梨園の夢
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第三章
「付き合わぬか」
「お供ですか」
「そうじゃ。久方ぶりに会ったのじゃ」
それでだというのだ。
「梨園に来ぬか」
「あの園にですか」
「うむ、そちらの者もな」
玄宗は呉も見て言う。
「来るか」
「宜しいのですか?」
「余が許す」
既に皇帝ではない。だから朕という一人称ではなかった。
「よい」
「何と。それがしの様な者にまで」
「では行くとしよう」
先の皇帝に許しを貰い感激する呉にも久方ぶりに会う張にも言う。
「今からな」
「わかりました」
張が応える。そうしてだった。
二人は玄宗に案内されてある場所に向かった。そこは。
緑の園だった。草木が奇麗にあり特に白い花達がある。そして特に梨の木々がある、どれも美しい、しかしだった。
やはりこの園の草木も梨達もあまり整えられておらず枯れてはいないまでも何か弱い。衰え覇気がない感じだ。それを見て呉が言う。
「ここは一体」
「梨園だ」
そこだとだ。張が答える。二人は玄宗の後ろにいる。今その梨園にいるのは三人だけでそれが余計に寂しい感じを引き立てていた。
その寂しい世界の中で張は呉に話した。
「ここはな」
「梨園ですか」
「そうだ。万歳爺はよくここで遊ばれたのだ」
「あの、ではここは」
呉は玄宗が遊んでいる場所と聞いて恐れ多さを感じた。それでぎょっとした顔になってこう言ったのである。
「私の様な者が入られる場所では」
「余が入れたのだ。気にするな」
しかしその呉に玄宗が振り向いてきて微笑んで言う。
「特にな」
「そうですか」
「とはいってももうここには誰もいない」
玄宗は前に向き直り寂しい顔で述べた。
「余以外はな」
「そうですか。誰もですか」
「来る者も楽しむ者もいない」
玄宗は言っていく。
「そうした場所になった」
「じゃあ前は」
「楽しんだ。貴妃と共にな」
そうしていたというのだ。
「かつてはな。しかしだ」
「今はですか」
「もう誰もいない」
玄宗はまたこう言った。
「貴妃もな」
「そうですか」
「そうだ。ではだ」
「では?」
「席はあそこだ」
見れば屋根と柱がありその下に席が置かれている。玄宗はその場所を見つけてあらためて二人に述べた。
「あそこに座ろう」
「そしてですね」
「そうだ。話をしよう」
そうしようと言ってだった。二人は玄宗の言葉に従い彼と共にその席に着いた。玄宗は席に着くとまずは申し訳なさそうにこう言った。
「茶も出せぬ。済まぬな」
「いえ、その様な恐れ多い」
「上皇様にそうしたお気遣いを為されることは」
「余はもう万歳爺ではない」
そうだというのだ。
「いらぬ気遣いだ」
「そうですか」
「茶はない。しかしここで話そう」
玄宗はまた言った。
「それではな」
「はい、それではですね」
「今から」
二人も玄宗の話を聞く。その玄宗はこう話した。
「余は誤った」
遠い、そして悲しいこれ以上はないまでに悲しい目になっての言葉だった。
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