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仁愛

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第二章

「治療もする、入院も薬の手配もだ」
「行いますね」
「そして上海に移動する列車も用意し」
 そうもしてというのだ。
「食べものも服もな」
「用意しますね」
「これで責任を問われるならだ」 
 樋口はこの問題についても毅然として答えた。
「私がその責を受ける、ではな」
「そのうえで、ですね」
「ことを進めよう」
 こう言ってだった。
 樋口はオトポール駅に留まっている多くのユダヤ人を上海に送った、そうして彼等を救ったがドイツにおもねってだ。
 このことについて樋口を批判する声があった、それは新聞でもあったと聞いて関東軍参謀総長東条英機中将は樋口に対してこのことを話した。
「ユダヤ人を上海に送ったことで君への批判が来ている」
「知っています」
 樋口は東条にも毅然として答えた。
「ドイツのリッペンドロップ外相からもですね」
「抗議が来ていてな」
 そうしてというのだ。
「それを受けてだ」
「私への批判が起こっていますね」
「それについてどう思うか」
「ドイツはドイツ、我が国は我が国であり」
 樋口は東条にもこう言った。
「我が国の政策があります」
「五族協和か」
「この満州国はその国ですね」
「その通りだ」
 東条も否定しなかった。
「まさにな」
「そこにユダヤ人がいてもいいですね」
「河豚計画もあるしな」
「それに彼等は武器を持たず」
 オトポールにいたユダヤ人達はというのだ。
「ドイツに追い出される形でここまで来ました」
「我々に助けを求めてきたな」
「遠くドイツから逃れてきたのです」
「その彼等を救わずしてか」
「ヒトラー総統の考えでも」
 ドイツを率いる彼のというのだ。
「それに乗って遠くから逃れて来た罪のない弱い者達を無下にすることはいいことか」
「日本はそれをする国か」
「どうなのでしょうか」
「答えるまでもないことだ」
 東条は一も二もなく答えた。
「我が国はその様な国ではない」
「左様ですね」
「このことは人道的なことだ」
 そうした処置だというのだ。
「問題ない、君に責任はない」
「責任を取ることはないですか」
「全くな、引き続き上海に移った彼等を保護する」
「そうされますね」
「列車を使ったが満鉄総裁の松岡さんも何も言わなかったな」
「はい、全く」
「なら尚更よしだ、これは人道的な処置に過ぎない」
 東条は結論を述べた。
「それだけだ、ではな」
「この件についてはですね」
「これで終わりだ」
 そうだというのだった。
「亡命先に希望されているアメリカとも話そう」
「わかりました」
 樋口は東条の言葉に頷いて応えた、そして東条もそれでよしとした。こうして多くのユダヤ人が救われたのだった。
 この話をオトポール事件という、樋口季一郎によって多くのユダヤ人が救われた話である。この事件でどれだけのユダヤ人が救われたかは諸説ある。もっと言えば本当の話だったか疑う意見もある。だが真実であるなら語り継がれる歴史的事実と考えここに紹介させてもらった。一人でも多くの人が読んでくれれば幸いである。


オトポール事件   完


                      2024・1・14 
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