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DOREAM BASEBALL ~夢見る乙女の物語~ 

作者:山神
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エースの役割

 
前書き
日に日に花粉症の症状がひどくなっていく。 

 
キンッ

初球のスライダーを詰まらされショートゴロ。一挙5点の猛攻もようやく終わり、日帝大の選手たちがベンチに戻っていく。

「この回は四番からか」
「1点でも返さないと厳しいよ」

残り四回で4点差。ランナーが溜まれば一発で追い付けるけどそんなに悠長に構えていられない。二回からスプリットを混ぜられたことでランナーを出せていないのだから。

逆に桜華としてはこの回三人で抑えることができれば試合の流れを掌握できる。その初球、左打者の内角に食い込むストレート。続くボールは低く外れたもののスプリット。

「力入ってるなぁ」

同じ投手として思うところがあるのだろうか、瑞姫がボソッと呟いた。力が入っているように見える少女の投じた三球目、外角へのストレートを捉えたかに思われたが、打球はサードへの緩いゴロとなり1アウト。

「日帝大も力入ってるじゃん」
「そりゃあこの点差じゃねぇ」

女子野球は七回制。となると四回は決して浅い回ではないとも考えられる。それでも1点ずつ返さないことには勝利を手にすることはできない。

ギンッ

それなのに続く五番打者は初球の外角のストレートを打ち上げセカンドフライ。その後の六番打者に関してはストライクにバットを振ることもできず三球三振に倒れてしまいわずか七球でスリーアウトになってしまった。
















第三者side

「どんな感じ?」
「しっかり効いてるよ(・・・・・)、カミュ」

リュシーからの報告を受けニヤリと笑みを浮かべるカミューニ。彼はハイタッチしながらベンチに戻ってくるソフィアに目を向ける。

「調子に乗りすぎるなよ、ソフィア」
「えぇぇ、ちょっとくらいいいじゃ~ん!!」
「ちょっとならな」

彼の言葉の意味をわかっているのかいないのか、ソフィアは不満げな表情の後、彼の言葉を聞いて笑顔に変わっていた。

「この回は普通に打ってくぞ。こんなにいいピッチャーとやれる機会はそうねぇからなぁ」

マウンドにいるのは強豪校で二番手として試合を任される投手。そんな相手に正面から当たれる機会はそうない。それは彼も彼女たちもよくわかっていた。

「狙い球を絞ってしっかり見て(・・)いけよ」
「「「「「はい!!」」」」」
















「う~ん……やっぱり調子悪そうですねぇ」

本部席の一人がそう言葉を漏らす。アウトカウントは一つ点灯している。しかし塁上には二人の走者を置いて左のカットマン。彼女もすでにフルカウントになっている。

「先頭は切ったのにその後に四球とヒットですからね。前山の持ち味の制球が安定していない」

表情こそ崩さないが気持ちが焦っているのが伝わってくる。その結果なのか、彼女の投じたスライダーが真ん中に入ってしまった。

ガキッ

「「「「「あ」」」」」

その失投が幸いした。カットに徹していた少女がフェアグランドへと転がしたのだ。それもセカンド正面へのゲッツーコース。

桜井がこれを難なく捌き二塁へ送球。そのまま一塁もアウトにしダブルプレーでこのピンチを切り抜けた。

「ほら!!だから送りましょうって言ったのに!!」
「うっせぇ!!大声出すな!!」

一塁側ベンチからそんな声が聞こえてきた。ランナーを二人出したものの切り抜けた日帝大付属は安堵の息を漏らしベンチへと戻ってくる。















「よく投げた、代打出すからここまでだな」
「はい。すみません」

ベンチに帰ってきた前山にそう一声かける指揮官。ベンチでは背番号13を着けた少女がヘルメットを被り準備万端だ。

「狙うのはストレート。初回にしっかり捉えてるんだからな、あの感覚を思い出せよ」
「「「「「はい!!」」」」」

球種が二択であるため狙い球を絞りやすい。それも一度捉えているボールとなればなおさらだ。

「菜々、こっち来い」

円陣が解けた中呼び止められた背番号1。彼女は試合を見つめる指揮官の後ろにピタリとつく。

「次から晴美(ハルミ)をマウンドに上げる。ただ、相手があれだからな。もしかしたら早々に捕まるかもしれない」

次の回桜華学院はクリンナップからの好打順。それを踏まえると二年生投手である梅野の力では及ばない可能性があることを彼は理解していた。

「もしあいつが早々に捕まったらお前をマウンドに上げる。その時は力でねじ伏せてこい。それだけの力がお前にはあるんだからな」
「はい!!ありがとうございます!!」

一礼してその場を去る吉永。彼女にそう声をかけた彼は深いタメ息を漏らした。

(そのためにはまずこの回点を取りたいよな)

残り三回。迫り来るリミットに気持ちが逸る。流れを変えるためにもまずはランナーを出したい。そう思っていた矢先、先頭打者がライトへの浅いフライに倒れ彼は天を仰いだ。
















莉愛side

「コーナーに集まっては来てるけど……そこまで打ちあぐねるボールかなぁ?」

代打で出てきた背番号13の選手がストレートに詰まらされファーストゴロ。これで五回も2アウトになってしまったところで優愛ちゃん先輩が首をかしげた。

「でも速いですよ、あのストレート。それにスプリットも警戒しなきゃいけないですし」
「そうなんだけどさぁ」

ストレートは恐らくこの大会で一番速いと思う。それに限りなく近いスピードで落ちてくるスプリット。私から見れば苦戦してもおかしくない相手だと思うけど、優愛ちゃん先輩はいまだに納得できずにいる。

「狙い球はストレートだよね?」
「だと思うよ」

初回に打っているからかストレートをとにかく振っていく日帝大。でもそれを打てば凡打になり追い込まれればスプリットで三振を取られる。まさしく手のつけようがないという表現がピッタリかもしれない。

キンッ

そして三人目も内野フライに倒れ三者凡退。強打が売りの日帝大がなす統べなく打ち取られていく。これには会場中がざわつき始めていた。

「なんで打てない……何かあるのか?」

なぜ打てないのかわからないことには対策ができない。莉子さんたちもその理由がわからずうんうんと唸っている。

『日帝大付属高校、シートの変更をお知らせします』

ブルペンからマウンドへと向かう背番号11。日帝大は三人目の投手として二年生の梅野さんを繰り出してきた。

「梅野さんってどんなピッチャーなんですか?」
「ストレートとスライダーを中心に攻める高校野球らしいピッチャーだよ」
「ストレートもそこそこいいんだけど、吉永と前山から比べると落ちるんだよなぁ」

来季のエースとして、そして三番手としてマウンドを任せられている梅野さん。彼女が相対するのは前の打席で満塁ホームランを放っているソフィアさん。

「ボール!!フォア!!」

大事な立ち上がり。いきなりの四球で出塁を許してしまう。ランナーを一人置き打席には主砲リュシーさん。

セットポジションになったことで制球が安定してきた。初球は打っても凡退にしかならないほどの完璧なコースへのストレート。続くボールはストライクからボールになるスライダー。リュシーさんは振りかけたバットを何とか止め、1ボール1ストライクとなる。

「莉愛ならどう攻める?」
「もう一球スライダー。さっきよりも高さを上げれば振ってくれそう……」

二球目のスライダーはワンバウンドするほど低めにコントロールされていた。これを見極められるのなら高さを甘くするしかない。ただし、コーナーは厳しく攻めなければならないけど。

園部さんは何を選択するのか見ていると、まさかのストレート。それもゾーンに入っておりこれをリュシーさんは振り抜く。打球が上がらなかったもののセンターとライトを真っ二つ。一塁ランナーのソフィアさんがフェンスまで到達した打球を見てホームまで駆け抜け、リュシーさんも三塁を陥れていた。

キンッ

続く蜂谷さんもライト前へと流し打ち。三塁ランナーのリュシーさんがホームへ生還しバットを拾い上げる。そして彼女が生還した途端、球場の雰囲気が一変した。

「なんかおかしくない?空気が……」

その異様な空気感にそんな声が漏れた。これまで桜華が点を入れると沸いていた球場が今の得点が入った瞬間、静けさに包まれたのだ。その理由がわからず辺りを見回す私と翔子。

「そりゃそうなるよ。だってあと1点だよ」
「あと1点であの日帝大がコールド負けなんだよ」

秋の覇者が破れるのかと期待していた観客たち。しかし、その予想を遥かに上回る結果が起きようとしていることで困惑が勝ってしまったのだ。しかしその事を知ってか知らずか、一塁側スタンドの応援団の声はよりいっそう大きくなる。

「デッドボール!!」

この雰囲気に飲み込まれたのか梅野さんの投球が打者に当たってしまう。これでノーアウト一二塁。試合終了まで秒読みかと思われたその時、日帝大ベンチが動いた。

「菜々!!」

ベンチからピッチャー用のグローブを持った選手が出てきて吉永さんとグラブを入れ換える。それを受け取ったエースは後輩からボールを受け取ると、彼女の肩を叩きベンチへと帰らせた。

「もうこれしかないな」
「吉永が立ち直ってくれてれば、まだ何とかなるかもしれない」

一度は降板した吉永さん。しかし、彼女の表情はこれまでとは異なり、鬼気迫るものを感じさせる。

(相手は下位、ここは三人で凌ぎたいところ)

すでにランナーを二人背負っている状態。窮屈なピッチングを強いられるのはわかってる。それでもエースとして、ここを切り抜けなければならない。

バシィッ 

その初球。力の入ったストレートが味方のミットへと突き刺さる。これまでの鬱憤を晴らすように投じられたそのボールに打者も、ネクストに控えている少女も顔をひきつらせていた。
















第三者side

「そうだ、それでいい」

ベンチからエースの投球を見守る指揮官。彼はその初球を見て頷いていた。

(ここまで来たらあとは気持ちだ。それが乗り切れば、お前を打てる奴なんかいない)
















「ストライク!!バッターアウト!!」

鋭く落ちるカーブ。振りにいったもののこれに当てることも叶わず三振に倒れ、アウトのランプが一つ点灯する。

「完全に断ち切られたね、流れを」

プロテクターを付けながら青年へと声をかけるリュシー。それを聞いた青年は額に手を当て首を振った。

「わかってねぇなぁ、リュシー」
「え?」

速いストレートに鋭く変化するカーブ。これに続く打者も対処できず空振り三振。桜華優勢だった流れが完全に断たれたにも関わらず、指揮官は笑っていた。

「なんでソフィアにあの球(・・・)を使わせてるか、覚えてんだろ?」
「そりゃあ覚えてるよ。あれだけしつこく言われたら」

その回答に満足げな笑みを浮かべるカミューニ。

「じゃあ宿題だ。次の回のお前の打順までに俺が何を言いたいのか考えておくこと」
「次の回……回ってくるかなぁ」

九番打者も早々に追い込まれていることを踏まえると次の回桜華学院の攻撃は一番から。一人出ればリュシーに回るが、その一人を出せるビジョンが見えないほどに相手の投手は上がってきている。

「回ってくるよ。2アウト一塁かなぁ、エラーが出れば二塁まではいけっけどな」

しかし指揮官はそんなことは毛頭思っていない様子。それを聞いて何がなんだかわからないまま、攻守交代になったためベンチを出る。

「ソフィア」
「何々?」

カミューニに呼ばれマウンドに向かう足を止め戻ってくる。ウキウキとしている彼女の首に手を合わして引き寄せる。

「この回、全部三振狙いにいっていいぞ」
「えぇ!?ホント!?」
「あぁ、本当だ」
「やったぁ!!やる気出てきたぁ!!」

指揮官からの指示にスキップしながらマウンドへ向かう少女。彼女にしか聞こえない声で話していたため、他の事情を知らない面々は何が起きているのかわからず顔を見合わせていた。

「いいんですか?なんか荒れそうな気がするけど」
「別にコールドじゃなくてもいいしなぁ。ノーヒントで回答にたどり着けって言うのは可哀想だし」

それに、と付け加えた彼はスタンドへ目を向ける。彼女もそちらに視線を向けると、そこには次の明宝学園の選手たちの姿があった。

「次の相手も似たような投手が出てくるからなぁ、予行練習にはうってつけだ」

そう言って笑ってみせた彼の顔は勝利を確認し揺るがない余裕のそれと類似していた。




 
 

 
後書き
いかがだったでしょうか。
次で試合を終わらせたいと思いながらもギリギリかもしれないとも思ってます。 
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