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第一章

                文字が書けると
 メンフィスに住む農家の息子ナイルの隣にはトトスという老人が暮らしている、彼は今は引退しているがかつては神官だった。
 穏やかで気のいい老人で神官として学んできた知識や教養で近所の人達を助けることが多いので慕われていた、そして子供好きでもあり。
 ナイルを可愛がった、そのうえで彼に何かと教えていた。
「世の中はそうなっているんだ」
「ファラオ様がおられて」
「そしてお仕えする人達がいて」
「政治をやってるんだ」
「そう、そして政治にはな」
 ナイルを家の中に入れて優しく話した。
「文字というものが必要で」
「皆それを使ってるんだ」
「そして政治をして」 
 そうしてというのだ。
「必要なものを書き残しているんだ」
「そうなんだ」
「文字を使えば」
 老人はさらに話した。
「こんな便利なことはないんだ」
「そうなんだ」
「文字を知りたいか?」
 老人は小さな男の子に尋ねた。
「そうしたいかい?」
「覚えると便利なんだよね」
「ああ、そうだよ」
 その通りだとだ、ナイルに優しい顔で答えた。
「こんな便利なことはないよ」
「じゃあ教えて」
 ナイルはトトスに答えた。
「便利なものなら」
「わかった、じゃあこれから教えるな」
「そうして」
 こうしてだった、ナイルはトトスから文字を教わった。老人は普通に使われる文字だけでなく神官達が使う文字も教えた。
 ナイルは老人に文字を教わりつつ育っていった、そしてだった。
 すくすくと成長し農家の仕事で鍛えられた身体を持つ日に焼けた顔と岩の様な顔を持つ青年になった。彼は家の仕事を手伝っていたが。
 ある日街に出てだ、自然とだった。
 周りの状況がわかって動くのでだ、そのことに気付いた同行していた叔父が言った。
「お前ここのこと知ってるのか」
「いや、はじめて来たよ」
 小柄で優しい顔の叔父に笑顔で答えた。
「ここは」
「その割によく動けるな」
「いや、ここに書いてある文字を読むと」
「文字?お前読めるのか」
「今も隣に住んでいるお爺さんに教えてもらったんだ」
 叔父に笑顔のままこのことを話した。
「実は」
「そうなのか」
「叔父さんは読めないんだな」
「ふつう読めないだろ」
 これが叔父の返事だった、二人で賑やかな街の中を歩きつつのやり取りだ。
「百姓の家にいるのにな」
「そうなんだな」
「ああ、俺もかかあも読めないしな」
 それにというのだ。
「ガキ共もな、お前の家もそうだろ」
「俺に妹達は読めるよ」
「その爺さんに教わってか」
「それでな、ただ親父とお袋はな」
「読めないな」
「そうだよ、俺達は読めても」
「それが普通だよ、ここにいる連中だってな」
 街にというのだ。
「大抵の奴はな」
「読めないか」
「そうだよ、それこそ神官の人達でもないとな」
「その爺さん元神官さんなんだよ」
「それでその人から教わってか」
「読めるよ」
 きっぱりとした口調で答えた。 
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