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展覧会の絵

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第十五話 ユーディトその九

「そうしよう」
「私達の場所に」
「いいね、それで」
「私を許してくれるのね」
「許すとかそうしたのじゃないよ」
 猛は雅にこうも告げた。
「僕にとってはそんなことじゃないから」
「だからなのね」
「そうだよ。行こうね」
「それじゃあ」
 雅は猛の言葉に頷いた。そうしてだった。
 立ち上がりそのうえでだ。猛に両肩を抱かれたまま家に帰った。そうして自分の部屋で彼と一晩過ごすのだった。十字は彼を家の前まで見守った。
 だがそれで終わりではなくだ。彼は今度はだ。
 携帯で神父にだ。こう言ったのだった。
「一組の愛し合う二人が救われたよ」
「それは何よりです」
 神父もそのことを聞いてだ。電話の向こうで喜びを見せた。
「では後は」
「次の二人だね」
「今日になるでしょうか」
「今日にでもだね」
 十字は電話の向こうの神父に答えた。
「そうなる可能性は高いね」
「では」
「今から行くよ」
 そうすると神父に述べた。そしてだ。
 彼はその足で今度は望の家に向かった。だがその前にだ。
 春香の家の前に来た。灯りはない。
 しかし彼はそこで聞いたのだ。彼の耳は尋常なものではない。
 その耳で何かに水を入れる音、そして濡れた場所を動く音も聞いた。しかし今は彼女の家には入らずにだ。そのうえで望の家に向かった。そのまま彼の家に入り。
 部屋に潜り込んだ。彼は真っ暗になっている部屋のベッドの中で毛布を頭から被り沈黙している。完全に俯いていた。何も見ようとはしていない。
 その彼にだ。十字は声をかけた。
「起きるんだ」
「誰だよ」
「誰だと思うかな」
「わかる筈ないだろ。どうやって俺の部屋に入ってきたんだよ」
「普通は入ってこれないよね」
「鍵かけてただろ。どうやって入ったんだ」
 望は毛布を被ったまま十字の方を見ずに言った。
「泥棒かよ。けれど取るものなんて何もないよ」
「何も取らないよ。僕は泥棒じゃない」
「じゃあ何なんだよ」
「僕は僕だよ」
 こう言うのだった。十字は。
「それ以外の誰でもないよ」
「人間かよ。それとも幽霊か何かかよ」
「強いて言うなら神の僕かな」
「じゃあ天使かよ」
「天使だと思うかな」
 猛とのやり取りと似た感じになっていた。それは彼等の置かれている状況が同じだからせあろうか。
「君はそう思うのかな」
「違うってのかよ」
「君がそう思うのならそれでいい。ただ僕は」
「あんたは?」
「天使の様な清らかな存在ではないよ」
 それは否定したのだった。十字自身の倫理感から。
「そうした存在ではないよ」
「じゃあ何なんだよ」
「あえて言うのなら。君と彼女を救いに来た者だよ」
「彼女?まさか」
「彼女のことを知ったんだね」
「あいつが。あんなことしてたんだな」
「そして君もだね」
 十字は望に対して言った。
「彼女に対して」
「あれで忘れようと思ったさ。清原を抱いてな」
「あの娘だったんだね」
「けれどな。それでもな」
「忘れられたかな」
「無理に決まってるだろ」 
 腹の底から搾り出す様な声でだ。望は十字に言った。毛布を被ったまま俯いているので十字の姿は見えない。それ以前に見ようとも考えていない。 
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