竜のもうひとつの瞳
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第八十二話
激しく剣を交える私達を連合軍の面々が、手出しをせずにただ静観している。
いろいろな思惑があって東軍や西軍に加担した、ってのは私も分かる。
だって、私も仕えるものだからそれはよく分かるんだ。
でもさ、こんな戦いを支持するのはおかしいじゃない。
自分一人が覚悟を決めて死んでいくのならば良いけれど、他の国じゃ徴集されて已む無く戦場に立つ人だっている。
こんな馬鹿げた戦いで命を落とさせて、それを指揮する人間としてどう彼らに向き合ったら良いのだろう。
私が守るのは政宗様でも小十郎でもない。私の役割はその他の人間を無事に家に帰すこと。
一兵たりとも減らさずに、というのは無理だってのは分かってる。それを女としての甘さだと言われればその通りだろう。
けれど、大義名分を理由に簡単に死なせたくはない。命ってのはそんなに軽いもんじゃないでしょ?
「どうすれば良かったのだ……後を追って、死ねば良かったのか」
激しく剣を交えながら、石田がそんなことを呟く。
「それも一つの手。でも、生きて主の遺志を継ぐことも出来た。豊臣秀吉は何をしようとしていたの?」
「秀吉様は日本を統べ、世界進出を目論んでおられた……日本を世界一の大国にしようと、考えておられた」
そういや、朝鮮出兵とかそういうのをやってたんだっけ。史実じゃ。
確か、政宗様もそれに同行して戦をすることになってたはずなんだけど、流石にここではないか。
「なら、それを目指しても良かったんじゃない? ……力で豊臣秀吉は押さえつけようとしていたけど、
秀吉が天下人に王手を掛けた時は日本はどうだった? 少しは安定してたんじゃない?」
沈んだ表情のまま、石田は鋭く剣を払ってきた。動きが素早い分、集中しないとこっちがやられる。
けれど刀を交えて全てが伝わるほど、人間ってのは器用に出来てない。
「この刀、実は竹中さんから貰ったものなのよね」
「……その刀を?」
「村正っていう結構な代物らしいんだけどもさ、何でこんなもの私に渡したのか……やっと分かったような気がする」
何処まで見越してたのかは分からないけれど、っていうか考えすぎかもしれないけど。いや、間違いなく考えすぎだ。
「きっとさ、竹中さんはアンタを止めて欲しかったのよ。
万が一誰もアンタの側にいられなくなった後に、アンタが道を間違えそうになった時、それを止めて貰うためにね」
まぁ、これ貰ったのは竹中さんが石田三成と出会う前の話だろうし、
時系列的におかしい上に都合の良すぎる解釈だけどもさ、あの人ならそれくらい見越しててもおかしくなさそうだもん。
あの人の読みは、正直今でも勝てる気がしないし。
「小田原で命救ってもらった恩は、ここできっちり返しておかないとね……そろそろ勝負をつけよう」
身体が動くままに村正を構える。刀を振るう前に、不意に思いがけない言葉が口をついて出た。
「凍瀧の如し、凝れ雷公!」
流れるような剣は、小十郎の剣。青い残光を残して、私は小十郎の剣を鏡映しに再現して行く。
石田はそれを受け流すことが出来ず、まともに食らっている。最後の一撃を叩き込んだ瞬間、村正の刀身が音を立てて砕け散った。
「村正が……」
やっぱりこの時の為に私に託していたのか。
何だか都合のいい解釈も、こんなにタイミングよく砕けてくれると真実味を増しちゃうわ。
私を包んでいた青い雷が消える。戦いの終わりを感じて、小十郎や政宗様、そして幸村君が駆け寄ってきた。
石田はその場に大の字に倒れて空を見ている。刃を返しての攻撃だから、石田には傷一つつけてないはずだ。
「……本当は全て分かっていた……家康を憎むことが筋違いであるということも。
秀吉様は己の信念を懸けて家康とぶつかり、そして散ったのだということも。
何より……あの日から、私には何一つ許可を得ていなかったことも……!」
顔を歪めて泣くその様は、凶王などと言われるほどに狂った男の姿には見えなかった。
憎しみを持ってしか生きられなかった哀れな男。それが石田三成なのだろう。
「どうしたらいい……私は、これから……」
「……世界にでも、行って来たら?」
私の呟きに、石田が身体を起こして私を見る。
「豊臣秀吉は、生前世界進出を目論んでいたわけでしょ?
秀吉が、何を目指していたのか……それをその目で見て来ても良いんじゃない?
今までは秀吉が生きる意味だったんだろうけどもさ、これからは自分の足で立って自分で考えて、自分の意思で生きても良いんじゃない?
そうやって考えて、それでも秀吉の遺志を継ぎたいってんなら、継げばいいし、それ以外の生き方が見つかればそれでもいいじゃない。
少なくとも、今は死ぬ時じゃないって言ってるんだと思うわよ」
竹中さんから貰った砕けた刀を見せてやれば、それを受け取って石田がしっかりと握り締めて泣いていた。
「生きんしゃい、三成どん。おまはんはまだ若か。いろんな未来がある」
「そうですよ! 世の中には楽しいことも、明るいこともいっぱいあります! 悲しみだけじゃありません!」
「行き場がないのであれば、甲斐の地に来られよ。歓迎しましょうぞ!」
石田を囲むのは西軍に組した武将達だ。
何だかんだで絆ってのが出来てるんじゃん。西軍にもさ。
……ま、この不器用な人柄が放っておけないって思わせるのかもしれないけど。
「甲斐も良いけど、私としてはアニキに任せたいなぁ~?」
「あぁ? 何か言ったか?」
家康と交戦中のアニキが自分が話題に出ているのを聞いて、そんな風に言ってくる。
「アニキ、その戦いが終わったらさぁ~、石田連れて世界を見に行ってきてよ。いい船持ってるでしょ?」
「あぁ!? んな話は後でゆっくり聞いてやる! 今は家康で手一杯なんだ!!」
「鶴姫ちゃんと新婚旅行で海外にでも行って来ればいいじゃん。そのついでに乗っけてやるってことでさ」
新婚旅行、その言葉に瞬時にアニキが真っ赤になる。家康さんもこの変化には堪えられないとばかりに笑いを耐えているし。
つか、握り締めてる拳が笑いで震えてるのをきちんと見てますよ?
「ばっ、て、テメェ! な、ななな何てこと言いやがんだ!!」
「海賊が身を引いてどうすんの! お宝が目の前に転がってるってのにさぁ……
アニキィ~、そろそろ勝負決めないと、横から掻っ攫われるよ~? 結構どうでもいい男にとか」
「なっ……そ、それは困る!!」
流石にこんなやり取りをしていて分からないほど鶴姫ちゃんも鈍感じゃあない。
アニキの気持ちを知って顔を真っ赤にしてるしさ。
これは、上手くいくかねぇ~? ファーストキスは既に済ませてるし。
……あ、アニキは経験なさそうだけど鶴姫ちゃんはどうかなぁ~?
もう耐えられないとばかりに家康さんが笑い出して、アニキが真っ赤になって家康さんを殴ってる。
この様子を見ていた連中も皆笑っていて、青春だねぇ、なんて佐助と慶次が声を揃えて言うからアニキは涙目だ。
「ほらほら、さっさとモノにしちゃいなよ。好きな女なんだからさぁ」
「うっ、うううう煩ぇ!!」
「それに……」
耳元で解毒薬を口移しで鶴姫ちゃんがアニキに飲ませた話をしてやれば、素っ頓狂な声を上げてその場にへたり込んでしまった。
無論顔は真っ赤なままで。
「アニキ、可愛いなぁ~」
家康さんなんてもうその場で笑い転げてるし、他の連中も笑ってる。
もう戦っていう雰囲気じゃないし、アニキも力が抜けてこれ以上は戦えそうにない。
「う、煩ぇ……」
最後の抵抗と言わんばかりにこぼした言葉が結構な避けなかったけど……さて、戦はこんなところでいいかな。
後は、魔王復活を阻止しないと。
「ヒッヒッヒ……茶番よ茶番、面白き見世物よ」
気味の悪い声に私達は一斉に辺りを見回す。そして誰かが小高い崖の上を指差し、私達はその方向を見た。
全身に包帯を巻きつけた怪しい男。輿の上に乗って宙に浮かび、そして背後には赤ん坊の頭くらいの水晶がいくつも浮いている。
あれが大谷吉継、か。気味の悪い男だ。やっぱり妖術師って感じだし。
そしてその隣に立つ、長い白髪の顔を半分隠した男に酷く見覚えがあった。
その男の姿を見た瞬間、条件反射的に身体が震えてくる。私の隣にいた小十郎も怯えた顔して身体を震わせてるし。
「こ、小十郎……アレ、まさか……」
「ま、まさか……確かに、仕留めたはず……」
思わず小十郎と抱き合って身を震わせていると、政宗様が庇うように私達の前に立ち塞がった。
「ああ、やはり! そこにいるのは、私の可愛い側室達ではないですか!」
「やっぱりテメェか、変態!!」
声を揃えてそう言えば、恍惚と言った様子で身をくねくねと動かしている。
キモイ、本当にキモイ……何で小十郎ってばこんな奴仕留め損なったのよ。後できっちり説教してやる。
「テメェ、本能寺で燃えて死んだんじゃねぇのか!?」
果敢にも小十郎がそう言えば、にやりと気味の悪い笑い方をしながら答えてくれる。
この表情に小十郎が身体をより一層震わせていたのは言うまでも無い。
「ええ、危うく死に掛けましたが、お陰様でこうして生きています……。
貴方の剣は痛かった……そして、凄く熱かった! 今思い出しただけでもゾクゾクしますよ」
いかん、小十郎がこの変態に穢される。完全に竦んでる小十郎を守るようにして私も立ち塞がる。
小十郎の貞操は渡さないんだからね!! 夕ちゃんのものであって私のものじゃないけど、ここは代理で宣言してやる。
「魔王復活の儀式は整った……皆、ご苦労だったな。もう準備は済んだゆえ、帰るといい」
「本当に愚かな争いを、ありがとうございました。家康公。
貴方が茶番を仕掛けてくれたお陰で、今日という最高の日に舞台を整えることが出来ましたよ」
これには石田も家康さんも揃って眉間に皺を寄せて、初めて自分達が利用されたことを知ったようだった。
「どういうことだ、刑部!!」
「三成よ、主はよく働いてくれた。我の言葉を疑いもしなかったであろう? 本当に、三成は良い子よの」
「天海! お前もこれはどういうことだ! まさか、魔王復活を最初から企んで」
「そうですよ、愚かな竹千代さん。
第五天魔王を奪われたのは痛かったですが、こうして戦場に連れて来て下さってありがとうございます。
これで、完全に下準備は済みました」
不意に辺りが暗くなり、私達は一斉に空を見上げた。月が太陽をゆっくりと隠しており、完全に太陽を隠すまでもう間もなくといったところだ。
「皆既日食……?」
「不幸の星が降る……見やれ! あの星を!!」
日食で薄暗くなった空を、無数の流れ星が流れていく。
流星群の到来、そう言ってしまえばそれくらいだけど……日食で流星群だなんて、かなりの偶然よ?
いや、偶然というよりも故意に引き起こされたと思って差し支えないような気がする。
だって、BASARAだもん。これくらいはありそうだよ。
ズン、と重い音が聞こえたと思った瞬間、地面を割るようにして吹き上がったのはお市の黒い手と同じような黒い水。
いや、水ではないんだけど、水のように黒い何かが地面から噴き出してるわけだ。
「不幸よ、不幸が現れたぞ!! ヒャッヒャッヒャ!」
狂ったように笑う大谷や明智を飲み込むようにして、黒い波が二人を攫っていく。
それが私達にも迫って来て、私は全員に退却を指示した。
くそ、結局無意味になっちゃったのか……最悪だわ。
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