戦国御伽草子
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
壱ノ巻
毒の粉
3
「ひまぁ・・・」
あたしはごろん、と転がった。
畳の匂いが鼻を突く。
「ひまだなぁ・・」
本当に、何にもすることがない。
あれから、あたしは柴田家を探し当てて、そこの門前で、門番に声をかけた。
柴田家は有名だからすぐ見つかった。
「あのぅ・・すみません」
河原の石で揉んだ衣に薄汚れた顔。工作はバッチリよ。
「何だ女。物売りならば裏へ回れ。客引きであれば大殿様は間に合っている。帰れ帰れ」
しっしと門番はにべもなく手を振る。
「私は、石と言います。戦で家族を皆亡くしました。お伺いすればここは慈悲深く聡明で有るという柴田様のお屋敷。私がここにたどり着いたのも神のお導き。どうか、私をここで雇っていただけないでしょうか」
途端に門番は目を輝かせた。
「わ、わかった。そういうことなら話は別だ。ちょっとまっていろ。今、大殿様を呼んでくるからな」
かくして、怖いほどに話はすいすいと進み、今こうして侍女として雇ってもらっているわけだけど。
あの~、あたし、仕事、何にもしてないんですけど?
それなのに誰もあたしを叱ったりしないのは、何か思惑があるからか。
一人部屋も貰っちゃったりして。
ごろん、と転がったら、目の前にぬっと顔が出た。
つるんとした頭にしわくちゃの顔。
「でたぁ!」
「…………石」
「あ、お、大奥様!」
あたしは慌てて飛び起きた。
「も、申し訳ございません!」
「大殿がお呼びです。いらっしゃい」
上座には偉そうにふんぞり返っているデブなおじさんと、若い女。そして、あたしと大奥。
「おお、来たか石」
「大殿様におかれましては、ご機嫌も麗しく、まこと…」
「口上は結構。発がそういうものを嫌がるのでな」
なあ?というふうに柴田は隣の若い女を見る。20前後に見える女は、ふん、と鼻を鳴らした。眉間には皺が刻まれ、目尻はきつくつりあがっている。大奥様とそっくりだ。
と、いうことはこの女の人は、柴田と大奥様の子だろうか。
「石、この子はわしの娘で発と言う。お前は知らぬかもしれないが、発は織田平脈様の第3子、織田三郎宗平殿の妻じゃ。わかるか?」
宗平様はもちろん知っている。なんてったって若君で時期織田の当主だもんね。正室には佐々家から高彬の姉の公子様がなっている。その縁もあり、高彬に目をとめた宗平様が重宝してるという話は聞いている。あの真面目~な高彬は有能らしいのだ。
それにしても発だなんて、そんな名前聞いたこともないわよ?柴田家からとはいえ、宗平様のものの数にもはいらないような側室の一人ね。有名じゃないってことは宗平様が目をかけていないってことだもの。
「いいえ。私は教養なき身ゆえ、存じ上げません」
「で、あろうな。参河より来たとなれば、知らぬもまた道理」
柴田は勝手に一人でうんうんと頷いている。あたしのでっち上げ話、本当に信じてるし。
だいたい、ちゃんとした身分調査もしないで即興で雇うってどうなの。
何か狙いがあるみたいだけど…こうして渦中に飛び込んだからにはあたしも腹を決めてかからないと。
「この淡海国は、我らが主、織田家が治められておる。その本城が天地城。そこに我ら家臣は集う。現織田家の当主は平脈様であらせられる。そこはわかっておろうな?」
「はい。参河も同様でした」
「おぬしは参河では武家屋敷に勤めていたと言っていたか。ふむ。言葉や態度といい全く知がない訳ではないのか。でな、その平脈様が」
「お父様!私、もう帰らせていただいていいかしら。」
イライラした発の鋭い声が柴田の声を遮った。
「これ以上ここにいるのは時間の無駄だと思うのですけど」
そういって、さっと立ってさっさと出て行ってしまった。
なんだかなぁ…。癇癪持ちなのかしら。
そもそもどうしてあたしが呼ばれたんだろう?参河国から来たあたしにわざわざ淡海国講座?親切心からじゃないと思うんだけれどなぁ…。
「発は短気なのが玉にきずだのう」
いや短気なところだけじゃないと思うけど…。
「おぬしももう戻ってもよい」
はぁ!?結局あたしは何のために呼ばれたのよ!?
「僭越ながら大殿様。私はあの…何のために…」
「新しく入ったお前を発に目通りさせてやろうと思っただけだ」
「わざわざ私めなどのために…ありがとうございます」
「よい。さがれ」
「はい」
部屋に戻って考えてもわからない。ホント、どういうこと?
あたしに発の顔を、または発にあたしの顔を見せる必要があったってこと?新入りの下働き(働いてないけど)を姫とわざわざ面会させるなんて聞いたことないわよ?
「・・・・・起きなさい、石」
「・・・ん・・・。ぎゃあっ!!」
目の前にはどーんと大奥様のアップ。失礼ながら、のけぞる。
流石に朝っぱらからはきついよー。
「し、失礼いたしました。何の御用でしょうか」
「大殿がお呼びです。すぐ準備をするように」
「あ、は、はい」
あたしは急いで支度に取り掛かった
ページ上へ戻る