展覧会の絵
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第十五話 ユーディトその一
第十五話 ユーディト
十字はまた部室で絵を描いていた。その絵を見てだ。
部員達は顔を顰めさせてだ。そのうえで彼に尋ねた。
「その絵って確かカラヴァッジオの?」
「その人の絵だよね」
「ええと、聖書のやつだったと思うけれど」
「それだよね」
「うん、そうだよ」
その通りだとだ。十字も描きながら答える。その絵を。
見れば絵はうら若き美女が老人を横に置いて寝ている髭の男の首を刃で斬っている。首を斬られている男は如何にも苦しそうである。まさに人を殺している絵だ。
その絵を見てだ。彼等は十字に問うた。
「ユーディトの絵なんだね」
「何か随分怖い絵だよね」
「またそんな絵を何で描くのかな」
「人を殺す絵なんて」
「この絵はいい絵だよ」
斬りながらだ。言う十字だった。
「そう、信仰の絵なんだ」
「信仰に導かれてヘブライ人の敵を討つ絵だったかな」
部員の一人が言った。
「この絵って」
「そうだよ。この絵はね」
「この殺されている男の人は将軍だったね」
敵の民族のそれだとだ。その部員は言う。
「ベッドに誘うふりをしてそのうえで首を斬ったんだよね」
「そう。ユーディトは聖書では勇敢な女性として尊敬されているよ」
「凄いね。こんな奇麗な人が人を殺すなんて」
その部員は唸る様にして今度はこう言った。
「しかもこの人生きてるよね」
「そう。この絵ではそうなってるね」
「生きてる人の首をこうして斬り落とすのは」
「残酷かな」
「残酷だよ。それもかなり」
部員は唸りながら述べた。
「こんなことできる人って本当にいたのかな」
「聖書には誤りはないよ」
希望もだ。信仰を見せた。
「だからね。ユーディトのしたことは事実だよ」
「そうなんだ」
「そう。ユーディトは神の信仰を見せたんだよ」
「じゃあこの殺されてる人は信仰の敵なんだ」
「そうなるね」
このことをだ。淡々と述べる十字だった。
「ただ。この絵はね」
「この絵はって?」
「僕はユーディトは確かな信仰と善悪の観念を持っている女性だと思っているよ」
十字は静かに述べていく。描きながら。
「そう。この殺されている人はただへブライ人の敵であるだけれど悪人なら」
「聖書では結構悪く書かれてるよね」
聖書。特に旧約聖書は完全にヘブライ人の視点から書かれている。その為彼等と対立する立場の者達は極端に悪く書かれている。主観の強い書であることは間違いないだろう。
このユーディトの話もそうだ。だが十字はここでこう言ったのだ。
「けれどなんだね」
「この人が悪でもね」
「ユーディトはこうしていたんだね」
「むしろ悪ならば。正しい信仰がある人ならね」
「こうして首を斬るんだ」
「悪は倒されるべきなんだ」
十字は描きながら決意もしていた。だがその決意は他の者には見えない。
「そう。そして」
「そして?」
「救いもあるべきだから」
こうも言うのだった。部員達に。
「神は救いの手を。必ず差し出されるよ」
「誰に?」
「誰に対して?」
「苦しみ絶望している正しき人に」
そうした者にだ。神は救いの手を差し伸べるというのだ。
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