちの場合は何故か交通が麻痺したりしてそうはいかないことでしょう。
 
 第一種探偵になったところで爆弾解体等々したければ個人で別の資格を取得する必要があって、もちろん拳銃所持なんてできない。普通に警察官になったほうが早いまである。
 それでも第一種探偵になる人が結構いるのは、ひとえにこの世界の犯罪率が高すぎる点に理由がある。しかも知能犯だらけっていう。
 警察よりも身軽でありたい者、この世情の中根強く流行るミステリの探偵に憧れる者、その他事情のある者、等の手を借りる必要が大いにあるのがこの世界だ。
 
「だから刑事のフリをしてる時に本当に捜査に加わらなければいけなくなっても問題はない。捜査情報を知る必要がある時にも堂々と潜り込める。6係で君の所属する班の班長もこれを受け入れてる人間だ。蜂郷繁。覚えておけ」
「は、はい……!」

 目を回す私にその人物の名刺と写真が渡される。写真は警察手帳のものっぽい。
 キリっとした強面の男性でした。伊達さんともまた違う力強さを感じる。警察手帳の写真っぽいですね。
 記憶力だけはいいので、覚えておけっていうご指示は守れる気がします。
 
「警察の中にも公安の協力者がいるっ、て感じですか……公安って何だか次元が違いそうですね」
 
 くらくらする。
 
 けれど降谷さんは不敵に笑った。
 
「君はその公安の協力者だぞ。我々は能力があるならその全てを利用する」
 
『能力がある』なんて。
 
「過大評価ではないですか」
「そう思うなら、自分で確信できるくらい実力を身につけろ。それが君の仕事だ」
「……! 肝に銘じます」
 
 ここまでしていただいているのだから。
 私も、大好きな人々がいるこの国が愛おしいのだから。
 
 降谷さんはまた不敵に笑いました。
 
「様々な身分証があるからこそ、状況を見極めろ。選択を誤れば道が狭まる。それは君自身が磨かなければいけない『眼』だ」
「承知しました」
 
 別の身分を使っているところを、その他の身分で接した人間に見られるとかも非常にマズイだろうし……慎重に頑張ろう。
 
「……君はもう少し自分に自信を持て。でなければ怪しまれる」
 
 降谷さんが真剣な様子で表情を歪めていた。
 私は似たような表情になった、と思う。
 
「肝に、銘じます……!」
 
 再びそう言う、くらいしか、できない。
 本当に、つまらない自己卑下なんてしてる場合じゃありません。
 性分というのはすぐには治らないかもしれませんが、重ね重ね気を付けてまいります。
 
 降谷さんがふっと笑った。
 
「そこは敬礼でもしておけ」
 
 彼はそう言って実際にやって見せてくれた。
 緊張が積もりに積もってすっかり固くなっていたのが少し和らぐ。
 私はじっと観察させてもらって、そして、真似をする。
 
 けれど降谷さんは思いっきり噴き出すんです。
 
「まだまだすぎる」
 
 ウゥ……精進致します……。
 
 降谷さんがあちこち指導してくれたのですが、当然姿勢をかなりよくしてなきゃいけないから、それに後押しされて少しだけ胸を張っていられるような気がした。

 そしてその数日後、まさかそれを初っ端から使うことになろうとは、露知らず。

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 その日ちょっと寝付けなかった上に小腹が空いて、夜遅くにコンビニへ出かけました。私は見知らぬ他人が作った物でも平気で食べられますからね。

 世の中物騒なのでちょっとした外出でも服と所持品は整えるようにしています。最近『木暮』の模索中なのもあり、ふらりと一人で出掛けるときは一応伊達眼鏡なんてものも掛けてみたり、いつもと違うメイクをしてみたり。
 それが多少面倒ではありますが、お菓子作りよりは手間じゃない。それに、コンビニスイーツも結構好きなんですよ。夜中の甘い物への欲求というのは抑えがたいものです。

 抹茶シフォンに生クリームたっぷりというド直球に好みなおやつを見つけてほくほくと家路に着こうとしていましたら、引き逃げというかもう明らかな殺人未遂の現場に遭遇してしまいました。

 被害者が軽うじて避けたため一度は失敗してたんです。
 でもふらっとなってたからぎょっとして救助に当たろうと走ってたら、その黒いバンが更にバッグして轢こうとして来たんですよ。

 ええ……世の中物騒すぎです。

 慌てて拳銃を取り出して、被害者の反対の歩道に居たのをこれ幸いとこちら側のタイヤを二つとも撃ち抜く。私にはこれ以外に阻止できそうな手段がない。
 こうすればまともに動く向こう側のほうがよく走るせいで車道側に逸れてくれるはず。
 思惑通りになったから警察と救急に通報しつつ走り寄って歩道側の二つも撃つと、全輪パンクでバンの走りが鈍った。

 私は拳銃を構えたままフロントに回り込んで牽制する。

「止まりなさい! 警察だ!」

 精一杯低めに声を張った。

 運転席に居たのは黒ずくめにサングラスのどう見ても怪しげな男。忌々しげにこちらを睨み、バンがまともに動かないからかドアを開けて逃走を試みる。
 拳銃突きつけられてそういうことします!? 撃たれない自信あるってこと?! 確かにそうそう撃つ気はしませんけど……!

 私は止まりなさいと言いながら全力で追い掛けた。
 しばらく走ると幸い確保できたので手錠を掛けて現場に引きずって戻る。
 黒いバンのそばで犯人を押さえ込んで警察の到着を待ちながら辺りを見回すんだけど……ええ、被害者の姿がない。

 何で!?

 警察だって叫んでこれは、怪しい奴に追われてた人も怪しい人だった……? それとも更に逃げないと危険とか……?
 ……ま、まさか、バンの奴の仲間に連れ去られた、とか……?

 ど、どうしよう……。

 内心慌てつつ、比較的すぐに現着してくれた所轄署の人に警察手帳を提示しつつ犯人を引き渡し、その人と救急の人に被害者の姿が消えてることを伝える。
 謎の事態に皆して顔をしかめながら、何かあったらまた、と木暮の番号をお伝えして解散となりました。

 ……コナン世界だしって一応手帳もバッジも銃も持って出て良かった(?)けど、備えあっても憂いがあったね……。
 追うとなってから歩道の端にバッグも抹茶シフォンも置いて行ったんだけど、まるっと無事だったのはまだ平和なほうってことか、単に夜中で人通りがないだけなのか。
 ……考えないことにしましょう。

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 部屋の鍵はかかってなくて明かりもついてなかったから何も考えていなかった私は、リビングに入った瞬間目を疑った。帰ったら報告しなきゃと思ってたかたがまさかです。

 ソファでぐったりしている降谷さんの姿に思わず駆け寄る。何でこんな状態なんですか!?
 
「ゼロさん、ゼロさん……!」
 
 恐る恐る、肩を揺すってみようと名を呼びかけながら手を伸ばし──。
 
 カッと目を開いた降谷さんに逮捕術で床に引き倒される。
 
「何をしていた」
「轢き逃げ未遂かと思いきや更にバックして被害者を轢こうとするなんて物騒な事態に出くわしまして」

 平然と答えた私に降谷さんは眉をひそめた。

「その……とめる手段が私にはタイヤを撃つしかなかったので……」
「……ホォー」

 降谷さんが目を眇めた。
 す、すみません。自分でもちょっとやらかしだとは思うんです。

「犯人は確保したんですが、現場に引きずって戻ったら被害者がいなくなってて、現着したかたに犯人を引き渡して『木暮』の連絡先をお渡しして解散になりました……」

 ハァ、と大きく降谷さんはため息を吐いた。

「……君、痛くないのか?」
 
 降谷さんに締められて痛くない奴なんていると思いますか?

「……報連相は大事かなと思いまして……」

 降谷さんはまた大きく溜め息をついてようやく拘束を解いてくださいました。
 ウゥ、まだ腕と背中に鈍い痛みが……。
 でも、きっと硝煙の臭いで碌なことないって確信されてしまったが故のことでしょう……文句は言えません。

 ローテーブルに抹茶シフォン(もうクリーム溶けてそうな気がする(泣))とバッグを置いて、私はカーペットの床に正座した。

「……えっと、発砲の件について処理していただけますでしょうか……」

 ジト、と降谷さんに睨まれる。ウゥ、すみません。
 少しの間その居心地の悪い視線に晒されてより高まる緊張に身を縮めていると、彼はまたハァと溜め息を吐いた。

「……まあ、結果はどうであれ被害者を助けようとしたようだし、犯人は確保したわけだ。しかし今後は慎め」
「は、はい……」

 降谷さんのジト目が変わってくれません……ヒエ……。
 ふっと降谷さんの視線がそれて彼の眉間にしわが寄る。そのまま片方の掌がご自身の前髪をくしゃりと握った。

「かと言って、撃つなと言ったら君は被害者を庇って車の前に飛び出しそうだからな……」

 ……。
 そ、そんな気は……。
 ……少しだけしますね! ま、間に合えば……?

 ヒエ、降谷さんの睨みがより強くなった。

「……もしくは目立つあの銃を使う」

 ひっ。
 で、できるだけあれを使わないようにと拳銃を使ったのでは、あります、けど……。

 そういえば、《 敵石化 》や《 スロウガ 》を使う手はあったのかもしれない。両方ちょっとその後に困りそうだけど……。

「……指示してくる」

 ジト目のまま降谷さんはスマホを取り出し席を立つとこの場を離れていきました。

「は、はい……! ありがとうございます!」

 ぱたりとドアの開閉音。

 いくらなんでも呑気にケーキを頬張る気は起きなくてそのままお待ちする。
 奥の方に向かわれたのでお帰りになるにしても必ずここを通らなきゃいけない。

 さすがに足がしびれてきて、でも正座をやめる気にもなれず。

 ……あんなに寝付けなかったはずなのに、うとうとしてきて、こんな時にと自分で呆れて踏みとどまろうとしたけれど、何故か抗い難い。
 ……情け、ない。
 でも多分、私は愚かにも降谷さんがいらっしゃったことに、安心してしまっている気がする。

 眠い、なあ。……眠い。独りぼーっとしていると、余計に眠い。
 
 けれど。
 
 今日は、七日なんですよ。
 
 
 
「……ええ。そちらの研究員の櫛森についてです。……そうです、今月も駄目なようです。余程ショックが長引いているようだ。休ませても? ……はい。ありがとうございます」
 
 そんな降谷さんの声が聞こえた気がしました。
 
 ああ……降谷さんは私の心療内科の主治医という設定でしたっけ。この連絡をするための声だけだけれど。
 もしかしたらお忙しいのにこれのためにこの部屋に来てくださっていたのでしょうか。
 それなのに私がいなかったから怒っておられるのかもしれません。申し訳ないです。
 ……それだけでなくやらかしてきたのですから。

 昨年十一月七日、私は爆弾事件で大怪我を負いました。負いはしたけれども。
 あれ以来、毎月七日は調子が悪い──というより……。
 
 眠れば夢を見てしまうのです。
 ──あの爆発で萩原さんが亡くなる場面を。
 何の因果かは分かりません。単に私の恐れが招いているだけのモノかもしれない。この世界では萩原さんは生きている。それなのに怖がってしまう私の弱さが招いているだけなのかもしれない。
 
 けれど、過去や未来を改変することを悪とする物語では、『運命』のようなものが、死を回避した人をその後も執拗に殺そうとするようなものが少なくありません。
 これはそれを暗示しているのだろうか。
 ──……怖すぎます。絶対にそうなってほしくありません。
 だから不吉すぎる夢なんて見たくない。
 それなのに、眠い。
 
「……眠れ、汀」

 気づいたら、私は多分、ソファに移動させてもらってた。
 そして、降谷さんの手のひらが、目を塞いでいるようでした。

「……嫌です」

 寝たくないんです。──見たくないんです。

 粉々になるのなんて、あの明るくて優しいかたが面影もなくなるなんて、耐えられない。

「……あれ以来七日は様子がおかしい。調べれば……君のご両親が事故で亡くなったのは六年前の十月七日らしいな。……重なるのか?」

 わざわざ、調べて下さったんですか……。

「違う、と、思います……」

 ……本当の事を、伝えたくない。
 伝えたら、色々、とめられる……気がする……。

「……うなされるようなら起こしてやる。手も握っていてやる。だから、眠れ」
「……お忙しいでしょう」
「君の手を握ったままでもできる仕事はたくさんあるんだ」
「……」
 
 できれば夢自体を見たくないのですが。
 
『体調を整え、常に最悪のケースを想定するのは、我々の最低限の仕事だろう』
 
 睡眠と食事をさぼっていた右腕さんが降谷さんに怒られていましたね。今の時期彼はもう降谷さんのそばにいらっしゃるのかな。
 
 そんなことを思いながら、結局うとうとしてしまって──。

『……なにっ』
 
 タイマーが動き出したことに気づいた萩原さんが焦る。
 
『皆、逃げろ!!!』
 
 周りに居た機動隊の方々は彼の声で走り出して階段へ向かう。
 今世で目にしたとおりに彼らは間に合います。萩原さんが頼んでいた通りに人数が減らされていたから、階段でドミノ倒しになることもありません。
 やはり機動隊のかたがたなら6秒もあれば50m近くを走り切ることができるのでしょう。今多少モヤシを脱した私でさえ50mの最高記録は七秒二なくらいですから。
 けれど萩原さんは爆弾を解体するために座っていました。
 座っている状態からの、加えて振り返ってのダッシュはどうしても遅れます。そういうスタートダッシュの練習もあったりなんたり。
 
 だから。
 ────だから。
 
 閃光と爆音と。
 その後には。
 無惨に、
 
「──……っああああああああああ!!!!!」
 
 飛び起きたら降谷さんが手を握っていてくれたようだったけれど、私は再びソファに背中から沈んで、頭を抱えているようでした。
 ……そんな自分を外から眺めているような妙な、感覚。

「……やはりこうなるのか」
 
 降谷さんの呟きが聞こえた気がしました。
 
 口に突っ込まれて水で流し込まれたのは多分精神安定剤か何かなんだと思います。

「大丈夫。大丈夫だから……ここは安全な、君の家だ。だから、安心しろ」

 言いながら、降谷さんの手が優しく頭を撫でてくれているのが分かる。

 だけど、それなのに、落ち着くことができない。
 
 ……また、うとうとして。
 
 嫌な夢を見て、飛び起きる。それが何度繰り返されたのでしょうか。
 途中泣きながら謝ったりしていたような気がします。
 
 
 
 多分私は日付を越えたら普通に眠ったのでしょう。
 ……ああ、迷惑をかけてばかりだ……。 
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