展覧会の絵
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第五話 愛の寓意その十
「だから反省もできるんだ」
「しかし周りを巻き込む堕落は」
「そうはいかない」
そうした場合の堕落はだ。難しいというのだ。
「人に危害を及ぼす堕落ならばそれは周りも堕落させ」
「そして毒に浸けますね」
「毒、この世で最も忌むべき毒」
ただの毒ではなかった。それは。
人が決して浸かってはならない、そうした毒だというのだ。ではその毒が一体何なのか、十字はそのことも把握しておりこう神父に言ったのである。
「人の心を腐らせ壊してしまう毒」
「それがそうした輩の持つだからこそ」
「根源から消す必要があるよ」
「だからこそですね」
「そう、塾のあらゆることを調べるよ」
経営状況、それもだというのだ。
「そしてそのうえでね」
「若し堕落、悪があったならば」
「その時は僕の仕事だよ」
まさにそうだというのだ。その時こそだ。
「神の裁きを下すよ」
「ではその時を考えて」
「うん。動くよ」
「それでは」
こう神父と話してだ。十字は次の動きに移ろうとしていた。その中でだ。
学園では何も変わらず生活を送っていた。部活においてもだ。
彼はまた絵を描いていた。その絵はというと。
子供と美女が戯れあいその周囲に様々な顔がある、背景は青と黒の暗いものだ。
その中で戯れあう二人を見てだ。美述部の顧問の先生、落ち着いた紳士がだ。絵を描く十字にこう問うたのだった。
「ブロンズィーノですか」
「はい、愛の寓意です」
「そうですね。また哲学的な絵ですね」
その絵を見てだ。先生は十字にこう言った。
「その絵を描かれるとは」
「少し思うところがありまして」
「思うところとは」
「この絵はまさに愛を描いています」
手を動かし続けながら言う十字だった。絵はまるで川の流れの如く順調に描かれていく。そうしながらだ。十字は先生に対してこう言ったのである。
「人間の愛を」
「そうですね。そう言われている絵ですね」
「はい、そして」
「そしてですね」
先生もだ。十字に合わせて話していく。
「この絵には愚行や欺瞞、嫉妬や真実と」
「様々なことが描かれています」
見ればだ。二人の周りにある人物はどれも特徴がある。
悪戯をしようとする子供や身体が人ではない少女、嘆く女に怒れる男、仮面に無表情の男。実に様々な存在が二人の周りにいて彼等を見ている。
その絵を見てだ。先生は十字に言った。
「この絵の総合的な意味ですが」
「主人公であるヴェヌスとクピドは母子です」
「つまり許されない愛ですね」
「悪です」
十字はキリスト教の観点、いや通常の人間世界での倫理から述べた。
「母子の近親相姦、それはまさにです」
「この世で最も忌むべき罪」
「それを誘惑する存在に嘆く存在」
「そして暴こうとする存在ですね」
「そうしたものの全てが描かれている絵です」
「佐藤君はその絵を描いていますが」
それは何故か。先生はこの考えも持った。
それでだ。十字にこう問うたのだった。
「それは何故でしょうか」
「人を。今僕が見ているものを描きたかったのです」
「それで描いているのですか」
「はい、悪はこの世にあります」
そのヴェヌスとクピドの母子を描きながらだ。十字は述べた。
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