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エゴイストのロマンティズム

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第一章

                エゴイストのロマンティズム
 その初老の男がバーで飲みながら言った。
「私は自分勝手なんだよ」
「そうなんですか」
「とてもね」
 バーテンダーの桐生幹夫落ち着いた雰囲気で黒髪をオールバックにした細目で長方形の顔の長身の彼に話した。
「だから飲むのはいつもね」
「お一人ですか」
「それで飲むんだ」
 こういうのだった、実に温和そうでしかも気品のある眼鏡をかけた人物である。
「こうしてね」
「そうですか」
「カクテルもね」
 今飲んでいるスクリュードライバーを見て話した。
「このお店にも時々来るけれど」
「何度か来られてますね」
 桐生もこう返した。
「確かに」
「そうだね、そしてね」
「こうしてですか」
「一人で飲んでるんだ」
「そうですか」
「自分勝手でエゴイストだから」
 それ故にというのだ。
「こうしてだよ」
「お酒もですか」
「一人で飲むんだ、そしてね」
 そのうえでとだ、静かな声で話した。
「お店の雰囲気を。お酒と一緒にね」
「楽しまれていますか」
「そうなんだ、こうして飲んで」
 微笑みつつ飲んで話した。
「楽しんでいるよ」
「そうですか」
「この静かな雰囲気と」
 照明は暗めでモダンな雰囲気だ、ステンドガラスも見えてカウンターには様々なボトルもあり他の客も静かである。
「お酒自体をね」
「お酒はどうでしょうか」
「美味しいよ」
 微笑んで答えた。
「とてもね」
「それは何よりです」
「では自分勝手にね」
 そのうえでというのだ。
「楽しませてもらうよ」
「これからもですか」
「そうさせてもらうよ」
 こう言ってだった。
 彼は酒を飲んでいった、そして一時間程店にいてそれから店を後にした。それから一週間位したらまた来てだった。 
 一人で飲んで静かに楽しんだ、桐生にとてはそうした客もいるというだけだったが。
 ある日だ、店の若い客がカウンターでその彼と入れ替わりに来て言ってきた。
「うちの部長来てましたね」
「部長といいますと」
「あの」
 若い客はその部長の容姿を言った、するとその客のままだった。
「部長です、いやまさか部長がバーで飲むなんて」
「意外といった感じですね」
「実はです」
 若い客は言った。
「部長バー飲む感じじゃないんですよ」
「会社ではですか」
「気配りが出来て公平で物凄く優しくて」
 そうしてというのだ。
「仏様みたいな人ですよ」
「そうですか」
「あんないい人いません」
 桐生にこうも言った。
「本当に」
「そうですか」
「ええ、自分よりも他の人です」
「そうした人ですか」
「理想の上司です、あんないい人はいません」
 こう言ってだった。 
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