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梨園の夢

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第五章

「宜しければ」
「しかしもう余には」
「過ちを犯したと仰るのですか」
「そうだ。それでどうして」
「私も何かとです」
 呉はここでこう言った。
「過ちを犯します」
「そうなのか」
「仕事で失敗をして旦那様に叱られています」
「それでか」
「そうです。しかし過ちだけではありません」
 生きていればだというのだ。
「よかったこともありますので」
「そうしたことをか」
「そうです。そうしたことも思い出されてはどうでしょうか」
「罪を犯してもそれでもか」
「人にあるのは罪だけではありません」
 こうも言う呉だった。
「ですからどうか」
「罪だけではないか」
「そうです。ここでは楽しかったことも多いですね」
「かつてはな」
 玄宗もそのことは認めた。他ならぬ楊貴妃との思い出がここにはある。かつての満ち足りた日々がある。
 そのことは確かだ。そして呉もそのことを今言うのだ。
「ですから。どうか」
「そういうことも思い出していいのか」
「罪を感じられてもです。それが陰ならば」
「思い出は陽か」
「そうなるかと。世は陰陽の二つで成り立っていますから」
 呉はこの国の独特の考えからも玄宗に話した。
「ですから。どうでしょうか」
「そうしてみるか」
 玄宗はやや落ち着いた顔になって述べた。
「楽しみも思い出してみよう」
「はい、そうされて下さい」
「済まぬな。幾分心が晴れやかになった」
 呉のその言葉によってだとも述べる玄宗だった。
 そして張に顔を向けてこうも言った。
「そなたの従者のお陰だ」
「有り難きお言葉」
「余は暫くここにいる」 
 この梨園にだというのだ。
「そして色々と思い出してみよう」
「そうされますか」
「うむ。それではな」
 玄宗はここでその両手をぽんぽんと叩いた。するとだった。
 三人の周りに人が出て来た。玄宗はその彼等を出したうえで張と呉に述べた。
「では褒美も用意する。後はだ」
「案内して頂けますか」
「梨園の外まで」
「うむ、そうしよう」
 玄宗は二人に微笑んで無言で礼もした。そうして二人に褒美を与えてそのうえで梨園の外まで案内させた。席のところに立ち二人の姿が見えなくなるまで見送った。
 その見送りを受けて梨園を後にして本来の仕事も終えた。張は長安を去る時にこう呉に言った。
「済まないな」
「上皇のことですか」
「御心が少しだが救われた。いいことだ」
「私は」
「そなたの言葉で救われた」
 呉が言うよりも先の言葉だった。
「まことにな。しかし」
「しかしですか」
「人は罪を感じるだけでは駄目か」
 呉が玄宗に言ったことを自分でも言うんだった。
「そうだな。それだけではな」
「心が陰に覆われてしまいます」
「それはよくないな。実際にあの方はな」
「はい。その御心が」
 陰に覆われて沈みきっていた。だからこそだったというのだ。
「僭越ながらああして」
「そのことに礼を言う。まことにな」
「左様ですか」
「あの方はもう黄昏に入られている」
 ただ退位しただけではなかった。そして年齢のことだけでもなかった。
 その心もまた、張もその心を見ていたからこその言葉だった。
「せめてその黄昏がな」
「少しでもですか」
「救われたままな。そうしてな」
「過ごされるとですね」
「いいと思う。全ては昔のことだが」
 梨園のことも楊貴妃のこともそして賑やかだった長安も。その全ては昔のことになっているがそれでもだというのだ。
「その昔のことを思いあの方の黄昏が少しでも救われるならな」
「それでいいですね」
「そう思う」
 こう言いながら長安を後にする。二人が見る長安は確かに寂しくなっているがかつての賑やかだった姿も思い出して微笑む。黄昏の中にあっても幾分か楽しさを見て二人も幾分か救われた気持ちになって成都に戻った。玄宗のことも気遣いながら。


梨園の夢   完


                              2012・8・31 
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