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東方project 秋姉妹 ~人恋し神様~

作者:riaria
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東方project 秋姉妹 ~人恋し神様~





ここは幻想郷。人や鬼、妖怪や神が共存する世界。




そんな幻想郷も夏が終わろうとしていた。

これは幻想郷に住まう秋の神々のお話。




私の名前は静葉。幻想郷の四季の中で秋を司る神の双子の姉。
これは私達姉妹の過ごした、ある年の秋のお話。



人里離れた森の中、柔らかく降り注ぐ木漏れ日の下に私達がいた。

「・・・おはよう。お姉ちゃん」

目を擦り、重い瞼をあけた穣子は言った。

「おはよう。穣子。もうそろそろ秋よ」

妹を見つめながら私はそうつぶやいた。
私の膝枕の心地よさもあるのか、穣子は中々起きようとしない。
毎年、穣子の眠る時間が長くなっている事に私は心配していた。
年々短くなってきている「秋」のせいなのか、人々の信仰心の薄さなのか。
原因は多々あるように思うが、毎年穣子は、
「大丈夫だって。お姉ちゃんは心配しすぎだよ!」
と言い、穣子は私に心配をかけないようにしているようだった。

 私もそうだけど、穣子の力は確実に薄れている。

 秋の神々である私達姉妹が力を取り戻さないと「秋」はどんどん短くなっていく。

 また人々の信仰を取り戻す為に何とかしないといけないのだけれど・・・・。

 でも・・・・人は嫌い。

私達姉妹がどんなに美しい紅葉を見せようと、どんなに豊作を与えても、ただの景色、発達している農作業の結果としか思っていない。私達に祈りを捧げる人々も昔よりも随分少なくなって、私たちの存在は薄れゆくばかり・・・。幻想郷にいる神々の中で私達、いえ・・・特に豊作をもたらす穣子は自然の力と、何よりも人による力が大きな関わりを持っている・・・。

 このままでは穣子は居なくなってしまうかもしれない。

 それは、それだけは絶対にあってはならない。

 今は・・・私に出来ることをしましょう・・・。

私はそう心に決め、再び眠ってしまった穣子を紅葉で作った布団の上に寝かせた。
幸せそうに眠っている妹を見つめ、私の口元は緩んだ。

「のんきなものね・・・」

私に出来ることは一つしかない。
沢山の美しい紅葉を、私達の愛して止まないこの景色を人里まで届けることだ。
山々を巡り、私は紅葉を美しく染め上げていった。ここ何年かは私も大きく力を使っていた。
この景色が人里に届き、人々の心に響けば、また妹は元気になるのではないかと。そう思っていた。
しかし、人々に変化は無かった。
毎年、今年こそはと思っていたが、今までと何も変わらない日々が続いている。
人々に対し、私は僅かに怒りすら感じていた。
しかし、決して諦めることは出来なかった。
日が沈みはじめ、紅葉の色も真っ赤に色づき始めていた。
今日はこれくらいかな。そろそろ戻らないと・・・・
その時、人の子の姿が目に映った。一人で山道を歩いていた。
私達よりも少し背の高い、服装等からこの先にある農村に住んでいる子供じゃないかと思った。

 珍しい。迷子なのかしら。こんなところに一人でいたら妖怪が・・・

そう思っていた矢先、辺りに不穏な空気が立ち込めた。
太陽はまだ沈んでいないのに視界が不自然な暗闇に包まれていく。
気が付くとすぐ側に妖怪の気配を感じる。嫌な予感がした。

「オマエハタベテモイイニンゲンナノカ・・・・? 」

子供の足が止まる。

危ない!ここから早く人間を逃がさないと。

その時私は一瞬、思いとどまった。
相手の妖怪にこの距離まで気が付かなかったのは私の力が衰えているからだ。
今の状態の私では、まともにぶつかっても勝てない相手なのかもしれない。
そもそも私達双子が力を無くしたのは人間のせいでもあるのだ。
そう。こいつらさえ、人間さえいなければ妹は・・・。
一瞬の躊躇がタイミングを外してしまった。
暗闇の中でハッキリとは見えないが、妖怪は子供のすぐ後ろまで来ている。
もう、間に合わない。

 私はなんてことを・・・・。

その時、誰かが子供の前に立ちふさがった。

「退け、小物よ。私は四季を司るの神である。お前では私には勝てない。立ち去るがよい」

穣子の声だった。
私でも勝てるかわからない相手に力を無くしている妹が勝てるわけが無い。
妹に‘人の子など置いて逃げなさい’と言おうとしたが、

「ソウナノカァ・・・・・」

そう妖怪は呟くと、周りの景色は徐々に光を取り戻していった。
妖怪は去っていったようだ。見渡すと座り込んで小さくなっている人の子が震えていた。
怪我はしていないようだ。

「全く、人が休んでる時に限って変なのがうろうろするんだから! 」

穣子は強がっていた。少し膝が震えているのが分かる。分かっていたのだ。
今の衰えた力では勝てない相手だったのだと。

「穣子。あなたは何て無茶をするの・・・? 」

私は少し声を荒げた。

「お姉ちゃんも何で何もしなかったの!この人の子が食べられていたのかもしれないんだよ!?」

「私は穣子が心配で・・・・いいえ、ごめんなさい。本当にそうね、どうかしていたわ・・・」

あの時、私は本当にどうかしていた。そういう自覚はあった。人間を見捨ててしまおうなんて・・・

「大体人間と私達はキョーゾンっていうのなんだよ!お姉ちゃんが教えてくれたんじゃない!だから私達は・・・・」

妹から怒られるのは久しぶりだ。
元気に何とか難しい言葉を使おうとしている姿を見てつい安心して少し笑ってしまった。

「笑い事じゃあないよ! 」

「ふふ・・・ごめんなさい」

「全然反省してない!それとお前! 」

穣子は人の子に話しかけた。
顔をあげるとそこには、今にも泣き出しそうな顔の男の子がいた。
しかし穣子はお構い無しに続けた。

「人の子がこんな所でうろうろしてたら危ないよ!だいたい・・・」

子供は泣くのを堪えながら遮るように言った。

「うるさい!俺がどこに行こうと勝手じゃろ!それにお前だって子供じゃ! 」

やはり人間の子供なんかに関わるべきじゃなかったかしら。

 助けてもらっておいてなんて態度なの。
 私達は見た目は小さな女の子だけど、もう何百年という年月をこの世界で生きているのに。
 秋の神はあくまで陰から人々を見守る存在だし、言っても信じてはくれないのでしょうけど。
 まぁ近年は不作が続いているらしいし、姿を見せても反感買うだけかもしれないのよね。
 もっとも、その辺は穣子もわかってるからあまり変な事は言わないと思・・・

「ふふふ・・・・聞いて驚け!我々はただの子供ではない! 我々は秋の神! 私は豊穣を司る神様なのだ!そしてこっちが私のおねえ・・・」

「ちょっと穣子・・・こっちへ来なさい」

「ふぇ??? 」

穣子をひっぱって影に隠れた。

「ちょっと何考えてるの・・・。今そんな事いってもいい事にはならないでしょう」

「えー。【正義のみたか】みたいでカッコいいじゃない~。何でダメなの~? 」

「それを言うなら正義の味方よ。はぁ・・。もう少し考えて喋るようにしないと・・」

「あー!お姉ちゃん今バカにした!バカって言うほうがバカなんだー! 」

「バカじゃないわよ!っていうか言ってないでしょ! 」

「お姉ちゃんは短気だよ!気が早いよ!紅葉の神様なんてやってるからすぐ顔真っ赤にして怒るんだ! 」

「なんですって!芋の神様よりよっぽどマシよ!紅葉は美しくて気品があって情緒深いものなのよ!すぐ怒るのはあなたの方!それに気が早いじゃなくて短い! 」

「私は芋の神様じゃないよ!!!豊穣だよ!やっぱりすぐ怒る!その髪飾りもカニみたいに怒ってるように見えるもん! 」

「これは紅葉よ!あなたの帽子なんて飾りっ気もないじゃない!芋でも飾るといいわ! 」

それから姉妹で口喧嘩が続いた。もともとは何の話だったのかも私達はすっかり忘れていた。
終わりの見えない口喧嘩だったが、不意に後ろから笑い声が聞こえてきた。
振り返ると、さっき助けた少年が笑っている。
少年が笑い終わると、私と目が合った。とっさに私は目を背けた。
何だか幼稚な姉妹喧嘩を見せてしまって恥ずかしくなってしまったからだ。
少しの間、沈黙が流れた。私はこの空気を紛らわそうと質問した。

「大体、あなたはどうしてこんな所をウロウロしていたの? 」

「俺か?俺はな、今年も紅葉が綺麗じゃなぁって思ってな。うちの近くのこの山は、毎年すごい綺麗なんじゃ。夕日に染まる紅葉を、ここから見るのが俺は大好きじゃやけぇ。そうか、お前が紅葉の神様やったか、毎年いいもん見せてもらっとるけぇ。ありがとな。」

「お前ー!男のくせに食い気より色気かぁ! 」

少年の話を聞いていた穣子が急に飛び掛かった。
どうやら、私の紅葉だけが感謝されたことが気に食わないようだ。

「なんで怒っとるんじゃ!? 」

その少年はしばらく妹によくわからない説教をされていた。
焼き芋が美味しいのは私のおかげだとか、栗ご飯には醤油とお塩を少し入れたほうが美味しいとか。
・・・・・ほんとによくわからなかった。

ある程度話すと穣子は満足したのか、その後は色々なことを話した。
少年の名前は太助といった。やはりこの先の農村に住んでいるようで母と2人で暮らしているらしい。
人間と話すのは久しぶりの出来事だったので、私達は太助と話すことが嬉しかった。

 私達には家族がいない。

 神であるから、私達が唯一無二の存在だから。

幸せそうに笑顔で母親の話をする少年を見ていると、少しだけ、ほんの少しだけ羨ましく思った。
でも私には穣子がいる。今はそれで十分なのだ。
よく喧嘩をしているけれど、それでも

私は妹が大好きだ。

少年とはそれから毎日のように会った。
私達は、お話をしたり、川にいったり、かくれんぼしたり、3人で色々な遊びをした。
今までは穣子と2人だけだったけど、3人で遊ぶとずっとずっと楽しかった。

本来なら私達が人間と遊ぶのは良くは無いことなのだろう。
妖怪や幽霊といった人の形をしたものと区別がつかないため、森に住んでいる私達は人間に誤解されることが多かった。あくまでも陰から人々を見守る存在でなければならなかったのだが、太助の笑顔と、秋を愛でる心に私達は元気をもらい、励まされていた。
穣子の寝る時間は相変わらず早かったが、太助と遊んでいる時間は本当に楽しそうだった。
それが私にはとてもとても嬉かった。

ある日、少年は珍しいものを持ってきた。葡萄の髪飾りだ。
見たことも無い綺麗な髪飾りだった。
最近は山が痩せているため葡萄もなかなか手に入らないのだ。
紫色で透き通るように綺麗な髪飾りだった。
少年が作ってきたものらしい。意外と器用なんだなと私は思った。
髪飾りを大切そうにポケットから出したあと、少年は見せびらかすのではなく、穣子にそれをあげた。
穣子は髪飾りを受け取ってすぐに、お気に入りの帽子にそれをつけた。本当にとても良く似合っていた。

「ありがとう!太助!お姉ちゃん見てみてー、いいでしょー」

妹は本当に嬉しそうにしていた。

「ふふ、芋よりは全然マシだと思うわよ? 」

「何でそんな事言うかなぁお姉ちゃんは~」

「そうじゃ、良く似合っとるやないか! 」

嫌ごとなんて言うつもりはなかった。
その髪飾りが欲しいわけでもなかったのに。
少年と穣子の笑顔を見ると少し胸の奥が苦しかった。
それに、何故だか分からないけど、穣子が羨ましかった。

「あ!静葉!お前、足の裏に怪我しとるやないか!大丈夫か!? 」

「お姉ちゃん大丈夫??? 」

「ああ。鬼ごっこしたからよ。私は穣子と違って空を飛ぶことが多いから足の裏は強くはないのよね」

「今年は地面がよぉ乾いとるけの。待っとけ!今、傷によぉ効く葉っぱ取って来る! 」

「心配いらないわ。この程度の傷、なんてことないから」

強がっていた。本当は少し痛い。だけど何故か胸のほうが痛く感じていた。

「ほんとに大丈夫か?そもそもお前らは何で外でも裸足なんじゃ?ずっと裸足じゃと危ないじゃろ」

「ふふふ、よくぞ聞いてくれた太助」

穣子が語りだした。いつもの事なので少年も慣れてきたようだ。

「私は豊穣の神!大地に直接力を送っているので全身で大地を潤しているんだよ! 」

「全身っていうか足の裏じゃろ・・・・・」

「私は幻想郷の神の中で今では一番力が弱いと思う・・・。しかし!足の裏では幻想郷で私に勝るものはいないのだ! 」

「なぁ静葉。これは自慢なんじゃろか・・・・? 」

「私にも分からないわね」

「真面目に聞いてよ~。私だって力が戻ればここの大地にだって葡萄を沢山実らせることが出来るよ! 」

「おう!じゃあ力が戻ったときは是非とも葡萄を食べさせてくれ!甘いものとか今じゃ滅多に食べれんけの」

「まっかせてよ!約束するわ!幻想郷の山という山を紫色で埋め尽くしてやるんだから! 」

「それはお願いだから辞めて頂戴。ますます秋のイメージが悪くなるわ。さ、そろそろ寝る時間よ穣子」

「私の葡萄伝はここからだったのに~」

「はいはい。行くわよー」

私達はいつもの場所に戻り、穣子を寝かせた。気持ちよさそうに寝ている。

「段々早くなっとるな。穣子の寝る時間・・・・」

少年は悲しそうな瞳で穣子を見ていた。

「これでも、ずいぶん良くなった方なのよ。だけど、穣子の姿はもう人々に見えてないの。あなたに見えているのは、あなたがこの大地を、幻想郷を、秋という季節を大切に思ってくれているからなの。神に対して信仰心のない人々にはもう、穣子だけじゃなく私の姿も見えていないわ」

「今の村の状況じゃと・・・仕方ないのかもしれん」

「・・・・どういうこと? 」

「・・・・いや、なんでも無いけぇ。また来る! 」

その日から、少年は来なくなってしまった。

何日も私達はいつもの場所で太助を待っていた。

穣子は色々と心配したが、何か事情があるのだと言い聞かせた。
心配なのは私も一緒だった。

しかし、それよりももっと気掛かりなのは、穣子の力はさらに無くなってきた事だった。
そのせいで穣子は、1日のほとんどを寝て過ごすようになった。
空気が乾燥している。ずっと雨も降っていない。
今年の秋は紅葉にも稲作にも厳しいのだろう。
秋の力は穣子と共鳴するように弱まっていった。
それでも穣子は豊穣の神として、僅かでも大地に潤いを与えてようと頑張っていた。

「無理はしないで頂戴。穣子・・・・」

私は何度も次の秋まで休みなさい、と促したが

「もうすこしだけ。」

といって言うことを聞かなかった。
そうしていくうちに、穣子はついには寝ることと大地に力を与えること以外出来なくなっていた。
私も出来るだけ人々に感動を与えられるように紅葉に力を与え、見てもらえることを祈った。
そうすれば少年のように、また私達に力をくれるのかもしれない。
私達は毎日それを繰り返したが、妹が良くなる様子はなかった。

・・・まるで人間によって力を搾取されているよう。

もう秋は終わりに近づいている。

 もう十分なのかもしれない。

穣子の力によって十分豊作になっているんじゃないかと思った。
ある日、私は穣子を残し、村の様子を見に行くことにした。
夕方までには帰ることを告げ、村へ行ってみた。

そこで見たのは信じられない光景だった。

地面は乾燥し、ひび割れを起こし、稲は全て枯れていた。
畑は何も実っていなかった。人々は飢餓で苦しんでいた。
私はその場に立ち竦んだ。

穣子の力は・・・全く届いていなかったのだ。

いや、もう穣子にはもう豊穣にする力自体なくなっていたのだ。
すぐ側で人の声がした。
何人もの男の人達が、何か大きな声で叫んでいる。
私はその声がする方へ行ってみた。
・・・言葉にならなかった。昔、私達の為に作られた社が村人に壊されていた。
忘れ去られて今にも崩れ落ちそうな社だったが、その原型が何であったのか分からないほどになっている。

「何が秋の神じゃ!不作続きで飢え死にしとる者までおる! 」
「人を殺す死神じゃ! 」

「こんな社は壊してしまえ! 」

「・・・・・・・!!!」
「・・・・・・・!!!」

私はその場を後にした。耐えられなくなったのだ。
私は悔しかった。

あんなにも人間の為に尽くしている妹を誰が見ていたのだろうか?
誰が感じていたのだろうか?
体を犠牲にし、力まで無くして、それでもなお、人々に豊穣を与えようとした妹の何を知っているのだろうか?
今日までの私達は、感謝もされず、貢物もなく、祈りさえない状況でずっとずっと人間の為に力を使ってきた。

もう私にも、あの子にも、ほとんど力は無い。

「人間なんて、人間なんて・・・・・大っ嫌い」

私は森へ戻ることにした。ずっと飛んでいたが、少しずつ下降していた。
私も穣子のようにもう飛ぶ力さえなくなってきたのだ。
森へ降り、私は視界の悪い道を歩いた。涙で前が見えなかった。たどり着いた時には夜だった。

「お姉ちゃん?遅かったね。どうしたの? 」

「何でも無いわ。早く寝なさい」

「そっか。村の様子はどうだった? 」

「村は・・・・とても賑やかだったわ。あなたのおかげで沢山の人が幸せになっていたわ」

 私は嘘をついた。
 妹に見せたくなかった。悲しんで欲しくなかった。
 人間の為なんかにもう力を使って欲しくなかった。

「そっか。よかった。私ちゃんと出来てたんだね」

「そうよ。穣子、もう十分頑張ったわ。さ、もう次の秋までおやすみなさい」

「うん。そうするよ。おやすみなさい。お姉ちゃん・・・・」

私は心の中で穣子に深く謝った。ごめんなさいと何度も何度も。
ただ、これ以上無理をすれば穣子が消えてしまう。それが嫌だった。
人間なんかのために穣子がいなくなってはいけないのだ。

何日か経ったある日、少年が久々に訪れてきた。

いたたまれない姿だった。もう何日も食事をとってないのだろう。

「穣子!静葉!村はもう農作物がなくなってしまっとる!神様やったら何とか出来んのか!おかぁちゃんが死にそうなんや!俺にはご飯用意しとるのに、ずっと自分は食べてなかったんじゃ!このままやったら飢え死にしてしまうんじゃ!頼む。頼むから何とかしてくれねぇか! 」

静葉は溢れ出る怒りと悲しみを抑え言った。

「あなた達は困った時だけ神に頼るのね・・・。そのせいで私の妹は・・・・。いえ、叶えてあげたいけど、無理なの。妹の力は日々弱まっているばかり、それにもう眠りについてしまったわ。これ以上負担をかけてしまうと今後一切豊穣をあなた達に与えることが出来ないわ。残念なのだけど、今後の収穫の為にも諦め・・・」

遮るように少年は大きく声を荒げた。

「なんでじゃ!神様っていうのも本当は嘘なんじゃろ!これから沢山収穫できてもおかぁちゃんおらんかったら俺は・・・」

少年はしばらく俯いた後、膝をつき言った

「頼むわ。もう頼める人もおらんのじゃ。皆自分の家のご飯で精一杯じゃけ・・・」

しばらく沈黙が続いた・・・。
私達の間を冬を訪れる風が吹きぬけた。

「・・・ごめんなさい」

静かに、私はそうつぶやいた・・・。
少年は何も言わず、重い足取りで人里へ帰っていった。

 残念だけど今の私達にはどうすることも出来ない。何かしようにも穣子がこの様子では・・・・

振り返った時、そこに穣子の姿はいなかった。
 
「まさか・・・・・・! 」

私は力を振り絞り夜の森の上を飛んだ。
何度も何度も落ちそうになったが、それどころではなかった。
妹は恐らく人里へ向かったのだろう。
・・・・今の状態では何をするにしても穣子自身が危ない。

「早く・・・早く・・・・」

村に到着すると農民が外で騒いでいた。

「奇跡じゃ・・・・」

気づかれないように近づいてみる。ふと見ると、水田の稲が蘇っている。
畑にも大きく野菜が実っていた。
近くに行くと、沢山実っている稲からはいつも一緒にいた、懐かしい大地の甘い香りがした。

あの子の匂いがする・・・。

稲は満月に照らされ、輝くように美しく秋の風になびいている。あの子の髪のようだった。
だけど、もうここには妹の気配はない。

もう・・・どこにも居ないのだ。

「そっか。あの子、最後の力で実らせたのね・・・。豊穣をもたらすために・・・。人々の飢えを・・・満たすために・・・。あなたは本当に人が大好きだったのね。自分の命にかえても守りたかったのね」

あの農村はもう大丈夫だろう。
また家族が笑って暮らせる村に、きっと戻るのだろう。
あの子が人間の為に使った命のしずくが、作物をこんなにも豊かに実らせているのだから。

私は山へ戻っていた。
しかし、いつも隣で寝ていた妹の姿はない。

私の唯一の家族はもう二度と戻って来ないのだろう。
もう一緒に寝ることもない。
一人で横になり、目を閉ざした。
私は妹の姿を何度も何度も繰り返し思い出していた。
何年も何年も一緒に居た妹。ずっとずっと一緒にいるものだ、そう思っていた。
沢山喧嘩もした。罵り合った。声を荒げ叱ることもあった。
でも、本当に大好きだった。妹がいることが当たり前だと思っていた。
離れることなど考えもしなかった。思い返すと、幸せだったと思う。
でも今はもう・・・見ることさえ出来ないのだ。
ふと隣を見ると、いつも穣子が寝ている場所に小さな木が生えている。
甘い香り。これはあの子が言っていた葡萄の木なのかもしれない。

何かが弾けたように涙が溢れ出した。

私は我慢出来ず泣いた。何日も何日も。

・・・穣子・・・・会いたいよ・・・いなくなっちゃ嫌だよ・・・。

下の紅葉が濡れていた。頬が冷たい。

・・・もう冬なのね・・・。

私はゆっくりと眠りについた。もう目を開けたくない。
開ければそこには穣子はもういない。一緒に過ごしていた空間が、ただあるだけなのだ。
一度開けてしまうと、現実を受け入れなければいけない。
それがたまらなく、嫌なのだ。
私は最後の力を使って紅葉に力を与えた。
これで何年かは美しい紅葉を村の人々に見せることが出来るのだろう。
私はもう目を開けることはないと思う。
あの子が最後まで愛した人々を私も愛そうと思った。
あの子は太助のような存在がいてくれたから、人をずっと好きでいたんだと思う。
今の私も太助がいたからそう思える。


「沢山の紅葉でいつか皆が喜んでくれたら、太助もそれを喜んでくれるかな・・・」

私も本当は分かっていた。太助と初めて会った時、紅葉が綺麗だと言ってくれた。
素直になれなかったけど本当はとても嬉しかったのだ。
言葉に出来ないほど嬉しかった。
私達の気持ちは届いていたと実感できた瞬間でもあった。
ああいう人間もいるんだと分かっていたのに、信じることが出来なかった。
あの子の中では私達はとても大切にされていたのに。
私は自分の気持ちに素直になれなかっただけだ。
初めて好きになった人間に対しても、妹に対しても・・・。

「最後に会いたかったわ。太助・・・」

少しずつ力が抜けていく・・・・。
そして私は・・・眠りについた・・・。

遠くで妹の声が聞こえた。お姉ちゃん・・・お姉ちゃん・・・・懐かしい声だ。
もう聞けることはないと思っていた声。
私はゆっくりと目を開いた。

「お姉ちゃん!起きるの遅いよ~。まったく、何年寝てるつもり!サボりは駄目なんだから」

夢なら覚めないで欲しい。そう思いながら私は起き上がり、力いっぱい妹を抱きしめた。

「痛い!痛いよお姉ちゃん! 」

「これは夢なのかしら・・・・? 」

「夢じゃないよお姉ちゃん。あれからね、ほら見てよ」

指を刺すほうに視線を移すと、小さな社があった。
そこに沢山のお供え物が置いてある。

「あれは・・・・? 」

「太助だよ。覚えてる?今は大人になってここに社をたててくれたんだ」

しばらく理解出来なかったけど、目の前にいる妹の存在をしっかりと確かめた。
夢ではない。そう思うと、また涙が溢れていた。
この子がそばにいるだけで涙はとても温かいものになるんだと思った。

「穣子!良かった、本当に良かった・・・。もうどこにも行かないで」

しっかりと抱きしめ、色々と伝えたいのだけれど、言葉が出てこない。

「ありがとうお姉ちゃん、私のこと大切に思っててくれて。でも私はお姉ちゃんの事も、人間も大好きだよ。だからお姉ちゃんにも大好きになってほしかった。私達に再び命を与えてくれたのも人間だよ。少し前からお姉ちゃんは人間のこと良く思ってなかったけど、大切に思ってくれる人はいるんだよ」

「・・・うん・・・・うん」

「あ、お姉ちゃん!あれを見て? 」

親子が歩いていた。父親とその娘のようだ。

「お父さんー。なんでお父さんは毎日ここに来るのー? 」
 
「何度も話したのに覚えてないんだなぁ。もう一回話してあげよう。昔ね、お父さんは神様に会ったんだ。2人の女の子の神様だったんだよ。本当にかわいらしい姉妹の神様で、お父さんとよく一緒に遊んでいたんだ。ある年の秋だけだったんだけど、すごく不作の年でね。沢山の人が飢えているところを救って頂いたんだよ」

「今はいないのー?」

「今は・・・どうだろうね。いるのかもしれないし、いないのかもしれない。だけどお父さんは信じてるんだよ。この村を、この森のことを好きでいたらいつかまた必ず会えるって。それに、ちゃんと渡せてるか見に来てるんだよ」

「渡しものー?」

「そうだよぉ。ずっと渡したかったんだけどね。恥ずかしくて渡せなかったんだ。その姉妹の神様はいつも裸足だったんだけど、お姉さんのほうはよく足の裏を怪我してたんだ。それでお父さんが作った靴をあげたかったんだけど、なんだか渡す機会がなくてね。そうこうしてるうちに内に冬になってしまったんだ。・・・・実を言うとね、お父さんはそのお姉さんの事が好きだったんだ。相手は神様なんだけどな。はは・・・・・あ!お母さんには内緒だぞ? 」

「うん。わかったー。お父さん色々作るのじょうずだよねー。このお人形さんもありがとぉ! 」

「あはは。ありがとう。その靴は、この社の中にずっと入れてるんだ。いつか取りに来てくれるんじゃないかと思ってね」

「太助さーん!葉子ちゃーん!そろそろ行きますよー」

女の人の声が聞こえた。母親だろう。
葉子という小さな女の子は、父親と母親と手を繋いで歩いていく。
その家族は優しい笑顔で皆、笑いあっていた。

「ねぇねぇ~お姉ちゃん~」

見なくても分かる。穣子がニヤニヤしながらこちらを見ている。
だけど私も顔が赤いので穣子を見れないのだ。

「お姉ちゃん顔まっかっかー!あはははは!いつも以上に紅葉してるー!」

「もう! 茶化さないでよ・・・」

「まぁまぁ~、そこの靴をはいてあげなよ」

靴は私の足にぴったりだった。

・・・あ、そうか、足の怪我をよくしてたからその時に・・・

「お姉ちゃんすっごい顔ニヤニヤしてるよー」

「もう、うるさいわねバカ!」

「あ!今度は絶対バカって言ったー!バカって言うほうがバカなんだー!」

「もう本当にバカよ。ここに戻って来れなかったらどうするつもりだったのよ・・・」

「大丈夫!約束したからね! 」

「約束・・・? 」

妹に手を引かれ私が連れてこられた場所は、太助に会った場所だ。

「あ・・・」

「すごいでしょ!これー!全部葡萄の木だよー!ここから幻想郷を葡萄の木で埋めつくし・・」

「いや、妖怪が食べてるけど・・・・? 」

「え!? 」

奥のほうにいた妖怪はあの時の妖怪だったが、良く見ると私達より小さな子供の妖怪だった。
あの時ほどの威圧感はどこにもない。私達が力を取り戻してるからだろう。
そして穣子のよくわからない説教が始まった。

「・・・わかった!?もう人も葡萄も食べちゃ駄目だよ? 」

「そーなのかー」

「でも人を食べるくらいならここの葡萄を食べていいからね。人は食べちゃダメ! 」

「そーなのかー」

「そして私たちと遊びたくなったらまたおいで! 」

「そーなのかー」

絶対にわかっていない。だけど、いつの間にか穣子は妖怪と仲良くなっていた。
本来の力を取り戻している自信からか、いつも以上にはしゃいでいた。
妖怪が帰っていくと穣子が村へ向かおうと言い出した。
近づくにつれて人里の方から騒がしい声がする。太鼓や笛の音も聞こえる。

「太助が毎年収穫祭として私達に祈りを捧げるお祭りを開催してくれてるんだよ!私達も見に行こうよ!皆驚くよ!太助も絶対喜ぶ! 」

「でも私たちが姿を・・・」

「年に1回だしいいよー。ブレーコーだよお姉ちゃん! 」

「また変な言葉覚えているわね。でも、行きましょうか。私達のお祭りなんだし」

「決まりだね!お祭り終わったら太助を誘って葡萄食べようね! 」

もう叶うことが無いと思っていた、約束。
今では、里の人々は秋になると紅葉を眺め、多くの作物で心を満たされていると穣子から説明された。
人々の思いはこの力いっぱいに葉を広げている紅葉を見ていればわかる。
誰もが私達の存在を認め、大切に思ってくれているのだと。

私は穣子の手をもう一度しっかりと握りなおした。

また妹と一緒にいれる幸せをかみ締め、私達は人里へ向かった。

私達姉妹はこれから、もう離れることはないのだろう。
そして、私は彼から教えてもらったのだ。人を愛し方を。
だから私達は人々と共に、ずっと歩いていけると思う。
私達姉妹も、人間も、この世界で生きていき、互いが互いに必要としているのだから。







 
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