展覧会の絵
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第十一話 ノヴォデヴィチ女子修道院のソフィアその九
「そう、一人だけなのです」
「?その一人って誰だよ」
「誰なんだよ」
「ムッソリーニです」
悪名高い、そうした意味ではそのマフィアやカモラと同じである男だった。言わずと知れたファシスト党の指導者であり第二次世界大戦の責任者の一人だ。
この人物の名前を出してだ。十字は先輩達に語るのだった。
「彼だけでした」
「ムッソリーニってあの独裁者か」
「物凄く悪い奴じゃねえか」
「評判は悪いですが評価できる部分も多かったのです」
十字は歴史的事実を語っているだけだがそれでもだ。ムッソリーニを肯定もした。
「そのうちの一つがマフィア、カモラへの対策です」
「そうか。いいこともしてたんだな」
「独裁者なのに」
「そうです。全面的に悪ではなかったのです」
また言う十字だった。
「善でもあったのです」
「じゃあヤクザよりましか」
「そうだったんだな」
「少なくとも神に裁かれるかというと」
確かに戦争を起こし毒ガスも使うという非道なこともしたが、だというのだ。
「中々難しいのです」
「ヒトラーやスターリンと違ってか」
「そうなんだな」
「彼は二人に比べて遥かに善が強いです」
十字から見てではなくだ。神から見てだというのである。
「ですからです」
「悪じゃないのかよ」
「ヤクザ屋に比べて」
「その通りです。悪を犯しても多くの善も為しています」
ここがムッソリーニという人物の評価の難しいところなのだ。ただのファシスト、独裁者だと片付けることはだ。中々できない人物なのだ。
それでだ。十字も今こう言うのだった。
「だから。あの結末は残念でした」
「ああ、処刑されて逆さ吊りだったよな」
「悲惨な結末だよな」
「そうされるに相応しい人物は他にも多くいます」
十字の目がだ。強く光った。
「それが彼等だったのです」
「ヤクザ者か」
「あの連中だってんだな」
「その通りです。大悪は時としてそれ以上の善を為します」
ムッソリーニのことであるが十字はそもそもムッソリーニを大悪とみなしてはいない。
「しかし小悪はただひたすら邪悪になり醜くなるのです」
「ああ、小悪党な」
「そうした連中か」
「そうです。小悪党はです」
十字が問題視しているのは彼等だった。もっと言えば彼が仕える神がだ。
「汚く醜いものになるのです」
「汚く醜いか」
「小悪党は」
「そうです。小者故に己しか考えず」
淡々ではあるがだ。それでも言ったのである。
「そして醜い行いを繰り返します」
「ヤクザなり何なりな」
「そういうものか」
「神は大悪だけでなく小悪も見ます」96
この世の全てを見るからだ。そうなるというのだ。
「とりわけ汚く醜いものを嫌われるのです」
「じゃあ俺達もか」
「汚く醜くなったら駄目か」
「そういうことか」
「清く正しくです」
俗に言われている言葉も出された。
「人はそうあるべきなのです。そうしたものを目指すべきです」
「そうか。じゃあ真面目に生きるか」
「そうするか」
「ある程度な」
「先輩達はできていますので」
まただ。十字は先輩達については肯定的に述べたのだった。
「ご安心下さい」
「本当にそれだったらいいけれどな」
「マジで不安になるからな」
先輩達は十字に言われてとりあえずは安心した。しかしだ。
由人は己の理事長室においてだ。自分の前に立つ一郎に対して不安を隠せない顔で言っていた。その顔には怯えや恐れ、そうしたものが明らかにある。
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