竜のもうひとつの瞳
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第三話
この日は結局高台にある村で厄介になることになり、
オーバーヒートで倒れた小十郎や女の子の看病を村の人達が積極的にやってくれていた。
家に残してきた子供達が、私や小十郎に助けられたという話を口々にすると、
村の人達の態度が一変して伊達軍に対して寛容な態度をとるようになったもんだから、呆れてしまった。
全く、子供見捨てて真っ先に逃げたくせして。調子の良い。
雨はこの後一晩降り続け、翌朝には昨日までの雨が嘘だったかのように綺麗に晴れた。
翌朝、様子を窺いに村に行くと、あの分厚い氷壁も凍った土砂も綺麗に解けていて村の三分の一が土砂で埋まっていた。
多分、女の子が気を失ったことで婆娑羅の力が途絶えたからなんだろうけど、それでもまぁ、この程度の被害で済めばまだ御の字よ。
下手すりゃ家も人も、全部土砂に流されるところだったんだから。
晴れが続いて土も乾いた頃になり、土砂崩れの心配も無くなったのを見計らって避難していた村から村人達は引き上げていった。
私達は他の地域の状態も見なけりゃならなかったから何人か残して土砂崩れがあった日に城に戻ったけれども、
村人が引き上げたのを知って再び村に訪れた時、村人達がやっていたのは土砂で生き埋めになってしまった仲間を掘り起こす作業だった。
掘り起こされた中には救出作業を手伝っていた伊達の人間もいて、村人だろうがそうでなかろうが、皆等しく筵を掛けられて寝かされている。
あの状況では見捨てるしかなかった、やったことは、判断したことは間違っていない。
そう考えなければならないと思うけれど……やはり後悔は隠し切れない。
小十郎は調子がまだ良くないから城に置いてきたけど、いなくて良かったと思っている。
こんな状況を見て、明るく振舞える自信は無い。小十郎の前では強がりでも何でも、強くありたいと思ってる。
頼れるお姉ちゃんでありたいから、涙を堪えている今の私の姿を見せたくは無い。
「景継」
政宗様に肩を叩かれて、私は軽く深呼吸をする。そうだ、泣くわけにはいかない。
小十郎よりかは位は落ちるけど、一応これでも兵を束ねる立場なんだから。
「大丈夫です。伊達の兵を引き取って、家族に返してあげないといけませんね」
「そうだな。それに」
政宗様が言葉を続けようとしたところで、突然大声で泣き叫ぶ子供の声が聞こえた。
揃って目を向ければ、そこにはこの村を救った英雄であるあの女の子が村人に抑えられて暴れている。
女の子の視線の先には土砂に飲み込まれて亡くなったと思われる夫婦がいた。
もしかして、あの子の……。
女の子の側に近づいていこうと歩き出した私の後を、政宗様が追ってくる。
女の子は泣き喚いておっとう、おっかあ、と叫んでいる。
「いつきちゃん! しっかりするだよ!」
「いやだ!! おっとう!! おっかあ!! なして……なしておらだけ置いて……なんで逝っちまっただ!!」
叫ぶように泣く女の子に誰も声を掛けられずにいる。
そりゃそうだろう、こんな状況、大人だって言葉にならないもん。
ましてやこんな小さな子に何を言ったらいいのかなんて、分かるはずもない。
暴れる女の子の前に立って、私は何も言わずにその子を抱きしめていた。
それでも女の子は暴れて、私を殴りつけて離れようともするけど、その子を離すことは絶対にしなかった。
「ごめんね」
この言葉に女の子の勢いがぴたりと止まる。
「助けられなくて、ごめんね」
ただ涙を零して呆然と私の顔を見るだけだった女の子が、また顔を大きく歪めて叫ぶように泣く。
だけど今度は暴れるんじゃなくて、私にしっかりとしがみ付いて泣いている。
私はただ、この子が泣き止むまで抱きしめて背を擦ることしか出来なかった。
女の子の名前はいつき、話を聞いてみると亡くしたのは両親じゃなくて育ての親だったらしい。
どうも元は捨て子だったようで、いろんなところをたらい回しにされて育ってきたのだとか。
銀色の髪が変わっているからと鬼の子だと言われて除け者にされ、
どんなに頑張って家の手伝いなんかをしても気に入ってもらえずに肩身の狭い思いをしていたところでようやく出会った、
本当の両親のように優しい養父母だったと聞かせてくれた。
「姉ちゃんのせいでねぇ……、姉ちゃんは村を助けようと必死に頑張ってくれただ。おら、それを知ってるから」
落ち着いたところでいつきちゃんはそう言ってくれる。結果的に村は助かったけれど、この子の拠り所は無くなってしまった。
きっとまた、何処かへと移っていくのだろう。それがこの時代のあり方なのは分かるけど、胸が痛かった。
「行き場が無いなら私のところに来る?」
せめてもの罪滅ぼしに、という気持ちがあったのかもしれない。でも、いつきちゃんは首を振って、
「おら、ここに残る。おっとうとおっかあが好きな村だ。おらもここで、村を直す手伝いをしていく。
……それに、みんなもおらのこと、気味悪がらないで置いてくれるから」
そう、少し寂しそうに言っていた。
「そっか」
いつきちゃんの頭を軽く撫でて、私は立ち上がる。
周りも孤児になってしまった子供達を育てるつもりでいるようだし、任せても大丈夫なのかもしれない。
「辛くなったらいつでも城においで。片倉景継、って言えば分かってくれるから」
「かげつぐ……? 姉ちゃん、男だったのか?」
やっぱり疑問に思いますか。そりゃそうよねぇ、女で景継はないもんねぇ……。
「あー……まぁ、事情があって、男のふりをしてる、って言った方が分かりはいいかなぁ?
内緒にしておいてね。皆男だと思ってるから」
女扱いされると徹底してぶちのめしてるからねぇ~……男限定で。
だって迂闊に事情がバレると言い寄ってくる輩が絶対出て来るもん。
ただでさえ女がほとんどいない城なんだし、今だって言い寄ってくる輩はいるのよ?
これで更に女だって思われたら対応が大変だよ。
だからぶちのめしてるんだけど、その甲斐あってか、伊達の人間は私を女扱いする奴を見ると冷や汗を掻いてるってんだから笑っちゃうもんでさ。
今もいつきちゃんの様子を見て固唾を飲んで見守ってるくらいだし。
「よく分かんないけど分かっただ! それから……あの時、一緒にいた兄ちゃんは?」
「小十郎のこと? 小十郎なら具合がまだ良くならなくて、今日はお留守番」
「そうだか……兄ちゃんにも礼を言っておいてくれな。村の子、兄ちゃんにお礼が言いたいって言ってたから」
あの時家にいた子供達を片っ端から掻き集めて逃げるように指示したのは小十郎だ。
土砂崩れが落ち着いた後はほとんど意識を失った状態だったから会話をすることも出来なかったしね。
心残りになってるってのは分からなくも無い。
「了解。伝えておくね」
あの子、きっと喜ぶだろうなぁ。あんな強面だけど、結構子供好きなんだよね~。
赤ちゃんとか抱かせてもらうとニッコニッコしてるし。本人は取り繕ってるつもりみたいだけど、だだ漏れです。
「ところで、あの兄ちゃんと姉ちゃんは“こいびとどうし”だか?」
「……は?」
「だって、呼び捨てだもん!」
恋人同士って……おいおい、小十郎とですか。つか、恋人同士なんて……まだ小さいってのに、女の子はませてるねぇ。
「違うよ、アレは弟。私よりも老けて見えるけど、弟なのよ」
こんなこと言うと怒られるんだけど、大抵逆に見られるからそう言っておく。
私の方が実年齢よりもマイナス十歳に見られてて、小十郎と同い年です、って言うと物凄く驚かれるんだよねぇ。
だから、政宗様と同い年くらいにしか見えてないと思うわけよ。
当然、いつきちゃんにも驚かれてしまったわけで。
「えっ!? あの兄ちゃんの姉ちゃんって……姉ちゃん、一体いくつだ!?」
「二十六かなぁ~……あはは」
「兄ちゃんは二十六より下か……絶対にもっと上だと思ってただ」
いや、それ本人の前で言ったら絶対に三週間くらいは落ち込んで暗いオーラ漂わせるから。
「いやいや、小十郎も私と同い年だよ。双子だから」
苦笑してそんなことを言った途端、いつきちゃんの表情が固まる。
そして、酷く同情するような眼差しで見られてしまった。
「そっか……姉ちゃんも兄ちゃんも、鬼の子なんだな。姉ちゃんも苦しい思いしてねぇだか?」
そう言ったいつきちゃんの頭を苦笑してくしゃくしゃと撫でる。
双子だとか三つ子だとか、そういうのはこの時代犬腹とか何とか言われて忌み嫌われる存在で、
大抵一緒に育てられることはないのよね。
片方は里子に出されるか殺されるか……大抵そんなもんなんだけど、私達は“神様”のお告げで二人引き離されることなく育ってる。
だから、どちらも手元に残されるのはかなりレアなケースだったりする。
鬼の子、と蔑まれたこの子だから忌まれる痛みが分かるのかもしれない。
けど……酷かったのは私よりも小十郎の方だからねぇ……。
「いつきちゃんが受け入れてもらえるように、私達も受け入れてもらえてるから大丈夫よ。
それに、髪の色が違うくらいで鬼なんて言う人は放っておけばいいのよ。
いつきちゃんの髪の色、私は好きだな。雪の色だものね」
「雪……それ、おっとうとおっかあにも言われただ」
おっと、しまった。うっかり地雷を踏んじまったか?
流石にちょっと慌てたけれど、いつきちゃんは笑って、おらも姉ちゃんのことは好きだ、と言ってくれた。
そのエンジェルスマイルが可愛くって思わずぎゅーっと抱きしめてしまうが、いつきちゃんも笑って抱き返してくれる。
とりあえず、いつきちゃんは元気が出て来たかな? まだまだ空元気だろうけど、笑えるようになってきたのなら大丈夫だろう。
この後村の作業を手伝って、ある程度復興の目処が立ったところで引き上げることにした。
ちなみに、いつきちゃんとの抱擁の様子をばっちり兵達に見られていて、後日景継様が幼女趣味だと噂を流され、
私を止めようと必死になって抑える小十郎を引き摺りながら刀を持って兵達を追い回したのは言うまでも無い。
全く……誰が幼女趣味だってんだ。可愛いものは愛でる、これは世界の常識でしょうが。
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