仮面ライダーAP
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黎明編 仮面ライダースパルタンズ 第3話
シールドスパルタンこと、レオン・ロスマン。ランチャースパルタンこと、ヴィルヘルム・フリードリヒ・フォン・ライン・ファルツ。彼らの犠牲と引き換えに得た僅かな「時間」が、この戦局を大きく揺るがしていた。
スパルタンハリケーンによる煙幕噴霧に、ランチャースパルタンのミサイル弾幕。それらの相乗効果によって戦場を飲み込んだ強烈な猛煙は、戦闘員達の視界を大きく撹乱していたのである。
「ええい、人間風情が味な真似をッ……! 早く奴らを止めろッ! ここを突破されて『グールベレー』の手を煩わせてみろ、俺達まで粛清されるぞッ!」
「こんな古臭い浅知恵がいつまでも通じると思うな……! 各員、視覚機能を赤外線モードに切り替えろッ!」
だが、単純な目眩しだけで簡単に突破出来るほど、改造人間の歩兵部隊は甘い相手ではない。彼らは両眼の機能を操作し、赤外線での可視化を試みていた。これにより、スパルタンシリーズのボディから発せられる「熱」を発見するつもりなのだ。
その目論見通り、ジークフリート達の熱源を探ろうとしていた戦闘員達の目に、高速で動く一つの物体が留まる。バイクの形状であることから、移動中のスパルタンハリケーンと見て間違いない。戦闘員達は互いに頷き合うと、一斉に銃口をそちらに向ける。
「……!? 待て! バイクに乗っている奴がいない!」
「バイクがひとりでに走っている……!?」
だが、引き金を引く直前。そのシルエットが「人を乗せているバイク」ではなかったことに気付き、戦闘員達は咄嗟に銃口を下げてしまう。彼らが見つけたバイクは、乗り手が居ないまま走っている無人状態だったのだ。
一体、このバイクに乗っていたはずの人間はどこに消えたのか。戦闘員達はこの直後に、己の身体でそれを思い知ることになる。
「ぬうっ……!? 空爆!? 上から爆撃だッ! 各員、衝撃に備えろッ!」
「そんな馬鹿な……! この国の航空戦力は先に潰したはずだッ!」
突如、彼らの頭上に大量の小型爆弾が降り注いで来たのである。1発ごとの威力はさほどでもないようだが、それでも戦闘員達が防御に徹さなければならないほどの「手数」だったのだ。
「……!? なん、だと……!」
「上空からの爆撃能力……!? そういうのもあるのか!」
やがて――空を仰いだ戦闘員達の目に、人型の「熱源」が留まる。翼のような飛行ユニットを背部に搭載した青色の鉄人兵士こと、ジェットスパルタン。その姿を、ようやく捉えたのである。
「……先に逝った、友の分まで……! 必ずや大佐を、貴様らの指揮官の元まで送り届けて見せるッ! 人間の力と覚悟……篤と思い知れッ!」
その鎧を纏うエドガー・バレンストロートは、戦闘員達の頭上からけたたましく吼える。冷静沈着という名の仮面はとうに剥がれ、そこには仲間達の死に慟哭する、1人の男の「素顔」があった。
(ロスマン中尉、よくやってくれた……! ファルツ中佐、ありがとうございました……! 後は任せたぞ、皆ッ! 何としても、ジークフリート大佐を奴らの首魁の元へ……!)
ジェットスパルタンの両翼に搭載された小型爆弾。その全てを戦闘員達の頭上に振り撒き、彼は敵方の注意を自身に集めようとしている。この爆弾で倒せる、などと思ってはいない。それでも彼は大佐を、仲間達を前に進ませるため、先に逝ったレオンとヴィルヘルムに続こうとしているのだ。
だが、彼の爆弾投下を浴び続けた戦闘員達は多少の損耗はしているものの、戦闘不能にまで陥った者は1人もいなかった。ジェットスパルタンの姿を捉えた戦闘員達は示し合わせるように、同時に銃口を空に向ける。
「……ふん。頭上を取れば勝てるとでも思ったか? 笑止! まさか拡散式の小型爆弾まで使って来るとは思わなかったが……この程度の火力では我々は殺せんぞ!」
「だが……文字通り爆弾を抱えている貴様自身に対しても、そうとは限らない。……その意味が分かるな?」
「くッ……!」
ジェットスパルタンの両翼にはまだ、何発もの爆弾が積まれている。それは改造人間であるシェード戦闘員達に対しては足止め程度にしかならなかったが、開発元である陸軍にとっては決して低い火力ではない。
つまり、この状態で両翼を撃たれて誘爆を引き起こされれば、ジェットスパルタンにとっては致命傷にもなり得るのだ。その「事実」を指摘する戦闘員達の言葉に冷や汗をかき、ジェットスパルタンは回避行動に移ろうとするのだが――改造人間達の超人的な動体視力から、逃げられるはずがなかった。
「……うぐわぁあぁああーッ!」
地上から放たれる一斉射撃。その凄まじい弾丸の嵐から、逃れられるほどの速度は出せなかったのである。両翼を撃ち抜かれたジェットスパルタンは、そこに積まれていた爆弾の爆発に飲み込まれると、火だるまと化して地上に墜落して行く。
そんな彼の身体から逃れるように――幼い少女の姿を写した1枚の写真が、ひらりと風に舞って飛び去っていた。間も無く8歳の誕生日を迎える、一人娘のエヴァを写した「お守り」の写真であった。
「エ、ヴァ……! 父さんは、父さんは必ずお前を……!」
守り抜く、という言葉は紡げなかった。誘爆による猛炎に飲み込まれ、肉も骨も焼き尽くされながらも、エドガーは風に攫われて行く写真に手を伸ばそうとする。そんな彼の手が止まったのは、彼の頭部が脳天から地面に直撃した瞬間であった。
瞬く間に噴き上がり、燃え広がり、周囲を包み込んで行く爆炎。その渦中に消えたエドガーの身体は、もう原型も留めていない。彼の元から離れた1枚の写真だけが、唯一の遺品となってしまっていた――。
◆
甚大な犠牲を払いながらも、決して立ち止まることも振り向くこともなく、敵将の首だけを目指して戦場を駆け抜けて行くマルコシアン隊。その動向を察知していたシェード強襲部隊の前線指揮所には、かつてない「緊張」が走り始めていた。
「……人間共め、往生際の悪い……!」
指揮所に集結している「上級」の戦闘員達は、そこに設置されたレーダーの動きに眉を顰めている。彼らは皆、他の戦闘員達と同じ野戦服を纏っているが――食屍鬼を描いた暗赤色のベレー帽が、並の戦闘員達とは異なる「次元」の住人であることを示していた。彼らの袖には、その怪物をモチーフにした部隊章が縫い付けられている。
「……あの鉄屑共、ここぞというところで嫌な底力を見せて来たな。これほどの進行速度ならば、指揮所に到達するのも時間の問題だぞ」
「奴らの外骨格は装甲強度こそたかが知れているが、一部の連中の火力と運動性能に関しては馬鹿にならん。甘く見れば俺達とて、タダでは済まん相手だ」
「万一、奴らが俺達の肉体をも穿てる火力を持っているとすれば……殺傷能力においては事実上、『互角』ということになる。俺達は奴らの装甲など軽く貫けるが、奴らもそうであるならば条件は実質同じだ」
「つまり、どちらが先に『決定打』を与えられるか。その『技術』のみがモノを言う、ということだな。ふっ、まるで西部劇の早撃ち対決だ」
「しかし敵方の数も確実に減っている。こちらの被害もすでに当初の予測を遥かに越えている状況だが……先に全滅するのは、間違いなく奴らの方だ」
「だが、楽観視は出来んぞ。開戦当初の話ならばともかく……あの無謀な突撃が始まってからは、まだ3人程度しか殺れていない。あれほど残っている連中を今から殺し切るのは……些か、骨が折れるぞ」
所詮は未熟な科学力で造り出された粗悪な紛い物。そう侮っていたスパルタンシリーズの陸軍兵士達が、この土壇場で予期せぬポテンシャルを発揮し始めている。
窮鼠猫を噛む、とはまさにこのことか。このまま奴らの勢いに押されていては、この指揮所に辿り着かれるのも時間の問題。そこに思い至っている上級戦闘員達は、今後の戦局を巡って口々に言い合っている。
「まさか『No.5』……『仮面ライダーG』どころか、改造人間ですらない者達を相手に俺達が動くことになろうとはな。百里の道は、九十九里をもって半ばとす。事実だけに、嫌になる言葉だ」
簡単に倒せる相手だという「認識」を改め、静かに目を細めている上級戦闘員達のリーダー格。鋭く吊り上がった彼の「眼」は、楽な狩りではなくなったという現実を正確に見定めており、先ほどまでの「慢心」の色も消え失せていた。彼らを舐めていては、足元を掬われる。その事実を把握したリーダー格の眼光に、油断の2文字は無い。
この指揮所に集まっている上級戦闘員達は皆、並の戦闘員よりも遥かに高度な改造を施されている特殊な兵士だ。織田大道のような異形の怪人に自力で変異する能力こそ無いが、個々の戦闘力は非常に高い。
全身を変異させるほどの異能が無いため、カテゴリー上は「戦闘員」と呼称されてはいるものの、実際の戦闘力においては並の幹部怪人を大きく上回る。それどころか、シェード上層部の近衛である「黒死兵」さえ凌駕するとも言われているのだ。
そんな上級戦闘員達は、一斉に後方へと振り返る。彼らの視線の先に居るのは、幹部怪人達の中でも上位に位置する「強者」であった。上級戦闘員達をさらに凌ぐ、暴力の化身。その者はまるで人間のような背格好で、優雅に佇んでいる。
「……硝煙で空が曇っているな。これでは、この戦地で散華した亡霊達も天には昇れん。ならば、如何なる御霊も等しく地獄に堕ちるしかない。我々には似合いの空だな」
上級戦闘員達の前に立つ、端正な黒スーツを纏った1人の大男。黒いボルサリーノハットを被り、後ろに手を組んで佇んでいる彼は、上級戦闘員達に背を向けたまま暗雲の空を仰いでいた。
この大男こそが、今回の事件における最大の黒幕。シェード北欧支部の大部隊を率いて、このエンデバーランドを火の海に変えた諸悪の根源。そして、この指揮所に居る上級戦闘員達を含めた全ての戦闘員を統率している、前線指揮官であった。
「……彼らのうち、私の元まで辿り着く者が1人でも現れようものなら。北欧支部最強と謳われたお前達の面目は丸潰れだな? 隊長」
「そのようなことは万に一つもあり得ないということを、これから証明して見せましょう。我々……『グールベレー』の真価を以て」
上級戦闘員のみで構成された、シェード北欧支部最強の精鋭戦闘集団「グールベレー」。
その隊長を務めるリーダー格の男は暗赤色のベレー帽を被り直し、指揮官の背中を鋭く睨み付ける。ベレー帽に描かれた食屍鬼のエンブレムが、指揮官に狙いを定めているかのようだった。
――今回の侵攻を決定したのは、この指揮官をはじめとする組織の上層部だが。具体的な作戦内容を立案し、実行に移したのはグールベレーであり、スパルタンシリーズのほとんどを潰したのも彼らだ。
いわば彼らこそがこの街を焼き尽くした張本人であり、エンデバーランドの市民やマルコシアン隊にとっては直接の「仇」。この事件における、もう一つの黒幕と言える存在なのだ。
「一応聞いておくが……この期に及んで、『祖国』に対する同情が芽生えたのではなかろうな。我が組織の改造技術……その力の優位性を祖国に証明し、この国を生まれ変わらせる。そのためにシェードに参加したというお前の初心に……迷いは無いのだな?」
「愚問ですな。この国は悪戯に変化を恐れ、改造人間という純然たる『力』を無策に拒絶している。それでは時代に取り残され、いずれは他国に食い潰されてしまうでしょう。正義と平和は、それを担保し得る武力によってのみ守られる。真に強い祖国を取り戻すためならば、私はかつての部下が相手であろうと容赦はしません。そのための『グールベレー』なのですから」
「その言葉が虚勢に終わらぬことに期待しよう。……行きたまえ」
「……仰せのままに」
やがて、指揮官の冷徹な言葉を合図に。グールベレーを率いる隊長の男は、踵を返して指揮所から立ち去って行く。他の隊員達も彼の背を追うように、続々と歩み出していた。
「身の程知らずな勇者達を、俺達なりの『作法』でもてなしてやるとしよう。……行くぞ、お前達」
「……了解」
向かう先は、マルコシアン隊の「死に損ない」達が待ち受けている最前線。人類の誇りを背負い、真っ向から迫り来る彼らを迎え撃つべく――彼らはベレー帽の鍔に指を掛け、殺意に満ちた眼光を研ぎ澄ませていた。
「……ジークフリート、俺はお前達とは違う。それが正しいことであるか否かは……お前達の『戦果』で証明して見せろ」
その戦場に続く道を往く中で。グールベレーを率いる隊長は、かつての友の名を呟いている。どこか寂寥の感情を滲ませるその声色は、今生の別れを予感している男の声であった。
◆
マルコシアン隊はすでに主力メンバー5人のうち、3名が戦火の中に散ってしまった。だが、残る隊員達はそれでもなお振り向くことなく前だけを見据えて、スパルタンハリケーンを走らせている。
隊長を含め、1人でも多くの隊員をこの先に送り届ける。敵方の指揮官を倒せるだけの戦力を、一つでも多く届かせる。幹部クラスの怪人さえ倒せれば、自分達はどうなっても構わない。隊員達はその想いと覚悟を一つに、各々の愛車を真っ直ぐに走らせていた。
――そんな中。プレーンスパルタンことジークフリートをはじめ、残っている全隊員が前方から迫る無数の「殺気」を感知する。いずれも、これまで遭遇して来た他の戦闘員達とは比べ物にならないほどに強烈な覇気。間違いなく、ただの戦闘員ではない。
「……ッ! 隊長……!」
「どうやら……まだ俺達を進ませてはくれないようだな」
ついにシェードも、自分達の進撃を阻止するための「切り札」を解禁したのだろう。そう確信した隊員達は仮面の下で剣呑な表情を浮かべ、プレーンスパルタンの背に声を掛ける。先頭を走るスパルタンハリケーンに跨り、廃墟の街を駆ける隊長は神妙な貌を仮面の下に隠し、厳かに呟いていた。
「……隊長、ここは俺達が引き受けます。先を急いでください、この戦いを少しでも早く終わらせるために」
「ニコライ、隊長の護衛は頼んだぞ。お前と隊長を除けば、ちょうど『奴ら』との頭数は互角になる。足止めは俺達に任せておけ」
「お前達……」
ジークフリートのプレーンスパルタンと、ニコライのキャリバースパルタン。その2人を除けば、前方から迫る「切り札」の数と、こちらの残りの戦力数は互角になる。そこに勝機を見出した隊員達は、キャリバースパルタン独りに隊長の護衛を託し、最恐の刺客――グールベレーの相手を引き受けようとしていた。
「……隊長、迷ってる暇はありませんぜ」
「あぁ。……皆。その命を懸けた勝機、確かに貰い受けたぞ」
「えぇ……隊長、ご武運を」
「次は地獄で会いましょう」
「お前達も……な」
無論、この期に及んで躊躇うことなどありはしない。この突撃に志願した時点で、覚悟を問う意味などありはしないのだ。プレーンスパルタンとキャリバースパルタンは顔を見合わせ頷き合うと、即座に部下達に「別れ」を告げ、ハンドルを切る。
2人を乗せたスパルタンハリケーンは残りの隊員達と別れるように、廃墟に挟まれた路地の奥へと飛び込んで行った。前方から接近して来る新手がそこに向かおうとする気配は無い。どうやら向こうも、この「果し合い」に応じるつもりでいるようだ。
「……奴ら、隊長を狙う気は無いらしい。先に俺達から殺したくてウズウズしているようだな」
「好都合だ、話が早くて助かる」
その動向に口角を吊り上げた隊員達は、それぞれの「獲物」に狙いを定めてハンドルを切り、己の死に場所へと愛車を走らせて行く。散り散りに走り出した無数のスパルタンハリケーンが、マフラーから猛炎を噴き。「覚悟」を決めた勇士達を、最期の戦場に送り届けようとしていた。
「……思い上がった怪物共に、人間様への礼儀というものを教えてやるぞ。俺達なりの『作法』でな!」
「了解ッ……!」
マルコシアン隊とグールベレー。双方の意地を賭けた決闘が、灰燼と化したこの街で始まろうとしている。吹き荒ぶ向かい風を胸部装甲で受け止め、荒野を疾る仮面の戦鬼達。
誰が為に、という問いなど無用。彼らは皆、敬愛する隊長と。己が使命に全てを委ね、死地へと赴くのだ。戦う術を持たぬ、全ての人々のために――。
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