鶴柿
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第三章
「おめえは」
「はい、秋に柿をご馳走になった」
「その鶴か」
「母親です、娘もいます」
「こちらに」
見れば子鶴も一緒だった。
「おります」
「そうか、元気そうで何よりだな」
「それでお困りですね」
母鶴がまた言ってきた。
「左様ですね」
「ああ、子供がな」
順吉は母鶴にそうだと答えて述べた。
「柿の種を喉に詰まらせてな」
「それで、ですか」
「今から水を飲ませるつもりだが」
そうして喉から柿を取り除こうというのだ。
「かかあが今水を汲んでる」
「それで、ですね」
「楽にしてやるつもりだが」
「お水が来る間も苦しいですね」
「それはな」
「では今すぐに私が取ります」
母鶴はこう申し出た。
「そうします」
「お前さんがか」
「はい、この通り鶴の嘴は細長いので」
自分のそれを見せて話した。
「そうしたものは楽に取れます」
「だからか」
「それはおいら達は無理だな」
また烏が言ってきた。
「どうもな」
「ああ、おいら達は柿の木には止まれるけれどな」
「嘴は太くて短いからな」
「人の喉に嘴を入れるなんてな」
「土台無理だな」
「ですが鶴なら大丈夫なので」
しっかりと取れるというのだ。
「ですから」
「頼めるか」
「今から」
母鶴は順吉にあらためて言った、そうしてだった。
順吉の傍で苦しんでいる順一の喉に嘴を入れた、そしてすぐにだった。
子供の喉を詰まらせていた柿を取った、これで彼は楽になった。順吉はそれを見てここでもこう言った。
「全く八代の柿はな」
「種が多いよな」
「本当にな」
烏達も言った。
「そこが困るよな」
「本当にな」
「それがなかったらいいのにな」
順吉は烏達に続いて言った、するとだった。
その言葉を聞いた母鶴もこう言った。
「そうですね、ではそのお話を天神様に申し上げます」
「そうか、鶴はな」
「はい、天神様の使いなので」
母鶴は順吉に畏まって答えた。
「ですから」
「このことをか」
「すぐにお話します」
「そうしてくれるか」
「あの時の柿のお礼として」
母鶴はこの時もこう言った、そうしてだった。
娘を連れて天神様のいる大宰府の方に飛んで行った、それからだった。
八代の柿は干すとだった。
「種がないね」
「ああ、生だと多いってのにな」
順吉は女房と一緒に冬家の中で干し柿を食べつつ言った。
「干すとな」
「種がなくなる様になったわね」
「そうだな、これはやっぱりな」
「あの鶴が天神様にお話してくれたんだね」
「それでだな」
「干すと種がなくなったのね」
「そうだな、これはな」
順吉は女房に笑って話した。
「鶴のお陰だな」
「あんたが柿をあげたね」
「そうだな、この干し柿は鶴の柿だ」
「全く以てそうよね」
かのも笑顔で頷いた、二人と一緒に干し柿を食べている息子はもう種で喉を詰まらせることはなく心配なくその甘さを楽しんでいた。
いまもこの八代では干し柿を鶴柿と呼ぶという、全てはこの話からのことだ。この地の干し柿に種がないのは鶴とその鶴に柿をあげた彼のお陰である。
鶴柿 完
2022・2・14
ページ上へ戻る