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偽マフティーとなってしまった。

作者:連邦士官
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1話

 ジャージに無精髭、ロシア風の顔立ち。朝、そうなっていたらどんな気分だろうか?私、肥田、肥田慎吾は朝起きたらそのように変わっていた。

 新聞が届いている。何故か英語が読める。オエンベリと書いている。マフティーはシャアの‥‥シャア・アズナブルの再来、ニュータイプの顕現と書かれ、ラプラス宣言の解説が次に続く。

「冗談じゃない。」
 ガンダムの世界だ‥‥。部屋を調べるとこのロシア人ぽい男はミハイル・ミハイロヴィチ・ミーニンという男で、10年ぐらい前のシャアの反乱のときにモビルスーツのパイロットになりたくて地球連邦軍の臨時採用を受けたが、適性がなく後方の治安部隊に回され、マンハンターの先駆けのような部隊でバケットを増設された61式戦車の機銃手になり、それに腐って連邦軍に不名誉除隊を受けた男らしい。

 マンハンターは民間だが治安部隊は正規軍だ。その差は大きいだろう。

 酒、女、ゆすりたかりに溺れていたときにマフティーに目をつけてオエンベリまでやってきた俗物で、オエンベリの謎の資金源から出る日当で酒を飲み馬鹿騒ぎをして不安を誤魔化す徹底的な屑のようだ。

 唯一、軍に入って良かったのは日記をつける習慣が身についた事だろう。的はずれな不平不満だらけだが。

「‥‥。」
 どうすれば良いのだろうか?もう既にオエンベリについているというのとマフティーという単語でケネスは逃してくれないだろう。ハサウェイですら駄目なら、こんな一般人の俺を逃してくれる訳がない。

 しかし、まず逃げるにしても金をこいつは持ってない。日当を取らぬ狸の皮算用とばかりに当てにして、借金までして賭博をしている。むしろ、借金だらけだから、ケネスより先に借金取りに見つかって殺されかねない。持ち物もやっすいタブレットやPCぐらいしか無い。“夜のお供”にそれらがないと駄目らしい。

 軽く、洗濯物や雑誌に食い物の空き容器に空き瓶を片付けて体を動かす。前の肥田のときには100kg程度ある巨漢で動きにくかったが、酒と喧嘩に明け暮れている男のせいか体は軽い。

 確か、映画版はわからないが小説版だったならばオエンベリに攻撃が来るはず。その混乱の中で死体にミハイルのID証明を差し込めば死んだことになり、ケネスや借金取りも躱す事ができるはずだ。この男、射撃手ながら戦車や戦闘機も動かせる。ミハイルがシミュレータに張り付いて追加日当を貰うのに明け暮れていたおかげかもしれない。

 家を出て走り出した。場所は体が覚えている。

 だが、先ずは禁酒と肉体改造だ。とにかくオエンベリの訓練所に走る、そして、体を鍛えシミュレータを使い、鍛える。ゲームセンターの筐体の高級バージョンと言ったところだ。

「お前、成績がいいな。耐G訓練を受けてみるか?」
 ニヤニヤ顔のおっさん、日記にはクソ野郎と書かれていたミケル・ミケティーと言うやつが絡んでくる。

 クソ野郎でもこいつは治安維持部隊では海岸のゴミ拾い部隊だったとはいえ臨時にジムIIに乗って、ラプラス騒動の時に交戦経験があるらしい。しかし賭博と女性士官との不倫で首にされたらしい。

 他のまともなパイロット経歴があるオエンベリ軍と言ったら、嘘つき爺さんと言われているラルゴー爺さんが、ルナツーの退官間近のパイロットで、トリアエーズから乗り換えてボールに乗って、ソロモン攻略をして、トリアエーズの実績から、パブリクの操縦者に抜擢され、ア・バオア・クー戦でミサイルを撃ち込んだとかよく酒の席で言っている。

 83年にボール改から見事にジム改に乗り換えて、ソロモンの悪夢が撃った核の爆風がスレスレだったとか、ジャブローで捨て石扱いされてザクタンクに乗って、結果的にカラバに救われたやら、その後にエゥーゴと戦い、サラミスのクルーになっただとかラプラス騒動の時はセイバーフィッシュで偵察を頼まれただの嘘ばかりと言われている。

 はっきりわかってるのはパイロットで何かに乗っていた辺りらしい。ミケティー爺さんのほうがよっぽどあてになる。銛の先を首からかけている理由はわからないが。

 ミケティー爺さんに習うことにする。オエンベリで稚魚を放流してまで漁師をしている変わった爺さんだ。

「爺さん、操縦の仕方を教えてくれ。」
 違和感ない様な頼み方をするとだいぶ失礼だったが爺さんは気にしていないようだ。

「あぁ、わかった。だが、銛の突き方は知ってるか?」
 爺さんはいきなり何を聞くんだろうか?

「狙ってタイミングよく突くだろ?」
 こう答えると爺さんは大きな笑い声を響かせた。

「素人だな。モビルスーツも漁も一緒だ。タイミング、狙う、引き付けてから撃つ。ここまでは良い。背中に目を付けて耳で感じろ。それが出来なきゃ死ぬ。どんなモビルスーツでも飛行中にコアブースターの新作みたいな航空機が来てみろ。俺の経験上死ぬ。ニュータイプとやらなら別だがな。」
 人差し指と中指を足に見立てた右手を左手で叩く爺さんは、とても嘘つきパイロットには見えなかった。

「どうだ。あの耐G訓練をするぞ。まず、シミュレーターより前に本当に乗って大丈夫なのかを確認する。」

 奥に行くとコンパスの先に座る場所がついたかのような装置があり、これで耐G訓練をするらしい。らしいと言うのはミハイルの過去はこの訓練でふるい落とされてるから体が覚えていたのだ。早速乗り込むと爺さんがキャノピーを閉める。こっちもしっかりとベルトを締める。 

 グオングオンと振り回される。友達と見に行ったプロレスイベントでジャイアントスイングをやられたことあるがあれよりもまだ酷い。

 しかし、存外、目は回らないし首も痛めていなかった。
「‥‥もう一回やるぞ。」

「じいさん、連続は‥‥」
 ぐんぐんとさっきより回転が伸びる、回転が早くなり吐きそうだと思ったが平気だ。

 やがて、ゆっくりと回転が変わり、止まった。

「ふざけんなよ。じいさん!殺すつもりか!」
 キャノピーを開けてきたじいさんに怒鳴るがじいさんはニカッと笑いながら

「最初はわからせるためにビグロ並みにGをかけた。全然、堪えてなかったからな。お前さんの限界を見るために、この中古で一番Gが出るギャプランの急旋回並みにしたんだが、その態度を見ると大丈夫そうだな。」
 じいさんを殴ってやろうかと思ったがやめた。多分、じいさんのほうが強い。それ程までに正規軍人とチンピラには差があるのだ。

「おそらく、お前さんは大気圏降下中に戦闘ができるような体の才能はある。次はシミュレーターだ。」
 シミュレーターでじいさんに促されるままにゼーゴックを選択させられた。大気圏突入戦闘をするが迎撃機に何度も撃墜される。

「才能はあるが降下戦闘に向いてないのかもしれん。ビグロに乗り換えろ。」
 場所はア・バオア・クーで敵には‥‥敵にはうん!?

「じ、じいさん、あの白いのと2機は!?」
 どう見てもBD3とガンダムだ。冗談ではない。

「ビグロの高速機動にはアレらじゃなければ対応はできない。気にするな。」
 いや、気にするわ!馬鹿じゃねーのか!ゲーセンの経験が役に立たないぞ!

 案の定、ボコボコにされて高速機動戦にも向いてないと言われたが、普通のMSではガンダムのアーケード筐体の経験のおかげか人並み以上には成績を残せた。

「‥‥。エース未満。そこそこのパイロット並みだな。MAに向いてるのに、MAの戦闘はできないってところか。こればかりは感性だからな。取り敢えず、走り込みと体を鍛えろ。」
 そして、じいさんと楽しく訓練をして4ヶ月、借金の返済に日当はほぼ消えて、食べるのはじいさんと漁に出たりトウモロコシを育てたりでなんとかしていたし、居候をしていて住む所にも困らなかったが、ある日こう告げられた。

「薄々気付いていたと思うが多分、お前さんは航空機乗りに向いてる。それだけだ。」
 たしかにシミュレーターの成績は最近は伸び悩んでいる。悔しくて泣いた。逃げるのは航空機でも構わないがせっかく、ガンダムの世界に居るのに本物のMSに乗れないのは悔しすぎる。

「おい、待て!」
 じいさんが止めるのを無視して気付いたらBARにいた。俺は酒をかっ食らうとチクショーと漏らしたが大変なことに気付いた。

 財布が居候先のじいさんの家だ。汗が吹き出る。いくら、無法地帯のマフティー軍の街オエンベリだとしても秩序はある。飲み逃げなんかをした日には叩き出される。そうすると収入の目処がない俺は借金取りに内臓を売り飛ばされるんじゃなかろうか?

 ドゥンドゥンとステージの音がうるさい、財布がないことをバーテンに悟られないように見ると芸能大会が開かれていた。

 オエンベリは荒くれが集まっていたが、反面、酒と女だけでは娯楽は足りず、更に言えばこの街の自称マフティー様は賭博を禁じている。まぁ、守ってるやつは少ないが。だから表立っての娯楽には飢えていた。

「入賞商品が店がただのパスポートを1週間?」
 マン・ハンターが提示を求めるパスポートに似せた作りで皮肉ってるのがわかる。しかし、あれさえ取れば問題は解決する。

 俺は歩きだした。バーテンに大会に出ると告げて。店の裏口の店員に告げると控室に通されて小道具が置いてある。宴会芸で使うような全身タイツやおもちゃのバットなどだ。

 ひときわ目を引くのはハロウィンの仮装セットだ。ピエロに魔女によくわからない悪魔のようなもの、かぼちゃのマスク。
 どれも取るに足らない安物だ。

 出るのを決めたはいいが全然、何も思いつかない。俺は再び小道具を見回した。

 全身タイツ、おもちゃのバット、ピエロや魔女やかぼちゃのマスク。全身タイツ‥‥かぼちゃのマスク‥‥全身タイツとかぼちゃのマスク。アレしか思いつかなかった。着替えると店員がネタの題名をどうするのかと聞かれたので、こう答えた。

 連邦政府に反省を促すダンスと。

 かぼちゃのマスクに全身黒タイツの男が真面目にそういうものだから店員は笑っていた。やはりいける。

 あの曲の音源はないため、ヘッドセットタイプのマイクをつけてからかぼちゃのマスクをつけると舞台に立った。予想以上に時間が長く感じる、たかが2回踊ればいいだけだ。

「連邦政府に反省を促すダンスだ。」
 
 アカペラで歌いながら激しく手を振りステップを踏む、腕を動かし胸に当てたり、頭の上に手を構えたりする。たった30秒程度の踊りだ。

{IMG95257}

 最後に手をお辞儀のようにし、ゆっくりと頭を下げる。照明が暗転する。

 拍手や笑い声が溢れる。勝ったな。

 2回目は4分30秒フルに踊り、また笑いを勝ち取った。
 背景のマフティーの旗がより滑稽さを演出したのかもしれない。

「今回は‥‥連邦政府に反省を促すダンスが優勝です。」
 なんやかんやあり、金をなんとかできた俺は居候先に戻ることにした。ダンスが呼ぶ結果を考えもせずに。


 帰ってじいさんにこっぴどく叱られ、その後は漁をしたりなんだりで一週間は何事も無かった。


「はぁ。」
 ため息を吐きながらテレビを見ているとある特集がやっていた、オエンベリのマフティー特集として題が付けられた安っぽいコーナーである。そして、俺は吹き出した。

「オエンベリでは、かぼちゃを被ったマフティーと名乗る男性が連邦政府に反省を促すダンスと言うのを踊っています。彼は何者なのでしょうか?最近、動画サイトでも流行っております。」

 ナレーションを聞くやいなや俺は動画サイトを調べる。すると250万回も再生されたあのBARでのダンスや派生の不謹慎ネタとして、30バンチを背景にコラージュされて踊っていたりと様々な形でヒットする。

 更には急いでSNSを調べるとインフルエンサーたちがマフティー新路線と馬鹿にしたような形で笑いものにしていた。

「変な、原作改変をしてしまった。」
 逃げるにしても、こう晒し者になっては逃げ切れないだろう。

 そんな気持ちを抱えながら2ヶ月暮らしているとポツポツと不謹慎ネタが気に障ったのか動画サイトから動画が消され始め、地球サーバーではなく、フォン・ブラウンやグラナダ、サイド3やサイド1のサーバーにミラー動画がたくさん投稿され、タブロイド誌がマフティー削除戦争と揶揄する事態に発展しだした。

 この頃にはおふざけの学生達が連邦政府に反省を促すダンスを面白おかしく踊っており、政府も対応に頭を悩ませていた。

 それとは別に連邦政府を悩ませているのがほんとうのマフティーであり、マフティー(たぶん、ハサウェイ)が高官達を次々に暗殺しているために、そのうちそちらへの対応に忙しく捨て置くというていで動画を放置し、マフティーの世俗化、神話を大衆まで落として権威を無くそうとするかもしれない。

「厄介だな。この仕組みというのはだ。」
 俺は呟くしかできなかった。

 携帯端末が鳴り、ギャプランが修理できたがお前しか運転ができないと借金取りに呼び出された。ハイジャック計画を考える他に俺に残された道は無かった。


 
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