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ロミトラ対象、降谷さんの協力者になる。

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1.降谷さんの初陣。

----------------------------------- case : Furuya

 小さな会議室を貸切り、僕の教育係になるという先輩が、お前が目を通したあと処分すると言いながら資料を差し出してくる。
 その中身は一人の女性に関するざっくりとした情報だった。
 
櫛森汀(くしもり・みぎわ) 21歳 〔写真〕
〔出身、学歴等々〕
東都大薬学部薬学科研究員
留学先のオクスフォードは飛び級で卒業。
開発する薬剤がほぼほぼ過剰防衛にあたるとされ成果を認められていない。
その研究成果を売ろうとしているらしき現場を捜査員に目撃されている。
 
「……過剰防衛?」
「ずいぶんな美人さんだろ? 小さい頃から結構な目に遭っていたらしくてなあ。その経験からか本人は防犯用と主張して色々と開発しているようだ。ようなんだが……吹き付けるだけで気絶させる等々、まあまあ過激なんだよ」
「……それは」
 
 一歩間違えれば化学兵器だ。
 
「ああ。もちろん犯罪者の手に渡ればおおごとだ」
「そのおおごとになりかけているか、既になっている、と」
「そういうことだ。……彼女に取り引きを持ち掛けていた人物が問題でな……」
「? ……取引現場を捜査員に目撃されてその場で確保されていないということは、泳がせる必要があったんですか?」
「ああ、捜査員はもともと彼女の取り引き相手のほうを探っていたんだが、それがな……今後きみに潜入してもらう予定の犯罪組織の、構成員の疑いがある男でね」
「……!」
「トカゲの尻尾切りにならないよう慎重に追っている。まあどうも、ただ話しているだけにしか見えない現場で、確たる証拠を得られそうになかったというのもあるようだ。まだ取引は交渉段階にみえたらしい」
「なるほど……」
 
 僕は複雑な気分で彼女の資料に再び目を落とす。
 先輩が小さく苦笑した。見ると眉が下がっている。先輩もどこか思うところがありそうだ。
 
「今のところ彼女個人を危険人物扱いはしていない。武道の類なんて今まで一切触れていた様子がないのはもちろん、防犯グッズに対する思いが過激ではあるようではあっても、攻撃的な性格ではないようだ」
 
「そうなんですか」
「ただ、調べてみないとまだ何も分からない。最悪、全部知っていて組織に協力しているのかもしれない。だから正面から説得に行くのは危険だ。あの組織の協力者なら拳銃か何か隠し持っていても不思議じゃないし、周りに護衛か何かも潜んでいるかもしれない」
「そう、ですね……」
 
 彼女は身を守りたくて、あるいは痴漢や誘拐などの被害から他の人々も守りたくて、これまで必死に研究してきたのだろう。それを悪用される、もしくは、自身で悪用する、なんて。
 
「降谷、一般人の態で彼女に近づけ。何としてでも取引成立前に情報を集めるんだ。そして状況に応じて、彼女を保護するか、確保するか……利用しろ」
「……!」
 
 一瞬目を見張ってしまった。……だがきっと、公安とはそういうもの、なのだから。
 
「承知しました」
「……きみはやはり察しがいいようだな」
 
 最悪、彼女を組織潜入の足掛かりにしろ。
 先輩はそう言ったのだ。
 
「この件に関しては俺が教育係としてサポートする。以後は別の人間が一人つくだろう」
「はい!」
 
 真剣な顔でそう言う先輩に僕はしっかりと頷く。
 
「俺はきみみたいな優秀な人間を早々に潰したくないんでね。それは上も同僚もみんな同じだろう。なりふり構わず、細かいことでも相談するように。いくらきみが優秀でも、こんな最初から独りで何でもできると思わないことだ」
 
 ふと、卒業前既に爆処からスカウトを受けていた同期二人のことが浮かんだ。松田は即決していたが、萩原ははじめ悩んでいた。そして悩んだ末にきちんと決めた。
 伊達もコンビニの一件からどこか吹っ切れたような様子で、ますます真っ直ぐに進んできたと思う。
 そして卒業後連絡が来なくなった景光ヒロを思う。きっと皆に何も返せない僕と理由は同じだ。
 
 固い決意で未来を選んだ皆は、きっと今も隣で一緒に前を見ている。
 
「僕も潰れる気はありません。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
 
 僕は僕で、愛しい愛しいこの国を守りたい。だからそのためには何もかもを利用する。
 敬礼した僕に、先輩はニッと笑った。頼もしい笑顔だった。
 
 自己紹介時点でこんな人間は本当は居ないんだぜ、変装だ、と先輩が自ら言ってきて、公安の秘密主義もたいがいだと思ったが、でもどこかでこの人にならついていけるという気がしていた。

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「この一件の間だけの、きみの偽名と各種身分証明書とスマホ」
「ありがとうございます」
「余程のことがなきゃ、『お前の教育係だった』っていう、今後近くにいるべきでない俺がお前の偽名を把握しないために、次に引き継がれない」
「承知しました」
「淋しいくらい言ってくれよ」
「無理もないと思いますから」
「かわいくねえなあ」
 
 じゃれ合いのような会話をして思わず笑ってしまう。けれど先輩はすぐに真剣な顔をした。
 
「降谷零じゃない別人を作り出せ。性格などを自分で設定してみろ。まずはそうだな……彼女は夜独りで飲み歩いてるらしい。近づきやすいのはどういう人間だと思う?」
 
 眉をひそめる。防犯意識が過激になるくらいの過去を持っておきながら、そんな……いや。
 
「……彼女はわざと妙な輩に絡まれようとしているんですか? ……認めてもらえない薬剤を実際に試すためでしょうか?」
 
 先輩は首を振った。
 
「分からない。身辺捜査が始まってからも何度か絡まれていたようだが、誰かの助けが入るか自力でどうにか逃げるかしていて、妙な物を使って撃退した様子はないそうだ。しかし薬剤使用を狙っていないという保証はできない」
 
 ないことの証明は難しい。
 
「気に入りの店もあるみたいでな。単に酒が好きなだけかもしれない。……だといいなと思ってるが」
 
 先輩が苦笑して、僕も苦く笑った。楽観できるわけはないもんな。
 
「……彼女が辟易しているであろうナンパを装うのは警戒を解く手間を考えて除外します。……絡まれたのを助けに入ったら比較的気を許してくれますかね。かといって正義感が明らかに強そうだと、取引について口を割ってくれないかもしれませんね」
「正義感が強そうなヤツは組織潜入にも向かないだろうな。……あまり偽人格は増やすものじゃない。少しずつ自分が分からなくなって潜入にも日常にも支障を来しだす」
「承知しました」
 
 必要があれば百人だって演じてみせるが、慢心しないに越したことはない。
 
「そしてまあ……薬剤の現物はともかく、自分が作ったデータなんてさくっと手渡しできてしまうくらいのものだ。ゆっくり友情を築くような時間は恐らくない。独り暮らしで、恋人はいないらしい、堕とせ。それができそうな人格がいい」
 
 内心息が詰まるが状況は理解できる。二十一なんていうまだまだ成人したばかりの娘の心を弄ぶようで気は進まないが、彼女が危険人物と化さないためを思えば、彼女からの僕の印象が汚れることなんて些末なことだろう。
 
 少し考えてから、僕は考えを口にしてみる。
 
「……インテリっぽくはあっても少し危なそうな性格を作ってみようと思います。真面目過ぎても不真面目すぎても、彼女には近づけないような気がします」
「危なそう、ね。きみはめちゃくちゃ真面目な正義漢のイメージがあるんだけど、でき……いや、警察学校在籍中は色々とやらかしてるんだっけか」
「何のお話でしょうか?」
「……ッフフ」
 
 僕はいたって真面目な人間ですよ?
 アイツらが色々やらかしたのに手を貸してただけです。
 
 ……なんて戯れ言は口にしない。
 
 先輩もそこを深く追及する気はないらしい。
 そんなふうに話しながら、ある程度『俺』を作りあげた。そう、ある程度だけ。
 
「変に固めすぎると臨機応変にいかなくなるしこれくらいでいいだろう。あとは……きみにはまだ『協力者』がいないからな。尾行だの張り込みだのの探りはこちらで入れる。万一を考えれば、表に出るきみ自身がそういうのをやるのは下策だ。欲しい情報があったら言ってくれ。ああ、怪しまれない範囲なら自分で探るのはとめない」
 
 協力者。風の噂では色々聞く。僕もいつか探すべきなのだろうか。あまり自分でできないことは浮かばないが、顔割れを防ぐため等と言われれば居るに越したことはないのかもしれない。
 
「よし。あとは彼女が夜街に出たって連絡があるまで書類仕事でも手伝っててくれ」
「書類仕事」
「たとえ実働部隊だろうと警察の本分はソレだ。永遠に人が足りない」
「新人の僕が関わってもよろしいのですか?」
「守秘義務に抵触しない書類は山のようにある」
「山のように」
 
 その人手不足はいつか解消される時が来るのだろうか。
 よくよく見れば、先輩の目の下にはメイクで隠されている隈があった。
 
 ……少しでも負担を減らそう。
 そう思ってデスクにかじりついていたら、その日の晩にはもう連絡が来た。平日だぞ。
 どうやら彼女は、毎日とはいかないまでもずいぶんな頻度で飲み歩いているようだ。アルコール依存症になっていないといいが。
 
 僕は小さくため息をついた。
 
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 彼女は本当にきちんと素直に僕に連絡をくれるようになった。ほぼ毎日。こんな制限をかけられたら普通は頻度が下がるものじゃないのか?
 そんな彼女に思うところは多々あったが、そこはもう置いておくことにする。
 
「……あなたと飲むと本当にちょうどいいくらいで終われます。ありがとうございます」
「……」
 
 そんな妙な信頼をもらったらしい。
 
 彼女が好きなのはお洒落そうなカクテル系だった。酎ハイや焼酎、日本酒、ワインなども飲むらしいが、ビールは苦手だという。
 同期たちと飲むときはビール中心だったから、彼女の付き合いで飲む時間は少し新鮮だった。
 
 酒を飲むのは好きだがあまり知識はないという彼女に、既に知っていたことを含め話のネタとして色々更に調べたことを語ると、原料や成分の話には興味を持つらしかった。情報がほしいとかどうこうではなく、単純にそうした方面に知識欲が向くらしい。この性質タチが今の研究へと結び付いたのかもしれない。防犯用ならシステムやグッズ開発にいきそうなものをと思ったが、このあたりのことがあるんだろう。できる範囲で、何かやろうとした。身を守るために身体を鍛えるという発想にいかなかったのも、興味がなかったからだろう。
 
 困ったのは自身の研究についてまったく触れようとしてくれないことだった。そこは流されないのはさすがと言うべきなのか。多少の警戒はまだみえるとはいえ、自惚れではなく客観的に随分親密な雰囲気には持ってこれている。彼女の監視役をしてくれている仲間が生ぬるく微笑んでいたくらいだ。
 
 それでも、彼女の口から薬学科の研究員だということを引き出した時には、接触してから既に一週間ほどが経っていた。それだけですらだ、思った以上に堅実だ。
 
「……いいかげん、奢ろうとするのはやめてください」
「だってきみ、学生だろう?」
 
 そうでないと知ってはいるが、真実を明かさないわけにいかない状況に持っていける可能性を想定して。
 
「違います。ちゃんと働いています。社会人です」
「本当か? 歳は?」
「に、にじゅう、よん……」
「……本当に?」
 
 僕がにこにこしながら圧をかけるのを躱せる人間なんてそういない。アイツらか鬼教官たちくらいだ。
 
「に、二十一です……」
「……本当か? 免許証を見せなさい。下手したら未成年飲酒で交番だ」
「酷いです! 私はちゃんと成人しています!」
「……免許証」
「……っ」
 
 彼女はしぶしぶといった様子でカバンから免許証を取り出した。
 
「……これは……イギリス発行の国際免許証か。二十一というのは嘘じゃないんだね。けど、どうしてこんなものを?」
「留学、していたんです。期限までには日本で切り替え手続きをします……まだ、先なので」
「飲み歩いてる暇ある?」
「そ、それくらいは……!」
「まだ先とか言ってないで早めにやりなさい」
「……うぅ……」
「本当、子どもみたい」
「子どもじゃないです」
「俺から見たら子どもだよ」
「……っ! あなただって私と同じくらいでしょう? むしろあなたこそ未成年って言われても……」
 
 お前も地雷を踏んだな。でもまあ、熱くなる程じゃない。僕は大人だからな。
 
「……何歳に見える?」
 
 にこっと微笑んでみせる。
 彼女は少しだけ顔をしかめた。
 
「…………あてつけで十六歳とか言ってみたいですが、それくらいの子は鍛えてもあんまり太くなれない気がします。それに、あなたからは成人してる人たちと同様の雰囲気を感じます」
 
 僕は笑みを深めた。成人に見えるという断言ではあっても一言余計だ。
 
「ホォー……十六、ね……」
 
 彼女はびくりと怯えた。逃げられないように腕を掴む。やんわりとにしかならないように注意して。骨ばってはいなくとも本当に細くて、今にも折れそうだ。
 
「……二十一ってことはやっぱり学生じゃないか。大人しく……」
「が、学生じゃないです! 飛び級、ってやつです、もう卒業してて……」
 
 既に知っている情報ではあれど、やっと自分の素性を話し始めた。このまま押し流せるか。
 
「してて? で?」
「そ、その笑顔、怖い、です……」
「で?」
「だ、大学で、研究員をしています」
「証拠は?」
「しょ、証……っ」
「ニュースで見たことあるけど、大学にも社員証みたいなのがあるんだろう? 役所の人が首から下げてるみたいな」
 
 あんまりよく知らないけど知ってるぞ感を出されると誤魔化し難いんだよな。
 
「……!」
 
 彼女は眉根を寄せて困り顔をした。あるのを知られてるなら、ってところだろう。チョロい。大丈夫か。大丈夫じゃないからこんなことになってるか。
 
 彼女はまたおずおずとカバンからIDカードを取り出した。それを受け取って眺める素振りをする。
 
「ふうん。本当に『学生証』ではないね。まあ、きみが社会人だってことは分かったけど……」
 
 そう言って彼女にIDカードを返すと、僕は『俺』の免許証をすっと彼女に示した。
 
「年下だから、大人しく奢られてなさい」
「嫌です! 二個しか違わないじゃないですか! あっちがう、私誕生日まだだから一個しか」
「どっちにしろ年下だ。それに、分担すると支払いが面倒だ」
「私が払います!」
「それはムカつく」
「ええ……!? 世間ではこう、奢ってもらって当然という女性をこきおろす風潮がですね……! 私の名誉が……!」
「誰に対して惜しむの? その名誉」
「ウッ……!」
 
 友達いないんだもんな。可哀想だな。
 
「奢られたくないから、もう連絡しません」
「交番に突き出されたい? 家まで追いかけられたい?」
「っっっもううううっ、なんですかその頑固さと極端さっ」
「俺には名誉を惜しみたい友達がいっぱいいるんだ。観念して諦めて」
 
 経費で落としたりしないからいいだろ。僕の意地みたいなものだ。面倒なのも本当。
 
「……きみと話すのはなかなか楽しいんだよ。これでもね」
 
 酒の話とかは楽しかったからな。
 彼女は少し面食らったような顔をした。本当、このへんはチョロいんだよな……。
 
「ひとことよけいです」
「ふふっ……それに、薬の研究員とかしてるなら、もっと難しい話題にしても平気だろう?」
「……難しい話題?」
「きみと酒の話をするのは楽しい。そのうちカクテル作りの良い案が出てきそうじゃないか。成分とかまで考えての、さ」
「……お仕事に必要な協力でしたら、お金を取らなきゃいけなくなりますよ」
 
 それを奢るだの奢られるだのに当てた気分になってくれればいいんだが、彼女もたいがい頑固だしそう甘くはいかないんだろう。だから、話題に出ただけのことにする。
 
「まさか、趣味だよ。ウチの店で重要なのは味だのなんだのじゃなく、雰囲気と値段だからね」
「……い、嫌なことを聞いた気がします……」
 
 はったりだけど。そもそも『ウチの店』なんてない。そんな横柄な店がそうあるとも思わない。だが興味がないのかどこの店かなんて彼女が聞いてきたことはない。探られそうなそぶりさえない。きっとこれからもないんだろう。
 
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 あれ以降、あれこれとカクテルについて語り合っているうちに、何気ない接触では妙にびっくりされないようになっていった。ただし意図的に手を伸ばしかけると未だに避けられる。そして相変わらず彼女の研究については少しも触れさせてくれない。ストレートに聞いても、探ってみても、だめだった。
 
 アルコールその他さまざまな成分の話をしていると、多少食い込めそうにはなるのだが、うまく躱されてしまう。
 
「……なかなか気を許してもらえません。面目ありません」
 
 人心なんてそう転がせるものじゃない。相性なんかも考えればなおさら確実なことはない。とはいえ、焦りが無いと言えば嘘になる。……が。
 
「お前は根っから良い奴だからな。むしろ彼女は絆されてるんじゃないかと感じた」
 
 相談した先輩から返ってきたのは意外な言葉だった。
 今でもまだ、たまに先輩が監視をしていることもあるらしい。
 
「……え?」
「彼女も危ない橋を渡っている自覚はあるんだろう。だから、よく知らない他人には素性すら明かさないし、多少近づいた相手には……危険が及ばないよう、滅多なことを語らない。そういう類の人間と見える」
 
 僕は目を丸くする。
 
「ぽやぽやしているようでいて、一番厄介な相手だな」
「ぽやぽや……」
 
 ふっと先輩は笑った。
 
「様子を見ていて本気で願ったよ。彼女が自ら進んで組織に協力しているわけじゃないことをな」
「……」
 
 そう、それすらまだ、分からないんだ。
 先輩がすっと真剣な顔をする。
 
「降谷……彼女の取り引き相手とおぼしき男が、再び米花町に入ったそうだ」
 
 僕は絶句した。ひらりと先輩が一枚の捜査資料を渡してくれる。そこには彼女の時の資料と同じ程度の、一人の男の情報が詰まっていた。目つきの悪い黒服の、目線の合わない顔写真が貼り付けられている。
 そして先輩は何かを机に置いた。成分表のようなものも添えられていて内心少し穏やかじゃなくなる。
 
「彼女とお前の優しさは本件の上では相性が悪い。すべて終わった後に嫌われる覚悟があるなら早々に一線を越えろ。……勧めたのは俺だ」
「……!」
「他に手がありそうなら頑張ってみろ。……嫌われるのはな、どんな奴でも案外堪える。そういうのは自分のためにも、相手のためにも、極力排除しなきゃならない。そして公安だからってバンバン違法行為をしろなんてことはない。だが、時間がない。最悪彼女の技術は組織に流れ、そして彼女も死ぬ」
「……」
「……ああいう人は、少し近づいたどころじゃなく恋人くらいになれば、頼って全部話してくれるかもしれない。……だが忘れるな。お前が惚れるなよ」
「その点は問題ありませんよ」
 
 僕はふっと笑う。
 
「公私混同はしない主義なんです」
 
 先輩は、少しの嘆息を混ぜながら苦笑した。
 
「公僕の鑑か。まったく、恐ろしい後輩だよ」
 
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『勧めたのは俺だ』か。
 新人の後押しとしては間違っていないんだろう。一歩踏み出す切っ掛けがつかめないことなんて誰にでもある。ましてや今回、時間が無さ過ぎた。
 
 変装していて、恐らく名も偽りのものだ。けれどそんな『先輩』を恨みの対象にできる隙を作ってもらってしまった。
 
(僕もまだまだだな)
 
 新人が何を、だが、配属されたらもう僕たちはプロなんだ。
 
 そんな遣る瀬無さをひとまず置いておき、僕は渡されたモノを眺める。
 成分表からすれば、きっと一時的にぼうっとして、動けなくなる。言い合いの負担をすっとばしてしまえるモノ。後遺症や依存性は確認されていないとある。一応の確認で少し舐めた程度の僕にはなんともなかった。
 
 まったく恐ろしい。こちらはある程度の服用量が要るとはいえ、彼女をとやかく言えないだろう。
 しかし、世に出そうとする危険を考えられなかった、あるいは考えないようにしたかもしれない分、彼女には責があるのかもしれない。 
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