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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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番外編1~いつきという少女 前編~
  第一話

 ここ最近、奥州ではずっと長雨が続いている。
今年は台風も旱になることもなく、作物の実りも良いと小十郎が浮かれていたから、収穫を待つだけだと安心しきっていた。
しかし、収穫目前と言ったところで豪雨とも言えるほどの雨が続き、各地で川の決壊が相次いで
田畑に深刻な被害を出すばかりか家が流されたというような報告も受けている。

 これに頭を痛めているのが最近家督を継いだばかりの政宗様で、
Shit! 早速問題が出て来やがったか、と部屋で一人唸っている。

 各地の様子を見に行った家臣達の表情は浮かない。
報告を聞いたわけじゃないけれど、これは相当状況が深刻なんだと否応なしにも分かってしまう。
それを見て他の家臣達も何処と無く不安そうだし、私も何も言うことが出来ない。

 本当、この雨いつまで続くのかしら……一揆でも起こらなきゃいいけど。

 代替わりをしてから政宗様は積極的に奥州平定の為に戦を仕掛けるようになった。
そのせいで農民達が伊達に不満を持ち始めているとかで、こちらも一揆が発生しないようかなり慎重になっている。

 伊達家のスタンスでは民に手を出すことを由とはしていないけど、
戦になれば田畑を焼き、村を略奪し、そして女を奪うといった非道なことが往々にして起こる。
戦っていうのはそういうもんだってのは分かってるし、うちはそんなことをやらないと言ったところで五十歩百歩なのも分かってる。
うちがやらなくても相手側がやる可能性だってあるわけだし、
どれだけ綺麗事吐いたって農民達を苦しめる要因を作っているのはうちも同じこと。
程度の差でしかない。だから不満が起こるのは当然のことだと分かってるんだけど……。

 「姉上」

 縁側から空を眺めていた私に、小十郎が声をかけてくる。
畑の様子でも見に行ってきたのかすっかりと身体は濡れていて、短い髪からは水滴が落ちている。

 「何を御覧に」

 「ちょっと、そんな格好でふらふら歩いてんじゃないの! ほら、こっちにおいで! 頭拭いてあげるから」

 全く……一度風邪引いて熱でも出しちゃうと治りが悪いんだから。
体調管理は人一倍気をつけなきゃいけないってのに、この子ときたら。



 二十六年前、私は片倉小十郎の双子の姉として転生してきた。
ここが戦国BASARAの世界で、つまりゲームの世界だってことは知ってる。
それより少し前に『神様』を名乗る小太り眼鏡のヲタに強制的に人生を終了させられて、
しかもそれが話し相手が欲しかったとかいうとんでもない理由で、私の人生を返せと迫ったところ、戦国BASARAの世界に落とされたわけだ。

 いやね、ここが希望だって言ったわけじゃないのよ。
私はBASARAじゃなくて戦国無双が好きで、無双の政宗様が大好きだって話を生まれ変わる前に散々してたのよ?
それをどういうわけか、戦国BASARAの世界に突き落としてさぁ……そりゃ、政宗様の側にいられるけど政宗様違いだっての。
小さい頃は可愛かった弟はすっかりヤクザに成長しちゃったし、政宗様はルー語だし無駄にテンション高いし自分で言うほどクールじゃねぇし。
私の好きだった政宗様とは掠りもしないもんだから、あの小太り眼鏡に会ったらボッコボコにぶん殴ってやろうと心に決めていたりする。
……ま、小十郎が懐いてくれるからまだ耐えてられるけどもさ。

 それはさておき、そんなわけで竜の右目こと片倉小十郎とは生まれた時からずっと側にいて、
小十郎が武士になった今でも二人揃って政宗様に御仕えしている。側近としてね。

 一応小十郎から見れば姉なんだけど、伊達家では片倉景継という名を名乗って男として振舞っている。
それにはまぁ理由があるんだけど、神様が女を知らないせいで私の身体を女に出来なかったわけね。
だからって男だってわけじゃないんだけど、男でも女でもない不完全な身体で生まれちゃってさ。
この時代嫁ぐっていうのはその家の跡継ぎを産むってことだから、子供が産めないんじゃ嫁に行くことも出来ないし、
だったら出世出来る男として仕えると言い張って姉やら小十郎のコネを使って仕官を果たして今に至るわけなんだけど……
こういう事情があって今でも小十郎の側にいて、子供の頃同様に世話を焼いていたりする。

 小十郎を小十郎の部屋に押し込んで、早速服を脱がせて身体を拭いてやろうと襟に手をかけた瞬間、
面白いくらいに真っ赤になって部屋から追い出されてしまった。

 「き、着替えくらい自分で出来ます!! そっ、そのようなことは女子がしてはならぬでしょうが!!」

 「いいじゃん、アンタ弟だし。つか、私正確に言えば女じゃないし」

 「それでも駄目です!!」

 別にアンタの身体なんか見たって興奮しないよ。弟の身体見て興奮するほど飢えてるってわけじゃないしさぁ、
大体一体何年一緒に過ごしてきてると思ってんのよ。風呂だって一緒に入ってる仲じゃないの。
そりゃ、アンタの反応が面白いから風呂に入ったときは嘗め回すように身体見てやったり、
その無駄に張ったお尻とかスケベオヤジ張りに鷲掴みにしたりしてるけどさぁ、アンタに興奮したことは一度もありません。

 しばらくして着替えを済ませた小十郎がほんのりと顔を赤らめて部屋の戸を開けてきたので、
今度こそ中に入って濡れた髪を拭いてあげる。

 「畑の様子はどうだった?」

 「……状態が良いとは世辞にも。このまま降り続けば今年は収穫前に全滅でしょうな。
どうせ駄目になるのならば、と、ある程度収穫出来そうなものは収穫して参りましたが……納得出来る出来ではございませんな」

 小十郎の畑は城から離れた高台にあり、仮に川が決壊したとしても水にやられることがないような場所に作られている。
まぁ、その分水遣りは大変なんだけど、こういう時には被害を被らなくて良いのよね。
その小十郎の畑ですら雨にやられてそんな状態だとするならば、それよりも低い位置にある村は更に被害が出ていると考えていい。

 「一揆が心配だわね。アンタの畑ですらそんな状況なら、尚更」

 「……でしょうな。少しばかり近隣の村の様子を見て参りましたが、何処も作物は……」

 渋い顔をして口を閉ざす小十郎に、私は小さく溜息を吐いた。

 現代であるのならば対策の立てようもあるかもしれないけど、いくら世界観がおかしいとはいえここは戦国時代。
やれることは極端に限られてる……っていうか、ほとんど無い。
せいぜい出来るのは雨が止むのを神やら仏やらに祈るくらいだ。

 婆娑羅の力じゃどうにもならないしねぇ……こればっかりは、雨が止むのを待つしかないのよね。

 一体何時まで雨が続くんだろう、そんな風に思っていたところで兵の一人が小十郎の部屋に飛び込んででくる。

 「すいません、小十郎様! 景継様! この雨で土砂崩れが起こったそうです!!
最北端の村がそれに巻き込まれて生き埋めになってる奴が大勢いるらしいっす!!」

 「何……?」

 「すぐに対策を立てなきゃならねぇから筆頭が御二人を呼んで来いと!」

 この報告に私達は揃って部屋を出て、政宗様の元へと急ぐ。

 偵察に出ていた連中から報告を詳しく聞いていると、最北端にある村で大規模な山崩れが発生して生き埋めになった村人が多数いるとか。
しかもまだ山が崩れる気配があって、偵察に出ているうちの何人かが残って救助に動いてるらしいけど、その救助も難航していると聞く。
一刻も早い対策が求められるけれど、この雨にその状況では身動きが取れない。
下手に動けば二次災害の可能性だってある。

 それが分かっているからこそ、政宗様も助けに行くぞ、と迂闊に言うことが出来ずにいる。
政宗様は民が安心して暮らせる世の中にする為に戦を起こしているのだから、この危険な状況をあっさりと見殺しにすることは出来ない。
けれど同様に、伊達の人間を農民を優先して見殺しにすることも出来ないからこそ判断を下せずにいるわけだ。

 この状況、見捨てれば確実に一揆は起こる。見捨てなくても一揆が起こる可能性はぐんと高くなるだろう。
実際にこうして被害が出てしまっている以上は。

 「……小十郎、景継。どうしたらいい」

 悩む表情を見せる政宗様の問いかけに、私達は答えられない。助けに行けとも見殺しにしろとも言うことが出来ない。
答えに詰まったんじゃなくて、迂闊な返答が出来ないから、って意味ね。

 まだ家督を継いで間もないこともあって、こうした緊急性を要する事態に的確な判断を下すことを躊躇うことがある。
政宗様は完璧主義なところがあるから、正しい判断を探して泥沼に嵌っちゃうのよね。
そういう時は大抵私達が呼ばれて話を聞くわけだ。まぁ、大体は話を聞いているうちに本人の中で整理がつくんだけど……

 「俺は助けに行きてぇ。だが、助けに向かってもこの雨じゃどうにも出来ねぇ。
それに迂闊なことをやって更に被害を出すわけにもいかねぇ……どうしたらいい」

 こうしたらいいんじゃないっすか、なんて言える正しい解答はないし確実な手段も無い。
大体現代だって救出作業は難航するのに、この時代じゃ余計にそうだ。
行って作業をしても絶望的だってのも考えるまでもない。
だからと言って何もしないわけにはいかないし、それで割り切れるんなら人間じゃない。

 悩んでいる間にも時間はどんどん過ぎていく。時間が過ぎれば過ぎるほど状況は悪くなる。
苦渋ではあると思うけど、今は即決を促される事態だ。二の足を踏んでいる場合じゃないしじっくり話を聞いてやる暇も今回は無い。
さて、どうしたものかと考えて小十郎の顔を見る。すると小十郎も私の言いたいことを察してくれたのか、何も言わずに小さく頷いていた。

 ……ま、ここで動かなくて後々後悔するよりかはいいか。政宗様の気持ちに後押ししちゃっても。

 「政宗様、助けるのは生き埋めになった人ばかりではないでしょう。まだ、助ける人が他にもいるでしょ?」

 そう言ってやれば、政宗様ははっとした顔をして俯きがちであった顔を上げた。

 「そうだった……まだ無事な連中も助けなきゃならなかったんだ。
Shit! 俺としたことが、目先の被害ばかりに捕らわれて足踏みしちまったぜ。
……Thanks、景継。二人とも、兵を率いて最北端の村へ向かう。早急に準備を整えろ!」

 「はっ!」

 やっとどうするのかを決めた政宗様の指示に従って、私達は早急に準備を進める。
それから一時も経たないうちに城を飛び出して、豪雨の中馬を走らせて最北端の村へと向かった。

 これ以上被害が出なければ良いのだけれど。気持ちとは裏腹に何も出来ない以上、そう願うしかなかった。 
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