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第七十三話 【カンピオーネ編】

 
前書き
今回からカンピオーネ!編です。
しばらく主人公不在です。そしてこの章は今までとは違い三人称になります。 

 
城楠高校一年六組に在籍する坂上紫(さかがみゆかり)の周りからの評価は、残念な美人である。

容姿端麗な彼女は告白される事もしばしばある。

サッカー部のキャプテンや野球部のエース、さらには学校内イケメンランキングで一桁に入っていそうな美男子が次々に告白してこようが、一向に首を縦に振る事はなかった。

別にユカリが恋愛と言うものに興味が無い訳ではない。

むしろ大いに有ると言って良いかもしれない。

しかし、ユカリにはどうしても譲れない唯一つの条件があった。

今まで告白してきた男子のその全てがその条件を満たしていなかっただけ。

だが、普通の高校生にユカリの出す条件を満たす事など不可能だろう。

なぜなら…

「私は今すぐにでも子供が欲しいの。あなたに私と子供を養うだけの生活基盤はあるの?」

これが最近の告白に対するユカリの返事である。

この発言が浸透した結果、ユカリは残念な美人の称号を獲得したのだ。

子供の恋愛なんて未来を考えないその時だけのもの。

好きだとか、ただ一緒に居られればとか、そんな物では子供を育てる事は出来ない。

高校生の彼らがしっかりとした生活基盤が出来るまであと何年かかるだろうか。

高校が3年。大学進学で4年。さらに就職し、安定を得るまで数年。

およそ10年と言った所だろうか。

ユカリはそんなに待つつもりは無いのだ。

坂上紫(さかがみゆかり)は今すぐにでも子供が欲しいのだから。







高校に入学して二ヶ月がたった。

わずらわしい告白に辟易する事もしばしばあったが、最近はそれもどうやら落ち着いたらしく、平穏な学生生活を過ごしていたユカリだったが、ここに来て嫌な感じの物が学校に持ち込まれている事に気がついた。

それの持ち主は入学当初からそのオーラの強さから密かに注視していた人物だった。

草薙護堂(くさなぎごどう)

この春入学した男子生徒で、彼の纏うオーラの鮮烈さは名状しがたい物がある。

再び地球に生まれついて15年。

自分でもこの世界のことをいろいろ探ってみたが、御神の家や、海鳴と言う名の街が存在しない事などを確認した後、自分達がいた地球では無いのではないか?と判断し、後の考察は自分の息子に任せようと、保留して今に至る。

その間も超常のあれこれとは無縁に暮らしてきたので、そう言った物は存在しないのではと思ってきたのだが…

それが覆されたのが前述の草薙護堂だ。

とは言え、特に彼とは接点も無く向こうはこちらに気がつかないので特に問題なく暮らしていたのだが…今日、廊下ですれ違った草薙護堂の胸の辺りから漂う強烈なオーラを感じたのだ。

直ぐに『凝』で見てみれば、胸ポケットの辺りに蛇のような形をしたオーラがとぐろを巻くかのように絡み付いている。

それは禍々しく強烈でおそらく何かの念具で有ろうと推察したユカリは、どうするべきかと一瞬考えたが、接点も無いと不干渉を決める。

しかし、主人公(アオ)不在でも騒動は付いて回り、この後ユカリは神と遭遇することになる。


その日の帰り道、何かに惹きつけられるかのように見上げた先に人影のような物が見える。

距離はおよそ300メートルくらいであろうか。

何だ?とユカリは思案し、『凝』を使い視力を強化すると、ビルの屋上の縁に猫のような耳のついたフードをかぶった銀髪の少女が重力など感じないかのように不自然に立っていた。

その異様さに彼女は只者では無いと感じた瞬間、その少女はこちらに視線をよこした。

視線が交差する。

ゾクっ

ヤバイっ!と思った次の瞬間には少女は体重すら感じないような軽やかさでビルを蹴り、こちらへと跳躍し、音も無くユカリの眼前に着地する。

「いま(わらわ)を見ていたのはそなたよな。人の身で神である妾を認識するとは、そなたは魔術師かはたまた魔女か」

神と、目の前の少女は言っただろうか。

かろやかなソプラノの美声で歌うように発せられた言葉。その言葉に念が込められている事を感じユカリはすぐさまオーラを纏い受け流した。

彼女から発せられるオーラは強烈で、気を抜けば一瞬のうちに飲み込まれてしまうような錯覚すら覚える。

「あなたは何?」

これほどの強烈なオーラを発する存在を人のカテゴリーに当てはめて良いのか。

そんな直感によって出された言葉が「(なに)」だった。

「おかしな事を聞く。そなたは魔術師か魔女の類であろう。ならば妾の事を知っているは道理よな?」

質問を質問でかえされた。

「残念だけど、私は魔術師でも魔女でも無いわ。だからあなたの事を知らないの」

ユカリの言葉に少女はほんの少し怪訝そうな表情を浮かべた後に言う。

「そうか…ならば名乗ろう。妾はアテナの名を所有する神である」

アテナと名乗った少女。その言葉に一瞬考え込むユカリ。

アテナ。

ギリシャ神話の軍神であり勝利の女神である。

そんな事は特にその道に詳しくないユカリでも知っている名前であった。

「まさか本当に神様だというの?」

「そう申しておるよな」

彼女の声には当たり前だと言う感じの声色が混じっていた。

「さて人の子よ。神である妾が問う。おぬしは《蛇》が何処にあるか知っているか?」

「へび…」

とユカリは口に出し思案し、そして思い至ってしまった。

「ほう、知っておるのか」

彼女の言葉から発生するプレッシャーが増大する。

彼女の言う《蛇》とは、草薙護堂の胸ポケットに納まっていた物だ。

ユカリはその物を見たわけではないが、手のひら大の大きさのメダルで、その中に神秘を内包した神具である。

その名前をゴルゴネイオンと言う。

もしこの時、アテナから発せられた言葉が『ゴルゴネイオン』であったなら、きっとユカリは思い至らなかった。

しかし、アテナが口にしたのは蛇。

奇しくも今日草薙護堂の胸のうちでとぐろを巻く蛇を見てしまった後であった。

「知っておるなら申せ。妾が求めるはゴルゴネイオン。その証左によればおぬしを見逃してやろうよな。しかし…もし口をつぐもうものなら、安らかなる死を与えよう」

自分が圧倒的な優位なものと確信しているからこその物言いだった。

ユカリは大きく息を吐くと、目の前のアテナを見つめ返す。

「…別に教えてもいいのだけれど」

とユカリは前置きしてから問いかける。

「その蛇?を手に入れてあなたはどうするの?」

「妾は蛇を手に入れ古の三位一体の女神としてこの世界に現れるであろう。それこそが妾の望みなれば」

「………」

「………」

「え?それだけ?えーっと…なんかニュアンス的に本当の姿を取り戻すとか、第二形態に変身するとかそんな感じ?」

「そうであるな」

「本当にそれだけ?」

「むっ…そう言われると何かしてみたくなるものよな。…ふむ、三位一体の女神に戻った暁にはこの醜く歪んだ人間の社会に死をくれてやるのもやぶさかではないな」

その言葉を聞いたユカリは少し思案し、言葉を発する。

「……あなたには醜く歪んでいるように見える人間社会でも今の時代は数々の娯楽に溢れているのに」

「娯楽とな?」

例えば?と女神は問いかけた。

「食は人間の最大の欲求ではあるのだけれど、同時にこの上ない娯楽よ。美味しい物を食べれば自然と表情が崩れるものだし、きっとあなたのその険しい顔も緩むと思うわよ」

「食べ物なぞ自然の恵みのみでよかろうものよな」

「あなたは本当に美味しい物を食べた事が無いのよ。人類の研鑽の上に生み出される料理の数々は口にすれば至福の時間を味わえると言うのに」

食べた事が無いのなら今度私がご馳走するわとユカリ。

「ふむ、少し興味が湧いてくる提案はあるが、やはりこの夜を恐れぬ人間の愚か振りには神罰を下さねばならぬと思うゆえな」

だからゴルゴネイオンの所在を教えろとアテナが言う。

しかし、ユカリは口を閉ざす。

「教えぬか…ならば仕方ない。神の力を示した上でもう一度問う事にしよう」

そう口にしたアテナの背後からまだ夕方だというのに闇が広がった。

人口の明かりはことごとく飲み込まれ、辺りを闇が支配する。

それはアテナが行使した超常の力だった。

「ちょっ、ちょっとっ!こんな街中でなんて事をしているのよっ!」

神は神ゆえに人間の都合などは考えない。

「なに、人払いは済んである」

そう言えばまだ夕暮れ時だというのに人の気配が無い。

「抵抗するのなら全力でかかってくるがよいぞ。蝶の羽をもぐようにかわいがってやろうよな」

実力行使に出たアテナにユカリも覚悟を決めた。

「……すさまじいオーラね。戦えばきっと10回に8回は負けそうだわ」

アテナを見れば何処からとも無くフクロウが次から次へと現れる所だった。

「そなたの言を聞くに残りの2回は勝てると言っていようよな。神を前にして不遜なことよ」

「ええ、そうよ。私の息子なら8回は勝てるでしょうね」

8回は勝てると言われたアオだが、実際に神と戦えといわれれば、おそらくその勝率は極端に低くなるだろうと言わざるを得ない。

それほどまでに神と人とは隔絶しているのである。

とは言え、『必殺の一撃は初撃で』をモットーにしているアオなら、油断している神ならば確かにそのくらいの勝率にもなるかもしれないが…

「そなたに息子がおるのか?」

「その問いにはまだいないと答えるわ。でも生まれる私の子は最強よ?」

「未来を見たような事を…面白き事を言う人間よな」

「だけど、あなたから逃げ切るだけならば多分10回中9回は逃げ切れるわ」

「ほぉ…ならば試してみるが良い」

「ええ」

戦っても勝てる見込みが低いと見るやユカリは逃げに転じる。

予備動作も無くユカリの足元に一瞬魔法陣が展開されたと思った次の瞬間、ユカリの姿は消えていた。

突撃の合図を待つフクロウは所在なく鳴き声をあげる。

「これは……」

コツコツと今までユカリが居た場所まで歩を進めるアテナ。

「気配が完全に消えている。…智慧の女神たる妾をしても分からぬとは…ふふふっ…やってくれる」

完全に逃げ切られた事を悟ってアテナは闇とフクロウを消し去った。

「まずはゴルゴネイオンを探し、しかる後に彼女には再戦を叩きつける他はない」

そう決意したアテナはそう言えばと気がついた。

「名を聞いてなかったか。妾がただの人間に興味を持つなど、いかほどぶりだろうか」

まあいい。

「すぐに妾は三位一体の女神となり汝の前に現れよう」

誰も聞いている者の居ないそれはアテナの再戦への宣戦布告だった。



さて、アテナの前から忽然と姿を消したユカリが今何処に居るかと言えば…実は一歩も動いていなかったりもする。

「ありがとう、レーヴェ」

『問題ありません』

ユカリが感謝の意を言葉に出すと、彼女の胸元から返事が返ってきた。

外装は紫色をしたクリスタル。それをチェーンにくくりつけ、首から提げている。

彼女のデバイス、レーヴェである。

そんな彼が彼女の意を汲んであの一瞬で行使した魔法。

それは封時結界の魔法だった。

展開されたそれはユカリを結界内に取り込むと、それ以外をはじき出した。

つまり、空間をずらしたユカリは一歩も動かずしてアテナから逃げおおせたのである。

しかし、これも一種の賭けであった事は否定できない。

オーラを行使しているように見えたアテナだが、魔導師としての技術も持ち合わせていたら、おそらくこの結界内に割り込んできた事だろう。

それが無いという事はひとまずは安心か。

「とりあえず結界を家の方まで伸ばして、結界内で帰ろうか」

『了解しました』

「それにしても彼女、やばかったわ」

『そんなにですか?』

「ええ。蛇を探してるって言ってたけど、多分今日見たアレよね」

『心当たりがあるのですか?』

「まぁね、草薙護堂。ウチの学校で一際オーラの激しい人物よ。武道の心得があるようには見えなかったけれど…」

とは言え、ユカリには護堂に連絡を取る術が無い。

「……明日、無事に彼が登校してきたら、それとなく注意するしかないわね」

その後の方針を決め、結界内を帰路に着いた。


住宅街にある古めかしいこじんまりとした一軒屋。

ここがユカリの家だ。

坂上紫は現在都内で1人暮らしをしている。

両親はユカリが小学校の頃に交通事故で他界している。

彼女が生きてきた時間は既に膨大で有り、両親が残してくれたお金で大学を卒業するくらいはあったために1人暮らしをはじめた。

その時に家の権利やらなにやらと持っていこうとした親族とのイザコザを両親の知り合いだという高齢の男性が取り持ち、押さえ込んでくれた。

中々男気溢れる男性で、高齢でなかったら是非ともお付き合いしたいほどの人だったが、すでにユカリと同じくらいの年の孫までいるという。

そんな彼とは正月に年賀状を出すくらいの付き合いは続けている。

そう言えば彼の苗字も草薙だったな…などと、ふとした事でユカリは思い出した。


そんな感じなので当然、誰も出迎えない。

ひんやりとしたドアノブに手を掛け、家の中に入る。

今日は中々に面倒ごとに立ち会う一日だった。

面倒ごとが現在進行形で起こっている気がする。

まだ気を抜けそうに無かったが、そろそろ夕飯時だ。

今日はもう外出するのもおっくうなので、冷蔵庫の中身と相談して今日のメニューを考えるとしよう。

とは言っても、1人暮らしであり、1人分の夕食を作るというのは凄く寂しい物なのではあるが…

やはり、ご飯は誰かと一緒に食べるのが楽しくていい。

夕飯を作り終え、未来の息子に気持ちを馳せた時、いきなりブレーカーが落ちた。

ブレーカーが落ちるほど電気は使ってなかったはず。

闇に目が慣れるのを待って窓際に移動すると、あたり一面停電をしていた。

停電であるだけならばいい。

しかし、少し離れた所に見えるはずの国道はいつもならばひっきりなしに車が通り、そのヘッドライトで照らされているはずなのだが、奇妙なことにエンジン音すらしないのは一体どう言ったことだろうか?

いや、待て。

これと似たようなことを自分はついさっき経験したのではないか。

いつの間にか街を多数の…それこそムクドリか蝙蝠かと言うほどの勢いでフクロウが飛んでいる。

「アテナ…」

ユカリのその呟きに反応するかのように一斉にフクロウの視線がこちらに向いた。

や、ヤバイっ!

ガシャーンっ

一瞬後、窓ガラスを割り、大量のフクロウが家に侵入してきた。

「くっ…」

たまらず逃げ回り、玄関を突き破り外に出る。

外の方が危険とは分かっているが、家の中にいれば押しつぶされるだけだっただろう。

「ほう、そこにいたか」

その声にユカリが振り向くとそこには銀髪の女性が立っていた。

その外見は成長しているがどことなく夕方の少女の面影がある。

彼女が成長したらまさしく手前の女性になるのではないだろうか。

「アテナ…」

「そうだ。もう一度名乗ろう。(わらわ)はアテナ。三位一体の女神、まつろわぬアテナである」




時は少しさかのぼる。

アテナはユカリを逃がした後、ゴルゴネイオンを探してさすらっていた。

途中、ゴルゴネイオンを持っていたと思われるカンピオーネ、草薙護堂に接触。

これを死の言霊を持って打ち破った。

カンピオーネ。

それは神殺しに成功したものに送る称号である。

アテナのような神話世界から現世へと現れた神の多くが神話のくびきから外れ勝手気ままに行動し、人類に数々の厄災を振りまいてきた。

魔術師や見識の深い人達はそんな彼らの事を「まつろわぬ神」と呼ぶ。

神話に従わない故に。

彼らはたとえ魔術師が束になったとしても打ち滅ぼす事はできない。

人類では対抗しえない彼らだが、ごく稀にいろんな偶然が重なり神を打倒してしまうものが現れる。

神を弑逆したものは神の権能の一部をその身に宿し、強大な呪力を身につける。

そんな神殺しに成功した者にも人類はその能力ゆえに対抗する事はできず、畏怖を持って魔術師達は(こうべ)を下げる。

彼らの呼び名は魔王や羅刹王、チャンピオンなど国により呼び方は多々あるが、一番広く知れ渡っているのはカンピオーネであろう。

草薙護堂はその、神を打ち倒し、カンピオーネになった人物であった。

とは言え、護堂はアテナに不意をつかれ打倒され、阻む物をなくしたアテナは終にゴルゴネイオンを得る。

本来ならばアテナはこの後に死よりよみがえったカンピオーネである草薙護堂との再戦により深手を負い、日本を去るはずだった…しかし…

「ふはは、ついに(わらわ)は三位一体である古の女神に戻った。この力を持てかの女を探し出し、再戦するのも一興よな」

アテナの目の前にはゴルゴネイオンを草薙護堂から託された媛巫女の少女、万里谷祐理(まりやゆり)がアテナの死の呪詛に耐え、護堂の権能の一つである「ピンチの仲間の呼ぶ声を聞きつけ風のように駆けつける能力」と言う何処のヒーローだという感じの力を駆使して離れた場所から呼んで貰う手はずだった。

しかし、物語は歪む。

坂上紫が存在するが故に。

アテナは虫けらの如き人間など眼中に無いかのごとく万里谷を無視し、次の目標であるユカリの探索におもむいたのである。

本来であればアテナのなんとも無い呟きに万里谷が胆力を奮い立たせ、護堂を呼ぶはずであった。

しかし、まつろわぬ神に直訴しようとしていた万里谷は目の前からアテナが去った事により脱力し、うずくまる。

護堂から託された役目を果たせなかった彼女だが、強大な女神を前に発言できなかった彼女を誰が責めようか。

そんな彼女に駆け寄る男性がある。

よれよれのスーツにぼさぼさの髪の毛をどうにか後ろで一本にくくりつけた無精ひげを生やした男性だ。

「甘粕さん…」

甘粕冬馬(あまかすとうま)

日本で起こった怪力乱心、神々や魔術師がらみの事件が起きたときに駆けつけ、解決に助力する正史編纂委員会のエージェントであった。

甘粕自身は国家公務員やサラリーマンみたいなものだと言っていそうだが…

「アテナは逃げてしまいましたね」

「はい…しかし、最後に彼女が呟いた言葉が気になります」

「なんと言ってましたか?」

「かの女を探し出し、再戦するのも一興…と」

男はそれを聞いても特別険しい表情をせず、少し困った表情を取っただけだった。

「つまりあの女神を打ち負かした女性がいるという事ですな。そんな事が出来るのは草薙さんと同じカンピオーネ以外居ないはずですが…現存する女性のカンピオーネは羅濠教主(らごうきょうしゅ)とアイーシャ夫人のみ…アイーシャ夫人は百年に及ぶ引き篭りの最中ですから残るは羅濠教主となるのでしょうが…」

なにやら甘粕は懐から携帯を取り出し、どこかへ電話をし始めた。

少ない情報では有るが、それを自分の上司に連絡し、指示を得るために。

こうしてアテナは夜の闇にフクロウを放ち、ユカリの捜索を始めたのだった。




ユカリの目の前には大量のフクロウを携えたアテナが立ちはだかっている。

「まつろわぬ?」

まつろわぬとは一体どう言った意味の日本語だろうか。

しかし、今はそれを考えている時ではないだろう。

(わらわ)はそなたとの戦いを望む。この申し出を受けず、またそなたが逃げおおせると言うのであれば一つ一つこの国の街を破壊していく事としよう」

おそらく神たる身のアテナにしたら人間の築いた街など塵あくたのようなものなのだろう。

「脅しってわけね。私がそれに頷かず、無辜の民を見捨てて逃げたらどうなるのかしら?」

「その時はこの国に留まらずこの世界を破壊してみせよう。そんな事をすれば神殺しが駆けつけてくるやも知れぬが…何、全てを返り討ちにすれば良いだけの事」

「まったく…人間一人にそこまでするかしら、普通」

悪態をついてユカリは覚悟を決めた。

「まつろわぬ神を人間の尺度で測るのが愚かと言う物よな」

ユカリは胸元からレーヴェを取り出し、空へと掲げる。

「レーヴェ、お願い」

『スタンバイレディ・セットアップ』

一瞬の発光の後ユカリの服装は黒い龍鱗の甲冑に変化していた。

「それがおぬしの戦装束か。なかなかに豪奢なものよの」

見た目はアオのバリアジャケットを黒くした感じだろうか。

両の籠手は少し盛り上がり、そこに装填数3発のリボルバー式のカートリッジシステムが搭載されている。

片手て3発、両手で計6発の計算だ。

両手には彼女の念能力である左右一対の日本刀、ツーヘッドドラゴンが握られている。

バリアジャケットを展開し、武器を具現化させた後、ユカリの足元に魔法陣が現れたかと思うと、黒く染まった景色を塗り替えた。

周りの建造物への配慮からユカリが封時結界を発動したのだ。

その結界はアテナのみを飲み込み、周りのフクロウは置いてくる。

「ほう…どうやったのかは分からぬが、空間を閉じたか。これがおぬしが妾の前から逃げおおせた技よな。ここに至っても妾にはこの技がいかなる魔術でもって隔たれたのかも分からぬ。呪力を行使した感じもしなかったゆえ、もしや魔術では無いのかも知れぬな」

「それに対してはノーコメントで。未知は最大の恐怖にて自分の有利だからね」

「それは道理よな」

ユカリが武器を構えるのを見てアテナも虚空から漆黒の大鎌を取り出して構える。

「出来ればルールのある立会いを望みたいのだけれど…」

「ふむ…妾は不死の女神ゆえ、例え死しても蘇る。なれば、妾を一度殺す事が出来れば妾は負けを認めよう。神を打倒した褒美にそなたの言う事を一つ聞いてやるとしよう」

「不死…か。流石神様と言うことかしら」

ユカリは身の内にあるオーラを噴出させ、防御力を上げる。

『堅』だ。

「ほう、なかなかの呪力のほとばしりよな」

アテナも油断無く大鎌を構える。

「息子に言わせると、大敵に出会って高揚するこの気持ちは分かりたくない物なのだそうだけれど、私は何度生まれ変わっても根っこの部分は武人なのよね。難敵に会っては自身の技が通じるか試したいと何処かで思っている」

「ほお、神の前に恐れずして掛かってくるか」

それが戦闘開始の合図であった。

両者は同時に地面を蹴って駆ける。

まず、最初に攻撃をしたのは振り幅の少ないユカリの方だった。

左に持った風竜刀で切りつける。

アテナはすかさず大鎌で受ける。

しかし、風竜刀の攻撃はこれで終わらない。

風竜刀によって切り裂かれた空気が鎌鼬(かまいたち)となってアテナを襲う。

その鎌鼬はアテナを切り裂くはずだった。…しかし。

鎌鼬はアテナに当たる寸前にそよ風と成り吹き抜けた。

アテナは細い腕からは考え付かないような力でユカリの刀を打ち払った。

打ち払われ後ろに飛ばされたユカリはすぐに地面を蹴ってアテナに駆ける。

『御神流・虎乱』

ユカリが放った二連撃はやはりアテナに事も無げに打ち払われる。

行使したはずの風竜刀と水竜刀での風と水による斬撃は、アテナに届く頃にはどちらも唯のオーラに戻されていた。

「神や神殺しには呪力に対する耐性が有るゆえな、そのような攻撃は神たる妾には通じぬ」

「くっ…」

その問答のうちも何合も斬りあうユカリとアテナ。

互いの技量が高い事もあり、両者とも相手の体を切りつける事は敵わない。

もうしばらく打ち合えば防御の癖などを見抜き『貫』を使えるようになるかもしれないが、まだ相手の隙をつけるような癖を見出せない。

さらに呪力への耐性。

それはつまり、ツーヘッドドラゴンによる付加攻撃の一切が通じないかもしれないということだ。

もしかしたら使うエネルギーが一緒の忍術も通用しないのかもしれない。

アテナの攻撃が鋭さを増し、地上での不利を悟ったユカリは一度アテナの大鎌を大きく弾き上げ、その隙に距離を開けると地面を蹴り飛び上がる。

『フライヤーフィン』

レーヴェの援護でユカリの肩甲骨の辺りから下方に四枚の翅が現れ、その翅を自在に操りユカリは飛翔する。

「ほう、そなたには驚かされることばかりよな。魔女ですら空を自在に飛ぶ事はまかりならぬと言うのに」

そう言うアテナの背中から猛禽の羽が現れ地面を蹴ると彼女も飛翔した。

空に上がった両者の対決は第二ラウンドへと移行する。

アテナの背後に闇が広がり、そこから無数のフクロウが現れ、ユカリへと襲い掛かる。

「レーヴェっ!」

『アクセルシューター』

瞬時に足元に魔法陣が現れると8個の

己のオーラの攻撃を弱めるアテナに、ユカリは今度は純粋魔力での攻撃に切り替える。

ユカリの操るシューターはフクロウを蹴散らし、数を減らしながらもアテナに迫る。

しかしこれをアテナは大鎌を振るって切り裂こうとするが…油断もあっただろう。ぶつかった瞬間、意外にも重たいそのスフィアの予想外の威力にその大鎌を振りぬく事が出来ないで居た。

「むっ!?」

その間にいくつかのシューターがアテナに襲い掛かる。

ドドドーン。

「くっ…」

衝撃に揺らぎ、落下するも直ぐに持ち直し飛翔するアテナ。

着弾はしたものの、アテナはダメージらしいダメージを負ってはいない。

神はよほど頑丈なようだ。

しかし、今の攻撃で重要な事がわかった事も事実だ。

アテナに魔導(魔法)をキャンセルする能力は無い。

つまり、与えるダメージは低いかもしれないが、魔導ならばダメージを与える事が可能なようだ。

それを悟った瞬間両手のツーヘッドドラゴンを消すと、代わりに二丁の銃剣が現れた。

その形は短剣の刀身に柄の部分は緩やかに沿っていおり、柄にはチャンバー式のカートリッジ。

装填数は各6発の計12発。

『ロードカートリッジ』

弾丸がチャンバーから押し出され、薬きょうが排出し、魔力が充填される。

ユカリはアテナに狙いをつけると、両手のガンブレイドについている引き金を引く。

魔力による銃撃に硝煙などは無く、クリアな視界でアテナを捉え続ける。

被弾するアテナはダメージ事態はさほど無いが、だんだん劣勢に追い込まれる。

被弾する銃弾がことごとくアテナの飛行を邪魔をするからだ。

しかし、神たるアテナが人間相手に劣勢で終わるわけは無い。

アテナの瞳が怪しく光る。

ゾゾっ!

ユカリは悪寒を感じ、攻撃を中止し身を捻った。

しかし、少し遅かったようだ。

ユカリの体にアテナの呪力が絡みつき、見る見るうちに石化していく。

ユカリはオーラを爆発させてその進行を阻み、呪力を振り払ったが、すでに左手と下半身は全て石化してしまっている。

右手と上半身、それと飛行魔法がキャンセルされて無いのは僥倖か。

アテナがゆっくりと上昇してくる。

「妾は三位一体の女神、アテナであると同時にメドューサでもある故な」

なるほど、とユカリは思った。

彼女が何ゆえメドューサと同体なのかはユカリには分からない。

しかし、その有名な逸話は知っている。

見たものを石化させる力を持つ蛇の怪物だ。

「魔眼の類ね…厄介だわ…」

「強がりを言うでない。おぬしはもはや戦えぬ。石化した体には血液が循環しないゆえな。後は緩慢に死をまつだけよな。しかしその状態でも闘志を失わぬとは、なかなかに良き戦士よな。妾が介錯してやろう」

「…勝ち誇るのはまだ早いわよ」

『ロードオーラカートリッジ』

残った右腕の籠手に仕込まれたカートリッジが回転し、ロードされた。

『クロックマスター』

ユカリはオーラを纏った右手で石化した体に触る。

すると逆再生をするかのように石化が解除され、元の生身の体に戻った。

「なんと、妾の石化を解除するか。さすがは妾が見込んだ戦士よな」

「息子に感謝しないといけないわね。今使ったのは私の息子が先に生まれる私の為に作った特別製だもの」

ユカリがロードしたカートリッジはオーラのカートリッジを作る事が出来るアオが、自身の念能力を他者でも使えるように具現化したものだったのだ。

それを使いユカリは自身の石化した体を巻き戻したのだ。

とは言え、かなりの労力がかかるので、流石に無制限に用意できるものでは無いのだが。

ユカリは右手のガンブレイドを消し、水竜刀を具現化する。

「おぬしには驚かされてばかりよな。であれば、続きと行くとしよう」

再びアテナの瞳が怪しく光る。

「くっ…」

危険を察知してユカリは水竜刀を振るい、周囲の水分を凝固させ目の前に氷の鏡を作り上げた。

鏡によって跳ね返された石化の呪詛をアテナは自身の鎌で切り裂く。

「なるほど、石化の魔眼は有名ゆえその返し方も知っているのは道理よな」

アテナはそのまま翔け上がり、再び振りかぶった大鎌でユカリに切りかかる。

『ディフェンサー』

ユカリは剣で受けずに今度は魔法障壁を展開する。

呪力で編んだシールドなどは対呪力の高い神の前では紙のように切り裂かれるかもしれないが、(ことわり)(たが)える魔導ならばなんとか消されずに持ちこたえられるようだった。

『レストリクトロック』

さらに行使されるバインド。

「む?これは…」

怪物のような膂力でも外れないように念入りに二重三重に展開し、アテナの体を大の字に固定すると、ユカリは距離を取り集束魔法のチャージを始める。

「本当はこっちの方はあまり好みじゃ無いのだけれど、規格外の相手に言ってられる場合じゃないから」

と呟くとガンブレイドに残ったカートリッジをフルロード。

ガシュガシュと薬きょうが排出されて魔力が水増しされる。

『スターライトブレイカー』

ユカリの頭上に集まる直径10メートルを越える紫色の光球。

周りにある魔力素を集束する時に発光する光が流れ星のようだ。

「なんと、星を打ち砕くと申すか。なんたる無礼、なんたる妄言。アテナたる妾がかならずや打ち破って見せようぞ」

四肢を大の字で固定されたアテナの周りに闇が広がる。

闇はアテナも前面に集まり盾を形成する。

ユカリはチャージを終えると渾身の力でガンブレイドを振り下ろした。

「スターーライトォ…ブレイカーーーーーっ!」

ゴウっ

紫の凶光がアテナを襲う。

アテナの闇によって弾かれたそれが辺りのビルを崩壊させていく。

「なっ…まさかただ人が街を一つ崩壊させるかっ…!」

スターライトブレイカーの照射は未だ終わらない。

「くぅ…なかなかやりおるよな…」

アテナも呪力を振り絞りその衝撃を受け流す。

ついにスターライトブレイカーの照射も終わりを告げる。

裂かれたその魔砲は辺りのビルをことごとく粉砕し、瓦礫の山を作り出していた。

「はぁ…はぁ…ふっ…」

アテナも呪力の使いすぎで直ぐには攻撃に転じられるほどの呪力行使は出来ない。

と言うか、アテナの四肢を拘束しているバインドは未だ解除されていなかった。

閃光が終わりを告げ、闇を解除した一瞬に翔けて来る一陣の稲妻の如き疾走。

ユカリははじめからスターライトブレイカーを決め技にするつもりは無かった。

それは相手のオーラ…呪力を目減りさせる事が目的だったのだ。

大技を受け流し、アテナが安堵した一瞬を狙いユカリは翔けた。

右手に持った水竜刀に『硬』を行使してありったけのオーラを込める。

「なっ!?」

自身の限界ギリギリの出力で強化した水竜刀はアテナの呪力耐性を打ち破り、その刃はついにアテナの首を捕らえた。

『御神流・奥技の極 閃』

ユカリの持つ最高の剣術と込められる最大のオーラで繰り出された刃は見事にアテナの頭と体を泣き別れせしめた。

ブシューーっと大量の血液が噴出する。

切り離された頭部は重力に引かれて地面に落ちていった。

落ちていった頭は地面に着く瞬間にドロリとした何かに変わった。

それと時を同じくするように体の方も原型を留めなくなり、崩壊し、ドロリと落下する。

落下したそれらは集まり、くっつき合い、また人型をなした。

しかし、それは今まで相対していた女性の姿ではなく、夕方に会った少女の姿であった。

「……流石に不死と言うだけは有るわね」

油断なく空中で構えていたユカリに眼下のアテナが声を発した。

「よもや三位一体を取り戻した妾が神殺しでもない人間に殺されるとはな」

アテナの様子に先ほどまでの猛りは無い。

「約束…覚えているわよね?」

「まつろわぬ神なれど、神たる妾が約束を違えるつもりは無い」

話が通じるまでにクールダウンした事を確認するとユカリはスーッと空から舞い降りる。

「なんでも申してみるが良い。大抵の事なら叶えてあげられるえな」

その言葉を聞き、ユカリは考える。

どうすれば目の前の厚顔不遜な彼女に首輪をつけられるかを。

目の前から去れと言えば去るだろう。

しかし、人類を滅ぼすと豪語する彼女の暴虐は止められない。

ならば人を傷つけるな、か?

いや、幾らユカリが勝者とて、その願いは聞き入れないだろう。

直接的なものではなく、間接的に彼女の暴虐を止める方法は無いだろうか。

そう考え、ユカリはピンと来た。

自慢の息子ならばもっと他の要求を突きつけるのだろうけれど…と、ユカリは思ったが、今は自分しか居ないのだ。

ユカリは要求を突きつける。

「これから、私が寿命で死ぬまで、一緒に夕飯を取りましょう」

「…………」

ユカリの要求に流石のアテナも目を見開いた。

「妾に食を共にせよと申すか」

「ええ」

「それだけか?そなたに妾の加護を与えたり、天上の叡智を授ける事も智の女神たる妾には可能なのだぞ?その力があれば神殺しとまでは言わねども、地上の魔術師共とは隔する力を手に入れることも可能よな」

「その魔術師達は一度でもあなたを殺せる存在なのかしら?」

「そのようなものは神殺ししか存在せぬ」

「ならば私はすでにどの魔術師よりも強いわ。あなたの加護も天上の叡智も要らない」

「…道理よな」

「けれど、一人きりの夕飯は寂しくて、美味しくないの。誰かが一緒に食を囲ってくれたらきっとその美味しさは何倍にもなると思うの」

さらにここでユカリは追い討ちをかける。

「私の言う事を一つ聞いてくれるのでしょう?約束を守らないのは神の矜持としてはどうなの?」

「くっ…いいだろう。そなたと食を共にする事としよう」

アテナの了承の言葉を聞いてユカリはニヤリと笑う。

「私と夕食を共にするにあたり、私の夕飯を阻む行為は一切禁止よ?」

「ふむ、よかろう。了承した」

「つまり、私が美味しい夕食を作る為に必要なものにあなたは手を出しちゃダメ。でないとあなたを夕食に招待できなくなるもの」

「む?」

雲行きが怪しくなってきた事をいぶかしむアテナ。

つまり…と前置きをした後ユカリはたわいない要求に隠された大きな制約を口にする。

まず、夕飯を提供する我が家とその近辺の破壊活動の禁止。

その破壊活動の禁止の中に商品の流通が滞るから都市部や公道の破壊なども含まれる。

都市機能を麻痺させるような力の行使は禁止する。

「む?それはいささか拡大解釈ではないか?」

「いいえ。文化的な生活を守ってこその豊かな夕食だもの」

と、ユカリは持ち前の強引さで相手を説得する。

「別に私は人を殺すなとは言っていないわ。あなたが何処かで誰かを殺そうと私の知ったことではない。だけど、私の豊かな夕食を邪魔する行為はしないでってお願いしているの」

「む、むう?」

全てに納得したわけではないだろうし、どこか反論の余地を探しているアテナの手を掴む。

「それじゃ、ウチに招待するわ。だって今日の晩御飯はまだなのだもの。私の願いはたった今から有効と言う事で」

そう言って強引にアテナを引きずり家へと帰る。

「何か違う気がするのだが…」

と言うアテナの抗議をユカリはガン無視する事に決めた。

「美味しいご飯をつくるからねー」

そう言うと封時結界を解き、バリアジャケットを破棄した。

一瞬で現実世界へと帰還し、辺りのビルなどの崩壊が嘘だったように街は喧騒に溢れている。

「む、むう…それにしても現実世界には一切の被害を出さぬか…これではどちらが神か分からぬよな」

家に着いたユカリは、フクロウに破壊の限りを尽くされた我が家に絶叫するまで後数分の事だった。


破壊の限りを尽くされた我が家を切り札である『クロックマスター』のカートリッジを使い修復し、出来ていたおかずに何品か足して夕ご飯にありつく。

夕食を食べ終わるとユカリはどうだった?と合い席しているアテナに問うた。

「ふむ、はじめて口にする故どう表現すれば良いのか分からぬが…」

「美味しかった?」

「む…まぁ、なかなかに美味であった」

と、少し照れたのかアテナの白磁のような頬にうっすらと朱がさした。

「うんうん。口にあってなによりだわ。余計な秀麗な言葉より美味しかったと言われる一言がうれしい」

「そう言うものなのか?」

「そう言うものよ」

とは言え、今夜のメニューは日本の一般家庭の夕飯と変わりない献立ではあったが、長年の研鑽がにじみ出るその料理は下手な料理研究家なんかは軽々と隔絶するほどのものだった。

「それでは妾は去るとしよう」

「うん?どこかに行くの?」

「そなたとの約定は夕飯を共にする事のみ故な」

「そうだったわね。それじゃあまた明日ね」

「む、そうであったな。では、また明日来るとしよう」

と、別れの挨拶をした後、アテナは思い出したかのように振り返った。

「そう言えばまだそなたの名を聞いていなかった。妾を打倒した最初の人間の名なのだ、覚えぬわけにも行くまい」

「ユカリよ。坂上紫(さかがみゆかり)

「神に逆らう…か。名前の通りよな」

うん?と、ユカリはアテナの言った意味を考えたが良く分からなかった。

その言葉を最後にアテナは黒い霧となりていつの間にか忽然と姿を消していた。
 
 

 
後書き
ある種のテンプレ?かな。アテナの死亡フラグが折れました。そしてまだ神殺しになっていないユカリさん。クロスさせるに当たってやはりカンピオーネにはならないと…?ですよね。主人公はもうしばらく不在です。ご了承くださりますよう。 
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