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やはり俺がink!な彼?と転生するのは間違っているのだろうか

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パラディ島編 第25話 閑話④ ~彼ら彼女らの休日は由々しさと愉悦に満ちている~

   ハチマンside

 まどろみの中、ふと異臭を感じて飛び起きる。
 起きるとそこは炎が燃え盛る部屋の一室だった。
 慌てて自分の状態を確認する。
 どうやらベットの上で寝ていたらしい。
 …危なかった…このまま寝ていれば酸欠で死んでいた。
 そう思い、この場から脱出しようと立ち上がろうとしたその時、勢いよく部屋の扉が開かれた。

「ハァ…ハァ…ゴホッ」

 驚愕と共に視線を移すと、そこには口から血を吐き出している見るからに重症のヒョウがいる。

「ヒョウ!」

「…ハァ…ハァ…ハチ…マン…逃げるぞ…」

 ヒョウは脚を引き攣るように無理やり脚を動かし俺のところまで近づくと、俺の寝転ぶベットに腕を置いて膝から座り込み荒く擦れた声で避難を促す。

「おい、ヒョウ!そんな傷じゃあ動け無ぇだろ!
 先に少しでも治療するべきだ!」

 俺はそういい、ガスターの補助を借りて解析鑑定と『骨操作』を利用してヒョウの治療を試みようとする。
 しかしガスターからの返答は無く、解析鑑定と『骨操作』は発動しなかった。

「ハッ!?ガスター!?
 って、スキルも一切使用できない!?」

 そんな状態に驚愕と焦りが生まれる。
 『並列演算』や『思考加速』も発動せず、さらに正常な判断ができなくなっていく。

「くっ…何が何だかわかんねぇ!
 とりあえず…ヒョウ!そこで座ってたらお前が死ぬぞ!」

「…ハァ…ハァ…ハチマン…俺は…もう、駄目だ…ガホッ…」

「ッ!何言ってんだよ!諦めるには早すぎるだろッ!」

 弱音を吐くヒョウに精一杯の発破をかける。
 しかし、ヒョウは変わらなかった。

「…もう、意識も…ガフッ…薄れて来てんだ…。
 お前には…酷かも…しれんが…せめて…」

 その言葉と共に俺の手元に何故か『正義セイギ』の魂器である『SAA』が出現する。

「…おい…おいおいおい、嘘だろ…?
 俺に…お前を、介錯しろってか…?」

「…俺は…苦痛で死にたくは、無いんだ…。
 最期の、ワガママ…聞いて、くれ…ないか…」

 …人の最期で一番悲惨なのは焼死だと聞く。
 自らの肉体がジワジワと焼かれていく痛みや酸素欠乏による吐き気、苦痛などを感じながらそのまま助かることなく死亡するからだ。
 …俺は、コイツにそんな死に方はして欲しくない。

「…」

 俺は手に握った『SAA』の銃口をヒョウの頭に向ける。

「…フッ…親友、ありがとな…あとは…頼んだ」

 その言葉と共に引き金を引く。
 それからの意識は、無かった。







風を感じる。
 次第に脳が覚醒し、眩い光が視界を埋め尽くす。
 光から目を逸らし周囲を見渡すと、そこは治療院の一室だった。
 …あれ、俺は壁外で…って気絶したんだったか…。
 というか…額が汗びっしょりだな…なんでだ…?
 …ッ!そういやエレン達は!?作戦はどうなった!?

《ああ、漸く起きたか、ハチマン。
 おはよう。それと随分と魘されていたが、大丈夫かね?》

 え、あ、ああ。おはよう。
 魘されていた件については知らん。どっちかって言うと俺が聞きたい。
 …じゃなくて!何で俺は治療院に…。

《それについては作戦の結果と共に説明する。
 だから落ち着きたまえよ》

 あ、す、すまん…。

《まったく…いつもは同じ状況になったとしてもボケをかますというのに…。
 今回の作戦がどれだけ君を疲弊させていたのやら…。
 まぁ、それに関してはいい。君が丸2日以上寝ていた間に起きたことについて説明しようか》

 丸2日以上!?
 その長さに驚いている俺を無視し、ガスターは俺が気を失う形で眠ってしまった間に起きた事を説明していく。

 ・エレン奪還作戦の結果
 俺は途中ハンネスさんを助ける為に強引に『規則性付与』を発動させた為負荷がかかりすぎて気絶したが、作戦自体は成功し、エレンを取り返すことが出来たらしい。
 だが、作戦に参加した憲兵の7,8割は死亡、調査兵、駐屯兵にも死者が出てしまったようだ。
 …お悔やみ申し上げる…特に調査兵と駐屯兵の方々。
 また、エレンが巨人を操る特殊な能力に目覚めたらしい。
 …正直、そんな都合のいいものが存在するわけが無いとは思う。
 存在していても、それを行う条件は相当厳しいはずだ。
 発動条件は何なのか…ものすごい嫌な予感がする…憂鬱だ…。

 ・なぜ丸2日以上も寝ていたのか
 ストへス区での異形の女型との戦いに続き、ミケ分隊長の救出、ウドガルド城跡での攻防戦、鎧の巨人との戦い、果てにはエレン奪還作戦と連戦続きで休む暇が無かった為気絶したと同時に脳と身体が完全に休息状態へと移行した。
 休息状態が終了したのがついさっき、つまり俺が目を覚ました時。
 丸2日以上睡眠をとらなければいけないほどに俺は疲弊していたという事である。

 ・現状について
 今現在、ウォール・シーナ内の旧地下都市にはウォール・ローゼの住民が避難している。だが、人類の半数以上を食わせることの出来る備蓄は一週間が限界だといわれている。
 だが…ガスターの量子コンピューター以上の演算能力による予想ではギリギリ一週間を耐えれるかどうかレベルの状態である。
 つまり…ウォール・ローゼが破られて一週間後には、人と人とが生きるための戦争を起こす事になるという事だ。
 不毛で…そして哀しい戦争が起きる。
 恐らく王政は今日を抜いて3日後に住民達をウォール・ローゼに戻すだろう。壁は破られておらず、巨人はいない、すなわち安全であるという情報と共に。
 そして…エレンが巨人を操れると知った王政の動きがきな臭いらしい。
 また、クリスタ…いや、ヒストリアの実家、レイス家にも動きがあった。

《恐らく、エレン・イェーガーとヒストリア・レイスはこの人種壁内について重要な鍵を握っている。それを王政とレイス家は隠し通したいのだろう。
 そのため…調査兵団は両名を保護し、人気の無い所に隠す必要がある。そうなれば…ハチマン、君は…いや君たちは巨人ではない、人と殺しあう事になる。
 …覚悟を、しておいて欲しい。大切な者を守るために…再び、その手を血で染める事を。その手で、肉を裂き血を浴びる景色を…》

 ガスターにはそういわれた。
 …そう…だな…既にこの手は…人売り達2人の人間の血で汚れている。
 この手が幾ら血で濡れようと構わない。
 大切な友人達を…仲間達を、守るためならば…。
 …けれど…その前に…彼女たちヒストリアとアニに…果たせていない、平穏な約束を…果たさなければならない…。

 ・ヒョウについて
 エレン奪還作戦が成功を収めた2日後、ヒョウが治療院から退院したらしい。
 吐血した理由は退院した当日…すなわち昨日見舞いに来た本人によると、肺ガンと胃潰瘍、そしてストレスによるものらしい。
 そんな重症といっても過言ではない身体状況だというのになぜ退院できたかというと、何故か俺の『七色之魂セブンスソウル』の『渇望具現』がヒョウに対して発動し、肺ガンのような肉体の変質や胃潰瘍のような肉体の欠損を魔素を代償に一度破壊し一定の時間をかけて再生する『自己回復』を獲得させた為、とのこと。
 …中々エグイスキルを得たな、ヒョウ…。
 魔素さえあれば再生可能なのはいいと思うが…肉体の変質を治療するためには毎回一度破壊する必要があるんだろ?
 破壊するって事はその分痛みが発生するというわけで…大きい腫瘍の場合は相当の激痛が走ったんじゃあないのか?
 …やっぱり、強力な効果を持つスキルにはデメリットがあるんだな…。

 ガスターに説明された事を理解し終え、俺は先ほどまで寝ていたベットに再び倒れる。

「…ああー、これからまた面倒くさい事になるんだろ…?憂鬱だ…」

憂鬱なのはこちらもだよ…。
 私と君は運命共同体、故に君の取る行動は私にも繋がり、あらゆるメリットデメリットが私の意思に関係なく降りかかるのだからね…

 …なんか、ごめん…。

《そう思うのならば…この負担を少しでも減らしてくれ…。
 君がスヤスヤと寝てる間、私はヒョウの新しい技について考案するハメになったのだからな…》

 え…何時の間に…。
 …というか新しい技ってなんだよ…。

《本人曰く、新しく応用として身に付けたものによって新たな”技術アーツ”を身に付けたようでね、その技のさらに応用をモノにしようと私に相談してきたのだよ…》

 …あいつ、病みあがりの筈なのにがんばるなぁ…。
 で、それはどうなったんだ?

《葦名流という剣術、その中で彼だけの技『葦名あしな米印こめじるし・下一文げいちもん』というものを考案したよ。無論、名はヒョウが付けたのだがね》

 米印…?
 剣術だし、漢字の『米』を描くように剣を振るうのか?

《いや、リファレンスマーク…記号のを描くように斬りと突きを行う剣術だ。
 ヒョウの要望は元々ある『葦名十文字』という技を元に葦名流には多くは見られない突きを使った技を作りたいというものだったから、抜刀でクロスを描いた後連続で突きを放ち最後に切り上げるという技を考案したのだよ。
 …まぁ、中々に手抜きなのだが》

 なるほどなぁ…。
 中々に習得が難しそうな技だが…まぁ、ヒョウには『学習者マナブモノ』があるし大丈夫だろう。
 …というか、俺が寝てる間にもそんな事をやっていたとは…お疲れ様です。

《…その労いの言葉だけがこの荒んだソウルに活力を与えてくれるよ…。
 ヒョウにも礼と労いの言葉は貰ったが…》

 …本当に疲れてんな、ガスター。
 今日一日ぐらいは休んでもいいんだぞ?
 どうせ、今日の予定は決まってるんだし。

《…いや、問題は無いんだ。
 私の場合疲労というよりも希望を見出せないという言葉のほうに傾いているからね…》

 …まぁ、この世の中じゃあ、そりゃあ不安にもなるわな…。

《…この現状をどう乗り切るか…本当に憂鬱な演算だよ…》

 …お疲れさん。
 俺が再び労いの言葉をガスターにかけたとき、ノックをする音が聞こえワンテンポ置いた後に扉が開かれた。
 上半身だけ起き上がった俺が向けた視線の先には見覚えのある金髪の少女が立っている。

「…ヒストリア…」

「…ハチ…マン…ハチマンっ!」

「わっぷ!?」

 俺が名前を呼ぶと、ヒストリアはすぐに駆け寄り俺に抱きついてきた。
 俺はその衝撃に耐え切れずベットに再び倒れる。
 …やばいやばいやばい…!
 ヒストリアが俺の頭を抱え込むように抱きついてるせいで少々慎ましくも物凄く柔らかい感触が俺の顔全体に当たってしかもそこから物凄く良い匂いがして何か滅茶苦茶ヤバイっ!

「ハチマン~っ!よがっだよ~っ!」

 ヒストリアの女性特有の柔らかさと匂いで理性がゴリゴリと削られる為、声をかけようとすると当の本人は安心したかのように泣き出し俺の頭に頬をこすりつける。
 …そうか、作戦中に急に気絶した上にそれから2日立っても目を覚まさなかったんだからそりゃあ心配になるよな…。
 そう思い立ち、結局俺はヒストリアの好きにさせることにした。
 いまだ俺の頭に頬をこすり付けてくるヒストリアの頭を撫でながら。
 理性がゴリゴリ削られていくが…不屈の精神で耐え抜こう。
 丁度その名を冠するソウルもあるしな。
 そんな風に多少楽観的に考える事で意識を逸らしながら本能と戦うこと数十分。

「うぅ~」

「はぁ…心配で見舞いに来たら、ヒストリアが目を覚ましたばかりのハチマンにいきなり抱きついてたなんてね…。
 まったく…馬鹿な事をするんじゃあないよ…。
 …我慢する予定だったのに…」

「…なんで俺も拳骨を…」

 この病室にやって来たアニにヒストリアに抱きつかれている所を見られ、俺とヒストリアは仲良く拳骨を喰らった。
 …うん、何で?

「あんたは一切の抵抗をしなかったからだよ、ハチマン」

「心を読むな…」

「いや…あんたついさっき自分でいってたでしょ…」

 ゴミを見るような呆れた目で俺を見るアニ。
 …そんな目で見られるのは久しぶりです、ハイ。
 けど…存外アニからそう言う視線を受けても嫌な気分にはならないんだよなぁ…。
 まさか…開けてはならない扉を開け始めて…?

「いてっ」

「はぁ…頭おかしいこと考えてるんじゃないよ。
 ヒストリア、水と簡単な食事を持ってきな。
 2日間も眠ってたんだ、水分は…兎も角空腹だろうから」

「うぅ…わ、分かったけど…頭いたいよぉ…」

 頭を抑えながら小言を唱えつつ部屋を出て行くヒストリア。
 そんな彼女がこの部屋を離れていった事を察した途端、アニはベットの上で上半身だけを起こしている俺に近寄り頭を胸に抱き寄せる。

「ア、アニさん?」

「…あんたが作戦中に倒れたって聞いて、ものすごい心配だった」

「!」

「そして…2日立っても目が覚めなくて…ものすごく不安だった…。
 もう、目を覚まさないかもしれない、って嫌でも考えてたんだよ…」

「…」

「けど…ハチマン、あんたが…今こうして目を覚ましてくれて…また話すことができて…本当によかった…」

 そう言うアニの瞳からは涙が零れていた。
 それだけ不安だったという事であり、そして俺が目覚め話すことができて安心している、ということか。
 …ああっ、クソ。
 なんで…なんで俺は…それに対して『嬉しい・・・』なんて思ってるんだ。
 ヒストリアやアニに対して心配をかけてしまったという後悔は俺自身が一番理解して感じているものだ。だが、俺は彼女たちの優しさを利用してそれと同時に自分のことを心配してくれて嬉しいと思ってしまっている。
 …本当に、気持ち悪い。
 後悔と心地よさという相反する思いを同時に浮かべていることが、そして彼女たちの善意に…優しさに漬け込んで、勝手に飽くなき己の欲を満たそうとする自分が。
 この上なく気持ち悪く感じる。
 だが…今は目の前の少女に集中するべきだろう。
 そう思い、今度は俺がアニを抱き寄せ口を開く。

「…なあ、アニ」

「…」

「…たぶん、いやそれよりももっと高い確率で、俺はまた同じ事になると思う」

「!…」

「今回は疲労が原因だったが、次は怪我が原因で昏睡状態に到るかもしれないし、下手すれば体が欠損してそこから感染症にかかるかもしれない。
 だが…俺は必ず、それを克してお前たちの前に立つ。
 どんなひどい怪我だろうと、決して死なないと誓おう。
 だから…その時は、笑っててくれ。
 泣いてる顔を…俺は見たくない」

 …嗚呼、なんて自分勝手な言葉だろうか。
 自分が見たくないが故に、笑っててくれと俺は願うのか…。
 本当に…気持ち悪い。

「…分かったよ。
 あんたが…目を覚ました時、笑顔で出迎えてあげる。
 それを…あんたが望むなら」

 胸元から離れて俺と向き合ったアニが微笑みながら俺に言う。
 …その表情に、俺は見惚れてしまった。

「ハチマーン、アニー!ご飯もって来たよー!
 …あれ?」

 俺の意識を戻したのは、アニに言われて俺の分の朝食を取りに行ってくれていたヒストリアの声だった。
 扉の方を見ると、パンとスープが盛られた木の皿を載せたお盆と水が入っているであろう革の袋を両手に持ったヒストリアがこちらを呆然と見つめている。

「あ、す、すまん!あ、ありがとう!」

 俺がそう咄嗟に言うと同時にアニがヒストリアの持っている水を受け取り、こちらに差し出してくる。
 俺はそれを受け取り、2・日間寝ていた割にはそこまで乾いていない・・・・・・・・・・・・・・・・・・・喉を潤す。
 その間にヒストリアは持ってきた食事を俺の膝の上に置き、スプーンでスープをすくい、こちらに差し出してくる。

「はい、あーん」

 …マジで?

「ほら、口あけてー?」

 ヒストリアの突然の行動に驚愕し固まっているとそれを見かねたのかヒストリアがどうするのかを示すかのように口を開け、こちらに向かってスプーンを差し出してくる。
 …いや、そうじゃなくて…。

「…いや、自分で食えるんだが…」

「いやいや、2日も寝てたんだから手に力が入らないかもしれないでしょ?その状態でご飯を食べようとして溢しちゃったらもったいないよ。ほら、私とアニで食べさせてあげるから、ね?」

「いやいやいや、ね?じゃなくて「ね?食べて?」いや、だから「食べさせてあげるから。ね?」ちょっと、ヒストリアさん?話聞いて「食べて。ね?」…だが、断わ「ね?」…ハイ」

「じゃあ、あーん」

 ヒストリアの満面の笑み(目は少々仄暗くなってる)とアニが立っている方の肩から感じる激痛に負けて、俺は渋々ヒストリアのあーんを受け入れる。
 …うん、2日ぶり…いや、スープだけ見れば5日ぶりくらいだろうか。
 携帯食料よりも味の濃い食事に少し感動を覚える。

「…うめぇ…スープを此処まで美味しく感じたのはクリームシチュー以来だ…」

「4日間近くもまともな食事を取ってなかったらそうなるだろうね…」

「…くりーむしちゅーって何?」

 思わず漏れ出た言葉にやや安心した表情で優しい声音で返すアニと俺のクリームシチューという単語に疑問を持つヒストリア。
 …そうか、俺がクリームシチューを作ったのはリヴァイ班に入ってから。
 ヒストリアはクリームシチューを食った事も無ければ存在自体も知らないのか…。
 …今度作ってやるかな。材料が揃ったらだが。
 ってその前に説明はいるか。

「クリームシチューっていうのはな、肉や野菜が多く入った味の濃いミルクのスープだ。俺がリヴァイ班に入ったときに作ったんだよ。また材料が揃って時間ができたら作ってやるよ」

「!ほんと!?ハチマンの作るご飯は美味しいから、楽しみにしてるよ!」

 そういって目を椎茸にして喜ぶヒストリア。
 …うん、こういうところも年相応でかわいいな。(←精神年齢24歳の人の言葉)

「…どした、アニ」

「…私には作ってくれないのかい?」

 肩を叩かれ振り向くと、先ほどまでの安心した表情は何処へやら、打って変わって不満そうでかつ少し悲しそうな表情でこちらを見て言うアニがいた。
 俺はそれを見て少々苦笑いしながら言う。

「大丈夫、しっかり作ってやるよ。お前が美味そうに飯を食ってる姿も見たいしな」

「/////…うん」

 先ほどから表情をコロコロ変え続け、今度は真っ赤に頬を染めて恥ずかしそうに顔を逸らすアニ。
 …はて、恥ずかしがるような要素って俺の発言の中にあったか?
 まぁ、気にしても仕方ないんだがな。何せ本人に聞いても答えてくれないし。
 ミカサが良い例だ。
 訓練兵団の頃の休日、自主訓練のやりすぎで疲れて敷地内の木陰に座って少しばかり寝ていたら何時の間にかミカサが膝の上で寝てた時があった。
 俺はその時それに気付いて寝る気が失せてしまったからミカサの気持ち良さそうに眠る顔を眺めてたんだが…ふとしたときミカサが起きて自分の状況に気付いた結果謝ってきたので「美人の寝顔は様になるんだ。別に減るものでもないし、気にするな」といったら、いつもの弟の世話をするブラコン姉のような態度から打って変わって顔を赤らめてしおらしくなってしまったのだ。
 不思議に思って理由を聞いたら「…知らない」って言われて、その時困惑した経験がある。
 …何がいけなかったんだろう。

《…はあ…行く先は遠いな…》

 何故かガスターが遠い目をしているような気がするが、気のせいだろう。
 というか…

「…今度はヒストリアかよ…なんでそんな不満そうなんだ?」

「む~、アニとばっかりイチャイチャしてずるい!」

「いや、イチャイチャはしてねぇって…」

「してるもん!だから、もっとあーんする!」

「何でそうなる…」

 若干白目を剥きながら、口に運ばれてくるスプーンの中身を啜る。
 訓練兵の事は味気ないと思っていたものが数日食べないだけで此処まで美味に感じるとは…不思議だなぁ…。
 そんな現実逃避じみた事を考えていると、視界の端から口に向かって別のものが運ばれてきているのを確認する。

「…アニしゃん?にゃにをしてらっしゃるので?」

「…パン」

「うん、しゃし出しゃれてるのはしょりぇだね、うん」

「…早く食べな」

「…え、このしゃし出しゃれておりぇのほっぺにこしゅりちゅけりゃれてるパンを?というかしょんな状態で喰えるわけにゃい」

「いいから、早く食べろ!」

「むぐっ!」

 アニにちぎったパンを無理やり口の中に放り込まれる。
 …うん、柔らかい。久しぶりにこんなパンを食べるな…。
 そう思いつつ放り込んできた張本人の様子を窺うと、アニは満足そうにこちらを見ながら微笑んでいた。
 …なんか、もう、こいつらが満足するなら良いや。(諦め)
 思考を放棄し、俺はヒストリアとアニに成されるがままに朝食を終えた。
 そして、俺は2人にこれからのことについて話す。

「…なぁ、ヒストリア、アニ」

「「?」」

「俺は今日、此処を退院できると思う。
 だから…退院したあと、3人で街に出かけないか?」

「えっ!?」

 俺の言葉に声をあげて驚くヒストリアと声をあげずとも目を見開くアニ。
 それはそうだろう。壁内がこんな状況だというのに町に遊びに行くといわれれば神経がおかしいと思っても仕方ない。
 だが…なんとなくだが、これが最後かもしれないという気がしてならないのだ…。
 街に出かける彼女たちとの約束を果たす事ができる機会が。

「壁内の状況を垣間見ても、そんなこと出来る状況じゃないのは分かってる。
 だが…俺の予想が正しければ、もう、機会が無いんだ」

「…どう…いう…こと…?」

「詳しくはいえない。
 …まぁ、安心しろ、アニとも約束したんだ。生きてお前らと会うよ。
 けど…お前らと約束した、『街に出かける』っていう約束を果たせるタイミングは…今しか無いんだ。だから…行かないか?」

 此処で了承を得れるかはわからない。
 だが、俺に行く気はあるし、約束を果たす気があるからこそ今この場で話している。
 これから先…ガスターの言う通り王政が調査兵団に圧力をかけてくる可能性もあるし、下手すれば調査兵を指名手配してくるかもしれない。
 そうなればこの約束を果たせる事もできなくなってしまう。
 それをいえばミカサやペトラもそうなのだが、何故かこの2人はまだ問題ないと思えるのだから不思議だ。
 …いや、ほんとになんで?

「…いいよ」

「!」

 考え込んでいたアニが口を開く。

「今私は一時的に調査兵団の兵舎に身を置いてるけど、その中でも時折先輩方が忙しなく動いてる所を見ることがある。
 そんなのがある以上、あんたの言う通り私たちがあんたと出かけられるチャンスは今ぐらいだろうから…いいよ、3人で。
 …ほんとは、2人っきりがよかったけど」

 最後の方があまりにも小声で何を言っているのか聞き取れなかったが、アニの了承は得れたようだ。
 あとはヒストリアだけだが…。

「…うん、分かった。私も行くよ。ハチマンが私たちとの約束を守ろうとしてくれてるのは分かったし、何より…」

「…何より?」

「う、ううん!なんでもない!」

 ヒストリアの言葉に多少疑問を持ちつつも、了承を得れたので早めに退院できるようにしようそうしよう。

(…もし、ここで私が断ったらハチマンとアニが2人っきりになっちゃうし、そうなっちゃったら…アニに先を越されちゃうかもしれない。
それだけは絶対に駄目。ハチマンに惚れたのは『クリスタ・レンズ』だけど…それごと私を…『ヒストリア・レイス』を受け入れてくれたのはハチマンだから…そんな人を、渡したくない!)

 …なんか、ヒストリアが闘志を燃やしてるようにも感じるが…気のせいだろう。
 そう思い2日間寝っぱなしであった体を延ばし解す。
 そこまで筋肉は落ちていないような気はするが、やはり心配だ。
 明日は少々自主訓練をしよう。

コンコン

 明日の予定を脳内で決めたとき、ノックの音が聞こえた。
 そしてワンテンポ置いてから扉が開かれ、誰かが入ってくる。

「Hello~!目は覚めたかい?ハチマン」

 ゆっくりと部屋の中に入りこちらに近づいてくるのはつい5日間ほど見ていなかった銀髪の兵士、ヒョウだった。

「っ!ヒョウ!無事みたいだな…よかった…」

「おいおい、この私がそう簡単に死ぬとでも思っているのかね!
 確かに肺がんと胃潰瘍で倒れたけれども!」

「…相変わらずだな、お前…」

「おい、ちょっとまて。何でそんな呆れた表情をしてやがるんだ」

 突然吐血し倒れ、つい先日まで入院していたとは思えないほど元気溢れる様子のヒョウを見て、呆れと同時に泣きそうなほどの安堵が心中を支配する。

「…で、身体に不調は無いか?起きてから何か違和感を感じたとかは?」

「え?あ、ああ。特にそんなことは無いが…」

 先ほどとは打って変わってものすごく焦ったかのような勢いでこちらに問いかけてくるヒョウ。
 だが、俺にヒョウのいうようなものは無い。
 強いて言うなら、2日間寝っぱなしだったのに喉がそこまで渇いてなかった事くらいだ。

「…そ、そうか…よかった…」

「…何か問題でもあったのか?」

「い、いや!?気にしなくてが…その…」

「…なんだよ」

「なんか…働きすぎて疲れたときの俺に似た濁った目をしてるから…」

 目を逸らしながらそう言うヒョウ。
 …元々死んだ魚のような目だというのに、何を今更。

「お前が過労でどんな風に目を濁らせてたのかは知らんが…元々目は濁ってたんだから今更だろ。問題無ぇよ」

「え?いやいやいや…え?」

「…え、マジでどうしたんだ?」

 目の前で混乱し続けるヒョウにこちらも困惑する。
 そんな俺の心境を察したのか、ヒョウはさらに混乱し『目が濁っている』発言時からすっと俺の目を見つめているヒストリアとアニに助けを求めた。

「ア、アニさん…ヒストリアさん…ハチマンの目ってこんな濁ってましたっけ…?」

「…少し目が仄暗くなったようには感じるけど…これもいいと思うよ」

「んん~?ハチマンはハチマンだよぉ?」

 ヒョウの助けに当たっているようで当たっていない返答を返す2人。
 …うん、俺にはこいつらが何を言ってるのかわからん。

「…質問がまともに帰ってこねぇ…」

 諦めたかのように白目を剥きながら天井を見上げるヒョウ。
 …なんか、ご愁傷様です。

「はあ…まぁ、とりあえず元気そうならよかったよ」

 諦めたかのように息を吐き、安心したかのように俺を見るヒョウ。
 やはりこいつにも心配を掛けさせてしまっていたんだなと思うと、より一層浮かんでくる感情に対して自己嫌悪が生まれてくる。
 …ひどいジレンマだな…一度この思考を隅に追いやるか…。

(…よかった…誤魔化せた…流石にいえないよなぁ…。
104期組にペトラさんの計4名が2日間口移しでスープやら水やらを飲ませたりしてたって事は…。
流石に前みたいに男女的な事をやろうとはしてなかったけど…嫁入り前の少女たちにそんなことさせてしまっていたって知ったら下手すりゃあ責任とって…ってことになりかねないし…。
…まあ、元々やろうとしてた104期組に『キスをしても相手が認知せずキスしていないと思っていれば自分の中ではキスであれど、相手の中ではキスではない。すなわちキスではない。ならばこの場で全員がハチマンとキスしたとしても全員がハチマンのファーストキスを奪う事は無く、逆にハチマンに自分たちのファーストキスを捧げることはできる』って唆した俺が心配するのもおかしいっちゃおかしいんだけどね。
はっはっは、まさに全ての元凶。けど後悔はしてない。反省は若干してるけど。
…まぁ、これからものんびり5人のイチャイチャを眺めながら時折後押しして、時折引っ掻き回して、最終的に全員が幸せに過ごせるように尽力するか。
それが私にでき、私がしたかったことであり…傍観者ではなくひとりの関係者となってしまった私の役目だからね)

 …なにか、ヒョウがヤバイことをやらかして且つさらに碌でもない事を考えているような気がする…が、気のせいかな。
 というか、気のせいって思わないと何だか疲れてくる。

「…あ、そういえば…ここに人に一切の報告を入れて無かったね。
 ちょっと行ってくるよ」

 ふとアニが思い出したかのようにそういい部屋を出て行こうとすると、

「あ、んじゃあ俺が行ってくるわ。
 俺様子見に来ただけだしな、帰るついでに言っとくよ」

 ヒョウが手を挙げることでアニを引きとめ、扉の方へ歩き出す。
 本人の言う通り、どうやら報告をしてくれるらしい。

「…じゃあ、頼むよ」

「おーう、お前らはイチャイチャしとけよー」

「「なっ(にゃっ)/////」」

「はぁ…お前なぁ…」

「ふっふふふ、あー、最高だな!こういう甘い展開はよ!」

 そんな風に俺達をからかいながら、ヒョウは部屋を出て行った。

「…ふっ…相変わらずだな、あいつも」

 ふとそんな言葉が漏れ出る。
 つい先日、吐血して命の危険性すらあったはずのヒョウはそんな容態であったなどは一切悟らせないほどに生き生きしていた。
 そんな様子のヒョウに再び安心感を覚えつつ俺は、ノックをして見舞いに来たであろう調査兵団の先輩や同期達を迎え入れた。





 オルブド区。
 ウォール・シーナ北部に位置する壁の突出部分にある城壁都市。
 ウォール・ローゼが突破されたという知らせがあった割には他の城壁都市とは違い非常に穏やかな雰囲気である。
 その理由は此処がウォール・シーナという壁内で最も安全な内地であると共に最前線であるトロスト区などの南部とは遠く離れた北部に位置し、他の区より安全だと思われているからであろう。
 巨人は何故か南から来る。
 故に北側には巨人は殆ど来ない。
 その状況がこのオルブド区の住民に心の余裕を持たせ、その余裕がこの城壁都市に避難してきたウォール・ローゼの住民に落ち着きを与えているのである。
 …同調性バイアスにも似た効果を発揮するな…驚きだわ…。
 そんなことはともかく、何故突然オルブド区についての話が出てきたか。
 それは…

「ほえ~、他の所と違って賑やか~」

「…この状況で此処まで賑やかなのはすごいね…」

「本当にそうだな…」

 ヒストリアとアニ、俺の3人でこのオルブド区を訪れているからである。
 調査兵団の先輩方(リヴァイ班の方々や療養中のゲルガーさんなど)や同期達、ハンネスさんなどの見舞いに対応―――尚、全員に目の濁りについて言及された。…元々だろ、とは思う。あと、ペトラは少しうっとりした表情でこちらを見てたが…なんなんだろうか…―――し、治療院に勤める兵士の方から完治とまではいかなくとも殆ど回復しているが2日ほどは大きく運動をしないこととのお言葉を受けつつも、俺は無事に治療院を退院した。
 それが午前9時38分27秒ごろ。
 そのため俺はヒストリア、アニと共に『街に行く』という約束を果たしに比較的平和だというこのオルブド区に訪れたのだ。
 …まぁ、ここにくるまでに馬を預けた町の人に不審者扱いを受けたけどな…。
 前まではそんなことなかったのに…どれだけ目の濁り具合が酷くなってるんだよ…。

「わー!あれなんだろー!」

「ちょ、クリスタ!どんどん行くんじゃないよ!
 ほら、ハチマン。そんな目を濁らせてないで早く行くよ。クリスタ…ヒストリアを追いかけないと」

 遠い目をしていると、アニにそう声をかけられる。
 …ああ、ヒストリアだと自分自身の正体を明かしたとロッド・レイスの息のかかった人間に完全にばれて、調査兵団の勢いを削ぐ為にヒストリアを攫う可能性があるから偽名のクリスタを使うんだったけ…。
 そう呆然と考えながらアニに手を引かれてクリスタを追いかける。
 すると、クリスタが1つの店の前で脚を止めているのが確認できた。

「甘実水!甘実水!果実を絞った甘い水はいかがかなー?」

 そんな声と共に色のついた水の入ったガラスコップを掲げる商人。
 クリスタの目の前にある店の店主だろう。

「お、嬢ちゃん!甘実水飲んでみるかい?
 試食ならぬ試飲はコップ1杯分無料だよ?」

「わぁー!ならくださーい!」

 そう無邪気にいい、甘実水の入ったコップを口に運ぶクリスタ。
 丁度それを飲み始めた時、俺たちはクリスタに追いついた。

「クリスタ!いきなり走るんじゃないって…」

「おっ!姉ちゃん、この嬢ちゃんの姉かい?なら甘実水、飲んでかないかい?
 そこの兄ちゃんも!試食ならぬ試飲なら1杯無料だ!」

 …めっちゃ気さくなおっちゃんだな、オイ。
 というか甘実水って…ネーミングセンスが残念すぎる…。
 いや、まあ人の事言えないかも知れねぇけど…。
 けど…甘実水か…前世のジュースみたいなものかねぇ…。
 …気になるし、此処は一口…。

「なら、おっちゃん。1杯貰うわ」

「えっ、ちょ!…はぁ、なら、私も貰う事にするよ…」

「あいよ!ちょっとまってな…はいよ!」

 そういって渡された色のついた水が入ったコップ。
 中身は色合い的に林檎だろうか。
 そう思いながらコップに口をつけ、中身を流し込む。
 …うん、久しく味わっていなかった林檎の味だ、マジで美味い。

「…美味い…」

「!そうかいそうかい!そりゃあよかった!」

「…確かにね…」

「おいひいれふぅ~」

 俺の零した言葉に店主のおっちゃんは喜んだかのように笑みを浮かべ、アニは微笑を浮かべながら俺の言葉に同意を示し、クリスタはその美味しさに頬を蕩けさせている。
 …平和だなぁ…。
 そう思いつつ、俺はおっちゃんに声をかける。

「おっちゃん、これ買いたいんだが…いくらだ?」

「おっ、買ってくれるのかい?
 えっとだな…木のボトル3本で銀貨1枚だ。
 悪いね、少し前まではボトル5本で銅貨1枚だったんだが…最近は不景気だからこっちも値上げするしかなくてな…」

「いや、それは仕方がないしな。ほい、銀貨1枚」

 俺はおっちゃんの言葉にそう返しながら、事前に両替してもらっていた銀貨を1枚払う。

「毎度あり!んで、これが甘実水ボトル3本だ。どうぞ」

「どうも」

 俺はそのボトルを受け取り、自作し持ってきていた一見布にしか見えない骨のリュックの中に入れる。
 …こういうときの『骨操作』は本当に便利だよなぁ…。

「それじゃあ、行くか。
 今度は走るなよ、クリスタ」

「う、うん…ごめん…」

「あんたは気をつけてくれればいいよ」

 俺の注意に少々凹むクリスタ。
 そんな彼女にアニは慰めの言葉をかける。
 その光景を尻目に俺は周囲を見渡しながら先へと進んでいく。
 するとふと、とある看板が目に入った。

(…『ウェアー』…着るWear…か?
恐らく服屋だろうが…服か…)

 自分の、そしてアニとクリスタの服装を改めて見る。
 俺は少し短めの黒いチュニックに茶色のズボンを、アニは普段着ている白いパーカーに黒いズボンを、クリスタ白いシャツに水色のベスト、丈が膝までの桃色のスカートをそれぞれ身に付けている。
 …前世でもそうだったし同期の女子(主にアニと仲のよいミーナ情報)もそうだが、女子は買物…特に服選びが好きだと聞く。
 ならば、こいつらもそうなのだろうか…。
 …ついでに俺も新しい服を買って、こいつらにも新しい服を買ってやるのもいいかもしれない。
 なら一つ提案してみるか。
 そう思い、俺は横に並んで歩いているアニとクリスタに声をかける。

「なあ、2人共、あそこに服屋がある。
 折角だし服でも選んでみないか?」

「「!?」」

 俺の言葉に異常なほど驚愕し、「信じられない」とでも言いたげな視線をこちらに向けてくる2人。
 どういう意味だ、オイ。

「…え、あのハチマンが…!?」

「自分からそういうのを言うなんてね…。
 どういう心変わり?いつもはああ言う店には近づかないのに…」

「…仰るとおりで」

 もはや何も言い返せない。
 なにせ訓練兵時代、こいつらに時折町に連れ出され共に買い物する事はあったが、決して服屋などには入店しようとしなかったからな。
 …そう言う店には殆ど行った事がないし、精々前世でしまむらに行った程度。
 耐性がなかったんだよなぁ…。
 けど、今日はこいつらを楽しませる為に此処に来た。
 だったら、いつも寄らない服屋に行ってもいいだろう。

「…まあ、偶にはいいだろ?
 それとも行きたくないのか?」

「”偶には”って…今回が初めてでしょ…。
 …ま、まあ、行きたくないわけじゃあないけどね」

 俺の言葉にツッコミを入れつつ顔を逸らしながらこちらをチラリと見るアニ。
 …仕草が可愛すぎるんですが、それは…。

「…って、うおっ、急にどした、クリスタ」

「むぅ~、2人とも早く行こっ!」

 アニに意識を向けていると突然クリスタがこちらに抱きついてくる。
 それに反応し声をかけるとクリスタは不満気に顔を膨らませ、俺とアニの服の裾を引っ張り、服屋がある方角を指差す。

「分かった、分かったから…ああ、もう!裾を引っ張るんじゃない!」

「はあ…分かったから…ほら、行くぞ」

 そんな調子で俺たちは服屋『ウェアー』に入店した。



 店内は明るい色合いの木材が使われたシンプルなものだった。
 だが、この内装は何処となく前世のららぽの服屋を連想させる。
 そんな店内には黒灰色のベストに純白のコートを着た赤茶色の髪の男性が店内を見渡しながら歩いている。
 恐らくこの店の店員か店主だろう。
 …店員か店主じゃなかったら、普通誰かが取ったであろう乱雑に畳まれた服を綺麗に畳み直したりはしないはずだし。

「さて…服を見てまわるか。
 気に入った服があったなら教えてくれ。買ってやるから」

「え?皆で見てまわるんじゃないの?」

「え、そうなのか?」

「「…」」

 いざ服を見てまわろうと一時解散をしようとしたとき、クリスタが驚きの声をあげる。
 それに思わず声を出し、2人揃ってどうなのかをアニに視線で訴える。

「…はあ…私が知るわけないじゃない…。
 けど、全員で見てまわった方が態々探す手間も省けるし、全員で見たらいいんじゃない」

 ため息を吐き、ヤレヤレとジェスチャーしつつもクリスタの意見に賛同するアニ。
 これにより、服を全員で見てまわる事になった。
 時折アニやクリスタが俺に似合う服を選りすぐって見せてくるも、俺の服を買いに来たわけではない為綺麗に畳んで元に戻しつつ、アニとクリスタに似合いそうな服を探す。
 そうやって見回っているとき、本来あるはずのない衣服・・・・・・・・・・・を見つけた。

「…は…?」

「…?」

「?どうしたの?」

 ブルーの染色が施された厚手のカジュアルなズボン。
 そう、俺が見つけたのは『ジーンズ』だ。

「…ほう、貴公、その衣服…”ジーンズ”に興味があるのか?」

「「「!」」」

 俺がこの世界に無いと思っていたジーンズを見て呆然としていると、突然後ろから声をかけられる。
 振り向くと、そこには先ほど見た赤茶髪の男性が立っていた。

「…これも、売り物なんですかね?」

「ああ。だが、この衣服を見て興味深そうな表情をしたのは貴公だけだ。
 他のものは見向きすらしなかったよ」

「…なるほど、それで声を」

「ああ」

 俺の疑問を解消するに足るものを言う男性。
 そりゃあ、他の客が見向きもしなかった衣服を突然見る客がいれば気にもなるわな。

「…これは、この店を開く際に世話になった人物が作り、こちらに回してくれた比較的値段の高いもののその値段を上回るほどの耐久性がある代物なのだがな…」

「…ちなみに値段は?」

「少し前までは銅貨3枚。現在は銅貨6枚だ。だが、このジーンズは一着で3年程度毎日着続けられるほどの耐久性がある」

「「3年!?」」

 …なるほど、このご時勢ゆえの銅貨6枚…2万4千円か…。
 日本の感覚だとバカ高いがこの一着で3年間ズボンを買い換える必要が無いと考えると…安上がりだな…。
 しかも、中々にお洒落だ。
 アニに似合うんじゃあないだろうか。

「…なあ、アニ。これ穿いてみないか?」

「はあっ!?…ちょ、ハチマン、本気で言ってる!?」

 …何をそんな驚く事があるのだろうか…。

「こ、こんな高いものをそう易々と穿けるわけないでしょ!」

 …なるほど、高いから不安って事か。

「店員さん」

「問題ない。ジーンズは単体でも耐久性の高い綿生地…コットン生地を使用し、それを『巻き縫い』によってさらに頑丈に縫った丈夫な衣服だ。早々破れはしない」

「だろうな」

「我が店では試着も出来る。そこのカーテンの奥で穿いてみるといい」

「…ということで、穿いてみろ。
 それに…」

 俺は近くにあった白のシャツと黒と紫の薄生地のスウェットを取り、ジーンズと共にアニに差し出す。

「これに似合いそうな服もある。着てみてくれ」

「…はぁ、分かったよ…」

 俺と店員の論詰によってアニは諦めたように返事をし、俺が差し出した衣服を持って試着室へ行く。
 …アニのジーンズ姿、やっぱり似合いそうだな。

「…あのズボン、そんなに丈夫なんだね…」

「生地自体も丈夫でそれをさらに丈夫に縫い付けてるからな。
 そりゃあ耐久性も高くなるだろ」

 アニの背中を見ながら、クリスタの言葉に返す。
 それと並行し今度はクリスタが似合いそうな服を探す。
 すると、

(…おっ、これが似合いそうだな…)

 白いワンピースが目に入った。
 俺はそれを手に取り、クリスタに見せる。

「クリスタ、これ、着てみないか?」

「!わぁ~!」

 ワンピースを見て歓喜の声を挙げるクリスタ。
 ワンピースを受け取って両手で掲げている所を見るに気に入ったらしい。

「店員さん」

「それも試着可能だ。ぜひとも、試着室で着てみるといい」

「わーい!」

 俺と男性の言葉に喜びつつ試着室へと走っていく。
 …なんか、幼児退行してる気もするが…まあ、いいか。

「…ふっ、貴公らは仲が良いのだな」

「?…ええ」

 何かを思い出したかのように笑みを浮かべる男性に少々困惑しつつ返事をする。
 そんな俺を見て、男性は表情を変え鋭い目でこちらを見る。

「貴公、その魂達・・の歩む先には苦難が待ち受けているだろう。
 恐れてもよい。踏み出さずとも、よい。
 ただ、決して…それと向き合うことを止めてはならない。
 先の果てにあるものを、己の望むものを、真摯に問い、見出せ。
 それこそが…貴公のだ」

《!…》

 男性の言葉に俺が何も返せずにいると、「ハチマン!」と俺を呼ぶアニの声が聞こえてきた。

「…貴公、呼ばれているぞ?」

「!あ、ああ…」

 何時の間にか呆然としていた・・・・・・・・・・・・・頭を切り替えて、俺はアニが入っていった試着室の前に行く。

「おーい、どうした」

「ハチマン?ちょっと…いざコレを穿いてみようとしたら、どうやって穿くのかが分からなくなったんだけど…」

 …そうか、アニはジーンズを見るのが初めてだから、まずどうやってジーンズを穿けばいいのか知らないのか…。
 この世界のズボンはベルトとボタンで腰周りを調整するからな…。
 チャックとかもよく分からないか…。
 そう思っていると、

「うわっ!?」

 突然カーテンからアニの手が飛び出し、俺の腕を掴み試着室の中へ引きずり込まれた。
 俺は咄嗟にバランスをとりつつ、手を引っ張った張本人であるアニを見る。
 そこには…、

「…ど、どうやって穿けっていうのさ…/////」

 頬を赤らめて顔を逸らしながらチラリとこちらを見る、上はパーカーを着ているものの下は白く細い脚を曝け出し、ジーンズで局部辺りを隠したアニがいた。

「…」シロメ

テレレ~テレ~テレレッレレレレ~レレレ~レレレ~レレレレ~

「…ね、ねえ!答えてよっ/////」

 …はっ!
 なんか…スマブラの敗北したときのBGM(『命の灯火』のピアノソロ)が脳内再生された…。
 そう思いつつ白目を剥きながら天井を見上げ続けていると、

「…ちょっとっ!ハチマンっ!」

 アニが肩を大きく揺らし、こちらの意識を戻させる。
 危ないと思いつつ、バランスをとろうと下を向くと、そこにはやはりジーンズで局部付近を隠しているアニが…。

「ちょっ!/////ア、アニさん!?/////何をしてらっしゃる!?/////」

「だっ、だからどうやって穿けばいいのか分からないって言ってるでしょ!?/////」

 俺の質問に恥ずかしそうに身体をもじもじさせていうアニ。
 ちょっ!?理性がっ!理性が削られるっ!

「だ、だからって何でそんな格好っ―――」

「し、仕方ないでしょ!わ、分かんなかったんだからっ!/////」

 そう顔を真っ赤にして言うアニに俺は動揺と興奮が抑えられない。

(穿けないからって…そっ、そんな格好で男の前に立つか!?/////
下着は流石に穿いてるだろうけど…その細くて綺麗な白い脚とかは丸見えなんですけどっ!?/////)

 そう思いつつ、俺はこの状況を打破する方法を必死に考える。
 しかし…

「…は、穿き方分かんないからさ…ハ、ハチマンが穿かせてよ/////」

 その絶大な破壊力を持つ言葉によって逃げ道は断たれてしまった。

「ちょっ!?マジかよっ/////」

「い、いいから!早くっ!/////」

 そういって自身の局部を隠していたジーンズを顔面目掛けて投げつけてくるアニ。
 顔を覆ったジーンズを取りアニを見ると、そこには恥ずかしそうに目を逸らし左手を右腕に組む姿があった。
 …もうこれ逃げらんねぇな…。
 そう察し、意を込めて俺はジーンズを見る。
 このジーンズはファスナーを締め、中からズボンを固定する紐を調節しつつ結び、ボタンを留めることで固定する仕組みになっているようだ。
 ボタンはアニが外していた為俺はまず紐を解き、ファスナーを引く。
 そして裾を捲るようにまとめ、しゃがんでジーンズを正面からアニに見せる。

「…ほ、ほら、アニ/////脚を通してくれ/////」

「わ、分かった/////」

 アニがその白く細い脚を裾に通したのを確認し、俺はジーンズを腰まで上げていく。
 羞恥心ゆえに顔を俯かせていたので腰までジーンズを上げられたかを確認する為に顔を上げると、俺の目の前にアニが穿いてるであろう黒いレースの下着が来た。

「ふぁっ!?/////」

「あっ/////」

 俺は慌てて目を逸らし、「す、すまん/////」と詫びたあと手探りでアニにジーンズを穿かせる。
 しかし…

「っ♡/////」

 何も見ない状態で手探りでファスナーと紐をそれぞれ調節するのは難しく、手が滑ってしまいあろう事かアニの秘所に触れてしまった。

「!?!?!?す、すすすすすまんっ!/////」

 すぐに謝罪するも何故かアニからの返事は無い。
 アニの表情を見る勇気やアニに声をかける余力もなかったが、これ以上同じ事を繰り返さないために出来るだけ下着から目を逸らしつつ紐とファスナーを締め、ボタンを留める。

「よ、よし/////は、穿かせたぞ!?/////お、俺は外にいるからな!?/////」

 俺はアニの方を一切見ず一方的にそういって試着室を出た。



(あ”あ”あ”あ”あ”っ!俺は何をやってるんだ!
…アニの脚、綺麗だったな…なんて考えるんじゃあない!
な、何で俺はアニにジーンズなんか穿かせたんだ…。
羞恥心で軽く9回は死ねそうだ…)

「ハチマン!」

 試着室を出てすぐ天井を見上げ羞恥心で悶えていると後ろから声をかけられる。
 しかし、まともの返事する事ができない。

「俺今、アイデンティティー・クライシスだから待って…」

「?『あいでんてぃてぃーくらいしす』って何?」

「アイデンティティー・クライシスっていうのは…まあ、いいか。
 …それで、どう…し…た…」

 俺の言葉に疑問を持ったためそれについて説明しようとするも時間の無駄だと思い、呼び声に答える為に目線を降ろす。
 降ろした先には、純白の衣を纏った天使がいた。

「えへへ、似合うかな?」

 天使ははにかみながら衣の裾を掴み少々広げながらこちらにそう尋ねてくる。
 …可愛すぎる…。

「?ハチマーン?」

 反応が無いからか天使は俺に近づき視界の端から顔を見せ、顔の目の前で手を振る。
 …行動が無邪気で可愛いんじゃぁ^~。

「むぅ、ハチマン!」

 痺れを切らしたのか天使は俺に抱きついてきた。
 …抱きついてきたぁ!?

「!?ちょ、クリスタさん!?何やってんの!?」

「だってハチマンが反応してくれないんだもん!」

 トトロいたもん!とでも続きそうな言葉だがそんなことは無い。
 そう現実逃避気味に考えた後、抱きついたままのクリスタにどう対処すればいいのかを考える。
 …教えて!ガスえもん!

《…ハチマン、流石に語呂が悪すぎるだろう…》

 うっせ、そんなの気にしてられる状況じゃねぇから!
 さっきまであのアニの状態で割と『\(・ω・\)SAN値!(/・ω・)/ピンチ!』な状況だったんだよ。

《…はぁ…ヤレヤレだ》

 おい、言い方が3代目と似てるんだが?

《それはそうさ。君がアニメの3部を見た記憶があるからね。
 君が見たことがあるものなら私は記憶の中でそれが再現可能なのだよ。
 故に…》

 故に…?

《『てめーはおれを怒らせた』と、言える訳だよ》

 完全にジョジョにハマりやがったな?ガスター。

《ああ、あれは中々に面白い。”名付け”の参考にもなりそうだ》

 はぁ…ヤレヤレだぜ。

《ふっ…さて、この状況での対処法についてだったね。
 ハチマン、君はヒストリア・レイスの頭を撫でながら自分自身の感想をいえば良い。
 ”真心”というものは、何時の時代でも真に相手の心に届くものだからね》

 …え、そんなものでいいのか?
 天使の頭を撫でるとか寧ろご褒美なんですけど。
 …まあ、ガスターの提案は信用に値するしやってみるか。
 『思考加速』を使い終えた俺は、ガスターの言う通りクリスタの頭を撫でる。

「ふぇ?…ふぁ…」

 クリスタは突然の事に一瞬驚いたものの、すぐに気持ち良さそうに目を細め、顔を蕩けさせた。
 それを確認し、俺はクリスタにその姿から感じた率直な感想を言う。

「クリスタ、返事しなくて悪かったな。
 お前のその姿が天使と見間違うくらいに可愛くてな…その…み、見惚れちまっていたというか…その…/////」

 途中で自分でも恥ずかしくなり、だんだんと言葉を紡げなくなっていると、

「…も、もうりゃめて…もうわきゃったかりゃぁ…/////」

 クリスタがくぐもった声と共に俺の腹に顔をぐりぐりと押し付け始める。
 …か、可愛い…。
 けどぐりぐりの威力がまあまああるせいで腹が割と痛い…。

「ク、クリスタ、腹をぐりぐりするな。割と痛い…」

「あ、ご、ごめんねっ!/////」

 俺の腹にダメージが行っている事に気付いたからか、クリスタは漸く俺に抱きつくのをやめ正面に立つ。
 …うん、綺麗な金髪に白い肌、可憐な顔を白いワンピースがさらに引き立てている。まさにベストマッチ。可愛い。

「…やっぱり良く似合ってる」

「/////あ、ありがとう/////」

 褒め言葉に少々顔を赤く染めながらそう言うクリスタ。
 そんなクリスタを微笑ましく思いつつ、この先の事に不安を感じる。
 …あとはアニだけなんだが…さっきの件のせいで非常に気まずい。
 変に緊張していると突如カーテンが開けられ、アニが出てきた。

「…/////」

 俺は目を見開く。
 アニの服装があまりにも似合いすぎていたからだ。
 何処にでも売っている白のシャツの上にファスナーを1/3程度締めた正反対である黒を基調とし袖口など所々を紫色で染色されたスウェットを身に付け、ブルーに染色されたジーンズを穿いている。
 そんな服装をしながらもアニ自身は手をスウェットのポケットに突っ込み、頬を赤く染めこちらから顔を逸らしている。
 …ギャップとその綺麗さでノックアウトしそうです…。

「…に、似合ってる…?/////」

「わーっ!すごい!カッコイイよ、アニ!」

「そ、そう/////」

 アニの格好に興奮し、似合っているの意味も込めてカッコイイというクリスタ。
 それを聞いてアニは照れたように頬をかく。

「そ、それで…ハチマン、あんたは…ど、どう思う?/////」

 頬をかき続けながらそう俺を名指しで訪ねるアニ。
 …よ、よし、覚悟を決めろ。正直に言えば問題ない。
 ガスターだってさっき、『”真心”は何時の時代でも真に相手の心に届くもの』って言ってたからなっ!

「そ、その…と、とっても似合ってるとおもいましゅ/////」

「…ありがと/////」

 くっそ…噛んじまった上に何か恥ずい/////

「…すまないのだが…」

「「「ひゃっ!(っ!?)」」」

 羞恥心で脳がいっぱいになっているとき、突然後ろから声をかけられる。
 それに驚き声をあげつつも振り返ると、そこには先の男性がいた。

「試着が終わったようなのでね…声をかけさせてもらった。
 さて、その品、全て買うというならば合計22銅貨で売らせていただこう」

「あ、ああ、分かった。22銅貨払おう」

 アニとクリスタが代金を払おうとする前に思考を切り替え男性に返事をし、代金を払う。
 22銅貨程度ならば訓練兵団時代から溜め続けていた俺の今持つ貯金で事足りる。

「…22銅貨、きっちりと。
 ではその衣服、そのまま着て帰るかね?」

「…どうする?アニ、クリスタ」

 俺が代金を払った所を見て何故か頬を赤く染め悶えている2人にそう尋ねる。
 …いや、本当になんで悶えてんだ?

「ハ、ハチマン…その前にこれ、ほんとにいいのかい…?/////」

「う、うん、そうだよ!/////」

 …何言ってんだか。

「はぁ、良くなかったらまず買ってねぇよ。
 俺がお前らに選んだ服だぞ?俺が買わなくて誰が買うって言うんだよ。
 …それに―――」

 ―――お前らの、その心底嬉しそうな表情を俺が望んでるんだから。

「…ありがと/////」

「うん/////ほんとにね/////」

 そう感謝の念を口にするアニとクリスタの顔を見て思わず笑みを零す。
 それほどまでに、俺は彼女たちがこんな笑みを浮かべていることが幸せだった。
 『これからも、その笑みをずっと浮かべていて欲しい』
 そう思うほどには。

 …さてと、話を戻そう。

「それで、服は着て帰るのか?」

 俺の質問にクリスタは難色を示す。

「流石にこの服装じゃあ馬には乗れないから…着替えようかな」

 そうクリスタと対象にアニは自分が着ていた服をまとめ始める。

「私はこの服装のまま帰るよ。動きやすいし、荷物にしても嵩張るからね」

 そう言って、俺が降ろしていたリュックの中に自分が着ていた服をしまうアニ。
 …いや、まあいいけどさ…勝手に俺のリュック使わないで?
 そう思いつつ、何時の間にか着替え終わっていたクリスタが持っているワンピースを受け取り、男性に一言言った後アニに続いてリュックの中にしまう。

「…さて、いくか」

「「うん(ああ、そうしようか)」」

 しまい終えリュックを背負うと、俺は2人に声をかける。
 2人が返事したのを見て、俺たちは店を出た。



 体内時計を見ると今は午後2時16分27秒頃。お昼時であった。
 …腹が減ってくるな…。
 そう思っていると、何処かから香ばしい匂いが漂ってきた。

「…香ばしい匂いがするね…」

「スンスン…ホントだ」

 アニとクリスタもそれに気付いたのか、そう口に出す。
 …本音を言えば、レイス家の息がかかった人間が何処にいるかも分からないこの状況で町に長居はしたくないからもうそろそろ帰ろうと思っていたが…『腹が減っては戦はできぬ』、腹ごしらえをしてから帰るのもアリか…。
 そう思い、2人に提案してみる。

「なあ、2人とも。本当はもうそろそろ帰ろうと思ってたんだが…よくよく考えれば腹もすいてくる時間だし、何か食べてから帰らないか?」

「あ、そうだね…確かにこの状況だし、そこまで長居はできないし…。
 最後にご飯を食べるって言うのはいいと思う」

「ああ、クリスタに同意見だよ。腹が減ってはなんとやら、って言うしね」

 俺の提案にそう返す2人。
 同意を得られたため、俺たちはこの香ばしい匂いを辿る事にした。

「この匂い…何の匂いなんだろうね」

「さあね…私にもわからない」

「…何かどっかで嗅いだ事があるような気がするんだよなぁ…」

 匂いが強くなる方向へ歩いていくと、俺たちは1つの店にたどり着いた。
 『オルブド区パン屋』…そのままだな。
 まあ、ストへス区の酒場も同じような名前だったし気にする事じゃあないか。
 店名にそんな感想を抱きつつ、店内へ入る。

「いらっしゃいませ~!」

 店の中はパンが入った籠であふれていた。
 この壁の中で多くの人に親しまれているロールパンを基本に細長く固いフランスパン、四角い鋳型で焼かれた食パンなどが籠の中にある。
 …流石はウォール・シーナの城壁都市、高級な品が店に並んでるな。
 そう思いつつ辿ってきた匂いを探そうと店内を見渡すと、1人の客が会計を終わらせ、近くの席でその品を食べようと移動しているのが視界に入った。
 その手には、既視感のあるものが握られている。

「ああ、なるほど…道理で嗅いだ事があるわけだ…。
 ホットドッグ、久しぶりに見た…」

 その客の手に握られていたのはパンにフランクフルトを始めとしたさまざまな具を挟んだサンドウィッチ、ホットドッグだった。
 ホットドッグ…ウォーターホットドッグを思い出す…。
 あれって結局食って意味がある代物なのだろうか…。
 『ウォーターソーセージ』で代用って書いてあるし、名前からして水のソーセージだから食ってもって感じがするが…。
 かつての記憶ゲームに思いを馳せていると、ふと手を引かれる。
 意識を戻しそちらを見ると、クリスタが俺の手を引いて不思議そうに見ていた。

「何かわかったの?ハチマン」

「ああ、匂いの元がどんなものか漸く分かった所だ。
 早速探してみようぜ」

 クリスタへの返答に2人が頷き、俺たちは店内を歩き、目的の品を探す。
 少々時間がかかるのではと思っていたが、目的の品は思いの外早く見つかった。
 何せ、それ―――フランクフルトサンドと名付けられていたホットドッグはレジ前に目玉商品として置かれていたのだから。

「これが匂いのもと…」

「…中々に美味しそうだね…」

「…よし、買うか。
 すみませーん」

 アニとクリスタの反応を見てこれを食べることに抵抗がないことを察すると、俺はこのフランクフルトサンドを3人分購入し、それぞれ1つずつ渡す。

「よし、店の外で食おうぜ」

「え?」

「…?」

「え?」

「「「…」」」

 …え?
 店内で食べるスペースがそこまで多くない点と食べ終わり次第すぐに移動できる点から外で立って食べようと声をかけると、クリスタの驚愕した反応が帰ってきた。
 それにアニは首を傾げ、俺は困惑し驚きの声をあげると、場になんとも言えない空気が流れる。
 …え、あ、そうか…クリスタは貴族のレイス家出身…食べ歩きをしたりしたことがないのか…。
 アニも基本的に休日は俺と鍛錬したり、寮で思う存分寝てたりしてるからよくわからない、と…。
 自分の中で納得し、その上で2人にいう。

「…いや、食ったらすぐ移動するから店の前で立って食べようぜ、って言ってるだけなんだが…」

「え、外でたべるの?」

「ああ、そんな風に食べたことないんだろうがな」

 困惑顔のクリスタにそういうと、今度はアニが声を上げた。

「まあ、いいんじゃあない?
 別に理に適ってないってわけじゃあないんだからさ」

 そうクリスタに説得しにかかるアニ。
 それに折れたのか、クリスタも「まあ、いっか」とアニと外に向かって歩いていく。
 俺もそれに続いて外に出て、店の壁に持たれながら手に持つホットドッグを見る。
 細長く柔らかいパンに挟まれた香ばしい匂いを漂わせるフランクフルト。
 非常に美味そうだ。

「…ジュルリ」

「へぇ…」

「…さて、いただきます」

 食材と化した動物と麦に敬意を払い、齧り付く。
 …嗚呼、久しく味わっていなかった味…美味い…。

「!!おいひぃ〜!」

「…美味しいね…」

 久しぶりの現代の食事を味わい胸が一杯になっていると、2人がそういうのが聞こえる。
 しかし、目の前のご馳走ホットドッグに夢中になっている俺にはただ聞こえるだけだ。
 一心不乱に齧り付き続け、舌鼓を打つ。
 そして、いつの間にか食べ終えてしまった。
 それに気づき満足感に浸っていると、両隣から声が聞こえてきた。

「ハ、ハチマンー?そろそろ帰ろっかー?」

「…はぁ…あんたが食べてすぐ帰るっていうからここで食べてたっていうのに…言った本人が動こうとしないでどうするのさ…」

 クリスタの心配と困惑が混じった声とアニの呆れたような声。
 それで我に返る。

「…あ、す、すまん…ちょっと美味すぎて…」

 そう苦笑いしつつ言うと2人は怒るどころか微笑ましいものを見るような目でこちらを見つつ、声を上げる。

「…フフ、ハチマンにも子供っぽいところあるんだね」クスクス

「フッ、ホントだね。まぁ、そんな所もいいトコだと思うけどね」

 …褒められてる…のか?
 そう思いつつ、何と返せば良いか分からず適当に返し、オルブド区をでて壁の前にある街に留めていた馬に乗る。

「…さて、帰るか」

「「うん!(ああ)」」

 ルドウイークに跨り2人が馬に乗った事を確認して、俺たちは調査兵団本部へと馬を走らせた。
 …そんな道中、ふとした時に馬上からアニが話しかけてきた。

「ねえ、ハチマン」

「ん、どした?」

「…今此処で、私がストヘス区で話したいっていった事、話して良い?」

「!」

 …俺がミケ分隊長に合流する為にストヘス区を発つ直前に言っていた『まだ言いたい事』を今ここで言っていいか、ってことだろうが…。
 正直、俺はアニが納得するならばどんな所でも言っていいと思っている。
 だが…なぜヒストリアがいるこの状況で話したいとアニは思っているのか…?
 そこに疑問が残る。
 故にそれについての質問をしようとしたとき、アニは問題無いとばかりに言った。

「ああ、ヒストリアがいることについては気にしなくていいよ。
 本人が聴きたいって言ってるし、それに私もその方がいいって気がしてるからね」

 どうやら本人も納得の上でのこの状況らしい。
 …ならば、問題は無いか。
 俺は『重力操作』の干渉範囲内に人の生体反応がない事を確認し、アニの話を聞くことに承諾する。
 すると、アニはこの壁内に来るまでの人生と”約束”について話し始めた。

「…私は、母親がエルディア人…この壁内人類と同じ人種と浮気して生まれたとかで生まれの親から隔離施設に捨てられた。
 そんな私を、似た様な理由で外国から施設に来た同じ人種の男が引き取り育てた。
 けど、その理由は同情や慈悲なんかじゃない。
 自分自身の生活を豊かにする為に、私に格闘術を身に付けさせて、自分たちの人種を隔離する国に尽くさせる為だった。
 男にとって私は、国に尽くす道具になれるかどうかの価値しかなかったのさ」

「…時が経って、私は男が望んだように強くなり、国に尽くす為の訓練を受けるようになり、男に今までしてきた『非情』を”二度とまともに歩けないほど痛めつける”ことで男に返した。
 けれど、鬱憤と虚無が私の心を支配する中で、男は”これなら武器が無くても敵を殺せる”とまるで私と反対に喜んだ。
 昔は虚無感と困惑で、理解できなかったけど…今思うと、当たり前だと思う。何せ、私が身に付けた格闘術の脅威を一番間近で受けて生き残ったのは男であり、それによって一番恩恵を受けるのはその男とその男が尽くさせようとした国だったから。
 だから…私は、自分の命を含め、全ての命が、価値観が、歴史が、あらゆるものが、無価値でどうでも良い物だって思ってた」

「「…」」

「けど…此処に来る前、その考えが変わった。
 此処に来る直前、男が膝をついて私に言ったんだ。
 『教えたことは全て間違っていた』と。
 そして…泣きながら懇願した。
 『国に尽くす事で得た地位も称号も、全て捨てていいから、帰ってきてくれ』と。
 男は…自分の事を私の父親だと思っていた。
 それを観て…私も、目の前の男が、私の父親だと、思ったんだ。
 …私には、帰りを待つ父親がいる。
 けど…私は、その約束すら捨てて、ここに居ることを選んでしまった。
 …それでも、私は―――」

「―――父親の元に帰りたい、そう思ったんだろ?」

「っ!…ああ」

 アニの話を思わず遮り、その先に紡がれる筈だった言葉を紡ぐ。
 それにアニは頷き、アニが話したかったことの真意が理解できた。

「アニ、俺にもアニと同じように、自分を含めたあらゆるものがどうでも良く思えた時期があった。それは、物心ついたときからお前みたいな状況だったからってわけじゃあない。
 自分自身の、血の通った親兄妹を含む周りの人間から虐げられていたからだ。
 けれど、そんな虚無が心を支配していたあるとき、俺は1つの物語を知った。
 『誰も死ななくていいやさしい物語』と題された物語。
 憎悪されるべき対象である1人の人物が、それを憎悪する姿形を含むあらゆるもののあり方が違う生き物たちと交流を深め、友に、仲間に、家族になる話。
 俺はな、それを知って…この生に、意味があるんじゃあないかって思えたんだ。
 今あるこの関係は無理でも…また新しく出来る関係は、この物語のように、優しくて平和な…真の平和主義者ルート自分自身の生を正しく肯定できるようなものにできるんじゃあないかって。
 だからこそ、今の俺がいる。
 それを求めて、生きる渇望俺自身がいる」

「…ウドガルド城で言ってた…」

「ああ、あの物語を知ったときにはもう既に手は尽くした後だった。
 その願望の果てに生まれたのが、虚無感だったのさ」

「…」

 ヒストリアの呟きにそう返し、下手すればヒストリアがそうなっていた事を危惧すると同時にどうにかそれが未然に回避できたことに喜びつつ、俺はアニに真に伝えたい事を話す。

「だから…分かるんだ、アニ。
 自分自身にとっての『本物』を…自分自身の選択で二度と手の届かないようにしてしまっても、それを求めようとする気持ちが」

「っ!」

「俺は…分かるからこそ、それを”悲劇そのまま”にしたくない。
 だから、俺は手を尽くそう。お前が父親に再び会えるように」

 俺はアニの方を見ず、自身が進む方向を真っ直ぐと見てそう言い切る。
 それに対してアニは「…ありがとう」と零し、俺たちはどうすればアニとその父親が再び会うことが出来るかどうか、今出来る限りの方法を模索しながら馬を走らせた。





    オマケ

 ハチマン、アニ、ヒストリアがオルブド区に出かけていたとき、実はとある人物が彼らのことを案じ、影ながら見守っていた。
 そう…

「…甘実水ねぇ…俺も買ってみるかな…」

 ハチマンの親友であるヒョウ・ギルデットである。
 彼は自分の『分身体』に自室の荷物とハチマンの荷物の纏めを任せ、こうしてハチマン達の安全を護る為にこの町に来ていたのだ。

(…移動するらしいな…やれやれ、中々の人ごみがあるっていうのに…追う側のしんどさはこういうところにあるんだろうなぁ…)

 早々気付く事のない事実に遠い目をしながら彼は3人を追いかける。
 人ごみに紛れながらも『学習者マナブモノ』の『生命探知』で3人の位置を把握しつつ、『傍観者ミマモルモノ』の『空間支配』と『千里眼』で襲撃者がいないかを警戒し、漸く人ごみを出た。
 現代前世では用事がない限り早々家から出ないインドア派だったが故に人ごみによってしまった彼が目にしたのは3人が服屋に入っていく姿。
 『生命探知』でそこには店長らしき人物がたった1人いるだけなので警戒する必要は無いだろうと考え、彼は人ごみの酔いを醒まそうと路地裏に移動する。

「…はあ…はあ…う…気持ち悪い…」

 そんな調子でも『学習者マナブモノ』と『傍観者ミマモルモノ』による3人の監視と警戒を行い、漸く酔いが収まってきた頃、後ろから声を掛けられた。

「…あなた、大丈夫かしら?」

「っ!」

 慌てて後ろを振り向く。
 するとそこにはこの場には似つかわしくない、青白い輝きを放つ漆黒のサマードレスを身に付け、星空のような艶と色を持つ髪の女性が立っていた。
 彼は驚く。
 その美貌ではなく、何時の間にか背後にいたという事実に。
 『生命感知』を3人の周囲に焦点を当てる形で発動させていたが故にこちらにまで感知を入れる余裕がなかったとはいえ、3年間の兵士としての訓練と転生したてからイエーガー家に到るまでの年月で養った野生の勘で大体の気配は察知できるようになっていた。
 それだというのに自分の背後まで近づかれ、尚且つ声を掛けられるまで気づかなかったというその事実に彼は驚いていたのだ。

「…三木氷華くん、何をそこまで驚いているのかしら?
 この世にアナタを超える人は、数え切れないほどにいるという事を一番理解しているのはアナタ自身でしょう?」

「っ…なぜ、貴女は私の前世の名を知っている」

 女性の言葉に咄嗟にハチマンお手製の骨の片手剣を抜き問う彼。
 そんな彼の様子に女性は心底楽しそうに笑い、言う。

「ふふふ、そうねぇ…『私がアナタの転生に関わっているから』、ね」

「なっ…!」

 彼はその事実に驚いた。
 薄々考えてはいたのだ。
 もしかしたら、『この転生は偶発的なものではなく、誰かの手によって引き起こされたものではないか』、と。
 もし完全な偶発的なものである場合、なぜ彼が所有者の心を象る『特異能力ユニークスキル』を…『創造とAUの守護者インク!サンズ』を使いこなせないのかという疑問が残る。
 しかし、そこに何らかの意思が介入していたのならば、適性はあれど使いこなす事が難しい『特異能力ユニークスキル』をもっていることに説明がつく。
 故に、この転生については疑問視していたのである。
 それが考えていた通りだと知れば、彼でも驚くだろう。

「大丈夫、安心して。私はアナタに危害を加えるつもりは一切ないわ。
 アナタに1つ、助言を与えようとここにきたのよ」

「…助言、とは?」

 驚愕した様子の彼に女性は安心させるかのように助言に来た、と言う。
 その『助言』という単語に疑問に思い、その意味を問うと、彼にとって…否、調査兵団や壁内人類…下手をすれば壁外人類にとっても重要な言葉が返ってきた。

「『異形の巨人』、その存在についてよ」

「はぁっ!?」

「氷華、アナタは『異形の巨人』について全てを知る権利があるわ。
 けれど…今のままではその真実にたどり着く事ができなかった。
 あまりにもその道がか細すぎたのよ。
 だから、その道を舗装し歩む事が出来るようにする為、今此処に私は姿を現した」

 そういい、女性は路地裏を奥へと進み始めた。

「あ、ちょ、オイ!」

「ついてきなさい。あの3人なら大丈夫よ。私の眷属しもべがついているのだから」

 その言葉に困惑しつつ、後ろ髪を引かれながらも彼は女性に続く事にした。
 女性の後を追い路地裏を進むと女性は1つの扉を開け、中に入っていく。
 彼もそれに続こうとした時、ふとその扉の上に看板があるのが見えた。
 ”リムズ・ライト”、『縁の輝き』。
 彼はその単語に何か不思議なものを感じながらも、扉の中へと入った。

「ちょっとまって頂戴」

 扉の先は不思議な空間だった。
 鉄刀木タガヤサンであろうか、明茶色の落ち着くような何かを感じさせる木製の壁。
 数ある棚にはスクロールや小瓶、本、タリスマンなどの御守、果てにはカメオや仮面などが置かれている。
 部屋の最奥には黒檀製であろう黒色の机と椅子があった。
 女性は部屋の中を見渡す彼に一言声を掛け、その最奥にある机に引き出しから1冊の本を取り出す。

「氷華、これを」

「…」

 彼は女性から渡された本を興味深く見つめながら、それを自身の身に付けているポーチに入れる。それと同時に懐から財布を出した。

「…この本、幾らです?流石に無料タダというわけにはいかないでしょう?」

「…ふふ…アナタ、思いのほか紳士なのね。
 正直この程度、棚においてある商品と比べれば何ら無価値なものなのだけれど…それでも払うというなら、銀貨3枚よ」

 笑いながらそう言う女性の言葉に、彼は財布から銀貨を3枚取り出し手渡す。

「…本当に払うのね…。
 いいわ、そのあり方に1つサービスしましょう」

 彼が銀貨を払う姿を見て呆れたように言葉を零したあと、女性はその行動を讃えるかのようにそう言い、棚にある商品を3つほど取る。
 それと同時に、何処からともなく音楽が流れ始めた。

(…あれ、何かこの曲聞き覚えが―――
って!)

<PEPSIMAN!

「ペプシマンじゃねぇかッ!」

 ドラムから始まりベースリフが続いた後、突然流れるペプシマンの一言。
 彼はこの曲を知っていた。
 …というか、彼の中では『閃光』と同じようにネタと神曲の両方を兼ね備えた稀に見る良曲だと判断されていた。
 まあ、今回の場合は明らかなネタであったが。
 何せ彼の目の前には…『PEPSIMAN!』という言葉とともにこちらに『モンスターエナジー』を見せ付けてくる女性がいたのだから。

「…オイ、嘘だろ、マジかよ」

「あら、氷華、何故突然イーサンと同じ驚き方をするのかしら?」

「オイ、嘘だろ、マジかよ!」

「バリエーションが増えたわね」

 ”かければ死体でも蘇る”とも”魔材”とも表される『モンスターエナジー』を突然見せられ困惑した彼に女性は更なる追い討ちを掛ける。
 どうやら女性は彼と同じ趣味の持ち主らしい。

「…『ファミパン』」

「『お前も家族だ』」

「…『吐き気を催す邪悪とは』」

「『なにも知らぬ無知なる者を利用する事だ。自分の利益だけのために利用する事だ』」

「まさかの趣味が同じ」

 彼は白目を剥いて驚く。
 女性はそんな彼に話を戻すかのように手に持つ『モンスターエナジー』を3本渡す。

「そのことについては置いておきましょう。
 とりあえず…コレを受け取りなさいな」

「…モンエナだなぁ…別名"魔材"」

 受け取った緑色の缶を見て遠い目をする彼。
 その目は呆れにも似たものが大部分を占めていたが、その中には懐かしさも含められていた。
 女性は言う。

「『モンスターエナジー』、死人をも蘇らせる究極の飲料水。
 本当に危険な時に飲むかかけると良いわ。
 効果は抜群だから」

 見た目はあくまで見た目、と付けたし、女性は最奥の椅子に座る。
 それをみて、彼女の用は終わった、と理解した彼はつい先ほど入ってきた扉へと近づき、そのドアノブを捻る。
 丁度その時、最奥にいる女性の声が耳に入った。

「汝の魂の先に幸が在らん事を。そして運命を辿り、希う楽園テュライムを掴まん事を」

 その言葉を聞いて何を思ったのだろうか。
 彼は笑みを浮かべ、その先へと歩いていった。



 外に出て、路地裏を抜ける。
 『学習者マナブモノ』と『傍観者ミマモルモノ』を発動させ、3人の居所を探ると、3人は今丁度オルブド区を出る所であった。
 どうやらそれまで襲撃には合わなかったらしい。

(…本当に不安は杞憂だったらしいな…)

 そう思いつつ、彼もオルブド区を出て自身の愛馬”エポナ”に跨り、先ほどまでとは逆に今度は3人よりも早く調査兵団本部へと帰るべく、エポナを走らせた。







 
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