【KOF】怒チーム短編集
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突然の再会
三か月ぶりに床屋で散髪してアパートに戻ってくると、エントランスの前に一人の少女が立っていた。
豊かに波打つストロベリーブロンドが印象的な長身の少女だ。このアパートの住人だろうか。
ところが、少女は辺りをきょろきょろと見回しているばかりで、一向にアパートに入っていこうとしない。誰かを待っているのだろうか。
ふいに少女と目が合った。
ラルフはとっさに笑顔を作る。
少女もまた愛嬌のある微笑みを返してきたが、すぐにはっとした表情に変わった。そしてためらいがちにラルフのもとへ歩み寄ってきた。
「あの……もしかして、ポール・ジョーンズさんですか?」
出し抜けにそう問われ、ラルフは動揺した。少女が口にした『ポール』という名は本名だからだ。
ラルフという名は、アメリカ陸軍の特殊部隊に所属していた頃から使用しているコードネームであった。
――なんだってこの娘が俺の本名を知ってるんだ? 善良な市民を装ったスパイか? 刺客か? それとも……。
頭の中であらゆる可能性を弾き出し、最大限に警戒しつつ少女の問いに答える。
「ああ、そうだが……なぜ俺の本名を知ってるんだ?」
ラルフは肯定しながらも問い返した。
途端に少女は青い瞳を輝かせ、「父さん!」と呼んで抱きついてきた。
「えっ!? あ……」
想定外の展開にラルフは困惑した。相手が娘である可能性を全く考慮していなかったのだ。
「それじゃ、お前は――」
ラルフは娘の名前を呼び、少女が自分の娘であることを確認する。
少女は強く頷き、満面の笑みを浮かべた。
「そうだよ。あたし、父さんの娘だよ」
「そうか! 久々に会えて嬉しいぜ」
ラルフは約十年ぶりとなる娘との再会に歓喜した。
「せっかく会いに来てくれたのに、こんなところで立ち話ってのもなんだな。ちょうど部屋に戻るところだから、一緒に来な」
「うん」
嬉しそうに頷いた娘を伴い、エントランスのオートロックを解除してアパートの中に入る。
奥に設置されているエレベーターに乗って最上階で降り、部屋のドアを開けた。
最低限の家具が設置されているだけの殺風景な部屋を見て、娘が小さな溜め息をつく。
「父さん。こんな素敵な部屋に住んでるんだから、もっとインテリアに気を遣えばいいのに」
「いいんだよ。どうせ年に二、三か月しかここにいないから、最低限の物しか置かないようにしているんだ。あれこれ揃えると掃除が面倒になるしな」
「そうなんだ……。あたしが子どもの頃と変わらないんだね。家を空けがちなのは」
娘の言葉が胸に突き刺さり、ラルフは反射的に目を伏せた。
あの当時はアメリカ陸軍の特殊部隊に所属していたが、訓練や任務の都合でほとんど家に戻れない状況だったのは今と変わらない。
そのせいで幼い娘に寂しい思いをさせてしまったことを、今日に至るまでずっと後悔し続けてきた。
「……あの頃は寂しい思いをさせてすまなかった」
「仕方ないよ。特殊部隊にいたんだから。厳しい訓練や命懸けの任務で長期間拘束されるんでしょ? 大変な仕事だったよね」
娘は過去のラルフの事情を汲むように言い、微笑した。
幼い頃は戦地へ赴こうとする父の脚にしがみつき、泣きながら引き止めていたというのに、ずいぶんと物分かりが良くなったものだ。
ラルフは成長した娘の気遣いをありがたく思う一方で、いっそのこと父親失格だと詰られたほうが気が楽になったかもしれないとも思った。
複雑な感情を抱えたまま、娘をダイニングに案内する。
それからキッチンに立ち、引き出しからマグカップとスプーンを取り出してインスタントコーヒーを二杯淹れた。
ラルフは湯気の立っているマグカップを娘の前に置き、
「まだメシ食ってねえんだろ? ピザでも注文すっか? それとも外に食いに行くか?」
「どっちでもいいけど……父さん、もしかしてずっとそんな食生活をしてたの?」
娘が心配そうに尋ねてきた。
ラルフは首を横に振り、
「まさか。たまの休暇の時だけだ。仕事柄、不摂生なんかして太るわけにはいかねえからな」
と言って椅子に腰を下ろした。
「ふーん、そうなんだ。今は何の仕事をしてるの?」
「傭兵をやっている」
「傭兵!? どこかの国の傭兵部隊にいるの? それとも、民間軍事会社に雇われてるの?」
娘が興味津々といった様子で尋ねてきた。
ハイデルン傭兵部隊は特定の国の傘下に置かれているわけではない。
しかし、一般的な民間軍事会社とも微妙に立ち位置が異なる。何とも説明しがたい傭兵組織なのだ。
ラルフは腕を組んでうーんと唸り、「ま、民間軍事会社に近いな」と答えた。
「そっか。何ていう会社にいるの?」
「おっと、そいつは言えねえな。無事に傭兵を引退できる日がやって来たら教えてやるよ」
娘は「えーっ」と不満そうな声を上げ、口を尖らせた。ラルフの記憶に残っている幼い娘と何ひとつ変わらない仕草だ。
まだかろうじて幸せな家庭を維持していた頃の思い出が蘇り、ラルフは淡い寂寥を覚えながら微笑んだ。
「それより、今夜のメシはどうするんだ? 何でも好きなもんを食わせてやるぞ」
「うーん……ピザにしよっかな。外よりここのほうが気兼ねなく話せるでしょ? 父さんは仕事柄、外じゃ話せないこともたくさんあると思うからさ」
「そうだな。じゃ、早速ピザを注文しよう」
ピザショップのチラシを持ってきたラルフは、どのメニューにするか娘と相談し、野菜のピザとバーベキューチキンピザ、フライドポテトを電話で注文した。
「これでよし。ところで、お前は今、何をしてるんだ?」
「今年の秋から大学に通ってるよ。高校は父さんのおかげで卒業できたよ。ありがとう」
笑顔で礼を述べた娘を見て、ラルフは首を捻る。
「俺のおかげで?」
「そう。父さん、あたしの養育費を毎月送ってくれてたでしょ? そのおかげで何とか高校に通い続けることができたんだ」
「そうだったのか……」
ラルフは暗澹たる思いに駆られ、沈んだ息を吐いた。
娘の話から察するに、母娘二人での暮らし向きは決して楽なものではなかったようだ。
俺のせいで、娘にいらぬ苦労をさせてしまったかもしれない……。
ラルフは父親として至らなかった己を責めた。
「そういや、お前の母ちゃんはどうしてるんだ? 元気にやってんのか?」
「うん、元気にしてるよ。今は保険の営業をやってる。毎日大変だーってこぼしてるけどね」
「ああ、その仕事は大変だろうな。シールズ隊員並のタフな精神力が必要だ」
あえて冗談めかして言うと、娘は声を立てて笑い、「そうだね」と頷いた。
それから二人は積もる話に花を咲かせた。
娘は父と離れ離れに暮らしていた期間の出来事をおおまかに話したあと、母親や友人、キャンパスライフについて楽しげに語り始めた。
新しい父親がどうのという話題は一切出てこない。おそらく、別れた妻は再婚せずに一人で娘を育ててきたのだろう。
あるいは、この十年ほどの間に再婚して数年で離婚したのかもしれないが。
ラルフとの結婚生活が十年と持たずに破綻したのと同じように。
一通り近況を話した娘は、わずかに残ったコーヒーを飲んでから再び口を開いた。
「最近まで母さんと一緒に暮らしてたから、父さんのところに行きにくかったんだけど……今は友達とルームシェアしてるから、母さんに気兼ねしないで父さんに会いに来れるよ」
「そうか。だったらいつでも訪ねておいで――と言いたいところだが、俺は仕事柄、家を空けていることが多いし、連絡もつかねえことが多いからなあ……」
「えーっ。じゃあ、父さんに会いたい時はどうすればいいの?」
「俺のほうから連絡しよう。いつからいつまで休暇だってな。その中からお前の都合のいい日を指定してくれりゃ、車を飛ばして会いに行くよ」
「ほんと? じゃ、連絡先を教えて」
「おう、いいぜ。ちょっと待ってな」
ラルフは充電器に置いてあるスマートフォンを手に取り、娘と連絡先を交換した。
「ありがとう。これでまた父さんに会えるね」
そう言って娘は嬉しそうな笑顔を見せた。
ラルフはすっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干し、マグカップをテーブルに置いた。
その時、インターフォンの音が鳴り響いた。注文したピザが届いたのだろう。
椅子から立ち上がり、インターフォンの受話器を取って対応する。しばらくすると配達員がやって来て、注文の品をラルフに手渡した。
「ピザが届いたぞ。温かいうちに食べよう」
「うん」
娘の明るい返事が聞こえてきた。
ラルフはピザとフライドポテトが入っている箱をダイニングに運び、テーブルに置いた。
手早く箱を開けたラルフは、「先に食ってていいぞ。俺はコーヒーを淹れてくる」と言い置いてキッチンに向かった。
「父さん。あたし、カフェオレが飲みたいな」
背後から娘の甘えるような声が聞こえてきた。
ラルフは「了解」と返事をして、娘のためにカフェオレを淹れてやった。
「ほーら、ミルクたっぷりの特製カフェオレだぞ」
「わあ、ありがとう」
娘は目の前に置かれたマグカップを覗き込み、頬を綻ばせた。
熱々のブラックコーヒーが入ったマグカップをテーブルに置き、ラルフは娘と夕食をともにする。
一人で食べるピザも悪くはないが、娘と一緒に食べるピザは格別に美味かった。
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