レンズ越しのセイレーン
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Mission
Mission5 ムネモシュネ
(5) アスコルド自然工場 中央ドーム下層(分史)
前書き
あなたは、なりたくなかったの?
まったく警戒していなかった背後からの奇襲。ユティたちは急いで態勢を立て直す。
「どういうつもりだ、アルフレド! 俺の手柄に、何を…!」
ゲートの前に、ジランドがショットガンを構えて立っていた。
「ちょ、落ち着けって!」
「どの口で!」
ジランドはショットガンを連射する。下に飛び降りれば回避できるか、とユティが目算を立てるより先に動いた者があった。
エリーゼとティポだ。彼女たちの足元に闇のマナが口を開く。彼女らは同時に詠唱を締め括った。
「『ネガティブゲイト!』」
床に黒く禍々しい円が描かれる。魔法陣から闇色の手が何本も伸び、弾丸を全て掴んで円の中に引きずり込んだ。
ユティはショートスピアを正眼に構える。一度はエリーゼのおかげで窮地を脱したが、二度目は許してくれまい。分史とはいえアルヴィンの家族と戦うのは気が引けるが、戦いを実行する肉体にとってそんな感情は些末事だ。
しかし、ジランドの反応はユティの予想と正反対だった。
「黒匣なしで算譜法を使った…!? 何なんだお前たちは!」
ジランドの銃を持つ手が、いや、体全体が震えていた。
(精霊術を畏れてる。そういえばここはリーゼ・マクシアと繋がってないエレンピオス。精霊術は黒匣ありき。ワタシも元の世界で指揮者を知らなかったらこのおじさんみたいになったんでしょうね)
勝機を見出せた。これなら軽く脅せばジランドはあっさり退却して、無駄な消耗を避けられるかもしれない。
後ろに大精霊が控えている以上、戦力は温存しておきたい。
「――ローエン。このまま追い返せない?」
「やってみましょう」
ローエンもユティと同意見だったのか即答してくれた。
この場で一番交渉役に向いているローエンに任せて、ユティは定位置――エルの前まで下がる。
「落ち着いてください、これは精霊術といって――」
「寄るな、化物!」
取りつく島もない二度目の発砲。左肩に被弾し、ローエンがたたらを踏む。
大技を使った直後のエリーゼはとっさに術を使えず、ローエン自身が一番前に出ていたため、最後尾であるエルのそばに下がっていたユティは駆けつけるのが間に合わなかった。
「ふざけんな!」
アルヴィンが銃をジランドに向けた。アルヴィンの技術なら狙い違わず標的を殺せる。
――お前にもできるようになるよ。血が繋がってようが、愛着があろうが。……俺はできるようになってほしくねえんだけどな――
「やめて」
ユティはアルヴィンの正面に回ると、銃身を両手で上から押さえて銃口を下げさせた。敵意むき出しのアルヴィンに向けて、首を横に振る。
「やめて、アルフレド」
少しの間、睨み合った。やがて、アルヴィンはユティの手を乱暴に振り解き、銃をホルスターに戻した。
ユティはほっと息をついた。
「ローエン、大丈夫か!?」
ルドガーとエリーゼがローエンに駆け寄る。後ろを向くとジランドはいなかった。ルドガーが追い払ったらしい。
「大丈夫、掠っただけです」
ローエンは左肩を押さえて笑うが、どう見ても笑顔に無理がある。
「ごめんなさい。ワタシの提案がローエンを傷つけた」
「ユティさんのせいではありませんよ。ユティさんに言われずとも、私もああするつもりでした。どうか、お気を落とさず」
「……ローエンがそう言ってくれるなら、そうする」
大局に変化はない。今さら他人を心配するほど心優しくもなれない。
胸の妙なざらつきは局部ごと剥ぎ取って捨てるイメージで、ユティは思考を切り替えた。
「いやはや。この分だと弾だけでなく、時歪の因子もハズレですかね」
「そうね。あれだけ騒いでアスカに変化がないなら、コレはもうただの大精霊じゃないかしら」
「でしょう? ルドガーさん」
「あ…」
ルドガーは思い出したというようにケージを見上げた。
そして今度は、より鋭く、針が落ちる音さえ聞き逃さぬとばかりに神経を逆立て、アスカを上から下まで検分する。
もはやケージ越しであろうと異常があれば糸ほどの細さでも見逃さぬといわんばかりだ。
横にいるエルは無意識に愛らしい面を強張らせ、ルドガーの邪魔をすまいとしている。
「ああ、そうだな――ローエンの言う通りだ。だから冗談言ってないで早く手当てするぞ」
「わたしやります」『まかせてー』
「頼む、エリーゼ、ティポ」
「すみません」
『水くさいよー』
エリーゼも笑って頷いた。
(時歪の因子でないモノの選別能力はあり。これが吉と出るか凶と出るか)
エリーゼがローエンの治療にかかってすぐ、ルドガーのGHSが鳴った。ルドガーは仲間の輪を外れて電話に出た。
10分ほどの会話を経て、ルドガーはGHSを切って戻ってきた。
「レイアからだった。街のほうじゃ特に変わった様子はなかったって」
「おいおい勘弁してくれよ~。これでエレンピオス中そんな感じだったらどうすりゃいいワケ。リーゼ・マクシアまで渡るのか?」
「俺に言われても知らない。それにいくらヴェルでも俺みたいな新米にそんな難しい仕事回すとは思えない」
「やけに信用してんのね、あの秘書のねーちゃん」
「ああ。元同級生だから」
「初耳! 俺らそれ初耳よ!」
「ただ、街には変わったとこはなかったけど、妙な噂を聞いたって」
「……スルーしやがった」
ユティはアルヴィンの項垂れた背中を軽く叩いた。
「その噂が、『ヘリオボーグの先の荒野で髪の長い女みたいな精霊を見た』ってのなんだ」
「髪の長い精霊?」『まさかミラ!?』
驚くエリーゼとティポとは裏腹に、エルは小首を傾げる。
「ミラ? だれ?」
「私たちと一緒に旅をした方ですよ。ミラ=マクスウェル。その名の通り、元素の精霊マクスウェルその人です」
「もっとも本当にマクスウェルになったのは1年前に断界殻が開いてからだけどな」
「……不思議なことに縁があるにも限度がないか?」
「そう言うなって。人生何が起きるか分からんもんさ。おたくもそのクチだろ」
アルヴィンがルドガーの肩に腕を回した。
確かにただの青年がいきなり人類の命運を懸けたレースに参加させられるとは、ルドガー自身も思わなかっただろう。
「ミラさんかどうかは置いて、有力情報には違いありません。とにかく一度ヘリオボーグに向かってみるべきでしょう」
ルドガーもアルヴィンも真剣な面持ちで肯いた。
「先に行っててください。わたしはローエンの治療をしてから合流します」
「二人だけで大丈夫か? まだ警備兵やガードロボがいるんだぞ」
「復調しさえすれば、私とエリーゼさんたちで力を合わせて乗り切ってみせます。ジジイもまだまだ若い者に負けてはおれませんから」
「あのなあ……」
少女と老人を敵地の真っ只中に残せるほどルドガーは冷徹ではない。だから早めに未練を絶たさねばならない。
「ルドガー。ここで問答しててもしょうがない。二人とも優れた術者。ワタシたちは先に行くべき」
「でも」
「行くべき」
「……分かったよ」
ルドガーは迷いを振りきるように踵を返した。ゲートへ歩いていくルドガーにエルが、アルヴィンが続く。
ユティも追った。後ろに残した二人を顧みることはなかった。
後書き
アスカ戦をさくっとカットしました。期待してくださった方実に申し訳ありません。そしてアスカ戦がないと予想された方はおめでとうございます。粗品ですがお納めください( ^^) _旦~~(木崎の大好物・抹茶ラテ)
いえね。このままアスカ戦じっくり書いてたら本当にM5がとんでもない長さになってしまいますのでね。まだクロノス戦①があるのにもう(5)ですよ(5)!
もうこれからは巻いていきます! 戦闘はざっくざくに端折っていきます! 番外編も当分は手をつけません!
オリ主にちょっとした変化の萌し? ローエンが心配です。
指揮者とは誰なのでしょうね~?(ニヨニヨ)
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