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二十年待て

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第一章

                二十年待て
 冷泉伸成は十五の時にだった。 
 許嫁となる女性を紹介された、相手の名前は菊亭美紀子といったが。
 冷泉はその彼女を顔合わせの場所で見て目が点になった、それで家の当主である父に尋ねた。
「あの、父さん」
「そうだ、この人がだ」 
 父はその生まれたばかりの赤子を見つつ息子に答えた。
「お前の許嫁の美紀子さんだ」
「あの、まだ赤ちゃんだけれど」
「今は赤ちゃんだが成長すれば大人になる」
 袴姿の父は強い声で言い切った。
「だからだ」
「それでなんだ」
「そうだ、お前は冷泉家の跡継ぎでだ」
 地元京都で名のある家だ、老舗の大店から県内屈指の企業になり京都市内にビルを持っていて府会議員も代々輩出している。世界屈指の企業グループ八条グループの傘下として京都でかなちの地位を持っている。
「将来は確かな奥方が必要でだ」
「それでなんだ」
「この人がな」
「僕の許嫁なんだ」
「そうだ、決まっていることだ」
 既にというのだ。
「このことはな」
「はい、こちらとしましても」
 菊亭家の当主も言ってきた、華道の大きな家元の家である。
「是非です」
「承知しています、そちらとは代々のお付き合いもありますよって」
 父は京都弁も交えて相手に応えた。
「宜しゅうお願いします」
「こちらこそ」
「二十年後だ」 
 父はまた息子に言った。
「お前は結婚するんだ」
「前からそちらさんとは結婚のお話がありましたけど」
 相手の家の父親その当主も言ってきた。
「息子ばかり生まれて」
「それで、ですか」
「やっと娘が生まれまして」
 そうしてというのだ。
「それで、です」
「この度ですか」
「宜しゅう頼んます」
「そういうことだ、二十年の間にだ」
 父はまた彼に言ってきた、見れば父の顔は息子に遺伝を継がせているがより厳めしく年齢を重ねた感じだ。背は一七〇ある息子より七センチ位高く黒髪を後ろに撫でつけている。袴姿が詰襟の息子よりも貫録を見せている。
「お前は美紀子さんを大切にしてだ」
「二十年経てばその時に」
「結婚だ、いいな」
「二十年経てば」
「美紀子さんも二十歳だからな」
 その赤子を見ての言葉だ。
「わかったな」
「わかったよ」
 頷き受ける以外に選択肢はないことは明らかだった、今の雰囲気では。
 それで彼も頷いた、そうしてだった。
 彼は許嫁を得て二十年経てば結婚することになった、そのうえで美紀子と時々会って許嫁として接していったが。
 最初は赤子そしてその後は幼子それから幼児に少女となっていったが。
 大学を卒業して家を継ぐ為に働く様になってからついぼやいた。
「今美紀子さんは八歳か」
「あと十二年よ」
 上品な雰囲気の母が答えた。
「いいわね」
「あんな小さな娘と結婚するなんて」
「そうした風に決まりましたさかい」
 母は京都の言葉で返した。
「宜しゅう」
「信じられんけど」
 伸成も京都の言葉で返した。
「そうなるんだ」
「どんな別嬪さんも最初は赤ちゃんで」
「女の子なんだ」
「ええ教育受けててしかもあちらは代々整った外見ですさかい」
「ええ人になるから」
「その時を楽しみにしておくれやす」
 こう娘に言うのだった。 
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