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竜のもうひとつの瞳

作者:夜霧
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第八十七話

 しっかりと小十郎に抱かれてしまって、私は身動きがとれずにいる。
一体何を考えているんだか分からないけど、こうやって小十郎に抱かれる価値はないというのに。

 「……離してよ、見てたでしょ? 私はアンタが思うような、そんな人間じゃない。
あんなに傷ついてまで慕う価値のある人間じゃないのよ」

 それでも小十郎は決して私から離れようとはしない。
流石にちょっと腹が立って肘打ちでも食らわせてやろうか、なんて思ったところで小十郎が静かに口を開いた。

 「……分かっておりました。姉上が、小十郎を純粋に愛してくれているわけではないことは。
……それを気付かれないようにと必死に振舞っていて、その影で苦しんでいたことも全て気付いておりました。
小十郎が苦しむことで、それが姉上の救いになっているのならばそれでも構わないと」

 何、それ……ってことは、私の芝居を全部見抜いた上でこの子は立ち回ってたってこと? 今の今までずっと?

 「ふざけないでよ……気付いててずっと側にいたっての?
気付いてて、それでも私を慕って……あんなに傷ついてまで引き離そうって……?」

 馬鹿じゃないの……? 馬鹿過ぎて、言葉にならない……。何、考えてんのよ、コイツ……。

 「それでも、愛してくれたことには変わりません。……本当に愛してくれたのは、姉上だけでした。
それに、小十郎が姉上を愛していることにも変わりはありません。
そして、以前言った姉上に頼られたくて強くなったというのも、偽りではありません……
姉上、私達は同じ血肉を分けた姉弟ではありませんか。誰よりも近い、家族です」

 「か、ぞく……?」

 「……そうです、家族です。あの不思議な光景が姉上の生まれ変わる前の姿だと言うのならば、今生では小十郎が側におります。
この小十郎の浅ましさを知ったことで姉上が小十郎を見捨てたとしても、小十郎は生涯姉上を愛しております」

 優しく私の髪を撫でてくれる。それは、いつも私が小十郎にやってた動作だ。

 「私は自分の為にアンタのこと利用してたのよ?」

 「それを言われたら、小十郎も同じです。姉上の為と言いながら、弱い己を守る為に姉上を利用していました。
姉上に恋をした……いえ、恋をしていると思い込んだのも、そのせいです。
……そんなことをして、本当は側にいることなど許されないのかもしれませんが」

 そんなことを言う小十郎をしっかりと抱き返した。
全く……本当に頭が良いくせに馬鹿なんだから。私がアンタを手放すわけないじゃないの。
どう転んでも私達は似た者同士ってことか。利用しようと思っても結局自分が一番傷ついてるわけだし。
本当、救えないね。

 「……私も愛してるわ。たった一人の弟だもん。何があったって見捨てるわけないでしょうが。
説得力ないかもしれないけど、不幸になることを望んでるわけじゃないのよ?
ちゃんと幸せになってくれることを願ってるんだから。
ちょっと婚期は遅いけど、やっと嫁さん貰ってくれるって喜んでるんだから」

 「……そう言われると、些か複雑な心持ですが」

 だってねぇ……そう言われてもさぁ、いつまで経っても祝言挙げないし、挙げる気がないんじゃないのかとか思っちゃうじゃん。
割と普通に。

 「……ねぇ、小十郎」

 「はい」

 「まだ、間に合う? 助けてってのは」

 小十郎が随分と渋い顔をして顔を背けている。しかし、一つ溜息を吐いてしっかり私の方へと向き直っていた。

 「もう、大丈夫です。小十郎の内から獣は消えました……あの頃のように狂気に飲まれることは、もうございません」

 「そっか……ならいいや」

 いろいろあって、小十郎も吹っ切れたのかもしれない。そんな小十郎の頭を撫でて、私は身体を離した。

 何か、ぶっちゃけたらスッキリしたような気がするぞ?
あんなもん見せられてどうしようかとも思ったし、関係もこじれるかと思ったけど……何かわだかまりが無くなった感じがする。
小十郎も表情晴れてるし。

 「小十郎、仕留め損なったアレ、今度はきっちりぶっ殺そう。……私達の明るい未来の為に」

 舞台上の私を白龍で差して、小十郎に言い放った。小十郎も黒龍を抜いて、しっかりと頷いた。

 「ええ……あんなものを生かしておくと、今度はどんな目に遭わされるか……」

 「今度こそ貞操奪われるんじゃない?」

 「止めて下さい、気色悪い!!」

 すっかり調子の戻った私達を見て、政宗様が呆れたように背中を叩いた。

 「ったく……どっちも面倒な奴らだぜ。……しっかり恨みを晴らして来い。借りがあるんだろ?」

 二人揃ってにやりと凶悪な笑みを浮かべて答えれば、政宗様が若干竦んだようでもあった。
この様子を見ていた幸村君も佐助も、関わり合いになりたくないという顔をするから困る。

 「小十郎、行こうか」

 「はい、姉上」

 二人同時に踏み込んで攻撃を繰り出していく。私の姿をした明智は鎌を取り出して、気味の悪い笑みを浮かべながら攻撃を凌いでいる。
攻撃が当たって傷が出来ても、やっぱり血飛沫は舞わず、硝子のような破片や数字が飛ぶばかりだ。

 「ああっ……痛い、痛い……!」

 「ちょっ、止めてよ! 私の顔でそんなこと言うの!! あと恍惚の表情浮かべんな!!」

 「ならば、もう一人の側室に」

 「馬鹿野郎! 俺の顔でもそんな表情で言うんじゃねぇ!! それ以前に、どっちもテメェの側室じゃねぇ!!」

 この変態、やっぱり生かしておけないわ。今度は政宗様に姿を変えてるし。
それなら攻撃出来ないだろうと踏んでのことだと思うけど、寧ろ逆効果も良いところだ。
日頃、政宗様にストレスを抱えさせられている小十郎なんか、段々攻撃に遠慮がなくなって来ているし、私も全力で戦っている。
例の恍惚の表情を浮かべて痛がっている様がまたなんとも言えないが……

 「政宗様はこういう趣味、政宗様はこういう趣味……」

 仕方が無いので自分に暗示をかけて戦ってます。いや、ぶっちゃけそうだったらドン引きだけど面白いなってのもあって。

 「テメェ、俺をそういう趣味にすんな!! 俺は甚振られて喜ぶ趣味なんざねぇ!!」

 まぁ、私の呟きに政宗様が怒鳴ってるけど、一応主の目の前で主と同じ姿したもの叩き切るわけにはいかないっしょ?
建前的な意味で。

 さて、政宗様では効果が無いと踏んだのか、次は佐助になった。

 よし、ここは小十郎に本気を出してもらおう。

 「小十郎! 佐助に甲斐で散々覗かれた挙句、ストーキングされた!」

 「すとー……?」


 「女性を気配丸出しに付け回して、付け回されているって恐怖に怯える様を見て喜ぶ変態趣味のこと」

 「テメェ!!」

 完全に極殺が入った小十郎は、佐助の姿になった明智を百二十パーセントの力で攻撃している。
暴走した初号機張りの攻撃に、佐助が完全に怯えた顔で見ているのは分かった。次はお前だ、的なね?

 「そろそろ止めを刺そう!」

 「はい!」

 揃って刀を構える私達は、鏡写しのようだ。

 「射干玉の闇に光一つ!」

 声を揃えて叫んで振るう剣は、鏡写しの小十郎の婆娑羅技。
右利きと左利きじゃどうやってもそうなっちゃうのよねぇ……小十郎の剣って。
でも、この鏡写しの小十郎の剣はなかなか見世物としては綺麗でしょ?

 「二度と復活すんな!! この変態が!!」

 まともに私達の攻撃を食らって、佐助顔の明智が恍惚の表情のまま音を立てて崩れていった。
やっとこれで、悪夢を一つ解消することが出来た。

 「やっとこれであの日の悪夢から解放される……」

 「同じく、この小十郎もです……が」

 つかつかと歩いて行って、小十郎がしっかりと佐助の頭を掴む。
ギリギリと締め上げながらさっきのはどういうことだと凶悪な笑顔で聞き出している。

 「事実無根だから!! 確かに甲斐でも見てたけど、それは仕事だから監視してたの!! 俺の趣味じゃない!!」

 「えー、お風呂とか覗いてたんじゃないの~?」

 そんなことを言ってやれば、すかさず幸村君と政宗様が佐助に詰め寄っていく。

 「佐助!! 破廉恥極まりないぞ!!」

 「おい猿、死ぬ覚悟は出来てるんだろうなぁ?」

 あらあら、佐助がピンチ? でも知るもんか。一遍物凄い目に遭って来いってんだ。

 「覗いてない!! 俺は女はかすがみたいにメリハリのある身体の方が好きだから!!
あんな着物の上からでも分かるくらいに平べったい胸なんか見たって」

 「破廉恥でござるぅうううううああああああああああ!!!!!!」

 「ぎゃあああああああああああ!!!!!!!!」

 馬鹿正直に言い訳をした佐助の顔面を見事に幸村君の拳が打ち抜いていた。
小十郎ったら絶妙なタイミングで離すもんだから、佐助が奥の方に吹っ飛ばされて見えなくなっちゃったし。

 「小夜殿!! 今後このようなことがないようにきつく叱っておきますゆえ」

 「あー……いいよ、もう。佐助だって気苦労が耐えないから、覗きでもやらないと精神的に耐えられないのよ。
だから、甲斐に戻ったら少し休ませてあげなよ。お医者さんにでも診て貰ってさ」

 完全に病人扱いしてやりました。へへっ。

 別に佐助が嫌いってわけじゃないのよ?
ただ、女の恨みは深いっていうか、ねちっこいっていうか……少しくらい、学習してもらわないとね。

 ってなわけで、明智を倒したことで舞台も消えたし、先に進んじゃった佐助を追って奥へと向かうことにした。 
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