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TALES OF ULTRAMAN ウルトラマルチバースファイト ベリアル&ジード&GEED

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TALES OF ULTRAMAN ウルトラマルチバースファイト ベリアル&ジード&GEED


 憶えているだろうか?かつて地球を守った、私たちのヒーローのことを。遠い銀河の彼方から僕らの声を聞きつけてやってくる、あのか遥か彼方の星の友人たちを。時に傷つき、時に迷いながら我々が彼らと共に歩んできた歴史は、今もなお受け継がれているのである。けれども今回お話するのは皆さんが知っている歴史とは別の流れを辿った「もう一つの世界」の話。物語は遠い銀河の彼方、かつて栄華を究め今では滅び去った星で始まる。

 その星では住民たちがかつて築き上げた壮大な都市が粉塵にまみれ、荒々しい風に吹き付けられて朽ち果てていた。ある者は星を抜け出し、ある者はそこで滅びた。今となっては風が時折苦し気な声で呻く意外に声も言葉もない。それがやってくるまでは。
 遠い空の彼方から偶然不時着した巨大な怪物は、宇宙に眠っていた怨念から受けた邪悪な祝福を身にまとい、耳を裂く鳴き声をあげていた。皆さんはもしやすると、この怪物を知っているかもしれない。大きく翼をはためかせてすべてをなぎ倒さんとするその怪鳥の名はベムスター。かつて『帰ってきたウルトラマン』ことウルトラマンジャックをはじめとして多くのウルトラマン、地球の警備隊を苦しめてきた種族の一個体だった。その怪物が今、禍々しさを増大させた姿でこの星に降り立ったのだ。
 怪獣は辺りを見回すとそう長い時間をかけることもなく、この星に己の獲物となるものはないことを見て取った。ベムスターが見上げた先には数々の星々が目に映る。が、目で見るよりも鋭い嗅覚に似た感覚でベムスターはそう遠くないところに自分の獲物となる星があることを感じとった。血、悲鳴、絶望。邪悪な渇望に掻き立てられてベムスターが飛び立とうとした時、眼前をまばゆい光が覆った。その光は本来、健全な魂をもつ生き物にとっては癒しとなる。けれども、邪悪な因子をもつベムスターはその光を嫌った。ベムスターからいくらか体の自由を奪ったその光は、飛び立とうとする怪鳥を押しとどめた、怪獣はその光の正体を悟り、怒りで叫び声に似た鳴き声を発した。――光の戦士、ウルトラマンだ。
 光が少しずつ形をとるとそれは銀色の巨人の姿となり、ベムスターと対峙した。怪獣の威嚇にも臆することなく、巨人も高らかで短い雄たけびをあげて怪獣に向かっていく。ベムスターは巨人に何度か組み伏せられそうになりながらこれをかわし、鋭い嘴や翼の先から伸びたかぎづめで幾度となく巨人の体を突き刺そうとした。巨人もベムスターの攻撃をかわしながら手早い身振りで手刀の構えを作り、それを振るった。怪獣に向けて振るった手刀は直接怪獣に体に触れずとも光弾の形をとり、怪獣の体に直撃した。凄まじい火花が散って怪獣の歩みが遅くなったところで、巨人は腕を十字に構え、力を込めた。
 巨人の腕から放たれた光線はまっすぐにベムスターを貫いたように見えた。しかし、光線はベムスターの腹の器官に捉えられていたのだった。ベムスターの腹は個体だけではなく、光線も吸収してしまうのである。光線を体よく吸収しながらベムスターが上げる短い咆哮は、高笑いにもせせら笑うようにも聞こえた。けれども巨人はそれに動揺もせず、むしろそれを見越していたように、さらに構えに力を込めた。次第にベムスターのせせら笑うような調子は失せた。途方もない吸収力を持った腹部の器官にもやはり限界点はあり、巨人はそれを見抜いていたのである。ベムスターが己の慢心による敗北と、相手が一枚上手だったことを悟ったときにはもう、腹部の器官は限界点をむかえていた。そのまま膨張したベムスターの体は爆散し、怪獣の体を構成していた邪悪な因子が、もはや命の欠片も見られぬ都市の残骸に降り注いだ。

 ベムスターとの闘いを終えた巨人はしばらくその荒廃した星の有様を眺めていた。言葉もなく辺りを見つめる白い宝石のような瞳は、かつて己の過ちによって故郷を滅ぼすに至ったその星の民に思いを馳せているようでもあり、少しばかり憐みを感じているようでもあった。もしくは――もしくはまた別の思いにかられているのかもしれない。
 そのまま巨人が立ち尽くしていると、テレパシーによる通信を感知し、巨人は我に帰ったように身じろぎをした。
「ベリアル部隊長、ベリアル部隊長、応答してください」
 ベリアル、と呼ばれた巨人は応答した。人間でいえば少しばかりくぐもった声をしていて、いくらか荒々しい性分が見て取れる。近寄りがたいともされる雰囲気をまとっていた。けれどもぶっきらぼうでいながら、彼を頼る者からの信頼は常に厚かった。
「こちらベリアル。どうした、いつなんどきも冷静に構えていろと教えたはずだぞ」
 ベリアルに言われて部下を言葉をつまらせた。
「すみません――。定時報告がなかったものでもしかしたら何か非常事態が起きたのではないかと」
「辺境の星でベムスターと遭遇した。もともととうに捨て去られた星だから被害はない。しかし、妙なのは元の生態に輪をかけて凶暴化していたことだ。外的要因があるかもしれん」
「凶暴化したベムスター?お怪我はありませんか、部隊長」 
 部下が取り乱した声をあげたので、ベリアルは思わず溜息まじりに一喝した。
「取り乱すな、と言ったはずだ。ベムスターは対処してある」
 俺を見くびるな、と付け足すと部下は「すみません」とバツが悪そうに返事をした。しかしそのすぐあとで、本部への帰還お待ちしています、と告げて、通信を終えた。なにやら安心したような声だった。ベリアルは部下に対する物言いに関して、親友であるケンにいつも諫められていることを思い返して少しばかり後悔した。お前はいつも若い奴に対して厳しすぎる。厳しいだけでは、周りのものはお前にはついていかない、と。
 もとよりケンより他にはさほど友人と呼べる者もいない、一匹狼のような性分だった。若いころよりマシになっているとはいえ、それでも他者の気持ちを慮る事に関しては苦手で、ことによると煩わしくさえ感じる。だが、部隊長となった今ではそうも言っていられない。その点に関しても親友のケンを今でもうらやましく思う。彼が宇宙警備隊大隊長ある所以は持てる力の強さもありながら、きっとベリアルの不得手とする他者の心に寄り添う力が大きいのだろう。

 宇宙警備隊の本部へ帰還すると入り口のポートに着地したところで本部隊長、ウルトラマンゾフィーが声をかけてきた。
「怪我はありませんか、ベリアル部隊長」
「『怪我はないか、ベリアル』でいいんだ」
 ベリアルがそう言うと、ゾフィーはバツの悪そうな調子で苦笑いの声を漏らした。何万年も前から表情を無くした種族ではあるが、声の調子からお互いの感情はわかっていた。生来真面目なこの男にとって、『ウルトラの父』と呼ばれるケンとほぼ同い年でありながら、部下に当たる自分との距離感ほど悩ましいものはないだろう。
「年など気にするな、しゃんとしていろよ本部隊長殿」
 そう言って最後に少し笑うと、ゾフィーもからかわれているのがわかった様子で、少し肩の力が抜けたようだった。元々ゾフィーが小さい頃から彼を知っているのだ。緊張が打ち解けたあとは、ゾフィーは昔のようにくだけた口調でベリアルに話しかけてきた。
「ベリアル、大隊長が呼んでいるみたいだ」
 ケンがか?と訊くとゾフィーはうなずいた。
「貴方が遭遇したベムスター、それと同じような事象が宇宙の各所で起きているらしい。しかも、そうした事件が起きるすぐ傍では必ず邪悪な因子と次元の歪みが強い波動として感知されている」
「そいつは意思を持っているのか?」
 ベリアルが訊くと、ゾフィーは首を振った。
「わからない。けれどもしそうだとすれば、宇宙全体の危機だ。ここまでの広い範囲に影響を及ぼすような力と言えば、――例えばレイブラット星人とか」
 ゾフィーはその名を口にしたすぐあとで言葉が過ぎたかのように口をつぐんだ。
 ――レイブラッド。かつて数多の怪獣を支配下に置き、宇宙を混沌に貶めた邪悪な種族。ベリアルは一度その亡霊と対峙したことがあった。空を覆う巨大な影。そして心の隙間に忍び寄る、悪魔のささやき――。
「まあいい、なんにしろ報告をデータにまとめるのは性に合わんからな。大隊長殿に直接報告すれば話は早いだろう」
 いや、データはまとめてもらうよ、と釘をさすゾフィーに気のない返事ではぐらかしながら、ベリアルはそのまま親友であり大隊長であるウルトラマンケンの待つ司令室へと向かった。

「失礼させてもらうぞ、大隊長殿」
 べリアルが声をかけると、振り向いたケンは軽く笑った。
「よさないか、ベリアル。帰って来て早々親友をからかうとは悪い奴だ」
 ケンはそう言うと、すぐに今しがた見ていた大画面の星雲図に目を戻した。星雲図に映し出された膨大な数の星のいくつかの上に、ここ最近怪獣出現したことを表すマークが表示されている。その数は尋常ではない数に達しようとしていた。
「宇宙全体に何か起きようとしている」
 ケンは呟くように言うと、そこで言葉を切った。しかし、ベリアルには彼が口に出さなかった言葉が何かわかっていた。まるで、あの時と同じだ、と。かつて、『皇帝』と呼ばれた恐るべき闇の暴君、エンペラー星人との間で起きた『ウルティメイトウォーズ』。あれから何千年と時間が経過しているにも関わらず、第一線で戦闘に赴いたケンとベリアルの脳裏にはあの時の凄惨な記憶が褪せることなく刻みつけられていた。特にベリアルにとっては痛々しい記憶であった。エンペラー星人の圧倒的な力を前にして彼は自分のなかに芽生えた恐怖に戦慄し、己を恥じた。そして、その恐怖を越えるための力を心のうちで求め、あの時過ちを侵したのである。

 あの頃、ケンはエンペラー星人の襲撃をきっかけに創設された宇宙警備隊の初代隊長に任命されたばかりだった。銀河をかけめぐる戦士たちの指揮をとるのに忙殺されるケンの横にはマリーが必ずいた。マリーは常にケンを支え、その眼には純粋な尊敬と深い愛情が宿っているのをベリアルは遠目に見て感じていた。その眼差しを見る度に、孤独と、劣等感が襲い掛かってきた。通り過ぎる同族の者たちの他愛ない笑いさえ自分に向けられた嘲笑に感じられる時もあった。
 次第にベリアルは己に問いかけるようになった。
 力が欲しい。でもどうやって?エンペラー星人のような恐るべき敵をも恐れぬ力。ケンのように周囲の尊敬や愛情に囲まれた場所。その場所に立つにふさわしいという証、ベリアルにとってはそれもまた『力』だった。
 実力だけを追い求めてきたベリアルにとっては、力の探求だけが正義だった。
「その通りだ」
 やがて自分の心か、それともまったく別のものによる言葉なのかもわからない声が彼に囁きかけた。
「力がすべてだ。求めろ、そうすれば与えられる。お前は『彼』を越え、欲するものを手に入れることができるのだ」
 ベリアルのいる場所から遠くではあるが、宇宙警備隊本部を見下ろすことができた。隊長として誇らしげに努めるケンの姿が、それから思わずマリーの顔が脳裏に浮かんだ。何気なく本部から目を離すと、煌々と輝くプラズマスパークタワーが目に映った。結晶の群れのような光の国の都市はこのプラズマスパークタワーの光を受けて輝いている。遠い昔に科学者達が死滅した太陽の代わりとしてこのタワーに人工太陽(プラズマスパークタワー)の光を灯した。我々光の国の住人は元々今より脆弱な肉体を持っていたのだが、その人工太陽の光を浴びることによって進化し今日の肉体を得たのだった。言うなれば光の国のはじまりそのものである光、これ以上ない「力」の源だった。
 そう、力。ケンを越える力。タワーを捉えた視線は食らいつくようにそのまま離れなかった。 

 警備の目をかいくぐってタワーへとたどり着いた時には戦士としての誇りを失ったように感じた。タワーは下から上まで吹き抜けになっており、入り口から見上げて頭上遥か彼方に橋が渡され、その中央にプラズマスパークタワーが輝いている。その場所でプラズマスパークを前にした時、ベリアルは内なる声が再び踊り出すように彼を駆り立てるのを感じた。
「さあ、そいつを手にとるのだ」
 ベリアルが手を伸ばした時、その手を強く掴む何者かの手が伸びた。強く引っ張られてその何者かと向き合うと、それはケンだった。
「ベリアル、どうしてこんなことを」
 ケンの声はいつもの穏やかな声とはうって代わり悲痛な叫びとして響いた。
「プラズマスパークの光に手を出すのは禁忌だとお前も知っているはずだろう」
 うるさい、と声を荒げるとさベリアルはケンの手を振りほどいた。
「お前にはわかるまい」
 吐き捨てるように言うと、ベリアルは思わず顔を背けた。今は親友の顔を見ることが出来なかった。直接目にしなくても、ケンの顔に戸惑いと憐みが浮かんでいるのがわかった。
「わかってたまるものか」
 その時、ケンの後ろからいくらかの足音がかけてくるのが聞こえてきた。ゾフィーを筆頭とした幾人かの警備隊員たちがプラズマスパークに近付くものがあったことに気が付いたのだろう、急いで駆け付けてきたのだ。ゾフィーはベリアルの姿を認めると、絶望に似た悲痛な声をあげた。
「ベリアル?どうして――」
 ベリアルは何も答えなかった。ベリアルを取り押さえようとする後ろの隊員達とケンとゾフィーが押しとどめた。
「ベリアル、お前は誰よりも戦士の誇りがある男だ」
 ケンは静かに言葉に出した。
「何がお前を血迷わせた?友よ、昔のお前に戻ってくれるなら私は何だって差し出そう」
「それなら」
 ベリアルは震える声を絞り出した。
「お前のもてる地位を、お前の受け取る愛情を俺によこせ。俺こそが、俺こそが」
 俺こそがそれを得るにふさわしい、その言葉をベリアルは口に出すことが出来なかった。たまらない惨めさに襲われたことと、彼の中にまだ残る誇りがそれを阻んだ。そのうちに不意に力が抜けたように彼はうなだれてケンに告げた。
「ケン、俺を追放しろ。俺は法を破った」
 ケンは力なく首を振った。
「駄目だ、私には出来ない」
 ふん、それでも隊長か。ベリアルはけしかけるつもりで吐き捨てたが、ケンはうなだれるように肩を落とすばかりだった。ベリアルは今度ゾフィーに目を向けた。
「ゾフィー、お前がやれ。ポンコツの隊長の代わりにお前が俺を追放するんだ」
 しかし、ゾフィーもそれをたやすく受け入れることはしなかった。
「ベリアル、私にだって貴方を追放するなんて出来ない」
 ケンとゾフィーが己の追放を拒む姿を目にしたベリアルはにわかに胸にくすぶる思いに気が付いた。自分は二人を裏切ったのだ、という悲しみが初めてベリアルの胸に芽生え、後悔と変わりつつあった。これまでは自分は孤独だ、自分の存在を惜しむものなどいない、と決め込んでいたのに。
「何を迷っている」
 内なる声が再び囁くのをべリアルは聞いた。
「早くプラズマスパークに手を伸ばせ。お前は最強の戦士になるのだ。宇宙をその手にしたいとは思わないか」
 ベリアルが驚いたのは無理もない。自分にしか聞こえないはずの声が、それもひょっとすると自分自身の意思だと思っていたその声が周りの者たちの耳にも届ていたらしく、その場にいたベリアル以外のものは皆声の主を探して辺りを見回していたのだ。
「ベリアル、今の声は――?」
 ケンの問いかけに答える間もなく、辺りにまた別の声が響いた。
「ベリアル、そのまま動かずにおるのだ。すぐに終わる」
 耳に痛いくらい力強く声が告げると、ベリアルは眼前から優しく、それでいながら力強い光が自分を包みこむのを見た。光の国の戦士が作り出すものと同質だったが、それよりも遥かに強い力を持った光だった。
 気が付いた時には、前よりも体が軽く感じられた。何が起きたのかと周囲を見回すと、傍らに立つ影に気が付いた。
「――キング」
 ケンが震えんばかりの声でそう言うとベリアルをはじめとしてその場にいた者は皆、言葉を失った。銀河に伝わる伝説の超人。その手が起こす奇跡は数多の宇宙を死や巨大な闇から救ってきたという。
「ベリアル、お前は踊らされていたのだ」
 優しく語りかけるキングが颯爽と指さす先、ベリアルたちの頭上におぼろげでありながら巨大な雲のようなオーラが姿を表していた。赤黒いオーラはやがて形をとり。かつてケンやベリアルが伝え聞いたものに似た姿をとった。
「レイブラッド」
 ベリアルが口にすると、レイブラッドの声が辺りに禍々しく響いた。その声は一瞬だけ、プラズマスパークの光をも陰らせた。
「おのれ、キング。光の国の戦士どもめ。あと少しでこの愚か者を手ごまとし宇宙を我が手に出来たものを」
「迷える若き戦士の魂をよくももてあそんでくれた、レイブラッド。決して許すまじ」
 キングの声は穏やかな調子でいて、雄たけびをあげるような怒りをまとっていた。彼が両の手を広げると、間もなくレイブラットの影は消え失せた。
「亡霊は遠のいた」
 キングは他のもの達へと向き直りそう告げた。
「しかし、奴は完全には消滅はしていない。いつの日にか力を取り戻し、また私やお前たちに復讐を遂げようと忍び寄ってくるやもしれん」
 おそるべき怪物を傀儡とするか、あるいは――。キングは言葉を切ってべリアルを見え据えた。
「迷える者の魂に再び近付き、弄ぶか。そうなった時、きっとお前の力が必要となるだろう」
 俺の力が?ベリアルがそう訊くとキングは深くうなずいた。
「左様。その日までお前には学ぶことがやまほどあるようだ。しかし、今は」
 キングはケンに目を向けた。
「友の切実な声に耳を傾けその心に答えるといい。お前もだ、ケンよ。苦しみに苛まれる友の声を聞くは時に耳だけとは限らぬものだ」
 それだけ告げるとキングはいつの間にか姿を消していた。同時にいままたベリアルとケンは互いを隔てるものなく向き合う形となった。
 両者の間でしばらく沈黙が流れた。周りの者たちが言葉もなく見守る内にベリアルが最初に口を開いた。
「ケン、俺と勝負してくれ。一対一の一騎打ちだ」
 他のものたちがざわめき出すのをケンが手で制した。
「どうしてだ、ベリアル。私たちが争う理由はないだろうに」
「これは俺自身の問題だ。俺は自分の弱さに決着をつける」
 断固として言い切るベリアルにケンはゆっくりとうなずいた。
「いいだろう、友よ。しかしお互い手加減はなしだ」

 星雲図に目を向けながら遠い昔を邂逅していたベリアルは、不意にケンに声をかけられて我に返った。
「ベリアル、どうした」
 疲れているのか、と案ずるように訊くケンにベリアルは首を振った。
「いや、何でもない。少し考え事をしていた」
 結局のところ、ベリアルはケンと互いに納得するまで組み合ったのちに彼を隊長と認めた。長老議会からケンが大隊長に任命されると決まった時、ケンはベリアルを次なる本部隊長に推薦しようとした。けれども、ベリアルはそれをゾフィーに譲り、自分はいくつかに分かれた実戦部隊の部隊長として後進の指導にあたりながら数々の星で侵略宇宙人や彼らの手によって作られた生物兵器「怪獣」との闘いに明け暮れていた。ベリアルから言わせれば自分にはケンやゾフィーのようなお堅い仕事に向いた才はない。彼らがにらめっこをしている画面など、時折横から覗きこむだけで煩わしくなる。それであれば、宇宙を飛び回って体を動かしている方が自分には合っているのだ。
 ゲートが開く音がしたかと思うと、それまで二人だけだった司令室に遠慮のない足音をさせてまた別の誰かがやってきた。
「ベリアルおじさん、帰ってきていたんですね」
 遠慮もなくベリアルを「おじさん」と呼ぶ彼こそはケンの息子にして宇宙警備隊副教官、ウルトラマンタロウだった。屈託のないところと分け隔てなく朗らかに他者と接する様子はまさしくケンとマリーの息子だ。その性格をベリアルは見ていて気持ちいい反面、副教官とまでするにはどこか地に足がついてないように感じていた。
「これ、タロウ」
 ケンが早速たしなめた。
「司令室で『おじさん』はないだろう。ベリアル部隊長と呼びなさい」
 すみません、と慌てて謝るタロウにベリアルは軽く笑って答えた。
「まあいい。お前くらい遠慮がないとかえって気持ちがいいもんだ」
 それからベリアルはタロウに訊いた。
「どうだ、我が息子の様子は?」
「ああ、ジードですね」
 ベリアルの息子であるジードもまた父と同じく宇宙警備隊の戦士としての道を歩むべく、訓練を受けていた。訓練所の副教官であるタロウは時折ジードの指導に当たることがあり、ベリアルはたまにこうして息子の様子を聞いていたのだった。息子は妻であるレムに似たのか、少し繊細すぎる嫌いがあり、ベリアルは少々接し方に手をこまねいていたのだ。光の国の住人で言えばそろそろ青年期に差し掛かるところだったが、ベリアルには日に日に息子が塞ぎこんで父である自分を避けているように見えていた。
「彼は優秀です。あの年にしてあれだけ動けるのはセンスがいいからでしょう。それでいて、下手な隙を作らない。おまけに教えれば新しい技をいくらでも吸収しまう。教えがいのある生徒です。ただ――」
 タロウが言いづらそうに言葉を切ったので、ベリアルはどうした?と訊いた。すると、
「彼はどこか自分に自信がないのが見え隠れしていますね。自分の力量を出し惜しみする嫌いもあるようです。ひけらかすのを嫌うように、とでも言うんでしょうか。それに変なこだわりも彼の成長を邪魔している。彼のような技のスタイルであれば本来、父である貴方と同じくスペシウム系の技(腕を十字に組む型)を使うのがあっているんですが、彼はワイドショット型、シネラマショットの型(腕をL字に組む型)を使おうとするんです」
 ほう、とベリアルは声を漏らした。タロウが言葉を選ぶように息子の短所としてあげつらねた特徴が、かえってベリアルには新鮮だった。自分にはない、ジード独特の性格が垣間見えた気がしていた。
「何、どこからどこまでもお前と正反対じゃないか」
 横で聞いていたケンも同じように感じていたらしく、面白そうに口を挟んだ。
「お前は新しい技を覚えるのを嫌って、いつも得意の技一辺倒でよく師範に怒られていた。それに自分の力を周りに自慢したがってしばしば派手な動きをしては余計な隙を作ったものだ」
 散々に言ってくれるじゃないか、とベリアルが答えるとケンは小さく笑った。
「ところでタロウ。お前、ケンに用事があるんだろう。俺は席を外したほうがいいか」
 ベリアルがそう言うと、タロウは首を横に振った。
「いいえ、大丈夫です。今しがた太陽系の調査から戻ってきたところなのですが、ベリアルおじさ、いや、部隊長の耳にも是非入れておきたいと思いまして」
 報告を頼む、とケンが重々しく促すと、タロウは姿勢を正して報告を始めた。
「太陽系周辺ではもともと生命体が希少であるために他の銀河ほど敵の手は広がっていないようです。ただ、局所的な被害が」
 ケンは低くうなった。
「地球か」
 苦々し気にうなずくタロウの様子を見つめながら、ベリアルはまだ見ぬ「地球」と呼ばれる星に思いを巡らせた。その星に住む知的生命体「ニンゲン」はこの宇宙で一番最初に我々光の国の戦士を「ウルトラマン」と呼んだ。地球では「初代」と呼ばれるウルトラマンが逃走したベムラーを追って地球を訪れて以来、数多くの若き戦士たちが彼の地へ赴き、ニンゲンたちと共に戦った。彼らは皆、共に苦難を乗り越えることで深い友情をわかちあったと異口同音に話す。そんな「ニンゲン」たちの信頼に答える意味合いも込めて、我々は皆ウルトラマンを名乗っているのである。
 かつてベリアルにも地球へ行ってみないか、という打診があった。しかし、彼は結局断った。
 「ニンゲン」という生物について、後輩たちが持ち帰った報告を何度か目を通してみたことがある。彼ら「ニンゲン」はか弱いながらも確かに美徳とすべき点を持っていた。他者をおもいやる気持ちや、時に自分を犠牲にしてでも誰かを守る姿が、彼らと出会った戦士達の胸を打ち、盾となり守りたいという思いを抱かせたのだろう。けれども、「ニンゲン」はそれだけではなく裏切りや暴力など残虐さや精神の弱さも持ち合わせていたのだった。いくら彼らの美点に触れたとしても、若き後輩たちが何故それほど彼らに肩入れ出来るのか、べリアルには理解しがたかった。若者たちがあまりに純粋であるが故なのかもしれないとさえ考えた。しかし、彼らこそその目で直に見ているはずなのだ。「ニンゲンたち」はあまりに脆く、どのような過ちを侵すかわからないということを。
 ウルトラマンジャックの持ち帰った報告がベリアルの印象に残っていた。彼らは宇宙人を恐れるあまり、たまたま訪れた無害な宇宙人を死に至らしめ結果として怖ろしい怪獣を野に放つことにつながってしまったという。
 それを目にした時、彼らの弱さに己の中の弱さや愚かさに通ずるものを感じて、ベリアルは心のどこかでその「ニンゲンたち」に恐怖を感じた。彼らの何十倍も巨大な体をもち、比べようのない力を持った自分が、である。いつか自分がその地を訪れたとして、後輩たちと同じように接して情にほだされたとしよう。しかし同時に彼らの裏切りや残虐さを目にした時、襲い来る失望は途方もなく深いものになるだろう。それだけではなく、その「ニンゲン」たちの姿はかつて過ちを犯した愚かな自分の姿に重なり、彼にそれを思い返させるのである。そんなものを目にするくらいだったら辺境の星をせわしなく飛び回るか、なんだったらカネゴンだらけの星に送られる方がいくらかマシに思えた。
「それで、今地球はどのような状況なのだ」
 ケンが訊くと、タロウは報告を続けた。
「彼ら人間の言葉でいう『怪獣頻出期』に近い状況のようです。地球上ではバードンやグドン、それだけではなくボガールの姿も確認されたとのことです」
 ボガールだと?これにはついベリアルも横から口を出した。惑星間を漂流しては、その地表の生物を食いつくす悪魔とも言われる怪物だった。何百年か前、ベリアルの管轄の惑星群も多大な被害を被った。おまけに奴はエネルギーを体内にため込むので下手に攻撃をすれば地表で大爆発が起きる。
「今、地球にはどいつを行かせている?」
 ベリアルが尋ねると、ケンが答えた。
「若き戦士の一人でウルトラマンメビウスを行かせている。彼は非常に優秀であるが故、経験を積ませようとして向かわせたんだが――。まさか、こんなことになるとは」
「ボガールは一度相まみえたことがあるが、若造に相手が務まるような代物じゃない。すぐに帰還させてゾフィーあたりに対処させたらどうだ」
 ベリアルが進言すると、ケンは少しだけ嬉しそうにベリアルの方へ向き直ってこう言った。
「年をとって随分面倒見がよくなったなベリアル。しかし、まだメビウスを帰還させるかどうか判断するのは早計かもしれん。ゾフィーも宇宙全体で今回の現象の調査を指揮するのに追われている」
「うかうかしていると、地球だけじゃすまなくなるぞ」
「お前がメビウスのサポートに向かうのはどうだ?お前も一度くらい地球の大地に降り立ってみたらどうだ。きっと多くを得られるぞ」
 勘弁してくれ、とベリアルはぶっきらぼうに言うと、首を振った。
「俺は「ニンゲン」とかいう、複雑な生き物は苦手だ。ファントン星人くらいヘンテコで馬鹿なら話は別だが」
 
 タロウの報告に続けて、ベリアルは辺境の惑星でベムスターと交戦した経緯を二人に話した。やはり、二人とも今回の一連の現象との関連は疑っている様子だった。ケンは深く考え込むように唸ると、こう言った。
「調査の体制を今一度考えた方がいいかもしれん。ゾフィーと相談してみよう」
 それから、タロウは養成所に戻るために司令室をあとにした。ケンはベリアルの方を向いて
「私は兄弟たちの報告を待たねばならん。お前も働き詰めだ、家で少し休んでくるといい」
と告げて、また立体画面を陰る面持ちで眺め始めた。そうさせてもらおう、と返事をしてベリアルもまた司令室をあとにした。途中、光の国が見渡せるテラスを歩いていたところでベリアルは少し前を歩くタロウを見つけて呼び止めた。
「タロウ、お前のところの息子はいくつになった?」
「タイガですか?今年4000歳になりましたよ」
 急にどうしたんですか、とタロウが訊くとベリアルは少しばかり居心地の悪そうな表情を見せた。
「お前、息子にはどう接している?俺にはどうにも父親というのがどうあるべきなのかが近頃わからなくなってきた」
 すると、タロウは不意を突かれたように笑い出した。
「ベリアルおじさんがそんなことを悩んでいただなんて――いや、失礼。私にもどうあるべきが正しいかわかりませんよ。でも、どうして?」
 ベリアルはタロウに近頃息子が塞ぎがちなこと、父である自分に対しても妙によそよそしいことは話して聞かせた。すると、タロウはなるほど、とつぶやいた。
「うちのタイガもどこか似ているかもしれませんね。塞ぎこみがちというか、悩みにとらわれてしまうというか。そういえば、父さんがあなたとジードのことでこんなことを話していましたよ。『べリアルは優秀な戦士だが、そのせいで父であるべき時にまるで教官のように息子に接している』と」
 ケンがそんなことを?とベリアルが訊くと、タロウはええ、とうなずいた。それから、親友の息子であるが故、気にかかってしょうがないんでしょう、とも言った。
「しかし、私の目にはジードは立派な青年に育っているように思えるんですがね。そこいくとうちのタイガはまだまだです。宇宙警備隊の候補生にはなりましたが、どこか自分の力を過信しすぎるというか、周りに認められようとムキになりすぎるというか」
「もしかしたら、立派な親父を持ったことで何か重荷を背負っているのかもしれんがな」
 ベリアルはそう言ったあとで言葉が過ぎたか、と思い直した。言葉を繕うべきかと様子を伺ったものの、タロウは思いのほかあっけからんとした様子だった。
「いいえ、私なんて重荷になるほど大した父親じゃあないですよ。それに、親のプレッシャーなんて言ったら私の方が大変でしたからね」
 確かに、と言ってベリアルは小さく笑った。大隊長と銀十字軍隊長を両親に持ったとあらば、そのプレッシャーは当然、彼の心に少なからずのしかかったことだろう。大変だったか、とベリアルが訊くとタロウはうなずいた。
「ええ。ですが、親友がいつも側にいてくれたおかげでなんとかやってこられました。科学技術局所属の男なんですがね」
「確か、トレギアといったな?ウルトラマンヒカリが話していたぞ。なんでもなかなか優秀な男だとか」
「はい。でも、彼は知力だけではなく、本当に優しい男です。それゆえに何が正しいのか彼は常に悩みがちですからね。なんとか彼の力になってやりたいとは思うのですが、なにしろどんな言葉をかけたらいいのか分からなくなる時があって」
「まるで息子に対して俺が思っているようなことだな」
「本当ですね、これではどっちが相談をしているんだか」
 タロウはそう言ってまたひとしきり笑うと、爽やかに挨拶を告げてテラスからそのまま飛び立った。まだこれから調査の任務が残っているのだという。どこか浮足立った性格が否めない反面、気持ちのよさでやはり憎めない男だった。時としてそれはケンにも通ずる部分であるとベリアルは感じていた。けれどもプラズマスパークの一件以来、彼は自分の中にくすぶる薄暗い感情に揺れた時には、決まって彼らのこういった部分に救われてきたのだった。ベリアルには自分でもそれがよくわかっていた。

 ベリアルの住居は光の国の都市部から少し外れたところにあった。荒野から運ばれてくる荒々しい土の匂いも感じられるその場所に、他の建物に比べるとやや無骨とも見える設計で建てられていた。しかし、それはセキュリティの見地からいえばこれ以上ない設計であり、ベリアルに言わせれば、光の国の住人は少しばかり警戒心が足りないのである。我々宇宙警備隊が一歩外に出れば、宇宙の均衡を保つためとはいえ、少なからず敵を作って帰ってくるのだ。そうなれば、いつ光の国が奇襲を受けたり、スパイの侵略にあうかもわからない。特に科学技術局の建物なんて警戒心の欠片も感じられない。あれで光の国の技術が今日にでも盗まれたりしたらなんとするつもりなのだろうか。
 ベリアルが中に入ると、中で妻のレムが待ち受けていた。
「おかえりなさい、よくぞご無事で」
 レムは光の国の住人に外見こそ似ているが、他の惑星の生まれであった。生まれた星が怪獣頻出期に遭い、その際にベリアルと出会った。確かにベリアルは、初めに出会った時から彼女に心惹かれるのを感じていた。けれどもわずかに跡を残していたマリーへの思いや、かつて自分の犯した過ちへの悔恨から一緒にはなれない、と彼女に告げていた。それでも彼女はそれを頑として聞き入れず、生まれた星から遠く離れた光の国までベリアルについてきてくれたのだった。穏やかで柔和な中にも、芯の強さは誰にも負けない女性だったのである。
「息子は、ジードはどうしている?」
「今日は宇宙警備隊の訓練が早く済んだみたいで、お部屋で過ごしているようよ」
 そうか、と答えるとベリアルは先ほどのタロウとの会話を思い出した。彼は別れ際に日頃声をかけているだけでも違いますよ、と話してくれた。早速、ベリアルはジードの部屋へと向かった。
「ジード、私だ。入るぞ」
 そう言ってゲートが開くと、広々とした部屋のなかで真ん中に映し出されたホログラムが目立った。レムが言うにはドンシャインとかいう地球の架空のキャラクターだという。やけに重そうな、機械的な鎧を身に着けてポーズをとっている。メビウスが地球からの通信で映像のいくつかを贈ってきて以来、ジードはこのドンシャインがお気に入りのようだった。
「父さん、お帰りでしたか」
 部屋の奥に設けられた画面に今しがたまで夢中だったらしく、ジードは画面を閉じると慌てて居住まいを正した。まるで教官を前にした軍人のようだったので、ベリアルはケンの言葉を思い出さずにはいられなかった。
 ジードはベリアルとうり二つの姿をしていた。違うのは胸についているカラータイマーだけだった。ジードの付けているカラータイマーはベリアルが使っている旧式の円形のものと違って、長方の六角形をした新型だった。近頃ではウルトラマンが戦闘の状況に応じて姿を変える研究がなされているため、それに対応するために作られたばかりの新型だった。ヒカリに無理を言って試作品を送ってもらったのだった。今日では若いウルトラマン達はそれぞれ思い思いの形のカラータイマーをつけているようだった。この間は地球の文字を象ったウルトラマンゼットという若い候補生を見かけた。何分、勢いはあるが勘が鈍そうな若者だったので自分の隊には配属させるな、とゾフィーに言っておいてある。
「近頃、訓練はどうだ」
 ベリアルがそう訊くと、ジードは姿勢を正したまま固い調子で答えた。
「はい、タロウ教官の指導を頂いて日々訓練に励んでいます」
 そうか、と答えながらべリアルは質問が悪かったと後悔した。これではケンの言う通り、親子ではなく教官と兵士だ。
「あれは、確かドンシャイン、と言ったか」
 ベリアルがホログラムに目を向けると、ジードは居心地悪そうにはい、と答えた。ベリアルは話題を逸らしたかっただけなのだが、ジードはこれを咎められていると受け取ったらしい。
「地球人もなかなか面白いものを作るもんだ。私も幼い頃は英雄の物語なんかに夢中になったものだが、時代は変わるもんだな。星の垣根を越えてこうして違う星の文化に触れるというのは」
 しかし相変わらず居住まいを固くしたままのジードに、ベリアルは見ているこちらが息が詰まりそうな心地がしていた。しばらく言葉を探していたものの、とうとうベリアルは耐えきれずに「ゆっくり休め」と言い残して部屋を後にした。
 ベリアルには息子が異星の英雄談に夢中になる様子がなんだか妙なものに思えていた。あれだけか弱い星の者たちが作り出した、か弱い英雄にどうして夢中になれるのだろうか。自分の周りを見回せば、もっと力強く、それでいて偉大な英雄たちが近くにいるというのに。その時にベリアルはタロウの言葉を思い返した。ジードは本来であれば自分にあっている父と同じスタイルの技を拒み、頑なに違う型を選ぶと。彼はベリアルが英雄の条件とするものとは別の何かを、異星の英雄譚に求めているのかもしれない。ベリアルは少し前にこんな出来事があったことを思い出した。

 それはベリアルが部隊長として十回目の勲章を授かると決まった時のことだった。ベリアルは本部へ向かっていると、多くの人々が彼に近寄ってきて賞賛の言葉を贈った。そうしてベリアルが人だかりのなかにいる時に偶然、訓練から戻るジードが向こうからやってくるのが見えた。
「ジード」
 ベリアルが呼び掛けるとジードは顔をあげた。それまでうつむいて歩いていたところ、呼び掛けられてようやく父がそこにいることに気が付いた様子だった。おまけに、父に気が付いた途端、彼の表情が少しばかり曇っていたようにも見えた。
「訓練からの帰りか」
 はい、と答えるジードに周りの者たちの目が集まった。ジードは周りの視線どうにも居心地が悪い様子だった。どうやら足早にその場を離れたがっている様子だった。
「どうした、ジード。随分と先を急いでいるじゃないか」
 すると、ジードは言いづらそうにそれを口に出した。
「だって皆が父さんや僕を見ているから。僕のような息子が皆の目に触れたら父さんは恥ずかしい思いをするでしょう」
 何を言う、息子よ。その時のベリアルは威厳を持って息子を一喝した。
「ベリアルの息子ならもっと自信をもて。お前はこの私の息子じゃないか」
 はい、と答えて少しうつむくジードに、ベリアルは何か釈然としない気持ちを抱いた。何故、彼は自分に自信を持たないのか。何故、彼はこの父の息子であることを誉れに感じてくれないのだろうか。けれども、今ではその時の自分の言葉がいかに見当違いだったのかがわかった。父親が知らず知らず、息子に重圧を与えているのではないかという、先ほどのベリアルがタロウに向けて放った言葉はベリアル自身にも言えることだったのだ。

 ベリアルが部屋を出たあと、ジードはしばらくして立体画面に着信を見つけた。内容を見ると、そっと部屋を抜け出し、そのままベリアル邸から少し離れた場所にある丘まで、なるべく音を立てないように飛行した。なんとなく、父にも母にも声をかけられたくなかった。
 ジードが向かったその丘は光の国の都市部から外れた荒野の始まりで、眼下には結晶のような街とは正反対の、荒々しい砂埃まう広大な砂地が見渡せた。幼い頃から母は「危険だから絶対に近づいてはなりません」とジードに言って聞かせたが、父の方は「いいではないか、戦士の血をひくもの、少しばかりの冒険は味わっておくものだ」と止めはしなかった。幼いジードは父のこうした言葉が時折ひどく無頓着でひょっとすると冷淡な言葉のように感じられたものだった。
 丘が見えてくると、崖のへりに腰を下してジードを待っている影が見えた。青く輝く体と頭から伸びる二本のスラッガー(ウルトラ族がしばし使う頭部の装飾品。主に戦闘ではブーメランとして使われる)は遠くからでも見間違えようがなかった。ジードの養成所の仲間、ゼロだった。
「よお、遅かったな」
 ジードがすぐ側に降り立つと、ゼロが声をかけた。
「父さんがちょうど帰ってきてて。抜け出すのに時間がかかったんだよ」
「親父さんか、仲悪いのか?」
 そう言う訳じゃないんだけど、と言って口をつぐむと、それからまた少ししてジードは口を開いた。
「父さんはあまり僕を息子とは思っていないような気がするんだ。なんだかこう、自分の模造品というか。僕が父さんと違うっていうをあんまり見ようとはしていないっていうか」
 なるほどな、とゼロはつぶやいた。
「でもいいんじゃねえかな。親父さんが誰かわかっているってことは憎しみをぶつける対象も見えるってことだ」
「ごめん、こんな話」
 ジードが慌てて謝った。
「いいって、気にすんな」
 とゼロは笑った。
 ゼロには身寄りがおらず、昔から銀十字軍の中にある孤児院で育った。両親が誰かも分からず心を許す相手がいなかったゼロは幼い頃から大分粗暴で、光の国の住人にしては特異と言われたほど攻撃的な性格をしていた。これには世話をする銀十字軍の隊員たちも大分手を焼いたらしい。そのゼロも今ではジードと同じ宇宙警備隊の候補生だった。表立って攻撃的に振舞うことは少なくなったものの、ゼロの根底に確かに幼い頃からの孤独に対する怒りが眠っていることに、ジードは心のどこかで気が付いていた。
「そういや、聞いたか?今度俺たちの班、宇宙警備隊の任務に同行することになったってよ」
「本当に?」
 ゼロとジードは同じ班だった。今までは養成所での訓練がほとんどだったが、ついに実際の任務に同行することになった。すなわち、ことによれば――。
「実戦みたいなもんだよな」
 ゼロはそれが心底嬉しくてたまらないという様子だったが、ジードはその横で不安を隠すことが出来なかった。
「怪獣とかでくわさねえかな。早く自分の力を試してみてえよ」
 最初からそんな危ない目に遭いたくないよ、とジードが笑うと、ゼロはジードを小突いた。
「行く前からへっぴり腰でどうすんだよ。お前が危なくなったら俺が助けてやるから安心していけよ」
 ゼロはジードとまったくの反対といっていいほどの自信家だった。実際、彼は宇宙警備隊の候補生のなかではトップの実力を誇っていた。今の成績で言えば一番がゼロで、二番がジードではないかと言われていた。だが、光の国ではこうした訓練においても順番をつけたりなどはしない。あくまでその個人のそれぞれがいかに基準をクリアし、発展していくかといった観点である。ゼロは前々からそれが不満だったらしく、どうにか自分の実力を周りの大人たちに知らしめたいと考えていた様子だった。
 そんなゼロの様子を見ていて、時折ジードは自分よりもゼロの方が父に似ていると感じていた。もしかすると、本当にゼロが息子だった方が父も喜ぶのかもしれない。奮い立つゼロの様子を見つめながら、ジードはそんなことを考えていた。

光の国から少し離れたその惑星アルガは一面岩肌で覆われた乾いた星だった。その惑星付近で一際大きな次元の歪みと邪悪な因子による波動――そう、ゾフィーの言っていた事象が観測されたのである。
 現地に赴いたベリアル部隊と宇宙警備隊候補生の一団は惑星に降り立つと、辺り一面が拍子抜けするほど閑散しているのを見渡した。
 最初、ベリアルは宇宙警備隊の候補生を同行させるのに反対した。
「危険すぎる」
 ベリアルは任務の幾日か前、足どりも荒く司令室を訪れるとケンに抗議した。
「今度の一連の事件では誰が裏で糸をひいているのか、その目的だってわかっちゃいないんだぞ。もしものことがあったら――」
「だからお前に任せた」
 ケン、いや大隊長ウルトラの父が重々しく答える声が指令室に響いた。
「ベリアル、お前なら絶対にジードや他の候補生に何かあったときには守りきってくれるだろうと信じている。あの子たちは現場を知らなければならん。これから自分達がどのような任務に赴くことになるのか――。もし、それを教えもせずに彼らを任務につけたらどうなるか、お前だってよくわかっているはずだ」
 それからウルトラの父は続けた。
「それに今回の主な目的は次元の歪みと因子による惑星周辺の大気の変化の観測だ。もし、何か怪しげなものを見つけても誰にも触らせるな。後続でゾフィーの部隊をつけるから彼らにすぐに知らせるんだ」
 なるほどそれだけならば、と胸を撫でおろしたベリアルを見てケンは笑った。
「お前も父親なんだな、ベリアル。私が同じ立場でも同じように突っかかったかもしれん。ただ」
 ウルトラの父の口調は再び真剣な声色に戻り、ベリアルに告げた。
「ただ一人気をつけて欲しい候補生がいる。訓練での成績がいいだけに、少しばかり自信を持ちすぎているかもしれん。そういった若者は先走って何をするかわからない」
「まるで若い頃の俺のようだ、とでも言いたそうだな」
 横槍を入れて茶化すベリアルをウルトラの父は手で制した。
「それに、性格の面でも他の者達と少しばかり違うところがある。あまり今までにみないくらいの攻撃性を秘めている」
「ゼロの坊主だな」
 ベリアルもすでに勘づいていた。大分前に一度、訓練所に顔を出した時に一際目をひいたのがゼロだった。荒々しいまでの戦い方、それでいて戦略家でもあるのだが、その動きの根底にはどことなく憎しみや攻撃性、相手を打ち倒す事への渇望が見て取れた。
 その様子を見ていたベリアルは、レイブラッドに取りつかれた自分を見たような気がして気が遠くなるような心地がした。ジードの様子を見に来たにも関わらず、ベリアルは息子を見つける前に嫌な心地がしてその場をあとにしたのだった。
「わかった、十二分に気をつけておこう」
 ベリアルがそう答えると、ケンは何も言わずにうなずいた。

「いいか、不審なものを見つけたらすぐに報告するんだ。絶対に触るな。では各自、周辺の調査へ散れ」
 ベリアルが指示すると、皆それぞれに散らばり、大気の観測や次元の波動をキャッチしに向かった。
 ゼロとジードは他の隊員たちを突き放すように飛び、部隊長の待機場所から一際離れた場所までたどり着いた。岩肌の突出が一際険しく、まるでそれ自体が星のもつ武器か罠のようだった。
「何もないね」
 とジードが声をかけるも、ゼロの返事はなかった。ジードは少し前からゼロの様子に異様さを感じずにはいられなかった。というのも、ここまでくるゼロの飛び方がまるで何かに惹きつけられるような勢いだったためである。今もゼロはまるでその先に何かがあるのを知っているかのように歩いていた。
 ジードは何にも言わずにゼロのあとをついて歩いた。しかし、すぐにゼロは突然立ち止まると、ジードの方へ向き直った。
「――お前、今の声聞こえたか?」
 声?何も聞こえてないよ、とジードが答えると、ゼロはそうか、とだけ答えてまた先を進んだ。やがてゼロは前方に何かを認めると足取りを早めた。ジードが慌ててかけよると、彼もまたそれを目にした。岩肌に突き刺さった、赤黒く脈うつ牙のようなもの。心臓のようにも見えたが、それはまるで悪魔が囁くような鼓動を響かせていた。
「何かの破片か」
 ゼロがつぶやいた。
「父さん――いや、部隊長に報告しよう」
 ジードがそう言って飛び立とうとすると、ゼロが止めた。
「待て」
 その声が今までにないほど威圧的だったので、ジードは体を強張らせた。ゼロの様子はただごとではない。一体、彼に何が起きているのか?ゼロの顔は目前のその破片に惹きつけられたままで、ジードからはその表情が見えなかった。
 ゼロはそのまま言葉もなく破片に歩み寄っていった。
「待って、ゼロ――」
 ジードはゼロを止めようとしたものの、ゼロはジードの言葉が聞こえていないように破片に手を伸ばし、それに触れた。破片は何の変化も見せなかったようにみえたが、一瞬ののち、一層激しく脈打ち始めた。破片の鼓動が走るように高まると、辺りに赤い稲妻がほとばしった。ゼロは捕らえられたように破片から手を離さずに苦しみ悶えている。
「それを離して、ゼロ、離すんだ――」
 ジードの声はゼロに届いたのか否か、ゼロはどうにか破片に触れた右の手を引き剝がそうとした。しかし、自力で破片から離れることはできないらしい。ジードはゼロを助け出そうとゼロの上半身をとらえて力の限り後ろへ引いた。
 その時に、どこからともなく声が聞こえてきた。どこにも声の主が見当たらないのに、その声はまるでジードの耳もとで囁いているようだった。
「お前も欲しくないか?この力が」
 赤い稲妻がゼロを伝って、今度はジードを捉えた。そのはずみでゼロはあっという間に開放され、その場から弾き飛ばされた。
「ゼロ」
 ジードは咄嗟に叫んだものの、またすぐに赤い稲妻によって体中を締め付けられて声が出せなくなった。かろうじて効くだけの体の自由を使って、彼は漆黒の空に向けて光を放った。光は流れるような文字の形をとり、ウルトラの戦士であれば遠くからでもそれを認めることができるくらいの大きさになった。そう、ウルトラサインだ。

 空にジードのウルトラサインが上がると、ベリアルのすぐ近くで部下たちがざわめきはじめた。
「部隊長、我々が向かいます――」
 しかし、その時にはすでにベリアルは矢の如く飛び去り、一心にジードがいると思われるサインの出所へと向かっていた。部下たちも慌ててそのあとを追うものの、とても追いつける早さではなかった。
 ウルトラサインの現れたすぐ真下では、地面に突き刺さったとげのような破片から放たれる赤い閃光が離れたところからでも見えた。閃光は奔流のようにほとばしり、それがジードの体をとらえていた。それを目にした途端、ベリアルは記憶のなかにしまいこんでいた、体中をかけめぐるあの感覚を思い出した。根底からその者を揺さぶり、絡めとりがんじがらめにする悪魔の支配。
――レイブラッドに取りつかれていた時の気配だ。しかし、何かが違う。
 それはレイブラッドに限りなく近い邪悪な力ではあったが、ベリアルはもっと自分自身に近い何かを感じていた。というのも、ベリアルは閃光の力のなかに確かに光の国の戦士の力が入り混じっているのを感じたからだった。そして、それは驚くことに、ベリアルのもつ力の波動にも似ていた。だが、今はそれを不思議がっている場合ではない。
 ベリアルはジードの元までたどり着くと、彼の肩をつかみ、閃光のなかから引き剥がそうとした。しかし、ベリアルの手は電流が走るような痛みで弾かれた。
 視界の端で部下たちがこちらへ飛んでくるのが見えた。皆、すぐにでも加勢しようとして身構えている。
「来るな」
 ベリアルの声が雄たけびのように響くと、部下たちはその場で動きを止めた。
「こいつは危険だ。お前たちの手には負えん」
 ベリアルは再びジードの胴体をとらえ、あらんかぎりの力で引いた。稲妻がジードを通してベリアルの体を這い、全身を刺すような痛みが走った。また、ベリアルはあの時と同じ声を聞いたような気がした。体の奥にしまいこんだ渇望をさらけだし、それを見せつけて焚きつける這い寄るような誘惑の声。けれども今はその声よりも息子の悲痛な叫びが大きく聞こえていた。ジードの体は赤い閃光にさらされていくうちに変化していった。体を元々覆っていた赤い紋様はところどころが黒く変化し、顔も苦痛のせいか禍々しくゆがんでいた。口元は牙のような形に代わり、父と同じ細長い宝石のような形をしていた目は歪み、羽根のような形に変わっていくのを見た。やがて、ジードは苦悶の声をあげながら、ベリアルをふりほどき弾き飛ばした。
 地面に打ち付けられたベリアルはもう一度、息子を取り戻そうと身を起こした。その時、赤黒く脈打つ破片が目に入った。一瞬で閃きが頭に浮かぶとベリアルはジードの方ではなく破片の方へと体を向け、そのまま素早く十字に腕を組んだ。
「――レッキングシュート」
 あらん限りの力を込めた光線は破片に直撃した。すると、破片は光線を受けて木っ端みじんに飛散し、辺りには赤い燐光が微かに残った。
「ジード、ジード」
 ベリアルはすかさず息子を抱きかかえた。ジードの風貌は凄まじく変貌しており、遠目に見ていた隊員たちの中にもかすかにおののいた声を漏らすものがいた。けれども、ベリアルは構うことなく息子に呼びかけ、隊員たちの方を振り向くと大声で叫んだ。
「ゾフィーを呼べ。すぐに本部に戻るぞ」
 腕の中でかすかにジードの体が動いた気がした。ベリアルが目を向けると、ジードは変わり果てた目をベリアルに向けて、唯一変わらなかった声で呼び掛けた。
「父――さん」

「精神までは影響を受けていないはずです」
 銀十字軍のメディカルベースにて、銀十字軍隊長、ウルトラの母とも呼ばれるウルトラウーマンマリーが長時間のジードの処置を終えて出てきたところだった。立ち尽くすように待ち構えるベリアルと手を組んで祈るレムの方へ歩みよると、マリーはまず「大丈夫、命に別状はありません」と告げて二人を安心させたところでジードの状態を説明し始めた。
「ですが、あの惑星で発見された破片――宇宙警備隊では仮に『デビルスプリンター』と呼んでいるようですが――その一部を採取して調べたところ、やはりあの破片にはレイブラットの遺伝子が組み込まれていたようです。しかも、それだけではなく――」
「我々光の国の戦士の力も混じっているな」
 ベリアルが口にすると、マリーは驚きを見せた。
「どうして、それを?」
「一度レイブラットに憑依されたせいだろう。俺はえらくあの破片に気に入られたみたいだ。破片の方から俺の意識に接触してきて、その時に直感した。こいつには俺たちの同族の力が入り混じっている、とな」
 そうでしたか、と呟くと、マリーは少し顔をうつむけながら続けた。
「あの破片は触れたり同化した生物を凶暴化させたり変化させたりする性質を持っているようです。ジードの場合は精神面での影響は受けなかったようですが、体の外見の変化はあのまま強く残ってしまいました。おそらく、」
 マリーは少し声を詰まらせた。
「完全に元に戻ることは敵わないでしょう」
 それを聞いたレムが取り乱すのではないか、と思ったベリアルは、彼女を支えるように彼女の肩を引き寄せた。しかし、レムはこみあげる涙を押し込めるように気丈な振舞いでこう言った。
「大丈夫です、命さえ助かったなら――。どんな姿をしていてもあの子は私たちにととって大切な息子です」
 しかし、ベリアルは言葉もなくただ黙り込んでいた。その様子に気が付いたマリーが彼の顔を覗き込んだ。
「――ベリアル。大丈夫ですか?」
 ああ、大丈夫だ、と静かに答えると、ベリアルは二人を残してジードが眠っている治療室へと入っていった。透明のカプセルに横たえられたジードの体は、惑星で起きた変化がほとんどそのまま残っていた。ただ違うのは羽根のような形に歪んだ目は今、澄んだ青色に輝いていた。
「あなたに似て強い子ですね」
 いつの間にか隣にレムが立っており、呟いた。
「これほど変わってしまっても、ちゃんとウルトラマンの姿をしていますよ」
 ベリアルはそう言われて、妻の言った通りだと改めて感じた。
 ベリアルは時折悪夢を見ることがあった。そこで彼はキングによってレイブラットの支配から救われなかった自分の姿を見た。体が黒く染まり、手は怪獣のような鋭利な爪に変化していた。目は邪悪の権化ともいうべき黄色い眼光を放っており、その姿はウルトラマンの姿とは形容しがたいものだった。けれども、息子の姿はいままだウルトラマンとしての姿を保っていた。
「この子は本当に強い子だ」
 ベリアルはジードが例え、破片から干渉を受けて誘惑されたのだとしても自分からそれに触れることはないだろうと確信していた。だとすると、最初のきっかけはおそらくゼロだろう。彼が最初に干渉を受けて破片に近づいたのかもしれない。そのゼロは今、どこかに消えたまま宇宙警備隊で捜索中だった。
 ベリアルの中で無力感と自責の念が一気に押し寄せてきた。自分は数々の星を守りながら、己の息子を守ることが出来なかった。さらにベリアルは考えていた。直接的な因果ではないにしろ、かつての自分とレイブラットの因縁が息子を飲み込もうとしている。彼には一連の事件がまるで己の過去の罪に対する罰のように感じられていた。

 星々がまばらになり、まるで虚空のなかにいるような宇宙の片隅では静寂が支配する。真の平穏とは突きつめるとこういうことなのかもしれない。けれども、ゼロはそんな場所でさえ何かに怯えているような様子を見せていた。彼は何かに追われているように、取り乱した様子で辺りを見まわし、まるでそれが追いかけてくるかのように飛び続けた。それからしばらく飛ぶと、やがて放心したように漂い、それからまた我に返ったかのように辺りを警戒をしてという繰り返しだった。
 赤い破片にはじき飛ばされ、そのまま岩陰に倒れて意識を失っていた。意識が戻った時にはベリアルが破片にとらわれたジードを救い出すために熾烈な戦いに挑んでいるのが見えた。周りに集まっていた隊員たちの注意はベリアルとジード、それから破片に集中していてゼロの姿に気がついたものはいないようだと見てとれた。するとゼロはそのまま自分でも何故そうするのか理由がわからないまま、逃げるようにその場を飛び立った。まるで言い知れぬ焦燥感に駆られたようにも感じたが、ひょっとすると何かに命じられてそうしたかのようでもあった。
 宇宙を漂いながら、ゼロは無力感と屈辱を感じていた。最初、あの破片は自分を選んでいたのに、ジードが近寄った途端破片はゼロへの関心を失い、ゼロはあしらわれるように蚊帳の外へ弾き飛ばされたのだ。
 屈辱が怒りへと変わる頃、どこからともなくまたあの声が聞こえてきた。
「そうだ、お前の力はそんなものじゃない」
 ゼロは辺りを見回したが、声の主の姿が目に見えるものでないことはとうにわかっていた。
「誰なんだ、お前は」
 高笑いのような声が響くと、不意に視界が暗転した。そして、今やゼロは虚空と呼ぶべき場所で彼の前に立ちはだかる巨大な幻影を見た。その幻影の姿形はかつて宇宙警備隊のライブラリで見たことがあった。
「レイブラット」
「そうだ、私こそは真の宇宙の支配者。しかし、私は力。今や命を超越したもの」
 命を超越したもの、ゼロは幻影の言葉になかば魅入られるように繰り返した。
「お前が求めるのであればこの力、お前に授けよう。今までお前を不当に見下してきたものたちに見せつけてやるのだ。本当のお前の力を」
 そう言うと、幻影は影形が先ほどよりおぼろげになり、霞のように散った。霞はゼロの体を取り囲み、彼の中へ軽々と入っていった。
「やめろ、よせ」
 ゼロは最初こそ抵抗したものの、その存在に取り込まれていくうちにかつてない高揚感と活力が己のうちにみなぎるのに気が付いた。次に視界が開けてもとの場所に戻ったときにはゼロは今までの自分とはまったく違う存在へと変わっていた。
「これが俺なのか」
 彼は自分の体を見回した。腕も胴も、足も、すべてが黒く染まり、亀裂のような毒毒しい赤い紋様が体中を走っていた。
「ゼロダークネス」
 先ほどの声がそう告げたのか、それとも己で発した声なのかもわからなかった。けれども彼はその名を噛み締めるようにもう一度繰り返すと無音の宇宙の闇をも震わせる咆哮をあげた。


 治療室を抜け出したジードは、よくゼロと会っていた丘の上に来ていた。誰もいない丘のうえで腰を下して荒野を見渡しながら、ジードはしばらく風に吹かれて時間を過ごしていた。最後にここでゼロと話をしたのが遠い昔のように感じられた。
「ジード――なのか」
 後ろで声がするまで誰かの気配に気が付かないのはめずらしいことだった。それほどまでに放心状態だったのだ、とジードは自分で驚いた。声の主は、ゼロだった。
「そう、僕だよ。ジードだ」
 驚いたよね、とゼロの方を振り向きもせずにジードが言うと、ゼロは何も答えなかった。
「ゼロ、皆が探しているみたいだよ」
 ジードがそう言うと、ゼロが鼻で笑う声がした。
「何、戻ったところでまた無駄な時間を過ごすだけだ。宇宙の平和、均衡のために与えられた力を使う――馬鹿馬鹿しい、俺ならもっとウルトラ族としての力を有効に使って見せる」
「何を言っているんだ、ゼロ――?」
 ジードはそう言いながら振り返った時、ゼロの姿を初めて見た。そして、その時変わったのは自分だけではないことを知った。漆黒に染まった体、そしてその上を走る赤い紋様はまるであの破片が放った稲妻のようだった。
「見ていろ、ジード。俺はプラズマスパークの力を手にし、一族を導いてみせる。そして、これからは光の国が宇宙を支配し、その頂点に俺が君臨する」
「駄目だよ、ゼロ。プラズマスパークの光に手を出したら光の国を追放されちゃうよ」
 光の国の法で決まっているんだから、とジードが言うとゼロは鼻で笑った。
「古い法だ。それにあの力を手に入れれば今度は俺が法になる」
 ジードが再び何か言いかけたところでゼロはこう言った。
「そうだ、あの力を手に入れればお前のその外見だって元に戻してやれるぞ。それどころか今まででは考えられないような力をお前に与えることも出来るんだ」
 さあ、どうする。ゼロの問い掛けにジードが身を固くして言葉を飲むと、お前も一緒に来い、とゼロはそそのかすように言った。
「お前だって親父を越えたいんだろう。俺たちは仲間じゃないか」
 ジードはしばらくの間黙り込み、それから小さくうなずいた。

 姿を消していたゼロがプラズマスパークタワーに侵入した。知らせを受けてプラズマスパークタワーに向かう途中、ケンからテレパシーの通信が入った。
「ベリアル、戻れ。タワーへはタロウを行かせる」
 ベリアルは通信を無視しようか迷ったものの、素っ気なく返事をした。
「心配には及ばん。もう変な気を起こしたりしないさ。ゼロの坊やをとっつかまえたらケツでもたたいて本部に引っ張ってきてやる」
 違う、そうじゃないんだ。ケンの口調にただならぬ気配を感じてベリアルは問いただした。
「何だ、何があった」
 すると、ケンは少しためらってから答えた。
「ジードが治療室を抜け出した。隊員たちの報告ではおそらくゼロと一緒にいる」
 これにはベリアルも絶句した。このまま行けば、もしかすると自分の息子をこの手で逮捕することになるかもしれないのだ。
「べリアル、今回は他のものに任せるんだ。いくらお前だってジードをその手で逮捕することは――」
 力技で通信を遮断すると、ベリアルは一層飛行のスピードをあげて先を急いだ。
 タワーにたどり着くと、入り口から入ってすぐの大部屋では惨澹たるありさまだった。若い隊員たちは皆傷つき、転がるようにして倒れている。その中にはエースやジャック、80といった地球で名をあげた優秀な戦士たちが混じっていた。
「しっかりしろ、お前たち」
 ベリアルがかけよるとエースがうめきながら、体を起こしベリアルに目を向けた。
「ベリアル兄さん、来てくれましたか」
「ゼロはこの先か」
 ベリアルがそう言うと、エースはうなずいた。
「ジード、ジードは一緒か」
 すると、エースは首を横に振ったのでベリアルは思わず溜息をついた。しかし――。
「何やら異様なウルトラマンを見ました。我々の異種のようですが、初めて見る姿です。青い羽根のような目をしていました」
 エースがそう言うと、ベリアルは努めて心中を見せないようにそうか、とだけ答えた。
 すぐ近くで倒れていたジャックが息も切れ切れに彼に言った。
「気をつけてください。ゼロの様子はおかしかった。おそろく怪獣たちと同じようになんらかの力の干渉を受けているはず」
 ベリアルの脳裏にあの破片が思い浮かんだ。ベリアルがジードの救出に気をとられている間に、ゼロにも干渉していたのだろう。ベリアルは自分の部隊の隊員たちに傷ついた戦士たちの保護を指示すると、一人最上階へ向かった。
「待ってください、一人で行くつもりですか」
 エースが声をあげた。
「危険すぎます、私たちも一緒に行きます」
 ジャックがそう言うと、80もうなずいた。しかし、ベリアルは駄目だ、と首を振った。
「その様子じゃむしろ足手まといだ。それに俺を見くびるな」
 そう言って軽く笑うと、ベリアルはその場をあとにして遥か上の、プラズマスパークタワーの置かれた場所を見上げた。歴史は繰り返す、というのは「ニンゲン」の言葉だっただろうか。そして、今度はかつてその光を脅かそうとした自分がスパークの光を守る立場なのだから運命は皮肉なものだ。しかし同時にベリアルは内心、不安を拭えずにいた。もしも、この先で息子がかつての自分と同じ過ちに加担していたとしたら、自分は息子を救えるのだろうか?かつて自分が救われたような、キングが見せたような力は自分にはない。だとすると、息子の心がもしあの邪悪な囁きにとらわれたとして、何をもってして自分は彼を救うのだろうか?
そんなことを思いながら、ベリアルはプラズマスパークの場所へ向けて飛び立った。

 ――思いのほか呆気ないものだったな。
 ゼロは手を伸ばせばすぐにでもプラズマスパークの光に届く場所まで来ていた。ここまで来るのに思った通り、宇宙警備隊の邪魔が入った。けれどもゼロの身のうちに溢れる力をもってすれば隊員たちはおろか、ウルトラ兄弟さえもひねりつぶすのは造作もないことだった。すぐ後ろには常にジードが何も言わず、うつむいて彼のそばに立ち尽くしている。先ほどまで駆け付けた宇宙警備隊の連中を蹴散らすのにも、かつての仲間と相まみえる度胸がないらしく、ジードは手を出さずに後に控えているだけだった。
 この腰抜けが。ゼロは内心嘲った。しかしまあ、いい。
 ジードが手を出さない代わりにゼロは手に入れたレイブラットの力を存分に振るい、連中を凪払った。今までに感じたことのない興奮がゼロの体を駆け巡ると同時に、力は力を欲し、一層彼をプラズマスパークへと駆り立てた。
 ようやく、これでまだ見ぬ父やウルトラの一族を見返すことが出来る。
 ゼロは頭のなかで今まで味わった孤独の記憶が駆け巡っていくままにしばらく動きを止めていた。今まで彼は孤独だった。だからこそ誰よりも力を求めたのだ。けれども宇宙警備隊はそんな彼を危険視し、なかなか認めようとはしなかった。
 反芻される怒りや憎しみが狂気じみた勝利の快感に移り変わるのを味わいながら、ゼロは芝居じみた調子でプラズマスパークの光に手を伸ばした。
 その時、彼の手を捉えた別の手を彼は瞬時に振り払った。ゼロを止めた手はジードのものだった。最初からゼロを止めるつもりでついてきたのだ、とゼロは即座に理解した。
「俺を裏切るとはつまらないことを考えたものだな」
 すると、ジードが静かに言葉を返した。
「裏切ったのは君じゃないか。ここは君の故郷なのに」
「故郷だと?」
 ゼロは嘲り笑った。
「知らねえな。そんなものは滅ぼしてやる」
 ゼロがそう言うと、ジードはタロウから教わった戦闘の構えをとった。
「何の真似だ?」
 ジードは内心に秘めた迷いを見せぬよう、戦闘の構えを崩さないまま、ゼロをまっすぐ見据えた。
「ゼロ、君は僕が止める」
「そんな面をしていてもまだウルトラマンのつもりか」
 ゼロがせせら笑うとジードは身を固くした。もちろん、ゼロはその時に生まれた隙を見逃さなかった。ジードに向けて瞬時に放った閃光が爆散し、辺りはしばらく煙に包まれた。この様子ではまともに食らっているだろうと見てゼロは満足気い鼻で笑った。
 煙が散り、徐々に視界が明るくなるとゼロは驚きと怒りで言葉にもならない咆哮をあげた。ジードの前にベリアルが立ちはだかり、光線から彼を庇っていたのだった。ゼロは己の怒りが自分だけのものでないことを感じとった。それは身の内から湧き上がり、辺りをも震わせる声を響かせた。
「何故だ。一度は闇に魅せられたお前はどうしてそのような行いができる。お前はこちら側の人間ではなかったのか」
 レイブラットの怨念が、ゼロの声を介して咆哮を上げた。
 ベリアルはしばらくの間身じろぎもせずにジードを庇う体勢でいたものの、やがて崩れ落ちた。彼の胸のカラータイマーは鋭い音で警告を発している。ジードが慌てて駆け寄り、ベリアルを抱きかかえた。ベリアルはくぐもった声でうめよくように何か言葉を発していた。ジードが顔を近付けて聴くと、彼は息子にこう言っていた。
「逃げろ、ジード」
 あの光線をまともに受けてまだ生きていられるとは。ゼロは怒りで拳を握りしめていたが、不意に力が抜けたように笑いを漏らした。
「まあいい、これでトドメだ」
 ――今度は親子ともども消してくれる。ゼロは腕をL字に構えた。ジードはそれがゼロのとどめの構えであるのをよく知っていた。けれども、遠くから矢のような音でこちらへ向かってくる何かがあるのをゼロの感覚は捉え、彼の動きは止まった。やってきたのはウルトラの父だった。おそらくゾフィーやタロウ、その他のものたちも一緒だろう。彼らを一度に相手するのは厄介だ。
 ゼロは手早くプラズマスパークを手に取ろうとしたものの、スパークに手が触れるか触れないかのところで手先が焼かれ、するどい痛みが走った。どうやら、スパークがゼロの身のうちに潜むものを見破り、拒絶しているようだった。
 ――計画は失敗か。
 けれども彼はその時にまた別の気配を感じ取った。この星からそれほど遠くない惑星から、ゼロが惑星アルガで見つけたあの破片と同じ波動が流れ来ている。あの破片と同じくして次元を越えた破片が偶然にもこの近くの惑星にたどりつき、ゼロに波動を送って呼び掛けているのだ。あの破片の力を吸収すれば、スパークで増大させたほどではなくともいくらか今よりマシな力は手に入るだろう。しばらくの間はそれでしのぐほかあるまい。
 ゼロは宇宙警備隊がたどり着かないうちにその場を飛び去り、タワーの天井を突き破って逃亡した。ジードはすぐさま後を追いかけようとしたものの、ベリアルがこれを止めた。
「待て、ジード。いくな」
 ジードはベリアルの手を振りほどこうとした。
「今、ゼロを支配しているものはこの宇宙でもっとも邪悪な力だ。いけば殺されるかもしれん」
 俺がいく、とベリアルは身を起こそうとしたが、あえなくまた体勢を崩しその場に倒れこんだ。その時、ジードは素早く父の制止を振り払うと、
「僕、行くよ。僕、父さんの息子だから、――ウルトラマンだから」
 飛び去るジードを見届けながら、ベリアルは自分の動かぬ体を呪った。
 やがてケンとゾフィー達が到着し、ベリアルに駆け寄った。
「べリアル、しっかりしろ、ベリアル」
 ケンがベリアルを抱きかかえて呼び掛けると、ベリアルは大丈夫だ、と切れ切れに声を発した。
「ケン、俺を起こしてくれ。ジードが一人でゼロを止めに行った。俺もあとを追わねばならん」
 ゾフィーが首を横に振った。
「駄目だ、べリアル。二人は私とタロウで捜索する。こんな体で行かせる訳にはいかない」
「あいつは俺の息子だ」
 ベリアルが断固とした口調で言った。
「あいつは俺が守ると決めた」
 それに、ベリアルはほんの束の間ゼロの変わり果てた姿を見た。漆黒の体に赤い紋様。まるで夢で見た闇に落ちた自分の姿と同じ有様だった。一刻も早くレイブラットの支配を解かねば、手遅れになる。
 その時、タロウが驚きの声をあげたのが聞こえた。タロウが指さす方へ目を向けると、にわかに光を強めたプラズマスパークから淡い光が放射されるところだった。光はまるで手を差し伸べるようにベリアルに降り注いだ。間もなくして、ベリアルのカラータイマーの警告は止み、その色は青い輝きを取り戻した。ベリアルは驚くほど軽くなった身を勢いよく起こしながら、しばらく呆気にとられていた。周りの戦士たちも驚きを隠せず、中でもケンは思わず声を漏らした。
「こんなことが――光の国ではじめてのことだ」
 ベリアルはスパークを見つめて「感謝する」と力強く言葉に出すと、その場を飛び立った。まだ、この距離であればジードの気配を追うことが出来る。ジードの気配は光の国を抜けて宇宙を突き進んでいた。

 辺り一面が石灰色で荒涼とした不毛の大地が続く惑星D20の地表に、ゼロがまず降り立った。その気配を受けてか、ざわめくように風が強まり、彼が地面に着地すると共に砂埃が舞った。大した歓迎だ、とゼロはせせら笑うような声を漏らした。星が、彼の来訪に怯えていた。砂埃が落ち着いて辺りを見渡せるようになったところでゼロは探していたもの、いや、自分を呼んでいたそれを見つけ出した。地面から生え出るようにして姿を見せていたデビルスプリンターは惑星アルガで見たものと同じように脈打ち、ゼロを歓迎しているようだった。
 ちょうどそれに歩み寄ろうとしたところで、惑星アルガの時と同じ具合に邪魔が入った。ジードが後を追ってゼロのすぐ近くに降り立ったのだった。
「しつこい奴だな。死にかけの親父を置いてここまで来たか」
「父さんはあのくらいじゃ死なない。それに、君は僕が止める」
 出来るものならやってみろ、と鼻で笑いながら、ゼロはデビルスプリンターへと手を伸ばした。しかし、ジードがすかさず技を放った。
「――レッキングリッパ―」
 半円の形をした光の刃がゼロを狙い、彼は間一髪のところで攻撃をかわした。攻撃の勢いには迷いが一切感じられなかったことで、ゼロは内心驚いていた。
「驚いたな、お前がそこまで思い切るだなんて」
 ゼロはジードに向き直った。今度はゼロが素早く光線を放った。
「――ワイドゼロショット」
 ジードも素早く構えてこれに応じた。
「――レッキングバースト」
 二つの光線がまともにぶつかり合い、辺りを爆風が包んだ。
「まさかお前がそんな技を使うとはな」
 ゼロは光線の構えをとったままのジードを見て呟いた。ジードの構えは父と同じく十字に腕を組むスペシウムの型をとっていた。それに、光線のエネルギーの波動も限りなく父ベリアルの技にに通っていた。
「結局はお前も親父の模造品に成り下がる訳だな」
 ゼロが挑発すると、違う、とジードは強く声を上げた。
「僕は確かに父さんの息子だ。けれども、僕は僕だ。どんな技を使っても。それから――」
 ジードは固く拳を握りしめた。
「例えどんな姿をしていても、僕はウルトラマンだ」
「馬鹿な奴め」
 そう言って、ゼロはジードに再びそそのかすような口調で語り掛けた。おはやそれはゼロの声ではなかった。
「結局は今、お前のなかに流れる力も俺の中に流れる力と同じだ。俺につけば、もっとその力を増大させることが出来るというのに」
 ゼロを介して語り掛ける声はジードが誘惑に堕ちるのを待っていた。ゼロはジードが抱える闇を知っていた。自分への自信のなさ、こいつの自己はいともたやすく揺れる。それがわかっているからこそ、こいつは苦しみもがき、さらに苦悶の深みと足をとられるのだ。
 やがて、ジードがふりしぼるようにして声に出した。
「僕は」
 そうだ、この苦しみと迷いに満ちた声。もうすぐだ。
「僕が僕らしくいるために、誰の笑顔も曇らせない」
 ゼロの中のレイブラットの怒りが頂点に達した。彼の怒りがゼロの体を完全に支配すると、少し離れたところにあったデビルスプリンターが直接手を触れずとも彼に呼応し、赤い光の粒子を放ち始めた。
 赤い粒子のいくらかが宇宙に流れると、間もなく空間に裂け目ができるのをジードは見た。そして、その裂け目からデビルプリンターの欠片が無数に吐き出されるように出現するとゼロの体に次々と同化していった。
 時を同じくしてベリアルが惑星D20の地表に降り立ち、ジードに駆け寄った。
「ジード、危険だ。下がれ」
 ジードは振り向いて父の姿を認めると、驚きを隠せない様子だった。
「父さん?あの怪我でどうやって――」
「詳しい話はあとだ。俺の勘があたったとすれば、こいつは厄介なことになる」 
 ベリアルはこれから起きることを直感していた。夢の中で闇に落ちた自分がウルトラマンの形の欠片もなくした時に変貌した姿――。それはもはや怪獣としか呼べない姿であった。夢の中ではそれは『アークベリアル』と呼ばれていた。しかし、今は――。
「アークゼロ――」
 ベリアルがそう呟く時には、ゼロは影形から変貌を始めていた。まず、ゼロの体は途方もなく巨大化し、背中からは角のような結晶が突き出していた。夢で見たアークベリアルは体に取り込んだ「エメラル鉱石」という鉱石の力がその角に集積されているようだった。けれども、今目にしているアークゼロのそれはデビルスプリンターの破片と同じように赤く、時折熱を帯びたように光っていた。黒く変化していた体はみるみるうちに岩のような肌つきに代わり、「それ」が前かがみの姿勢をとるとそれはまさに獣のような姿となった。頭のスラッガーはいくらかの面影を残したまま禍々しい角に変貌していた。小さく光る黄色い目は獣のように小さく、いくらか落ちくぼん眼孔のなかで凶暴にぎらついていた。夢で見たアークベリアルの目は炎が躍るような形をした目をしていたが、ここはアークゼロ特有の変化だった。理性を吹き払った眼光を見て、ベリアルはゼロの意識はすでに封じ込められており、一切の自由が効かない状態にあると見て取れた。つまりはもはや言葉による呼び掛けではゼロを引き戻すことはかなわないのだ。
 変貌をとげたアークゼロが大きく開いた口からは炎が吹き出した。ジードとベリアルはそれぞれに間一髪で炎を交わし、後ずさりしながらアークゼロの隙を伺う。
 ジードとベリアルは視線を交わすこともなく同時に光線を構えた。
「レッキングシュート――」
「レッキングバースト――」
 二つ光線は交差して怪獣の背中の角を狙った。ジードもベリアルも、その背中の角にデビルスプリンターの力が集中していることを直感していたのである。しかし、アークゼロは巨大な見かけに反して素早い動きでそれをかわした。
 そのうちにアークゼロが動きを止めてジードを見据えた。ベリアルがその隙に攻撃を仕掛けようとしたところで、すぐ側でジードが叫び声を上げて注意が逸れた。見ると、ジードは頭を抑えてなにやら苦しんでいる様子だった。ベリアルが駆け寄った時、彼の青い羽根のような形をした目は赤く染まり始めているところだった。彼の中に残留しているデビルスプリンターの力を通じて、ジードに干渉している。このままいけば、ジードの精神までゼロやかつてのベリアルと同じようにコントロールされてしまうだろう。
 べリアルはアークゼロに向き直り、矢継ぎ早に光線や光弾を放った。しかし、アークゼロに干渉を止めさせるほどのダメージを与えている様子はない。それどころか、アークゼロはジードへの干渉と同時に矢継ぎ早に光線での攻撃を返してきた。ベリアルは身動きできないジードを庇ってそれを受けるうちに、遂には倒れかかってその場に膝をついた。
 ――プラズマスパークの力を与えられても、俺はこんなものか。
 ベリアルは内心でうちひしがれていた。宇宙の平和どころか、息子一人さえ守れない脆弱な戦士に何故、プラズマスパークは力を貸したのか?その時に、ベリアルはプラズマスパークが彼に力を与えた時のことを思い出した。あの、自分自身で口に出した言葉を。
 ――あいつは俺の息子だ、俺が守ると決めた。
 アークゼロからの砲撃が再度始まった。しかし、ベリアルの意思とは関係なく二人を覆ったバリアがこれを跳ね返した。
 ――これがプラズマスパークが与えてくれた力だったのか。
 プラズマスパークが与えてくれた力、それは攻撃のためではなく、守るための力だったのだ。それを理解すると、べリアルは息子の方へと向き直った。息子に呼びかける言葉にふさわしいものは考えるほどにうまく見つからないものだとはこれまでのことで知っている。ベリアルはただ自分のなかにある言葉を、偽りのない実直なものだけを言葉にして静かに語り掛けた。
「ジード、以前の俺はお前に自分と生き写しであることを望んで押し付けたのかもしれない。けれどもお前はそれに抗った。自分でありたい、と願った」
 俺は嬉しい、それでこそ俺の息子だ。ベリアルは心の底から呟いた。
「けれどジード。自分であるということは覚悟が必要だ。何者にも流されない、覚悟だ。それからどんな自分でも受け入れていく覚悟。目を逸らさない覚悟。お前に覚悟は決められるか」
 ベリアルは言葉を切った。彼はジードの言葉を待っていた。しかし、ジードの口から苦悶の雄たけび以外は聞こえない。それでも彼は構わずに少し笑って言った。
「お前ならできるだろうな。だってお前はお前なんだから」
 苦悶の声に混じって切れ切れにジードの口から言葉が漏れ出た。彼がそれを何度か繰り返すうちに言葉は輪郭を得て、ベリアルの耳にも届いた。
「――決めるぜ、覚悟」
 その時、いくつかのことが同時に起きた。一つに、ジードの目は青い輝きを取り戻し、凄まじい咆哮とともにデビルスプリンターを介した干渉から開放されたこと。もう一つは宇宙の虚空を切るように何かがこちらへと近付いてくるのをベリアルの感覚が察知したことだった。その何かがやってくる方向へ目を向けると、突然、空に光の輪が瞬き、そこから光を帯びた何かが勢いよく飛び出してきた。
「――守るぜ、希望」
 高らかに声が響くとともにそれは荒野の惑星に降り立った。最初に見た時はベリアル
はケンが救援にたどり着いたと思っていた。こちらに背を向けて立つシルエットの姿形のなかで、巨大なウルトラホーンは遠目からでも認めることができるくらいに目立っていた。しかし、その体から発せられる光が落ち着くと、中からは上半身を銀色の鎧で包まれた、青く輝く体が姿を現した。それはケンの持つ銀色の輝きではなく、どちらかといえば変貌をとげる前のゼロの体に近かった。そしてゆっくりと振り返ったその顔を見るとベリアルはもはや驚きを隠すことはできず、声を漏らした。
「――ジードか?」
 その顔は現在のジードそのものだった。青い羽根のような目、牙のような口。けれども、先ほどまで一緒にいたジードはすぐ傍らに立ち、やはりベリアルと同じく呆然として突如現れたそのウルトラマンを見つめていた。その時、ベリアルの脳裏にはアーカイブで見た地球のニンゲンたちの言葉が浮かんでいた。――崇高なる戦士、マグニフィセント。
 そのウルトラマンはこちらの姿を認めると、むしろベリアル達よりも動揺した様子だった。
「――父さん?それに――僕?」
 ベリアルの脳裏に以前ウルトラマンヒカリが話していた宇宙にまつわる仮説が頭に浮かんだ。マルチバース理論、この宇宙の他にも別の宇宙が数多く存在し、それぞれの時間軸を持っている。今回の事件の発端となったデビルスプリンターもおそらくはそういった宇宙からやってきたものなのではないか、とヒカリは話していた。そして、そのことが先ほど今目にしている未知のウルトラマンがくぐり抜けてきた光の輪と結びつき、ベリアルは確信した。今、目の前にいるこのウルトラマンは別宇宙からやってきたジード、ヒカリの言葉を借りるなら「平行同位体」といったところなのだろう。
 前方でアークゼロが鋭い咆哮を上げると、三人とも同時に注意を戻した。銀色の鎧をまとったもう一人のジードが構えをとると、電撃のような光が彼の体の回りを巡り、周囲の地面に転がっていた岩が震え出した。おそらく初手から有効な攻撃を放つべく用意をしているのが見て取れた。しかし、それをこの世界のジードが彼の肩を掴み制止した。
「やめて、あれはゼロ、いや、僕の友達なんだ」
「ゼロ?なんだって――?」
 ゼロという名前を耳にして銀色の鎧のジードは驚きの声を漏らした。もう一つの世界にもウルトラマンゼロがいるのかもしれない。少なくとももう一人の鎧のジードはその名前を知っている様子と見て取れた。途端に彼は攻撃の体制を崩し、エネルギーの波動は弱まった。
「それじゃあ、どうしたら――?」
 鎧のジードは相手を伺いながら考えを巡らせている様子だった。その間にもアークゼロの攻撃は止むことがなかったため、三人はそれぞれに攻撃を交わすことに気をとられた。長い尾を鞭のように振るい、ベリアルも二人のジードもうまくかわすものの、時折その攻撃をまともに食らった。その上、尾を振るうことで凄まじい砂嵐が巻き起こり、三人の視界を奪うとともに、身動きを悪くさせた。
 混乱の中でなんとか鎧のジードの近くまで来ると、ベリアルは彼に考えを伝えた。
「奴の背中にあるあの角はおそらく邪悪の根源だろう。あの角を攻撃すればもしかすると、あいつを闇の支配から救い出せるかもしれん」
 しかし、相手の背中をとるのは簡単なことではなかった。アークゼロはおそるべきほどの巨体を持ちながらその身のこなしは決して鈍重ではなく、その立ち回りと自在に操る尾、それから、体のそこかしこから放たれる光線や炎によって死角が一切存在しないものに見えた。
 もしも、自分が刺し違える覚悟で奴の動きを封じ込め、その間に二人のジードが遠くからでも背中の角を攻撃し破壊してくれたら――。ベリアルが二人のジードに指示を出そうとしたところで鎧のジードはこう言った。
「僕がゼロの動きを止めます。その間に、父さんともう一人の僕は背中の角を」
 よせ、無茶だ、とベリアルが止めようしたところ、鎧のジードが少し笑って言った。
「きっと父さんに任せたら、自分は死ぬつもりで彼に向かっていくでしょう。大丈夫、僕に任せて」
 鎧のジードはそう言うと、立ち上がり、両の拳を前に突き出して前進した。突進してくるアークゼロの巨体はジードの五、六倍、ウルトラマン一人の体を片手で握りつぶせるような大きさだった。最初、ジードはアークゼロの足をとらえて動きを抑え込もうとした。その様子を見ていたベリアルとこの世界のジードには無謀に見えたものの、驚くことにアークゼロの動きは一時押しとどめられた。しかし、激昂したアークゼロは力の限りを込めてジードを弾き飛ばした。弾き飛ばされて地面にたたきつけられたジードは素早く立ち上がった。
「――変えるぜ、運命」
 一瞬のうちにもう一人のジードが姿を変えたのでベリアルとジードは思わず目を見張った。変身を遂げ、紫色の紋様に早変わりした体は真紅のマントと黄金の鎧に包まれていた。マントを翻すと、その手には杖とも見えるような剣を手にしている。そして、ウルトラホーンが伸びていた頭部は今、黄金の冠にも似た意匠をしていた。
――まるでウルトラマンキングだ。
 ベリアルはその姿に目をとられた。この世界のジードもまた呆気にとられている。黄金の鎧のジードは軽やかな動きで宙を飛び回り、アークゼロを翻弄していた。その間に、ベリアルはこの世界のジードの方へを向いて声をかけた。
「今だ、行くぞ」
 この世界のジードがうなずく。二人はそれぞれに散り、アークゼロの背後に回った。ジードはアークゼロの右後ろの少し離れた崖、ベリアルは塔のように突き出した岩山の上に着地し、アークゼロの背部の結晶の角を狙うタイミングを待っていた。黄金の鎧のジードも二人の様子を目の端で捉えると、なんとか二人からアークゼロの背中が捉えられるようにアークゼロを誘導した。その時、アークゼロが不意に吐き出した炎がもう一人のジードを包み込んだ。息を飲むべリアルの反対側でジードが短く絶望の呻きを上げているのが聞こえた。炎の勢いは強く、ジードを完全に飲みこみ、焼きつくそうとしているように見え、二人とも思わず目を逸らした。
 けれども、アークゼロの苦悶の声を耳にして二人は再び目を戻した。アークゼロの炎が別の光によって押し戻されていくのが遠くからでも見えるとともに、もう一人のジードの勇ましい声が響いた。
「――レッキング・ノヴァ」
 炎を十字の光線で跳ね返していくジードの姿は再び変化していた。銀色の体をラインのような赤い紋様と幾何学的な黄金の紋様で包んでいる。その上、ベリアルが驚いたのは彼を取り巻く膨大な力が、おそらく彼自身の内側から無尽蔵に、それも精神的なエネルギーの類から生み出されているものだということだった。
「父さん、僕達も」
 この世界のジードの言葉にベリアルはうなずいた。二人はそれぞれが同時にアークゼロの背中の結晶めがけて十字の光線を放った。
「――レッキングシュート」
「――レッキングバースト」
 二つの光線が背中の結晶に命中し、打ち砕いた。アークゼロの体は粒子となって散り散りに荒野の地表に降り注いだ。この世界のジードはアークゼロが消滅した辺りに目を凝らした。もしかすると、ゼロも完全に消滅してしまったのではないか?そう思い、ジードはすかざすその場所へと飛んでいった。怪獣が姿を消したあとをしばらく探すと、程なくして彼は胸を撫でおろした。岩の突き出た地形のせいで陰になって遠くから見えにくかったものの、意識を失ったままのゼロが横たわっているのを見つけたのだった。完全に邪悪な因子の支配からは開放されたらしく、体は元の体色に戻っていた。
「――ゼロ、ゼロ」
 この世界のジードが駆け寄ってゼロを揺り動かしたので、ベリアルがそれを止めた。
「まだ、意識はしばらく戻らないだろう。休ませてやった方がいい」
 デビルスプリンターの力がどういうものかはわからないものの、レイブラットの力の類による干渉を受けたということは身体的にも、そして精神面でも少なからず傷を負っているはずだった。
 ――果たして、こいつはもう一度ウルトラマンとしてやりなおせるだろうか。
 キングによって救われた自分と違い、ゼロは並々ならぬ邪悪な因子の干渉を受けている。それだけではなく、あそこまでの干渉を許したということはゼロ本人の心のなかにも大きな隙があるということだった。ベリアルが心のうちでそんな事を考えていると、いつの間にかもう一人のジードがベリアルの傍らに立って言った。
「彼は僕の世界では立派な戦士です。数々の星を救い、何度も宇宙を危機から救ってきた。けれども、そんな彼でも一度は過ちを犯し、自分と向き合うことで立派な戦士になっていった」
 きっと、彼にも出来るはず、とベリアルに言いながら、もう一人のジードの姿はいつの間にかこの世界のジードとまったく同じ姿に変わっていた。おそらくこの世界のジードと年は変わらないのか、もしかすると、もう一人のジードの方が若いのかもしれない。けれども、その気配や顔つきから彼がこの世界のジードとは比べ物にならないほど幾多の困難や危機を乗り越えてきたのだ、とベリアルには読み取れた。
「ありがとう、もう一人の僕」
 この世界のジードが向き直り握手を求めると、もう一人のジードは嬉しそうに応じた。
「君の覚悟、格好よかったよ」
 そんなことないよ、とこの世界のジードは照れくさそうに話した。
「あの時はああするしかなかったんだよ。僕がやらなきゃ、と思って」
 もう一人のジードが笑いながら何かをつぶやいたので、この世界のジードが今なんて言ったの?と訊き返した。すると、
「ジーっとしても、どうにもならない。勇気が欲しい時の言葉でね、大事な仲間に教わったんだ」
 それから、もう一人のジードはベリアルの方へ向き直り、手を差し伸べた。ベリアルがその手を強く握ると、もう一人のジードは何やら不思議な表情をしたのでベリアルは気になった。嬉しそうな様子を見せながら、その反面彼の顔には陰りがあった。
「感謝する、別の世界の息子よ。お前と、それにこの世界のジード、お前たちがいなければ絶対にゼロを救い出す事は愚か、この宇宙ですら揺るがしかねないところだった」
 こちらこそ、ともう一人のジードが答えた。
「僕は元々デビルスプリンターを追っている内にこの宇宙へやってきたんです。僕のいる宇宙ではデビルスプリンターだけでなく究極生命体という、次元を越えて別の宇宙に介入できる敵が色々な場所で暴れまわっていました。ある時、彼がデビルスプリンターをこちらの宇宙に送り込むのを阻止することが出来なかった。そのせいで次元を越えてあなた達にまで迷惑をかけてしまった」
 ジードがいくらか申しわけなさそうな顔をすると、ベリアルは彼の肩を軽く叩いた。
「何、共に戦えて嬉しかった。あちらの世界では俺はもう少し親父らしいことをしてやっているだろうか」
 何気なくベリアルが訊くと、ジードは「ええ、もちろん」と優しく答えた。けれども、その表情を見たときにベリアルは悟らずにはいられなかった。彼がやってきた宇宙では、自分は父親として彼の側にいてやれていないことを。もしかすると彼がまとっている悲しみの一端を背負わせたのは、その世界の自分自身なのかもしれない。ベリアルはそう考えてたまらなく哀しくなった。しかし、それを心のうちに押しとどめたまま「ならよかった」と笑った。
 そのうちに、この世界のジードがもう一人のジードに声をかけた。
「もう行くんだね」
 もう一人のジードはうなずいた。
「まだまだ、デビルスプリンターは色々な宇宙に被害をもたらしているからね」
「あの欠片は一体なんなんだ?あれのせいで怪獣は凶暴化し、しまいにはゼロにまで――。確かにあれはレイブラットの力だ。しかし、別の力が入り混じっている。あれは――」
「――ウルトラマンの力」
 もう一人のジードがそう言うと、隣でこの世界のジードが驚きの声を漏らすのが聞こえた。しかし、もう一人のジードはうつむいたまましばらく答えなかった。おそらく、彼はその正体を自分たちに口にすることは決してないのだろう。ベリアルは直感した。なんとか聞き出そうとしても無駄な様子だった。けれども、あの破片はどれほどの残酷な背景のもとに生まれ、我々や今目の前にしている異次元からの若き使者を苦しめているのか。ベリアルは思いを巡らせながらも、心のどこかで自分はあまりその真実に触れてはならないのだともわかっていた。
「一緒に戦えて嬉しかったよ」
 もう一人のジードは最初に出現した時と同じ、青い体の戦士の姿に変わると、別宇宙への入り口を光弾で開いた。そして最後にもう一度振り返り、並び立つベリアルとジードを見つめて、彼らにこう言った。
「いつまでも、いつまでも仲良くね」
 もう一人のジードが別宇宙への入り口をくぐると、そのあとで入り口は静かに閉じた。
 別世界のジードが去ったあとではしばらく静けさがあたりを支配するように思われたものの、存外そんなことはなかった。少し離れたところで意識を失っていたゼロはにわかに意識を取り戻し始めたらしく、かすかなうめき声が聞こえた。それに、程なくしてケンやゾフィー、タロウがこちらへ飛んでくる音が聞こえた。
「探したぞ、ベリアル、ジード、無事か」
 なに、大したことはないさ、と言いながら倒れかかるベリアルをジードが慌てて支えた。ベリアルはジードに嬉しそうな様子で顔を向けた。その様子を見ていたケンは言葉もなく満足気にうなずいた。
 タロウとゾフィーは横たわるゼロが目に入ると慌てて駆け寄った。
「大丈夫か、ゼロ――。しっかりするんだ」
 タロウが呼び掛けると、ゼロは言葉にならない虚ろな返事を返した。
「一体何が――。二人がゼロを救ったのですか」
 ゾフィーが驚嘆の様子でこちらに顔を向けるのでベリアルはそれを少し笑いながら、説明を始めた。
「二人じゃない、三人だ」
話のはじめはケン、タロウ、ゾフィー三人はそれぞれ口を出さずにべリアルの説明に耳を傾けていた。そのうちに次元を越えたデビルスプリンターが集結し、ゼロの体を怪獣に変化させてたところで、タロウとゾフィーはそれぞれ声を漏らした。
「――信じられない、そんなことが」
「――なんてことだ」
 ケンが二人を制したところで、ベリアルはこの先の顛末を言葉だけで説明するのが難しく感じられたので、彼の頭の中にある記憶を三人とテレパシーで共有した。記憶の邂逅が終わると、三人は呆気にとられた様子で互いの顔を見た。
「でも、すごいことですね。他の宇宙からやってきたウルトラマンとコンタクトをとり、共に宇宙の危機を救ったのですから」
 タロウは重苦しい危機感の中でも、べリアルの語った一種の冒険譚に、興奮に近い興味を抑えられない様子だった。
「しかし、他の宇宙からもさらなる脅威がいつ襲ってくるかわからないということにもなる」
 ゾフィーが重々しく釘を刺した。
「今回のようなことが再び起きた時に、我々だけで対処できるかどうか」
 ううむ、とケンはうなるように相槌をうつと、しばらく考えこんだあとでベリアルの方へ顔を向けた。
「しかし、ひとまず宇宙の危機は免れたのだ。ベリアルとジード、そして別世界から訪れ力を貸してくれたもう一人のジードにまずは感謝しよう」
 ケンがそう言うと、その言葉にゾフィーもタロウも深くうなずいた。ベリアルはもまた笑い混じりにかぶりを振った。
「よせよせ、俺なんかはさほど役に立ってはしないんだから。むしろ、足を引っ張らないかとひやひやしたくらいだからな」
 ベリアルはそう言うと、ジードの方へ向きなおり、彼の顔をまっすぐと見据えた。
「お前が、いやお前たちが救ってくれた」
 ジードは最初、照れくささで居心地悪そうに立ち尽くしていたものの、ベリアルに言葉をかけられてうなすいた。
「さあ、光の国へゼロを運び込もう。このあとの調査は後続の隊員たちに任せるのだ。ベリアルとジードの怪我の手当てもしなければならん」
 二人の様子を見ていたケンがしばらくしてから満足そうな様子で皆に声をかけた。加えてケンはベリアルとジードの方を向いて、言った。
「それからジードとベリアルよ、怪我が回復したならばウルトラマンヒカリの研究室を尋ねよ。今行われているある研究においてもう一人の君に関する記憶が大いに役に立つはずだ。ヒカリも大いに喜ぶだろう」
 ある研究?とベリアルが訊き返すと、今度はゾフィーが答えた。
「ウルトラマンの特性や能力をカプセル上のデバイスに記録し、別のウルトラマンがそれを共有する。つまりは他のウルトラマンの力をかけ合わせることでその戦士の体や能力を変化させる、という研究だ」
「もうしかすると、もう一人のジードはそのような技術を持って姿を変えていたのかもしれませんね。そうすると、別の宇宙ではきっとこの研究は成功しているのでしょう」
 タロウがそう言うのを訊いて、ベリアルは合点がいった。ジードが姿を変えるたびに要所要所でケンやキングと類似した外見に変わったのも説明がつく。彼はケンやキングの力を何等かの形で借りていたのだろう。
「ヒカリは最初の被験者を探しているのだが、ベリアル、やってみないか」
 ケンがそう言うと、ベリアルは首を振った。
「いや、いい。俺はそう言った科学で力をどうこうというのは好かん」
 すると、ジードが横から名乗りを上げた。
「僕に使わせてください。もう一人の僕のように、その力、使いこなせるように頑張ります」
 ケンは返事をせずにしばらくベリアルの方へ視線を向けていた。ベリアルはというと、その無言の問いを受け取ると考え込む様子でもなく、あっさりと返事をした。
「やらせてみよう。こういうのは若い奴らに任せるほうがうまくいかくかもしれん。俺の勘だがな」
 ケンも納得した様子でうなずき返すと、ゾフィーやタロウの方へ向き直り、さあ、基地に戻ろうと促した。
 タロウとゾフィーが意識も虚ろのゼロを両脇から抱え、地表から飛び立った。そのあとをジードが続き、ケンも飛び立とうとしたところでベリアルはケンを呼び止めた。
「ケン、ゼロの小僧をどうするつもりだ」
 ケンの表情に苦悩の影が見えた。おそらく彼自身もまだ結論を出しかねているのだろう。
「俺に預けろ、ケン。俺ならあの小僧が見た悪夢を知っている。俺が一から育てなおして見違えるウルトラの戦士にしてみせる」
 ケンはベリアルに顔を向けた。
「出来るか、ベリアル」
 もちろんだ、と答えるとベリアルは不意に辺りを見回して言った。
「覚えているか、ケン。この場所を。大分昔のことになるが」
「もちろんだとも」
 ケンは深く頷いた。レイブラットの支配を解かれたあと、ベリアルはケンに一対一の戦いを挑んだ。この場所はその決闘の場所だった。結局のところ決着はつかず、二人とも力尽きてその場に倒れこむと、しばらくしてケンもベリアルも憑き物がとれたように満足気に笑った。それが二人にとって決着だったのである。
「あの小僧はこの宇宙にとって必要になる。かつてキングが俺に言った言葉は奴を支えろという意味だったのかもしれん」
 いつか、自分の過ちを乗り越えて、宇宙の垣根さえも越えて人々に手を差し伸べる存在に。ケンが賛同するように低くうなると、二人はその星をあとにした。

 いつか、彼らが宇宙の垣根を越えて、別の宇宙で君と出会う日がやってくるかもしれない。いつか彼らが訪れる宇宙は、君の心の中にある。

                              終 
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