水の国の王は転生者
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第七十九話 地下神殿の死闘・前編
地下迷宮では巨大スライムに苦戦していたコマンド隊に変わって、マンティコア隊が投入されると形成は逆転した。
銃器にめっぽう強かった巨大スライムは、逆に魔法にはめっぽう弱かったからだ。
一方、間一髪の所でアンリエッタ達を救ったマクシミリアンとカトレアは、粉々に砕いたスライムの処理をマンティコア隊に任せ、デヴィットらを救出するために深部へ向かう事になった。
「粉々に砕けたスライムは、入念に焼いて消滅させてくれよ」
「御意!」
マンティコア隊は狭い地下迷宮内ではマンティコアから下馬して戦っていた。
『ファイア・ボール!』
下馬したマンティコア隊隊員は『ファイア・ボール』などで砕けたスライムの欠片を処理し始めた。
「アニエスは、アンリエッタとルイズ・フランソワーズを連れて地上へ戻ってくれ」
「畏れながら陛下。現在同僚が私達を逃がす為に殿になって戦っています。至急、援軍を送っていただけないでしょうか?」
アニエスは、デヴィット達が殿になっていること告げる。
「分かった。部隊の同僚は任せて欲しい」
「ありがとうございます。アンリエッタ様、ルイズ様、参りましょう」
「お兄様、お義姉様、あの……」
「国王陛下、ちいねえさま、必ず戻ってきてください」
「ん? ルイズはお義兄様と言ってくれないのか?」
マクシミリアンはルイズに顔を近づける。
「でも、無礼になるんじゃないかしら……」
「構う事は無いさ。ささ、言ってくれ」
「それでは、その……『お義兄様』」
「よしよし、二人とも応急で待っててくれ、それじゃ行って来る」
ルイズの頭を撫で、後ろで何か言いたそうにしているアンリエッタのおでこにキスをした。
「あの! お兄様お願い、私も連れてって下さい」
「なに?」
アンリエッタが口を開いた。
ようやく死地を脱したというのに、着いて行きたいというアンリエッタにマクシミリアンは思わず聞き返した。
「私、あの人達の事を救いたいんです!」
「あの人達? 誰の事だ?」
「あのスライムの事です、あのスライムはトリステイン王国に……ご先祖様に家も故郷も奪われた人達なのです!」
アンリエッタは彼らスライムがかつては人間だったことと、トリステイン王国に自分達の故郷を奪われた事を説明した。
「……古代フリース人か」
マクシミリアンは有識者達が言っていた事を思い出した。
「着いて行ってどうするつもりだ。あいつ等はお前を襲ってきた奴らなんだぞ」
「そうですけど、何とかして苦しみから解放してやりたいのです。たとえ救うことが出来なくてもでも、あの人達がどうなるか、ちゃんとこの目で見ておきたいのです!」
アンリエッタは、自分の気持ちをマクシミリアンにぶつけた。
「……マクシミリアンさま」
「……分かってるよカトレア」
阿吽の呼吸か、マクシミリアンとカトレアは、一言言葉を交わしただけでお互いの意思を汲み取った。
「アンリエッタ。他の人の迷惑にならないようにしていなさい」
「ありがとうお兄様!」
「救うといっても、具体的にどうするか見当も付かないし、楽にしてやった方が救われる場合もあるから、その辺は覚悟していなさい」
「……はい!」
アンリエッタが嬉しそうに返事をし、その後ろでは参謀Aがまたも某絵画の叫び声の様な格好をしていた。
だがそうなると収まらない少女が独り居た。言うまでも無くルイズ・フランソワーズの事だ。
「待ってお義兄様、私も残るわ!」
「ルイズもか!?」
「私はトリステイン貴族です。貴族が王家の者や国民を置いて逃げるわけには行きません!」
「いやしかしだな……」
「私は立派な貴族になりたいんです!」
説得しようとするマクシミリアンに、ルイズはマクシミリアンの目をジッと見て訴えた。
「……」
「……」
一瞬の沈黙が場を支配した。
「……ふぅ」
「マクシミリアンさま?」
沈黙を破るようにマクシミリアンが一息吐いた。
「負けたよ、ルイズはアンリエッタと一緒に居なさい、そして何が何でもアンリエッタを守れ、いいな?」
「ありがとうお義兄様!」
ルイズは、アンリエッタの所へ行き、手を取り合って喜び合った。
「何だなカトレア。この頑固な所は、ヴァリエール家の特性か?」
「うふふ、それじゃわたしにも頑固な所があるんですか?」
「君によく似ているよ」
「あらあら」
戦場とは思えない和やかな雰囲気が辺りを包んだ。
「……」
笑いあう国王夫妻の光景を、アニエスはなんとも言えない顔で見ていたが、その顔を見たものは誰もいなかった。
結局、ルイズとアンリエッタは、護衛のアニエスから離れない事の条件付きで同行を許された。
……
殿に残ったデヴィットらの分隊は、分隊長のデヴィットの魔法のお陰でスライムの侵攻を塞き止める事に、辛うじてだが成功していた。
デヴィットは精神切れギリギリの状態で、『ファイア・ボール』のスペルを唱える。
「分隊長、魔法はまだ使えるんですか? 無理はしないほうが……」
「ここで無理をしなければ、皆死んでしまうぞ」
ヒューゴがデヴィットを労わるが、当のデヴィットはそんな事お構い無しだった。
『ファイア・ボール!』
デヴィットの杖から放たれた火球がスライムを溶かし、スライムは後退を始めた。
「敵が後退を始めた」
「よ、よし、この隙に体勢を……ううっ」
「ちょ、分隊長!」
遂にデヴィットは精神切れを起こし、その場に倒れてしまった。
「ジャックさん、どうしましょう?」
「分隊長を連れて、後退するべきだが……む、通信」
ジャックはウォーター・ビットから出された通信文を読み始めた。
「どういう内容なんですか?」
ジャックは倒れたデヴィットを抱え、少し下がった所に寝かせた。
「朗報だ、陛下御自ら援軍に参られるそうだ」
「へえ、陛下自らですか」
「それともう一つ、魔法衛士隊の投入で各迷宮でもスライムが後退を始めたそうだ」
「そりゃ良かった。ようやく一息つけそうですね」
ヒューゴはからから笑い、空薬莢を拾って戦闘の後片付けを始めると……
「そりゃ良かった。もう一働き出来そうだな」
「え? だ、誰だ!?」
ヒューゴ達が、声のした方を振り向くと、そこにはマクシミリアンとカトレア。そしてアニエス達が居た。
「へ、陛下!?」
「ご苦労様。諸君の決死の殿のお陰で、アンリエッタとルイズは窮地から脱する事が出来た」
「ははっ! ありがとうございます!」
ヒューゴはマクシミリアンの前で直立不動になった。
「そこで諸君の分隊は、僕達と共にスライムを追撃してもらう。間もなく正式な辞令が届く」
マクシミリアンが言うや、ウォーター・ビットから命令書が発想されてきた。偽造ではなく隊長のド・ラ・レイの署名が印刷されていた。
「確かに届きましたが、デヴィット分隊長は精神切れを起こし、動ける状態ではございません」
「デヴィットは連れて行かないよ。連れて行くのは君たち二人だ」
「ははっ、光栄であります!」
「……光栄でございますです」
元気よく返事をしたのはジャックだけで、ヒューゴは生返事に近かった。
「そこの君は疲れているようだな、そんな疲れはこの秘薬を飲めばたちどころに吹っ飛ぶだろう」
マクシミリアンは、ペカペカポーンと青狸のように滋養強壮の秘薬を取り出した。
「あ、ありがとうございます……」
休む気満々だったヒューゴは泣く泣く秘薬を飲み干した。
「ん? おおっ、効いて来た……!」
黄金色の液体が、ヒューゴの体内を駆け巡り、滋養強壮ついでに精力増強の効果も現れる。
だが……
「ぶはっ!?」
効き過ぎた秘薬の効果で、ヒューゴは噴水の様な鼻血を出しその場に倒れてしまった。
「ヒューゴさん!」
「おい、大丈夫か?」
アニエスとジャックが駆け寄るが、既にヒューゴはノビていた。
「ん? 効き過ぎたかな……」
結局、ヒューゴはデヴィットと共に地上へ搬送され、アニエスとジャックのみ同行することになった。
☆ ☆ ☆
各迷宮ではマンティコア隊が投入され、スライムをアンリエッタ達を救出した神殿まで押し戻していた。
マクシミリアン達もアニエスに道案内をさせながら神殿へと向かった。
途中、逃げ遅れたスライムが現れたがそんな時は。
「フレール、お願い!」
『クェッ』
カトレアの肩に留まったサンダーバードのフレールが、スライムを電撃で蹴散らして行った。
「何だか僕の出番が無いな」
「お兄様が、我先に突撃してしまったら、家臣の皆が苦労するでしょうに」
「むむむ、アンリエッタに諭されてしまった」
マクシミリアンは後衛に徹しながら、スライムが逃げ込んだ神殿を目指した。
そして、迷宮の最深部でもある地下神殿に到着したマクシミリアンはその広さに圧倒された。
「直接目で見ると、この広さに圧倒されるな」
「陛下、各マンティコア隊が次々と地下神殿に到達して、陛下のご命令を待っております」
参謀Aの報告を聞き、マクシミリアンが辺りを見渡すと、拾い神殿の意たる所に迷宮へと続く出入り口があって、マンティコア隊とコマンド隊が珍しそうに辺りを見回していた。
「肝心のスライムは何処へ行った?」
「目撃者の話では、巨大スライムは、下の奈落の底へと落ちていったそうにございます」
「逃げたのか?」
「申し訳ございません。私には分かりかねます」
「そうか」
マクシミリアンは石で出来た桟橋まで進み奈落の底を『目からサーチライト』で照らした。
事前に杖を振るう仕草をする事で、魔法と勘違いさせる偽装工作も忘れない。
かつて、ヌーベルトリステインで、エルフのシャジャルに『目から破壊光線』の危険性を警告され、それ以来破壊光線は封印してきたが、サーチライトはかまわず使い続けていた。
マクシミリアンが奈落の底を見ているとカトレアがやって来た。
「マクシミリアンさま、お見えに?」
「いや、何も……かなり深い大穴だな」
奈落の底に下りるべきか、その人選はどうするか、マクシミリアンはサーチライトで地の底を見ながら思案していると、グラリと神殿が揺れ出した
「うわあ!?」
「落ち着け!」
各部隊は壁や柱に張り付いて、揺れに耐えている。
「地震か?」
「下から何か来ます!」
カトレアの声と同時に、奈落の底から半透明の巨大な腕が猛スピードで昇ってきて、桟橋ごと二人を砕こうとした、
「カトレア!」
マクシミリアンは咄嗟にカトレアを抱え『エア・ジェット』で回避行動を取り巨大な腕を避けた。
「陛下!」
「陛下ぁ!」
神殿内のあちこちから、マクシミリアンを心配する声が聞こえる。
カトレアを抱えたマクシミリアンは、神殿中央の天井部まで昇り、内装の出っ張りを足場にした。
「怪我は無いか?」
「わたしは大丈夫です」
カトレアの無事を確認すると、マクシミリアンは先ほどの巨大な腕を観察し始めた。
「あれはスライムだな、巨大な腕の形をしたスライムだ」
「深い地の底から伸びてきたという事でしょうか?」
「そうみたいだな……多分だが、この地の底にはとんでもない量のスライムが、あえて表現すればスライムの地底湖があると見た」
「スライムの地底湖……」
「アンリエッタの話から推測すると、古代フリース人の最後の居住地がこの地の底だったのだろう」
「追い詰められた古代フリース人は、民族ごとスライムと同化した、という話でしたね」
「数千人が丸々スライムに成ったんだ。どれ程の量のスライムが出来上がったか事か……そのスライムと数千年にわたって戦い続けた先人達には頭が下がる」
二人がスライムについて話し合っていると、神殿内を飛んでいたフレールが二人に寄って来た。
『クェ』
「フレール」
「お前も無事でよかったな」
『クェ!』
フレールが口ばしで、マクシミリアンのおでこを突いた
「痛っ! なにを!?」
『クェックェッ!』
フレールは、これでもかとマクシミリアンの顔を突く。
「フレール止めて!」
『クェ』
『めっ』と叱るカトレアに、『仕方ねえな』と言わんばかりにフレールは渋々突くのを止めた。
「おい鳥公。あんまり舐めた事してると、シャーベットにして食うぞ? あ?」
時と場所を選ばないフレールに流石に怒ったマクシミリアンは、新しく調達したコルト・ガバメントをフレールに向けて数発発砲した。
パンパンパン!
『クワァーッ!』
銃の腕は壊滅的なせいか、銃弾は一発も当たらなかった。そして当然怒るフレール。
『クケェーーー!』
「上等だ! 相手になってやる!」
「フレールもマクシミリアンさまもいい加減にして下さい!」
……カトレアに怒られてしまった。
「ち、鳥公め、覚えてろ……」
『クケケッ』
フレールも『テメェこそな』と鳴いた。
「……さて気を取り直して鳥公。あのスライムを叩く為に力を貸せ」
『ペッ』
フレールは起用にくちばしから唾を吐いた。
ビキィ!!
どっかの不良漫画の様に、マクシミリアンの額に青筋が浮かぶ。
「フレールお願い」
『クケッ』
ご主人様のお願いに、フレールは『仕方ねえな』と鳴いた。
……
下方のミシェル達とマンティコア隊は、巨大スライムと戦闘を開始していた。
「奴には魔法が効くぞ! マンティコア隊攻撃開始!」
ごつい体躯と厳めしい髭面の男、マンティコア隊隊長のド・ゼッサールが隊員達に攻撃を命じた。
神殿の周辺に散らばったマンティコア隊が、破壊した桟橋にへばり付いているスライム目掛けて魔法を放った。
『ファイア・ボール!』
『フレイム・ボール!』
ファイア・ボールにフレイム・ボールなどの多種多様な魔法の集中砲火を受けたスライムは、粘液を撒き散らしながら再び奈落へと落ちていった。
「やった!」
「マンティコア隊万歳!」
「トリステイン王国万歳!」
「万歳!」
「万歳!」
マンティコア隊の隊員が勝利を確信して勝ち鬨を上げる。
だが、マクシミリアンはこの手の化け物が、この程度で終わらない事を経験で知っていた。
『勝ち鬨は早い! この程度で終わるようなら、先人達は数千年も戦い続けていないぞ!』
『拡声』の魔法で、周囲を警告すると、フレールの羽をノックするように叩いた。
「鳥公、お前の電撃を奈落へ向けて撃て」
『クェ?』
「フレールお願い、マクシミリアンさまの言うとおりにして」
カトレアの願いを聞いたフレールは、翼を靡かせるとそのまま急行下を始め、猛烈な電撃を奈落へ向けて放った。
「きゃあ!」
「なんなの!?」
桟橋付近に居たアンリエッタとルイズは、フレールの放った電撃の閃光に絶えられず目を瞑ってしまった。
奈落の、ある程度底の箇所に電撃が走り、電撃の閃光で未だ奈落の底に留まる巨大スライムの姿を見せた。
『まだ敵は留まっているぞ、攻撃の手を緩めるな!』
マクシミリアンの『拡声』が神殿内に響き、アニエスやミシェル、他の面々もスライムに対し攻撃を加えた。
『ファイア・ボール!』
ミシェルはレイピア状の杖を操りファイア・ボールを繰り出す。
スライムに直撃したファイア・ボールは、小爆発を起こしスライムの表面を吹き飛ばした。
表面を吹き飛ばされたスライムは、触手をミシェルに向けて放った。
「危ない!」
「うぇ!?」
後方支援をしていたアニエスはG3突撃ライフルで、ミシェルへ襲い掛かる触手を撃ち落す。
「ありがとう助かった」
「いえ、まだ来ますよ!」
「おっと」
ミシェルは再びファイア・ボールで迫る触手を吹き飛ばした。
「アニエス大丈夫!?」
「アンリエッタ様、お下がり下さい」
アニエスは駆け寄ろうとするアンリエッタを手で制した。
数十もの魔法が四方から奈落に留まるスライムへ降り注ぎ、焦げたスライムは内部の人骨がむき出しになるほど、小さくなった。
そろそろ敵も黙っただろう……
と、その場に居た者たちは判断しそうになった。
『まだ、来るぞ! 敵を過小評価するな!』
だがマクシミリアンの『拡声』の声で、緩んだ気を無理矢理引き締められた。
マクシミリアンの言葉通り、敵スライムに異変が起こった。
ベチョッベチョッ、と何か水っぽいものを壁に叩きつけるような音が神殿内に鳴り響いた。
「くるぞ……」
神殿天井付近に居たマクシミリアンとカトレアは、その奇妙な音の正体を誰よりも早く見た。
50メイルの巨人の姿をしたスライムが、スライムの粘性を利用して壁にへばり付き、奈落の底から這い上がってきた。
『這い上がって来たモノ』
と名付けられた巨人スライムは、肉の腐った様な臭いを噴き出しながら、怨嗟の声を挙げマクシミリアンら怨敵の子孫へ襲い掛かろうとしていた。
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