レンズ越しのセイレーン
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Mission
Mission5 ムネモシュネ
(3) 自然工場アスコルド 第01栽培室(分史)
前書き
食べると思い出して辛くなるから、いっそキライになっちゃおうって
「さて。ルドガーとユティの漫才も堪能したし、アスカ探しに行こうぜ」
「はいっ」『おー!』
「漫才じゃない!」
「じゃない」
「はいはい」
適当にいなされた。ルドガーは甚だ不本意だった。ユティにアルヴィンに謝らせるという目的は達せなかったし、ルドガーとしては真剣に反省を促した行為を漫才呼ばわりされた。
(アルヴィンが気にしてないんならそれでいいんだけど)
先ほどのアルヴィンの少年のような笑い声は、そうだったからだと信じたい。
ゲートを開いて先のフロアに進む。ここから先は全てドアにロックがかかっているようだった。
その点はアルヴィンが活躍した。いつのまにやらジランドという男からパスワードを書いたメモとカードキーを拝借していたアルヴィンは、あっさりセキュリティを無効化した。
いくつか部屋を調べる内に、ルドガーたちはトマトの栽培室に行き当たった。
温度も照度も一定に保たれた円形の部屋一面に、トマトが並んでいる。ユリウスが見たら喜びそうだ、と思ったのは内緒だ。
「おっきなトマトがいっぱいです!」『お塩かけて食べた~い』
エリーゼとティポが目をキラキラさせて一面のトマトを見回す。
「今度、みんなにトマト料理作ってやるよ」
「ルドガーは料理、得意なんですか?」
「なかなかねっ」
「何でエルが答えるんだ」
もっとも素直でないエルに腕を認められるのは嬉しいので、文句はそれだけに留めた。
「へぇ~。じゃあ今度、トマト入りオムレツを作ってくれませんか?」
「焼きトマトもジューシーな甘さが引き立って最高ですよ」
ルドガーは苦笑して肩をすくめた。ユリウスのおかげでトマト料理のレパートリーは多い自信があったが、これを機会に新しいレシピを増やすのもいいかもしれない。何せこんなに知り合いが増えてしまったから。
「げー。エル、トマトきらいー」
「知ってるって。エルのはちゃんと別に用意するよ。他にリクエストあったら今の内に言ってくれよ」
「のどかな会話だねえ。――っておたくもかっ」
アルヴィンがツッコんだのは、彫像のごとくトマトを凝視するユティ。第二のユリウス現るか、とルドガーは身構えた――が。
「トマトは食べたことない。とーさまがキライだったから」
とんだ肩透かしを食らった。エルが「どんまい」と励ましてくれた。
「おや、もったいない」
「とーさまも昔は好きだったんだけど、それは叔父貴が作るトマト料理だけ。叔父貴の料理食べられなくなってからは、むしろ食べたくなくなったんだって、トマト。かーさまも叔父貴のマネしてあれこれ試したけど、叔父貴の味にはならなかった」
「ユティのパパってワガママなんだねー」
「うん。ワガママでほんと困った」
困る、と言いながらユティはふにゃふにゃ笑っていた。その父のワガママさえ、ユティは愛しくてたまらないのだろう。
ルドガーは顔も知らない両親に考えを巡らせた。
ルドガーには親との思い出どころか知識さえ少ない。母の名がクラウディアで夭折したことは知っているが、父親に関しては顔も名も知らない。ユリウスに尋ねても教えてくれなかった。
ユリウスと母親が違うという事実さえ、知ったのは列車テロの時、ヴェルの口からだった。あれは地味に効いた。
(別に寂しいとかじゃない。愛情なら兄さんから充分すぎるほど貰ってる。けどエルやユティみたいに、当たり前に親の話する子たちを見ると、何でそんなに一生懸命なんだって疑問に思う。俺にはその『いて当たり前の存在』がいないから、分からないんだ)
なりゆきとはいえここ数週間はエルとユティと共同生活を送って、他の仲間よりは彼女たちに親近感を向けていたのに。急にルドガー一人が取り残された気持ちになった。
後書き
キリのいい所で投稿したら短くなりました実にすみません。投稿しなおすかもです。
オリ主はトマト未体験。つまり作者の中でユリウスはルドガーのトマト料理しか食べる気はないんだと。どんだけブラコンやねん。いやブラコンは世界を救うからいいんですけど。
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