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俺様勇者と武闘家日記

作者:星海月
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第3部
ムオル〜バハラタ
  見張り台の上で


——最近、ユウリの様子が変だ。
 今まで朝、昼、夜と船の上で欠かさず戦闘のトレーニングを行っていたのに、ここのところ顔を出さないことが多い。それでも私よりずっとトレーニングの回数は多いのだが、普段の彼に比べたら、明らかに頻度が少なくなっている。
 きっかけとなったのはおそらく、途中に立ち寄ったムオルでユウリのお父さん……オルテガさんの兜を手にしてからだと思う。
 倒れたオルテガさん(ムオルではなぜかポカパマズさんと呼ばれていた)を介抱した防具屋の親子から受け取ったその兜を、最初ユウリは受け取らなかった。けれど皆に薦められたということもあり、結局兜は受け取ることにした。私がユウリの立場なら迷わず兜を受け取るが、彼の心中はそんなに単純ではないようである。
 今も魔物が襲ってくる気配のない穏やかな海の上にいるにもかかわらず、ユウリはトレーニングもせずに自室にこもっている。様子を見に行こうにも部屋には鍵がかかっており、彼の今の状況を知る手立ては今のところ見当たらない。
「おいミオ。ぼーっとしてんじゃねえぞ」
 ぱしっ、とナギが放つ拳を、私は無意識に受け止める。今やレベル24になった私の武術の腕は、ナギの攻撃を難なく見切れるほど強くなっていた。といってもナギのレベルは私よりさらに上の26なのだが、素手での戦闘能力で言えば正直ナギよりも私の方が勝っているという自覚はある。その代わり私は武器を用いた戦い方が苦手なので、いまだにほとんど師匠からもらった鉄の爪を使わないでいる。
 攻撃を見切られたナギはというと、どことなく面白くない顔をしながら私を薄目で睨んでいた。
「ごめん。ユウリのことが気になって」
「ああ。そういえば今日は見かけねえな。道理で平和だと思ったぜ」
 ナギはナギで相変わらずユウリに対してドライである。私がトレーニングに乗り気でないことがわかると、ナギは拳を下ろした。
「ねえ、最近のユウリ、ちょっと変じゃない?」
 私の言葉に、ナギは首を傾げる。
「そうか? オレから見たら、今までと変わってないと思うぞ? 口うるさいのは相変わらずだし。昨夜だってオレにベギラマ当てやがったし」
 その時のことを思い出したのか、苦い顔をするナギ。
「まあ、お前が気になるってんなら、本人に直接聞いてみれば? そもそも、お前以外にあいつを気にしてる奴なんていないと思うけど」
 そう言うと、やる気が削がれたのか、ナギは「釣りでもしてくるわ」と言い残し、私の前から立ち去った。
 うーん、あんなにわかりやすいのに、本当に誰も気づかないのかな?
 試しに、食堂で遅めの昼食を食べているシーラのところへ向かった。
「え? ユウリちゃんが変?」
 他人の感情の機微に目ざといシーラのことだ。きっとユウリの異変に気付いているはずだろう。
「そうかな? あんまり変わらなくない?」
 だが、私の予想に反してシーラの意見はナギと全く同じだった。
「え、でもいつもやるトレーニングの回数とかすごく減ってるし、部屋に閉じこもることとか前より多くない!?」
「へえ~、そうなんだね」
 まるっきり他人事のように答えるシーラ。だめだこりゃ。
「あたしは気づかなかったけど、ミオちんがそう思うなら、きっとユウリちゃんに何か心境の変化があったんだよ♪」
 そしてシーラは人差し指を口の前に持って行って、悪戯っぽい笑みを浮かべてこういった。
「そんなに気になるんだったら、ミオちんがユウリちゃんの相談に乗ってあげなよ。きっとそれって、あたしたちにはできないことだと思うからさ。ね?」
「う、うん」
 なぜか念を押すように言われ、たじろぐ私。
「今日の夕飯時にでも誘ってみたら? もしかしたら他の人には聞かれたくないかもしれないし、たまには見張り台の上で食べながら話してみるのもいいんじゃない♪」
「なるほど、いい考えだね、それ!」
 シーラのナイスな考えに、私はポンと手を打つ。そして彼女の手を握り締めると、ぶんぶんと手を振った。
「ありがとう、シーラ! あとで料理長に見張り台の上で食べられる食事を作ってもらうように提案してみるよ」
「うんうん、それがいいと思うよ☆」
 そうと決まれば即実行。私はすぐに厨房にいる料理長に話をすることにしたのだった。



「は? 見張り台の上で食事?」
 夕食時。私は早速シーラの提案通り、食堂に向かおうとしていたユウリを誘った。
「そう! 今日は満月だし、雲もないから空が澄み切ってて星がきれいなんだ。だからたまには星空の下でご飯でも食べない?」
 すでに私の手には二人分の夕食が用意されている。料理長が作ってくれた特製サンドイッチだ。両手に提げている袋にはそれぞれサンドイッチと、片手で飲める携帯用の容器に入れておいたスープが入っている。
「……他の奴らは誘わないのか?」
 私の荷物を見て、二人分しかないことに気づいたのだろう。わざわざ確認するということは、ユウリは私と二人で食べることに抵抗があるのだろうか?
 そういえば以前、私と二人でご飯を食べるのが嫌だって言ってたっけ。どうしよう、すっかり忘れてた。
「あ、えーと、もし私と食べるのが嫌なら、これだけ持ってっていいから」
 そう言って私は持ってきた食事を彼の前に差し出した。仕方ない、話を聞くのはご飯を食べてからにしよう。
「……?」
 だけど、いつまで経ってもユウリは私の差し出した食事を受け取ろうとはしなかった。不思議に思いながら顔を上げると、なぜか彼は顔を赤くしながらその場から動かないでいた。
「あのー……、ユウリ?」
「……別に嫌じゃない」
 ぽつりと答えるユウリの声は、なぜかいつもより頼りなく感じた。
「ホント!? よかったあ!」
 つい嬉しくて、大声を上げてしまった。だが今ので私たちに視線を向ける人は誰もいなかった。
「ご、ごめん。嬉しくてつい……」
「……いいから行くぞ」
 私が慌てて弁明すると、先にユウリが甲板へと向かって歩きだした。甲板には数人の船員がいたが、みんな自分の仕事に集中していて私たちには気づかない。
 やがて何事もなく見張り台の下までやってきた。夕食前に見張りの船員に話をつけてきたので、今この上には誰もいないはずである。
 私は両手に荷物を持ったまま、梯子に手をかけた。するとすぐに、ユウリが私が持っている荷物の片方を取り上げた。
「そんな状態で登ったら絶対落ちるだろ」
 呆れたようにユウリが言うと、そのまま彼は自分の分の食事を持って梯子を登り始めた。さりげない気遣いに心が暖かくなるのを感じながら、続いて私も彼の後をついていく。
 マストを見下ろすほどの高さにある見張り台までやってくると、思いのほか風が強かった。いろいろな国や町を回り、いつしか季節は夏を迎えていたが、それでも夜の海上はまだ肌寒い。私は身震い一つすると、その場にしゃがみ込み、早速袋からサンドイッチとスープを取り出した。
「うわあ、おいしそう!!」
 あらかじめ焼いておいたパンを薄切りにして、塩漬けにした魚とチーズ、天日干ししたドライトマトを挟んだサンドイッチは、見ているだけでもお腹が空いてくる。容器に入れておいた作りたてのスープは今もなお湯気を燻らせ、空腹の私の鼻の奥をくすぐってきた。
「本当にお前は色気より食欲だな」
「う……、食事は生きる上で一番大事でしょ」
 私の言い分を無視し、ユウリもまた私の隣に座ると、同じように袋から出して食事を広げた。それを確認すると、私は大きく口を開けた。
「では、いただきまーす!」
「……いただきます」
 分厚いサンドイッチをほおばると、口の中に様々な味や食感が広がってくる。あらかじめ仕込んでおいたという、何種類もの野菜を極限まで煮込んだソースとの相性も抜群で、あっという間に食べ進めてしまう。時々スープを飲んで口の中を潤すと、徐々に体がポカポカあったまってきた。
 ああ、やっぱり料理長の作る料理はおいしいな。私は料理長に感謝しながらひたすら食べ続けていた。そして、危うくここで食事をした意味を忘れそうになり、はっと我に返る。
 そうだった、ユウリに話を聞くつもりだったんだ!!
 慌てて視線をユウリに向けると、彼はこちらを見ながら黙々とサンドイッチを食べている。一体いつから見ていたんだろう。
「な……、なんでこっち見て食べてるの?」
「お前の食いっぷりがあまりにも爽快でな。つい見入っていた」
 どうやら褒めているようなのだが、ちっとも嬉しくない。
「そ……、それって遠回しにバカにしてるでしょ」
 自分が食べているところを人に見られるのがこんなに恥ずかしいなんて――。私は人生で初めて自分が食事している様を見られることに抵抗を感じ、今更ながら小さく口を動かした。すると、わざととぼけているのか、それとも本当に心配しているのか、真面目な顔でユウリが私の顔を覗き込んできた。
「さっきの勢いはどうしたんだ?」
 自分から誘っておいて何だが、これ以上彼の隣で食べることに気まずさを感じた私は、急いで食事を終わらせることにした。
 そうそう、食べてばかりじゃなく、そろそろ本題に入らなければ。私は口の中に残っている食べ物を急いで飲み込むと、最後のスープを飲み干して一息ついた。
「あのさ、ユウリ。最近トレーニングの回数が減ってるみたいだけど、何かあった?」
 私の一言に、サンドイッチを口に運ぶユウリの手が一瞬止まる。やっぱり自覚しているらしい。
「……なんでわかった?」
 私に気づかれたのがよほど意外だったのか、あっさりと認めるユウリ。
「なんとなく。……もしかして、あの兜をもらった時から?」
 ムオルでオルテガさんの兜を手に入れて以来、彼はその兜を鞄にしまったまま一度も出していない。防具屋の主人いわく、その兜はとても腕のいい職人さんが作ったようで、防御力も相当高いのだそうだ。もちろん剣を扱うユウリは装備することができるはずだが、なぜか彼は一向に身に着けようとしない。なにか理由があるのかと思ってはいたのだが……。
 するとなぜかユウリは額を押さえて難しい顔をした。何か葛藤しているように見える。
「お前は……。どうしてこういうときだけ勘が鋭いんだ」
 よくわからないが、私はユウリにとって想定外のことを言ってしまったらしい。
 ややあって、ユウリは躊躇いながらも口を開いた。
「……俺は、父親がどういう存在か理解できなかった。あの兜を手に入れるまでは」
 そう言えば、もともとユウリはオルテガさんの遺志とは関係なく、自分の力を確かめるために魔王を倒す旅に出たと言っていた。ユウリにとってお父さんであるオルテガさんの存在は、他の人が思う勇者像とは少し異なっているのかもしれない。でも今のユウリの言葉だと、オルテガさんの兜を手に入れてから、彼の考えに変化が訪れたようにも見える。
「俺は今まで、親父を父親として考えたことはなかった。おふくろが親父の訃報を聞いて泣いたときも、何でおふくろを泣かせるのかと、いもしない相手に怒りさえ覚えていた。だからムオルで兜を見たときも、最初は何も感じなかった」
 そこまで話して、ユウリは深く息を吐いた。
「だが、俺とおふくろに対する親父なりの想いが兜に刻まれていることを知って、初めて親父が父親だと認識できた気がしたんだ。だからといってすぐに考えが改まるわけじゃない。今でも俺の親父に対する感情はほぼ無関心といってもいい。けど、俺があいつを父親だと認めることで、少しでも心が救われる人がいるかもしれないことにも気づいた。だから、俺はその人のために、今はあいつを父親だと思うことにしたんだ」
「それは……、ユウリ本人じゃなくて、ユウリが大事に思っている人のためってこと?」
「……ああ」
 ユウリは小さく頷いた。もしかしたらユウリ自身も、いまだ納得できる答えは見つかってないのかもしれない。だから今も自分がどうすればいいのか思い悩んでいるように見受けられた。そしてそれはきっと、ユウリ本人にしか解決できない問題なのだろう。
「じゃあ、兜を装備してないのって、もしかしてまだ完全にお父さんを父親だと認めてないから?」
「いや。ただあの兜のデザインが古臭くて装備するのが恥ずかしいだけだ」
「ええ……」
 真っ当な理由があるのかと思いきや、予想外の理由だった。ある意味ユウリらしい。
「だから、別にお前が気に病むほどのことじゃない。まさかお前に気づかれるとは思ってなかったから、正直に話しただけだ」
 そっか。私が気にしてるから、わざわざ教えてくれたんだ。
「……だったらいいんだ。ありがとう、話してくれて」
「お前が弱音を吐いて欲しいって言ってくれたからな。こんな些細なことでも話せるのは、お前だけだ」
 そう言うとユウリは、今までにないくらい優しい眼差しで僅かに笑った。いつも私に目くじら立てて皮肉を言う彼とはあまりにもかけ離れていて動揺した私は、つい目を逸らしてしまった。
「ま、また何かあったら言って欲しいな。こんな風に綺麗な月の下でおいしいご飯食べながらお話ししてさ」
「そうだな。またお前と二人きりで食事をするのもいいかもしれない」
「へっ!? あ、うん!! そうだね!!」
 まさかユウリの方から二人きりになりたいと言うなんて思わなかったので、つい変な声を出してしまった。
 今まであんまり気にならなかったのに、なぜか今は胸の奥がやけどするように熱い。
 私は空を見上げるユウリの横で、うるさいくらいに響く胸の鼓動を必死に抑えていたのだった。 

 
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