東方守勢録
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第六話
見覚えのある紫を基調とした服装。それに日傘を差しながら奇妙な雰囲気を醸し出すその風貌は、三人が良く知っている人物そのものだった。
「紫じゃない!あんたどこ行ってたのよ!!」
霊夢がそう聞くと紫は「ちょっとそこまで?」と笑いながら答える。そこにいた誰もがなにがちょっとそこまでだと心の中でつっこんだ。
「まあ何はともあれご無事で何よりです……紫様」
「どこに行ってたんですか!?スクープがあったら教えてください!」
まあ紫がどこで何をしていたかは別として、久々の再開であることには変わりない。霊夢達は笑いながら再開を喜びあう。
そんな四人を少し離れた位置で見つめる人物がいた。
「あの……紫? 状況が読めないんだけど……」
二・三分ほど彼女達を眺めてた後、その人物は紫に近寄ってふと問いかける。ちなみにその人物とは、言わずもながらさっきスキマに落とされた俊司のことだ。
「あれ……さっき話さなかったっけ?仲間のところに連れて行くって」
紫はそう言ってキョトンとしていた。そんな反応に俊司は思わず溜息を洩らしてしまう。
しかしその彼のすぐそばで攻撃的な視線を送る人物がいたことを、俊司はこの時まだ気づいていなかった。
「そう言ったって――」
「動かないでください」
紫と話していた俊司の喉元に、突如一本の刀が突き付けられた。あまりに急な出来事に俊司は言葉を飲み込んでしまいなにもしゃべることができない。
目の前に立った半人半霊の少女の目は、完全に彼の事を敵として見ていた。
「その服装……その武器。明らかにこちら側の人間ではないですね。あなた外来人でしょう?」
「そっ……そうだけど、俺は紫についてきただけで…」
「とぼけないでください。紫様どうしますか?」
俊司の弁解に耳を向けることなく、妖夢は紫に判断を仰いでみる。すると紫はなぜか不気味な笑みを浮かべていた。
「ちょうどいいわ。妖夢、その子一回切ってみて」
「はあ!?」
まさかの発言に俊司は驚きを隠せないようだった。今つきつけられている刀で俊司の体を切れと言っているのだ。もちろん何かを考えてのことだろうが、もしものことがあれば洒落になんてらない。
それに妖夢が握っている刀はおそらく楼観剣のほうだろう。楼観剣は一振りで幽霊十匹分の殺傷力を持つと言われているが、そんなもで体を切られたらひとたまりもないのは目に見えていた。考えただけでも虫酸が走る。
「わかりました」
しかしそんな事には気も触れず、妖夢は二つ返事で引き受けていた。
「えっ!? ちょっとまって!」
「待ちません」
尻込みしながら後ずさりをする俊司を無視して、妖夢は刀を構えて殺気を振りまく。さすがに俊司も戦闘の素人とは言えど、これだけ殺気を露わにされては気付かないわけがない。体中から冷や汗が滝のように流れ始めていた。
「祈りは済みましたか?」
「済んでない!」
武器を持っているにも関わらず反撃しようとしない少年に呆れたのか、妖夢は残念そうに溜息をはいた。
「じゃあそのままでいいでしょう……では……はああ!」
妖夢は刀を一気に振り彼の首元を切り裂こうとする。恐怖に心を奪われていた少年は、何も動かすことができず首元に入ってくる刀を見ることしかできなかった。
しかし刃が首元まで数センチまで差しかかった瞬間、動いていた歯車は瞬く間に止まってしまった。
「えっ……あ……また……」
俊司は流れるように進んでいた刀がピタリと止まった瞬間思わずそう呟いていた。周囲を見渡してみると、あの時のように誰一人動こうとはしない。そして当然のように浮かび上がった光る物体。どうやら条件がそろって俊司の能力が発動したみたいだ。
(なんかいやな予感しかしないなぁ……紫は何を考えてるんだ?)
そう思いながらも渋々その場所に立つ俊司。それもそのはず、このまままた時間が動き出しても、目の前の女の子との勝負は避けられないからだ。一応武道に関しても外の世界で軽くやってはいたが、相手は剣の達人だ。ほぼ素人状態の俊司が敵う相手ではない。
それでも時間は無情にも動き始めるのだった。
「なっ……!?」
相手の動きを気迫で抑え確実に喉もとへ送り込んでいた刀は、無残にも大きく空を切っていた。相手がよける様子も見せていなかったにも関わらず、少年の姿はあとかたもなくその場から消え去っていたのだ。能力を使われたのか、はたまた急激に加速して攻撃をよけただけなのかはわからない。いろいろと考える妖夢だったが、答えがでるのはその数秒後だった。
「……なんの手品ですか?」
妖夢は微かに感じ取っていた背後からの気配にそう問いかける。そのままゆっくりと振り返ると、めんどくさそうな顔をした俊司がこっちを見ながら立っていた。
「なんでこの現象を目の当たりにした人って、マジックとか手品とか言うんだろうか……」
「変なことを言わないでください。次は外しません……」
妖夢は刀を構え直し俊司を威嚇するが、目の前の少年は依然と呆れた表情をしたまま動こうとはしない。それどころか辺りをきょろきょろしながら何かをうかがっているようだった。
(……やっぱりか)
俊司は辺りの様子を伺いながら紫の反応を見ていたが、彼女はニコニコしたままこっちを見ていた。おそらく紫は俊司が能力なしでどれだけ戦闘を行えるかが見たいのだろう。だとしたら妖夢に切れと命令したのは、能力の発動条件を確認したかった可能性が高い。どちらにしろ俊司にとっては迷惑な話なのだが。
俊司は大きく深呼吸して腹をくくった後妖夢を獅子のような目で睨みつける。気迫の変わりようにびっくりしたのか、妖夢は少し体を震わせ目を丸くしていた。
(雰囲気が変わった……あの外来人……なにか変な感じがする……)
目の前の少年は外来人とは思えない気迫を放ってくる。見かけ倒しにも見えるが、それにしては気迫の濃さが濃すぎる気がしていた。
内心戸惑いながらも警戒を解かない妖夢。命令をきちんと聞く忠実な彼女に感心しながらも、俊司は静かに溜息をついていた。
「妖夢さんも大変ですね……」
外の世界で覚えていた彼女の名前を呟くように言うと、目の前の少女は目を見開いて驚いていた。
「なんで私の名を!」
「まあいろいろあるんですよ……はぁ」
説明がめんどくさい俊司は溜息でごまかす。しかしその溜息が妖夢の不信感をかうことになってしまった。
「くっ……なら切ってみるまで! はあっ!」
妖夢は刀を握り直すと、一気に距離を詰めて俊司の胴体を切り裂こうとする。これだけ速度を出していれば外来人の少年に避けられるはずがない。
しかしただの外来人なんかを紫が連れてくるはずがなかった。
(これでもらっ……)
「これって横切りだよね?」
「なっ!?」
俊司は妖夢の攻撃に動じる様子もなく、軽くバックステップをして攻撃をかわそうとする。すると俊司の体は楼観剣の刃先をそうようにして軌道から外れ、妖夢の攻撃は大きく空を切った。
(外来人なのに……これをよけるんですか……?)
外来人の人間とは思えない反応速度に度肝を抜かれた妖夢。それに攻撃を避けた俊司は顔色一つ変えていない。まるで当然のことだと言わんばかりだ。
しかし俊司自身はそう思ってはいないようだった。
(あっぶね~ギリギリだ。相手が油断してるから避けれたけど本気だったら……あとは、瞬発力と思考がどれだけもつか……)
俊司は妖夢の急激な加速に反応できていたわけではなかった。一瞬反応が遅れ避けきれないと判断した彼は、彼女がどう攻撃するかを言葉にすることで振る速度を少し遅くさせたのだ。結果刃先すれすれではあったが攻撃を避けることができ、相手の動揺も招く事が出来た。
「まだまだ!」
妖夢は動揺する自分を無理やり冷静にさせると、再び俊司に攻撃を加える。しかし俊司はまるで攻撃パターンが分かってるかのように攻撃を避け続けた。まあ当の本人は妖夢の足の動きを見て勘で避けているだけなのだが。
そんな中紫はこの状況を真剣な顔つきで見ていた。
「文! 私たちも戦うわよ!」
「待ってました霊夢さん! では、いきますよ!」
「待ちなさい二人とも」
妖夢の加勢をしに行こうとした二人を、紫はその一言でひきとめた。
「待てって……相手は外来人よ? なにをためらう必要なんて……」
「私はいつあの外来人は敵だって言ったかしら?」
確かに紫は俊司の事を外来人の敵だとは言っていない。ただ妖夢に切れと言っただけだ。言いかえれば殺すなとも言っていないことになる。
霊夢と文は紫が何を言っているかわからずキョトンとしていた。
「えっ……じゃあ、あの外来人は敵じゃないとでも言うんですか?紫さん」
「ええ。あの子は敵じゃないわ。」
紫は真面目な表情をしたままそう答える。
「じゃあ!なんで妖夢と戦わせて……」
「俊司君の能力だめしよ。身体的にも……特殊能力的にもね」
戦闘が始まって数分後、妖夢と俊司の一騎打ちは徐々に結末を迎えようとしていた。
「攻撃しないんですか!このままでは時間の問題ですよ!」
戦闘が始まってから俊司は一度も妖夢を攻撃しようとはしなかった。本人にとっては別に戦闘する理由もないし、個人的に相手を傷つける意味もない。
「はあ……はあ……生憎……こっちには……攻撃する理由は……ないんでね!」
そう言った俊司はもう息が切れており、足の動きも徐々におぼつかなくなっていた。いくら文武両道の才能を持っていたとしても、戦闘は素人でしかない。戦闘慣れしている妖夢との差は歴然だ。
それに妖夢はまだ力を温存しているようだった。
「そうですか……なら、一気にけりをつけさせてもらいます!」
妖夢は地面を力強く蹴りだし、さっきと比べて断然速い速度を作り出す。
(はやっ!? こっちはもう体力の限界だっての!)
さっきまでのスピードに体を合わせるのがやっとだった俊司は、顔に焦りの色を浮かべていた。足の速度も目にとらえられるものではない。それでもなんとか攻撃を避けようと足を無理やり動かす。
しかし少年の足はすでに限界を超えていたようだった。
(ぐっ……足が……)
一歩分足を動かした瞬間、彼の足から力が抜けだしバランスを崩し始める。そのせいで上半身はガラ空きとなり完全な隙が出来てしまう。それを剣の達人が逃す訳がなかった。
「そこっ」
「やばっ……」
妖夢の攻撃は俊司の腹部に向けて一直線に繰り出される。バランスを崩しているのでよけることもできないし、かといって攻撃を防御する手段もない。無残にも刀の軌道を目で見ることしかできなかった。
その様子を静かに見ていた紫は、静かに溜息をついていた。
「潮時ね……そこまで!」
紫の声が急に響き渡ると同時に、妖夢の攻撃はピタリと止まった。
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