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エターナルトラベラー

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番外編 【ありふれ】

 
前書き
今回の話はアンチ成分が多めです。

アンチは書いてから減らして、むしろ肯定的な話に書き換えているのですが、今回の話はほぼ削減してません。

エイプリルフールとかの方が時期があっていたかもしれません。

そんな作品ですが年末年始の暇つぶしになれば幸いです。 

 
くそったれっ!

とアオは心の中で悪態を吐いた。

何度目かの現代日本に転生したアオは、特出するようなこともなく年齢を重ね、高校に通っていた。

そんな穏やかな時間が過ぎる中、まさか異世界にクラスごと召喚されるなんて誰が思うだろうか。

社会科教師である畑山愛子(はたやまあいこ)が授業開始のチャイムが鳴って少ししてクラスに入ってくる。

教室の中は教師が来るまではと皆思い思いにクラスメイトとの時間を楽しんでいたようで、席を立っている人物も多い。

そんなありふれた情景が次の瞬間一気に崩れ去ることになってしまう。

「なんだっ…転位魔法陣っ!」

アオが不意の事態にそんな言葉が口から洩れた。

クラスの中からあふれる非現実的情景への悲鳴が聞こえる。

「みんなっ!教室から出てっ!」

異常事態に愛子先生の声が響くが、そんな余裕があるだろうか。

その転位魔方陣はその中心にいる人物、天之河光輝(あまのがわこうき)を中心にまるでアリジゴクにかかった獲物のように落としていく感覚をアオは覚えた。

つまり無理やり空間に穴をあけ、下方向へと落とすように転位させる術式なのだろう。

そしてこの術式ではアオは転位できない。

アオの存在の大きさがその小さな穴を通り抜けることが出来ないからだ。

見捨てるか?

とはいえ、ここまで行使された転位魔法に今から介入するのは不介入よりもリスクが高い。

最悪クラスメイトが永遠に空間の狭間をさまよう羽目になってしまうだろう。

「きゃっ!」

逡巡しているアオにとっさに光源から逃げようとした女性とがぶつかった。

クラスメイトの谷口鈴だ。

まずっ…このままでは…

すり鉢のように落とす転位魔法に重しのように動かないアオの上へと位置を変えたクラスメイトはこのままでは転位でバラバラにちぎれてなしまうだろう。

逡巡は一瞬で、アオは自分の能力を封印していく。そうする事で転位魔法陣を通れるくらいにアオの存在の大きさを縮小しようと言う事だった。

『マスターっ』

ソルが宝石のままアオの首元から離れた。

くそっ!ソルの力の大きさでは転位魔法の穴を通れないかっ!

ソルもその事は理解したのか彼女に収納されていたアーティファクトの類を一斉に取り出した。

だが、そのことごとくが魔法陣に弾かれてしまっていた。

「くそっ!」

何とかつかむことが出来たのはボロボロの外套のようなものだけだった。

そして光に包まれたアオが再び目を開けるとそこは石に囲まれた小部屋だった。

「ここはどこだ…クラスメイトは…」

辺りに人の気配は無い。

左右を見渡していたアオの頭が突然頭痛に襲われた。

「がっ…なんだ…」

よく見ればアオの足元には先ほどの転位魔法陣とは別の魔法陣が光り輝いていた。

「脳に直接何かが刻まれていく……」

痛みに耐えていると次第に魔法陣の発光が収まった。

そして唐突に理解する。

「魂魄魔法…?」

それが新しくアオに刻まれた魔法だった。

頭痛に耐えて立ち上がると石室に触れた。

辺り一面に窓はなく、また扉のようなものも見当たらない。

だが、その石室が左右に割れ突如として開かれた。

転位の時に掴んでいた外套を羽織ると立ち上がるアオ。

「出ろってことね」

アオが石室から出ると背後の割れた壁面はきれいさっぱりなくなっていた。

「どこだ、ここは」

二度目の自問。

「神崎君っ!」

巨大な石造りの建物の中にいたアオはその向こうの廊下を歩いてきた誰かに声をかけられた。

「愛子先生」

だっと駆け寄る畑山愛子。その奥にはクラスメイト達の姿が見える。

「心配しました。確認したら神崎君だけいないって。谷口さんが神崎君もいるはずだと言っていたので」

谷口鈴とは転位瞬間アオの上に位置をずらした少女だ。低身長で一人称は鈴、普段は左右におさげを結っている。

クラスメイトと合流したアオはこの宗教施設のような神殿から石造りの王城のような建物へと移動する。

長テーブルに備え付けられていた椅子に皆思い思いに座り、説明を聞いた。

イシュタル枢機卿という年かさの男性が言うにはこの世界の名前はトータスと言い、長い間、人間族と魔人族で争っていたらしい。

拮抗していたパワーバランスが、魔獣を繰る能力を身に着けた魔人族の前に大きく傾いてしまい、このままでは人間族は滅ぼされてしまうほどだという。

その事を憂いたエヒトと言う名前の神が俺たちを召喚したという事らしい。

召喚された俺たちは大きな力を持っているという。

そして、現状帰る手段がない事と、魔人族を倒せば帰れるだろうと伝えられた。

その事実を一番最初に受け入れ決断したのはクラスの中心人物である天之河光輝だ。

彼は傍から見ている分には正義感の塊のような少年で、困っているならば人間族の為に魔人族を倒すと決意し、それに同調したのが彼の幼馴染の坂上龍太郎(さかがみりゅうたろう)で、続いて八重樫雫(やえがししずく)そして白崎香織(しらざきかおり)の四人だ。

(これだから、戦争を知らない正義の味方は始末が悪い)

このクラスの中心人物の声に反対していた愛子先生の声が響くはずもなく、否応なく人間族と魔人族の争いに巻き込まれることになった。

(彼は分かっているのか?戦争をしているという事を。そして人を殺すことになるという事を)

説明と国王への謁見を済ませるとプレートメイルを着た威厳のある男性騎士からステータスプレートと呼ばれるものを配られた。

一種のアーティファクトのようで自分のステータスを客観的に見る事の出来るものらしい。

アオもそのステータスプレートを受け取り映し出された内容を見る。

ステータスはオール10。

この世界の一般人と同程度という事らしい。

これが今までアオが唯々諾々と話を流していた原因だった。

普段のアオならばもう少し突っぱねているところだろう。

(能力封印がキツイ)

天職は『盗賊』

所持スキルは…

(これは見せちゃマズイやつだな…)

スキルは二つ記載されていて、強奪(スキルテイカー)と魂魄魔法の二種。

強奪スキルは他人のスキルを奪い取るスキルのようだ。

(そんなラノベの主人公のような…)

強奪なんて言う他者のスキルを奪うスキルなんてものの存在を明かせば確実に大変なことになる。

最悪クラスメイトが殺しに来るという展開すらあり得るかもしれない。

メルドと名乗った騎士団長であるらしい男性が、ステータスを見せるように言う。

クラスメイトは順番にみな自分のステータスを告げていき、アオの前にやってくるメルド。

「さあ、君の職業は何だ」

「悪いけど黙秘で」

アオは隠すことにした。

「それは困る。それではこの後の戦闘訓練で支障が生じてしまう」

君たちのためだとメルド。

「だが俺にはそれがステータスを見せる理由にならない」

「なっ…」

今まで流されるように皆ステータスを開示してきたためかアオの意志の強さにメルド団長は面を食らってしまったようだ。

そのやり取りを見ていたのか天之河光輝が近づいてきて口をはさむ。

「神崎、皆がステータスを見せているんだ。君も教えるべきだろう」

光輝の言葉がクラスメイトの視線を集めた。

「なぜ?」

「なぜって、それは皆が見せているんだから…」

「それは理由になってないよね。君は問われれば今日はいているパンツの色も答えるのかい?」

「なっ!」

アオの言葉に何かを想像したのだろうか、数人の女子クラスメイトが頬を染めた。

「それとこれとは…」

「同じさ。俺は隠したいと言っているんだ」

「なぜだ…」

アオの視線がとあるクラスメイトへと向かう。

「南雲ハジメ」

光輝が呟く。

それは先ほど、彼のステータスを強引に覗き込んだ檜山大介のせいで錬成師と言うありふれた天職と最弱ステータスが露呈し、すでにクラスのカースト最下位へと転落していた。

それを見たまだステータスを開示していない残りのクラスメイトは一斉にステータスプレートを隠した。

今後はアオに追従する者も現れるだろう。

「メルドと言ったか。お前は浅はかだ。俺たちの世界のこのくらいの集団は往々として仲間外れを作りたがるのさ」

「むぅ…」

可哀そうではあるが南雲ハジメのクラス内カーストは最下位で固定されてしまった。

あれを見て誰がああなりたいと思うだろうか。

「く…だが…」

まだ何かを言いつのろうとする光輝。

「お前には俺に謝ってほしいのだけど」

アオの視線が光輝をつらぬく。

「な、なぜだ」

「お前は一方的に俺を責めただろう。しかしそれが正しくないと理解したはずだ。ならば非を認め、謝るべきだ」

光輝は一度かぶりを振り。

「く……すまなかった」

絞り出すように声を出す光輝。

彼の今までの人生は正しさを貫けば自分の考えが必ず押し通されてきた。

しかし、今回のような問題には正しい答えは存在しない。

一方では確かにステータスを開示するのは正しい事だろう。しかしその結果優劣を競う事になる問題は人間関係を歪にする。

「忠告するよ。君の言葉には何一つ正義は存在しない。その歪さはきっとこの先誰かを殺すよ」

「なっ…」

「そこまでにしてもらおう。仲間割れは困る。これ以上問題を大きくするのなら君には出て行ってもらうことになる」

と、メルド。

「それも悪手だ。もしここで俺を追放すればさらに亀裂は深くなるぞ。別に俺はそれでもかまわないが」

アオはたとえここで別行動を取ったとしても生き抜く自信がある。

「ぐっ…」

「神崎、お前は卑怯者だ」

光輝が顔をしかめた。

「そうやって都合が悪くなると相手を悪にするのだな。そしていつも自分は正義の方に居るわけだ」

そして今までは天之河に多くのクラスメイトが賛同していた。つまり天之河が言った言葉が正義だった。

だがアオはそれを認めない。

「そんな訳っ…」

反論しようとした光輝を割り込んできた八重樫雫が肩を掴んで止めた。

「そこまで」

「雫…だが…」

アオの言い分は認められないと光輝。

「神崎君も。今はこんな事をしている場合じゃないでしょう」

「君のそう言う過保護な所が彼を歪にしているのだと思うぞ」

と言ってアオは肩をすくめた。

「忠告、耳に痛いわ」

さて、残りのクラスメイトの半数はやはりステータスの開示を拒否した。

それを見てイキリ立った光輝がまた口をはさみかけ、それを八重樫と坂上が止めている。

(これで多少は南雲の差別が減ると良いけれど)

この事件でクラスの中でアオを腫物のように扱う空気が出てきた。

人間特殊な環境に居ると自分よりも弱い立場の人間を作りたがる。

アオ自身はクラスメイトにどう思われようが潰れる事などないが、南雲ハジメにはきついだろう。

簡単な確認が終わると、今日は疲れただろうからと王城内に一室ずついただいた部屋で就寝。

アオは天蓋の付いたベッドに寝ころがり、現状確認に努めることにした。

「このマフラーはたしか…ミイタが作ったテングノカクレミノの改良版か」

天狗の隠れ蓑とはミイタの作ったアーティファクトの一つだ。

アオはもう忘れているのだが、ネギまと言う漫画に出てきたアーティファクトだ。

その効果はミイタの改良もあって、大きく伸び縮みし、本来の能力に加えて透明マントのように姿を透過する能力が付随されている。

その効果は単純にありがたいとアオは思った。

「確かマントの中に入れるのだったか」

そう呟いたアオはマントを被った。

するとアオの体は吸い込まれるように消えていき、後にはベッドにかけられたテングノカクレミノ。しかしそれも厚さもなく溶け込むように消えて見えるのでまるでそこには何もなかったかのような風景だけが残った。

テングノカクレミノの中は大きな一軒家ほどの近未来の生活スペースにつながっていて、個室やキッチン、倉庫なんかにつながっていた。

ミイタの魔改造のおかげか、冷蔵庫や空調設備はどういうエネルギーを使っているのかまでは分からないが不都合なく使え、いつまでも引きこもっていられるつくりをしていた。

「食料は無い、か」

しかしそれは設備面だけで、中身は空っぽだった。

「包丁を武器にするのはなぁ…」

包丁程度であればこの世界で何か他の武器を手に入れた方がいいだろう。

一縷の望みをかけて倉庫を見て回ったが、武器などは無く、あったのは箒が一つ。

この箒にも銘が刻まれていて。

「オソウジダイスキ…まぁ飛行魔法がかかっているだけ助かるか」

このアーティファクトも本来の機能とは別にミイタにより飛行能力を得ていた。

とは言え、体を浮かす魔法ではなく、箒自体が浮き上がるのでまたがって乗るしか飛ぶ方法が無いのが玉に瑕だ。

「贅沢は言ってられないか…」

転位時に持ち込めた物はテングノカクレミノとオソウジダイスキの二つだけ。

「後は…」

アオはステータスプレートを見ながら現状を確認する。

新しく手に入れたものは強奪と魂魄魔法の二つ。

転位前まで使えていた能力の一切は使えない事が分かった。

事前準備無しで制約と誓約を織り交ぜての能力封印が原因なのは間違いない。

しかし絶望するには少しだけ希望が残っている。

「スキルポイント…」

ステータスプレートを操作するとスキルポイントの項目が現れ、どうやらこれを振り分ける事で以前のスキルを習得できるようだった。

「ゲームかっ!」

それはスキルツリーのように表示され、下位の能力からスキルポイントを消費して習得できるようだ。

アオは焦らずに項目の全てに目を通す。そして…

「写輪眼たっかっ!影分身はもっと高いっ!」

手持ちの初期スキルポイントでは逆立ちしても取れそうにない。

全体的にアオがよく使っている能力ほど消費ポイントが高く、似たような能力のものでも使用頻度が皆無なものは能力の強弱を比較すれば習得ポイントは低い。

「ステータスプレートにレベルが書いてあるから、レベルが上がればスキルポイントも増えるだろうが…」

ご丁寧にどういう基準かステータスプレートにはレベル1の文字が見える。

「と言うか…念と魔法もポイントがいるのかよ…」

アオにとって生命線と言っても良い技能まで今のままでは使えない。

「あとはこれか…ポイントの還元」

それは非アクティブのスキルをステータスプレートでの再取得を完全に諦めることで相応のスキルポイントに還元する機能で一度還元されたスキルの再取得は難しくなる。

とはいえ、この封印自体もアオが自らしたものなので、時間をかければ自然と解放されるようにできているし、還元したスキルも戻ってくるはずなのだが、緊急事態だったのでどれほどの期間がかかるかはアオ自身にも不明だった。

一年かもしれないし、十年かもしれない。まさか百年では無いと思いたい所だ。

もう一つの問題は還元する事で得られるポイントは取得に使うポイントよりもかなり低いと言う事だ。

等価交換ではないのである。

しかし背に腹は代えられず。スキルの精査をしてアオはまずゼロ魔式魔法をすべてポイントに還元し、念と魔法を再取得する。

「一部のスキルはレベルアップ方式かよっ!」

習得した念Lv1は纏がどうにかできる程度。魔法Lv1はリンカーコアのランクでE-ほどだ。

「これは尖らせないと生死に関わるな…」

尖らせるとはどちらかを切り捨てると言う事だ。

魔法もソルが手元に居ない現状、時空間魔法を除いてその殆どをポイントに変換し時空間魔法を再取得。

「これでいつものように帰還ポイントを割り出せれば良いが…」

今回は世界の上下移動だ。そして下るよりも上る方が難しい。時空間を開けて探知ブイを流したとしてもいつもよりも時間がかかるだろう。

「そしてやっぱり写輪眼がほしいっ!」

だが高い。今は男であるため使いづらいシンフォギアシステムなども還元しているが基本巴の写輪眼にも届かないほどだ。

逆に言えばそれほど良く使っていたと言う事である。

だがアオは見つけた。

コスパ最強の瞳術を。

さらに瞳術のいくつかをポイントに還元し、一つの瞳術を取る。

ステータスプレートには輪廻写輪眼【紫】の文字が浮かび上がった。

そしてアオの左目に浮かび上がる紫色の輪廻写輪眼。

しかし、この瞳術はコストパフォーマンスは最強であったが、その上でさらに切り替えを不可能にする事でさらに使用ポイントを下げることに成功したのだ。

「しばらくは左目は閉じておかないとかな…」

だが、その効果は絶大だった。

これ一つで基本の写輪眼の能力はもちろん、忍術における火・水・風・土・雷の五大属性の最大レベルで習得し、六道の術が使え、固有瞳術である天手力(あめのてじから)も使え、天照とおまけなのか左目の輪廻写輪眼で加具土命まで使えるのだ。

「マジでコスパ最強。だが……はぁ…やってしまった…」

火・水・風・土・雷の適正がレベルマックスになるのなら当然忍術も使えるはずと火遁・水遁・風遁・土遁・雷遁のスキルを還元してしまったのだ。

だが、習得したのは適正であり、遁術では無い事に気が付いたのである。

結果、五大遁術のことごとくを使えなくなってしまった。

「五大属性のレベルアップで解放される複合忍術スキルは還元してないのがまだ救い…か。ポイント的にまだ取れないけれど…うーむ…木遁高いなぁ」

木遁や塵遁、灼遁、沸遁などはまだ還元していないのでポイントを割り振れば使う事が出来るだろう。

「後は…」

ドラクエ式の呪文の精査に入る。

あまり使う機会のない魔法だったが、こう言った場合には有用なものが多い為、ポイントに還元する事がためらわれた。

取得ポイントが低いと言うのもある。

残ったポイントでメラ系とヒャド系、ホイミ系のレベルを最大まで上げ念レベルと魔法レベルを上げた所でポイントが尽きてしまった。

「耐性系スキルが高い…くっそ…まじくっそ…」

命綱である耐性系スキルはやはり命綱だけあって消費ポイントが高く、現状の習得は見送るほかなかった。

次の日からクラスメイト達には戦闘訓練が始まった。

魔法の使い方や近接武器での戦い方等をメルド団長をはじめ城の騎士たちが指導している。

魔法の授業を見てみたが、アオには必要がない程度の物なので初日以降は城を抜け出して一つの魔法の開発に費やしている。

一度覚えてしまった魔法やスキルはスキルボード経由でしか再取得はできない制約があるが、新しく別のスキルを覚えることに制限はない。

なので、今アオはミイタたちから聞いた極大消滅呪文の練習中だ。

左右の手にそれぞれメラ系とヒャド系の魔力を均等に放出して留め、合一して放つ。

そう、メドローアである。

「はぁ…はぁ…はぁ…」

城を出て深い森の中で木を背もたれにして座り込み、肩で息をしているアオ。

「結構、ムズイな…」

プラスのエネルギーとマイナスのエネルギーの合一による消滅現象。

影分身を覚えていないアオではメドローアの習得には手間取っていた。

「とはいえ、覚えたぞ」

見れば森には一部まるで消滅したかのように抉れている部分が見て取れた。

切り札を手に入れたアオは城に戻ると一風呂浴びて部屋へと戻る。

その途中、訓練場の前を横切っていると、見つけたとばかりに顔をしかめた光輝がアオに近づいてきた。

「神崎、君はなぜ戦闘訓練に出ないんだい」

すごい剣幕だ。

「ほかの皆は一生懸命訓練しているというのに君だけサボっている」

まるでサボっていることが悪い事と決めつけているかのような物言いだ。

いや、一般的に言えばサボりは良くない事なのだが。

サボっているかどうかは光輝の主観だ。実際アオはむしろ良く修行していた。

その成果かレベルが少し上がるほどだ。

だが、まぁここは…とため息を吐くアオ。

「それは君の勘違いだ」

「何?」

アオと光輝の会話に訓練中のクラスメイトの視線が向いた。皆聞き耳を立てているようだ。

「なぜなら俺は一言も魔人族と戦うとは言っていない。訓練しろと言われても困る」

「なん…だと…だが、皆で決めたことじゃないか」

だから団体行動を乱すなと光輝は言う。

「皆とは誰の事だ?その中に俺は入ってないつもりだが。ひとりひとりに確かめたかい?」

「そんな事は、だが…」

皆でと光輝。

「多数決がいつも正しいとは思わないことだよ。赤信号を皆で渡っても青信号ではないんだよ?今君がしている事はそういう事だ」

間違った事をしていたとしても大多数が同じことをしていれば間違いだと思っていても実行してしまう。

「違うっ!」

「何が違う?どこが違う?」

光輝を煽るアオ。

「君の中では魔人族と人間族の戦いに人間族の味方として戦う事は正しい事なのかもしれない。だけどね、それは俺にとっては赤信号を渡る事だと言う事だ」

暗におかしいのはお前たちだと言うアオ。

「そんな事…」

「戦争に参加する事は正しい事なのか?それも自分には関係のない国の、ね」

アオの言葉が光輝を抉る。

「でも、元の世界に帰るためにはそれしかない事も事実よ」

「また君か八重樫」

見かねた雫がアオに近づいて来て光輝の肩を持った。

「雫っ」

光輝が我が意を得たとばかりに破顔する。

「それを誰が言ったか覚えているか?」

アオはどうだったと問いかける。

「それはイシュタルさんが…」

雫は言いよどんだ。

「何と言っていた?いや、良い。俺が答えよう。帰れるかどうかもエヒトさまのご意思次第。天之河の救済さえ終われば返してくれるかもしれないという言葉にエヒト様も救世主の言葉を無下にはしますまいと言ったんだ」

「だから、人間族を救済すれば帰れるんだ。俺はクラスメイト全員を元の世界に返してみせるよ」

と強い口調で正しい事をしていると光輝はアオをにらんだ。

「でもそのイシュタルと言う爺さんはその前に何と言った?」

「え?」

「現状帰る手段はないと言ったんだ。そしてその後の言葉は天之河の希望で、あの爺さんは帰れるとは言っていない」

「なっ…」

クラスメイト全員の表情がそう言えばと曇る。

「一番重要な事はね、召喚された俺たちの誰一人として神の望みを直接聞いていないと言う事だ。すべてはイシュタルの爺が言っているだけの事で、それをただ盲目に信じているだけだ」

「そうだ…誰も帰れると…戦争に勝てば帰れるとは言っていない…」

それはクラスメイトの誰かの言葉。

それは急速に伝染した。

「嫌…わたし、戦うなんて本当は嫌なの…」

「おれ…俺もだ…」

「皆、待ってくれっ!皆、神崎の言葉が正しいとでも言うのかっ!」

とクラスメイトを振り返った光輝が言う。

「じゃあどこが間違っているというのっ!」

クラスメイトの誰かが言った。

理論整然と、アオの言葉はクラスメイトの中にスッと落ちていった。

そして皆気が付いた。

確かに帰れるとは言っていないし、神が現れて魔人族を倒せと聞いたクラスメイトも居ないと言う事を。

そしてアオがトドメの一言。

「その神の声を聴いたと言うのはイシュタルと言う爺だけで、この国は戦争に使える人材が欲しいだけだろ」

それは愛子先生も言っていた事で、皆うすうす気が付いていた事だ。

うわぁあぁああっ!

恐慌が電波し訓練どころではなくなってしまった。

クラスメイトの誰かが居ても立ってもいられず自室へと走っていった。

それを皮切りに戦闘に自信のない女性徒を中心に三分の一が訓練を離脱する。

「みんな、だめだ、待ってくれ。俺の話を聞いてくれっ!神崎にだまれれちゃいけない」

必死に説得を試みる光輝。

「騙すとは心外だ。俺は事実をそのまま言っただけだ」

「神崎っ…お前っ」

険しい表情でアオを見る光輝。

「睨むな睨むな。都合が悪くなると他人の所為にするのがお前の癖なのか?性質の悪い」

「ちが…俺は…ただ正しい事を…」

正義の味方は他人の所為にはしてはならないのだ。

その矛盾が光輝を止めた。

「神崎君、そこまでにしてくれるかな。このまま光輝が使い物にならなくなったら私たちが困るわ」

八重樫が間に入った。

確かに光輝の勇者と言う天職とステータスの高さゆえにこの城に無償で滞在させてもらっているという暗黙があるのは事実。

「過保護もほどほどにな」

アオは肩をすくめると訓練場を後にして自室へと戻った。

次の日、メルド団長は訓練続行の意思の有るクラスメイト達を連れて王城を離れ、実地訓練に赴いて行った。

オルクス大迷宮と言うダンジョンに行くらしい。

それでも三分の二ほどのクラスメイトが参加する事にアオは驚いていた。

これはアオから引き離し、また同時に戦う事への忌避感を鈍化させる為だろう。

その夜。

ベッドで睡眠を取っているアオに忍び寄る凶刃。

それは音もなくアオの部屋に忍込み、今まさにその手に持った短刀を振り下ろしていた。

その短刀を待っていたとばかりに寝ているはずのアオは挟み込むように受け止める。

「なっ!」

「やり方が稚拙なんだよっ!寝とけ」

アオは起き上がりざまに拳を刺客にたたきつけ、気絶させる。

クラスメイトを都合の悪い方向へ先導したアオだ。こうなる事は当然予想していた。

「さて、黒幕に会いに行きますかね」


イシュタルは王の執務室で彼と二人で隠密の報告を待っていた。

もう少しすれば隠密は神崎アオの殺害完了を報告に来る。そのはずだった。だが…

バリィン

背面のガラスが割られ、何か大きなものが部屋の中を転がる。

それは人間のようだった。

「なんじゃっ!」

驚き声を上げるイシュタルに音もなく近づいた何者かは何の感慨もなく暗殺者の短刀が振るわれる。

まずは神に祈るための両腕が切り離された。

「うぎゃあああっ!」

痛みに大口を開けるイシュタルは、次に神の言葉を代弁するその舌が切り裂かれる。

「うぐぉおぉおっ!!!」

大量の血を流し床に倒れるイシュタル。

その眼だけはアオを睨みつけていた。

そしてその惨劇を起こした何者かはその短刀を王様の首筋にそっと添えた。

「王の執務室でこんなことをして無事でいられると思っているのか?」

とエリヒド王が言う。

「まぁ、朝までは大丈夫じゃないか?皆ぐっすり眠っているさ」

「なっ」

確かにこれだけの物音を立てれば駆けつけてこない方がおかしい。

アオは新たに得たスキルポイントでラリホーを取りレベルを上げると、ラリホーマの呪文でエリヒド王とイシュタルを除いて城全体を眠らせたのだ。

「なぜ、俺がここに来たかは分かっているだろう?」

エリヒド王は強靭な丹力でアオを見上げる。

アオの開いた左目を見つめると、とてつもない悪寒に身を震わせた。

紫色をした眼球に同心円の波紋を広げる瞳が人間であることを否定させるようで恐ろしい。

「余たちがお主を暗殺しようとしたからか」

「そうだ。恐れ多くも神のご意思で召喚されたはずの、な」

「ぐぅ…」

神によって召喚された人間を人間の王が殺すと言う矛盾。

「しかし仕方のない事だったっ!」

アオの煽動で三分の一のクラスメイトが自室に引きこもっている。

それでは魔人族との戦いを控えた人間族には都合が悪いというもの。

そして彼らにしてみれば神に直接その使命を与えられたのだ。戦うことが当然で、戦ってもらわなければ価値は無いのだ。

「理解はするがね。だが、魔人族を滅ぼす為に呼ばれた俺たちが魔人族に対抗できない人間族が倒せると思っていたのか?」

だが実際、天之河光輝をして現状のステータスはまだメルド団長の方が高い。

雛の内ならば、と考えたのだろう。

そこに来てアオはイレギュラーだった訳だが。

「何が望みだ…」

問いかけるエリヒド王の横で這いつくばっていたイシュタルがアオが切り捨てた舌に必死に切断されて残った舌を必死に伸ばしている。

それは切断面をくっつければ治るとでも言っているよう。

(秘薬の類を歯に仕込む位のことはするか)

アオはそれを輪廻写輪眼で視認すると次の瞬間、イシュタルの眼前で切り離された舌に黒い炎が燃え上がった。

天照。

「ひぃっ!!?」

「んんっんんんんんっ!!」

イシュタルの声にならない絶叫。運がよかったのはあまりの熱さで黒炎に触れずに距離を取った事だろうか。

そして床に転がる両腕にも黒炎は現れ跡形もなく燃やし尽くした。

無詠唱、それもひと睨みするだけでこのような事が出来るアオを目の前にエリヒド王は虚飾を張るために精一杯の精神力を動員しなければならなくなってしまった。

「この黒炎には面白い効果があってね。対象を燃やし尽くすまで消して消えない。水をかけようとも、ね」

触ってみるか、とアオがエリヒド王を揺すった。

「早く望みを言えっ!…ぐぁっ!!??」

無造作にアオは掴んだエリヒド王の頭を執務机に打ち付けた。

当たり所が悪く前歯が折れてしまっている。鼻の骨も折れているだろう。

今まで感じたことのない痛みに、虚飾を張る精神力を一瞬で奪われてしまったエリヒド王はおびえた瞳でアオを見上げる。

イシュタルを見れば体の欠損部の止血は出来ているようだ。

「俺は暗殺者を向けられたからその黒幕を殺しに来ただけだが?」

「な…」

「だが、逆恨みされても面倒だ。城の中の人間は皆寝ているのだから禍根の無いように妃を殺し、娘を殺し、息子を殺し、使用人のことごとくを殺しつくし…」

この男は本当に殺す。そう思うほどの殺気だった。

「すまなかったっ!」

エリヒド王がかぶせ気味に声を上げた。

「何でもする、何でもするから、余はどうなってもいい。だから妃と子供たちの命ばかりはっ!」

その言葉を引き出したアオはにやりと嗤う。

エリヒド王の心は完全に折れていた。

一番邪魔をするであろうイシュタルはその意思を伝える舌と腕はもう無い。

「戦いを厭うクラスメイト達をこれ以上唆して戦場に連れて行くな。衣食住の保証と自立の支援をしろ」

「分かった…これ以上戦いを強要する事はしない…だが…」

折れてしまっている心をどうにか奮い立たせて総動員してもそれ以上の言葉はつむげず、人間族の窮地である事実と懇願の視線をアオに送る。

「自ら死にに行くような奴らは知らん。天之河光輝なら言われずとも勝手に加担するだろう。だが、強要も遠回しの要望もするな」

「約束しよう…」

次いでイシュタルを見る。

「神殿勢力を城から追い出せ」

「なっ…それはあまりにも…」

エリヒド王が難しいと声を上げた。

この国では宗教が国政の上にある。

そのためイシュタルの意思の方が国王の意思よりも重要なのだ。

「こっちを折るのは面倒くさいのだが…」

神に心酔している者の心を折るのは難しい。特に狂信ともいえる信仰心のある者は特に。

「いっそ神山すべてを消してしまうか?」

などと恐ろしい事を平気で言えるアオが恐ろしい。

「まぁこいつはもう何も出来ないだろうよ。下を突いて代替わりさせろ。できれば金に汚く賄賂を受け取る奴が良い」

その隙に教会勢力を追い出してしまえとアオが言う。

「約束をたがえぬ方がいい。見逃してやるのも一度だ」

そう言ってアオの両手から魔力がほとばしり、合一されると弓の形に引き絞る。

「メドローア」

放たれたそれは王の執務室に大きな穴を開け、神山のふもとを吹き飛ばしていた。

その威力に王の表情がこわばる。

わざと外しはしたものの、この魔法は衝撃で物が壊れると言った感じではなく、消失するようにきれいに円形にえぐり取られていたからだ。

「二度目は無い。仏のように広い心は持っていないのでね」

「ホトケとはなんだ…?」

しまったとアオ表情が歪む。

「……俺たちの世界の神様だ」

執務室を出たアオを月光が照らしている。

「まぁ、これくらいはね。クラスメイトなのだし」

アオは一人呟いた。

戦いたくないクラスメイトを戦わなくてもよくするくらいは、とアオはただ月を見ていた。


夜が明けてからの王城は慌ただしさが広がり一部混乱しているようだが、アオや一部居残ったクラスメイト達には穏やかな時間が過ぎていく。

数日が過ぎるとオルクス大迷宮に行っていたクラスメイト達が王城へと帰って来た。

しかしその表情は一様に暗い。

クラスメイト全員での帰還が叶わなかったからだ。

オルクス大迷宮攻略に赴いたクラスメイトの一人、南雲ハジメが迷宮で命を落としたらしい。

らしいと言うのは上層でトラップに引っかかった挙句、人類最到達階である地下65層に転位した。

そこは一本切り立った橋が架かっていて強大なモンスター…ベヒーモスと言うらしいその巨体のモンスターに襲われてしまい、退路はトラウムソルジャーと呼ばれるリビングデッドを大量に召喚されてしまい絶体絶命だったらしい。

その窮地をどうにか切り抜けたが、その過程で南雲ハジメはベヒーモスとともに欄干を滑り落ちていったとか。

聞いた話なのでアオにはそれ以上は分からなかった。

王城にある夕食を囲む長テーブルは、今は二つのグループに分かれている。

居残り組とオルクス大迷宮攻略組だ。

攻略組は皆暗く俯いている。

その様子を見た天之河光輝が声を張り上げた。

「みんな、聞いてくれ。俺たちは俯いている暇なんてない。なぜならオルクス大迷宮を攻略するくらいの実力を身に着け、元の世界に戻るために。南雲ハジメの為にも止まっている暇なんてないんだ」

勇者の激励。

しかし、一部逆効果の人物も居たらしく、席を立つと居残り組の方の長テーブルへと移る人物が三分の一ほど出てしまっていた。

それを良しとしなかった光輝はアオの座る居残り組のテーブルへと近づく。

「立ち止まっちゃダメだ。南雲ハジメの為にも、俺たちは皆で元の世界に帰らなければならない。そのためにはオルクス大迷宮の突破は必須だ」

その言葉を聞いてもこちらのテーブルのクラスメイトは俯いたままだ。

もうたくさんなのだろう。もうこちらのテーブルの人間は天之河光輝と言う人物の言葉がどういうものか、心の底で理解している。

もう彼の言葉は毛先ほども響かなかった。

「どうしたんだ、皆…みんなおかしいよ」

自分の正しさが伝わらないと途端に相手を悪にする悪癖。

たまらずアオが立ち上がった。

「お前、気持ち悪いよ」

「神崎アオ…またお前か…」

憎々しい表情が隠れ切れていない。

「お前が戦うとクラスメイトを扇動した結果、南雲ハジメが死んだんだろう?南雲ハジメの死はお前の責任だ」

「違うっ!」

すぐさま天之河は否定する。

「違わないだろう?」

「違うっ!戦うと決めたのはみんなが決めたことだっ!お前とは違うっ!」

責任の所在を無意識にも自分の元にしたくないのだろう。言葉に熱がこもる。

「そうなのか?」

アオがクラスメイトを見渡すと、天之河光輝に同調する声が少数、残りは下を向いた。

「違うみたいだぞ?」

クラスメイトの大半は天之河光輝の言葉に乗せられただけだ。今までは彼の発言は常に正しいものだったからだ。

「みんな…どうして…」

俯きつつ盗み見るクラスメイトの視線は暗に南雲ハジメの死は天之河光輝にあると責めているようだ。

「みんなが決めた事…か。実に使い勝手のいい言葉だな。ほら、皆がお前が悪いと言っているぞ」

アオの煽動で、ハジメが死んだ間接的な原因は確かに光輝にあると誰の目も語っていた。

「そんな…そんな訳…」

「お前の中の正義は数の多い方なのだろう?」

今までに経験したことのない不快感が天之河光輝を襲った。

目の前がグルグルと回り、立ち眩みで足がふらつく。

「そろそろ現実をみる頃だ。何もかも自分の思い通りの結果になる事など無い、と」

「俺は正しいんだ…正しいはずだ…」

光輝はなにやらぶつぶつと暗示のようにつぶやいていた。

「戦えもしない奴が…彼の言葉に騙されてはダメだっ!なぁみんな!」

光輝が声を張り上げてクラスメイトを見渡した。

クラスメイトの半数が確かにと言う視線を送った。

今まで一度もアオは戦闘訓練にも参加せず、またオルクス大迷宮攻略にも赴いていないからだ。

そして、この非日常にはどうしても力が必要だと言う現実を受け入れているクラスメイトも少数ながらいるようだ。

多数が正義。ここに来て光輝が盛り返しす。

なのでアオは仕方がないとまた多数を取り戻すために言葉を発する。

「力が正義と言うのなら、一度徹底的に折ってあげるよ」

そう言ったアオはクイと訓練場を顎で指し、夕食会場を先になって出る。

「神崎アオっ」

訳も分からず怒りをあらわにする光輝。

「まって、光輝っ。戦わないでっ」

天之河光輝のストッパーを自他共に認める八重樫雫が光輝を止めた。

「雫、止めないでくれ。大丈夫、一度神崎の頭を冷やすためにも必要なんだ」

彼の中ではそういう事に変換されていた。

「違う、違うのよっ!」

しかし雫の静止の言葉で光輝は止まらず、夕食会場を後にする。

「シズシズでも止められなかったか…まぁ、光輝くんが負けるはずないよね。昔から八重樫道場に通っているんだし」

そんな雫に話しかけたのはクラスメイトの谷口鈴だ。

「鈴…違うの…違うのよ…」

「何が違うの?」

「小さいころから剣術を学んでいたわたしが神崎くんとは戦いたくないのよ…」

「それってどう言う…」

八重樫雫は元の世界でもふとした瞬間に神崎アオに違和感を感じていた。

それは些細なことで、気のせいで済ませられるレベルの物だったが、今思えば自分の父や祖父のように戦いの心得のある者のオーラのようなものだった。

それがこの世界に来てとても顕著になった。

父や祖父に感じるものよりもずっと大きい。

「……光輝は負けるわ」



……

………

訓練場で数メートルの距離を開けて対峙するアオと光輝。

それを遠巻きにクラスメイト達が見ていた。

皆、心配やら恐怖、あるいは嫉妬の視線を向けている。

「神崎アオ、俺が勝ったらもうクラスメイトにちょっかいをかけるのはやめてもらう」

完全武装で聖剣向けている光輝は強気だ。

「良いだろう。俺の目的はお前の鼻っ柱を折ることだ。互いに良い条件だろう」

対するアオはぼろいマフラーから一本の箒を取り出した。

「馬鹿にして…」

アオの武器を見た光輝の目が細められた。

アオの閉じている左目がさらに馬鹿にされているようで光輝は静かに闘志を燃やす。

「行くぞっ」

光輝が先に動き、アオとの距離を詰めていく。

「努力もしていないお前なんかに、俺は負けない」

上段に構えられた聖剣。

確かにこの世界に来て膂力の増した光輝のそれで振るわれる聖剣は王国の一般兵では受けることも出来ないものだろう。

だが…

一瞬、光輝にはアオが消えて見えた次の瞬間…

「がっ!」

光輝の後頭部に振り下ろされた箒に彼は地面に叩きつけられ苦悶の声を上げた。

「なになに、なんで光輝くんは倒れてるの?あんなにゆっくりとした動きだったのに」

と鈴が言う。

鈴の言うようにアオの動き自体はギャラリーであるクラスメイト達にはそう素早い動きには見えず、漫画みたいにいつの間にか後ろにいた訳ではない。

彼女たちには勝手に攻撃を外した光輝を後ろから箒を叩きつけたように見えたのだろう。

「完全に見切られているわね。光輝は剣を上段に構えてしまった。あとはもう振り下ろすしか攻撃の手段がない。攻撃が限定されれば見切ることも出来るわ」

雫が鈴に説明する。

「へぇ」

「鈴、そう簡単なものじゃないのよ。光輝もわたし達もこの世界に来て相当力が上がっている、攻撃速度も上がっているのよ。それを…簡単そうに避けたと言う事は彼の技量の高さを物語っているわ。…まぁ光輝は気が付かないのでしょうけど」

「くそっ」

光輝は立ち上がると聖剣を握りしめ、今のはまぐれだと言わんばかりにアオに向かう。

しかし、そこからの戦いは一方的であった。

振るわれる聖剣はただの一度もアオにはかすらず、アオの箒は確実に光輝を地面をなめさせている。

「はぁ…はぁ…くそ…クラスメイトだからと、使わないつもりだったけど」

「まさか光輝のやつ、神威を使うつもりかっ」

雫の隣にいた坂上龍太郎が驚愕の表情を浮かべた。

神威。それは必殺技と言っても良い彼のスキルで、詠唱完了後、振り下ろされた聖剣から強烈な光が打ち出され多大な熱量と共に敵を吹き飛ばす。

「神意よっ!すべての邪悪を滅ぼし光をもたらしたまえ。神の息吹よ。全ての」

「やめろ、光輝っ!」

冷静を取り戻した龍太郎が吼える。

「クラスメイトを殺す気かっ!」

だが、もちろんアオに対してそんな事が起こるはずもない。

瞬間。今度は本当にアオが消えて見える速度で動いた。

「詠唱が長げぇよ」

「がっ!」

再び地面をなめる光輝。

いつの間に光輝を地面に叩きつけたのか。今度こそクラスメイトには分からなかった。

詠唱や変身バンク中に攻撃をしてはいけないのはアニメの中だけのお約束なのだ。

時間がかかる大技は、発動前に潰すのは当然の事。

そして無造作に光輝の後頭部を踏み抜くアオの右足。

「ぐっ…」

それは狙いたがわず、彼の鼻骨を粉砕した。

宣言どおりに彼の鼻っ柱を折った形だ。

…物理的にだが。

鼻血を流し、鼻を抑え激痛にのたうち回る光輝。その姿はもう勇者と言うよりは道化のよう。

「うううううっ…痛い…痛い…」

勇者と言う高パラメーターのおかげでオルクス大迷宮でもダメージらしいダメージを負ってこなかった光輝。

そこに来て鼻骨粉砕と言う現代日本だったらもしかしたら元通りにならないダメージにショックを隠し切れないようだ。

「戦いに集中しろ。痛みで敵から目を背けるな」

「うううう…くそ…」

光輝の腕が鼻から聖剣に戻り、正眼に構える。

「限界突破っ!」

それは彼の切り札とも言う程のスキルだ。

効果終了後、倦怠感にさいなまれるほどのデバフを受ける事になるが、自身のパラメーターを倍加させ、ただでさえ高い光輝のパラメーターなら他者の追従を許さないほど。

一度も戦闘訓練を受けていなアオでは対抗することも出来ず、圧倒されるはずだった。

しかし…

「おい、嘘だろ…」

それは誰の呟きか。

そこからの戦いはあまりにも一方的で、手加減されていた事実をまざまざと浮き彫りにさせた。

光輝の鎧は原型をとどめず、肩を砕かれ腕を折られ、膝から下はあらぬ方向を向いている。

バタンと倒れ込む光輝の腕から聖剣が離れた。

「うぅ…くぅ…」

カシャと音を立てて聖剣を拾い上げるとアオは仰向けに倒れる光輝の首元にその刃先を添えた。

ツプと浅く切れた首筋から玉のような血がしたたり落ちる。

「や…やめ…」

「なんだこれはっ!」

訓練場に大人の声が響く。この騒ぎを聞きつけてやってきたメルド団長だ。

彼は勇者と問題児であるアオが決闘をしていると聞いて止めるためにやって来たのだ。

いくら勇者とはいえ、クラスメイトを一方的に痛めつけては醜聞に関わる。

だが彼の目の前に広がった光景はまさに真逆だった。

「勇者さまっ!…くっ」

駆け寄ってくるメルドをアオが視線で止めた。それ以上近寄れば殺すとでも言っているようだ。

アオは無造作に聖剣を振り上げると突き刺すように光輝へと振り下ろした。

ガンッ

誰も動くことは出来なかった。

アオが離れてからようやく雫と龍太郎が光輝の容態を確かめるために近づけた。

「大丈夫、気絶してるだけ。生きているわ。辻さん、回復頼めるかしら」

あまりの恐怖に気を失った光輝。

「え、あ…うん」

辻綾子は天職が治癒師のクラスメイトだ。

彼女が駆け寄り回復魔法をかけると、光輝の容体は回復に向かった。

「ちくしょうっ…神崎のやろう」

「龍太郎、ダメよ」

立ち上がり今にも拳を振り上げようとしていた龍太郎を雫が止めた。

「分かるでしょう?強さの次元が違い過ぎる…」

「くそっ…」

雫の言葉は龍太郎自身も理解していて、振り上げた拳を力なく下した。

アオはメルド団長の横を通り過ぎるついでに声をかける。

「鼻っ柱は折ったつもりだ、後は大人が導いてやれ」

「あ、ああ……わかった」

しかし、自分の都合の良いようにしか物事を理解しない癖を持つ光輝の芯をたたき折るにはまだ弱かったとアオは知る由もなかった。



「ここは…」

ベッドの上で目を覚ました光輝はあたりを見渡す。どうやら城に用意してもらった自室のようだ。

「ぐ…」

起き上がろうとした体に激痛が走り、くぐもった声が漏れる。

「起きた、光輝」

「雫?」

「まだ動かないで。傷や骨はつながったけど、ダメージは抜けきってないから」

光輝のベッドのすぐ横に、椅子に座って看病をしていたのか、八重樫雫が座っていた。

「そうか…俺は卑怯な手を使った神崎に…」

「光輝?何を言って…?」

雫の眼にはアオは卑怯な手を使ったようには見えなかった。

ただその実力で光輝を叩きのめしたに過ぎない。

「大丈夫だ。次は必ず俺が勝つ。卑怯な手を使われたとしても次こそは俺がかって神崎には頭を冷やさせる」

「頭を冷やすのは光輝の方よ。どうしてそう言う事を言うの?あなたじゃ彼には逆立ちしたって勝てやしないわ」

人類の切り札たる勇者にのみ許されたスキル限界突破を使っても赤子のようにあしらわれた事を光輝は理解していない。理解したくないのだろう。

それは彼の歪な心に問題がある。

「どうしてそんな事を言うんだ、雫。修行して絶対強くなってみせるよ。そして神崎を更生させて魔人族を倒しみんなを元の世界に戻して見せるさ」

「光輝…」

「大丈夫、俺は絶対強くなってみせる」

感極まって自分の名前を呼んだと勘違いする光輝だが、雫の今の呟きは長年一緒に居た幼馴染を見限るとあきらめた声だった。

(ああ、いつだって光輝の言葉は正しく聞こえる。でもみんなって?みんなの中に南雲君は入っているの?)

光輝の中では皆の中から零れ落ちた南雲ハジメはもう皆ではないのだ。故になにも矛盾はなく、迷いもない。

「そうね…頑張って。そこにもうわたしは居ないと思うけれど」

「……雫?」

「もうここには来ないわ。それじゃ」

雫は椅子から立ち上がると踵を返す。

「何を言って…ま、まって…ぐっ…」

部屋を出ていく雫を呼び止め立ち上がろうとしたが体は付いて来ず、彼らの道はこの後まじわる事は無かった。

なぜなら、翌日には雫の姿は王城から消えていたからだった。

雫は何とも言えない気持ちを抱えて薄暗い城内を白崎香織の部屋へと歩いていた。

白崎香織はあのオルクス大迷宮で南雲ハジメが奈落のように深い穴へと転落して以来眠ったままだ。

それほど南雲ハジメの事件は彼女に精神的なショックを与えていたのだろう。

「あれは…神崎アオか…どうして…何をしているんだ」

薄暗い城内を人気のない所へと歩を進めるアオの後ろ姿を怪訝な視線で見送る。

光輝にあれだけの事をしたアオの事を、しかし雫は特に思う事はなかった。

本当は分かっていたはずの光輝の歪さは幼馴染である自分が矯正するべき事だったのを彼にやらせてしまったと言う後悔すらある。

まぁ、その矯正もあそこまで硬く根を下ろしていると一度や二度ではもう治らないらしいらしい。

光輝は異常だ。それも酷く歪んでいる。

きっと自分たちが一緒に居ればその歪みはどんどん大きくなるだろう。

雫は自分が光輝の肯定材料に使われるのは自分にも、そして彼にもいい事ではないと思ってしまった。

それが今更ながら幼馴染と距離を取ろうと決めた理由の一つだ。

「向こうは生徒部屋とは反対方向のはずだけど…」

石の廊下を音もなく歩くアオの後ろを気配を消して雫は追った。

光輝を難なく下しクラス最強を見せつけた彼がおかしな行動をすればこの国にやっかいになっている自分たちにどのような不利益があるかわからない。

武力では敵わないとは思ってはいるが、話を聞かない人物でもない。

(敵わないまでも…)

それでもアオが反逆を企てようものなら全力で止めようと雫は腰に下げた片刃の剣に手をかけていた。

しばらくするとアオは一つの部屋へと入っていくのが見えた。

「シズシズ?もしかしてシズシズもトイレに起きたの?」

振り返れば数メートル先に寝巻姿の谷口鈴が居た。彼女自身が言ったようにトイレに起きたらしい。

「ばっ!?」

今雫は廊下の角でアオからは完全に死角の所に立っている。アオは倉庫のようなところに入っているのだから、気づかれるはずは無いだろう。

しかし、だからと言って物音を立てればさすがにばれると言うもの。

雫は縮地を使って距離を詰めると鈴の口をふさぐ。

「しっ…静かに…」

「っ……」

雫の真剣さが伝わったのだろう。言われた鈴は静かに頷いた。

鈴を拘束したまま廊下の曲がり角へと戻ると再びアオの監視へと戻る。

数分後、アオはその倉庫から出て、またどこかへと歩を進めている。

完全にアオが曲がりきったところで雫は鈴の拘束を解いた。

「ぷはぁ…アレって神崎君だよね。トイレにしてはちょっと変だね」

こんな時間に何をしているんだろうと鈴。

「あの部屋は…」

「あ、待ってよシズシズ」

雫はアオの入っていった倉庫の前に立つ。

「食糧庫?」

「何、ここ」

「あ、馬鹿、鈴」

ためらいなく入った鈴を追いかけるように中に入る雫。

しかし、食糧庫と書かれた倉庫の中は異常だった。

「本当に食糧庫なの?」

「食材が一つもないみたいね」

ここは王城である。働いている人は優に百人を超す、そんな食糧庫がもぬけの殻だった。

とてつもない量の食糧があったはずだが、しかしアオはどうにかしてその食糧を運び出したのだろう。

「出ていくつもりなのかしら?」

「え、それってどう言う…」

「これほどの事をしておいてただの泥棒と済ませられる訳がないもの。神崎くんはもうここに戻るつもりは無いのかもしれないわね…」

「そんな…でもどうして…」

鈴が考え込んでいる。

「そう言えば…」

「どうした?」

何か分かったのかと雫が問いかけた。

「夕食の後、騎士団の詰め所からオルクス大迷宮の地図が一組無くなっているって」

「本当?」

騎士の備品は徹底的に管理されている。それが無くなる事はほとんどない。

「シズシズ?」

「部屋に戻る」

雫は踵を返した。

「な、なんで!?」

目の前のアオを追わないのか。

「神崎くんはおそらくオルクス大迷宮に向かうはずだわ」

雫の勘から導き出した答えだが、大きく間違っていないだろう。

「え、そうなのかな?」

だけど、それがどうしたのかと鈴が問いかける。

「神崎くんに付いていけばあの65層を超えられる。さらに地下深くまで潜ることが出来るかもしれない…そうすれば…」

「あ、南雲くん…」

何のためにアオがオルクス大迷宮に潜るのかは分からない。だが、彼についていけば心の底に引っかかっている淀みに答えが得られるだろう。

今、彼女の親友である白崎香織がショックで寝込む原因とも言える事件。

南雲ハジメがどうなったのか。

(本当は香織が目覚めるまで待ってほしい…だけど…彼が待ってくれるだろうか)

白崎香織が目覚めれば、きっと付いていくと言うだろう。

「わたしは装備を整えて神崎を追う事にする。この事を皆には…」

本当は香りも連れていきたい。だけど時間がない。

アオは恐らく待つことは無いだろう。

「わたしも行くよ」

鈴が強い感じで切り返した。

「鈴?」

「わたしなら簡単な治癒魔法も使えるし、ね」

結界師である鈴の適正は結界魔法だが、光魔法の適正からか治癒魔法も治癒師ほどじゃないが使える。

「あの決闘を見ていたんだもの、神崎くんは大丈夫かもだけど。シズシズが心配」

「ごめんなさい…」

オルクス大迷宮を潜る上で戦闘力は低いが鈴が持っている能力は雫をして付いてくるなとは言えないほどに重要だった。

結界、回復、状態異常回復と光魔法を使いこなす鈴の才は65層を超えて下を目指すなら必要不可欠だった。

「時間がない。部屋に戻って最低限の装備を整えたら城門に集合で」

「うん、わかった」

「くれぐれも見つからなようにね」

二人は自室へと引き換えし、装備を整え書置きを残すと薄暗い中庭を通り城門へと向かっていった。


アオは食糧倉庫を出ると、武器庫を目指す。

さすがに武器庫には見張りの兵士が居たが、眠ってもらい中へ。

直剣や大検、突撃槍や馬上槍などがずらりと並んでいた。

「日本刀は無い、か」

有れば八重樫雫が使っているだろう。

片刃の剣であるが使いにくそうにしていた所を見たことがある。彼女は実家で日本刀を使う経験があったのだろう。

天狗の隠れ蓑を使えば根こそぎ奪えるが、食糧とは違いアオはいくつかの投槍と直剣だけをマントにしまった。

全部奪えば国防力が下がってしまいクラスメイト達に危険が及ぶと考えたからだ。

「金庫は別にいいか。困ってないし」

むしろマントの中は金銀財宝であふれかえっていた。

それは暗殺者を差し向けられた後、アオは神山に上り、教会の宝物庫から根こそぎ奪ってきたのだ。

まさに盗賊の所業。

今の神山は金貨の一枚もなく、献金を他方に要請しているほどに財政難だが、エリヒド王がうまく圧を掛け教会の影響力を弱めていた。

エリヒド王も人の子だ。妻や子供を人質に取られれば必死だった。

敬虔な信者であるはずの国王を神はアオの暴力から守ってはくれなかった。

そこに一切の妥協は許されない。それほどまでにアオが怖いのだろう。

敬虔な、いっそ狂信と言える人物程窮地に陥らせ、汚職に手を染める汚い者ほど助けた。

数年もすれば神山は崩壊するだろう。


城を出たアオの前を阻む月明かりに照らされた影が二つみえた。

「こんな時間にどこに行くのかしら?」

八重樫雫と谷口鈴だ。

「八重樫と谷口か。そう言うお前たちはここで何をしているんだ?」

「あなたを見張っていたのよ。オルクス大迷宮に行くのよね?」

アオはなんでバレたと右目を見開いた。

アオはレベルアップを兼ねて一人でオルクス大迷宮に挑むつもりでいた。

ついでに南雲ハジメの安否確認もするつもりだ。

ただ既に72時間を経過しているので生存は絶望的だろう。

72時間の壁と言う言葉がある。

これは人間が飲まず食わずで生き延びられる限界が72時間である事。また、被災現場での生存者が三日を境に激減した事に由来する。

魔物の居る迷宮だ。食われてしまっていれば衣服の一部でも残っていれば上等だろう。

だが、もし生きているのなら…それは生きる術を身に着けたと言う事だ。

だから最低限でも迷宮の下層へと行くつもりだったのだ。

「で、それを知った君たちは何をしているのかな?」

見れば二人ともフル装備だった。

「付いていくわ」

「足手まといだ」

アオが断った。

「知っているわ。でも勝手についていくから」

「うん、鈴もついてくから。絶対にクラスメイトを死なせたくないから」

「連れていくと思うか?」

面倒な、とアオ。

「なら勝手に行くわ。あなたが断ったからきっとわたしたちは迷宮で死んでしまうわね」

「えええっ!それは嫌だよっ!シズシズっ」

アオはこれは困ったと頭を振った。

彼女たちの決意は高そうで、おそらくアオが断れば本当にアオの後ろを勝手について来ようとするだろう。

「はぁ…仕方ない…」

アオは若干の諦めと共にお荷物二つを抱え込むことに決めた。

「だが、せめて自分の身は自分で守れるように、な」

「ええ、それはもちろんだわ」

「るように特訓しながら潜るとしよう」

「え?」

「ええ?」

驚く雫と鈴。

「雫と鈴は俺が道中手ずから修行をつけてやる。最低この世界で生きていける程度には、ね」

「神崎くん、今わたし達の事を名前で呼んだ?」

と鈴が言う。

「八重樫さん、谷口さんじゃ他人行儀だし呼びにくい。俺の事もアオで良いぞ」

「わ、わかったわ…あ…あ…」

「わかったよ、アオくん」

「ちょっと鈴っ!」

「何を照れてるかな、雫は。光輝くんや龍太郎くんで慣れているんじゃないの?」

「それは…二人は幼馴染だし…」

「なにこれ、ちょっとかわいい」

と鈴の中のオヤジが目覚めそうになっていた。

「ちょっと後悔してきた…」

アオはため息を吐いたあと、その両目で二人を見つめた。

「アオくん…その左目って」

鈴が言うようにアオの左目は紫いろに染まっていて、日本人のそれどころかこの世界の一般ともかけ離れた見た目をしていた。

「こ、これはアレよっ!カラーコンタクトねっ!中二病と言う…あだっ!」

雫の頭に容赦なくチョップをお見舞いするアオ。

「え、もしかしてラノベなんかにある魔眼とか言う。え、アオくん何かに覚醒しちゃったの?」

と鈴が言う。

「覚醒じゃなくて弱化だな…おかげで常時発動になってしまった」

「え、意味が分からないんだけど」

「やっぱり中二病じゃ…ふぐぅ…」

再び雫を今度はデコピンで黙らせるアオ。

「もしかしてアオくんって異世界二回目とかそう言うヤツ?俺ツエーとか出来る系?」

「その言葉は俺に効く…いやまぁそんな所だ。本来ならあの転位魔法陣ですら転位されないほどだったんだ。それを鈴が俺にぶつかって来たから」

「え、鈴の所為だっていうの?それはひどくない?」

鈴が心外だと顔をしかめた。

「事実だから。だからこういう物も持っている」

そう言ってアオは天狗の隠れ蓑を広げると雫と鈴をマントの中へと収納した。

「うわ、なんか一軒家があるんだけど…なんか逆さまで気持ち悪いね」

しばらくしてマントから顔を出した鈴は地面が下にあることに驚いていた。

「こ…これはいったい…」

雫も顔を出した。

「アーティファクトの一種だな。持ち込めた物はそうないが」

「え、もしかしてあの箒?」

そう鈴が怪訝そうに問いかけた。

「その二つくらいしか持ち込めなかったな」

そう言ったアオはマントの中に手を突っ込むとオソウジダイスキを取り出してまたがった。

「浮いてる」

とは雫の声だ。

「すごい、すごーい」

鈴ははしゃいだ声を響かせている。

「でも男の子が箒で空を飛ぶって…夢を壊さないでほしいわ」

「雫さん、落としてしまおうかしら?」

「じょ…冗談だからやめてっ!?」

アオは箒にまたがると付属していた飛行魔法を使って夜空を進む。

町明かりが見えてきてアオは高度を下げた。

「ここはホルアド…?」

雫が周りを見ていった。

「今日はここに泊まる」

「え、どうして?」

そう鈴も言った。

「下着の変えも無いだろう、後は閉経薬とかな」

ホルアドには色町も有ると聞いている。そう言う場所には必須のアイテムだから有るだろうとアオは考えている。

「へいけいやく…?」

下着の変えは恥ずかしいが理解したがアオの後半の言葉を理解できず反芻する雫。

「アオくんのエッチ」

鈴は理解したようだ。頬を赤く染めている。

「でもそれって大丈夫なの?」

ごにょごにょとっ声が小さくなる鈴。

「そのくらいの覚悟はして欲しいところだ。迷宮攻略中に…なんて命に関わるぞ」

「で、でも…」

「いったい何のことよ?」

雫は未だに分かってない。

「生きて日本に帰れれば俺が元に戻してあげるさ」

「本当?信じるからねっ!」

「だからいったい何なのよっ!」

雫はまだ分かってないように拗ねて声を荒げた。

ホルアドで一泊してオルクス大迷宮を潜る。

迷宮の内部は四方を岩出囲まれ光がさすことは無いが壁自体が発光しているのか視界を保てるほどの光量を保っている。

「へぇ、ここが七大迷宮の一つ、オルクス大迷宮か」

「戻ってきたのね」

「シズシズ…」

ほんの数日前、彼女たちはここで手痛い失態を犯していた。

上層の敵はラットマンなど、弱い魔物が配置されている。

記録によれば最高到達階数は65層。

魔物は階をまたぐことは無いが、階を降りる事に強力になっていくらしい。

「ちょっと、あなたも戦いなさいっ」

と雫が声を上げた。

パーティ戦力は雫が剣士で前衛。鈴が後衛盾兼回復。アオが後衛アタッカーだ。

「そうだよ、シズシズばっかり戦ってるじゃん」

と鈴が頬を膨らませて抗議する。

雫は日本で八重樫道場で剣術を学んでいたせいか、いまだぎこちなくはあるが自身のスキルを使いラットマンを問題なく倒していた。

「そうだな。問題は鈴だな」

「え、なんで今の流れでわたしの話になるの?」

信じられないと鈴。

「ほら」

とアオは天狗の隠れ蓑から一本の直剣を取り出すと鈴へと向かって放り投げた。

「うわっとと…剣…?」

意外な重みに驚きながら受け取った鈴が疑問の声を上げた。

「鈴は結界師だからと言ってもフィジカルが弱すぎる。前衛が抜かれた場合や結界を抜けられた場合、最悪生きれるくらいには体を動かせなければこの先生きていけない」

それに、とアオが続ける。

「殺しの心構えが出来ていない」

「そ…それは…」

今までの戦闘でモンスターを倒してきたのは雫だ。鈴も結界魔法で援護はしているが直接モンスターを殺したことは今までに一度もなかった。

「人殺しをしろと言っているわけじゃない。だが、襲ってくるものに対してもためらっていたら生き残れないぞ」

「アオ、それは鈴には酷だと思うわ」

「過保護もいい加減にしろとどれだけ俺に言わせる気だ」

非難した雫をアオは呆れた表情で見つめた。

「う…うぅ…」

「出来ないなら帰れ。ここからなら一人で帰れるだろう」

「う…わ…分かったよ…」

「鈴っ」

鈴は決心したらしい。剣の鞘を抜き、正眼に構えた。それはいかにも素人がただ剣を持っているだけで不格好だが、ようやくオルクス大迷宮を攻略する為の本当の資格を得たのだった。

前回のように騎士団やクラスメイト達にモンスター討伐を任せ、自身は結界魔法を使う事に専念し手を汚さない内は本当の意味では進めていないのだから。

上層のモンスターは弱く、雫とアオの援護があれば剣を振った事のない鈴もどうにか戦えた。

「う…うぇ…うぇええええ」

生き物を殺した感触に、鈴は盛大に吐いていた。

「皆が通る道だな。だが、慣れろと言う事じゃない。受け入れろと言う事だ」

アオの言葉に雫はただ曇った表情を浮かべていた。

鈴にかける言葉が見つからないのだろう。

「いつか…わたしは…人殺しすら何も思わなくなるのかな…」

と鈴が呟く。

「それはただの異常者だ。殺しに来た相手を殺すことはあるだろう。だが、無辜の人間を殺せば、それはただの犯罪だし、慣れちゃいけない事だ」

「矛盾してるわ」

と雫が言う。

「ルールに沿った倫理観まで捨ててしまったらそれは獣になってしまう」

「それでも人殺しは人殺しよ」

人を殺すのは嫌だと雫が言う。

「なら、殺さなくても良いくらい強くなるしかないな。圧倒出来れば殺す必要は無いのだから」

「強く…」

さて、鈴が落ち着きを取り戻すと、ゆっくりとオルクス大迷宮を下っていく。

「ペースが遅いわ…これじゃ…」

雫はそわそわとつぶやいたその言葉をアオは聞き逃さなかった。

「ああ、南雲ハジメの事か」

「ええ…もし生きているとしたら…」

「もし生きているとしたら生きる手段を得たと言う事だ。普通ならもう死んでる」

だから急ぐような事はしないとアオが言う。

「で、でも…見捨てたのよ…わたし達は…南雲くんを」

「シズシズ…」

雫のその言葉に鈴も表情を曇らせた。

「あまり囚われ過ぎるな。たとえ死んでいようと、それは南雲の選択だ。この迷宮に足を運んだ南雲が悪い」

「だけど…やっぱり…」

「雫が今ここで死んでしまって戻らなかったらそれは誰が悪いのか。同行を許した俺だろうか」

アオが問いかける。

それを雫は少し逡巡してから言葉を発した。

「わたしは…わたしはわたしの意思でここに居る。誰の責任でもない、自分自身の責任だと思う…」

「す…鈴も…誰の所為にもしないよっ」

雫と鈴に覇気が戻った。

「そういう事だ。ここはそう言う世界で、そうならないように俺は王城に留まっていたんだけどね。あまり同調してくれなかったようだ」

「あなたの行動が分かりにくいのが悪いのよ」

「でもでも、確かにアオくんの言葉はいつも反対の言葉を言っていた」

「それでも、よ」

さて、すっきりとした所で一度天狗の隠れ蓑の中へ。

入ってしまえば隠れ蓑の名の通りに透明でモンスターたちには気が付かれない。

セーフティハウスとしてはとてつもなく優秀だった。

迷宮攻略中に安全に睡眠がとれ、さらには食事や風呂も完備しているのだ。

「これは絶対チートアイテムだよ」

「だが、この道具もなしに迷宮を攻略など…考えるだけで憂鬱になるな」

持ってしまえば持たざる過去を振り返れない。

雫と鈴は二人で先にお風呂をいただいてきた所だ。

濡れた髪もしっかりとドライヤーで乾かしてあるし、衣服類は洗濯機に突っ込んでいて今は自動で洗われている事だろう。

確かにとアオは天狗の隠れ蓑を掴んだ幸運を噛みしめた。

「だけど、これだけは信じたくなかった」

そう言った鈴の目の前に並ぶおいしそうな食事の数々。

「わたしの女子力…完全に負けているよ…どうしよう…シズシズ…」

「泣いちゃだめよ、鈴。わたしの心も折れそうだから」

二人の目の前にはアオが作った見た目も匂いも美味しそうな夕食が並んでいた。

「信じられない。アオくん男の子だよねっ!」

鈴が声を荒げて言う。

「どこをどう見たら俺が女に見える?」

「いや、アオは普通にきれいだから、女物の服を着ていれば分からないかも…」

しれないと言う雫に鈴が同意する。

「だね、シズシズ分かってるじゃん」

「なっ…ちが…」

鈴にからかわれて雫が頬を染めて否定。

「はぁ…まあいいが」

とアオはため息を吐くと言葉を続けた。

「こんなのは繰り返しだ。慣れれば誰でも上達するさ。それに家庭料理は女性が作るものと思っているのかもしれないが、そもそも女性の料理人の方が珍しいだろ?」

「そう言えば気にしたことなかったけど雑誌に載ってる高級レストランの料理人って男の人ばかりだね」

「確かにそうかもしれないわね」

鈴の言葉に雫も頷いた。

「だからと言って料理の出来ない自分を肯定するものじゃないぞ」

「「ぐはっ…」」

夕食後、アオはこのままでは二人には下層の探索は難しいだろうとレベルアップを図るべく自室に招いた。

「まさか…今日ここでアオくんに食われる事になるなんて…」

鈴の言葉に雫はアワアワしながら真っ赤になったかと思うとキっと睨みつけてきた。

「だまれエロ親父」

「ちょっ」

まあいい、時間がないとアオは先を続けた。

「この世界の人間は魔力操作は直に出来ないんだったか」

「そうだよ」

「ええ、そう聞いたわ」

変えられた話題に安堵したのか雫が答えた。

「だがお前たちはこの世界の人間じゃないだろう。出来ないと決めつけるのは早い」

「え?できるの」

「俺は出来る」

「そりゃぁアオくんはリアルチートじゃん。もう人生何回目って感じだし」

鈴があきれ顔で言った。

「もう数えてないな」

「え、冗談だよね?」

アオは肩をすくめるだけで答える。

「俺が見た所、魔力の通り道がまだ開ききっていない…どころか一本ようやく通っていると言う感じだ」

「抽象的過ぎてわからないわ」

と雫。

「まぁ分からなくても問題ないだろ」

「ちょっと」

アオには召喚されたクラスメイトやこの世界の人間、それにモンスターには魔術回路のようなものが存在しているように見えていた。

「今からそれを開けるから向こうを向いて自然体で立ってくれ」

「エッチなことをしちゃだめだからね」

「っ……」

「するかっ!」

さて、アオは並んだ二人の背後に立ち首筋に手をのせた。

後は念の発露のように魔力を彼女達の回路に沿って流していく。

「う…く…」

「これは……なんか…きもちいい…」

一周、魔力を回して戻ってくることには二人とも高潮して何とも言えない吐息をはいていた。

「はぁ…はぁ…」

「なんか…見せてはいけない醜態をさらしている気分だよ…」

だが効果は敵面だ。

「適正しだいだが、慣れれば魔法をスキルにまで昇華できるだろうよ」

「え、本当?」

鈴が食いついた。

「頑張ればな。だが、そうなれば触媒も魔方陣も詠唱すら必要なくなるはずだ」

凄いと鈴が喜んでいる。

「それは凄いわね…でもわたしは?」

雫は前衛職で、魔法は補助程度。自身は剣を振ることに長けている。

「魔法だけじゃなく魔力は身体強化にも使える。魔物の身体能力が高いのはそのためだ」

「なるほど…」

ひと段落して何の気なしに鈴がアオの気になっていた事を問いかける。

「そう言えばさ」

「なんだ」

「アオくんの天職ってなんなの?こんな色々な事が出来るから隠したかったってのは分かるけど…今さらだし」

「ああ、なるほど。ほら」

アオはステータスプレートを取り出すと二人に見せる。

「天職…盗賊?パラメーターはもはや文字化けしているわね」

あきれ果てる雫。文字掛けするほどにステータスが高いらしい。

「なになに。もしかして悪者の天職だから隠してたの?」

鈴がそんなの気にすることないのにと言っている。

「いや。俺がこの世界に来た時にもらった技能がな」

アオが一拍おいた。

「強奪と言語理解の二つだけだったのだが…」

「もしかして」

「なに…シズシズ。何かわかった?」

はっと雫が何かを悟る。

「その強奪って言うスキル。もしかして味方のスキルを盗めるの?」

「正解」

よくできました、とアオ。

「ちょっとっ!それってマジでっ?」

鈴が雫の後ろに隠れた。

「……こうなるから隠したのでしょうね」

「あ…」

雫は鈴の、鈴は自分の行動でアオが隠した理由を悟った。

「この世界…いや、召喚されたクラスメイトたちにはスキルは命綱だろう。いくら俺がクラスメイトには使わないと言って、信じたか?」

信じた、とはとても言えない。現に鈴は雫を盾にでもするように隠れたのだから。

「でも、その後のあなたの態度は結局皆と壁をつくったじゃない」

アオは肩を竦めた。

「それで、そのスキルはモンスターには使えるの?」

モンスターには一個種につき一つの固有魔法を持っているのがこの世界に常識である。

それは人間の使う魔法よりも発動が早く強力なものが多い。

「上層じゃあまり有用なものが無くてね」

うれしい誤算だが、強奪したスキルはポイントの還元に使用できた。

そう多くは無いがアオは奪ったスキルのほとんどをポイントに変えている。

そうして、昼は迷宮を攻略し、夜はアオが雫と鈴に訓練をつけつつオルクス大迷宮を下って行く日々が過ぎる。

早いもので次が65層目。人類到達最下層にして南雲ハジメが奈落に落ちた所である。

「準備はいいわね」

雫がパーティの指揮を上げようと声を挙げた。

「もちろんだよ」

「まぁ、今回は俺も居る。即死と欠損さえしなきゃケガは治せる」

「そもそもそれが一番おかしいのよね」

と雫。

「だね。なにベホマって…鈴の役目がほとんどないよ」

アオ自身今まであまり使ってこなかった魔法だが、今現状はとても役に立っている魔法の一つになっている。

どんな傷を受けてもたちどころに癒してしまうのだから。完全回復は伊達じゃない。

「鈴は結界師だろうが。それに特殊効果を回復させるのは鈴の方が得意だろう」

「でもでも、そもそもアオくんはくらわないじゃない」

「まぁね」

「二人ともじゃれてないで、気合を入れてっ!」

十分に緊張がほぐれた所で65層に突入する。

「橋が直ってる…」

どういう理屈か、人工的に作られて見えた橋は前回の戦いで南雲ハジメを巻き込んで崩落したはずだが、その姿を元に戻していた。

「来る…」

奥に大きくひとつ、それをふさぐように無数の小さな魔法陣が出現し、その中からモンスターが現れた。

手前にはトラウムソルジャーと言われる骸骨の兵士のようなモンスター。そして…

奥には南雲ハジメと共に落ちていったはずのベヒモスが現れたのだ。

「ベヒモス…」

雫の憎々し気な声。

「どうして…」

鈴は戸惑いの声を上げた。

トラウムソルジャーが一斉に襲ってくる。

「聖絶」

魔力操作を覚えたこととアオの特訓…地獄のような特訓でシングルアクションで結界魔法を構築できるようなった鈴が聖絶を張りトラウムソルジャーの初撃を防いだ。

「はぁっ!」

その聖絶を雫が飛び出しトラウムソルジャーを横なぎに一閃。

ここまでの戦いで魔力操作を習熟してきている雫は事も無げに5体ほどを切り伏せる。

「何度も思うが、こちらからの攻撃が素通りするのは便利を通り越して卑怯さを感じるな」

アオは後でこの世界の結界魔法だけは覚えようと心に決めた。

「アオくんもサボってないでっ!聖絶もきれるからっ」

「今の鈴なら切れる前にもう一枚張ることくらいできるだろ」

「できるけどっ!シズシズばっかり戦ってるじゃん…それにっ!」

後ろに控えた巨体。ベヒモスだ。

「グラララララァ」

巨大な兜のような角から巨大な魔力を感じる。

「くっ…」

焦る雫だが…

「天照」

突如ベヒモスの巨体を黒い炎が覆った。

「加具土命」

発火した黒炎を形態変化させて一気のその体を刺し貫いた。

「グギャォオオオオオオ」

それはクラスメイト達を恐怖のどん底に陥れた魔物のあまりにもあっけない絶命だった。

「鈍足と巨体じゃいい的だな…とと…まだ肉体のスペックが天照の反動に付いていかないか…」

ツーと血涙を流すアオ。

だがベヒモスがやられたからかトラウムソルジャーの追加召喚は止まり、増援が無ければ今の雫ならば殲滅させるのにそう時間は掛からなかった。

「ちょっとちょっとちょっと」

と鈴がアオの裾を掴んだ。

「まだそんな隠し玉を持っていたとはね」

呆れたように雫が剣をしまう。

「なんだ、俺のこの目がただの飾りだと思ってたのか?」

色々とあきらめてまで取得したと言うのに、とアオ。

「う…だって…キモイし…その…ね?」

「キモイ言うなや」

65層の攻略後、三人は奈落の底を見つめた。

「ここから落ちたのか」

「ええ…アオなら飛んで降りられるかしら」

雫がどうだろうと問いかける。

「出来なくはないが…もし仮に南雲が生きる手段を得ていたとしたら上層を目指すだろう。どこまで戻ってこれているかは分からないが、すれ違う可能性もある。幸いなことに今までの層をすべて探索したわけじゃないが、戦闘の跡に最近の物は無い。すれ違いにはなっていないと思いたいな」

「そう、ね」

雫が暗い顔で同意した。

「結局地道に降りていくしかないってこと?」

「まぁ、そうなるな」

鈴の言葉にそう反したアオは今日はここまでにしようと天狗の隠れ蓑を翻した。

その日の夕食後、雫と鈴に訓練をつけつつステータスボードをいじっていると強奪のスキルが派生した事に気が付いた。

「施し?なにこれ、ふむ」

どうやら強奪したスキルや固有魔法を他人に譲り渡す事が出来るようだ。

「義賊ってか?まったく」

だが面白い。

アオ自身のスキルは譲渡出来ないが、モンスターの固有能力は譲渡出来る。

試しに鈴を呼んでみた。

「鈴」

「な…アオくん…な…何かな…今日はもう…こ、これ以上は動けないよ…?」

すでにボロボロになるまで天狗の隠れ蓑の中にある修練場でアオにしごかれた後である。

「大丈夫だ、ちょっとおもしろいスキルを手に入れてな」

「またぁ?でもそれが鈴に何か関係ある?」

ここまで散々手に入れてきた固有魔法をいじって来たアオである。それに突き合わされた鈴と雫は辟易していた。

「ちょっとした実験だ」

「ええっ!?や、やだよぉ…鈴、まだ死にたくないしっ」

「痛くは無いはずだ」

「はずって言った。はずって…シズシズっ助けてっ」

「雫でも良いぞ」

と言うアオの言葉に雫はすっと鈴から視線を外した。

「裏切者っ!」

「どうせ彼からは逃げられないのだから、あきらめた方が早いわよ」

自分がターゲットにされてはたまらないと雫が鈴を言葉巧みに説得し始める。

「うう…、そうだけど…そうだけどさっ!」

諦めて涙を浮かべた鈴がアオの元へ。

「ステータスプレートを出して見せて」

「うぅうう…はい…」

ポウと浮かび上がる鈴のステータス。

技能欄には

結界術適正[+遠隔操作][+連続発動] 属性適正[+障壁適性連動] 魔力操作[+魔力効率上昇][+発動速度上昇][+詠唱短縮] 言語理解

となっている。

そこにアオが強奪で手に入れた 浮遊「+飛行」をアオのステータスプレートからタップしてスライドすると鈴のステータスに浮遊[+飛行]が移され、アオのステータスプレートからは消えてなくなった。

「え、なにこれ…浮遊?」

「俺が強奪したモンスタースキルだな。これで鈴も使えるかもしれないぞ」

「え、ほんとうに?」

バタバタと動き回る鈴は興奮しているようだ。

「ちょ、ちょっと試してみてもいいかな?」

「実験だからな」

「じゃ、じゃあ…」

ふわりと浮き上がる鈴。

「鈴!?」

雫が驚いて見上げる先には浮遊で浮き上がる鈴の姿が。

「すごい、すごーい」

「まぁ、移動速度は人が歩くよりは速い程度が限界のようだな。まぁ使っていれば派生スキルが生えるかもだしもう少し速く飛べるようになるかもしれないが」

「今でも十分だよ」

「俺は戦闘を基準に判断しているからな。今のままじゃ良い的だ。…まぁ結界師は的のようなものだから相性は悪くないだろう」

「はぁ楽しかった」

堪能した鈴は着地してはふぅとここちよい吐息を漏らした。

「じゃあ次は雫か」

「わ、わたし…?わたしも…その…飛べるのかしら?」

「いや、ごめん。同じスキルはストックできないんだ」

ちょっと空を飛ぶ自分を想像していただけにプウと真っ赤に染まった頬が少しかわいかった。

「まぁ、耐性系だな。こればかりはあればあるほど良い。本来は鈴にも重要だが、まずは前衛の耐久力を上げた方が良いだろう」

ゲームなら後衛の耐久を上げた方が攻略がしやすいが、それは前衛が死んでもかまわないからできる事だ。

パーティの核は後衛のマジックユーザーだが一番被弾するのはやはり前衛なのだ。

「アオはそれで大丈夫なの?」

一時的にもとっておいた耐性スキルが消失する。

「俺がそうそう遅れを取ると思うか?」

「はいはいそうね。あなたはチートだったわね」

「そう言われるとやるせないのだが…」

それでもアオは強奪で奪ったスキルを雫に受け渡していった。

「ん、ありがとう。耐性系って持ってないと不安になるからね」

その後も順調に攻略を進め100層を超え奈落へと到達する。

アオがそこから上を見上げて呟く。

「ここだな」

「そう…」

何がここで何がそうなのか。

「南雲君…」

ここまで南雲ハジメと遭遇する事は無かった。それは上層へは戻ってきていないと言う事。

となればここで南雲ハジメは死んだと言う事実を突きつけられたようで雫と鈴が言葉を詰まらせた。

「いや、どうやら絶望するには早いみたいだ」

「え?」

この奈落の底にはそこかしこに戦闘の跡がある。

ここに来るまでにこの奈落の底のモンスターとも戦ったがその強さは最弱パラメーターの錬成師が生き残れるはずのないほどの強敵だった。

特に熊やウサギのようなモンスターは見かけによらず強力で、強奪した固有魔法も有用なものが多い。

だが…

「戦闘痕を見るに何か圧倒的な物でモンスターを退治した跡があるなそれに…」

と何かを拾い上げる。

「何それ」

「あ、鈴テレビで見たことあるよ。たしか薬莢だよね」

「ああ。こんなものが奈落の底にあるはずは無い。と言う事は」

「南雲君は生きているの?」

雫はようやくつかんだ希望に親友の白崎香織の事を思った。

「ならなんで上層に来ないのっ」

「正規ルートじゃないからじゃないか」

そう鈴にアオが返した。

南雲ハジメは上層のトラップにひっかかり転位した先の65層から奈落へと転落している。

それならば上層の階段が見つけられなかったのではないか。

「じゃあ南雲君は…」

「生きるために…いや、脱出への一縷の希望を見出すためにさらに地下へと進んだんじゃないか」

「そんな…レスキューじゃ動くなって言ってるじゃん」

「それは確実に助けが来ると考えられる現代だけに通じる理論だ。こんな奈落に来れるほどの人類が居ると思うか?」

「あなた、矛盾って言葉を知ってる?」

「だねぇ…」

雫と鈴がアオを半眼で睨んだ。

「あなたさえついて来てくれていれば…いいえ、言い訳ね」

南雲ハジメを見捨てた事への。

「今日はここまでだな。焦って降りれば取り返しのつかない事になる。いったん気持ちを切り替えよう」

「アオ…く……わかったわ…」

悔しそうに雫がつまらせる。

「でもでも…もう100層も降りてきたじゃない。あとどれくらいあるのかな…」

「さて、ね。こんな壮大な遊技場を作った奴の考えなんて知る由も無いな」

「遊技場って」

鈴があきれ声を上げた。

「訓練場の方が的確か」

成長する木を毎日飛び越えて訓練すればいつかは巨木を飛び越えられると言うかのように一層一層敵の強さが上がっていく仕組みにさすがのアオも意図を読み取った。

これは訓練場だ。

色々なモンスターと戦わせ、戦闘の技術を向上させるための修練場。

「下層へはスキル委譲と習熟後だな。この天歩や風爪は雫には有用そうだ」

特にこの天歩の派生の空力。

空中に力場を作り出す固有魔法だが、浮遊に適正が無く浮けはするが戦いに使えない彼女にとって空戦の切り札になりそうなスキルだ。

まさに空中を蹴ると言う使い方で空を掛ける戦いができるだろう。

それにアオにとっても新しいスキルを取るチャンスだった。

今まで還元してきたポイントをどう使うか。

「権能の一つも取っておきたいが…」

そうすれば魔術耐性からほとんどの魔力攻撃が無力化できるだろう。


「縛煌鎖…シズシズっ」

光属性魔法で、無数の光の鎖を伸ばして対象を捕縛する魔法で、結界師の鈴とも相性が良い魔法の一つだ。

彼女の縛煌鎖はその天職特性も相まって引きちぎるには相当の魔力と力が必要だった。

「はぁっ!風爪」

鈴が捕獲した巨大な蛇の魔物の首を振り下ろしと同時に飛び出した斬撃が襲う。

雫が空力で駆け上がった上空から抜刀たしのだ。

「浅いっ」

しかし一撃で絶命させることは出来ず。

アオの目には蛇の魔力が瞳に集まっているのがみえ、急ぎ天狗の隠れ蓑から槍を取り出すと蛇の目へとめがけて投げ放つ。

投げ放ったそれは途中であり得ない軌道を通って左右の目を貫通させて止まった。

アオが今まで溜めてきたポイントで取った必中の権能、まつろわぬオーディンから奪った能力だった。

グリュォアアア

蛇の苦痛がこだまする。

「もう一撃っ!」

次の一撃で雫は巨大な蛇…バジリスクの首を切り落とすことに成功した。

「ほんとそれ、どうやって曲げているの?」

と鈴が言う

「曲げているんじゃなくて当たっているが正解だな」

当たることが決まってから投げているから軌道はあり得ない弧を描いて対象に命中する。

「何それ、意味が分からない」

奈落から下層へと下がるほどに戦闘痕が増えていく。

「生きているな。確実に…それもピンチでパワーアップを果たしたライトノベルの主人公のようだ」

上層の敵にすら遅れを取るほどのステータスのはずの南雲ハジメでは到底太刀打ちできない事は実際に戦っているアオ達には良くわかっていた。

「ラノベって…たしかに南雲くんはオタクではあったけど」

と雫。

「でも生きてるってことでしょう。早く助けに行かないとっ」

「そうね、鈴」

「だが、焦りは禁物だ。ゆっくり確実にな」

「ええ、あなたが言ったように生きていける術を手に入れているみたいだから。もう焦ったりしないわ」

雫が強い口調で同意した。

もう何十層降りただろうか。数えるのもおっくうになるほどだ。

一瞬フローミを取りたい誘惑にかられるが、我慢していた。

「なにこれ。壊れているわ」

「ほんとうだ」

雫が見上げた先には巨大な門のようなものがあり、破壊されたような巨象と開け放たれた扉がみえた。

そこはこの迷宮の中で異常だった。

65層を見てわかるように時間を掛ければ迷宮の施設は回復する。しかしここの扉は開け放たれていた。

「俺たちが南雲に追いつき始めたのか、さて」

中に入ればさらに異常だった。

何かが砕けたような礫が転がり、あたりの戦闘痕もそのままに残っていた。

「南雲くんはいないみたいね」

「ああ。まだ先があると言う事か」

面倒だなとアオが呟く。

さらにオルクス大迷宮を下へと降って行く。

「200層。そろそろダンジョンクリアで良いんじゃないか?」

目の前にはボス部屋への入り口とでもいうような大扉。

扉の前で小休止する事にした。

前回必中の権能を取ってからさらに100層降りてきた事でスキルポイントも溜まっているが…

(影分身やっぱり高すぎる…)

取得ポイントはアオ自身が便利で使っていたものほどポイントが多い。

影分身は最たるもので、次いで木遁も取れるほどのポイントがない。

逆に、強いがあまり使ってなかったもので取得ポイントが少ないものも存在するする。

例えば輝力と仙術はどちらも似たような事が出来るが、輝力に比べて仙術は取得ポイントがかなり低い。

(他の権能……特に世界を越える権能であるフリュムは…いや…高くて取れないよね)

コストパフォーマンスを考えると他のものを取った方が良いだろう。

(戦力アップとコスパを考えるとこれだが…)

アオのステータスプレートを触る手が一つの瞳術をクローズアップ。

(切り替え不可ならかなりのお得…いやいやいや。正気に戻れ。今でもすでに左目がやばい事になっているんだぞ)

それでも誘惑にかられ取得一歩手前まで画面を開いていた。

(落ち着け、落ち着けよ。これ以上修羅の道を行くことは無い)

「ちょっと、アオ。いつまで休憩しているのよ」

と雫がアオの肩を小突いた。

「あ…」

その拍子に押されるアオの指。

それは間違いなく決定キーを押していた。

それは確かに手に入れてからほどんど使っていなかった瞳術だった。

アオの右目の黒い虹彩に瞳孔に向かって八本の黄色い牙のようなものが現れた。

「雫、なんて事をしてくれたんだ…」

アオはガクリと膝から崩れ落ち両腕でどうにか倒れ込むのを防いでいる。

よく漫画的表現にみる落ち込んだ状態だ。

「OTLをリアルでしてる人、初めて見た」

「ぐは…」

鈴の容赦のない言葉がさらにアオの心を抉った。

「な、なんなのよ…いったい…そんなに落ち込むこと?」

雫がちょっとアオが今までにないくらいの落ち込みに戸惑っていた。

どうにか心を落ち着かせ立ち上がるアオを正面から雫と鈴が覗き込む。

「これはまた…」「すごいねぇ…」

「いや…良いんだ…切り替え不可でこのポイントだから…コスパ最強だから…」

アオの右目に秘術・大黒天、少名碑古那(スクナヒコナ)が宿っていた。

能力は強いが左目に輪廻写輪眼が常時開眼し、右目に秘術を宿したアオの瞳は近くで見るととんでもない事になっているだろう。

「アオくん、中二病でも強く生きてね。でもでもちょっと鈴から離れてくれると嬉しいかな」

「トドメささないでくれますか」

アオ涙目である。

「さすがに冗談だよね、鈴」

少しは罪悪感を感じたらしい雫がフォローした。

「も、もっちろん…うん、大丈夫大丈夫。こんな状況だし気にしてられないよね」

それは平時なら気にすると言う事だろうか。

まぁいいや。

「実際問題、強さだけなら取った方が良いんだからな…」

アオは大黒天を使用して時の止まったどこかの空間にしまっていた一本の日本刀を取り出して雫に投げ渡した。

「え、今のどこから?これ日本刀よね?」

「説明する気力もない」

雫に渡した日本刀、銘をオロチアギトと言い、ミイタ作のレプリカだが、不壊属性(デュランダル)が付いている一級品だ。

アオは自分用にサンゲとヤシャを取り出して腰に下げる。

「うん、これ良いわ」

軽く振って感触を確かめた雫は歓喜した。

「ちょっと鈴には何かないの?」

アオにトドメを刺した鈴だが、戦力アップにつながると一つの盾を取り出した。

「なに、これ…鏡?」

「シャハルの鏡と言う。まぁ、盾だな。呪文を吸収して跳ね返す効果を持っている」

あとミイタ製なので当然不壊属性が付いていて本家よりも強くなっているかもしれない。

「え、すごいんじゃないの?」

「結界魔法が抜かれたら最悪それで自分の身だけでも守れよ」

「う…うん…もしかして命綱的な…?」

「呪文攻撃にはめっぽう強いがな。だが鈴の技量で雫の攻撃を防げるかが問題なだけで」

「そうだね…が、頑張ってみる」

気を取り直して気合を入れ直すと三人は大扉をくぐる。

そこに居たのは巨大な多頭の蛇の魔物だった。

「鈴っ」

「聖絶」

シングルアクションで鈴が聖絶を張り終わると同時に複数ある頭からそれぞれ属性の異なる固有魔法が放たれる。

「や、ヤマタノオロチ?」

と雫が驚愕の声を上げた。

「いや、どちらかと言えばヒュドラだな」

そうアオが冷静に分析していた。

「ヒュドラってなによ?」

雫の問いにアオは答えず。

「こういう敵の倒し方って知ってるか?」

「し、知らないわよ」

「頭を切り落として傷口を焼くんだ。往々にして再生能力を持っているからな。ヘラクレスの逸話を知らないのか?」

昔から蛇は再生の象徴。大抵そう言った能力を持っている。

「はい?」

アオは抜いた雫のオロチアギトに天照で発火した黒炎を形態変化させてまとわりつかせた。

「いいか、その黒炎にはさわるなよ。ケガじゃすまないからな」

「え、ええ…分かったわ」

「鈴は援護だ。俺たちが聖絶を抜けて注意を反らすから縛煌鎖で頭の動きを封じてくれ」

「分かったっ!」

作戦が決まれば後は行動有るのみだ。

作戦通り聖絶を抜けるとアオは注意を惹きつつ右へと走る。雫は左へと走っていた。

「縛煌鎖」

見える範囲の頭を光の鎖が縛り上げた。

「ナイスだっ!」

その蛇の頭をアオは手に持ったサンゲに形態変化させた天照を纏わせ全力で振りぬいた。

狙いたがわず頭を落としたアオは天照の炎が傷口を焼いていく。

「はぁっ!」

雫もアオに助けられてはいるものの自力で200層を攻略してきたのだ。きれいに寸断された頭がまた一つ黒炎に焼かれている。

「天絶っ」

「ありがとう鈴」

失った頭に激怒したのか雫へと攻撃を集中するヒュドラの攻撃を絶妙なタイミングで鈴が防ぐ。

「縛煌鎖」

「風爪」

黒い炎は振りぬいた剣劇から出る衝撃波にも付随してヒュドラの頭に襲い掛かり切断し炎上。

「派手にやる」

アオが感嘆の声を漏らした。

物の数分で哀れヒュドラは黒炎がくすぶるだけの消し炭に姿を変えていた。

「終わった、かな?」

鈴がくすぶるヒュドラを眺めて呟いた。

「ああ、終わったようだぞ」

アオは通路の先を指さして言った。

「扉?」

通路の先にある荘厳な扉を開けるとそこは日のさす庭園が見え、その奥に大きな邸宅が見えた。

「ここは…?」

「さすがにクリアしたと思っていいんじゃないか?」

「だよねぇ…まだ下がありますとかマジで勘弁なんだけど」

雫、アオ、鈴がセーフティエリアに安堵の声を上げた。

大迷宮の内部には似つかわしくないその邸宅を探索する。

「どうやらちょっと前まで誰かが居たようだ。それも二人だな」

生活の痕跡はあるがその人物は見当たらない。

「ふたり?」

「え、じゃあ南雲くんじゃ無いってこと?」

と鈴と雫がアオを振り返る。

「いや、一人は南雲だろう。こんなものが落ちていた。これは異世界人じゃ無ければ作れないだろう」

そう言って見せたのはひとつの銃弾だ。

「よかった…南雲くん」

雫があからさまに安堵していた。

さらに屋敷の中を探索すると大きな魔法陣を見つけるアオ達。

「これは…」

「なになに、転位の魔方陣とか?それで南雲くんは大迷宮の外に出たんだよ」

鈴が飛躍した洞察を述べる。

「どこかで見たことがあるな」

アオが魔法陣の中心に立った。

「ちょっと大丈夫なのっ!」

光り出した魔方陣に雫たちが慌てて制止しようとするが時すでに遅し。

「だ、誰?」

「ホログラム…?」

魔法陣の中心に立つと何者かのホログラムのようなものが現れこの世界の真実を教えてくれた。

曰く、この世界は神のチェス盤のようなもので、エヒト神が地上の人間たちのを戦争させてその負の感情を見て愉悦に浸っているらしい。

その事実に気が付きどうにか神の手から解放しようとした者がこの大迷宮を作った人たちで、自身が収めた神代魔法を迷宮攻略者に授けいつの日にか神を倒すものを望んでいるらしい。

とはいえ、神を殺すことを強要はしていないらしいが。

神代魔法は全部で七つあるらしい。

そしてこの大迷宮で手に入れられる神代魔法は[生成魔法]と言うらしい。

鉱物に魔法やスキルの効果を付与できる魔法らしいが…

(正確には無機的な物質に干渉する魔法だな)

アオは生成魔法をそう理解した。

と言う事は、もしかして魂魄魔法も解放者の神代魔法だったのでは?

アオが重要な事に一つ気が付いた。

それから魔法陣が勝手に何かを錬成し始めた。それは指輪のようで、これがこの大迷宮のクリア報酬の一つと言う事だろう。

宝物庫と言われる指輪型のアーティファクトには無限収納機能が付いていて、アオが持ち込めなかった勇者の道具袋のようだった。

「今さらいらねぇ…」

似たような効果の少名碑古那、大黒天を取ってしまった以上有用性は欠ける。

もう少し早くこの事実を知りたかったとアオは涙を流した。

「ねぇ、と言う事はだよ…鈴たちって神様の駒として召喚されたって事だよね?だったら…だったらさ」

「そんな性悪な神が魔人族を倒した所で帰してくれるか怪しいものだな」

「そんな…」

鈴はさすがにショックを隠し切れない。雫も同様だ。

知らない方がまだ良かった。それならば小さな希望にすがって生きていけた。

だが…

「まぁ、大丈夫だ。いざとなれば俺が帰してやるさ」

「ほ、本当!?」

「おう」

「そうね、あなたはチートキャラだったわ」

鈴は立ち直って破顔し、雫はヤレヤレと首を振っていた。

「屋敷の探索はもう少し続けるとして、二人とも生成魔法を覚えておいたらいい。何ならクリア報酬をもらう感覚で宝物庫だけでも手に入れた方が良いぞ」

「宝物庫ってその指輪ね。えっとあなたのマントのようなものかしら?」

「似たようなものだな。中には入れないが」

「えー、それ欲しい」

「鈴?」

「だって、学校や遊びに行くときに手ぶらで行けるって事でしょう?」

「まったくこの子は…」

そんなやり取りの後、二人とも魔法陣に入り、生成魔法と宝物庫を手に入れた。

「だめ、鈴にはあんまり適性が無いみたい」

「わたしもダメね」

二人とも生成魔法にはあまり適性が無いよう。

鈴達と別れ、手分けをして邸宅内を探索する。

アオは魔法陣部屋でその魔法陣を輪廻写輪眼で視ていた。

おおよその作りを解析したアオは、その魔法陣を真似てその横にもう一つ魔法陣を書いていく。

魔法陣から特定の箇所を改変し、生成魔法を魂魄魔法に書き換える。

「ちょっとアオくん。鈴達が探索している間サボってたの?」

「サボっているとは失礼な」

探索から二人が戻ってきたようだ。

「それって?」

と雫が魔法陣を見下ろして問いかけた。

「魂魄魔法の魔法陣だな。神代魔法の一つだ」

「え、それってさっきの解放者とか言う人の魔法?」

「なんであなたが知っているのよ」

鈴が驚き、雫はやはり呆れている。

「召喚時、俺だけ別のところから現れただろう?どうやら神山も迷宮の一つだったようだ」

「えー…何その運命力」

「で、アオくんは何しているの?」

「まぁ、実験だな。神代魔法を魂魄に直接刻む魂魄魔法陣を作ってみた」

「意味が分かんないよ」

「その生成魔法を教えてくれる魔法陣は魂魄魔法と言うのを利用していたって事?」

雫は理解したようだ。

アオは神代魔法を脳内と言うより魂に刻み込んでいるようだと感じていた。

それ故、すでに魂魄魔法を修得しているアオは必然的に転写の魔法陣を作り変えられる事に気が付いたのだ。

「はい、完成、と」

生成魔法と魂魄魔法を使い魂魄魔法を魂に書き加える魔法陣を作り出したアオは、雫と鈴に目をやった。

「シズシズが先にやったら良いと思う」

「ちょっと鈴っ!」

「大丈夫、体に害は無い…はずだ」

「ちょっと、不安にさせないでよ」

「とは言えこればっかりはね。初めての事だし」

とアオが肩を竦めた。

しかしこの世界では少しの戦力増加も得る機会を手放せば生き残る確率がそれだけ低下する。

雫は意を決して魔方陣に飛び込んだ。

「だ、大丈夫かなシズシズ」

「そう言うなら鈴が先でもよかったぞ」

「シズシズの犠牲は無駄にはしないわ」

「死んでないから」

どうやらうまく行ったようで雫が魔法陣から出てきた。

「どうだ?」

「覚えたわよ、魂魄魔法。生成魔法よりは適性がありそうね」

そう雫がうなずいた。

「じゃあ次は鈴の番だね」

鈴が魂魄魔法を覚えると再び邸宅を探索する。

邸宅内には邸宅の主の書物のほかには目ぼしいのは何もない。

それは誰かが根こそぎ持って行ったかのように空っぽだった。

まぁ、俺たちの前に誰かが来たのならそうなるな。俺でもそうする。

特に宝物庫と言う便利なものがあるのだ。

目ぼしいものが無かったため時間を持て余したアオは、手慰みにと鉱石に魔法を付与する生成魔法を使ってみる事にした。

錬成術を使えないアオはただ鉱石の原石に魔法を付与するだけの不格好なものだが、結構うまくできたのではないだろうか。

ベホマラーを封じ込めた賢者の石だ。

「鈴」

「なに?」

ほれと無造作に賢者の石を放り投げるアオ。

「これは宝石?女の子にあげるなら研磨してからじゃないとダメだと思うよ」

「ちげぇ。生成魔法で回復魔法を封じ込めたものだ。魔力を通せば適正が少なくても使えるようにした」

「へぇ」

鈴が魔力を込めてみるとしっかりとベホマラーの効果が発揮される。

「でもさ、鈴みたいに適正があるのならさっきの魔法陣みたいなので教えてくれれば良いのに」

「え…?」

馬鹿はたまに突拍子もなく真理にたどり着く事がある。

アオは自分の魔法技術は自分だけのもので教えることは出来ないと思い込んでいた。

だが…

「ホイミ…うん、いいね。こっちの方が使いやすいかも」

と鈴がきゃっきゃとはしゃいだ。

「出来ちゃったよ」

「あなたでも落ち込む事…さっきも結構落ち込んでたわね」

雫は有るのねと言おうとて言い直した。

鈴は適性が高かったのか、ベホマラーまで修得したようだ。逆に雫は適性が低いのかホイミを使うのがやっとの状態。

他にメラ系とヒャド系はどちらも適正が無いようだ。

「となると…」

アオは再びステータスボードを開いてにらめっこ。

今あるスキルポイントで取れる魔法の中で適性がありそうで有用なのを探す。

バイキルトやスカラ、ピオリムは身体強化系で魔力の直接操作ができる現状優先度は下がるだろう。

逆にマホトーン、マホカンタ、マホトラは有用だろう。

ルカニやボミオスなどのデバフ系またはザオラルなんかは魂魄魔法の影響でぐっと使いやすくなるはずだ。

保険の為にザオラル系を取りポイントを振り分ザオリクを覚える。

マホカンタは雫は適性が低そうだし、鈴には今シャハルの鏡を持たせているので優先度は下がるが、鈴が多重使用が出来るなら一変するし、マホトーンは覚えられれば魔物相手に遅れを取ることが無い。

残ったポイントで取れた魔法はザオリク、マホトーン、マホカンタ、マヌーサと最後に悩んだ挙句モシャスを選択しポイントを使い切ってしまった。

鈴はザオリク、マホトーン、マホカンタ、マヌーサは覚えたがモシャスは適性が無いようだ。

雫にいたっては全て適性が無かった。

生粋の戦士と言う事なのだろう。

「モシャス取り損…」

「そんなに落ち込むほどの事?」

モシャスは変身元のパラメーター、特技もコピーする。アオに変身できれば戦力が即座に二倍になったのだ。

まぁ不可能だったわけだが。

「これからどうするの?」

と鈴が問いかけた。

「あの生成魔法の魔法陣が地上ともつながっているみたいだからそこから一度出よう。そこで解散かな」

「解散って?」

「お前らは王都にもどるだろう?」

「香織に南雲くんが生きているって報告したいし。もしかしたらもう戻っているかもだけど」

雫がこくりと頷く。

「俺は他の迷宮を探してみる。他の神代魔法が有用なら日本に帰る手段が早くなるかもしれないしな」

何もしないよりはとアオが言う。

「王城に戻っても神の事は話さない方が良いぞ」

「どうして?」

「こんな迷宮の奥深くでしか知り得ないような情報だ。それだけ取り扱いがヤバイと言う事だ。最悪教会は知っていると言う事もあり得る」

「な…」「そんな…」

ショックを受ける鈴と雫。

「狂信者とはそんなもんだ」

やる事を終えた三人は魔法陣を使って地上へと戻る。

「それじゃ、ここでお別れね」

「これからどこに行くか決めているの?」

鈴がアオを見上げて問いかけた。

「獣人の国に行ってみるかな。ハルツィナ樹海…ジャングルの奥には何か隠されているものだ」

「そんな、インディじゃないんだから…」

「まぁでもそれじゃあ。バイバイ、アオくん」

「世話になったわ」

「俺が居たとはいえ、自力で200層の迷宮をクリアしたんだ。お前たちの実力は確かなものだ。だから…」

一拍おいて続ける。

「死ぬなよ」

「なにそれ、今生の別れじゃあるまいし」

「縁起が悪いわよ」

鈴と雫があきれていた。

「はは。まぁ元気でな」

アオは天狗の隠れ蓑からオソウジダイスキを取り出すと飛び上がり二人と別れて一路獣人の国フェアベルゲンへ向かう。

幾度かの休憩をはさみ数日掛けてハルツィナ樹海へと到達する。

「ヘビースモーカーズフォレストってか」

そこは一日中きりに囲まれた大森林。

獣人族の案内が無ければ迷ってしまい変えることも難しい迷いの森だ。

だがその中央、アオの輪廻写輪眼は異様に巨大な木を発見していた。

「空間がずれているのか?」

迷いの森を通らずに空からその巨木へと近づいたアオ。

本来ならば、魂魄に関わる魔法でその存在を認識できず、また位相がずれているために視認できないその巨木。

しかし権能を手に入れてカンピオーネに戻ったアオの高い呪力耐性、またその左目の輪廻写輪眼の前には丸裸も同然だった。

位相のズレを輪廻写輪眼で調整して巨木の上部へと降り立つ。

上から見れば小さな水路が流れる小さな島が見え、その水路自体が魔法陣のように形作られていた。

アオはその中心に降り立ったが、オルクス大迷宮をクリアした時のように神代魔法が刻まれる兆しは無い。

「クリア条件を満たしていないってっか」

本来ならもっと厳しい条件をクリアしてこなければ手に入らない神代魔法だった。

「上等」

アオは近場の石板に手をのせるとこの世界で手に入れたスキルを使用する。即ち…

「強奪」

次の瞬間、水路が淡く光り出した。

そして刻まれる神代魔法。

昇華魔法と言うらしい。

さらにこの魔法陣が起動したときに現れるメッセージ機能を再生する。

回りの木々が集まって人の形を成す。

それは決まったことを再生するかのように言葉を発した。

彼女の言葉で重要なのはすべての神代魔法をそろえると概念魔法に手が届くと言う事だ。

そして彼女もけして神を殺してくれとは言わないのだ。

全ては魔法を得た人間にゆだねているのだろう。

そしてクリア報酬である概念道具である導越の羅針盤を入手する。

この羅針盤は望んだ場所を指し示す概念が込められているらしい。

「ああ…はい…ジャックのコンパスね…北を指さないコンパス」

この羅針盤と輪廻写輪眼の能力があれば自分ひとりならおそらく元の世界に帰れる。

だが、その後この世界にアオがクラスメイトを助けに戻ってくるほどの望みを持って羅針盤を使えるかと言えば否定してしまう。

鈴や雫との約束もある。

「うーん…まだ時間がかかると思って転位魔法のレベルを上げていないのがなぁ」

そしてスキルポイントはもう残っていないのである。

「手に入れた昇華魔法で強制的にレベルアップしたとしても…魔力が足りないな」

どちらにしろクラスメイトを連れて帰るにはもうしばらくかかりそうだ。

「そして神の事もある」

エヒト神がアオ達をこの世界に呼んだと言う事は、この性格の悪い神が地球の存在に気が付いたと言う事だ。

面倒だが、後顧の憂いを立つためにもできればこの神は殺しておきたい。

「まぁとりあえず、次に楽そうな迷宮を探そうかな」

早速、導越の羅針盤を頼りに次の目的地を決めるのだった。

導越の羅針盤が指示したのはライセン大峡谷。

羅針盤が指し示す場所に到着したアオだが、困惑していた。

なぜなら、入り口と思しき場所に【準備中。入っちゃいやん♪】などとふざけて事が書かれていたからだ。

若干イラっとしたアオだが、看板を無視して中へ。

大迷宮と言う割には中は荒らされている。

荒らされていると言うよりもあらかた壊されていると言った方が正解だ。

特に何も語ることもないままに最後の悪趣味な扉をくぐる。

「何もない、か。これが魔法陣だな」

そう言ってアオは強奪を発動。どうやら試練はクリア扱いにはなっていないらしい。準備中とはそういう事だ。

「重力魔法ね。残りは三つ。さて」

そのまま踵を返し大峡谷を出る。

その頃、この迷宮の主であるはずのミレディ・ライセンはアオの前に攻略に来た南雲ハジメ達一行に破壊されたゴーレムを直すのに手いっぱいで疲れ果てて寝ていたためアオの来訪に気が付かなかったようだ。

まさかのミレディ・ライセンも試練不突破でもしっかりと神代魔法を持っていかれるとは思ってもみなかったのだろう。

それはもう気持ちよさそうに寝ているのだった。

しかし、それは互いに不幸な出会いが無かったと割り切るべきだろう。

アオをからかいでもしたら今度は本当に命が無かったかもしれないのだから。

次の目的地はグリューエン大火山だ。

その噴火口の上空から真下を見下ろすアオ。

「さっそく重力魔法が役に立つな」

重力魔法とは言うがこれは星のエネルギーに干渉する魔法だ。

それを正確に読み取ったアオは噴火活動を休眠させ噴火口から落下するように侵入する。

本来マグマを利用したトラップがあるはずの最奥に降り立ったアオだが、マグマが休眠していてはトラップが意味もなさない。

シェルターのようなドームに到着したアオは苦も無くその中へと侵入し、やはり強奪で空間魔法を得た。

空間魔法を得た後は次の目的地は海底を指し、アオはやはり重力魔法で海流を操り強引に扉をこじ開け中へ。

試練自体は神の介入で起こった過去の悲惨な事件を追体験させるものだが、特に何を思う事もなく。

比較的簡単に試練を突破し、ここ最近では珍しく正規に再生魔法を取得した。

最後の一つはどうやら魔人族の領土内らしく、アオは一度王国へと戻ることに。

王都からは離れた湖畔の町ウルで休養を取っていると、懐かしい声が後ろからかけられた。



王城に戻った雫と鈴は光輝達と入れ違いになった事に気が付いた。

光輝達一部のクラスメイト達は再びオルクス大迷宮を攻略に出ているらしい。

「香織…」

そこには当然雫の親友である白崎香織の存在もあった。

「カオリンには南雲くんが生きているって教えてあげたいけどね」

と鈴が言う。

もう一度オルクス大迷宮を潜るよりも王宮で待っていた方が確実だった。

なぜなら遠征日程は決められていたからだ。

行って入れ違いになるよりは動かずにいた方が良い。

「だけど、南雲はここには戻って来ていないんだな」

「そだね…それってつまり戻る気は無いってこどだよね」

「香織」

雫はオルクス大迷宮で奮闘する親友を思う。

雫も鈴もすでに理解している。あの時、誰かが確実に南雲ハジメを狙って魔法を撃っていたと言う事を。

クラスメイトの中にほの暗い思いを抱えている存在が居る事を。

「二人とも、ここに居ましたか」

「愛子先生?」

後ろからかけられた声に振り向くとそこには社会科教師である畑山愛子の姿があった。

鈴としては同じく低身長の女性ですごく好感を持っていた。

「クラスのみんなと話したんですが、気分転換もかねて湖畔の町まで出かけないかって」

愛子の能力は戦闘力は皆無だがその生産スキルは強力で、国は何が何でも抱き込みたかったのだろうが、アオが怖くてできずじまい。

その後、することも無い愛子は王城でクラスメイトの心のケアを担当していた。

しかしずっと引きこもりのままも良くないだろうと、遠出を計画しているとのこと。

「わたしは…」

「行こうよ、シズシズ。大丈夫、カオリンへは伝言を頼めばいいんだからさ」

鈴が強引に雫を誘う。

オルクス大迷宮をクリアして、いろいろ考えることが増え、逆にふさぎ込みがちになっていたと鈴は感じていたからの提案。

「そう、だね」

「そうだよ。たまには息抜きも必要だよ」

そして王城に残ったクラスメイト達は湖畔が美しいウルの町へと向かう事になる。

ウルはとてものどかな所だったが、開拓村と言う側面が強く、まだ発展途上と言う感じだ。

しかし、その景観は観光ビジネスも兼ねていて、町には数件の食堂と宿屋が常設されている。

そのいくつかある食堂の道路に広げられた客席にアオは腰を掛け、少し遅い夕飯としゃれこんでいた。

「あれ、アオくんじゃん」

その声に振り向けば鈴と何やら険しい表情をしている雫だ。

「ひさしぶりだな、二人とも。…どうした?」

どうしたとはいかにも不機嫌ですと言う感じの雫だ。

二人はアオを正面に空いていた椅子に座った。

「どうもこうも、ねぇ…」

雫の表情をうかがう鈴はどうしたものかと頬をかいた。

話を聞けば、偶然にも南雲ハジメもこの町に来ていたらしい。

それを愛子先生たちと一緒に偶然再会し、あれこれ問い詰めたのだが、つっけんどんに返されたそうだ。

性格もワイルドに豹変していたらしい。

あのオルクス大迷宮を突破してきたのだ、実力は生半可なものではなく、あの地獄は鈴達もアオが居なければもっと生死を考えた事だろう。

だから性格の豹変は理解できると鈴が言う。

「それも、両手に花だったのよ南雲君」

「ああ…異世界ハーレム主人公だったのか」

「そういう事じゃないのっ!」

バンと机をたたく雫。

「これじゃ香織があまりにも…」

白崎香織が南雲ハジメが好きだと言う事は日本に居た時から知っている事実だ。

雫は当然香織の気持ちを知っていて、秘かながらに応援していた。

なのにである。

まさか異世界に来て豹変した挙句まさかかわいい女の子を二人も従えている事実をどうやって香織に伝えればいいのか。

かなり面倒な事になったと感じたアオはそうとは知らない内に酒を進め、酔っぱらった雫を鈴に頼んで宿へと返した。

その後、数日滞在していると町に緊急事態を告げる警報が鳴り響いた。

どうやら数万の魔物の群れが押し寄せてきているらしい。

それを何とかしようとクラスメイト達は動いているようだ。

「なので、神崎くんにも手伝ってほしいのですが」

とは急にアオの取った宿屋に訪ねてきた愛子先生だ。

「うーん…お断りだね。助ける理由がない。逃げれるうちに逃げた方が良い」

「うわぁ…」「………」

鈴と雫の視線が冷たい。

「あなたも、南雲くんと同じことを言うんですかっ」

バンバンと机をたたく愛子先生。

ここに来たのはアオが絶大な力を持っていると雫か鈴から聞いたのだろう。

「うわぁ…それは絶対気が合わねぇな」

「それってどう言う…」

むしろ気が合うのではないのかと雫が言う。

「自分の大事な者以外を区別するタイプだろ今の南雲は」

「そうね」

「だったら気が合うんじゃないの?」

そう鈴が言った。

「どうだろうな。似た者同士の自己嫌悪で最後は殺し合うんじゃないかな。自分の大事と相手の大事が反目すれば特にな」

そう言って肩を竦めた。

「でも南雲くんは最後は協力してくれましたよ。今も防壁を作って敵を迎え撃とうとしてくれています」

「そういうのは本来天之河の仕事だ。俺らみたいなヤツではほころびが出るよ。まぁ天之河も歪だけどね」

「神崎くんっ!」

南雲ハジメと違い説得に応じる雰囲気が無いアオに焦れたようだ。

「分かった分かった。降参。しんがりは任されよう」

「しんがりって、本当に何もしない気?」

雫がアオを睨む。

「しんがりが抜かれれば避難した民はどうなる。最終防衛ラインと言ってほしいね」

「分かりました。神崎くんは事が終わったら詳しくお話しますからね」

と言ってブンブンといきりながら愛子先生が退出。

手伝う事を決めている雫と鈴も席を立った。

「まぁまて。二人には餞別だ」

「なになに、わたし達には死んでほしくないんだ」

と言ってニヤニヤとする鈴。

「俺は極悪人か。クラスメイトを見捨てたら寝覚めが悪いだろ」

「餞別って、もしかして…」

「そう、神代魔法」

雫の呟きにそう返したアオは二人を連れて一時町を離れた。

新たに手に入れた神代魔法四つの魔法陣を書き上げるとその中心に二人を招く。

「これは…確かに得難い餞別ね」

と雫。

「重力魔法と再生魔法、空間魔法に昇華魔法…?」

鈴にはすべて適性があるようだ。

「わたしは重力魔法と昇華魔法しか使えそうにないわね」

逆に雫は攻撃に転用できるのは重力魔法のみのようだ。

何気に生成魔法以外の適正がある鈴は強キャラなんじゃなかろうか。

その後、魔法陣を壊すアオ。

「ああ、壊しちゃうの?」

クラスメイトの強化にも使えるのにと鈴。

「自力で取るか、オルクス大迷宮くらい突破できるほどの実力と精神力が無ければ強大な力は怖いものだよ」

「それってわたし達は合格って事?」

「緊急事態の及第点だがな」

「もうっ…行くわよ鈴」

照れたように文句を言って雫が歩き出す。

「わ、わかったよシズシズ。アオくんもありがとうね」

「二人とも死ぬなよ。…いや、今なら死んでも生き返らせてやるが。まぁがんばれ」

「感動のシーンが台無しだよっ!」

そう言い残して鈴も雫の後を追った。


防壁の上で南雲ハジメは押し寄せる魔物の群れを見下ろしていた。

色々計算して勝てる算段が付いたが、谷口鈴と八重樫雫の二人が偶然にも居た事は正直助かった。

鈴が手に持った杖を掲げて目を瞑り魔力を高めていくのを見る。

「聖絶」

シングルアクションで防壁にいくつもの上位結界を展開させるその腕にさすがに自分とは違いチートなクラスメイトと感慨に耽った。

「ハジメ?」

「ハジメさん?」

それを心配そうに声をかけたのはハジメの最愛である吸血鬼族であるユエと、あとおまけに兎人族のシアだ。

「いや、何でもない。行くぞ」

それに何でもないと答えて戦闘を開始した。

絶望的な戦力さだが、終わってみれば魔物たちの方が追い散らされる結果になった。

ハジメは魔物の中をうろついていたこの事件の首謀者であろう人間、クラスメイトの清水幸利を引きずって来た。

清水は散々命乞いをした挙句、愛子先生を人質にとり、しかし潜んでいた魔人族が口封じをしようとしたのか、それとも他の目的か、その魔人族の横入れで致命傷を負った。

裏切者で致命傷を負ったにもかかわらず懸命に助けようとする愛子先生。

しかし南雲ハジメは冷徹だった。

クラスメイトに対して無情にもその手に持った銃…ドンナーを引き絞る。

指に掛けた引き金が引かれた瞬間…

「聖絶っ!」

鈴の聖絶がハジメの銃弾を阻んだ。

「何しやがるっ」

「何をしているのか分かってないのはお前だっ」

雫が清水との間に入りハジメに刀を向けた。

「いけませんよ、南雲くんっ」

今まさに人質に取られていたであろう愛子が南雲の前に立つ。

「そこをどけ愛子先生」

「いいえ、どきません。まだ間に合います。だから薬を…」

「必要ないよ、愛ちゃん先生」

愛子と雫が間に入った事で鈴が聖絶を解き回復魔法を唱えた。

「ベホマ」

見る見るうちに清水の傷口がふさがっていく。

気絶しているようだが、死んだわけではないらしい。

「良かった…よかったよ」

愛子先生は心底安心したようだ。

「そこをどけ。そいつは絶対にもう一度裏切るぞ」

「変わったわね。南雲くん…本当に」

「あの迷宮で一人で生き抜けば変りもするさ」

一触即発。そんな雰囲気の中、場を読めない人物が乱入する。

「なんだ。終わったんじゃないのか?」

アオだ。

「やべぇ中二病患者が居る」

アオは初めて変わり果てた南雲ハジメをみた。

「ああ?おめぇに言われたかねえよ」

片や黒いコートにスカーフとフルメタルな左腕に眼帯白髪の男。片やぼろぼろのマントを羽織り左目を閉じ、右目を魔眼で光らせている。

「アオくん良いところにっ!」

鈴がまさにナイスタイミングと声を上げた。

「何が」

「清水のスキルを奪ってくれ」

雫がいまだに南雲ハジメに刀を向けたまま言った。

「えー…まず説明プリーズ」

南雲ハジメは舌打ちをすると後悔しても知らないと言い残し去って行った。

アオは話を聞いて清水の闇術師の天職を奪う。

「これでこの世界での一般人と同じ程度だな。こういう奴は自殺だけはしないタイプだ」

やった事の責任については有耶無耶にしてしまう方が良いだろう。

下手に勇者のクラスメイトが裏切ったなどと知られればクラスメイトの扱いがどうなるか分からないのだから。

アオ達はしばらくの間町の復興に従事する事になる。

アオは逃げ出そうとしたのだが、雫と鈴の監視の目を潜り抜けるのが面倒だったから休暇もかねて従っていた。

復興の目途が立つとくたくたの体で良い汗をかいたクラスメイト達はリフレッシュした心身を伴って王都に帰って行った。

帰った矢先にとてつもない事件に会うのだが、直接アオは関わっていないので後で聞いた話だ。

アオにはアオで襲撃されていた。

神の使徒を名乗る天使のようなおぞましい兵器だ。

両手に大剣を持ち、ウルの町のカフェで惰眠をむさぼっていたアオの前にゆっくりと降りてくる。

「イレギュラー、神の名の元あなたを始末します」

機械的とも言える淡々とした言葉。そこに人間味を感じさせない。

「それは俺を殺すって事?」

「それを神がお望みなのです」

「俺もさ、さすがに殺しに来た敵に優しくは出来ないぞ。それも神の使徒を名乗る輩にはな」

アオの右目が輝いた。

次の瞬間、黒い棒が無数に使徒を刺し貫いていた。大黒天を使い黒棒を無数出現させ刺し貫いたのだ。

初見ではかわせないだろう。

丁寧に心臓や核になりそうなところは潰してある。

「かは…」

血を吐いて倒れる使徒。

「きゃーー」「天使様がっ倒れているぞっ」

騒ぎ始める住民にアオはすぐさま町を出る。

そして王都で上がった閃光に急いで駆けつけた時にはもう終わった後だった。

王都に魔人族が襲撃してきたらしい。

王都は強力な結界で守られていたはずだが、内通者が壊したらしい。

そして、そんな凶事を働いたのがクラスメイトである中村恵里だった。

彼女は天職である降霊術師を極め、殺した人間にある程度生前の受け答えが出来るオリジナル闇系魔法“縛魂”により、多数の屍傀儡兵を作り上げていた。

それはゆっくりと王城の中に張り巡らせられ、つい先日事は成った。

計画は入念に。特に雫と鈴には遅効性の毒を食事に混ぜていたらしい。

しかしそんな彼女の計画は駆けつけた南雲ハジメの活躍で撤退を余儀なくされた。

目的は天之河光輝を手に入れる事。ただそれだけだった。

鈴は親友だと思っていた恵里の離反にショックを受けて回復が遅れている。

雫も同様だ。駆けつけた親友である白崎香織が目の前で殺されたのだから。

どうにか南雲ハジメらの活躍でアオが倒したのと同じ使徒のボディに魂魄魔法で入れ替わり生き返ったらしいが、ショックな出来事ではあったようだ。

そしてさらにショッキングな出来事は、あの時雫たちが止めたクラスメイトの殺害。ついに南雲ハジメはクラスメイトを殺してしまったらしい。

仕方がない事だったようだが、クラスメイトはまた深い傷を負ってしまった。

「で、どういう状況?」

と立ち直り始めた雫に問いかける。

城には南雲ハジメが滞在していて、天之河光輝と反目しあっているが、光輝そかれの幼馴染である坂上龍太郎はどうやら次の神代魔法の試練に付いていく心づもりらしい。

南雲ハジメの急激なパワーアップの裏には神代魔法も関係していたわけだ。

そして事あるごとにに雫を仲間扱いしてくる光輝に辟易しているらしい。

「いい加減姉離れしてほしいわ」

「姉って…」

「あれが困った弟じゃ無ければなんなのよ」

とため息を吐いた。

「神崎アオ、お前も雫から離れろ。雫、なにか神崎に吹き込まれてないか?」

「しつこいっ!もうわたしに構わないでよっ!あなたのそう言う所、大勢を辟易させているってそろそろ気が付きなさいよ」

「何を言っているんだ。神崎に洗脳でもされているのか」

「あー、うん。これはあまりそばに居ない方がいいな」

「でしょ…」

「いい加減な事を言うな、神崎」

アオに喧嘩を吹っかけてくるが、本人はその認識すらない。

「あれで折れなかったとか…尊敬申し上げるよ。俺は撤退するわ」

「ちょっと一人で逃げないでよっ!」

「付いてくるなよ。面倒だろう」

「逃がさないわっ!」

二人は光輝を置き去りにして走り出した。端的に言えば逃げたのだ。

十分に距離を取ってから会話を続ける。

「それで、どこの神代魔法を取りに行くって」

場所によっては付いていくとアオ。

「ハルツィナ樹海だって。そこには何があったの?」

「昇華魔法だな」

「あー…じゃあわたし達は行く必要がないわね」

逆に南雲ハジメが何を持っているのかそれとなく探りを入れると、生成魔法、重力魔法、空間魔法、再生魔法、魂魄魔法の五種のようだ。

そして攻略がうまく行けば昇華魔法が手に入る。

「なら、攻略が終わったら同行させてもらおうかな」

「南雲君に?」

「最後の一つも狙うだろ」

「そうね」

あの性格の豹変した南雲ハジメなら必ずと言う確信がアオにはあった。

ハルツィナ樹海の攻略は南雲ハジメ達は攻略できたが、光輝と龍太郎は失敗してしまったらしい。


一度光輝と龍太郎を連れて王城に戻って来たハジメ。

しかし攻略に成功したはずの南雲ハジメの表情が暗い。

「何かあったのかしら」

それを遠巻きに見ていた雫がアオの隣で呟いた。

「まぁ、これだな」

そう言ってアオはジャラリと導越の羅針盤を取り出した。

「何、それ」

雫は初めて見たようで、なんだろうと視線を向けた。

「ハルツィナ樹海の迷宮のクリア報酬」

「はぁ?」

どういう事だと雫。

「さすがにこのレベルのアーティファクトになると代えがきかないのだろうよ」

クリアして昇華魔法は手に入れたが、一番欲しかったであろうこの導越の羅針盤は手に入れられなかった。

懐から取り出したのがいけなかったのか、そのアーティファクトの魔力を感じ取った南雲ハジメがアオへと駆け寄って来た。

「お前、そいつは…」

「これか?」

そう言ってアオは導越の羅針盤をかざして見せた。

「それはもしかして導越の羅針盤か?」

「そういう名前だったな」

「なんでお前が…まぁいい。そいつをよこせ」

傲慢に詰め寄るハジメ。

「なぜ?」

「俺にはそれが必要だ」

「だが、それは俺には関係ないだろう?」

何を言っているんだと言うアオへ、ハジメはドンナーを構えた。

「ケガをしない内によこせ。俺は障害になるものは殺してでも排除する。たとえクラスメイトだとしてもだ」

「なぁ、あんなことを言うヤツがなんでモテるんだ?」

最近、ハジメの周りには女の子が多数侍っているようでアオの隣にいた雫に尋ねてみた。

「知らないわよ…強い人は好きだけど。でも、わたしの好みじゃないわね。倫理観の壊れた人はちょっと、ねぇ」

しかし、アオへと向ける銃口と殺意は本物のようでハジメがその引き金を引くのとアオが左目を開くのはアオのそれがほんの少し速かった。

引き金が引かれたドンナーは電磁加速されて銃弾が発射される。

発射された銃弾は、アオの左肩へと向かって撃ちだされ、着弾。

「ぐぁああああああああっ!!!」

絶叫が響く。

「ハジメっ?」「ハジメさん?」「ハジメくん」「ご主人様っ!」

その絶叫に気が付いたのかハジメの周りに侍る、ユエ、シア、香織、ティオの四人が駆け寄って来て、懸命に治療を始めている。

彼女達には信じられない光景だろう。なぜなら最強と信じて疑わなかったハジメが右肩を何かで貫通されて大量の血を流していたのだから。

「な…なにが…何があったの雫…」

と言う香織の声に雫は厳しい視線を返した。

「擁護は出来ないわ…ただ、南雲くんがわたし達…いえ、アオね。彼に向って撃った銃が彼自身に当たったの」

よく見ればハジメの倒れている場所とアオが現在立っている場所が入れ替わっている。

天手力。

銃弾が着弾する寸前、ハジメとアオにしがみついた雫ごと二つの場所を入れ替えたのだ。

結果、銃弾はハジメを貫通して肩には大きな穴が開く。

「なんでそんな事に…」

「あれ…」

ユエがアオの持った羅針盤を見つけた。

「あれってまさか導越の羅針盤ですか?」

「そのようじゃ。あの男が持っていたようじゃの」

シアとティオが言う。

そして事のいきさつを彼女たちは察した。

今のハジメは欲しいものは奪いとる事を厭わず、邪魔するならば殺すことも厭わない。

そうなれば導越の羅針盤を前にそう行動したのだろう。

そして負けた。

「ユエ、香織…もう大丈夫だ」

そう言って全快したハジメが立ち上がる。

「まだやろうってのか」

アオがため息を吐く。

「ああ、俺は欲しいものは殺してでも手に入れる」

ハジメの視線がアオを射抜いた。

「香織、南雲君を止めて」

と雫が香織に言った。

「だめだよ雫、ハジメくんはこうなったら止まらないから」

それはもう何度も見てきた光景なのだろう。

「クラスメイトを殺す事になってもいいの?」

雫の言葉に香織の返答はない。

「最低ね…南雲君も香織も」

「雫…」

複雑そうな表情を香織は浮かべていた。

「人を殺すと言う事は当然殺される覚悟もあるのだろうな」

とアオ。

「俺は死なねえ。日本にユエを連れて戻るんだ。それまでは絶対に死なない」

ユエとは吸血鬼の少女の事か。

アオはため息を吐いた。

「雫はこれを持って下がってろよ」

そう言って導越の羅針盤を投げる。

「出来れば殺さないで」

そう言って雫は距離を取った。

先ほどの攻撃の仕掛けは分からないが、効果は理解しただろう。

アオと自分の位置が入れ替わったと言う事に。

そのため引き金に手を当てたハジメの指は固い。

「手加減してやるから…死ぬなよ?」

アオの右目が光る。

大黒天。

「がはっ…」

次の瞬間、黒い棒で串刺しになって血を吐くハジメ。

そのまま地面に縫い留められていた。

「ちくしょう…」

「急所は外してある」

何が起こったのか。やはり誰も分からなかった。

そんな状況でいち速く動いたのは兎人族のシアだ。

彼女はいつの間にか手に持った大きなハンマー…ドリュッケンを振りかぶりアオへと振り下ろすが…

「へ?」

確かに手に持っていたドリュッケンがいつの間にかなくなっていて空降るシア。

その膠着した体にいつの間にかドリュッケンを持ったアオがそのハンマーを振り下ろした。

ドン

瓦礫を巻き上げてシアが地面に打ち付けられて気絶した。

「て、てめぇ…よくもシアを…」

「ご主人様、逃げるのじゃっ」

ティオがハジメの前に出た。

が、次の瞬間、やはり黒い棒に貫かれるティオ。

「くっ……この…不覚…」

しかし、ティオが時間を稼いだほんの一瞬で、ユエが魔法を発動。

「五天龍」

火、雷、氷、風、土の属性を持った魔法でできた龍が四方からアオを襲った。

「ま、まて…ユエ…ユエーーーーーーーーッ」

そしてハジメの絶望。

アオの居た場所とユエが居た場所が入れ替わったのだ。

「なっ…うそっ」

最愛の恋人は自身の五天龍に…しかも手加減を忘れた高威力のそれに飲み込まれ、ハジメの隣には最悪の悪魔が立っていた。

「ねぇ、どんな気持ち?自分がしてきた事を逆にやられたらどんな気持ち?これを俺にはやって良いと思ってたんでしょう」

と囁くアオ。

「ユエ…ユエーーーーっ…こんのぉ…」

「は、ハジメくんっ!きゃっ」

ハジメに駆け寄ろうとした香織のも突如として現れた黒い棒が差し込まれた。

「カオリーーーーーっ」

そして憎悪のこもった瞳でアオを見るハジメ。

「殺してやる」

「お断りだ」

ハジメの指輪型のアーティファクトである宝物庫が突如として消失する。

アオの手のひらにあった小石と宝物庫が入れ替わったのだ。

それをスクナヒコナで消す。

武器が無ければその体でと無理やり黒棒を引きちぎるハジメ。

アオはその頭を持って地面へと打ち付けるとゴシャと言う音を立てて鼻骨が粉砕された。

そこからは念入りにアオはハジメの心を折っていく。

中途半端にした挙句全く更生していない前例を見たからだ。

「殺してやる殺してやる殺してやる…」

「お前が殺してきた人の数だけ死んでみろよ」

次の瞬間、黒炎がハジメを覆った。

肉の焦げる匂いと強烈な熱さに死を意識た次の瞬間…

「ぐぁああああああああっ!!!」

絶叫が響く。

「ハジメっ?」「ハジメさん?」「ハジメくん」「ご主人様っ!」

「ユ…ユエ…どうして…?」

駆け寄ってくるユエ達四人の姿がハジメの瞳に映る。

ハジメが現状を確認すると右肩が撃たれたばかりのようだった。

「ち、幻覚か…だが、もう効かねぇ」

そして再びアオへと銃を向け、打倒され、ユエ達が傷つき、また時間が巻き戻る。

「なんだ…なんなんだ…これは…」

それは自身が悔い改めないと抜け出すことのできない幻術のループ。

イザナミである。

ハジメとユエ、シア、香織、ティオの五人はまとめてアオのイザナミの効果に囚われてしまっていた。

「何が起こっているの…みんなが動かなくなってしまったわ」

と現実の雫が言う。

イザナミの代償は再生魔法で時間を巻き戻し治療したアオは説明する。

「彼らは幻術に囚われている。自身の行いを悔い、暴力以外の解決策を見つけるまで永遠に抜け出すことはない」

「だ、大丈夫なの?」

「この世界だから許されているが、日本じゃ彼らは殺人鬼だ。そんな彼らを俺はどうあっても日本へは帰らせない。これを抜け出せないのなら彼らにそんな資格はないんだよ」

一番早く幻術を抜け出したのは白崎香織だ。

「し、雫…」

「香織…」

香織が雫に抱き着いた。

「これは現実…?」

「ええ、ここは現実よ」

「そっか…」

そして視線が倒れている白髪の男性へと向けられる。

「ハジメくん…」

だが、香織はもうハジメを助ける事は無い。

彼女が好きだったのは力が無くても誰かのために頭を下げ続ける事が出来る優しさを持った少年で、他者を暴力で圧倒し、あまつさえ殺してしまう人間では無いのだから。

雫が香織を連れていく。

シアとティオも覚醒する。

彼女たちも本来善人で、暴力に虐げられた過去がある。

この世界の生まれの彼女達は暴力を是とするハジメをまだ受け入れられているのか、心配そうに駆け寄った。

「ハジメさん、ユエさん」「ご主人様、ユエ」

二人はくっと悔しそうに表情を歪ませる。

「シア、魂魄魔法じゃ魂魄魔法ならご主人様とユエを助けられる」

と言うティオ。

「させると思うか?」

アオの声に振り返った二人に戦う意思はなく、むしろ怯えている。

何度も何度も、それこそ時間など意味のないくらい何度も幻術の中でアオに殺されているのだ。

ふるえる体は敵わないと魂がアオと戦う事を拒絶しているからだ。

「じゃが、このままではご主人様達が死んでしまう」

とティオ。

否定し続ければ心が衰弱して行くのを止められない。体は生きていても心が死んでしまう。

「さて、同じ状況になった時、南雲ハジメならばどう言うかな?」

シアとティオは押し黙った。良い答えではないからだ。

「俺の知った事か。だろ?」

「ですがっ…」

シアが途中でしりすぼむ。

「相手に自分の都合だけを押し付けるのは強者の特権。今回はお前達が弱者だ。自分たちがしてきた事だろう?」

「く…じゃが…」

どう言い訳をしようと、今アオがしている事はハジメがやって来た事と同じだ。

そこにどんな理由が有れ、暴力を振るわれた方は理不尽を感じるものなのだ。

それを是としてきたのなら、この事態も受け入れなければならない。

「それでも俺はちゃんと抜け出せる道を用意していた。お前達が戻ってこれたように」

「それをハジメさんは選べませんっ!」

「そうじゃ、ご主人様は…ご主人様は…」

普段のハジメを知っているシアとティオが声を上げた。

「相手を殺す以外の道を選ぶ。そんなに難しい事か?」

「………」「………」

そして二人は答えを出して戻って来た。それゆえにアオを攻撃すると言う事をためらう。

「そもそも殺さずにいてやるだけ俺は優しいだろう?」

幻術に囚われて動けないハジメとユエの二人は、今ならば確実に殺せていたはずだった。

それには二人も同意するしかなかった。

いま彼女たちが生きているのはアオに殺す意思が無かったからでしかない。

王城内の寝室へと運び込まれた二人は三日経っても、一週間経っても目覚めなかった。

頑なに弱い自分を拒絶しているのだ。

ベッドに横たわる二人を心配そうに見つめるシアとティオの二人。

その背後で扉が開いた。

入室してきた人物をみとめ二人が破顔する。

「カオリさん」「カオリ」

「どう、ハジメくんとユエの容態は」

「相変わらずじゃ」

ティオが少し辛そうに答えた。

「そう…」

呟いた香織も辛そうだ。

それは初恋の男の子が目覚めない事に…ではない。

「カオリさん?」

シアの怪訝の声。

なぜなら香織がその手に持っていた杖を掲げたからだ。

「ま、待つのじゃ…」

ティオの静止の声が響く。

それをアオは禁止していて、破ればもっとひどい事に…次は手加減無く殺すと脅されていた。

しかし二人を見た香織はルフルと首を振った。

「大丈夫。神崎くんからの許可は得てるから」

「なに…?」「ど、どうして…?」

「二人も分かってるでしょ?あの人はわたし達を殺したい訳じゃなかった。例えわたし達が殺そうとしていたとしても」

だから、と香織。

「ちゃんと戻ってこれる道は存在していたの」

でも、と。

「一週間。ハジメくんは戻ってこなかった。限界だろうって…」

心を折りたいだけで殺したい訳じゃないアオの方が先に折れた。

天職、治癒師の香織が魂魄魔法と再生魔法を使うと、ハジメとユエの意識が戻り始める。

「ここは…」

「ハジメ…」

隣に寝かされていたユエが先に覚醒していたのかハジメの方を向き名前を呼ぶ。

「ハジメさんっ!」「ご主人さまよっ!」

そこにシアとティオが抱き着く。

「いったい何が?」

「うん、説明が必要。どうしてわたし達は眠っていたの?」

「二人とも…」

どうやら二人にアオと戦った記憶そのものが無くなっているようだ。

「いろいろあったのじゃ…説明はできんのじゃがな」

「本当に…心配しましたよ…」

と言ってどさくさに紛れてハジメに抱き着く。

「二人とも、離れて。そこはわたしの場所。それだけは譲れない」

「ユエ…ああ、お前が俺の最愛だ」

「ハジメっ」

場所も考えずキスを始める二人。

「ちょっと、二人でラブラブ空間を作らないでください。そしてわたしも混ぜてくださいっ」

シアがプクリと頬を膨らませた。

「カオリは…?」

こう言う展開にならば必ずと乱入するはずの彼女が居ないとユエが呟いた。

「カオリさんなら…あれ?」

シアが扉を振り返る。そこにはもう香織の姿は無かった。


その扉を出た廊下で香織は一人涙を流していた。

「さようなら、ハジメくん…」

「香織…」

それを心配そうに抱きしめたのは雫だ。

「ハジメくん…ダメだった…ダメだったの…」

「うん…うん…香織の所為じゃないわ…」

「うぇええ…うええええぇえーーん」

香織は雫の胸で思いっきり泣いた。涙はこんなにも出るんだと自分でも驚くほどに。

もう香織はハジメに盲目に付いていく事は無い。

彼女が好きだった心の優しい少年はもう居ないと言う現実に彼女の初恋を終わらせるには十分だった。

空白の一週間をもったいぶるかのようにハジメは光輝と龍太郎を焚き付けシュネー雪原へと歩みを進める。

この一週間の間にティオが見つけた事になっている導越の羅針盤を使い、迷いなくハジメが開発した飛空艇を走らせる。

ティオとシアの助力もあり、アオと雫、鈴は同乗していた。

香織も同行しているが、雫の方に寄りかかり、できるだけハジメとは会わないようにしているらしい。

香織の動機はもしかしたらこの攻略を成功させればクラスメイト達を帰還させることが出来るかもしれないという望みの為にどうにか自分を奮い立たせた結果だ。
 
アオの事はティオ達が有耶無耶にして連れていくと言う事になっている。

シュネー雪原を越えた氷雪洞窟。そこに最後の大迷宮がある。

「なぁ、俺なんかしたかな」

とハジメがユエとシアとの両手に花の状態でソファに座り飛空艇を動かしながらユエに問いかけた。

「むぅ…たしかに…いるとウザいけどこれはこれで物足りない」

とユエが答えた。

「ご主人さまよ。カオリの事は忘れた方が良いじゃろう。彼女は望んでご主人様から離れておる」

「どういう事だ?」

本当に何かしてしまったのかと心配になったようだ。

「いえ、ハジメさんは何もしていません。何も…だから…なんですが」

シアも尻すぼみに答えた。

そんなこんなでも旅は続き、途中までは飛空艇で吹雪をものともせずに進んでいくが、やはり最後は徒歩のようだ。

ハジメが配ったアーティファクトを身に着けるとこの零下でも問題なく体温を保てるようになった。

シアが空気を換えるためか明るく無邪気さを装い雪原を掛ける。

結果、クレバスに落ちていくのだが、その先から大迷宮へと入っていく。

迷宮のギミックを力技で突破してくと、途中から何者かに囁かれていると皆が言い始めた。

「アオには聞こえないの」

と雫。

「呪力耐性高めなんだよね。いくら神代魔法でも直接的でないのなら効果はまぁ…希薄だな」

「なにそれ、ズルイ。わたしなんてもう本当にイライラしてきているんだけど」

とは鈴の言葉だ。

攻略は進み、目の前に光の門らしきものが見える。

これをくぐれと言う事なのだろう。

ハジメ達が入り終わった後、アオ達が入る。

「ばらばらに飛ばされたな」

「分かるの?」

「転位の足跡くらい輪廻眼で見抜けるさ」

と雫の言葉にアオが返す。

「うわぁ…中二病って強いんだ」

「うん、まじで後でどうしてくれよう」

「いやー、おかされるー…たぁっ!!」

鈴にはデコピンで黙らせ再び光の門を見た。

「まぁ行くしかないだろう」

アオ達も光を潜り抜けると、バラバラに飛ばされてしまった。

氷でできた小部屋に一人で転位させられたアオ。

どうやら最後の試練は負の自分を打ち負かすことのようで、自分自身の影が実態となって現れるらしい。

だが…

耐性が高すぎて神代魔法を弾き、コピーするものの無いものはどうなるだろうか。

そう、何も起こらない。

何もない通路を進んでいくと神殿にたどり着いた。

ここに最後の神代魔法があるのだろう。

魔法陣の中央に立つが、当然何も起こらない。

ズルはしていないが、試練を行っていないのだ。

「まぁこうなるか…強奪…」

無理やり魔法陣を起動するアオ。

【変成魔法】が刻まれ…

「概念魔法、ね」

七つ全てを修めた事で概念魔法が刻み込まれた。

「思いを現実にする力…空想具現化能力…もしくは全能」

残りのメンバーを待つ間に色々実験してみた分かった結果だ。

「なんでテメェがもうここに居るんだ」

とケンカ腰の南雲ハジメの声が響く。

「それはお前が遅かったからだろ」

「あちゃー…やっぱりか」

「アオくんだものね」

と雫と鈴が言う。

この部屋にやって来たのは南雲ハジメのパーティと雫と鈴、香織と龍太郎のみで、光輝は居ない様だ。

効けば部屋の外に転がされているらしい。どうやら試練を突破できなかったようだ。

そして突破した者たちが魔法陣の中心へと移動すると編成魔法が刻み込まれ、その情報量にたまらずハジメとユエ、雫と鈴が倒れてしまった。

「な…なにが…雫ちゃん…鈴ちゃん…」

香織が心配そうに二人に近づいた。

「概念魔法なんてものを手に入れたんだ。頭がパンクしそうにもなる」

「え?どうして二人が…」

「俺が教えた」

香織の試練はどうしたのかと言う問いは無視する。

「……つまり、神崎くんも七つそろったって事?だよね」

雫と鈴を天狗の隠れ蓑の中に寝かしつけ、ハジメとユエの覚醒を待つ。ハジメ達には天狗の隠れ蓑を使わせないあたり、アオは彼らを本当に嫌っているのだろう。

天狗の隠れ蓑の中から雫と鈴が出てくる。どうやら整理できたらしい。

「うう…まだ気持ち悪い」

「でもうまく使えそうにないわ…」

二人の概念魔法の適正はそこまで高くないようだ。

二人が起きたと言う事は向こうの二人も起きただろうと置いてけぼりの龍太郎を連れて二人が寝かされている部屋へと移動する。

入室した瞬間、情事にでも耽っていたように着崩れている二人。

瞬間、アオと龍太郎めがけて何かが飛んできた。

ユエの艶姿を見せないと言う強い意志を感じる。

「あ、それは悪手じゃご主人様よ…」

ティオの忠告は事後の言葉だ。

「ぐぁ…いてぇ…」

なぜなら、その言葉を発した時にはすでに彼自身が指弾ではじいたゴム弾で吹き飛ばされていたからだ。

アオがスクナヒコナでどこかの空間へ一時収納し、大黒天でハジメの近距離で元の大きさに戻したのだ。

結果、自分が起こそうとした暴力を自分で受けて吹き飛んでしまった。

事のあらましを理解した香織はもうハジメに侮蔑の視線を送っている。

情事に対してではなく理不尽な暴力に対してだ。

真実を見た香織には、今のハジメはあの時恐喝していた方の男性に重なる。

「何をしたの?」

ユエの怒気が上がる。

「ま、待ってください、落ち着いてください…死にたくなければ落ち着いてください、ね、ね?ユエさん、ハジメさんも」

「そうじゃぞ、ご主人様よ。今はそれどころじゃないじゃろ?」

「シアもティオも変」

「いいぃ、いいから、何やらすごい魔法を手に入れたんじゃろ?な、な?」

取り繕うのも必至だ。

二人は延々と殺された経験を覚えている。

ああ、きっとあのアオと言う少年はそんな事を実際にできるのだろうと確信するくらいには生々しいものだった。

その力がハジメに向かえば100パーセント、ハジメもユエも生きていない。

その為二人は道化のごとく話をそらした。

洞窟内の最奥にある邸宅のリビングで、概念魔法を手に入れたハジメとユエが日本帰還に必要な概念魔法を宿したアーティファクトの政策に入ったようだ。

その光景を皆祈りながら眺めていると、南雲ハジメから何かが漏れだすように光景を映し出す。

それはオルクス大迷宮の奈落の底。

そこで経験した事とハジメが急変した出来事の追体験だ。

その経験には確かに同情を禁じ得ない。雫も鈴も龍太郎や光輝まで涙ぐんでいるくらいだ。

「だからと言って、相手を平気で傷つける人にはなって欲しくなかったかな」

と言う香織の言葉でみな同情する事をやめた。

それとこれは別問題だと香織に気づかされたからだ。

二人の渾身の魔力を込めて作り出されたアーティファクト。それが作り出されると同時にハジメとユエが気絶する。

それ故、その多面体のカギのようなアーティファクトに最初に触れたのはアオだった。

「それをどうするのじゃ?」

とティオが問いかける。

「もちろん俺がもらうが?」

「それはハジメさんの物です」

シアの手が伸びる。

がしかし…それは途中で止めれた。

「その南雲ハジメは奪いとる事を是としている。つまりこれは正しい行いだと言う事だ」

ついでに導越の羅針盤も返してもらう。

「く…」

悔しいが否定できない。できる要素が無い。

そして今、それを押し通せるほどにはシアは強くなかった。

「帰れるの?」

雫がアオに駆け寄った。

「ど、どうなの?」

「大丈夫そうだな」

「ほんとう?」「やった、後は恵里を説得して、お話して、ぶっ飛ばすだけだ」

雫と鈴が感激の声を上げた。

「まつのじゃ、それならご主人様の手元にあっても…いや、何でもない。うん、失敗したと言う事にしておくかのう」

魔力の枯渇で倒れている二人を抱き起したティオは複雑そうにつぶやいた。

下手にアオが持っていると言えばまたこの間のような事になる。そして今度は手加減してくれるとは限らないのだから。



「くそ…失敗したのか…ぜったい行けたと思ったんだが…」

「うん、でも次は成功させる」

目が覚めた二人はティオの話を聞いて盛大に悔しがり、しかし次は大丈夫と気合を入れた。

だが、すぐには不可能ととりあえず迷宮を出る事に。


大迷宮の境界を出ようとした時、巨大な気配がアオ達を取り囲んでいた。

数百体ほどの魔物と依然倒した天使のような人型の神の使徒が混在している。

使徒は人間のような形をしているが、人間では無く、目の前の魔物のように神の戦力の一つ。取り換えの効く武器に過ぎない。

その中央に二人アオ達へと進み出る人影。

片方はクラスメイトで少し前に魔人族側に付いた中村恵里と、知らない男性が一人。

ハジメには因縁があるようで

フリード・バグアーと言うらしいその男性は、ハジメの前に出て、魔王城へと招待するとのたまった。

当然それを拒否するハジメ。

ならばと遠くを移す魔法だろう。それでクラスメイト達を映した。

どうやら人質として捕まってしまったらしい。

大人しく付いてこいと言うフリードの言葉にハジメが銃弾で帰す。

彼の主張は大人しく付いていった所で全員まとめて殺されると言う事らしい。

アオでも同じことをするだろう。テロリストとは交渉の余地はないのだ。

だがそのハジメも次に映し出された二人の亜人で前言を撤回する。

どうやらそちらは大事らしい。

恐らくアオが同じような脅しを掛けられればそうしただろう。

だからアオとハジメがとてもよく似ている。

アオは魔法の矢を引き絞った。

「雫、鈴、中村を取り押さえる準備をしておけ」

「な、なにをするの?」

「どうせろくでもない事だわ」

引き絞った魔法の矢、メドローアを昇華魔法で強化。

飛距離を伸ばし、一射ではなく数百の矢に分裂するように改良する。

さらに必中の権能を行使。この矢は放てば必ず命中する。

「てめ、何してやがるっ!ミュウとレミアが居るんだぞっ」

攻撃をするなと銃口を向けるハジメ。

「だ、ダメですぅ」

「だめじゃ、ご主人様よっ!」

「どうして、二人ともっ邪魔っ」

シア、ティオ、最後はユエの声だ。

シアとティオが自分の身を挺してハジメの銃口からアオを守っているようにも見えるが、アオを攻撃してしまえば今度こそハジメは死ぬ。

それが分かるから必死に邪魔をしているのだ。

「お前のせいでクラスメイトに人質の価値がなくなっただろう。俺にしてみればあの亜人の方はどうでもいい」

それはクラスメイトを前にハジメ自身がした事だ。

「やめっ…」

「メドローアっ!」

ハジメの静止の声にアオは止まらず。

撃ちだされた極光は途中で無数に分裂し、魔物と神の使徒へと襲い掛かる。

昇華魔法を使っての一撃は、触れた相手を跡形もなく消し飛ばしていく。

攻撃も、逃げも、一切が通用しない。必中の権能。

アオは天手力を発動し、中村理恵と入れ替わる。

「なっ?がっ」

驚きの声を上げたのはフリードで、しかし防御も攻撃も少し遅かった。

アオの腕が伸び、ギリギリと首を締めあげた。

直後に最後の一条が乗っていた白い龍に当たり消滅する。

「ウ…ウラノ…ス?」

たった一撃。

それだけで戦況が変わった。

「お前に人質の価値は有るか?」

「俺を殺せば…お前の仲間は皆殺しだぞ…?」

「そうか?お前のトップには人質の価値が復活したんじゃないか?」

ハジメとアオ、どちらが脅威か。

もしくは、どちらも脅威ではないか。

相手は神だ、それくらい傲岸不遜だろう。

「…アルヴ様から丁寧にお連れするようにと信託がくだった。人質には今のところ手を出さないそうだ」

悔しそうにフリードが言う。

どうやら神が直接フリードに言葉を届けたらしい。

それを聞いてアオは興味が失せたとフリードの首を離すと自由落下で落ちていった。

雫たちの所に戻ると多勢に無勢なのか中村恵里は拘束され、さらに鈴の結界魔法に囚われているようだ。

「しばらく寝てろ」

「ちょっと、アオくん何やったの?」「死んじゃいないわよね?」

「幻術だ。しばらく目を覚ます事は無いだろう。起きた後、落ち着いていると良いが」

そう言うアオに詰め寄るのは南雲ハジメ、その体はシアとティオに抑えられているが引きずってでもと言う事なのだろう。

「てめぇっ!…香織?そこをどけっ」

アオの前に出てきたのは白崎香織だった。

「ねぇ、ハジメくんは自分で何をしたか、分かってる?」

「ああ?知らねぇよ。だがそいつのせいでミュウとレミアが危険にさらされた」

それがどうしたとハジメが怒声を上げた。

「そうだね。ハジメくんが引き金を引いたせいでクラスメイト達が危険になったのよ」

「だからなんだよ。俺には二人の方が大事だっ」

「そう。私もミュウちゃん達は大事。でもクラスメイトも大事なの。だからハジメ君、止めるなら最初からハジメ君にも止まって欲しかったな」

真剣な香織の表情で自分が何をしたのかようやく理解した。理解したが、それを間違っているとは思わないのが今のハジメなのだが。

香織の言葉を聞いて、雫や鈴、龍太郎に光輝までも険しい視線をハジメに向けた。

皆の目には戸惑いと恐怖、憎悪が浮かんでいた。

「くそっ…おい、てめぇ。さっさと案内しろ」

フリードの方へと踵を返すハジメ。

ユエは厳しい目をアオへと送っているが、ティオとシアが引きずるように連れていく。

「まぁまずはこっちか」

力を得た者の暴走。

「こう言うのを止めるためのものなのかもな」

アオは気絶している中村恵里に手を当てた。

「お前、何を」

何も知らずに止めようとする光輝を雫が刀を向けて制止する。

「強奪」

天職から何から理恵からすべてを奪いつくす。

レベルすら奪いつくして、残ったのはこの世界に来る前の彼女本来の力だけだ。

「こういう奴は何するかわからん。鈴」

「うん…しっかり見てるよ」

と頷く。

「だけど、わたしの決死の覚悟とか、もうちょっと汲んでほしかったな」

「それでどちらかが死んでしまったら意味がないだろう」

二人を天狗の隠れ蓑へと修めると、フリードへと向き直った。

フリードは魔族の居城への転位の方法を持っているようで、すでにハジメ達は向かっていた。

光輝、龍太郎、雫と続いて、最後はアオの番だが…

「お前を連れていくわけにはいかない。例え、ここでこの俺が死んでしまうとしても」

それは決意を含んだ険しい表情を浮かべていた。

宣言通りに先ほどまで繋がっていたゲートは閉じている。

「なら寝てろ」

容赦なく、アオはフリードを気絶させた。

アオは先ほど奪っていた新しいアーティファクト、クリスタルキーを取り出し、導越の羅針盤の二つをそろえると、クラスメイトの所へと空間をつなげた。

「へ、神崎くん?」

と呆然と愛子先生が言う。

「悪いが時間が無いからな」

アオは天狗の隠れ蓑を広げると問答無用でクラスメイトを収納していく。

中には気絶した恵里と看病している鈴が居る。説明は任せてしまおう。

しかしどうやら出遅れてしまったようだ。

アオの目の前で、いったい何が起こっているのか。

ユエと言うなの吸血鬼の少女だったそれは今は別のものに置き換わっている。

「神意招来…?神か…」

呟いた後、アオの体が漲った。

次の瞬間、アオの両目が黒に戻り、すべての抑圧から解放されていく。

神を目の前にして自己封印の解放条件が整った。

自己封印の解放条件の一つに神を前にする事と、本来なら起こり得ない事を織り込んでいたのだ。

しかし、状況は悪い。

ハジメは巨大な魔法にやられて地面に伏しているし、他の仲間たちは地面に縫い付けられるように動けないようだ。

「エヒトの名において命ずる――〝平伏せ〟」

続けざまに神が言葉を発する。

神言。

人間に対する絶対的な命令。

力の弱い人間などひとたまりもないだろう。

「で?」

アオは左手にサンゲを持ち、神言をモノともせずに歩く。

呪力耐性が高いアオにはこの程度の呪力は効くはずもない。

「なっ!?」

それは誰の呟きか。異口同音にエヒトと名乗る神、ハジメ、そしてアルヴと名乗る神だろうか。

「お前が俺たちをこの世界に連れてきた元凶って事であっているか?」

とアオが言う。

「神言が効かぬだと?」

おのれとエヒト神。

「――〝四方の震天〟――〝螺旋描く禍天〟」

「はっ!」

呪力を高めれば、効果を発揮する前に霧散した。

ジリと歩み寄るアオ。

「――〝天灼〟」

いくつもの雷球が現れ、アオへと襲い掛かる…はずだった。

「建御雷(タケミカズチ)」

現れた雷のエネルギーの全てを万華鏡写輪眼の能力で奪いとる様に支配する。

「バカなっ!?」

その雷をまさに返そうとした時、再び神言が響く。

「アルヴヘイトの名において命ずる――少年よ〝動くな〟」

アオに効果を限定させた神言。

だが神としてランクの低い従属神クラスであるアルヴの神言では当然、アオの呪力耐性を抜けるはずもなく。

ドドドドド

雷球から無数の雷が撃ちだされ、アルヴを襲う。

「く…人間風情がっ!」

「知っているか?」

「なっ!?」

いつの間にかアルヴヘイトの真後ろに現れたアオに戦慄する。

「神を殺すのはいつだって人間だ」

無情にもアオの持つサンゲが銀色に輝き、振り下ろされたその刀はまるでバターでも切るかのようにその体を切り刻む。

「ば…ばかな…お、お逃げください…エヒト…さま…」

数十の肉片になって神を名乗る誰かはその生涯を終えた。

その光景に雫はもちろん、ハジメやシア、ティオまで呆気に取られている。

「お前は異常だ…神を殺すなどと…く…この体を完全に掌握できていれば…」

どうやら憑依されているようだが、まだユエ本人が抵抗しているらしい。

「一度神域で調整せねば…三日後、楽しみにしていろ。この世界を破壊しつくし、次はお前たちの世界で遊ぶとしよう」

と言いおいて、神域へと転位して姿を消すエヒトルジュエ。

それを見て、この場を支配していた使徒達も追うように姿を消す。

神が消えた事で雫たちも動けるようになったらしい、雫がアオに駆け寄って来た。

「どうして見逃したの?」

雫はそれが一番に疑問に思う事だった。

あのアルヴすら一撃で葬り去ったアオの異常性。それを持ってすれば確実にユエを殺せぬまでもダメージを負わせられただろうと思ったからだ。

「どうしてだろうな…俺もまだ人間なのかもしれないな」

体を奪われた誰かの必死な抵抗に、一瞬ためらってしまったのだ。

「だが、すぐに追う。次は殺すさ、確実にな」

ああも目の前で、次は自分たちを皆殺しにすると言ったのだ。

逆に殺されても文句は言わせない。

アオがそう決断した次の瞬間…

「――〝全ての存在を否定する〟(何もかも、消えちまえ)」

目の前で最愛の恋人をむざむざ奪われたハジメがそう呟くと事態は一変する。

未だ開いている神域への門である神門。

そこに魔人族や使徒たちが吸い込まれていくように消えていく。

どうやら使徒はともかく、魔人族は神域へと招待されているらしい。神の手ごまと言う事なのだろうか。

そこへ向かって立ち上がったハジメが駆けていく。

途中邪魔になるであろう全ての存在を否定し、アオのメドローアよりもなお権能に近い消滅の力を纏い駆けるが、しかし神門はハジメの通過を許さない。

迎え撃つ使徒を惨殺し、神の国へと向かおうとする魔人族の兵士を殺害し、さらには命乞いをする初老の男性を顧みる事無く殺害する。

その凶刃が魔人族の子供にまで及ぼうとしてさすがにアオは駆けた。

「おい」

暴走するハジメを覆う糸のようなすべてを否定する概念魔法。

その存在否定の概念魔法をアオは左手のサンゲに纏わせたシルバーアームザリッパーで切り裂いた。

存在否定の概念とアオの持つ絶対切断の権能は、込められた呪力と能力の研鑽の長さからアオが勝ち、吹き飛ばされるハジメ。

「てめぇ…殺す…」

吹き飛ばされた体をどうにか動かし、上体を上げたアオを睨みつけるハジメ。

「殺すと言えば殺していいのか?」

突如、アオの殺気がこの場を支配した。

皆、息を吸う事も忘れている。失禁している者もいるくらいだ。

ハジメですら動けない。それは神の神言よりもよほど死をイメージさせていた。

そんな中、懸命にハジメに駆け寄る幼女が一人。

強い子だ。

「パパっ…」

人質にされていたハジメの知り合いだろう。

「ミュウ…?」

どうにか落ち着きを取り戻したらしい。

ミュウの説得でようやく落ち着きを取り戻したハジメにティオとシアも駆け寄っていった。

緊張の糸が切れたハジメは意識を失ったようだ。

その後しばらくして意識を取り戻したハジメは奪われたユエを取り戻すと宣言し、周りを扇動していく。

確かにあのエヒトと言う神が再び攻めてくると言っている以上対抗は必須だろう。

だが…

「なあ、何をお前は良い話で終わらせようとしているんだ?」

アオの否定の言葉にクラスメイトや残された魔人族、そしてハジメ達の視線がアオへと向いた。

「まず、お前があのユエと言う少女を助けたいと言うそれは我がままだ」

「なんだとっ!恋人を助けたいと思って何が悪いっ!」

「悪くないさ。だが、お前にはそれが許されない」

「あ?」

鬼の形相を浮かべるハジメ。

「なぜおまえの恋人だけ特別なんだ?そのためになぜ他の人間が協力しなければならない?それも犠牲が出る前提のそれを」

神との戦いだ。誰も死なないと言う結果は奇跡に等しい。

「ああ、それはユエとその他が一緒なわけがねぇだろうが」

「そうだろうな。お前が殺した無抵抗の魔人族の誰かにもその彼を慈しみ愛した誰かが居たし、それはお前の恋人と同じ価値ではないんだぞ」

価値観は人それぞれに存在する。

「そんなの知った事か」

それは実態のないとても使い勝手の良い言葉だ。

「お前は他者の最愛を踏みにじった。つまりあのエヒトと一緒だ。それなのに何被害者ぶっている?」

アオの言葉で一気に厳しい視線がハジメへと集中する。

皆その事を見ないようにしていたものに気づかされたからだ。

「てめぇら…」

「パパをいじめちゃめーなの」

とミュウが言う。

「そこの幼女」

「ミュウなの」

そんな事どうでもよいとアオは続ける。

「さっきあのハジメに殺されたお爺さんにもお前くらいの孫が居たとしたら、それでもお前はあの男を好きでいられるか?」

「おじいちゃん…?」

魔人族の視線が膝をついてメソメソとなく少女へと割れるように向けられる。

「例えばハジメがお前の母親を殺していたら、同じように無邪気に抱き着けるのか?」

「ママ…?」

「や、やめてくださいっ!」

駆け寄ってミュウを抱き上げるレミアの首筋にサンゲを突きつけるアオ。

「やめろっ!」

ハジメが叫ぶ、

「何故?お前がやった事はこういう事だろう?特に自分に何も害も無いものを意味もなくただ邪魔だと殺したんだ。俺がこの刀を止める必要があるか?」

「あ…」

レミアはようやく理解したのか、ミュウをしっかり抱きしめるとハジメを睨みつけ、必死の力でこの場から逃げていく。

アオも追わなかった。

「パパッ…パパッ」

叫ぶミュウをしかしレミアはダメと言い聞かせている。

アオは追うようなことは無く、サンゲをだらりと下げた。

「そこの二人の身内を殺しつくしたとして、俺を責めてくれるなよ?」

そしてシアとティオも理解する。

アオと言う人間はそれを本当に簡単に出来てしまえるだろうと言う事を。

「あ…いやです…おとうさん」

「い、いやじゃ…それだけはいやじゃ、やめてたも」

ハジメのそばに居ると言う事は全てを捨てなければならないと言う事だと。

ユエが彼のそばに居れるのは、すでに何も持っていないからだ、と。

「どうしたんだ、シア、ティオ。お前達くらい今の俺でも守れるさっ!」

「無理です…ハジメさん」

「ああ、無理なのじゃ…ご主人さまでは勝てぬ」

ハジメの恐ろしいほどの威力を持った概念魔法の発動。それをアオが正面から切って捨てたのを見ている。

そしてハジメは忘れているが、前回無謀にも挑んで返り討ちにあった事をこの二人は覚えているのだ。

そして、あの時と違い何があったのか分からないが、アオの存在は明らかに膨れ上がってる。

両目が黒に戻っているのがいっそう不気味だった。

泣き崩れるシアをティオが無理やりにハジメから距離を取らせた。

もうハジメに味方は居なかった。

自分は良くて、相手は許されない、そんなでたらめな理屈、さすがにこの世界であっても通用しないのだ。

「何故だ…何故なんだっ!シア…ティオ…」

手を伸ばすハジメだが、近づけば近づくだけ二人は距離を離した。

「神崎アオっ」

今にも殺してやると言っているようだ。

「因果応報と言う言葉がある。お前が他者を踏みにじった結果だろう」

自業自得だとアオが言う。

「だが、俺は絶対にユエを諦めねぇ、諦めてたまるかっ」

「勝手にしろよ。だがそれに他者を巻き込むなと言っている。そして世界を守る瀬戸際で、お前の女を殺すのが一番手っ取り早いと言うのは事実だ」

「てめぇっ…殺すぞ」

だが今のハジメは多勢に無勢。

「弱い犬ほどよく吠えるものだ。そして誰もが理解した。お前が異常だ、とな。今のお前の隣を見てみろよ。誰かいるか?」

アオの煽り。

そこにはミュウもレミアもシアもティオも居なかった。

「くそっ…」

今のハジメはアーティファクトの殆どを失っていて暴力に訴えることも敵わない。

「…だがもしユエを殺したとしたら、どんな手を使ってでもお前を殺してやる。覚えておけよ」

この場に誰も味方が居なくなったハジメは悪態を吐いてこの場を去るのがやっとだった。

「お前の言いそうな言葉で返してやろう。やなこった」

ハジメはどうにかアオの言葉を受け流して、何としてでもユエを取り戻すと意気込む。

「三日も猶予があるんだ…まだ大丈夫だ」

三日後に再び地上を責めてくると言うエヒトの言葉を信じればそういう事になる。

歩き去るハジメのその後ろ姿をもう誰も同情の視線すら送らなかった。


「ですが…いったい神に対してどうすればよいのでしょう」

重い空気の中、14歳ほどの気品あふれる少女がおずおずと言葉を発した。

「誰だ?」

「アオ…リリアーナ姫だ。紹介されただろう?」

雫に言われてアオは記憶を探る。

「わたし…王族なのに…王女なのにぃ…」

覚えてもらえていないリリアーナは涙目だ。

そうだったかもしれないと思い直した。

「いやぁ、俺あまり王城に居なかったじゃん?」

「こら」

「ごめんなさい」

雫に怒られてアオは素直に謝った。

「本来、俺とあの南雲はそう変わらない」

「どう言う事ですか」

とリリアーナ。

「自分の大事が一番で、それに危害が及ばないのなら傍観する。危害が及べは殺す事も厭わない。まぁ、積極的に他者を排する事は無いところは違うと言えば違うと言えるか」

「それが今重要な事?」

そう雫が言った。

「どうかな…」

だが、とアオ。

「ラッキーだろう。今の俺は一番大事な存在がおらず、そして十全に力が使える」

「確かに何か変ったわね。その…うん、やっぱりわたしは中二病はどうかと思うし」

「やめてくれませんかねっ!?」

アオの瞳が元に戻っていることに雫も気が付いたらしい。

「相手が神だからな。神を殺すのは神殺しの仕事だ。それに俺の平穏を脅かすと言うのなら、倒されても文句は言えないだろう」

あの神は元の世界を侵略すると言っているのだ。

それはアオにも迷惑だった。

「あなたの平穏の為に倒される神様ってなんか情けないわね」

ほっとけ。

「あなたは神を殺したことがあるのですか?」

とリリアーナ。

「両手じゃ数えきれないほどにな」

「ウソ…」

「そして俺とハジメが似ていると言うのはね、この場合俺はあの吸血鬼の少女を殺す事を厭わないと言う事だ」

だって、ほら。とアオ。

「せっかく実体を得てくれているのだ。その方が手っ取り早いだろう?」

その言葉を否定できる者は居なかった。

考えてしまったからだ。

憑依されたのが彼の恋人であるユエじゃなければあのハジメならアオと同じことを言い、同じことを実行しただろうから。

「それと俺は三日待つほど優しくないぞ?」

そう言って取り出したのは導越の羅針盤とクリスタルキーだった。



……

………

三日後。

南雲ハジメは自分の持てる力の全てを持って相手を殺し得る準備を済ませた。

それはもう、過剰戦力ではないのかと言われるほどだった。

ユエを助ける一縷の望みを賭けミレディ・ライセンの助力をも取り付けた。

準備は完璧だった。

後は神域への扉が開かれるのを待つだけだった。

そして神域への神門が開かれる。それを大勢の人たちが見上げていた。

しかし、その神門からやってくるはずの使徒達の姿は無く、ただ一人の人影が出てくるだけだった。

ハジメがたまらずと空を掛ける。

その人影はエヒト神…などではなく…

「てめぇ…神崎アオ…ユエをどうしたっ!」

ドンナーとシュラークと言う二丁拳銃を構えるハジメ。

だがその誰かは神と言われても信じそうになるくらいの神威を発している。

神門から現れたのは完全武装し、背中に求道玉を浮かべていた。

その何者か、アオが口を開く。

「逆に聞こう。お前ならばどうした?」

エヒト神の依り代がもし自分の大切な恋人じゃなかったら。いったいハジメはどうしただろうか。

そんなの決まっている…

自分の事なのでハジメはすぐに答えにたどり着く。

そう、殺してしまえばいい。

他者の事など顧みない。

だからもう、ユエは殺されてしまっている、と。

「てめぇ…よくもユエを…あ…あぁ…ユエ…ユエーーーーーッ!!あああああああっ!」

ハジメのその瞳が憎悪に燃えた。

その慟哭に呼応するように数多くの兵器がハジメの宝物庫から空中へと取り出される。

ファンネルのような空中ビットが多数現れその銃口がアオへと向けられている。

「死ね…」

ただ冷たく、宣言するようにハジメは命令を下した。

ドンナー、シュラークの引き金に呼応するかのようにアオへと逃げ場のないオールレンジ攻撃が迫る。

しかしハジメは覚えてなかった。アオが自分と他者を入れ替えれると言う事に。

十分に引き付けた後、アオはハジメと場所を天手力で入れ替えた。

ドドドドドと言う音が響き渡る。

「がっ…!」

誰かを殺そうと向けた殺意の塊を、自らが食らう姿は実に滑稽だった。

アオはどこからともなくオソウジダイスキを取り出すとそのアーティファクトを起動する。

箒の先に天照を使用し、加具土命で形態変化。そして…

「天照・完全武装解除(アマテラス・エクサルマティオー)」

振るわれる箒。放たれた火の粉は空中に無数に浮遊する兵器のことごとくを燃やし尽くしていった。

「ふむ」

アオの視線の先にはどうやら自身の攻撃には耐えれたようで、肩で息をするハジメの姿が見える。

「空間断絶か」

ハジメの宝物庫をも狙ったアオの黒炎はしかし、ハジメのそれを燃やすには至らなかったらしい。

ハジメは宝物庫から煙幕を取り出すと回りが一瞬で煙に巻かれる。さらに複数の円月輪を取り出すと空中へと投げる。

さらにけん制を感知能力を頼りにとドンナーを引き絞った。

アオの右目が変化しているのを見たハジメは少ない経験とオタクだった過去から視界を媒介にした魔眼系の能力だとすぐさまあたりを付け、ならばとアオの視界を自身に向けさせないように立ち回り始めた。

さらに円月輪の中心に空間魔法でゲートを開き、そこに無数の弾丸を撃ち込むと、アオの背後の円月輪から撃ち出される銃弾。

分かりやすい攻撃にアオは少名碑古那で小さくなって避ける。

「なに?」

ハジメが感知能力をフルに使おうが、存在していることは確認できるが視認できない。

「くそっ」

ならば飽和攻撃だとハジメは上空から高出力にビーム砲をアオが居るであろう所へと撃ちだす。

着弾直前、元の大きさに戻ったアオは天手力でハジメと自分を入れ替えた。

「そう来ると思ってたぜ…」

ハジメがニタリと嗤った。

そこに上空から放たれる極光。

「死ねっ」

どうやら最初の攻撃は威力を弱めたもので、ハジメは金剛で防御力を上げ耐える算段だったようで、自分を囮に必殺の一撃を撃ったのだ。

どうやってハジメが天手力の能力に気が付いたのかは、シュネー雪原で一度見せているし、もしかしたらシアかティオが教えたのかもしれない。

極光に飲まれる両者。

「がっ…はぁ……へ…やってやったぜ、くそったれ」

地面に打ち付けられ空を見上げ血を吐きながらも勝利を確信するハジメ。

しかし、煙が晴れるとそこには無傷のアオの姿があった。

感知能力を使ってもそれはアオ本人で間違いない。

「ちくしょう…化け物が…」

ハジメは憎悪に表情を歪め憎々しげにつぶやいた。

そこからの戦いは、何をしてもアオを倒せないと言う事実を知るだけの戦いだった。


――特殊弾 エグズィス・ブレット

これは弾丸と起点位置との交換能力を持つ特殊弾だ。

これを使えば弾丸と自分自身を入れ替えることが出来る。

やっている事はアオの天手力や飛雷神の術を掛け合わせたものだろうか。

戦闘と同時に空中にばらまかれた多くの弾丸にも瞬時に入れ替わることが出来る。

一度の奇襲はうまく行った。だが、二度目からは空間転移そのものを封じられた。

(だが、これでヤツも転位は出来ないはずだ)

そんな考えは次の瞬間打ち砕かれる。

「はっ!?」

突如としてハジメの隣に現れたアオの攻撃を気力を総動員してどうにか避ける事に成功する。

(なぜだ…なぜ奴だけ空間転移を…)

アオは空間転移をした訳ではなく、移動した過程をまつろわぬアイオリアを倒し強化された権能、星の懐中時計を使いすっ飛ばしたのだ。

結果、瞬間移動でもしたかのように見えただけだ。

ハジメが撃ちだされた弾丸はアオが視界に収めた瞬間に少那碑古那によって縮小、保管されていく。

わざわざ転位に付き合ってやるつもりはアオには無い。


――幻想投影型アーティファクト 〝ノヴム・イドラ〟

相手の認識に干渉して偽装を真実と誤認させるアーティファクトはそもそも効果を発揮しない。

アオの瞳術の解析能力を上回ることが出来ないからだ。


――対象霧散式突撃槍 〝ロブ・レーゲンシルム〟

アオの攻撃は瞬間的でまた小規模なので使う機会が無い。

そのほか、自分の体内にもアーティファクトを仕込んであるが、それはユエを助けるために効果を限定させているもので、アオを打倒するためにはどれも足りない。

「ちくしょう…ちくしょう…ちくしょう…」

死ね死ね死ね死ね死ね死ね

殺してやる殺してやる殺してやる

ユエの居ないこの世界なんて要らない

だがせめて目の前のこいつだけは何が何でもぶっ殺す。

命なんて要るものか

あいつを殺せるのなら他には何もいらない

「【もう、何も要らない】(てめぇだけはぶっころす)」

それはアオを倒すと言うだけの概念。

形状は暴走した時のハジメが行使したそれとほぼ変わらない。

しかし、そこに込められた概念魔法の強さが違う。

効果を限定した為に制約と誓約の力で何倍も強化されていた。

異変を感じたアオは動きを止めようと大黒天で黒棒を刺そうとし…

「……?」

しかし黒棒は現れなかった。

「死ね…」

糸は絡まり太さを増すと、まるで生き物のようにうねりその存在を伸ばしながらアオへと迫る。

それをいつかのように手に持った斬り伏せようとするアオだが…

「なにっ!?」

今度は力負けした以上にサンゲが絡みつく糸にとらえられ不壊属性が付いているにもかかわらず粉みじんになって消えた。

驚くアオを糸はネットのように広がり、まるで投網を投げたかのように獲物であるアオを包み込む。

この糸はアオを殺す事に特化している。つまりこの糸に捕まればアオとて死を免れない。

星の懐中時計は結果を省略するだけだ。

囲まれて逃げ場がない状態では省略した結果が良い結果になる事は無い。

アオは呪力を迸らせると背中に浮かんでいた九つの求道玉を使い、包囲網の一転を強行突破。

触れたもの全てを消失させる求道玉だが、アオを殺す事に特化しているその糸の包囲網を一瞬こじ開けるだけで消失してしまった。

ここに来て完全に力関係が逆転した。

「死ね…しねよっ!なぁ!?」

ハジメはその糸を操る様に腕を振るう。

ハジメに直接作用する天照などの瞳術はそのことごとくを意味をなさなかった。

アオ自身の攻撃の全てを否定しているのだろう。

直接作用する忍術、魔術、魔法に至るまですべてアオの攻撃は効かないと言っていい。

「木遁秘術・樹界降誕」

溜まらずと地面を巨木で一変させるアオ。

「効かねえっ!」

糸は集まるとまるで大きな剣のようになり巨木を刈り取っていく。

舞い散る麻痺性の花粉すら今のハジメには効果が無かった。

「ち…概念魔法…それも俺に特別に効く…」

アオの存在そのものを否定する概念の塊。

これにはさすがのアオも打つ手立てがない。

今のハジメにはメドローアですらそよ風と等しかろう。

アオが繰り出すすべての事を無に帰せるのだから。

一度ハジメが伸ばした糸を収縮したと思うとドンナーの銃声が響く。

それはアオをめがけて飛んでいき、直前でその弾道とハジメの体が入れ替わる。

特殊弾、エグズィス・ブレットの効果だった。

「もらったっ!」

「しまっ…!?」

近距離で炸裂する銃声。

「がはっ……」

血を流し体制を崩し、地面に膝をつく。

「な、…なぜ…」

「それは俺の力じゃないからな」

アオが大黒天で取り出したのはハジメが撃ちだしたエネルギーをそのままに縮小して保管していた弾丸。

それを取り出してハジメに向って撃ちだした。

ハジメが引き金を引くよりも速く、その球はハジメの銃を持つ右肩を貫通し、彼の撃った銃弾はアオをかすめる事無く離れていく。

ハジメ自身の攻撃ならばアオを否定する事につながらない。

「だが…これで…」

終わりだと至近でシュラークを構えるハジメ。

「ああ、そうだ。一つ聞いていいか?」

「死ねっ!」

アオの言葉なぞ聞かず拳銃の引き金を引こうとしたハジメの手が震える。

「……はぁっ”!!!!?はぁ………はぁはぁはぁはぁ…く…ああああああああああっ!」

突如としてハジメが喉を抑えて苦しみ始めた。

「お前は無酸素でも生きていけるか?」

極度に体を動かしたことで血中の酸素は瞬く間に消費されていく。

「はぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁはぁあぁはぁはぁはぁはぁっ」

しかしハジメが空気をいくら吸い込んでも酸素が肺を満たさない。

万華鏡写輪眼・志那都比古(シナツヒコ)。

風や空気を操る瞳術だが、アオは研鑽の結果、その空気中の成分まで操れる。

アオの力をことごとく否定するハジメの概念魔法も、直接的でないものまでは否定しきれない。

アオは空気中の酸素をすべて抜いていた。

ハジメの憎悪による極度の集中からなる概念魔法が、その意思が無酸素状態の脳では維持できず消失する。

「ちくしょう…ちくしょう…ちくしょう」

酸素の欠乏はいくら各耐性がそろっているチート染みたハジメであっても生物の範疇を逸脱しない限り見えない毒となって瞬く間に侵食する。

「殺してやる…殺してやる…絶対に…お前を…」

もはやその意思だけでアオを睨みつけるハジメ。

それはこの世全てを憎悪するよう。

「ただ理由もなく他人の命を奪う事を是としたお前は、理由もなく誰かに命を奪われても文句は言えない」

だから、と。

「誰も恨まずに死んでいけ」

ザッとアオの右手に持つヤシャがハジメに向って振り下ろされた。


キーンコーンカーンコーン。

ホームルームの開始を告げるチャイムが鳴った。

黒い髪に小柄の体躯。すこし気弱そうではあるが、自分の進路の明確な方向性は決めている。

南雲ハジメは将来は漫画やゲームクリエイターなど、趣味と実益を兼ねた仕事を目指している。

たまにクラスメイトがハジメの事をオタクだと馬鹿にするが、それで誰かに迷惑をかけている訳ではない。

当然、恋人は作りたいと思っているが、二次元に傾倒しているハジメだ。

その理想通りの美少女が居たとして、果たしてハジメに興味を持ってもらえるだろうか。

まぁ、ハジメは一生独身だとしても構わないと思っていたりするのだが。

担任の教師が教壇に立つと、どうやら転校生が居るようで、廊下に待つ誰かを呼んだ。

うぉおおおっ!

クラスメイト達が俄かに騒ぎ立てるそれをハジメは興味のないふりをして覗き見た。

(かわいい子だな…。金髪で小柄の美少女だ)

そう、それが彼と彼女の初めての邂逅だった。



……

………

「本当、あなたってチートよね」

とは一限目のチャイムが鳴り、クラスメイトが転校生を囲む中アオへと近づいてきた雫だ。

「まさか、わたし達を異世界に出発した時間に戻しただけでなく、ハジメ君や死んだはずの近藤君や檜山君まで生き返らせた上に彼女まで」

と雫はその金髪の彼女へと視線を向けた。

「ほうんとう、これは反則だと思う。でもハッピーエンドは嫌いじゃないかな」

とは雫同様アオへと寄って来た谷口凛だ。

死んだはずのハジメや近藤、檜山の魂はアオが魂魄魔法を使って保存し、適当な、しかし精巧な人形へと定着させると後は勝手に人間として動き出していた。

「まぁ、俺も鬼じゃないからな。死ぬ覚悟をした少女のささやかな願いくらいは、ね」

アオはエヒト神を滅ぼした時、ユエに問いかけたのだ。

記憶や、吸血鬼としての自分を忘れてしまってもハジメと一緒に生きて行きたいのか、と。

生きたいと彼女は答えた。

ハジメもすべて忘れているだろうが構わないか?

それでも絶対もう一度恋に落ちる、と。

だからアオはユエの魂を魂魄魔法で保存し、持ち帰った。

導越の羅針盤とクリスタルキー。そして時空間を渡る技術の全てをつぎ込んで、アオはあの召喚魔法陣が展開した瞬間に戻ってくるように転位した。

最初は戸惑ったクラスメイト達だったが、戻ってこれたことに皆涙を流していた。

そして次の日、死んだはずのハジメ達は何も知らない様子で登校してきた事で再びパニックを起こす羽目になるのだが、それは仕方のない事だろう。

「そう言えば、わたし達の力って奪わなくて本当に良かったの?」

と今さらながら確認するように鈴が言う。

「持ってる力は自己責任さ」

「またおっかない事を言っているわね」

と雫がヤレヤレと目を瞑った。

「そうは言っても、もしもその力を私利私欲で使ったら…」

「それはこのクラスの人間なら身に染みているだろうよ」

大きな力に振り回され、嫉妬し、また間違いを起こしたクラスメイトを見てきている。

当然、力の使い方を間違えそうな人間からは強奪でその力を奪って記憶を改ざんしているが、大勢のクラスメイトはそのままだ。

「まぁ、自分の力なんてちっぽけだって知っているからね。なんて言ったって」

と一拍おいて雫が言う。

「このクラスには本当にチートで世界最強の誰かさんが居るんだから」

彼女の視線はアオへと向いていた。

「平凡に生きたいのだけどね」

「わたしは無理だと思うわ」

雫はヤレヤレと肩を竦めた。

「鈴もそう思う」

「ちょっと、不吉なことは言わないでくれませんかね?」

そう言って視線を外して向けた先では転校生の少女が質問攻めに辟易して、我関せずとしていたはずの南雲ハジメを盾にしている。

オロオロとしているハジメと必死にしがみつくユエ。その姿はとても楽しそうに見えた。

「まぁ、こう言う結末もたまにはいいさ」
 
 

 
後書き
アンチではあるのですが、疑問や感想をぶつけてしまった作品になってしまいました。

アオについてはパラレルワールドの存在と言う事で、取得技術は今までに出てきたもの全てと言う事になってます。

どのタイミングかを明確にする必要もないかな、と。

次回は、今年は結構更新したので、来年は厳しいですかね。

再来年とかになるかもしれませんが、また次回。 
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