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桃源郷

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第一章

                桃源郷
 中国晋代の武陵でのことである。
 ここに馬進という男がいた、ひょろりとしていて小さな目の若い男だ。その彼がだ。
 晩飯を手に入れる為に同じ村の陳応小柄で四角い身体の彼と共に釣りに出ていた、それで船でだった。
 川の中を進んでいたがそうしているうちにだった。
 渓谷に入った、馬はその渓谷を見て陳に言った。
「こんなところあったか?」
「いや、はじめて来たぞ」
 陳は馬に首を傾げさせつつ答えた。
「わしは」
「わしもだ」
 馬もこう返した。
「実はな」
「この辺りにこんなところあったのか」
「この辺りに生まれ育ったけれどな」
「こんな場所ははじめてだ」
「全くだ」
 二人で渓谷の中で首を捻った、そして。
 岸に桃の木が花を咲かせているのを見た、陳はここであることに気付いた。
「桃の木しかないな」
「そうだな」
 馬もこのことに気付いた。
「ここは」
「こんなに桃の木があるなんてな」
「しかもそればかりな」
「おまけに花も咲かせている」
「こんな場所はじめてだ」
「全くだ、何処まで桃が続いているんだ」
「気になったな」
 そのことがというのだ。
「これは」
「そうだな」
「じゃあちょっと見ていくか」
「この桃が何処まで続いているか」
「それをな」
 二人でこう話してだった、何時しか釣りのことを忘れて。
 二人は船を漕いで桃の木が連なる方に進んでいった、すると。
 やがて桃の木が途切れ渓谷の川のはじまりと思われる場所に来た、そこは一つの見たこともない山だった。
「何だこの山」
「またはじめて見るな」
「桃の木もはじめて見たが」
「ここもだな」
 馬と陳はその山を見てもこう言った。
「何かこの辺りどころじゃないな」
「他の場所に来たみたいだ」
「ここは本当に武陵か?」
「違う気がするな」
「先程までの桃の木といい」
「どうもな」 
 二人で首を傾げさせた、しかし。
 二人は好奇心でここまで来た、それでだった。
 ここまで来て最後まで見ないでいられるかと好奇心に誘われてだった、船から下りて山に近寄ったが。
 山の麓に小さな洞窟の入り口を見付けた、それでだった。
「入ってみるか」
「そうするか」
「面白そうな穴だしな」
「そうしてみよう」 
 二人で話してだった。
 彼等は穴に入った、穴は大人の男がやっと通れる程であったがそれでもその先を進んでいってだった。
 数十歩位進むとだった。
 平らな場所に出た、そこはというと。
 実にのどかな村だった、その様子はというと。
「田畑も家もいいな」
「ああ、のどかだな」
「鶏も犬も嬉しそうにはしゃいでいるな」
「人ものんびりしていてか」
「本当にのどかだな」
「わし等のいるところなんてな」
 それこそとだ、陳は馬に言った。 
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