囲碁公方
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第一章
囲碁公方
将軍徳川家治は政に関わろうとはしない、ただひたすら囲碁をしており判断を聴かれてもであった。
「それでよい」
「左様でありますか」
「お主がそう言うのならな」
老中田沼意次、細面で皺が多いが目鼻立ちがしっかりしていてきりっとしたものがある彼に対して穏やかな顔で言うのだった。
「余はそれでだ」
「構いませぬか」
「この度もな」
こう言うだけでだった。
政のことは全て田沼に任せて政のことは行おうとしなかった、そんな彼を見てだった。
幕臣達はどうかという顔になって話した。
「先の公方様も大岡殿とお話をされてな」
「お話がわかるのは大岡殿だけであられたので」
「それでことを為されていたが」
「この度の公方様はそれもない」
「全て田沼殿に任せられ」
「そして囲碁ばかりされておられるが」
「これでよいのか」
家治のその在り方はというのだ。
「果たして」
「公方様としてよいのか」
「幕府は治まるのか」
「どうなのか」
こう話してだった。
家治のことに不安を感じていた、だが。
家治は行いを変えない、ただひたすら囲碁に興じるばかりであった、それである幕臣が彼の前に参上してだった。
慎んだ面持ちでだ、彼に言った。
「上様、宜しいでしょうか」
「何か」
白い顔で面長である、目は細く気品のある感じである。その顔で幕臣に応えた。
「申してみよ」
「公方様としてです」
幕臣は家治に言っていいと言われさらに言った。
「どうかと思いますが」
「そのことか」
「はい、お言葉ですが」
「余自ら政を見てだな」
「田沼殿に全て任すことなくです」
「決めよというのだな」
「お考えになって」
そのうえでというのだ。
「そうされるべきかと」
「いや、それはせぬ」
家治は幕臣にはっきりとした声で答えた。
「田沼がおるからな」
「だからですか」
「あの者に任せておけばな」
それでというのだ。
「幕府は治まる、あの者は紀州から出て何かと言われるが」
「その出がですか」
「左様、三河から代々仕えておる様な者達からはな」
所謂譜代の者達である、徳川家は元々は三河の出でありそこから仕えている者達は今も普代として力を持っているのだ。
「よく思われておらぬが」
「それでもですか」
「そう言うお主はどうか」
家治は今言う幕臣に問うた。
「一体」
「田沼殿にどう思うか」
「どうなのじゃ」
「それがしの家も紀州の出です」
それ故にとだ、幕臣は答えた。
「むしろ田沼殿より格でした」
「そうであるな」
「八代様に取り立てて頂いた身」
徳川吉宗、家治の祖父である彼にというのだ。
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