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魔法戦史リリカルなのはSAGA(サーガ)

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【プロローグ】新暦65年から94年までの出来事。
 【第9章】バルギオラ事変の年のあれこれ。
   【第5節】背景設定9: 第15管理世界デヴォルザムについて。(前編)

 
前書き
 前章の「背景設定8」に続いて、この項目も本編の内容とはあまり関係が無いので、こういうのが苦手な(かた)は、テキトーに読み飛ばしてやってください。(苦笑)

 

 


 まず、惑星デヴォルザムのサイズは地球と同程度ですが、陸海比は24対76で、地球よりもだいぶ海が広く、陸地の総面積は地球の8割程度(およそ1億2000万平方キロメートル)に(とど)まっています。
 自転軸の傾きは(管理世界としては全く例外的に)わずかながら30度を超えてしまっており、海の広さによってやや緩和されているとは言うものの、季節による気候の変化は(特に、大陸の内陸部では)相当に厳しいものになっています。

 また、全体としては「島」がとても少なく、互いに似たような大きさの「六つの大陸」が陸地総面積のほとんどを占めており、また、それら六大陸の分布は南北にキッパリと分かれています。
 実のところ、北緯12度から南緯12度に至る「低緯度帯」には、陸地はおろか浅い海すら無く、そのため、南北の低緯度の海域を東から西に向かって流れる二筋(ふたすじ)の海流は、陸地や浅瀬に(はば)まれることも無く、惑星全体をぐるりと一周しており、その流速も相当な速さとなっています。
 しかも、それら二つの海流に挟まれた赤道直下の海域はしばしば無風帯となるので、動力を持たない普通の帆船では、この惑星の赤道を超えて「流されずに」南半球へ行くことは、全く不可能と言って良いでしょう。
 そういう訳で、デヴォルザムの人々は長らく、南半球の三つの大陸には到達することができずにいました。
【そして、今もなお、それらの大陸には(管理局の「自然保護隊」など、仕事でそこにいる「ごく少数」の人たちを除いて)基本的に人間は居住していません。】

 一方、北半球の三つの大陸は、互いに似たような緯度で横並びに並んでおり、いずれも北緯15度の(あた)りから60度の辺りにまで拡がっています。
 昔から、中央にある大陸が「第一大陸」と、東側にある大陸が「第二大陸」と、西側にある大陸が「第三大陸」と呼ばれて来ましたが、実は、ベルカ滅亡の時代に至るまで、人々はおおむね第一大陸にしか居住していませんでした。

 第一大陸は、ごく大雑把に言うと野球のホームベースのような五角形をしており、キャッチャー側の(かど)がほぼ真南を向いています。
【もっとも、それは「真上から垂直に見下ろせば」の話であって、一般的な正角円筒図法(地球で言う、メルカトル図法)の地図の上では、高緯度の部分ほど大きく引き伸ばされるので、ほとんど「丸みを帯びた逆三角形」のように描かれます。】

 そして、この大陸の中心点を(とお)る経線を「経度0度の基準子午線」とすると、おおよそのところ、この大陸は東経30度あまりから西経30度あまりにまで拡がっており、同様に、第二大陸は東経60度の辺りから最大で東経135度の辺りにまで、第三大陸は西経60度の辺りから最大で西経135度の辺りにまで拡がっています。
【つまり、北半球の「日付変更線」の側は(地球の北太平洋と同じように)丸ごと広大な海になっており、しかも、(地球の北太平洋とは違って)そのまま「陸地に(さえぎ)られること無く」北極海と完全に一体化しています。】

 また、第二大陸も第三大陸も、第一大陸の最寄(もよ)りの海岸部からは、軽く2000キロメートルほども離れており、しかも、それらの海域には、大陸の沿岸部を除いて「島」が全くありません。
 そのため、第一大陸の人々が両隣(りょうどなり)の大陸に初めて「実際に」足を踏み入れたのは、造船技術や航海技術がそれなりに発達した後の時代のこととなりました。


 第一大陸の歴史は古く、少なくとも5000年前には、すでに「それなりの魔法文化」が存在しており、いわゆる「文明(ぶんめい)揺籃(ようらん)の地」である「四大河平原」では、早くも「都市国家」同士の領土争いなどが始まっていました。
 その後も、デヴォルザムは〈大断絶〉の影響もほとんど受けること無く、その歴史は全く独自の発展を遂げて行きます。

 そして、大陸全土が何十個かの「領域国家」によって分割し尽くされた後、今から2400年ほど前には、すでに近隣の幾つもの無人世界に植民地を築いていた〈号天〉の「第三統一王朝」の人々がついにこの世界にまでやって来たのですが、彼等は『現地の住民をあからさまに()(くだ)した』その傲慢な態度ゆえに、その大陸の各地でデヴォルザム人と衝突を起こしました。
 その当時から、デヴォルザム人は、良く言えば「死をも恐れぬ、勇猛果敢な人々」であり、悪く言えば『勝機など無くても、取りあえず突っ込んで行く』という無謀な一面のある人々だったのです。
 号天人は「野蛮な原住民の命知らずな戦い方」に恐怖し、また、現地の「厳しすぎる気候」にも嫌気が差した結果、わずか数年でデヴォルザムから撤退してしまいました。
 それは、客観的に見れば、ただ単に『植民地にするだけの価値も無い世界として見放された』というだけのことだったのですが、デヴォルザムの人々は、これを「侵略者どもを敗走させた、事実上の勝利」と認識して、以後、〈号天〉を「邪悪な敵」と認定するようになってしまいました。

 両世界の交流はごく短期間で終了しましたが、その間に、デヴォルザムの人々は号天の人々から偶然にも(ちょうど地球儀のような)「惑星全土の立体地図」などを入手し、そこから、実に多くの知識を獲得しました。
 まず、自分たちの「大地」を取り囲む「海」が有限の存在であること。その海の彼方には「別の大地」があること。また、それらの海と大地をすべてひっくるめて、この「世界」全体が、実は虚空に浮かぶ一個の巨大な「球体」であること。そして、「彼等」は「別の球体(別の世界)」からやって来たのだということ。
 ずっと戦争ばかりを繰り返して来た人々が「別の世界」という概念に触れて、まず考えたのは、『そこから再び侵略を受けた時には、一体どう対処すれば良いのか』ということでした。
 そして、得られた結論は、当然ながら『別の世界の「敵」に対抗するためには、事前に「この世界の諸勢力」を一つに束ねておく必要がある』というものでした。
 そのため、諸国の王たちは、みな「大陸の統一」を目標に(かか)げて、またさらなる戦いを続けたのです。

 しかし、今から1600年あまり前、いわゆる「次元世界大戦」の直前の時代には、局所的な次元震が〈号天〉を襲い、その影響はクレモナやデヴォルザムにも及びました。
(北方のラシティや南方のハドマンドにも、若干の影響があったようです。)
 幸いにも、デヴォルザムの側では「天変地異」と呼べるほどの大きな被害は出ませんでしたが、それでも、一連の気候変動と深刻な疫病によって文明は一旦(いったん)大きく後退してしまいました。
 そうした中で、すでに大陸規模の組織となっていた「神殿」の勢力は、各地で弱体化を余儀なくされ、諸国の王たちからは次第に「過去の遺物」と(さげす)まれるようになりながらも、(主として、宗教的な情熱に(もと)づいて)「四大河平原に由来する古い文化」を懸命に維持し続けたのでした。

 一方、ケンセルヴァ族は当初、遊牧と傭兵(ようへい)生業(なりわい)とする、氏族ごとにバラバラの粗野な騎馬民族集団でしたが、やがて某氏族の若き族長「バムダイガル」によって統一されると、「神殿」の勢力と手を結び、急速に文明化していきました。
 やがて、英雄バムダイガルは、とある古い王国を打ち倒してその都を占領すると、その地に「ケンセルヴァ王国」を樹立し、命乞いをする現地の貴族らに「貯め込んだ金銀」を吐き出させる形で、その王都に既存の王宮よりも立派な〈王都大神殿〉を建立(こんりゅう)させました。
 そして、今や名ばかりの存在となった「聖都」から、大神官「アドアグザブ十四世」を招聘(しょうへい)して自分に戴冠させた上で、みずから大神官の孫娘ジェドヴェルザと結婚しました。
 今から1200年あまり前のことです。

【なお、地理的には、「聖都」と「四大河平原」は、五角形をした大陸の南西側の(かど)(あた)りに、一方、ケンセルヴァ王国は、南東側の角からもう少し北に上がった辺りを西から東に向かって流れる某大河の下流域に位置しています。】

 また、当時のケンセルヴァ族は、まだ自分たちの言語を表記するための「文字」すら持っていなかったのですが、彼等の言語は偶然にも「神殿公用語」(古代の「四大河平原」における共通語)と比較して、「音韻の構成」だけは意外なほどよく似ていました。
(もちろん、言語としての系統関係は全く無いので、基礎語彙や文法規則などは全く異なっていたのですが。)
 ともに二重子音や二重母音に乏しく、使用される子音や母音の種類や数もおおむね一致しています。そこで、バムダイガル王は、神殿で使われている「線形文字」で、そのままケンセルヴァ語を表記することにしました。

 この「線形文字」は、地球で言う「楔形(くさびがた)文字」のような代物で、元々は象形文字でした。そのため、この文字体系は最後まで「完全な表音文字」ではなく、数字や基本名詞など、一部の文字は「表語文字」として使用され続けました。
 また、母音を(ともな)わずに「子音だけ」を表現できる文字は存在していません。
 一部には「母音」の1音だけを表わす文字もありますが、大半の文字は1字で「子音+母音」や「母音+子音」の2音を表現しているため、例えば「BAM」という1個の閉音節(子音で終わる音節)は、母音を揃えて「BA」音を表わす文字と「AM」音を表わす文字の2文字で表現されることになります。
【しかも、大半の(おん)に「同じ発音の文字」が複数あるため、どの文字を選んで使うかは、筆記者の裁量に任されています。】

 したがって、「バムダイガル」の綴りは「BA・AM・DA・I・GA・AR」の6文字となります。ケンセルヴァ語には二重母音のAIとAUがまだわずかながら残っていましたが、「神殿公用語」には二重母音というモノが全く無かったからです。
 神殿では、線形文字で二重母音を表現するため、じきに特定のDA字と特定のI字を合体させた「DAI」という「王名表記専用の文字」を新たに作り出したのですが、後に、この文字は(なま)って「デ」と発音されるようになってしまいました。
【前述のとおり、線形文字の体系には、万葉仮名と同じような感じで「同音異字」が大量に存在していたため、「特定の文字の発音が、別の文字と同じになってしまうこと」それ自体に関しては、特に誰も抵抗感は(おぼ)えなかったのです。】

 つまり、ケンセルヴァ語は、線形文字と神殿公用語に引きずられて、発音のあり方などが、少しばかり変わってしまったのでした。
 学問的に見れば、線形文字は決してケンセルヴァ語の表記に適した文字体系では無かったのですが、当時の「政治的判断」としては、それもまた仕方の無いところだったのでしょう。
(この問題は、後の時代にまた大きく取り上げられることになります。)

【ちなみに、「アドアグザブ」の綴りは、「AD・AG・ZA・AB」となりますが、この綴りを「アダグザブ」と読んではいけません。
(その発音ならば、綴りは「A・DA・AG・ZA・AB」になるはずだからです。)
『綴りの上でDとAが連続しているのに、それを「ダ」と読んではいけない』というのは、他の世界の(普通の表音文字を使っている)人々からすると、とても奇妙なルールに見えますが、これもまた線形文字ならではの特徴です。
 この名前を普通の表音文字で(例えば、ミッド文字やクレモナ文字で)正しく表記しようとすると、D字とA字の間に「分音符」という(ちょうど、ロシア語における「硬音符」のような)発音区別符号を書き加えなければなりません。】

 このように、ケンセルヴァ王国は、今なお大陸全土の民衆の間に一定の支持基盤を持つ「神殿」と固く手を結ぶことによって、その勢力を一気に広げて行きました。
 また、〈英雄王〉バムダイガルはその王宮から多くの装飾品を取り除き、わざわざ予算を組んで改修してまで、その王宮をより質素な、それでいて洗練された外見に造り変えました。見るからに豪勢なのは、王都大神殿の方だけで充分だったからです。
 英雄王の没後も、ケンセルヴァの貴族たちは(すえ)(なが)くその遺訓(いくん)を守り、奢侈(しゃし)(おぼ)れることなく質実剛健を貫き、文弱に流れることなく尚武(しょうぶ)の気風を保ち続けました。
 そして、ケンセルヴァ王国は公然と「大陸統一」の目標を(かか)げ、躊躇(ちゅうちょ)無く周辺国との戦争を続行していったのです。


 しかしながら、その王国が実際に大陸全土を統一できたのは、今から1000年あまり前に彼等が初めてベルカ人(具体的には、西部州の「バレロス王国」の人々)と接触し、その人々からさまざまな知識や技術を授かった後のことでした。
「大陸の統一」は元々、別の世界の敵に対抗するための「手段」だったはずなので、『大陸統一のために、別の世界の力を借りる』というのは、冷静に考えると「本末転倒」だったのですが、幸いにも、遠くベルカ世界から来訪したバレロス王国の人々が、ケンセルヴァ王国の人々に対して何かしら強権的な行動を取ることは一切ありませんでした。
 しかし、もちろん、その背後には「単なる綺麗事(きれいごと)」では済まされない事情があったのです。

 当時、ベルカ世界では「第一戦乱期」が終わって、「ベルカ式魔法」の急速な体系化が進む中、各国は戦闘用の「デバイス」の開発に(しのぎ)を削っていました。
 そうした中、バレロス王国は「高出力デバイス」の研究開発において周辺国を大きくリードしていたため、その研究データが周辺国に漏洩(ろうえい)することを怖れて、(ベルカから見て)遠く南方にある「聖王家直轄領」よりもさらに南方の、彼等が独自に発見した「はるか辺境の世界」にまで、交易船に偽装した(ふね)で繰り出し、その世界の南半球にある無人の大陸の中でも、周囲の地形を変えてしまっても全く構わないような「一面の荒野」を選んで、「六台の実験機」の高出力実験を始めたのです。

 結果として、数多くの貴重なデータが得られましたが、同時に、それら六台の実験機はいずれも普通の戦場ではとても使えそうにない「失敗作」であることが判明しました。
 確かに、高出力での攻撃は可能でしたが、魔力消費があまりに大きすぎて、並みの魔導師が使うと、すぐに魔力が欠乏して倒れてしまうのです。
(当時は、まだ「カートリッジ・システム」は実用化されていませんでした。)
 できれば、『魔導師が限界を超えて魔力を使い続けた場合には、どこまで出力が上がるのか』というデータも欲しかったのですが、残念ながら、今回は「過労死させても構わない魔導師」など一人も連れて来てはいません。
 また、一連の実験が当初の予定よりも長引いたため、その(ふね)では「帰途(かえり)の水と食料」がやや不足していました。しかし、この「一面の荒野」では、良質の水や食材など、手に()れられそうにもありません。

 そこで、艦長は『確か、この世界の北半球には原住民がいて、変わり者の学者たちがフィールドワークと称して現地人に成りすまし、どこかの国の都に住み着いていたはずだ』ということを思い出すと、一計を案じて彼等の(もと)へ向かいました。
 要するに、「他でもないケンセルヴァ王国が、ベルカ世界からの助力を得られた理由」は、彼等が民族的に優れていたからでも何でもありませんでした。
 それは、ただ単に『ベルカ人の学者たちがたまたまその王国の都でフィールドワークを行なっていたから』というだけのことであり、また、「その学者たちがフィールドワークの場として(ほか)でもないケンセルヴァ王国を選んだ理由」も、ただ単に『ベルカ系の諸言語とは似ても似つかない異質な言語が学問的に興味深かったから』というだけのことだったのです。

 バレロス王国の人々にとっては、別に相手は誰でも良かったのですが、取りあえず「言葉の通じる相手」でなければ、文字どおりの意味で「話」になりません。
 艦長は、学者たちに通訳の仕事を強要し、ケンセルヴァ王国の国王たちには美味(うま)いことを言って、「実験の継続」を代行させました。
 つまり、彼等に「六台の実験機」を無償で与え、『その力で大陸を統一するように』と(けしか)けたのです。

 実戦データの収集と実験機のメンテナンスのために何人かの魔導技師を現地に残したまま、艦長たちは一旦、ベルカ世界に戻りました。
 ベルカ人の魔導技師たちは皆、貴族のような待遇を受けて気を良くし、やがては「ケンセルヴァ王国による大陸統一」のために誠心誠意その力を尽くすようになります。
 そして、ケンセルヴァ王国はいよいよ本格的に「大陸統一戦争」に乗り出しましたが、この時代にはまだ「戦闘用のデバイス」など他国には全く存在していません。「六台の実験機」の戦闘力はまさに圧倒的なものであり、それらは次第に「六種(むくさ)神器(じんぎ)」と呼び怖れられるようになって行きました。
 こうして、ケンセルヴァ王国は相当な数の魔導師たちを使い潰しながらも、わずか十年たらずで実際に「大陸の統一」を成し遂げたのです。
(結果として、ケンセルヴァ王国では、魔導師だけではなく、魔導技師もその社会的な地位は大変に高いものとなりました。)

 降伏した国々の王侯貴族も、「有能」な上に「恭順の意」を示した者たちはそのまま地方領主として取り立てられましたが、それを示さなかった者たちや無能な者たちは容赦なく皆殺しにされ、その地位と財産を没収されました。
 そして、昔ながらの支配者層を失った土地には、当然に、ケンセルヴァの貴族たちが乗り込んで来ます。
 無論、それに不満を覚える民衆も決して少なくはありませんでしたが、取りあえず、略奪をせずに税を減らしてやれば、民衆は一斉蜂起などしません。
 その当時のケンセルヴァ王は、『特定の土地に根を()ろしている訳でも無く、国政に(たずさ)わっている訳でも無い』中間的な貴族層を排除して、その権利や財産を可能な限り、在地の下級貴族や民衆たちへと分配して行きました。
 ケンセルヴァ王国にとっても、「大陸全体の統治」は決して簡単な作業ではなかったのですが、こうした「英明な君主」と「神殿勢力の協力」、および「六種(むくさ)神器(じんぎ)」と「ベルカ世界という後ろ盾」のおかげで、あからさまな反乱は最小限に食い止められました。
 また、大陸統一という作業が完了した後には、ケンセルヴァ王国は「デヴォルザム統一王国」と改称し、その王はみずから「統王」と名乗ることになります。
 そして、やがて「六種(むくさ)神器(じんぎ)」は〈王都大神殿〉の宝物庫に封印されたのでした。

【その後、ベルカ世界では「カートリッジ・システム」の実用化により、「六台の実験機」は、もういずれも「時代遅れ」のデバイスとなってしまいました。
 つまり、バレロス王国の側からすれば、『これ以上、デヴォルザム統一王国に関わり続けることに、さほどのメリットは無い』という状況になってしまったのです。
 また、ベルカ世界では、同時期に「初期型のユニゾンデバイス」も開発されましたが、これによる「融合事故」も多発したため、後に、ユニゾンデバイスはどんどん小型化していきました。
 ベルカ世界の歴史としては、いずれも「第四の時代(新暦で前940年頃~前820年頃)」、つまり、「第一中間期の前半」の出来事です。
 おそらくは、「夜天の魔導書」も(ユニゾンデバイスが小型化する以前の)この時期に造られたものなのでしょう。】

 そして、ケンセルヴァ語は当時すでに「神殿公用語」からの影響で、語彙の上でも音韻の上でも文法の上でも相当な変化を遂げていたのですが、それがいつしか大陸全土に広まっていき、やがて「デヴォルザム共通語」と呼ばれるようになりました。
【デヴォルザム共通語には二重子音も二重母音も長母音も無く、その点だけはシガルディス標準語とも似ていますが、それ以外の点では、驚くほど共通点がありません。
 類型論としても、シガルディス標準語は屈折語で、語順もいわゆるSVO型で、形容詞は名詞の後ろに付くのですが、一方、デヴォルザム共通語は類型論としては膠着語で、語順もSOV型で、形容詞は名詞の前に付きます。
(つまり、実は、日本語と同じような類型(タイプ)の言語なのです。)】

 なお、「デヴォルザム」は、「神殿」が語り伝える古代神話における「大地母神」の名前です。
 彼等は、実際には、まだ他の大陸に上陸したことは一度もありませんでしたが、知識としては、この惑星に六つの大陸があることを知っていたので、それらの大陸に「大地母神の娘である、六柱の豊穣の女神たち」の名前を順番に割り振っていきました。
 今ではあまり使われない用語ですが、デヴォルザム共通語では、第一大陸を「ルグダムザ」と、第二大陸を「ナブゾルマ」と、第三大陸を「ベドリムガ」と呼びます。
【これらの神名は、日本人の耳には『女神の名前にしては、ゴツすぎる』ように聞こえるかも知れませんが、デヴォルザム人の耳には、無声音(清音)の方がむしろ「硬くてキツい音」に聞こえ、有声音(濁音)の方がむしろ「優しく柔らかい音」に聞こえるのです。
(実際、「血塗られた軍神」の名は、清音で「コプシャトゥム」と言います。)】


 また、デヴォルザムは幸運にも、歴史を(つう)じて『あからさまな天変地異や危険なロストロギアの暴走などによって「世界全体として」滅亡の危機に(ひん)した』という経験が一度もありません。
(今から900年ほど前には、〈号天〉の第七統一王朝が戦闘用の艦隊を組んで再び「ちょっかい」をかけて来たこともありましたが、その時には、たまたま軌道上にバレロス王国の戦闘艦が来ていたので簡単に追い払ってもらうことができました。)
 とは言っても、もちろん、その歴史は決して順風満帆(じゅんぷうまんぱん)なものではありませんでした。波乱の原因は、もっぱら「戦乱」と「気候変動」、さらには「異常気象による飢餓の発生」と「栄養不足による疫病の流行」です。

 そして、実際に、今から800年あまり前、再び「揺り戻し」のような次元震が起きて〈号天〉が完全に没落した際にも、その影響で、デヴォルザムでは十数年もの間、異常気象が続きました。
 大陸の各地で不作は常態化し、飢餓と疫病で総人口も減少し、貴族階級もまた「労働力の減少と税収の低下」に苦しめられます。
 また、その異常気象が一段落した頃には、ベルカでも「第二戦乱期」が始まり、それまで細々と続けられていた「ベルカのバレロス王国とデヴォルザム統一王国との交流」も完全に途絶してしまいました。
(しかも、そのバレロス王国は、「第二戦乱期」の最中(さなか)に〈闇の書〉を巡る一連の戦いで弱体化し、王家が断絶した後、隣国のダムノニア王国によって丸ごと併合されてしまいました。)
 これによって、デヴォルザム統一王国は「ベルカ世界という後ろ盾」を失った形となり、以後、その権威と権力は急速に衰えて行きました。

 また、〈統王〉の権威が衰えて行く一方で、貴族階級(領主層)の社会的な勢力は「相対的に」増大し、彼等はやがて〈統王〉の意向を無視した行動をそれぞれの土地で独自に取るようになっていきました。飢餓も疫病も一段落すると、領主たちの多くは『喉元(のどもと)過ぎれば』とばかりに、税収における「定額制」を導入します。
(つまり、『これからは、豊作だったか凶作だったかには関係なく、同じ土地からは同じ額の税を徴収する』という政策です。)
 これは本来、領主側の『農民どもを犠牲にしてでも自分たちの利益は確保したい』という露骨な欲求に基づいた政策だったのですが、後の時代に農業技術が進歩して単位面積当たりの収穫量そのものが増大すると、この政策のおかげで農民層はどんどん豊かになり、領主層は逆に、彼等自身の意図には反して「相対的に」貧しくなっていきました。
 当時のデヴォルザムでは、「昔ながらの煩雑な文字体系」のせいで、まだ「官僚層」が充分には育っておらず、領主層も多くは文盲だったので、一度制定した法律を書き変えることも、なかなか容易なことではなかったのです。
 また、後の時代には、農民人口の増大を背景に(領主層の主導によって)多くの人々が新天地を求めて東西の大陸へと進出を試みましたが、気候や植生や土質の違いによるものでしょうか。持ち込まれた「第一大陸の作物」はなかなか思うようには育たず、規模の小さな植民地は実にしばしば全滅してしまいました。

 そして、今から360年あまり前、ベルカ世界では、聖王戦争の終結と同時に〈大脱出〉が始まりました。それから何年かして、遠く離れたデヴォルザムにも、ついにベルカからの移民船団が到達します。
 最初の船団に乗り込んでいたのは、ほぼ全員が「旧バレロス王国」の流れを()む人々でしたが、身分の上では「貴族階級」ではなく、「戦士階級」に属する人々でした。
(つまり、「領主層」ではなく、その「家臣団」であり、本来は自分の封土を持たずに、主君から年棒を支給されて生活していた人々です。)

 彼等は、デヴォルザムを「辺境の世界」と(あなど)って『ベルカ世界における「身分の判別法」など、知るはずも無い』と(たか)(くく)ったのでしょうか。
 あるいは、故郷の世界が滅び去ったことで、いろいろと(たが)(はず)れてしまったのかも知れません。
 ベルカ世界では「身分の詐称(さしょう)」は「死に(あたい)する罪」であったにもかかわらず、彼等はデヴォルザムの「統王」に対して、『我々はベルカ貴族なので、相応の待遇を要求する』と言ってのけました。
 平たく言えば、『無償で土地をよこせ』ということです。

 一方、統王を始めとする統一王国の貴族たちはみな、ベルカには畏敬の念を(いだ)いていました。ベルカからもたらされた知識や技術が無ければ、そもそも「大陸の統一」自体ができていなかったのですから、それも当然と言えば当然のことでしょう。
 しかし、現実に、第一大陸にはもう「大量の移民」を受け入れられるだけの土地など余ってはいません。
 そこで、統王は惑星周回軌道上で待機している移民船団に対し、『誠に残念ながら』と「古典ベルカ語」で自分たちの事情を説明してから、相手が身分を詐称していることにも気がつかぬまま、実に(うやうや)しい口調で次のように続けました。

『代わりに、東方の第二大陸を御自由にお使いください。我々は技術の(つたな)さゆえ、今まで開拓も思うようには進めることができずにおりましたが、あなた(がた)の技術があれば、さぞや荒れ地の開拓など容易なことでしょう。
 そちらで開拓された土地は、そのままそちらの所有地にしていただいて結構です。皆様「第一世代」の方々(かたがた)が生きておられる間は、租税も免除させていただきますので、御存分に開拓してください』

 移民船団を率いて来た人々は、別室で速やかに協議に入りました。
 現地の王からの申し出は、予想以上に良いモノでしたが、欲を言えば、時差の問題があります。しかし、ここで第三大陸の方を要求するのは、かなり不自然な行為でしょう。何より大切なのは、身分の詐称がバレないようにすることです。下手に話し合いを長引かせるべきではありません。
試しに、『何か交換条件として望むものはあるか』と訊いてみると、統王はごく控えめな口調で「次元航行技術の供与」を要求して来ました。ただそれだけです。
 戦士階級に属する人々は、「土地を所有する権利」に()られて、その条件を呑みました。
 そして、(ひそ)かにその(むね)をベルカ世界の同胞たちに連絡したのです。

 この連絡によって、後に、ベルカ世界の西部州から戦士階級や平民階級の人々が、デヴォルザムに殺到しました。
 若干名の技術者たちも同胞らに乞われてデヴォルザムへ移民し、約束どおり、現地の人々に次元航行技術を供与します。
 また、現地の技術者たちは「六種(むくさ)の神器」のひとつを分解し、ベルカの技術者たちからの指導を受けて、個々のシステムの作り方などについても学んでいきました。
 こうして、デヴォルザムは「戦闘的技術立国」への道を(あゆ)み出したのです。


 ちなみに、ベルカ世界からの〈大脱出〉では、ざっと50年の歳月をかけて、およそ3億6千万人のベルカ人が、合わせて60個あまりの世界へと落ち()びました。
 しかし、その人数は決して均等割りではなく、全体の三分の一が「たった四つの世界」へと移民したのです。

 まず、〈管1ミッドチルダ〉におよそ6000万人。(主に、第一大陸の北側へ。)
 次に、〈外24メリヴェイル〉におよそ2400万人。
 また、〈管15デヴォルザム〉におよそ2000万人。(例外なく、第二大陸へ。)
 そして、〈外39マーシア〉におよそ1600万人が移り住みました。
(残る三分の二が、他の60個ほどの世界に移住したので、そちらは「平均すれば、各世界に400万人ほど」という計算になります。)

 なお、第五位は〈管9ドナリム〉の1000万人弱なので、上記の四世界がいかに「特別な存在」なのかが解るというものでしょう。
【また、「高名なレガルミア」にも、ドナリムに匹敵する人数の移民が来たはずなのですが、その世界はミッド旧暦462年の「次元断層事件」によって丸ごと滅び去ってしまったため、今では正確な資料が残っていません。】

 また、ミッドチルダには「聖王オリヴィエに選ばれた世界」という特殊な事情があり、メリヴェイルやマーシア、ドナリムやレガルミアにも『地理的にベルカに近い』という事情があります。
 地理的な遠さを考えると、やはり、デヴォルザムは『ベルカ移民の数が異常に多い』と言わざるを得ないでしょう。

【なお、この時代にベルカ人が大量に移り住んだ「六十余の諸世界」の中では、管理世界に限って言えば、西端の世界が〈管58アンドゥリンドゥ〉で、南端は19番から23番までの五つの世界で、東端の世界が〈管46クレモナ〉でした。
 いずれも、ベルカからの直線距離は350ローデないし380ローデほどです。航路上の距離でも、片道420ローデほどで、当時の技術力では往復に七日ほどかかる距離ですが、ベルカから「補給も無く、かつ安全に」往復できる距離としては、当時はそれぐらいが限度だったのです。
 また、上記の七世界の中でも、アンドゥリンドゥとザウクァロスとハドマンドにおいては、ベルカ文化の影響はごく限定的なものとなっており、聖王教もごくマイナーな宗教という扱いになっています。】


 
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